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巡航L級八番・艦次元空間航行艦船・アースラ。
リンディ・ハラオウンを艦長とし、執務官には息子であるクロノ・ハラオウンが就いている。
アースラのスタッフは皆が有能で、それはリンディ・ハラオウン艦長やクロノ・ハラオウン執務官も同様であり、様々な任務を遂行してきた実績もあった。
実際に、執務官になる為には優れた知識と判断力、実務能力が求められる。
その分、事件捜査や法の執行の権利、現場人員への指揮権を持った管理職という高い権限があった。
然し、今回の任務でそれは一切合切が求められず、単に随行するに過ぎない。
無念ではある。
父親の仇であるのも然る事乍ら、これまでに多くの破壊と混乱を齎らしてきた【闇の書】に手出しが出来ないのだから。
だが然し、現状で【闇の書】に関わるには〝一切の手を出さない〟事が条件である以上は、クロノも納得してしまったし動く訳にはいかなかった。
否、正確には決して納得などしてはいなかったが、それだけにキュッ! と手を握り締めている。
「直接会うのは久し振り、リンディ・ハラオウン提督──相変わらず十四歳にもなる息子が居るとは思えない美しさだ」
「息子の目の前で母を……艦長を口説かないでくれ」
ユートの口上に『頭痛が痛い』と謂わんばかりに、クロノが頭を押さえながら釘を刺してくる。
「……えっと、ありがとうと言えば良いのかしら? アースラ艦長のリンディ・ハラオウンです。久し振りねユートさん」
リンディとしても三十路に入り、まさか息子よりも見た目に若い少年にナチュラルに口説き文句を言われるとは思わず、苦笑いを浮かべながら挨拶を交わす。
とはいえ、実際に彼女は三十路を越えながら見た目にはクロノを生んだ母親とは思えない程の若々しさを保ち、プロポーションとて時空管の理局提督としての制服に身を包んだ状態ではあるが、肢体の線が二十代でも通用しそうだ。
「それにしても、御世辞が上手いのね」
「いやいや、僕も幾度かは言ってきた言葉ではあるんだけど……決して嘘偽りで口にした事はないよ」
「そ、そう? それじゃ、素直に受け取っておきましょうか」
何故かストンと胸の内に納まり、リンディは十代の小娘の如く赤くなりつつ、視線を逸らしてしまう。
「艦長……」
息子としても部下としても少し言いたい事が有りそうではあるのだが、クロノは盛大な溜息を吐きながら自らの自己紹介を始める。
勿論、初めから知っているユートが相手というより後ろの……相生呂守と相生璃亜の兄妹、それに両親の相生新也とアイラ・レオンフィード・相生と、更には剣十字の刻印を持つ茶色のハードカバーの本を手にした茶髪をショートボブにした少女──今代に於いての【闇の書】の主である八神はやてと守護騎士達に対してのものだ。
「時空管理局執務官であるクロノ・ハラオウンだ……短い間だが宜しく頼む」
時空管理局についてよくは識らないはやてと新也は『宜しく』と返したけど、守護騎士とアイラと相生兄妹は窺う様な視線となる。
守護騎士は時空管理局と敵対関係となるが故にで、アイラは謂わば聖王教会の騎士が離反した様な感じだからだし、相生兄妹は実際の時空管理局をアニメを通じて識っているから。
【闇の書】の主のはやては兎も角、相生新也は本来だと何の関係も無かった筈なのに、運命の悪戯で関わった様なものだろう。
「聖王教会の騎士、カリム・グラシアです。皆さん、宜しくお願いします」
ブロンドのロングヘア、紫色のリボン、蒼い瞳などアニメの通りの姿形だが、原作から十年前だからだろうけど若いというか幼い。
十六歳か其処らだから、それも仕方がないだろう。
ミッドチルダ極北地区・ベルカ自治領で暮らしているからか、余り外へと出る機会が少ないからなのか、アニメより肌が白い。
「護衛のシャッハ・ヌエラと申します」
短い挨拶をしてきたのがシグナムと同じ髪の毛の色をした短髪の少女、やはり十年後を描いたStSにて初登場をしたカリムの護衛をする修道女。
StSで近代ベルカ式の陸戦AAAの実力を誇る。
「時空管理局顧問官のギル・グレアム提督だ……」
