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「……う?」
慣れはしたがやはり意識を保つ事は出来なかった。
いつの間にかブラックアウトしてた意識を回復し、漸くユートの目が覚める。
「此処は……着いたのか? だとしたら、海鳴市なんだろうけど」
街の郊外、それも廃ビルが建ち並ぶ少しアウトローな場所だ。
とらハ3のアリサ・ローウェルが監禁され、犯されて殺された場所みたいだと思えば、ユートにも可成り解り易い。
呑気に寝ていたら、財布や着ている物は疎かア○ルの純潔や生命までも奪われるだろう。
「げっ、無印に併せたのか身体が縮んでる?」
見た目が10歳前後。
間違いなく【純白の天魔王】の仕業だろう。
「まあ、良いか。だけど、何でこんな碌でもない所に送られたんだ?」
どうせいつもの事。
頭を掻きながら辺りを見回すが、特筆するナニかが在るようにも見えない。
「待てよ、送られる場所には意味がある。そして二次創作では“とらハのアレ”の影響か、こういう場所に連れ去られて来るご令嬢が2人ばかり居るよね?」
言わずもがな月村すずかとアリサ・バニングスの事である。
「いやぁぁぁぁぁっ!」
言った傍から絹を引き裂く悲鳴が上がった。
「ひょっとして今のフラグ踏んだ? まったく、原作に近いんだから8歳か9歳くらいだろうに、ロリコンが多いのか? この世界にはさ!」
誘拐されただけならば、こんな悲鳴は上げない。
という事は、今の声の主にナニやら有ったのだと、そう見るべきだ。
「テンプレ乙……」
ユートはボヤきつつも、悲鳴のあった場所へと急ぎ駆け出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
廃ビルの一角に大学生くらいの男が数人と、縛られている少女が2人居る。
少女達は白い制服に身を包んでおり、1人は金髪碧眼で勝ち気そうな雰囲気を持って、もう1人は光の加減で紫にも見える黒髪に、白いカチューシャを頭に着けていた。
縛られてはいるが、轡はされていない。
2人が叫ばないのは下手に声を上げたらド頭に風穴を空けると、此れ見よがしに拳銃を突き付けられて脅されたからだ。
自分だけならまだしも、友達を巻き込みかねないとお互いに自重していた。
「すずか、大丈夫?」
「うん、アリサちゃん」
気遣い合っているアリサとすずかだったが、先程から誘拐犯の1人の視線が剰りにも厭らしくて不快感を感じる。
主に、胸や太股の辺りに集中する視線。
正直、成長途中で碌に脹らんでない胸なんか見て、ナニが愉しいのか理解に苦しむが、大人の中には小さな娘に異常な執着を見せる【ロリコン】なる変態が居ると聴く。
この男は恐らくその類いなのだろう。
だとするなら、身の危険を感じてしまう。
「にしても、ガキを2匹浚うだけで二千万はボロいよな?」
「ああ、実際に浚う必要があったのは月村のガキだけだが、バニングスのご令嬢までくっ付いて来て、追加報酬が出たからな」
隣の声から察するなら、実際に誘拐される予定なのはすずかだけだが、近くに居たアリサも序でに浚われたらしい。
すずかはそれを聴いて泣きたくなった。
自分がアリサを巻き込んでしまったのだ……と。
「すずか、アンタが考えてる事は判るわ。だけどね、今回はすずかだったってだけで、アタシがすずかを巻き込む事だってあるのよ。だから気にしちゃ駄目! 判った?」
「アリサちゃん……うん」
弱々しいが、涙を目尻に浮かべながら頬を朱に染め確りと頷く。
だが、それがいけなかったのだろう。
まだ小学生とはいえど、すずかは可成りの美少女である。
そんなすずかの態度は、この場の変態(ロリコン)には興奮剤にしかならない。
ガタッと椅子をひっくり返して立ち上がった変態、股間のナニも勃ち上がらせて舌舐めずりする。
そんな男の豹変に、恐怖を覚えたアリサとすずか。
位置的に見せ付けられている股間の盛り上がりに、自身の昏い未来を幻視して青褪める。
「ひうっ!」
息を呑むすずか。
そんなすずかの制服を乱暴に掴むと、男は強引に引っ張り上げた。
「キャア!?」
ビリィッ!
