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現在、なのはは呼び出しを受けて屋上に来ている。
これにはユーノも一緒に来ているが、それは呼び出しの相手が相手だからだ。
「待たせたね」
「優斗君……」
重々しい金属製の扉を開いて現れたのは、なのはを呼び出した張本人であり、恐らくはジュエルシードを最も多く持つ少年。
敢えてなのはに攻撃を加えたりはしないが、決して油断出来る相手ではない。
同じクラスだし、すずかの家で暮らしている事も知っているが、ユーノは勿論の事、なのはもユートについては全く知らなかった。
「牡羊座から聞いたけど、昨夜デバイスを壊したらしいね? 言った通り持ってきてくれたかな?」
「う、うん」
まだ完全には自己修復が済んでなく、所々に傷が残っている赤い宝玉を出す。
「レイジングハートをどうする気なんだ?」
全く警戒を解けない為、ユーノは睨みながら訊く。
「なに、ちょっと改造でもしようかと思ってね」
「「改造!?」」
インテリジェントデバイスを改造する、そんな事をアッサリ言うユートに驚愕を隠せないユーノ。
デバイス技師とて簡単とは言えない、レイジングハートはユーノが見付けたとはいえ、いまいち解っていない部分も多いのだから。
「修復も確りやるさ」
ユートが素材らしき物を何処からともなく出して、待機状態のレイジングハートに何事かを言う。
「管理者権限発動コード、********−*******−****」
《yes An administrator right is exercised(了解、管理者権限発動します)》
「なっ!?」
ユーノは驚愕に目を見開いてしまう。
今のコードはユーノでさえも知らない、謂わば隠しコードと云えた。
機能をフルパフォーマンスで使えていた訳ではなかったが、それでもある程度は調べている。
マスター以外が管理者権限を発動する為のコード、レイジングハートに初めて触れたユートがそれを知る筈も無いというのに。
若しあるというのなら、それはレイジングハートのマスターが、ユートにそれを教えなければならない。
だが、今のレイジングハートのマスターはなのは。
しかもなのは自身が茫然自失となっている現状を鑑みて、彼女も知らなかったという事になる。
ユートを信頼する誰か、その誰かさんが教えた事になる訳だが、今まで持っていたユーノも、正式な持ち主となったなのはも教えてなどいないし、知りもしなかった。
隠しコードは管理者権限をマスター以外が発動出来る性質上、一度教えたら変えるだろうから、さっきのコードは最初期設定。
レイジングハートが造られた時からのコード。
ユーノに考えられる可能性は一つだが、それは流石に有り得ない。
それだと、レイジングハートのマイスターがユートという事になるからだ。
ユーノが考え込んでいる間にも、ユートは予め組む予定だったと言わんばかりの部品を組み込んでいく。
「神鍛鋼(オリハルコン)にガマニオン、銀星砂(スターダストサンド)」
「は?」
見た事も聞いた事も無い鉱物を使って、レイジングハートのフレームを造り上げてしまう。
「い、今のは?」
「この世界に存在しているレアメタル。あ、管理局には報告するなよ? 連中、知ったら嬉々として地球を征服して、勝手気儘に採掘しようとするだろうから」
「か、管理局はそんな組織じゃないですよ!」
「果たしてそうかな?」
「え?」
淡々と言うユートに呆けた声を出すユーノ。
「確かに末端で頑張ってる連中ならそうだろうけど、組織なんてでっかくなれば腐るもんだ。況してや35の管理世界を抱えた管理局だからな。利権争いなんて日常茶飯事だろう。其処で特殊なレアメタルを見付けたとなれば、上に昇る事に腐心する屑なら、幾らでもやるだろうね」
「うっ……」
無いとは言い切れない。
それから一時間は経ったであろうか、レイジングハートは傷一つ付いていない新品同然となっていた。
「レイジングハート・エクセリオン+だ」
「エクセリオンは兎も角、プラスって何?」
「その疑問は置いといて、マガジン式のカートリッジシステムを組み込み、フレームも強化して暴発を防ぐ形にしてある。エクセリオンを使う場合、クロスアップ・パーヴォと〝叫ぶ〟様にしようか」
「「何故に?」」
なのはとユーノはハモりながら訊ねる。
「まあ、通常モードで倒せない敵に当たってから使えば良いよ。普段はアクセルモードとバスターカノンモードで充分だしね」
ユートはデバイスモードの強化版のアクセルモードと、カノンモードの強化版のバスターカノンモードについて説明を行う。
エクセリオンモードは、本当にヤバいと思った時のみに、レイジングハートが使用を進言する形を執る。
「カートリッジシステムも今は使わない様に。序でに附けたけど、頼り切りになると腕が上がらないから」
「う、うん……」
ユートがレイジングハートに組み込んだのは、鋼鉄聖衣の一つで大空聖衣・孔雀(スカイクロス・パーヴォ)である。
基本的に科学的な産物のレイジングハートだから、マシーン聖衣は親和性が高かった。
《Pot out》
「「あ゛!?」」
レイジングハートが勝手にジュエルシードを出し、ユートが受け取る。
「レイジングハート、いったい何を?」
《Is price of the remodeling(改造の対価です)》
「へ?」
「レイジングハートも素直だね。改造が気に入ったらジュエルシードを貰うと言っておいたんだけど、気に入らないと言えば良かったのに」
《Because it's my pride(それが私の矜持です)》
「そうか」
「どういう事なの?」
訳が解らないよと言わんばかりのなのはに、ユートは軽く説明をした。
「レイジングハートにとっては、この改造は石ころを一つ渡しても惜しくない、それだけの価値が有ったと判断したんだよ」
「そうなの? レイジングハート」