白髪のオールバックで、髭がダンディーなギル・グレアムが、リーゼ・ロッテを伴って前に出た。
「やあ、久し振りだね? リーゼ・ロッテ」
「キッ!」
殊更に睨んでくるリーゼ・ロッテ。
「アリアは?」
「此処には居ない。今朝も〝楽しかった〟よ?」
「このっっ!」
「よしなさい、ロッテ!」
「けど、父様!」
「ロッテ!」
「……はい」
叱られてしまいシュンと俯くリーゼ・ロッテだが、やはりユートを睨み付けるのを忘れない。
「済まないね。だけど理解はして欲しい」
「リーゼ・アリアが捕まったのは、此方の世界の法を破ったからだ。そっちこそ理解して欲しいものだね。その後の事は……彼女自身の選択だし」
本来、リーゼ・ロッテも囚われていたのだが、上手くギル・グレアムの許へと〝脱出〟をしていた。
「それじゃあ、此方の自己紹介もさせて貰おうか」
ユートが促す事で全員が自己紹介を終えた。
ユートとユーキと相生家は元より、八神家やなのはにフェイトにアリサにすずかまでリリカル勢が挨拶を交わし、次にカンピオーネ世界のグィネヴィアとランスロットとアテナが自己紹介をした。
とはいえ『妾はアテナという。見知りおくが良い』──何てまるで上官の如く言われてしまって、ものの見事にアースラ組が硬直してしまったものである。
「それで、そちらの黒い鎧の彼? ……は?」
「彼で間違いない。名前は地陰星デュラハンのキューブという」
「地陰星? デュラハン? それはいったい?」
「彼は冥王の臣下であり、冥衣を纏う冥闘士が一人」
「スペクター? それに、冥王というのもよく判らないわね……」
まあ、時空管理局本局へ在住している上にリンディ・ハラオウンの出身世界は第四世界ファストラウム、冥王ハーデスは地球の神な訳だから識らなくとも無理はあるまい。
若し、仮に原典と同じく一時的にでも地球に住んでいれば、神話に触れる機会もあったかも知れないが、現状では単なるifだ。
「理解しなくても良いよ。取り敢えず、地球の一国家的な大神の一柱が冥王だと思えば間違いはないから。因みに、アテナからすれば冥王ハーデスは伯父に当たるんだったかな?」
「そうだな。妾はゼウスを父とするが故に、ハーデスはゼウスの兄だから伯父で間違いはあるまいよ」
「天帝ゼウス、海皇ポセイドン、冥王ハーデスといえばギリシア神話の三大神。ハーデスは死んだけどね」
「そうか! あんたは確かカンピオーネだったっけ。だからハーデスの権能を持っているのか!?」
「ハーデスを斃した時点ではまだカンピオーネじゃなかったけど、僕は神々を斃す度に神氣を喰らってきたからね。カンピオーネに成った際に、その神氣が権能へと変化をした。キューブもハーデスの権能の一つ、【
尤も、纏っている冥闘士は【
ユートは都合、三回にも及ぶ冥王ハーデスの討伐をしており、しかもそれらは同一でありながらも異質故にか、パソコンなどで云えば別ホルダ扱いであった。
その為、三回に亘る神氣の吸収で得られた権能は、即ち三つである。
死者を甦らせる──【
冥衣を創る──【
自らの冥界を創成する──【
まあ、三つ目の権能には別の能力も在るが……
「さてと、四方山話はこの辺で終わるとして……だ、はやて」
「はいな?」
「着いたら計画通りに」
「了解や!」
やるべき事は決まっているのだし、はやてには既にそれを伝えていた。
「クロノ」
「何だ?」
「それで、無人世界にはいつ頃着く?」
「第九七管理外せ──否、地球からはそれ程離れていないから、そろそろ着くと思うんだが?」
「そうか」
ユートは瞑目をすると、黙って腕組みをしながら壁へと凭れ掛かり、ただ着くのを待つばかりとなる。
そうして暫くの時間が経って、エイミィ・リミエッタから到着したと連絡を受けると……
「なら、そろそろ本来の姿に戻るかな」
〝本来の姿〟という処に疑問を持つ一堂──ユーキやカンピオーネ組は別──を他所に、ユートは十六歳くらいの青年へと姿を変えていた。
「なに? まさか、僕より背が高い……だ……と!」
「一応、見た目は十六歳なんだから十四歳のクロノより背が高くてもおかしくはないだろうに」
「じゅ、十六歳……」
思わず戦慄してしまったクロノだが、ユートの見た目の年齢を聞いて落ち着きを取り戻す。
