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その言葉にクロノは驚愕して目を見開く。
「時空管理局の執務官とか言ったか? クロノ・ハラオウン。お前は地球で定められる三つの法に抵触しているんだ」
「な、なにぃ!?」
「一つ目、異次元人による不法な密入国を禁止する。二つ目が、異次元人による地球への覗き道具の使用を禁止。三つ目、異次元人による武装の持ち込みや使用を禁止する」
「何だって!?」
「例外として、国連平和維持組織の責任者が同意をしている場合は、特例として許可される。本来ならば、フェイトも執務官と同様の立場だが、僕が既に国連へ口利きをしているから許可はされているんだ」
それを聞き、フェイトはあからさまにホッと胸を撫で下ろす。
正確にはユートの裁量で許可と不許可を決めて良いとされており、法整備を性急に進めている。
つまり、半分はブラフという事だ。
「だから、此方はお前に対する処分が委任されているんだ。今すぐに地球から出ていくなら良し、然もなくば退治する!」
「え゛? 逮捕じゃなく、行き成り退治なの?」
なのはは大混乱だ。
「そうそう、管理外世界での魔法使用に関してどうのこうの言っていたけどな、この世界にその辺りの法は存在しない。だから使える人間は普通に使う訳だが、全員を連れ去る心算か?」
「な、何だと!?」
まあ、正確に言うならば魔法ではなく超能力と霊能力に当たるのだが……
「くそ、大した魔力も無い癖に!」
《Blaze cannon》
炎熱変換された魔力が、青白い炎となり放たれる。
クロノに属性変換スキルは無いが、術式による変換を行う事が可能だ。
「どうだ! 大した力も無いのに出しゃばるからだ。後、君達には話を聞かせて貰うから……」
「何を既に勝った風情で話してるのよ?」
「なにぃ?」
呆れるアリサの言葉に、クロノは未だ煙の上がっている場所を見た。
其処にはまるでダメージを受けていないユートの姿があり、何事も無かったかの如く右手で埃を払う仕草をしている。
「ば、莫迦な!?」
防御魔法を使った兆しも見えず、無造作に受けていたにも拘らず効いてない。
クロノは再びデバイスを構えると、今度は魔力スフィアによるシューター系の魔法を放ったが……
ズガン!
「効かないんだよ、魔法なんてさ」
先程は砲撃の余波に巻き上げられた煙に遮られて、何がどうなったのか判らなかったが成程、ユートには魔法はまるで無きが如く、躱しも防ぎもしていない。
ユート本人の言う通り、確かに魔法が効いていないのである。
「くっ、お前は……魔法を無効化しているとでも言うのか!?」
苛立ち紛れに、クロノはユートへと叫んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その様子をアースラから観ていたリンディ・ハラオウンと、エイミィ・リミエッタも驚愕していた。
「魔法を無効化ですって? だとしたら、魔法が主な戦力である時空管理局では彼を制圧出来ない?」
「でも、そんなレアスキルなんて私は聞いた事もないですよ? 艦長……」
「私だってないわよ。だとしたら、なんて危険な!」
時空管理局は質量兵器に対するアレルギーみたいな処があり、魔法至上主義に傾倒するきらいがある。
現在の管理局は質量兵器など、魔法が使えない一部の局員が様々な審査をパスした上で、許可を得る事によってのみ携帯をする程度でしかない。
魔法が効かないならば、時空管理局のほぼ全ての戦力が意味を成さないという事であり、1人で管理局の制圧すら可能という事だ。
現に、AAA+ランクという魔導師ランクのクロノの攻撃など、歯牙にも掛けていないのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
クロノは何らかの魔法が予め掛けられ、それで防いでいる可能性も視野に入れて強化魔法を無効にして、その上で相手を拘束出来る魔法を放つ。
《Struggle bind》
「喰らえ、ストラグルバインド!」
蒼い魔力光を放つロープがユートの周囲に顕れると、拘束をするべく絞まる。
パキィン!