《Yes my master》
なのはの確認に、レイジングハートは嬉しそうにしながら答える。
元よりジュエルシードの問題は、マスター権限が無かったユーノの問題だし、レイジングハートにとっては割とどうでも良かった。
「後は、仮想練習モードで性能を確認しつつ、確りと使い熟せる様になれば良いだろうね。何しろ、普通車からF1に乗り換えたのと同じくらい、今のなのはにはピーキーだから」
「う、うん。判ったの」
ユートは既に隠しコードは変更済みで、組み込んだ部品に関してもブラックボックス化してあり、管理局が調べても解らない様にしてある。
ユートはとことんまで、管理局を信じていない。
当然であるが……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
同じ頃、フェイトは怯えた表情でマンションの屋上に立って居た。
今日はジュエルシードを集める指示を出した者に、母親に定期報告をする日だったのだが、肝心要となるジュエルシードを一つも手に入れられていないのだ。
きっと〝また〟鞭で叩かれてしまうし、何より母親を悲しませてしまう。
だが、行くしか無い。
「よう、フェイト・テスタロッサ」
「「っ!?」」
今、正に転移しようとしたその時に、背後から行き成り声を掛けられて、驚愕しながら振り返ると……
「あ、アンタ!」
薄ら笑いを浮かべる黒髪黒瞳の少年、ジュエルシードを持って行った3人組の1人──もう1人居る──が立っていた。
「悪いが俺も連れていって貰えないか?」
「巫山戯んじゃないよ!」
「ほう? ジュエルシードを一つも手に入れていないから、鞭でシバかれるんだろうに。俺が防波堤になってやるって言ってんだし、素直に聞いとけや」
「ぐっ、ぬけぬけと!」
目の前の少年の所為だと言うのに、まるで悪びれもしない態度に、アルフは腹が立つ。
「プレシア・テスタロッサが破滅しても構わないなら拒否して良いが、フェイト・テスタロッサはどうしたいんだ?」
「母さんが……破滅?」
「狂人の行き着く先なんて破滅しかないさ」
狂人というのに引っ掛かりを感じるが、フェイトは意を決して……
「判りました」
頷く事にした。
正直、信用が出来るかは解らないのだが、どっちにしろフェイトでは目の前の少年をどうにも出来ない。
「フェイト、本当に良いのかい?」
「うん、大丈夫だよ」
「まあ、アタシはフェイトが良いなら構わないさ」
フェイトは次元転送の為の詠唱に入る。
「次元転移、次元座標……876C44193312D6993583D1460779F3125……開け誘いの扉。時の庭園……テスタロッサの主の元へ」
足下には巨大な魔方陣が顕れて、フェイト達をその場から消し去る。
次の瞬間、全くの異空間に浮かんだ庭園に居た。
「さてと、ちょっと秘密のOHANASHIをしてくるから、良い子でジッとしていろよ?」
「あ……」
「ちょっ、アンタ!」
フェイトとアルフが止める間も無く、少年は建物の中へと入って行った。
「だ、大丈夫かな?」
「別にババァはどうでも良いんだけど、アイツは本気で話をするのかねぇ?」
扉が閉まってしまっては追い掛け様もなく、フェイトもアルフも黙って待つしか無か出来ない。
カツン、カツン、カツンと石造りの床が反響する。
進んだ先には玉座が存在しており、其処には黒衣の女性が気だるそうにしながら座っていた。
「誰かしら?」
「初めて御目に掛かるな、俺は緒方優雅。フェイトの知り合いって処か」
「チッ……」
プレシアは舌打ちする。
秘密の隠れ家に赤の他人を連れて来るなど、とんだ失態を演じたからだろう。
「まあ、フェイトを怒ってやるなよ。別に此処を誰かに伝えたりはしないさ」
「口を封じた方が簡単だと思うけど?」
杖を手にすると、紫色の魔力光の魔方陣が展開し、紫の雷撃を放つ。
ズガァァァァァンッ!
耳が痛くなるくらい強大な雷が、優雅と名乗る少年を撃ち据えた。
もうもうと上がる土煙が晴れると……
「残念、魔法は効かないんだよな」
平然と立つ少年が、相も変わらずの薄ら笑いで立っていた。
「真逆?」
「俺はエピメテウスの落とし子だ。攻撃だろうが快復だろうがお構い無しに無効化してしまう」
「エピメテウスの落とし子ですって? 聞いた事もないわね」
「地球の概念だしな」
というより、異世界での地球の概念なのだが……
真偽の程は兎も角としてもだ、魔法が効いていないのは間違いない。
「何の用事なの?」
「なぁに、俺の弟は俺とは違って博愛主義者でなぁ。出来たらアンタを救ってやりてーってよ」
「救う? フッ、アリシアを生き返らせてでもくれるのかしら?」
プレシアはまるで嘲笑うかの如く言う。
「クックッ、ただ生き返らせても救いにはならんさ」
「どういう意味?」
「教えてやる。さあ、お前の罪を数えろ! 天空覇邪魑魅魍魎!」
突如として辺りが暗くなって、この部屋を重苦しい空気が支配する。
『シクシク、シクシク』
「な、何? この声……」
『ゴメンなさい』
「アリシア?」
それは愛しいアリシアの声に他ならない。
『ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい』
「何故? 何故、アリシアが謝っているの?」
『死んでしまってゴメンなさい、生まれてきてゴメンなさい、謝るから、謝るからママを誰か止めて』
「アリシア? 本当に? アリシアなの?」
混乱するプレシア。
『もうフェイトを虐めないで……助けて、誰か私の妹を助けて、ゴメンなさい、生まれてしまってゴメンなさい、死んでしまってゴメンなさい……』
延々と延々と、アリシアの声が謝り続けていた。
「死して尚、死んだ事にも最初は気付かなかったが、今は理解している」
指差した方向に、少女の霊が蹲っていた。
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