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「もう一つ良いだろうか」
「クロノ、訊きたい人間は他にも居るみたいだし……出来たら連続は遠慮して貰いたいんだけどな?」
「うっ、そうか」
「まあ、良いけどさ」
「良いのか?」
「次は駄目だぞ」
「了解だ」
クロノとてマジでKYという訳ではないし、其処は素直に従う事にした。
「それで?」
「ああ、君は前の事件でも今回の事件でも、基本的に前々から準備をしていた様にも思える。何処から情報を得ていたのか解らない、だけど間違いなくそうだと云えるレベルの周到さだ」
それはリンディも疑問として頭にあった事。
前回の【ジュエルシード事件】にしても、今回の【闇の書の終焉事件】にしても余りに用意周到過ぎて、違和感を感じていたのだ。
それこそ、カリム・グラシアのレアスキル以上の某かがあるのでは?
そんな思いすら去来し、訊きたくてウズウズする。
そしてリンディには……今一つ訊かねばならない事が在った。どうしても訊かねばならない事が。
そんなリンディの想いも他所に、ユートは瞑目しながら嘆息をした。
「ま、訊かれなければ言う心算も無かったけどね? 自ら辿り着いた疑問に答える約束は反故にしないさ」
「兄貴、言うの?」
「ああ、前みたく最終決戦の直前に敵からぶっちゃけられるより数段マシだ」
やれやれとオーバーアクションで苦笑いを浮かべ、すぐにも真面目な表情となって周囲を見回す。
カリムとクロノが居り、関わらせる心算は更々無かったが、原典ではバッチリ関わる三人娘も居る。
高町家も無関係では居られないとなれば、クロノが辿り着いた疑問に答えるのも決して悪い話ではない。
「僕の信条というか持論、それは万国共通だと思う。即ち──【情報とは力也】と【未知こそが最大の敵】という事だ」
時空管理局提督や執務官としては頷ける。
情報はとても大事であり且つ、誰にでも必要なモノでもあるのだから。
斯く云うクロノも事前に情報も渡されず、犯人が立て籠るビルに突撃しろなどと命令されたら堪らない。
やれと命令されればやるしかないにせよ、出来る限りの情報は欲しいもの。
だからユートの言葉には共感が持てた。
「では、貴重で価値の高いこれらの情報を僕は何処から得たのか?」
皆が皆──ユーキや相生兄妹みたいに理由を知る者以外は固唾を呑む。
「今現在のある所に青年が居ました」
『『『『は?』』』』
「青年は父親から家に伝わる剣を習い、各地を転々としながら暮らしています。ある日、父親は仕事の最中に出逢った女性と縁を持ちました。美味しいお菓子を作るパティシエールの女性が出してくれたお菓子を、青年の父親は実に美味しそうに食べ、そんな彼に女性も嬉しそうにしてました。二人はいずれ惹かれ合い、愛し合う様になって青年も青年の義妹もそれを祝福しました。だけど青年の父親は危ない仕事をしており、すぐには一緒になれない身であり、何とか身綺麗にはしたけど何かと恨みを買う職だった為、何より一族が滅ぼされていた事もあり、女性の姓を名乗る事にしたのです。幸せな生活を手にした一家、青年と義妹も、新しい母親となった女性を慕い、女性は新たなお菓子の店を出店が出来る様にもなり順風満帆。とはいえ、青年の父は最後の仕事に赴かねばなりませんでした。そして帰ってくる事はなかった……」
ガタンッ! 恭也が椅子から勢いよく立ち上がる。
「待て待て待て!」
「どうした恭也?」
「家の話をしてるのかと思って聞いてたが、それだと父さんが死んでしまってるじゃないか!」
「まあ、黙って聞け。理由はすぐに理解出来るから」
「む、ううむ……」
椅子に座り直す恭也。
「わざわざ名前を伏せていたのに、恭也が呆気なくもバラしてくれたからこっからは名前を出すよ」
宣言したユートは氷の入ったグラスに水を注ぐと、それを飲んで喉を湿らせて再び口を開いた。
「友人、アルバート・クリステラの護衛が最後の仕事であった高町士郎だけど、テロリストによって爆弾が爆発、アルバートを庇ったのが原因だ。夫の死の報せを聞いて沈み込む高町桃子だが、義息子や義娘に支えられてお腹の子供を無事に生む使命感も手伝ってか、顔を上げ前を向く」
当人以外の全員がなのはを見て、次いで高町桃子の方へと視線を遣る。