成程、十歳かそこらでのあれは有り得なかったが、十六歳なら問題は無い……と思う事にした。
「処で、どうしてその姿になったのですか?」
「有り体に云えば本気モードで戦闘するのに、子供の姿じゃ不便だったから」
リーチは短いは体重なんて軽過ぎるわ、やはり闘いで少し不利な部分があり、ユートはだからこそナツ様に頼み、この姿に戻れる様になったのだ。
尚、ナツ様は無表情に近いが実質的には大喜びで、久方振りにユートの腕枕で眠った事に満足していた。
無人世界とはいっても、それは人間が住んでいないだけであり、自然が豊かな世界──カルナージとか──なら様々に生物が存在しているだろうが、ユートのオーダーはそれすらまともに居ない不毛な世界。
荒れ地でしかない世界を所望していた。
「うん、重常重常」
「見事に荒れ果てとるな」
「それくらいで丁度良い。さあ、はやて」
「ん、【闇の書】」
はやてが呼ぶとページをパラパラと開き、浮かび上がる【闇の書】。
本当なら【夜天の魔導書】と呼んでやりたいけど、現状の名前は【闇の書】に固定されている。
ユートは魔法──ステータス・ウィンドウを展開、アイテムストレージの中から二一個の碧い菱形をした宝石を取り出す。
「なっ! あ、あれは……ジュエルシードだと!?」
クロノが驚愕する。
「まさか……ジュエルシードは全て管理局に譲渡された筈では?」
「リンディ提督。確かに、ジュエルシードは管理局に兄貴が渡した。だからあれはジュエルシードじゃなく──ジュエルシード・レプリカ。兄貴が【闇の書終焉計画】で、この時に使う為に造ったんだよ」
「ジュ、ジュエルシードを造ったですって!?」
有り得ないと思った。
そも、
某・宇宙艦みたいに。
それなのに、ジュエルシードを二一個……全て造ってしまったユート。
「ま、兄貴は魔法に関する高い親和性があるしね」
ユーキが小さく呟く。
これは飽く迄も、ユーキみたいな天然物という訳ではないが、この能力ならば魔導具を造り出すのも容易いとまでいわないのだが、少なくともそこら辺の天才よりは余程上手くやれた。
糅てて加えて、ユートが【純白の天魔王】に頼んだ
ジュエルシードを視た。
それで解析してしまい、複製品を構築したのだから正に【
「さ、やって【闇の書】」
《Sammlung》
闇の触手が伸びていき、ジュエルシード・レプリカに取り憑くと、【闇の書】はレプリカから魔力の蒐集を始めた。
「本当に可能だとはな」
「ああ、最初に聞いた時は懐疑的だったが、こうして見せられたら信じるしかねーもんな」
シグナムもヴィータも、そしてシャマルとザッフィまでが驚いている。
ユートが仮説でしかないと前置きして、『若しかしたら生物以外からでも魔力蒐集が出来るかも知れない』と言い放ったのだ。
話によれば、そもそもが【闇の書】の魔力蒐集というのは、リンカーコアから魔力を喰らった際に情報も同時に奪う行為。
リンカーコアを持つ生物は大気中の大魔力──マナを呼吸するかの様に吸収、
肉体を巡る内に小魔力は生物の持つ機能や能力などの情報を乗せる為、魔力の蒐集で起動に必要な魔力を確保しつつ、ページ内部に術式などを保存する。
まあ、原典アニメを観た事があるなら理解も出来るだろうが、例えば巨大生物だった場合は肉体的特徴が術となって形が顕れたり、防衛プログラムがキメラ化したりする訳だが……
蒐集そのものは魔力さえ在れば可能──否、それに伴う情報が在れば……か。
否定するシグナム達ではあるが、ユートは決定的に掛けているヴォルケンズの記憶に関する事に触れる。
『君達が蒐集を終える頃、場合によっては君達自身を蒐集されて、【闇の書】が起動する事もあった』
『え?』
驚くヴィータ。
『さて、では君達は何だろうね? 人間をフル・エミュレートしたプログラム、リンカーコアすら持ち得る存在。だけど明らかに人間ではないな? ロストロギア【闇の書】の一部だ』
『『『『っ!』』』』
即ち、人間ではなくとも蒐集が可能である根拠。
しかも、ロストロギアの一部であるという確かなる根拠であり、ユートはそれを元に作戦を考えた。
そう、ジュエルシード・レプリカを二一個全て蒐集させて【闇の書】を起動、これによってシグナム達は罪を犯す必要性が無い。
過去の罪?
