デビルサマナー 安倍セイメイ 対 異世界の聖遺物   作:鯖威張る

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序章
第一話 『流星』


 己の体に巣食っていた宇宙からの侵略者の呪縛は帝都の守護者の手によって断ち切られた。

 しかし、既に自分の肉体は死に絶えており、残った魂の残滓も今まさに消え尽きようとしていた。

 

「僕は、最後の最後に希望を見つけた……」

 

 他人よりも優れていたい、他人よりも幸せになりたい、満ち足りたい。そんな欲に取り憑かれ、強者は際限なく弱者を搾取し、弱者はそのための贄となるだけの残酷な世界。

 そんな醜い欲望に満ち溢れたこの世を蟲毒の世と評し、憂い、変革の力を求め、挙句自身の計画を利用され、その結果世界に対する脅威となってしまった青年。

 

 しかし、帝都の守護者と供倶璃の媛によってその野望は打ち砕かれ、そして人々の絆の強大な力と人々の可能性を教えられた。

 

 ――ありがとう、さようなら……ライドウ君。

 

 そして青年の魂は光の粒となって霧散し、その世界を去った。

 

 

「星命……」

 

 

 残されたのは青年の無二の友人である学帽の青年の呟きと、登り始めた朝日に照らされ星のように美しく輝く光の残滓のみだった。

 

 

 ○

 

 

 ――そこは薄暗い世界だった。

 ――そこには透明な回廊があった。

 

 底も見えない奈落から、すりガラスのような四角い半透明な床がただただ無造作に天上へと向かって重なり、連なり、回廊を形成している。

 内部に明かりになりそうなものは無いが、半透明の床自体がほのかに光を放ち、淡く辺りを照らしている。

 その回廊の中に一人の金髪の青年の姿があった。黒いスーツに身を包み、革靴でかつかつと半透明な床を叩きながら回廊を登っている。

 異国特有の白い肌に、海のように深く蒼い目を持つ青年はただ淡々と、この半透明の回廊を昇っていた。

 突如、青年の前にぼんぼりの灯りのような淡い光の球体が現れた。

 

「へぇ、この回廊に人の魂が来るなんて、珍しいな」

 

 まるで降ってくる雪に触れるように、青年は手の平を光の下へ差し出す。

 

「誰かと思えばマレビトの彼か。なるほど、これもきっかけ…なのだろうね」

 

 青年が呟くと、光は彼の手の平から離れ、回廊を上へ上へと昇っていった。

 

「未来に行くんだね、何かに呼ばれたのかな?」

 

 光を見送りながら青年が言う。

 

「面白そうだ、彼の事件では宰相に言い包められて動けなかったし、見に行くのも悪くないか……」

 

 自身の短めに整えられた金髪の上に乗るモダンな黒のハンチングのつばを指で摘み、考えるように呟いた。

 

「それに、彼への土産話にもなりそうだ」

 

 青年が嬉しそうに、その整った顔の口元に笑みを溜めながら言う。

 

「閣下、そのような事を申されますとルキフグスの奴めがまた文句を言い出しかねませぬぞ」

 

 不意に、青年の足元から威厳のある低く太い男の声が響いた。聞こえたほうに青年が視線を下げる。いつの間にか透明な回廊の床に紅い、ただ赤いマンホール程度の穴が開いていた。威厳ある声はそこから響いている。

 

「蝿の王か……どうだった? キンシの彼らは」

「やはり、ヤタガラスと比べると見劣りしますな。此度の結界でほとんど壊滅したようです」

 

 蝿の王と呼ばれた声は青年からの質問に淡々と答える。

 

「そうか……では行くよ」

「行くのですか?悪魔召喚師どもはもうほとんど残っておりませんが」

 

 青年の言葉にいささか異があるのか、声は疑問の言葉を赤い穴から青年へと投げかけた。

 

「今、一人昇った所さ」

「昇った、ですと? 人が、このアカラナ回廊を?」

 

 青年の言葉を聞いた威厳ある声が驚いたように少しだけ、高くなった。

 

「ああ、確かに見たよ。人と言ってもその魂だけれどね」

「にわかには信じがたいですな、人間自体入ってくるのは稀だというのに魂などと……それも未来へ昇るとは」

 

 どうやら青年の言葉は威厳ある声の主にも予想外の出来事であったようだ。驚きのあまり、先程よりもやや口調が早くなっている。

 

「事実だよ。宰相殿には何とか言い含んでおいてくれ」

 

 そう言うと青年の姿は忽然と無くなった。

 

「やれやれ……」

 

 肩を竦める様な声が聞こえ、赤い穴は萎むように閉じた。後に残ったのはただただ続く無限の回廊と薄暗い空間のみだった。

 

 

 ○

 

 

 秋の夕焼けの住宅街を一人、栗色の髪をツインテールに結った少女が歩いている。

白を基調としたワンピース型の制服を身に纏い、近所の私立の小学校指定の鞄を背負うその姿は誰が見ても下校中の小学生の姿であった。

 少女の名前は高町なのは。私立聖祥大附属小学校に通う小学一年生である。

彼女は途中までは友人二人と共に帰っていたが、友人二人には習い事の予定が入っており、先ほど分かれたばかりであった。

友人二人と別れ、ゆったりと帰宅していた彼女は、自分の家の前で立ち止まった。

 なぜ立ち止まったのかというと――

 

(ひ、人が倒れてる!?)

