第3話:魔窟 それが海鳴市と呼ばれる地
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暫くは平和な時期が続いてくれたが、それを一変させる声が海鳴市に響く。
〔助けて、誰か……僕の声が聞こえる貴方、力を貸して……〕
数日前、巨大な魔力の塊の幾つかが海鳴市に降り注いで、そして今日はユーノ・スクライアの念話。
「無印編の始まりか」
ユートは直ぐ様、海へと向かって飛んだ。
恐らくはフェイトが無謀にもジュエルシードを暴発させた現場、ユートは其処に浮かんでいる。
「それじゃ、回収するか」
この【リリカルマジカル】世界で態々、その張本人と会う必要など無い。
ユートは一切の躊躇いも見せずに海中に飛び込む。
一気に海底まで沈み微弱な魔力の球を造り出すと、球が惹かれる方へと泳ぐ。
原作ではフェイトが手出しをするまで、一切の反応を示さなかったのだ。
ジュエルシードは大人しく沈んでいる筈である。
小さな魔力球は、ユーノ達に覚られる事もないし、急ぐ理由もなかったから、のんびりと海底を進んだ。
「そろそろかな?」
儀式魔法のサンダーフォールで、ある程度の広域に魔法をぶち込んでいたが、範囲など高が知れている。
思った通り魔力球が反応を示した。
七つの魔力球は、凄い勢いで各々がジュエルシードの在処へと飛ぶ。
ユートは先ず、その一つの反応を追った。
現状ではライバルが居ない状態であり、急がなくとも問題は無いのだ。
暫く飛ぶと、ジュエルシードを見付ける。
「これで一個目」
この調子で海中に沈んだジュエルシード、全て回収してしまった。
「割かし楽勝だったね」
余裕のある現在、手に入れに来たのは正解である。
ユートは七つのジュエルシードの一個一個に、丹念に封印を施した。
小宇宙による封印故に、魔力を流した程度ではもう暴走する事は無くて、誰かが起動させようとしても、最早うんともすんとも謂わないだろう。
満足そうに微笑みをうかべると、ユートは宿泊しているホテルへと帰還した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
海中のジュエルシードを手に入れたユートは、今晩のジュエルシード暴走体の備えに関して考える。
今の処だと、先程の海中より一番判り易い位置に在るジュエルシードだ。
手に入れるに越した事はないだろう。
「うん? ヒトの気配」
出掛けた先から帰って来たユートは、ホテルの前に誰かが居るのを感知して、自らの気配を周囲の気配と同化させる。
よく漫画なんかでは気配を消すが、実はこれは気配を探れる達人が相手には、ただの下策でしかない。
何故ならば、気配を消してしまうと不自然な気配の空白地帯が出来てしまい、逆にその空白故に察知されてしまうからだ。
上策なのは、気配を周囲と同化する事。
カメレオンなどの保護色の様にだ。
カメレオンなどは、別に身体を透明にして消している訳ではない。
保護色として、周囲の色に併せる事で外敵の目から逃れているのだ。
ユートがこっそりと気配の先を窺って視れば、光の加減で紫色に見える黒髪の女性と、明らかに人間離れした色素の薄い髪の毛を、短めに刈っているスーツ姿の女性が居た。
「(月村 忍にノエル・K・エーアリヒカイトか)」
気配は一つだった筈が、実際には二人居る。
どうやら彼女はとらハ的な〝設定〟で、茶々丸よろしく
あの二人……あからさまにユートの部屋の前に陣取っている事から鑑みるに、すずかから聞いた容姿から辿り着いたのだろう。
月村はこの海鳴の地では名士であるし、防諜の方もその家系的な性格を考えたならば、人間の一人くらい捜せるという訳だ。
「(チッ、面倒な)」
心中で盛大に舌打ちし、そそくさとこの場を離れる事にした。
部屋は寝に帰るだけで、荷物なんて一つたりとも置いてはいない。
正直な話、他人の都合で動かされるのは少しばかり嫌気が差しており、どうせ同じ動くのなら自分が都合よく動かしてやりたい処。
この侭、忍とノエルに見付かれば連行されてしまうか逃げるか、いずれにしても後々が面倒臭い事になる。
闘うのにせよ何にせよ、向こうの都合を押し付けらるのは美味くない訳だし、この場は見付からない内に離脱すべきだと判断した。
それにまだ確認する事も残っている。
「(折角だし、上手く両方を片付けたいな。高町家に行くか……)」
ユートは音も無くスッとその場を離れた。
同じ頃……僅かな人間の反応を捉えたノエルが忍に進言する。
「忍お嬢様」
「何かしらノエル?」
「先程、少しだけ生体反応が在りましたが、直ぐにもこのホテルから離れてしまいました」
「――へ?」
「どうやら、我々が部屋の前に居たので怪しんだのだと思われます」
実際に、ホテルの泊まり客でもない人間が、部屋の前をうろちょろしていれば怪しさ大爆発である。
「え、私達って怪しい?」
「はい、可成り……」
忍は膝を付いて落ち込んでしまう。
