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「ハッハッハ! こんな形してるがなぁ、正真正銘のバケモンよ!」
「いや、嫌ぁぁぁ……!」
悦に入る誘拐犯と、腕を縛られていなければ頭を抱えていたであろうくらい、涙を流しながらブルブルと頭を横にを振るすずか。
大切な友達には知られたくなかった、自身に流れる闇夜の血脈。
怯えられるかも、軽蔑の目で見られるかもと思うとアリサの顔を見れない。
「ふーん、で? 戯れ言はそれで終わり? じゃあ、斃してやるよ……」
ユートにしてみたなら、それは既知の事だし気にした風でなくあっけらかんと言った。
「なっ!? 判ってんのか……こいつはなぁ!」
「はいはい、ご苦労様」
「は? ごぶぁっ!」
それは一瞬すら遅い刹那の刻、ユートが口を開き話したかと思ったら、既に誘拐犯Aは顎を打ち抜かれて吹き飛ばされていたのだ。
「吹っ飛べ、そして二度と囀ずるな!」
天井にぶつかり、落ちてきた誘拐犯Aの鳩尾をぶち抜くと、ビルの窓まで飛ばされてガラスを破って落下してしまった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ドシャッ!
ユートを除いたこの場の全員が真っ青になる。
「ひっ、人殺しぃ!」
誘拐犯の誰かが叫んで、恐慌状態に陥った。
「クックック、アハハハハハハハハハハハハッッ!」
『『『っ!?』』』
「人殺し? 俺を殺そうとして銃を撃ってた連中が、何を今更になって泣き言を言ってんだ? 他人を殺るのは構わないが、自分が殺られんのは嫌ってかぁ?」
誘拐犯達は疎か、すずかとアリサまでが戦慄した。
其処に浮かんでいたのは狂暴なまでの、凶悪なまでの笑顔。
「甘ったれんなっっ!」
ビルすら震わせる叫び声が室内を響かせる。
「俺の知り合いの言葉だ。自分の目的や欲望の為に、他人の犠牲を厭わぬ者を悪人と呼ぶ。然し、誇りある悪はいつの日自らが同じ悪に滅ぼされるのを覚悟するもの。その覚悟があるか? 無いならそれは只の莫迦か三流で腰抜けの小悪党」
「ガハッ!」
叫ぶと同時に走り、誘拐犯の1人の腹部を殴る。
「誇り無き悪は、地べたに這いつくばって死ね!」
「ゲハッ!」
返す刀で、後ろ回し蹴りを誘拐犯Cに叩き込む。
「お前ら如き小悪党が!」
「グフッ!」
更に空中を蹴り入れて、誘拐犯Dへと最接近すると蟀谷(こめかみ)を踵で叩き付けた。
「巫山戯た事を抜かしてんじゃねぇぇぇっっっ!」
「ぺばっ!?」
一回転して踵落としを後頭部に叩き込み、誘拐犯Eを倒して顔面から落とす。
それを見たアリサが混乱しながら呟く。
「な、何よあれ? 有り得ないでしょ、あの動き!」
大して広くない空間で、あれだけ縦横無尽に空中を舞う動き……
「物理法則を完全に無視してたわよ、あれ……」
それは余りにも物理法則に喧嘩を売る行為だった。
「さてと、コイツらの遺伝子はこの先の未来には要らないだろう。決して遺伝子が残らない様にするか」
ユートは手刀を作りまるで切れ味を試すかの様に、ボロボロの机をスラッシュする。
「村正抜刀(エクスカリバー)」
ゴトン……
机がアッサリと真っ二つになってしまう。
「ちょっ! いったい何なのよ今のは?」
そして次に、倒れて呻いている誘拐犯Bに向けた。
「え? 真逆?」
すずかは驚く。
今の切れ味の手刀を人間の柔らかい身体に放つと、果たしてどうなるか?
正に豆腐を切るが如く、スッパリと二つに泣き別れとなるだろう。
「だ、駄目です! 殺すなんて……」
「見たくなければ目を閉じていろ!」
「見たくないとかそんなんじゃありません! 殺しちゃ駄目なんです……っ!」
凄い剣幕で叫ぶ。
気弱そうな外見と裏腹にいざとなれば、このお嬢様は強いのかも知れない。
「ふん、仕方がねーなぁ。だったらこっちか」
ユート? は目を閉じ、力を溜めていくと……
「天舞宝輪!」
祈る様な形で目を開く。
嘗て、聖域に最初に転移した時の事、黄金十二宮の闘いに参加したユートは、その闘いが終結後に乙女座のシャカから修業を受け、技を一通り喰らっている。
シャカだけでなく、生き残った黄金聖闘士の全員の技を喰らった。
それは覚える為だ。
結果、モノになるまでは普通に修業もした訳だが、ユートは黄金聖闘士の技を修得するに至る。
中でも天舞法輪は小宇宙を磨くのに、セブンセンシズを発露するのに五感剥奪を利用した為、毎日の様に掛けて貰っていた。
五感が剥奪されていて、何も見えないし感じない、喋れない、聴こえない、匂いすらしないという状態を第七感で補って、眠ている時以外は常に天舞法輪に掛かっていたのだ。
覚えもそれは早い。
それに小宇宙で五感を補うのは不可能ではないと、水瓶座のデジェルの件で判っていた。
戦闘中に小宇宙を高めていたから、落ちた視力を補って気にならなかったと、デジェルは発言している。
お陰で視る力もより強くなっていた。
閑話休題……
ユート? は誘拐犯達に指を突き付け……
「触覚、その中でも睾丸のの機能を剥奪するぜ!」
ハッキリと宣言する。
それは正しく、この世全ての男を敵に回す行為であったという。
とはいえ、直接的に触れる訳ではないが、男のアレな機能を破壊するのは些か嫌なものがあった。
「やれやれ。後はお前に任せるぜ〝ユート〟」
一瞬の停止とフラットな瞳に色が戻る。
「暴れるだけ暴れといて、面倒は押し付けるなんて酷い兄さんだ……優雅兄」
愚痴りながらユートは少女2人にゆっくりと近付き、膝を付いてアリサ達に視線を合わせる。
「どうやら無事みたいだ。間に合って良かったよ」
先程の残忍な目でなく、博愛の籠る優しい目。
まるで〝別人〟だった。
「あ、あいつらに何をしたのよ?」
「遺伝子を遺せない様に、連中に仕掛けを……ね」
ブチィッ!