 

 自宅の前に同年代くらいの、学生服を着た少年がうつ伏せで倒れていたのである。

その周りには少年のものであると思われる眼鏡や荷物がいくつか散乱していた。倒れている少年はぴくりとも動かず、亡くなっているようにも、眠っているようにも見える。

 

(ど、どうすればいいのっ!?)

 

 あたふたとその特徴的な二房の髪を揺らしながら少女は混乱する。

 年端も行かない子供が初めて目の前で人が倒れて意識を失っている姿を見たのである。

 とても正常な思考ができるはずもなく、パニックに陥るのも至極当然のことだ。

 

 誰かに助けを求めようと辺りを見回すが、不幸にも今居る通りには自分ひとりだけであった。

 そこに天啓。いや、悪魔の囁きであろうか。今日は自分の母親が休日のため自宅にいることを思い出し、自宅の玄関に向かって叫びながら駆け出した――

 

「お、お母さーん! た、大変なのーっ!」

 

 ――自身の混乱と、この状況の収拾を自分の母親に丸投げするために。

 

 

 ○

 

 

 夕日の差し込む部屋の中で一人の少年が目を覚ます。白い天井が目に付き、体を起こし辺りを見回す。

 そこは八畳ほどの白い壁紙の部屋のベッドの上であった。室内には特に目立つものが無く、部屋の中央にテーブルと少し離れた端の位置に自身の座するベッドがある。

 

「ここは……天国かな?」

 

 呟いた後、「いや、ありえないか」とやや茶色がかった黒髪の少年――安倍 星命は自嘲する。

 天国に行けるような事は何一つしていない、むしろその逆である。

 憎しみや欲望に塗れた蟲毒の世を正すために強大な力を求めた末に、その欲を利用され自分自身が世界に対する災厄となってしまった事実。

 

「後悔ばかりしてもしょうがないか……」

 

 嘆息しながら星命は目元まで伸びた髪を垂らして俯く。ふと、自分の手が目に入った。星命の瞳に写ったのは幼少の少年の掌であった。

 

「ん!?」

 

 目の前の事象が理解できず、慌てながらもいつもの癖で傍の棚に置いてあった眼鏡に手を伸ばす。慌てていたために眼鏡を落としそうになったが、何とか持ちこたえ、眼鏡をかけて再度自分の手の平を見る。

 

「体がちぢんでる……? いやそもそもなぜ生きている?」

 

 たった一人、自身を友人と呼んでくれた存在であり、帝都の守護者でもあったデビルサマナー――十四代目葛葉 ライドウによって、星命は体に寄生していた宇宙生物『クラリオン』の支配から解き放たれ、そのまま消滅したはずである。しかもその時の齢は十代の後半であったはずだ。

 三途の川も天界の門も冥府の道も判決の橋も星命は渡った覚えは無い。

 死したはずの自身が何故ここにこうして生きているのか星命は自身が納得できる解を持ち得なかった。

 

「一体、何がどうなってるんだ……?」

 

 理解できぬ事象の数々に混乱し、星命は頭を抱える。

 

 コンコンコン。

 

 と、不意に部屋の扉から数回、ノックの音が響く。星命が返事をするよりも早く、部屋の扉が開かれた。

 

「あら、起きた?」

 

 声と共に入室してきたのは栗色の絹のように滑らかな髪が腰まで伸びた妙齢の女性であった。……少なくとも、星命にはそう見えた。

 

「私の娘が玄関先で倒れてるあなたを見つけたのよ。

 外傷も無いし、呼吸も脈拍も正常のようだったからうちで介抱したのよ」

 

 優しく笑みを浮かべて星命の座るベッドに近づきながら女性が言う。

 

「そうだったんですか、ありがとうございます。えっと……」

 

 礼を言ったところで言いよどむ、星命はまだ女性から名前を聞いていないことを思い出した。それを察したのか女性は

 

「桃子よ、高町桃子」

 

 と、自身の名を名乗り、

 

「ありがとうございました、高町さん。僕の名前は星命、安倍 星命と言います」

 

