通信してきたのは久方ぶりの相手、第97管理外世界に恐らくは管理局対策に組織を創設した、息子より年下──勘違い──の少年の緒方優斗。
どんな手練手管を使って成し遂げたか解らないが、見た目にはクロノと変わらない身長の子供が、コネクションを頼っただろうとはいえ、創設した組織の長を務めていた。
クロノにやれと言ってもやれはしないだろう。
それ程までに緒方優斗は老獪だった。
通信を受けたライムグリーンの髪の毛を、ポニーテールにした女性が知らない事実がある。
それは、緒方優斗が実は前世と前々世を含めれば、優に二百年以上を生き続けている事だ。
ハルケギニアの時代に、使い魔として召喚したのが【スレイヤーズ】の魔族、覇王将軍シェーラ。
彼女との契約に於いて、お互いの魂に刻まれたのが【共生】のルーンだった。
これによって、ユートはシェーラが普段執っている姿……十六歳程度まで成長をすると、それ以上は見た目が大きく変わる事無く、寿命も無いに等しい。
謂わば、不老長寿というものになってしまった。
不死ではないのは殺されれば死ぬという事、とはいっても窮めて死に難いが。
だからリンディ・ハラオウンも気付かない、よもやモニターに映った少年が、最高評議会の脳味噌よりも永く存在している事など。
まあ、最高評議会の御歴々が真逆、百五十年以上を脳味噌だけを保存した形で在り続けているなど、知る由も無いだろうが……
「それで、通信をしてきたのは何故ですか? 貴方は管理局に関わりたく無いと思っていたのですが?」
突然、リンディ・ハラオウンの許に通信をしてきたユートに、皮肉タップリな口調で話し掛ける。
〔ルールさえ守れば地球が異世界に門戸を閉じたりはしないさ。武装したり覗きをしたりするから、管理局を地球から叩き出したってだけでね〕
「……そうね」
皮肉に皮肉で返されて、リンディは苦々しい表情で答えるしかない。
〔まあ、互いに忙しい身の上だし本題に入ろうか〕
「そうね」
一応、何かがあった場合の為のホットラインとし、連絡の仕方を互いに教え合っていたが、本局に着いてジュエルシードの事で嫌味を言われた翌日、行き成り連絡をしてくるとは流石に予想外な事だ。
〔先日、時空管理局本局の武装隊らしき連中と交戦をした〕
「は? 武装隊と?」
〔ふむ、その様子だと知らなかったか? まあ、それはどうでも良いんだけど、それより前にも海鳴のとある場所に張られた親和系の結界を調査していた時に、白い仮面を被った男二人に襲われた。魔法を使う際にミッド式……なのはが使う魔法と同じ魔方陣が出ていたし、そいつらも管理局のモノだろうね〕
「ま、待って! ミッド式だからと言って、管理局が送り込んだとどうして言えるのかしら?」
〔そりゃ、返り討ちにして吐かせたからね。ああ! そういえば男二人は変身した姿で、実際は猫耳と尻尾を付けた使い魔で、リーゼロッテ、リーゼアリアという名前らしいけど、管理局と関係が無いならさっさと始末するか?〕
「リーゼ!?」
リンディは勿論、その名を知っていた。
リーゼロッテとリーゼアリアとは、今は亡き夫であるクライド・ハラオウンの上司、ギル・グレアム提督の使い魔なのだ。
序でに言うなら、クロノの魔法や格闘の師匠こそ、そのリーゼ姉妹。
管理局とは無関係処ではなく、バリバリの関係者。
〔結界の調査をしていて襲ってきたから、あの結界を張ったのはリーゼ達という
事になる。しかも親和系の結界だからね〕
「親和系?」
〔そう、違和感を消したりするのに使う結界の事で、例えばその場で起きた異常を異常と感じさせない……そんな結界だね〕
「ああ、貴方達は認識阻害結界をそう呼んでるのね。でもそれをリーゼ達が?」
つまり、其処には違和感を普通なら覚えるであろう事があり、それを隠していたという事になる。
そして使い魔のリーゼ達が動いたのなら、命令を出したのは主たるグレアムだと云えた。
〔結界の中心には、独り暮らしをする九歳の女の子が居たよ。しかも下半身不随で車椅子生活。学校にも行けず、両親も可成り前に亡くしているみたいだね〕
「なっ!?」
成程、それが本当ならば違和感しかない事態だし、それを隠したかったのならその結界も当然。
然しギル・グレアム提督の意図が解らない。
地球の少女をまるで孤独にするかの如く所行。
〔現在は、リーゼロッテとリーゼアリアの両名を魔力封印した上で、独房に閉じ込めてある。主からの魔力供給も生きられて、姿を保てる最低限にリミッターを掛けてある。それに焦ったのかね? 武装隊の記憶を覗いたら、命令を出したのはリーゼアリア達の主だ〕
「っ!? それは……」
〔目的は少女と、少女が持っている一冊の書物〕
「少女……と、書物?」
ドクン!
