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深夜零時……
転送で海鳴臨海公園へとやって来た、リンディ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタの2人。
辺りは暗く、街灯くらいしか灯りが存在しない公園では仄かな潮の香りがし、遠くからは僅かながら小波の音が響いてくる。
五月とはいえ、夜の公園は未だに冷えるものだが、一応は魔法で風をガードしている為、リンディ達が寒さに打ち震える事はない。
「クロノ君、大丈夫なんでしょうか、艦長……」
「判らないわ。だけど彼は生きていると言ってたし、それを信じるしかないわ」
「そうですね」
指定されたのはリンディと通信主任のエイミィ。
アレックスやランディやギャレットといった男手、武装局員の様な戦力を連れては来れなかった。
背信に対するペナルティを課せられては堪らない、故にサーチャーの配置も行う訳にはいかない。
「来たようだね」
現れたのはユートだけではなく、今回の件に関わっていた者が全員。
つまりフェイトとアルフも居るし、なのはとユーノもこの場に来ていた。
「では、聖域の本拠地へと案内をしよう」
リンディとエイミィに近付くと、ユートは転移陣を起動させて聖域に跳ぶ。
リンディとエイミィは、突然の転移に慌てているが最早どうしようも無い。
転移陣が顕れ、ユート達が姿を顕した場所は明るい太陽が昇っていた。
時差がある場所、つまり此処は日本ではなく日付変更線すら越えた海外だ。
其処は村だった。
「此処は?」
「ロドリオ村。聖域の傘下にある小さな村だよ」
敢えて言わなかったが、ギリシア政府が数十世帯の家族を移住させてる村で、出来てから一ヶ月其処らしか経っていない。
ユートがアテナの加護と精霊の加護を以て、この辺の大地や風や水や気温などを変化させ、豊かな土地にした事を伝えたら政府から村を作ってギリシア国民の移住を推し進めたいと言って来たので、特別自治区とするのならと認めたのだ。
自治区とはいえ、政府に旨味が無い訳ではないとして双方が同意した。
閑話休題……
ユートはリンディ達を、聖域へと案内する。
アテネのアクロポリスに建つパルテノスの神殿……パルテノンに似た建造物が建ち並ぶ。
聖域には雑兵の姿をした田中さんや、同じく茶々号達が動いている。
リンディやエイミィは元より、此処に初めて訪れたなのはやアリサ達もキョロキョロと辺りを珍しそうに見回し、余りにも壮大なる光景に呆然となっていた。
「此処が聖域……」
ミッドチルダや、故郷の第4世界ファストラウムの中央大陸都市部とも違う、原始的なものであった。
暫く歩くと、巨大な神殿が目前に存在している。
入口の天井近くには紋様が刻まれており、山を直接的に削り出した様なそれが幾つも上の方に見えた。
どうやら階段で繋がっているらしくて、リンディは一つの可能性に思い至り、ギリギリとユートの方へと首を動かして訊ねる。
「ま、真逆……この長大な階段を登れと?」
「聖域の根幹を為す場所、黄金十二宮(ゴールド・ゾディアック)。話し合いの場所は殆んど天頂となっている教皇の間。つまりは、頑張れ! あ、転移なんて出来ない仕様だから」
それを聞いた途端に青褪めて、一気にへたり込む。
艦長席に座っている事の多いリンディは、フィジカルでの運動不足である。
こんな先の見えない階段なんて登ったら、間違いなく明日は筋肉痛に呻く事になるだろう。
三十代前半だとはいえ、キツい事になりそうだ。
「まあ、今回は自分の脚で登れとは言わないさ」
「え?」
「敵として現れたならば、十二宮を護る黄金聖闘士と闘いながら、この長ったらしい階段を一段一段、登って貰う事になるけどね」
上空にはAMFが展開されており、魔法で飛行する事も不可能だ。
「それじゃ、どうやって登るのですか?」
「勿論、魔法で」