男に力任せに引っ張られた所為か、白い制服が高い音と共に引き裂かれる。
「すずか! アンタ、何すんのよ!?」
周りをチラリと見ると、他の男達は『またか』なんて態度だ。
こいつらはこういう事を何度もしているのだろう。
「へっ、バニングスのお嬢ちゃんも後でたっぷり可愛がってヤるから、楽しみにしてなよ!」
「なっ!?」
好色な目だと思ったが、もう我慢の限界なのか自重を棄てている。
「おいおい、遊び過ぎて壊すなよ?」
「まったく、アイツの趣味は理解出来んな」
「そう言うなよ。ありゃ、アレで楽しめるぜ」
「ビデオ回して売りゃあ、稼げねえか?」
「良いねぇ」
犯罪者にモラルを説いても意味が無く、彼らは変態男を咎めるでもなし、寧ろ娯楽の様に楽しんでいる節があった。
男はすずかを押し倒し、スカートの中に手を突っ込みショーツに手を掛ける。
「いやぁぁぁぁぁっ!」
恐怖と羞恥から、すずかは到頭、堪らず大声で悲鳴を上げた。
今、正にショーツをずり降ろされる直前……
ガッシャーン!
軽快な破壊音が響く。
音がした方向を男が振り向くと、すずか達と変わらない年齢の子供が、割れた硝子を踏んで立っていた。
「これからお楽しみって処で何だ、てめえは!」
性的獣欲を満たさんとしていたのを邪魔され、男は怒り狂って子供──ユートに襲い掛かる。
アマレス崩れか、ボディビルダーなのかは伺い知れないが、筋肉隆々の変態な大男が力に任せて殴り付けてきた。
「危ない!」
アリサが叫ぶ。
相手の身体は2mくらいはあり、体格差なんて論じるのもバカバカしい程だ。
だが、大凡の想像を裏切りズドンッ! という鈍い音と共に大男が沈む。
「がっ! あ、嗚呼……」
白眼を剥くと、泡を吹いて気絶した。
流石に驚愕するアリサとすずかと誘拐犯達。
「雅司! てめえ、雅司に何をしやがった!?」
「ただ、殴っただけだよ」
「巫山戯るな! あの雅司が餓鬼に殴られた程度で簡単に沈む訳がねえだろ!」
「力の全てを相手の内部に徹して収束させてやれば、筋肉の鎧を抜いて内臓にダメージを徹す事が出来る。それだけの事だよ」
何処ぞの戦闘民族たる、TAKAMACHI家の面々が使う【徹】という業と同じ様なものだ。
技術的には少し違うのだろうが……
有り得ない戦闘力を見た男達は、一斉に拳銃を構えると引き金を引く。
BANG!
ドラマなんかにある様な鈍い音ではなくて、軽快で何処かしら間抜けな銃声がビル内に響いた。
「ご高説どうも。んで、死んどけやボケがぁ!」
舌を出し、ニヤつきながら罵倒する。
今度こそ死んだ。
すずかとアリサはそう思って顔を伏せるが、ユートは倒れていない。
「残念、生きてるんだよねこれがさ」
それ処か、指先で鉛弾を摘まんで見せる。
「な、莫迦な? 漫画じゃねえんだぞ。チャカの弾ぁ掴むなんて出来る訳……」
「出来るんだよねー、出来ちゃうんだよねー、実際に出来るんだからしょうがないっしょ?」
等と、某・四次元人間さんのお友達なピンク髪の少女みたいな言い方で、誘拐犯達を挑発した。
某・四次元人間さんのお友達なピンク髪の少女が言うなら未だしも、ユートの様な男に言われるとイラッとするのか……
「糞が! 死ね、死ね!」
叫びながら拳銃の引き金を引いた。
BANG! BANG!BANG! BANG! BANG!
カチッ、カチッ!
マガジンに入っていたのがフルで六発らしく、最初の一発で減っていたが故に五発で弾切れとなる。
だが、五発も撃ったというのにユートは倒れない。
「な、何で倒れねえんだ? くっ、化物がぁっ!」
もう一挺、リボルバーを持っていたらしく、懐から取り出して喚く。
「てめえらも撃て!」
呆けていた男達が、ハッと気付いて拳銃を向ける。
「化物……ね。思考停止した愚者の言いそうなセリフをありがとう」
「こ、殺せぇぇっ!」
それを合図に一斉に放たれる弾丸。
だが然し、ユートの目に弾丸の軌跡は揺ったりとしてスローで見えている。
一発一発を丁寧に躱す。
「う、嘘だ……」
ワナワナと震えながら呟く誘拐犯A。
彼らから見れば、ユートの身体を弾丸がすり抜けていたのだ、本人は全く身動ぎすらもせずに。
「チキショー、何なんだよてめえは! こんな化けもんを助けるのかよ?」
紫の髪の毛の少女を指差して言う。
「な? 言うに事欠いて、すずかを化物って……」
アリサが憤慨をするが、それに反してすずかが脅えている。
「はっ! 月村ってのは、人間じゃねえんだ。人間の血を吸う吸血鬼なんだよ」
「やめてぇぇぇっ!」
自棄になって暴露する様に叫ぶ誘拐犯Aの言葉を、すずかは遮る様に絶叫して頭を抱える。
「す、すずか……?」
その態度が誘拐犯の言葉が正しいのだと、何よりも雄弁に語っていた。
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