「なっ!?」
「う、嘘……」
クロノだけでなく、この手の魔法に詳しく得意としているユーノも驚いた。
ストラグルバインドというのは、対象の強化魔法や変身魔法などを無効化し、消し去る効力を持つ。
それが、バインド自体を消し去るとは思わなかった事態だ。
「言ったろ? 僕に魔法は効かない。エピメテウスの落とし子となった時から、そういう体質なんでね」
「エピメテウス? 確か、それってプロメテウスの弟にして、始まりの女性の夫だっていう?」
「そうだよ、ユーノ」
ユーノもジュエルシード捜しばかりをしていた訳ではなく、時折だが図書館などに行って本を読んでいる事もあった。
その際、地球の歴史を紐解くのに神話の本を選んだのである。
何故なら、神話というのは史実を神々の物語に隠してる事が多々あるからだ。
とはいえ、流石にユーノもエピメテウスの落とし子なんて寡聞にして聴かない言葉だった。
「まあ、エピメテウスの落とし子が何なのかなんてのは置いといて、その結果として魔力を使った力の一切が効かなくなったんだ」
魔術や魔法ではなくて、同種の権能や神々の神力、小宇宙での攻撃ならば普通に効く訳だが……
神々でさえ、魔術関係を掛けたければ体内へ直接的に吹き込むしか無い。
斃すのならば、丈夫になった肉体の限界を越えた物理的攻撃で破壊するのが、手っ取り早いだろう。
「さて、最後通牒だクロノ・ハラオウン。この世界から出ていけ、お前達に渡す物は何も無い。ジュエルシードが欲しかったのなら、初めからユーノが掘り出した時に輸送を管理局でしていれば良かった。そうすれば事故とやらも無かったんだろうしね」
「子供のお遣いじゃあるまいし、そうはいくか!」
ユートはなのはを呼ぶ。
「何なの?」
「なのは、思い切り低めのこう声で言ってやれ……」
「判ったの」
ユートに言われた通り、なのははクロノに向かって言う……
「本局へ帰れ」
何故だろう、何と無くだが抗い難い雰囲気だ。
「くっ!」
その抗い難い雰囲気を振り切る様に頭を振り……
「そうはいかないと言っている! 僕は時空管理局の執務官クロノ・ハラオウンなんだ!」
「そりゃ良かったな。給料幾らだ?」
ズドン!
「ホゲッ!」
叫んだ直後に突っ込んで来たユートの右ストレートが綺麗に極り、吹き飛ばされてしまうクロノ。
「このネタ振りで終わっても良いけど、どうする? 帰るならこれで拳を引いても良い。だけど、これ以上抗うなら……」
ユートが雰囲気を一変させて、然し決して恫喝でさえない声で……
「覚悟を決めろ!」
そう言った。
だが、クロノとて自身の仕事に信念を持って臨んでいるのだ、だからと言って『はい、そうですか』などと退ける訳も無い。
「そういう訳にいくか!」
「それなら仕方ないな」
ユートは両腕を胸元にまで掲げ……
「強制的に退場願おうか、異界次元(アナザーディメンション)!」
右腕を天高く伸ばした。
「なにぃ!? な、何なんだこれは?」
幾何学的な空間が上空に顕れ、クロノの身体が浮かび上がってパックリと口を開いた異界への入口へと、抗う暇も与えずに飛ばしてしまった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!」
それをモニターで見ていたリンディが叫ぶ。
「クロノッ!」
そんな叫びも空しく艦橋に響き、そして直ぐにも消えてしまった。
現場の海鳴臨海公園は、人1人が消失した事実からシンと静まり返る。
「えっと、さっきの黒い男の子はどうなったの?」
「異次元空間に飛ばして、閉じ込めたんだ。出てくる事はないだろう、常えに」
空間制御を得意としている双子座の聖闘士らしく、ユートもこの技を用いての技能を保有していた。
その気になれば敵を放逐する以外にも、自らを別の空間に跳ばして転移に使う事も可能となっている。
「まあ……不法密入国や、覗き、武装の持ち込みに、地球人への攻撃という感じで罪を犯したんだ。地球からの強制退去くらいは当然の処置だろう」