リンディは第六感が囁くのを感じた。
これは福音だろうか? 若しくは悪神の囁きか……
〔壊れた夜天の魔導書と、その主だ〕
「夜天の魔導書?」
聞いた事がない。
第六感は外れたのか?
リンディはそう思ったが〝壊れた〟という部分が、未だに第六感を刺激する。
〔ああ、貴女にはこう言った方が良いかな? 第一級捜索指定古代遺失物【闇の書】……とね〕
「っ!? 闇の書?」
〔まあ、理由はどうあれ、異次元人による不正な密入国に魔法使用に武装の持ち込み、更には地球人に対する悪意をぶつけた行為は赦されない。国際連合法に基づき処断する〕
「処断? 何を!」
〔幾つもの罪状、地球側の異次元人に対する怒りなどから、死刑が妥当だね〕
「なっ!? そんな野蛮な事は赦されないわ!」
管理局では非殺傷設定を当たり前に使うが、それは犯罪者とはいえど軽々しく生命を奪わず、更正を促す事が目的だからだ。
他者を殺すなど犯罪者でもあるまいし、司法機関の人間にあるまじき行為。
故に、管理局では死刑などそうそう有り得ない。
ユートが言った罪状で、時空管理局は死刑を求刑したりしないだろう。
〔野蛮……ねぇ? 何の罪も犯していない二桁にもならない女の子を、魔法を使って誰からも気にされない様に孤独にして、その挙げ句そんな孤独の果てに凍結して殺すのは野蛮ではないとでも?〕
「それは……」
〔ギル・グレアムが個人でやった事だから、管理局には関係無いとでも?〕
息を呑むリンディ。
勿論、そんな事を言う気は更々ないが、それそのものがリンディ個人の思いでしかない。
果たして、管理局は認めるだろうか?
「(きっと、切り捨てるでしょうね……)」
蜥蜴の尻尾の如く。
〔それで使い魔から連絡が途絶えたから、武装隊を使って夜天の主を拉致ろうとしたんだろうが、彼らには〝永遠の眠り〟を与えてやったよ。まあ、小さな女の子に凍らせて永遠の眠りに就けようとした人間の仲間だし、随分と皮肉が利いているだろう?〕
「永遠の眠り? 殺したとでもいうの?」
〔文字通り、永遠の眠り。眠らせたのさね。二度と覚めない永遠の……な〕
「どういう……?」
戸惑うリンディ。
魔法とて万能ではない、決して〝永遠の眠り〟に就ける魔法は存在しない。
〔言ったよね? 僕はエピメテウスの落とし子だと〕
「え、ええ」
グレアムに訊いた際に、そんなモノは聞いた事が無いと言われたが……
魔法が効かないというのは判ったが、それ以上の事はまるで解らない。
実の処、ユートは少しばかりの実験で単一エネルギーでは傷付き難いという、そんな結果を出している。
魔力だけ、霊力だけでは傷付き難いなら、両方を合わせれば良い。
例えば咸卦法は魔力と氣を融合したエネルギーで、エピメテウスの落とし子にも通用する。
氣だけでも物理的なエネルギー故に通用はするが、此方は威力が足りない。
余程の大量のエネルギーを一度にぶつけねば、頑丈な彼らを害する程ではなかったのだ。
呪力が魔力であれ霊力であれ、単一エネルギーでしかないから効かない。
然し、二元の融合エネルギーなら処理が間に合わずダメージを与える事も可能だし、単純な物理的な攻撃は威力次第で通る。
ユート自身が他の羅刹王と闘った結果、見出だした謂わば闘い方だった。
それは兎も角……
〔エピメテウスの落とし子というのは別名、神殺しの魔王、羅刹王等と呼ばれ、裏の一般的にカンピオーネと呼ばれている〕
「カンピオーネ?」