「げっ! これ、ワイヤーなのよ? 素手で千切るなんて……」
ブチィッ!
「あ、ありがとう……ございます」
アリサとすずかを縛っていたワイヤーロープを引き千切って、2人を自由にしてやるユート。
「仕掛けって?」
「その前にさ、赤ちゃんがどうすればデキるのか理解出来る?」
「そりゃ……」
アリサは言い掛けると、頬を林檎の如く真っ赤に染めて口を噤む。
「へえ、識ってるんだね。君がませてるのか、今時の子供はそんなもんなのか」
ふと見れば、すずかの方も真っ赤っかである。
「後者みたいだねぇ」
「な、何よ! アンタだって子供じゃないの!」
「クス、まあね」
ユートは誘拐犯BCDEの4人を、すずか達を縛っていたワイヤーロープでふん縛り、更には下に落ちていた誘拐犯Aも〝持って来て〟縛っておく。
「そいつ、生きてんの?」
「それ程、高くなかったからか……辛うじてね」
その後は警察に連絡をしておいて、パトカーが来るその短い間に説明をする。
「さて、赤ちゃんを作るにはコイツらが君らにしようとしていた行為、それをしなければならない」
「う、うん……」
2人は頷いた。
「その際には男側の性器、要するにチン……」
「そんなもん、詳しく言わなくて良いわよ!」
「はいはい」
真っ赤になって怒鳴ってくるアリサに対し、苦笑いをしながら続ける。
「性器を通じて、睾丸から作られている精子を女性の生殖器に送り込む訳だ」
アリサは恐怖も有るが、興味もあるのか頬を真っ赤にしながらも、真剣な顔で聞いていた。
すずかも想像しているのであろうか、頭から湯気を出す勢いでクラクラしている様子だ。
「なら、睾丸の機能を破壊してしまえば、精子も作られないから遺伝子も遺す事は出来ない。しかも、奴らの生殖器そのものも最早、機能はしない」
「それってつまり……」
「もう、勃たない」
哀れ、誘拐犯達にはもう男として尊厳は無かった。
すずかは両手で口を覆い青褪め、アリサは犯罪者とはいえど流石に哀れに思ったのか、天に召された誘拐犯の性器に冥福を祈る。
遠くでパトカーの音が鳴り響いてきた。
「おっと、そろそろ行かせて貰うかな?」
「あっ!」
「少女A……」
「す、すずかです! 私の名前は月村すずか」
「なら、すずか。君の血脈の事、少女Bにきちんと話してみろ!」
「アリサよ! アリサ・バニングス!」
「逢ったばかりの僕の事を信じる必要はない。自分が信じる親友を信じてみろ、アリサ・バニングスが本当に親友なら、きっと理解を示してくれるから!」
そう言うと、ユートは窓から飛び降りてしまう。
呆気に取られるすずかとムスッとするアリサ。
「何よ、アイツ。私が本当に親友なら? そんな事、決まってんじゃない」
「うん、そうだね」
だけどすずかは思う。
「(あの人、私の血筋について識ってたのかな?)」
だとしたら、この侭行かせたのは拙かったかも知れないし、すずかは姉に相談をしておこうと考えた。
だけど今はただ、直ぐ隣の親友を信じてみようと、アリサの顔を横目で見ながら静かに決意した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふう、初顔合わせとしては少しインパクトが強かったかもね」
現場から離脱したユートは独りごちる。
「ま、後は警察が保護をしてくれるだろうし、此方は今日の宿を捜さないと」
これからの事を思えば少し憂鬱になった。
やるべき事は沢山ある。
今日の日付の確認、資金の調達、今夜の宿捜し。
特に日付を調べないと、ジュエルシード落下がいつ頃か判らない。
それまでの猶予期間(モラトリアム)がどのくらいなのか、その間に準備をどの程度まで出来るのか。
そん事を考えながらも、ユートは街の雑踏の中へと消えるのであった。
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本当にテンプレなイベントだった……