「は?」
息子のクロノより小さな少年は、然も当たり前の様に言い放った。
「先ずは第一の宮、白羊宮を護る黄金聖闘士に挨拶をしてからだ」
「優斗君、黄金聖闘士ってなーに?」
なのはが訊ねてきた。
「聖域に所属しているのは聖闘士という。時空管理局に魔導師が所属しているのと同じだね」
ユートは歩きながら説明をする。
尤も、正規の聖闘士となるのはユートのみだが……
「聖闘士には階級があり、それは魔導師ランクみたいなものだね。但し、聖闘士は基本的にフィジカルな訓練をするのと、戦闘訓練をするだけで魔力が有る必要性は無い。事実、小獅子星座(ライオネット)に魔力の資質は持っていない」
「なっ!? では彼女が使っていた炎は?」
「あれは聖衣の力だよ」
「聖衣?」
「星座の名前を冠した鎧、それが聖衣。その聖衣の色が階級に当たるんだ」
リンディは考える。
魔力を持たない非魔法資質者でも、あの聖衣を持てばあれだけ戦えるとなれば管理局の人手不足を補えるのではないか? と。
「それで、階級とは?」
「小獅子星座(ライオネット)は最下級の青銅聖闘士と呼ばれていて、同じ階級としてマシーン聖衣である大空聖衣・白鳥(スカイクロス・キグナス)の鋼鉄聖闘士が在る」
ユートはアリサとすずかを指差して言う。
「聖闘士の名前を持たない雑兵も居るけどね」
この聖域での雑兵とは、現状では田中さんモデルと茶々号達の事である。
「次の階級が白銀聖闘士と精霊聖闘士。精霊聖闘士は正確に云うと青銅と白銀の間になるけどね。そして、最高位が十二宮を預かっている十二人の黄金聖闘士。とはいえ、今は二人しか居ないけど」
「これから会うのがつまり黄金聖闘士だと?」
リンディがユートに訊ねると、それを肯定する様に首肯した。
「黄金十二宮・第一の宮、白羊宮を守護しているのは牡羊座のシエスタ」
白磁色の階段を登り詰めると、黄金の鎧に身を包んでマントを羽織る女性──シエスタが立っている。
「皆さん、お待ちしておりました。白羊宮を守護する牡羊座・アリエスの黄金聖闘士シエスタです」
温和な表情で頭を下げるシエスタは、とても戦闘者には見えない。
「さて、此処からはさっさと教皇の間まで行く。余り離れない様に」
そう言ってユートが何事かを呟くと……
「キャッ!?」
「ひえ?」
行き成り道が動き始め、驚愕してしまうリンディとエイミィ。
「ロラーザ・ロードという魔法だよ」
「魔法? これが?」
「神に近しい黄金竜(ゴールデンドラゴン)ミルガズィアが、歩くのが面倒だと言って開発したという」
スレイヤーズに登場するカタート山脈はドラゴンズ・ピークに棲まう黄金竜、その長であるミルガズィアが人間に扮して動いていた際に、片手間で組んでみた魔法である。
「これの速さなら30分もすれば着くだろう」
確かに周りの景色がどんどん変わってるからには、相当な速度が出ているのだろうが、揺れもしなければ風も感じなかった。
リンディとて魔法行使者である、これがどれだけの高度な魔法なのかは理解する事が出来るが、行使したのが魔力反応皆無なユートだというのが解らない。
否、魔法を行使したその瞬間だけは魔力を感じる事が出来たからには、ユートが意図的に魔力を隠蔽しているのが解る。
然し、仮にオーバーSの魔導師だったとしてもだ、デバイスも無しに呪文を唱えるだけで、これだけ高度な魔法を扱えるなどリンディには信じられなかった。
凡そ3分後に新しい宮が見えてくる。
「聖闘士自体が無人だが、此処が牡牛座(タウラス)の守護宮、金牛宮」
宮内に入ると、少し暗い内部に牛を象るオブジェが飾られていた。
「あれは?」
「あれが牡牛座の黄金聖衣だよ」
あっという間に通り過ぎてしまい、質問をしている暇もない。
「聖闘士が居ない場合は、ああしてオブジェ形態になって守護宮に飾られてる」
更に3分後、新しい宮に着いた。
