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嘗て、鬼神の腕が意志を持って顕現した鬼が居た。
芳賀真人、人を食った性格で虚仮にしてくる鬼は、木島 卓の両親を無惨にも食い散らかし、妹を犯しながら食らったという。
目の前で苦しそうにしながら悦楽に喘ぐ妹が、生きた侭に牙を突き立てられ、虚ろな瞳で生命を喪う処を見せ付けられ、芳賀真人へ復讐を誓う木島 卓。
後に、一人の少年と出逢った木島 卓は、天神姉妹と天乃杜神社の祭神イチ、水杜神社から派遣されてきた夏の神のナツ、九尾の狐の音羽葉子と供に芳賀真人と戦い、遂には勝利する。
そんな戦いに加わったという少年、言わずと知れたユート・オガタ・シュヴァリエ・ド・オルニエール。
傷だらけで墜ちてきた、そんなユートを看病したのが天乃杜神社の祭神であるイチ様だった。
イチ様は水神の一種で、伎芸の女神でもある。
そんなイチ様の力を維持する龍脈……霊脈を封じられてしまい、更には御神鏡を盗まれてしまったのだ。
長い様で短く、短い様で長い芳賀真人との戦いが始まり、そして……
ユート自身、激しい戦いの所為で力を一時的に喪失していた事もあり、戦いは熾烈を極めた。
そう、天神かんなも天神うづきも妖怪に斃されて、地獄を視たのである。
全ての戦いを終わらせるべく、イチ様とナツ様から
役割に括られたイチ様は解き放たれ、実体を失って天へと還って逝く。
そしてユート自身も役割を遂げ、元のハルケギニアへと還る。
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「それがよもや、この世界だったとは思わなかった。いや、或いは習合してたのかも知れないな……」
「成程、つまり貴方は前世で実はこの世界に来た事があったのね?」
「そうみたいだね」
一通りの人間──夜の一族や自動人形も込みだが──を集めての説明会となった為、イチ様の転生体と思しき瑞葉 市乃を月村邸へと招き、被害者である那美と八神はやても加え、自分の全てを語った。
とはいえど、流石に神様転生の話まではしない。
よもや、自分達がよく知る高町なのはの同位体が神をやっているとは言えなかったし……
「あ、あの……私、本当に大丈夫だったの?」
「取り敢えず、子宮はね」
「子宮は……って?」
不安なのか、那美は紅くなりながらも確りと訊く。
「妖怪は三つの穴に妖気や卵を植え付ける。つまり、口内、子宮、直腸だよ」
「う、うん……」
「僕が検査したのは飽く迄も子宮だけ。妖気が無い処かそもそも、膜が無事だったから其処は大丈夫だね。けどあの一瞬で直腸と口内まで判ると思う?」
「あう……」
膣内に指を挿入し、妖気の有無を確かめはしたが、那美が直ぐに目を覚ましてしまい、他の部位まで検査していなかった。
「今から検査した方が良いと思うけど、どうする?」
「え、と……それじゃあ、壱ちゃんに」
「ごめんなさい」
「へ?」
行き成り市乃に謝られ、面喰らう那美。
「元々、検査と治療は一つの作業なんです。そして、治療は男性にしか出来ないんですよ」
「ど、どういう意味?」
その先に関してはユートが応えた。
「陰の氣たる妖気を相殺するには、陽の氣をぶつけなければならない。陽の氣を持つのは男。妖怪が女性を狙うのは同じ陰の氣を持っているから。陽の氣を男の精液と共に放ち、陰の氣を相殺する行為を〝治療〟と呼ぶんだ〟」
「けど、それだと妊娠……しちゃうんですけど」
「心配無い。陰の氣を相殺するって事は、陽の氣も同じく相殺されるという事。精子の機能も殺されるし、妊娠はしない。現に、何度か治療行為をしてたうづきとかんなも妊娠はしなかったしね」
治療をしたという言葉を聞いて、すずかが真っ暗にドンヨリと落ち込んだ。
シエスタから気にしたら負けだといわれたが、全く気にしないというのも無理だった。
その後、那美は誰も居ない場所でユートから検査を受ける。口内に指を突っ込まれ、唾液に塗れたその指を菊門へ突っ込まれてしまった那美は、『もうお嫁に行けないよー!』と涙目になりながら駆け出したものだった。