「迎える三月十五日に遂に出産をした。名前はなのはとしたのは判るだろ?」
それは理解が出来たが、高町家としては微妙な表情となるしかない。
「ギリギリだった。士郎が死ぬ前に仕込み済みだったから高町なのはは生まれた訳だからね。然し、間に合わなかった事例もあった。なのはが仕込まれた後か、月村家の当主の月村征二と細君たる月村飛鳥は事故死していたから、月村すずかは誕生すらしていない」
「「今度はウチがターゲットされた!?」」
驚く月村姉妹。
「しかも、私は生まれてさえいないの!?」
すずかは更なる驚愕。
「当然、専属メイドであるノエル・綺堂・エーアリヒカイトは居たけど、すずかが生まれなかった以上は、ファリン・綺堂・エーアリヒカイトも存在しない」
「今度は私ですか〜?」
すずかの傍に控えていたファリンも驚く。
「存在すらしないなんて」
ガックリと膝を付いた。
「ああ、ファリンが目に見えて落ち込んで入る!?」
流石のノエルもオロオロとしている。
「って事は、次はあたし……よね?」
既に、すずかと共に聞かされているからか諦観したアリサ・バニングス。
「アリサ──ローウェル。IQ200の天才児だが、日本人ではない事や才気の発露、子供特有の排他的な感情に晒されて孤立した。現在から三年前に廃ビルに拉致され、散々に此処では言えない目に遭わされ挙げ句の果てに口封じと称して殺害される。享年は十歳の小学四年生だな」
溜息しか出ない経歴に、アリサは頭を抱えていた。
「へ? 三年前に十歳ってどういう……」
「今年に入って地縛霊化していたアリサは高町なのはに出逢い、幽霊ながら大切な友達となった。心残りが無くなったアリサは成仏、なのはは毎年の墓参りをする様になる」
「にゃ? 私がアリサちゃんのお墓参り!?」
尤も、アリサ・ローウェルは這い寄る混沌により、ハルケギニアに転生させられてしまい、今やユートの閃姫のシャロンである。
昔と異なり、シャロンは現在だと──シャロン・A・ローウェルを名乗って、昔に住んでいた海鳴市とは似て非なる此処で、割と楽しみながら暮らしていた。
ユートの個人的見解は、アリサの母親がデビット・バニングスとは結ばれず、ほにゃらら・ローウェル氏と結婚し、その後に夫妻はアリサを残して死亡してしまい孤児となった。
生きていれば十四歳だったのも、この世界のアリサの両親より早く結婚をしていたからであろう……と。
余りに衝撃的だったが、忘れてはならないのが今の話は現状に全く則さないという事で、然し話にのめり込んで気付かない。
「なのははある日、妖精と出逢う」
「妖精? 私が出逢ったのはユーノ君だよ?」
「その妖精は……」
「無視!?」
「ライムグリーンの髪の毛をポニーテールに結わい付けて、四枚の光る羽根を持った三十センチ程度の女性だった」
無視された形のなのはではあるものの、容姿が出てきてすぐに視線を件の容姿の女性へと向ける。
「えっと、それって若しかしなくても私でしょうか」
リンディ・ハラオウンが汗を流しながら問う。
「詳しくは省く。次元災害ヒドゥンを何とかする為、ミッドチルダからやって来たクロノ・ハーヴェイとは対立し、イデアシードを得るべく高町なのはに祈願型デバイスのレイジングハートを贈った。理由はユーノと似た状況だったか?」
余り覚えていない。
【魔法少女りりかるなのは】は観ていたが、原作に当たる【とらいあんぐるハート】シリーズのプレイは一度切りだったからだ。
況してや、アリサの一件はユートにトラウマを植え付けていたのが痛い。
「最終的には対立していたなのはとクロノが力を合わせてヒドゥンを消滅して、クロノはクロノ・ハラオウンに戻り、母親のリンディと抱き締め合ったか?」
「んな!?」
真っ赤になって絶句してしまうクロノ。
「それから何年後か忘れたけど、クロノはなのはとの再会を果たして……」
「果たして?」
「ベッド・イン」
「何故にっ!?」
解せぬとばかりに叫ぶ。
「そんなエロゲが在る」
『『『『『何でだあああああああっ!?』』』』』
今度こそ全員がツッコミを入れてきた。
高校生レベルな年齢でも処女だからか、顔が赤くなっている美由希やカリムやえいみぃ、小学生組は言わずもがなであるし、忍が赤いのは恭也との情事でも思い出したのだろうか?
