少女は独りきりだった。
脚が動かず両親とは早くに死に別れ、父の友人だというおじさんが遺産の管理と生活援助をしてくれて、何とかかんとか生きているのが現状。
最近になって行き付けの図書館で友達が出来たし、時々は一緒に本を読んだりして愉しい気持ちになる。
半身不随の為に病院に通っているが、少女の担当医は優しくていつも気遣ってくれていた。
だけど広い家には誰も居ないから、買い物や病院から帰ってもシンとしてて、寂しい気持ちが強くなる。
「独りは嫌やな……」
少女は暗い家の灯りを点けて呟いた。
バリアフリーのこの家は立たずとも大概のモノは扱える為、生活が困難という事は無いのだが、小学生の年齢で義務教育たる学校にも通わず、たった独りで暮らしている事に対し、主治医である石田先生すらも、これを異常と考えない。
少女自身、助けを呼ぶという思いを放棄しており、独り暮らしを当たり前の様に享受していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「親和系の結界……だな」
親和系結界はその状態を異常だと感じさせない結界であり、これに掛かったらそれを常態として受け容れてしまう。
ユートは八神はやての家の近くで調査をし、結界の種類を調べてみた。
可成りの広域範囲にて、『八神はやてが独り暮らしなのは当然である』という認識を固定し、疑問を懐かせない結界が展開されて、誰もおかしいと感じてはいないらしい。
似た様な親和系結界を、麻帆良学園都市で視ているから、ユートには直ぐ理解する事が出来た。
「異常を異常だと感じさせない結界、ちうでもなければ抜けられないか」
彼女は一般人ながらも、その手の結界の効きが悪かったものだ。
「取り敢えず、何をするにもあの猫姉妹とグレアムは邪魔にしかならないから、先に始末をしてしまうか」
数多在る二次創作では、何故か放ったらかしになっている為、原作準拠で進む事も多いのだが、ユートは邪魔だと解っていて放置をする気も無かった。
「八神はやての家に向かいながら魔力を垂れ流せば、慌てて出てくるだろう……少なくとも猫姉妹の二匹の内の一匹は」
早速ユートがそれを実行に移すと案の定というか、気配が二つ付いてくる。
情報交換か見張りの交代なのかは窺い知れないが、どうやら運の良い事に二匹共が居たらしい。
「待て、貴様は何者だ」
見た目では流石にどちらか判らないが、蒼髪に白い仮面の男が現れた。
もう一匹は待機しているのだろう、気配はしているが出て来ない。
恐らく、目の前の仮面がリーゼロッテだろう。
ユートは携帯電話を取り出すと、フラットで塵芥を視る様な視線を送りながら110番通報……
ガシャン!
をしようとしたら、背後から魔力弾が放たれて携帯電話を壊す。
「何をしようとした?」
「んなもん、110番通報に決まっている。何者? それは仮面を被って如何にも怪しい風体の〝お前ら〟が言っても良い科白じゃあないだろう? 寧ろ何者は此方の科白だな」
ユートの至極尤もな意見に対して仮面の男Aは……
「我らが何者かなどどうでも良い、貴様は何者だ!」
人には質問しながら自分は答えない……などという巫山戯たスタンスで来た。
「……身体に障害を持つなら仕方ないが、僕は健常者の癖に難聴な奴は嫌いだ」
「答えねば実力で排除するまでだ!」
どうやら本格的に〝話し合う〟事が出来ない人種? らしい。
多分──リーゼロッテが襲い掛かって来た。
成程、クロノ・ハラオウンにフィジカルな訓練を施したというだけあり、相当な手練れだと判る。
同時にやはり、目の前の仮面Aはリーゼロッテだ、魔法は身体強化にのみ使い格闘で挑んできた。
その腕前というか足捌きは見事であり、AAA+のクロノ・ハラオウンでさえ真正面から闘えば翻弄し、討ち据えるだろう。
だが所詮は神々の強壮に比べれば、少し巧いだけの戦闘巧者でしかなかった。
あの荒ぶる理不尽の塊達を知る身とすれば、リーゼロッテは見劣りすると云うのも烏滸がましい。
拳より蹴りが主体の戦闘法は成程、切れ味も良さそうだが……
「くっ、何故だ? 〝すり抜ける〟!」
一歩も動かず佇んで瞑目すらしているユート相手に蹴りは当たらず、それ処か何の手応えすらもなく身体をすり抜けてしまう。
其処へ深い紺色の魔力光を湛えた二本のフープが、ユートの身体を縛るべく顕れて縮んだ。
パキン!