「第三の双児宮。双子座の黄金聖闘士が守護する宮。尤も不在でこそないけど、聖衣がオブジェ形態で飾っていたりする」
内部へと入ると確かに、四本の腕と二つの貌を持つ黄金のオブジェが有る。
「次が第四の巨蟹宮だね。今は居ないけど、一ヶ月もすれば蟹座のエルザが守護する事になるよ」
3分後、巨蟹宮をあっという間に素通りした。
オブジェが無かったという事は、無人ではあったが不在ではないのだろう。
「第五の獅子宮。獅子座の朱乃せ……が守護する」
どんどん進む。
「第六の処女宮。乙女座のアタナシアが守護する宮」
勿論、現在は居ない。
「第七の天秤宮。天秤座の木乃香が守護する宮」
「えっと、女の子ばかりなのね? 名前からして」
「まあね」
本来の聖闘士は女人禁制ではあるが、此方は飽く迄もユートの使徒が中心。
使徒は異性のみしかなれないから、必然的に女の子しか居ない。
「第八の天蝎宮だ。蠍座のケティが守護している」
余り説明する事も無く、説明する暇もないが故に次々と進んでいく。
「第九の人馬宮。射手座のシーナが守護する宮だよ」
此処までに凡そ24分。
「第十の魔羯宮。現在無人の宮だよ」
内部には確かに山羊座を象るオブジェが有る。
昔はルクシャナという名のエルフが担っていたが、ユートの使徒ではなかったから今は契約も途切れて、無人となっていた。
「第十一の宝瓶宮。水瓶座のシャルロットが守護する宮だね」
とはいえど、基本的にはタバサと呼んでいるが……
「守護宮最後の第十二番目の双魚宮。魚座のモンモランシーが守護している」
無人なのは二つだけ。
1人くらいはこの世界で見付けたいと思っている。
「そして、双魚宮の先にあるのが教皇の間だ。聖域を束ねる教皇が居る」
教皇の間の前まで来ると魔法が解除され、大きくて重々しい荘厳な雰囲気の、金属の扉の前で止まった。
「大きいわね……」
二機の雑兵スタイルをした田中さんが扉の前で待機しており、ユートが声を掛けると『イエス、マスター』と答えて扉を開く。
十二宮も大概広いと感じたが、教皇の間はそれに輪を掛けて広い。
赤い絨毯が入口から続いており、その先には玉座が鎮座していて、玉座に銀髪の女性が座っている。
「彼女が教皇?」
「え、違うけど……」
ずっ転けるリンディ。
「だって、教皇の間なんでしょう?」
ユートはツカツカと歩いて進み出て、銀髪の女性の前まで来ると跪く。
「アテナよ、客人をお連れ致しました」
「うむ……」
ユートと黄金の杖を持つ銀髪の女性の遣り取りで、女性がアテナという事が判ったが、リンディとエイミィはアテナを知らない。
だが、ユーノはアテナを知るが故に驚愕していた。
「待ってよ、アテナって……聖闘士が奉じてる女神様の事だよね?」
「そうだけど?」
それは即ち……
「彼女が神様だっての? っていうか、神様が実在しているって事?」
てっきり偶像崇拝かと思っていたが、実在を知って驚くユーノ。
「そうだよ。人の姿をしているけど、彼女こそが智慧と芸術と工芸と戦略を司るギリシア神話の女神アテナだよ」
少なくとも、魔導師では何百人が掛かっても斃せはしない相手である。
とはいえ、絶対とも言えないからこそ【神殺し】という概念が存在する訳だ。
「そして、僕こそが聖域をアテナの代行者として束ねている教皇。双子座の黄金聖闘士でもある優斗だ」
「「はっ!?」」
ユーノは教皇がユートだと判っていたから驚いたりはしなかったが、リンディとエイミィは目の前に居るのが女神だという事実と、ユートが聖域のトップだという事に、驚愕して茫然自失となってしまう。
目を白黒させる2人。
「ようこそ、我が聖域に。時空管理局提督・リンディ・ハラオウン艦長」
だから、一瞬で黄金に輝く竜の飾りが付いた兜に、豪奢な黒い法衣を纏って、教皇の正装をした事に関しても、ツッコミを入れている余裕は無かったという。
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