ノエルは流石に冷静で、ファリンは真っ赤になってアワアワしている。
未亡人なリンディや人妻な桃子は苦笑い。
クロノは冷静なフリをしているが、瞑目していても頬に朱が差している。
士郎も苦笑いしており、恭也など『頭痛が痛い』と謂わんばかりだった。
「エロゲって、つまりは……18禁ゲームよね?」
「そうだね」
「私達が18禁ゲームでのキャラクターだと?」
忍も赤くなりつつちょっと引き攣る。
「まあ、ゲームではね」
「ゲームでは?」
「今、この場に居る忍という人間は特定の会話能力しかない、若しくはある程度の言語機能しかないAIなのか? 違うだろ?」
「……そうね」
よくある二次的な命題の一つに、その世界に降りたとして其処に住まう人間は生命かキャラクターか? などと取り沙汰される。
だけど、キャラクターだと思うならゲームでもやっていれば良いし、ユートからすれば命題でも何でもない普通の事。
「だが、そんな……」
クロノはお堅いが故に、行き成りエロゲの世界だとかいわれてあたふたしてしまい、女の子達は自分達がどの様に描かれて、すずかなどユートが自分をオカズにして、どんな具合に分身を扱いたのか興味津々だ。
とらいあんぐるハートに自分が出ない事は忘れているらしく、真っ赤な頬を手で押さえて妄想中。
耳年増な小学生ではあるのだが、何しろ【夜の一族】にはちょっとしたアレがあるから、早い内に性知識を覚えさせねばならない。
感覚が今から暴走したりすれば、何も解らず行きずりで処女貫通なんてヤりかねないし、それでなくとも一族の身体について教えるという事は、どうした処でこれは避けては通れない道なのだから。
当然、すずかも【こんにちは赤ちゃん】的な知識を教わっていた。
「さて、だけど最初の方でツッコミが入った訳だが、これではそもそも現状に於いて矛盾する。アリサは既に知っているだろうけど」
頷くアリサ。
すずかも同時に聞いていたけど、妄想中だから数には入れていない。
「え、何でアリサちゃんが判るの?」
「そりゃ、あたしは聖域でパーティーした時にすずかと聞かされたもの」
「へ?」
「なのはに教えなかったのは〝彼女〟の我侭よ」
「彼女って?」
「あたしにこの事を教えてくれた娘よ。白銀聖騎士・
チラリとユート側に居る仮面を着けた少女、自己紹介の時にも沈黙を貫いてはいたが、事ここに至っては黙っているのも有り得ないらしく顔を上げ、その手を仮面に掛けて一気に外す。
『『『『『っ!』』』』』
事情を知らない全員が、素顔を見て息を呑んだ。
「ア、アリサちゃんが……二人居る?」
掠れた声でなのはは相互にアリサ×アリサを見て、空いた口が塞がらないと謂わんばかりに呆然となる。
「自己紹介をしていなかったわね。私はシャロン……シャロン・アリサ・ローウェルよ。ユートの言ってたエロゲ的な世界で、チンピラに浚われて犯された挙げ句の果てに殺された元自縛霊ってやつね。まあ尤も、なのはと久遠との逢瀬から未練が無くなって成仏しようとしたら、這い寄る混沌に転生させられて生きている訳だけど……ね」
「這い寄る混沌? それって確かナイアルラトホテップとかいう邪神じゃあ? けど架空の神よね……」
「美由希さん、それを言ったら全ての神が架空だし、神話なんて大昔の中二病が描いたアホ噺の羅列よ?」
「それを言ったらお仕舞いなんだけど……」
苦笑いしながら人差し指で頬を掻く。
「それは兎も角としてよ、私が本来だと生きていたのがユートの言ってた世界。士郎さんが死んですずかもファリンさんも居ないし、なのはがなのちゃんな世界って訳ね」
「それじゃあ、この世界はエロゲとやらの世界とは異なる世界……謂わばパラレルワールドかい?」