ユートが曰く『知るか』である。
ユートは何処ぞの正義の味方でなければ掃除屋でもない、正しい正しい管理局様を崇拝もしていない。
味方をしたいと思った方の味方であり、敵対心を持った相手を敵と見なす。
ただそれだけのちっぽけで軽い存在、我侭な餓鬼。
見も知らぬ【闇の書】の被害者遺族なぞ知った事ではなかったし、そんな連中に味方する意義なぞ見出だしたり出来ないのだから。
それは兎も角、ユートの目論見通りに【闇の書】はジュエルシード・レプリカの魔力と情報を貪り喰い、パラパラとページを一気に埋めていっている。
ジュエルシード・レプリカ一個一個では到底足りないだろうが、二一個を全て平行励起させて出力を最大にまで引き上げ、次元エネルギーさえ繰り出せばこの通りだった。
パタム!
完全にページが閉じて、今こそ【闇の書】の総ページ六六六が埋まり切る。
はやては【闇の書】を抱き締めると……
「我が名は八神はやて……闇の書の主也。封印解放」
《Freilassung》
【闇の書】を起動した。
其処からの変化は唐突ではあるし劇的過ぎるきらいはあったものの、ユートやユーキや相生兄妹からしてみればアニメで見慣れている変化でもある。
手足が伸びてペチャ……まだなだらかというのにも達してない胸も膨らんで、茶髪が銀髪となってショートボブがロングヘアーに、服装も謂わば騎士甲冑となっており、頬や腕や脚には赤い紋様が入った。
リインフォース・アイン──後にそう呼ばれるであろう【闇の書】の管制人格融合騎の姿に取って変わられた八神はやて。
意識も夢と現の狭間で、表には管制人格が出てきている状態だ。
「何故だ?」
「何が?」
「何故、私を起こした?」
つい先程まで眠っていたとは思えないくらい情報を得ていたらしく、管制人格が憎々しげにユートを睨み付けてくる。
「何故……か。僕が此処でやるべきと考えて全てを懸けてきた。そう、この瞬間を迎える為に……ね」
「この瞬間だと? だが、全ては最早……私が奴に取って変わられる前に終わらせねばなるまい」
闇が強く強くなった。
「そうだね、
ユートが右腕を天高く掲げると……
「其処までだ!」
突如として顕れたるは、同一規格の服装に身を包んだ兵士らしき者達。
数にして百名近く。
「武装局員……時空管理局は手出ししない約束だった筈だが?」
「民間人の命令など効力は無い! 大人しく下がっていて貰おうか」
傲然と言い放つ男が隊長だろうが、こいつが首謀者では有り得ないだろう。
恐らくはハラオウンでもないだろうし、消去法からギル・グレアムが首謀者。
ユートは武装局員を見て嘲笑を浮かべ、すぐに踵を返して言う。
「勝手にしろ」
そしてさっさとアースラへと戻る。
ブリッジではアースラ組がギル・グレアムから離れて立ち、どうしてこんな事を……とクロノが叫ぶ。
「ま、想定内だね」
決着を着けるのならば、やはり自分の手で。
解らなくもないがこれは悪手でしかなく、リーゼで執拗に行動をしていた原典からしてやりそうだとも考えていた。
キューブを見遣る。
闇の書終焉計画に遅延も停滞も、況してや中断など有り得ない。
それは数分後、ユートの予測通りに事が進んで明らかになった。
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