「な、なにぃ!?」
必勝を期してのタイミングで放ったバインドだが、ユートに触れたのと同時に砕け散る。
「気付いてないとでも思ったのか? 気配を消すのはやめた方が良い。それだと気配の空白が出来て却って目立つ」
「だ、黙れぇぇえっ!」
ガシッ!
「うっ!?」
飛び蹴りを放った仮面Aの脚を取り……
「そうら、ぶつかれ!」
コンクリートのブロック塀に叩き付けた。
「ガハッ!」
その衝撃で仮面が落ち、色素の薄い茶髪を短く刈った猫娘の姿が露わとなる。
やはり、リーゼロッテ。
「さて、お前らを国連法に反する犯罪者として、退治させて貰おうか」
「な!?」
ユートが小宇宙の塊を、背後に居る仮面の男B──リーゼアリアにぶつけた。
「ぐ、は……っ!」
単なる力の塊に過ぎぬとはいえ、重たい鉄球を腹に打ち据えたに等しい。
肺の中の酸素を強制的に吐き出さされ、涙を浮かべながら地面に倒れ伏す。
「ア、アリア!」
リーゼアリアも仮面が剥がれ落ち、本来の姿を露わにしていた。
リーゼロッテの髪の毛を肩まで伸ばした同じ顔……双子の猫の使い魔。
「さあ、話して貰おうか。自分が何者で、何の目的で結界を張っていたのか」
「ふん、何の事かしら?」
リーゼアリアがそっぽを向いて言う。
逃げる為の算段を付けているのだろうが、彼女らが張った結界にハックして、今やユートが掌握している為に最早逃走は不可能だ。
「話さないなら話したくなるようにしてやるまでさ、OHANASHIの時だ」
ユートが自身の目前へと右腕を掲げ人差し指を立てると、それをリーゼアリアの方に向けた。
「敵の脳を支配する事で、精神をズタズタに引き裂く伝説の幻魔拳でな」
「ヒッ!」
その説明に恐怖を覚え、リーゼアリアが息を呑む。
鳳凰幻魔拳は意外と便利な技で、嘗てこの拳の使い手たる鳳凰星座の一輝も、海龍(シードラゴン)の名を偽ったカノンに使い、過去を洗いざらい喋らせた。
まあ、別に幻朧拳でも構わないのだが……
リーゼ姉妹はどちらも動けず、ユートを止める事は疎か逃走すら叶わない。
「喰らえ、鳳凰幻魔拳!」
ピシィ!