士郎からの質問にアリサが首肯をした。
「そう、その通り!」
腕を腰に当ててアリサがアリサを見遣る。
「アリサ・ローウェルとはアリサ・バニングスにとって一つの可能性。そういった可能性が織り成している平行世界、そしてユートが時空管理局を地球に入れたくない理由、それは地球に平行世界へのゲートが存在しているから!」
『『『『『な、何だってええええっ!?』』』』』
意外とノリが良い。
シャロンに次いでユートが口を開く。
「とはいえ、ゲートはそもそも創った【楔の神獣】である五柱と、そのマスターでなければまともには使えないんだけどな」
「マスター?」
「五柱の神獣を産み出し、世界の五ヶ所に配置をした世界の管理者。嘗て一つの平行世界で起きた無限螺旋の戦い、その際にイレギュラーとして参戦した騎士。生まれ付き無限にエネルギーを貯め籠める太陰体質、それが故にか膨大に過ぎて普通なら破裂、それ以前に精神がSAN値直葬されてもおかしくないクトゥルーの神氣を呑み込み、それを核に五神獣を創造した」
「無限螺旋にクトゥルー、デモンベインだな。だとしたら五神獣のマスターってユートか!?」
「当たりだ、相生呂守」
アッサリ認めた。
もう隠す意味も無い。
何故なら、ユートが過去に跳ぶ時期を既に本人が覚ってしまっているから。
「若しも、ゲートとやらを貴方以外が使うとどうなりますか?」
「リンディ・ハラオウン。無限−1という膨大過ぎる平行世界、其処に何の指標も無く入って自分の位置を把握が出来るか?」
「そ、それは……」
「ミラーラビリンスみたいなものだからね、間違いなく入れば二度と元の世界に復帰は出来ない。平行世界を管理局が管理するなんて不可能って訳だ」
「確かに」
「だが、管理局はそれでもゲートを知れば我が物顔で占拠するだろう。研究の名の下に人体実験でもするかも知れないな」
「ば、莫迦な! 管理局はそんな組織じゃない!」
「さて、それはどうかな。若し、クロノが言う通りならフェイトは誕生しなかったと思うけどね」
「え? 私?」
行き成り話を振られて、狼狽するフェイト。
「そういう事か……」
いけしゃあしゃあと居るプレシアが歯軋りする。
「ま、今回は余り関係無いから置いとくぞ」
「う、うん……」
ちょっと残念そうだが、今のフェイトは原典とは違って母親を喪わず、仲良くしてくれる小さな姉が傍に居てくれるからか、精神的な余裕が少し有った為に、ヒステリックな部分が抑えられているので、納得はしてくれたらしい。
「因みに、エロゲのタイトルは【とらいあんぐるハート3】で、主人公の名前は高町恭也」
「お、俺……だと?」
「恋愛型なゲームだから、ヒロインが何人か用意されていて、続編とかは基本的にとあるヒロインと結ばれた事が前提。『メインじゃない公式ヒロイン』と呼ばれる月村 忍だ」
「成程って、メインじゃないの!?」
「メインヒロインってか、パッケージとかだと忍は前に出てない。前に出るのは高町美由希やフィアッセ・クリステラだね」
「わ、私が!?」
「フィアッセもかい?」
美由希と士郎が驚く。
「公式になれなかったメインヒロイン」
「ガハッ!」
余りな科白に血を吐く思いな美由希は、恭也が従兄と知っていたし少しは想いも向いていた。
それこそが、なのはをして疎外感を感じるラブラブっぷりの正体である。
「話を戻す。パラレルワールドとなると、この世界にもタイトルが付いている訳だが……即ち『魔法少女リリカルなのは』」
「え? ええええっ!?」
アニメの主人公がやっと表に立つのであった。
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終わらなかった……