勿論、検査に引っ掛かる事はなくて、綺麗な身体だったので那美は少しホッとしているらしい
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それで祐理、原因は特定出来たか?」
「はい、恐らくは八束神社の霊脈が一部破損、それで封じられていた幽世に穴が空き、妖怪が溢れ出したのではないかと……」
「八束神社か。若しかしてジュエルシードの影響?」
「だと思われます」
二ヶ月前の八束神社でのジュエルシード覚醒、それの影響だと解る。
「明日の夜、八束神社での霊穴を塞いで霊脈を正す」
「判りました、我が君よ。御伴を致します」
「はいはい、王様! 恵那も頑張るよ!」
「それと、霊穴を四個同時に塞いで中央で儀式をしないとならないみたいです。その為、巫女が四人必要になりますね」
ユートは頷くと、巫女を四人選出すると翌晩に向けて英気を養う為に眠る事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
選ばれたのは純正の巫女である万里谷祐理、清秋院恵那、瑞葉市乃、神咲那美の四名だ。
巫女とはいえど、祐理と恵那は白銀聖衣を纏って、確り武装をしているし那美も霊刀を携えている。
問題は市乃だ。
「力が欲しい?」
「はい、優斗さんのお話が本当なら私は元神様です。その力をどうやったら発揮出来ますか?」
ナツ様と共にユートへと神力を譲渡したが、それで力を喪った訳ではない。
現に、未だに水杜神社でナツ様は祭神をしている。
人間に転生して、肉体は人間の市乃だったが依然として神力を内包していた。
それの解放の仕方が解らないのだ。
「前世の記憶を取り戻したなら或いは……」
「前世の記憶?」
「イッちゃんだった頃の記憶が戻れば、力の解放法が自然と理解出来る筈だよ。でもお薦めはしない」
「どうしてですか?」
「ベースは瑞葉市乃だし、前世の記憶に引っ張られたらアイデンティティーを失いかねないぞ」
「それは想い出を取り戻すだけだと思います。かんなちゃんとうづきちゃんと、それに貴方や木島さんの」
覚悟は伝わってくるが、忘れたのだろうか?
ユートが喪失していた力を取り戻す為に、イチ様とナツ様が神力を譲渡したという事が意味する処を。
きっと忘れたのだろう。
ユートは溜息を吐くと、少し詠唱をする。
水が形を成し、市乃の中からもう一人の市乃? が現れて、その水はイチ様の姿を形成した。
「え? 私?」
『そうだよ、私は貴女の中に宿る貴女自身。弁財天の分御霊たる水神のイチ』
ユートのイチ様から獲た権能で、これは二種類の力の使い方が出来る。
一つは御神鏡と同じで、性格が正反対の分身を生み出す権能、今一つが他者の中の人格に水の器を与える事により会話させる権能。
イチ様らしく戦闘に向かない権能だが、使い処さえ弁えれば割と使えた。
ユートは席を外し、壱とイチ様の二人? だけで話をさせている。
幾らかの会話をした後でイチ様が市乃にキスをし、まるで融け合うかの如く消えてしまうと、残ったのは巫女装束の市乃だけだ。
市乃がユートを見遣ると真っ赤になって俯く。
恐らくは思い出したのだろう、神力譲渡の為にイチ様とナツ様がユートに抱かれた事実を。
しかも最終決戦がいつ起きてもおかしくない事態、一人一人を個別に抱いている暇は無く、3Pで同時にヤったのだという事を……
「あ、あの……私は……」
「イッちゃんはイッちゃんだし、市乃は市乃で良いだろう? その上で尚、イッちゃんとして居たいなら、それはそれでもいんじゃないかな?」
「! はい」
そして作戦が始まる。
内容は至って簡単なものであり、四人の巫女が霊穴の上に立ち、中央でユートが封印の儀式を行う。
妖怪は呼び寄せた聖騎士や恭也と美由希と士郎が担って、次々と討ち滅ぼしていった。
祝詞を唱える市乃達。