〔イタリア語で王者、チャンピオンを意味している。神を殺してその権能を簒奪したが故に、人類では決して敵わない絶対の王者……その気になれば簒奪をした権能次第で、都市や国など平然と破壊してしまえる。だから逆らってはならない勝者であり王〕
「古代ベルカの聖王みたいなものですか?」
〔さあ? そちらの世界の昔の王がどんなのか知らないし、比べようがないね〕
無論、大嘘である。
少なくとも【最後の聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒト】くらいなら、2011年後期までの情報であれば識っていた。
聖王、冥王、雷帝、覇王といった諸王時代の全てではないが、それでも原作の知識レベルのモノを持っているのだから。
ユートが思い描いたのはそこら辺の魔導師が、唯の一人で完全な状態の【聖王のゆりかご】を相手にする姿であった。
そのぐらいの差があるのではなかろうか? 羅刹王と人間の闘いは……
〔さて、余談が過ぎたね。神を殺して神の能力、権能を簒奪したと言ったけど、ならばどんな力が在るのか気になるだろ?〕
「そうね……」
〔一つだけ教えようか……眠りの神ヒュプノスだよ。僕はヒュプノスの権能を使って武装隊の面々を眠らせたんだ〕
「眠りの神ヒュプノス?」
〔グリニッジ賢人機関には【永遠睡眠(エターナル・ドラウジネス)】と報告をしてやった〕
グリニッジ賢人機関とはロンドンは南東部グリニッジに本拠を置いた、魔術やオカルトなどの研究機関。
彼らはカンピオーネの持つ権能に、中二病も宛らの名前を付けてくれる。
例えば、イタリアの魔王サルバトーレ・ドニ。
【斬り裂く銀の腕(シルバーアーム・ザ・リッパー)】、【鋼の加護(マン・オブ・スチール)】、【いにしえの世に帰れ(リターン・トゥ・メディーバル・スタイル)】という素敵? な名前が在るが、あのドニがわざわざそんな名前など付けはしない。
彼が持つ権能を見知った彼らが、判り易く名前を付けたに過ぎなかった。
とはいえ、この世界にはそんな機関は存在しない。
名前を出したからには、〝ユートが用意している〟というだけだ。
トップの名前はグィネヴィア・デュ・ラック。
嘗て、ユートの怒りを買ってしまい囚われた神祖、前魔女王である。
本来の歴史なら彼女は、聖杯に全てを託して消滅していたのだ訳だが、ユートがそれを赦す筈もない。
現在のグィネヴィアは、ユートに仕える身の上。
この世界でのグリニッジ賢人機関の長として、忙しい日々を送っていた。
伯父様? と共に……
リンディは神殺しについて知り、そしてそれが嘘やハッタリの類いではないと確信する。
「貴方は何をしたいの?」
〔別に、闇の書に関わるなと言いたいなと、グレアムの地球から永久追放を言いたかっただけだよ〕
「関わるなって! モノは闇の書よ? しかも提督を永久追放って……」
〔そっちじゃ英雄なのかも知れないけど、地球じゃあ何も成してない家出少年に過ぎないな。財産も英国が押さえてるし、国際指名手配がされてるから、居場所なんて既に無い〕
「な、何て事を……」
〔もう一つ、武装隊員を返して欲しければ此方の言う人間を差し出して貰う〕
「なっ!?」
リンディは驚愕した。
ユートが提示した人間、リンディは頷けなかったが頷くしかない。
その人間を一人差し出す代わりに武装隊員を返し、そして一つの対価が示されたから、故に折り返し連絡する旨を伝えた。
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