「ヒッ! あ、あう……」
脳髄に直撃する衝撃が、リーゼアリアの電気信号を支配すると、本人の意に反してギル・グレアムの計画をペラペラと話し始める。
ユートは原作知識として知っているが、リーゼアリアの口から言わせる事で、確かな証明としたのだ。
当然ながらリーゼロッテ達はサーチャーを仕込んであり、ユートはそれを利用する心算だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ギル・グレアムの執務室に武装局員が雪崩れ込む。
「な、何事かね?」
「ギル・グレアム提督……貴方を第一級捜索指定古代遺失物・【闇の書】の主として逮捕する!」
「な、何を莫迦な? 闇の書の主は私ではない!」
「ならば、それは何だ?」
武装局員のリーダーらしき男が指差した先に、封印が解除された闇の書がプカプカと浮かんでいた。
「なっ! 闇の書だと? どうして此処に!?」
驚愕するギル・グレアムに杖型デバイスを突き付ける武装局員、英雄とはいえ闇の書の主は赦されない。
「貴方は闇の書を暴走させその瞬間に凍結封印する」
そう言って顎をしゃくり上げると、背後の武装局員がギル・グレアムと使い魔のリーゼを拘束した。
暴れるリーゼ達と呆然となるギル・グレアム。
そして時は流れ、闇の書が強制的に起動させられ、ギル・グレアムと融合……
ギル・グレアムの元で、強制押収された氷結の杖デュランダルを握るクロノ・ハラオウンが、憎しみの目で睨んでいた。
「グレアム提督、闇の書の主……父さんの仇を今こそ討つ!」
リーゼアリアは違うのだと叫び、闇の書の主は父様じゃないのだと訴えた。
然し、ギル・グレアムが闇の書の主として覚醒を果たしては、誰も信じない。
嘗て、闇の書に家族を奪われた人々から怨嗟の声が上がっている。
その筆頭がハラオウン家の家族だった。
違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う!
闇の書の主だからって、どうして以前の主の罪を背負わされねばならない?
父様は悪くない、父様の罪じゃない、父様は何もしていない!
リーゼアリアは叫んだ。
だけど、クロノ・ハラオウンは汚ならしいモノでも視るかの如く視線を向け、鼻で嗤い飛ばす。
「他人なら良くても、いざ自分達がその立場になったら泣き言か?」
「な、何を……」
クロノは応えず、デュランダルに命じた。
「征くぞ、デュランダル。闇の終焉の刻だ!」
《Ok,boss》
「悠久なる凍土、凍てつく棺の内にて永遠の眠りを与えよ。凍てつけ!」
《Eternal coffin》
無慈悲な魔法が放たれ、ギル・グレアムを完膚なきまでに凍結封印する。
封印されたギル・グレアムは虚数空間に落とされ、闇の書による被害者遺族達は万歳三唱で悦んだ。
唯一人の人間に咎を被せる事で、ババを引かせる事により【闇の書事件】とも【ギル・グレアム事件】とも呼ばれた一件は終結し、世界に平和が訪れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「う、嗚呼……い、い……イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアッ! 父様、父様、父様ぁぁ!」
頭を抱えて涙を流しながら絶叫するリーゼアリア。
「何が、何が闇の終焉の刻だぁぁぁぁぁぁぁぁっ! この人でなしぃぃいっ!」
「アリア、アリア、どうしたのさ! お前、アリアに何をしたんだ!?」
ユートに問われ、計画の全貌を話したと思ったら、行き成り恐怖と絶望に表情を歪め、突然の絶叫だ。
訳が解るまい。
「お前らの目的は解った。最後のはほんのオマケだったんだがな……」
尤も、ギル・グレアムは恐らく本当にリーゼアリアに見せた通り、自分自身が闇の書の主だったのなら、喜んで我が身を差し出して封印されたであろうが……
他人事だからあんな手に出たとは思えないし、覚悟だってしていただろう。
それは兎も角、リーゼロッテが起き上がり……
「ち、畜生!」
痛んだ身体を押してでもユートへと襲い掛かるが、既に最初の時の攻撃程ではなく、精彩を欠いていた。
ユートは拳を地面に叩き付けて……
「雷光雷牙(ライトニングファング)!」
「ギャン!」
地を奔る雷を放つ。
それはリーゼロッテのすぐ下にまでくると、まるで牙を持つ獣が喰らい付くかの如く襲い掛かり、高電圧の煌めきでリーゼロッテを灼き払った。
「あ、が……」
その後、ユートは二匹に魔力封じの手錠を掛けて、協力者の一人のリスティ・槙原を呼んで、牢獄送りの為に連行して貰う。
既に八神はやてに対し、すずかが接触をしている。
後は、誕生日の前に友達として紹介して貰うだけ。
「さあ、邪魔者は居なくなった事だし、闇の書事件の始まりだ」
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