「困ったわね。一応すずかの恩人だけど、何だか怪しげな力を使っていたみたいだし、それに一族の事も知ってる素振りだったらしいから余り看過する事は出来ないんだけど……」
忍は一族を護る為、力在る者や異能の持ち主の名前や居場所を抑えている。
これは高町恭也と恋人になってから知った事だが、この海鳴市の周辺には異常とも云える数の異能者や、達人級の者が住んでいた。
高町恭也自身も小太刀二刀御神流の裏……不破の剣の使い手だし、父の高町士郎や妹の高町美由希もだ。
さざなみ寮にも最近まで異能者が住んでいた様で、高町恭也はそれをどうやら知っていたらしい。
というか、一人は管理人の養子扱いで今も暮らしている訳だが……
更に、漫画家なのに剣の腕が達人だとか、さざなみ寮の管理人まで達人とか、訳の判らない状態である。
しかも、力在る巫女さんも住んでいるらしく、海鳴のさざなみ寮は正しく魔窟であった。
オマケに、海鳴総合病院にも銀髪で見た目に幼い異能者が居て、恭也の主治医をしているのだとか、忍も話には聴いていた。
HGS──高機能性遺伝子障害。
変異性遺伝子障害の一種であり、特殊な超能力と呼べる力を有する症例。
中でも特に力の強い者を【Pケース】と呼ぶ。
これを何処かの勘違い野郎達に人類の革新だとか、神を侮辱する悪魔だとか、現人神だとか言われず病として扱われるのには理由がある。
剰りに人の身には強過ぎるその力に、HGSの発現者達は殆んど耐えられず、倒れて眠り続ける程度ならまだ軽い方で、最悪だと死ぬケースもあるからだ。
その為、HGSの発現者は基本的に力を抑制する物を身に付けている。
まあ腐れた人間など何処にでも居るし、さざなみ寮と海鳴総合病院に居る彼女らは、何らかの非合法組織が造り出したクローンとそのオリジナルだという。
もう、海鳴の土地そのものが魔窟と言っても過言ではあるまい。
自分達の一族とて、他人の事など言えない来歴を持っているのだから。
【夜の一族】──その名の通り本来は夜を活動の中心とする一族で、異性の血液を摂取する事により様々な恩恵を受ける一族だ。
即ち、吸血種である。
一族の中には普通の人間の事を、食欲と性欲を満たす為の餌程度にしか考えない者も居り、そこも忍が頭を痛めている事柄だ。
それは兎も角、この魔窟というか魔都と言おうか、この海鳴市に現れた新しい異能者か達人、一族を護るべき月村家の次期当主としては早々に接触し、目的など聞き出したい処である。
因みに、現在の月村家の当主は父親の月村征二だ。
「仕方ないわね。気付かれたからにはもう戻っては来ないでしょうし、私達も戻るわよノエル」
「はい、忍お嬢様」
已むを得ず、忍はノエルの運転する車に乗り込み、家に一度帰る事にした。
その一方で、ユートは既にホテルから離れてとある場所へと向かっている。
戦闘民族TAKAMACHIの家だ。
海鳴市は藤見町の一角に存在する二階建ての家で、小さいながらも庭と道場まで在る、それなりの良物件である。
わざわざこんな場所まで来たのは原作の聖地巡礼なんてものでは決して無く、とある事を確認する為。
ユートは原作を知っている訳だが、その中に〝看過出来ない事実〟が幾つか混じっていた。
勿論それがアニメを製作したスタッフの怠慢からくるモノなら、それはそれで構わない。
だがあの〝事実〟が本当ならば、ユートも流石に赦す事が出来なかった。
「此処が、戦闘民族TAKAMACHIの本拠地か」
とてもではないが、拳銃の弾丸より速く動いたり斬ったり出来、100人からの警防をたったの2人で制圧出来る人外染みた人間が棲むとは思えない程、極々普通の家屋である。
「見付けた……」
ユートは〝それ〟を掴み小さな箱に仕舞う。
「本当に有るとは。最早、呆れるしかないよ」
「其処の少年」
「何ですか?」
特に振り返らずとも誰なのかは知っている、近付いていたのには気付いていたのだから。
「俺の家に何か用かな?」
其処に居たのは黒い髪に黒い瞳の、典型的な日本人の容貌を持った青年。
「貴方がTAKAMACHI……高町恭也さん?」
「? 今、何だかイントネーションがおかしくなかったか?」
「気のせいでしょう」
「そうか……まあ、確かに俺の名前は高町恭也だ」
恭也は訝しみながらも、頷いて名乗った。
「実は貴方に文句を言いたくて」
「俺に? 俺が君に何かをしたのか?」
勿論、初対面な筈の恭也に心当たりは無い。
「貴方ではなくて、貴方の恋人に……ですよ」
「恋人? って、忍か?」
「実はストーカーをされていまして」
「は?」
「さっきもホテルの前で、色素の薄くて短い髪の毛の女性と、キョロキョロしながら陣取っていて……」
どうして忍との関係を、初対面の少年が知っていたのかは判らないが……
「忍、何やってる?」
ユートの言葉を聞いて、恭也は自分の恋人の所業に開いた口が塞がらなかったという。
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