ジュエルシード覚醒による余波を受け、破壊されてしまった封印はその夜の内に修復が成された。
妖怪に襲われた件の女子大生に関しては後日、改めて本人の同意の許に検査をしたが、三穴全てに妖気が宿っており、危なく活性化されて妖怪化して、妖怪の子供を産み落とす処。
すぐに説明して、ユートが確りと浄化しておいた。
話を聞く限り、女子大生を襲った妖怪はサトリ。
ゲーム的には二人でないと戦い難いが、ユートには某・風術師と同じ手段が執れる為、大した相手にはならなかった。
つまり、心を詠んだとしても躱せない絨毯爆撃。
それにサトリ風情では、ユートの心は詠めないという事もある。あれも括りとしては魔術らしく、羅刹の君に掛かる筈もない。
こうしてユートが命名、【なの神楽事件】は解決を見たのだが、事件にまるで関わらなかったなのはは、事件名に自分の名前が入っているのを大層、不満に思っていたらしい。
また、妖怪への対処など的確だと灘杜神社が太鼓判を捺した事で、聖域の有用性も国連に示せた。
市乃は本来の予定を超過してさざなみ寮に泊まらざるを得なくなり、天乃杜神社には少なくとも数日掛かる旨を伝えておく。
そして市乃が天乃杜神社へと帰る事になった。
「この度は皆さん、御迷惑をお掛けしました」
「市乃ちゃん、そんな事はないよ」
さざなみ寮を出る市乃を那美やリスティや美緒達が見送っている。
其処にはユートも居り、市乃には銀色に輝く腕輪を渡した。
「これは?」
「水杜神社のナッちゃんにも渡して欲しいんだ。水色の宝玉が市乃の分。橙色の宝玉がナッちゃんのだ」
「確かこれ、万里谷祐理さん達が着けていた
聖衣や聖騎士に関しては既に話してあり、市乃に渡したのは精霊聖衣である。
「
この数日でユートが造った聖衣であり、聖闘士の血の代わりにユートの中に在るイチ様とナツ様の神力を注ぎ込んだ、謂わば専用の装備だった。
水神の市乃に水精霊聖衣を渡し、夏の神のナツ様には夏精霊聖衣を渡したという訳だ。
因みに、水精霊聖衣の事をスワティとルビるのは、イチ様が弁財天……つまりサラスヴァティの分御霊という側面を持つから。
某・PCゲームに登場する弁財天がサラスワティ、愛称がスワティだったのを思い出したユートが、半ばジョークで付けた名前だったりする。
因みに、ユートの直接的な知り合いにスワティが居たりする訳だが……
こうして、数日という日が過ぎ去った訳だが、全てが順調だった訳でもない。
それは二日前の事だ。
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六月三日
ユートはこの日、被害者の一人であった八神はやてから招待を受け、誕生日の前日パーティーが催された八神家に訪れていた。
パーティー参加者となるのは、友達の月村すずかを始めとして、すずかの親友アリサとなのはとフェイトとアリシア。
更には同じく被害者ではあるが、助けに来てくれた那美と市乃もやはり招待を受けていた。
何故、前日パーティーなのかと云うと、妖怪の被害を受けたはやてが事情聴取を受けて、病院での検査が誕生日当日にズレ込んで、パーティーを前日に繰り上げた為だ。
「みんな、いらっしゃい」
嬉しそうな表情をして、ユート達を迎え入れてくれるはやては、初めての豪華絢爛な誕生日パーティーに興奮気味だ。
翌日は平日であったが、妖怪被害があったばかりという事もあり、一週間程の臨時休校となっている。
現在は昔と違い、妖怪の事は余り隠されていない。
少なくとも被害者や学校や自衛隊などには。
はやてが知らなかったのは一般人だからで、被害者となった時点で教わった。
今日は折角のパーティーだし、はやても嫌な事は忘れて楽しむ事にする。
この日は、はやての家に宿泊をする事になったが、ユートには好都合だ。
そして、深夜零時……
本がフワフワと浮かび上がって、室内を大きな魔力が吹き荒れた。
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壱が帰る前に闇の書事件の最初の一歩が……