尤も、地球から処か人生をもログアウトしかねないのだが……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「エイミィ、クロノはどうなりましたか!?」
「クロノ君……クロノ執務官の反応、ロスト。完全に見失いました!」
コンソールを操作して、あちこちを捜し回っていたエイミィ・リミエッタだったが、何処にもマーカーが見付からない。
クロノ・ハラオウンという個人を追う為のマーカーが地球上から、完全に消えてるのは間違いなかった。
リンディ・ハラオウンはクロノの上司でもあるが、実の母親でもある。
デスクに肘を突き、額を両手で支えながら項垂れ、リンディは愕然と呟く。
「そ、んな……クロノ!」
11年前の【闇の書事件】で夫のクライド・ハラオウンを喪い、今また息子のクロノまで居なくなっては全ての希望が潰える。
「いえ、まだクロノは死んだ訳じゃない。エイミィ、彼らに通信を!」
「了解、モニターを艦長席の方に出します!」
地球のパソコンなんかのキーボードを、より高度に空中タッチパネルとも云えるコンソールという形にしたモノを、ボードも見ずにブラインドタッチで操作をしていくと、インタラクティブに会話が可能な様に、サーチャーを設定して艦長席に回した。
「艦長、モニターと音声を出します」
大きなモニターにも出てはいるが、会話し易い様に小さなモニターをリンディに回すと、ユートの目の前に空中モニターが顕れる。
「待って下さい!」
リンディは帰ろうとするユートに話し掛けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「どちら様?」
〔時空管理局・艦船アースラの艦長で、リンディ・ハラオウンです〕
ユートは知っているが、敢えて訊ねた。
「ハラオウンね、さっきの黒いのは家族か何か?」
〔一応、息子よ〕
といっても、任務中だと親子云々でなく上司と部下として接するが……
「国連承認地球守護機関・聖域の教皇、緒方優斗だ」
〔聖域? その様な組織は聞いた事がありませんが〕
ユートが名乗ると、案の定というか首を傾げた為、揚げ足を取りにいく。
「ほう? まるで地球の事をよく知っているみたいな言い種だね? 管理外世界だと謳いながら、常に監視でもしていたのかな?」
〔ち、違います。私の知り合いにそちらの世界出身の方が居るだけです!〕
「知り合い? その知り合いとやらは、地球に存在するどんな組織にも精通しているとでも?」
〔そうは言いませんが〕
リンディは困った表情となって視線を彷徨わせる。
「で、話とは組織がどうのこうのって事? だとしたら管理外世界の事なんて、どうでも良いだろう?」
〔違います! それが無いとは言いませんが、クロノ・ハラオウン執務官はどうなったのですか?〕
「クロノ……ね。異次元に跳ばしたから、餓死するまで生きながら次元の狭間を彷徨い続けるだろうな」
一応は、息が出来るから窒息はしない。食べ物が無いからいずれ餓死るが……
〔生きているのですね?〕
「今は……ね」
あからさまに胸を撫で下ろす辺り、佳き上官で佳き母親なのかも知れない。
「それで? 通信で済ます話ならそろそろ終わりたい処なんだけど」
「いえ、古代遺失物に関する事もそうですが、クロノの事も相談がしたいので、此方に来て貰えませんか」
「断る。此方に話は無い。なのにアウェイに行くメリットがあるか? これ以上を話したければ武装無し、サーチャーをバラ撒かないと約束した上で、通信主任と2人だけ上陸を許可してやるから、深夜零時に海鳴臨海公園……つまり此処へ来れば、話くらいは聴いてやっても良い」
〔……判りました〕
確かに尤もな話。主導権は彼方にあると理解して、リンディは承諾の意を以て頷くしかなかった。
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