 自己紹介をした桃子に星命も返す。

 

「星命君ね、どういたしまして。でもお礼なら娘に言ってあげて頂戴ね。あ、そうだわ」

 

桃子は思い出したように手を打って、棚の脇に置いてあった物たちを持ち上げ、星命に差し出す。

 

「これ、あなたのよね?」

 

大き目の四角い肩掛け鞄と丁度星命の腕に巻けそうな白い皮のベルト、そのベルトには、3本の弾帯が縫い付けられている。しかし、3本の弾帯に収まっているのは銃弾ではなく鉄製の試験管のような物体であった。

 

 ――封魔管、通称(くだ)と呼ばれ、悪魔を召喚、使役するために必要不可欠な道具である。

 

 

「え、はい確かに僕のものです」

 

 そういって星命は荷物を受け取る。傍から見ると平常なように見える星命だったが、内心は動揺していた。

 そこにあるのは紛れも無く自分の仕事道具である。管の中のマグネタイトも自分の仲魔のものと一致する。そして今ここにいる魂も体も体の方は小さくはなっているが自分のもの。

 

 ――魂と体が同時に何者かに転移させられた?いやそれでも今生きてる理由が……

 

 体は心臓を刀で貫かれ絶命したはず、なのに自分はここでに生きている……しかも、若返って。

 

 数々の疑問が星命の脳裏を舞う中、桃子が星命に尋ねる。

 

 「お腹空いてない? 今からお夕飯なんだけど、一緒にどうかしら?」

 

 「いえ、そこまでお世話になるわけには……」

 

 そこまで言いかけたところで星命の腹の虫がクゥーと一声鳴いた。

 

 「すみません、いただきます…」

 

 示し合わせたかのように鳴った腹の音に桃子がクスクスと笑う。顔が熱くなるのを感じながら星命は桃子の申し出を受けることにした。

 

「ふふ、じゃあ下に降りましょうか」

 

 そう言って桃子は部屋を出て階下へ降りていく。その後を星命も追った。

 

 

 ○

 

 

 桃子と星命が高町家の食堂へ行くとそこには男女二人ずつ、四人の影があった。四人は入って左側に見える長方形のテーブルを囲むように座っている。

 

「おはよう、気分はどうだい?」

「父さん、さすがにおはようって時間じゃないよ」

 

 気安く話しかけたのは一番年長の男性であった。快活そうな笑顔を浮かべ、席を立って星命の方へ近づいてくる。

 その男性を父と呼び、肩を竦ませながら正論を言ったのは、男性よりも少し若く見える青年であった。

 

「俺は士郎、高町士郎だ。このうちの大黒柱をやってる」

「俺は長男の恭也だ。そしてあっちが――」

 

 快活な男性――高町士郎と、凛とした風貌の青年――高町恭也がそれぞれ自己紹介をする。

 その後、恭也が自身の両隣の席にいる、眼鏡をかけた女性とツインテールの少女を視線を向ける。

 

「私は美由紀、高町美由紀だよ」

「あ、助けてくださった娘さんですか?」

 

 笑顔で自己紹介をした眼鏡の女性――高町美由紀に星命が問う。

 

「いやいや、それはこっちの末っ子の――」

「高町……なのは」

 

 美由紀が星命の言葉を否定し、視線を自分の隣に居る少女に移す。

 その先には星命と同じくらいの背のツインテールの少女――高町なのはが居た。なのはは少し恐縮したように自己紹介をする。同年代の少年が倒れている光景は少なからずなのはの精神に打撃を与えていた。

 

「そうか、君が助けてくれたんだね。ありがとう」

「う、ううん……私、お母さんを呼んだだけだから」

 

微笑みながら星命が改めてなのはにお礼を言うとなのはが照れと安堵の入り混じった笑顔を浮かべる。少年が元気そうである事と、お礼を言われたためだ。

 

「ああ、まだ名乗っていませんでしたね。僕は星命、安倍星命と言います」

 

 桃子以外にはまだ名前を言っていなかったことを思い出し、星命は友好的な笑顔で、高町家の面々に向かって自身の名を告げる。

 

「それじゃ、自己紹介も済んだところでお夕飯にしましょう」

 

桃子が言ってそれぞれが賛同し、士郎は長方形のテーブルの椅子に付く。星命もテーブルの端に用意された椅子に腰をかけた。他の椅子と素材や柄が異なる事から恐らくは来客用なのであろう。桃子が用意していた料理を並べ終わり、士郎の右隣の自身の席へと座った。

 

「それじゃ、いただきます」

『いただきます!』

「いただきます」

 

 士郎の音頭にあわせて、桃子と子供達が食事の挨拶を言う。星命も遅れてそれに続いた。

 目の前に置かれた箸を取り、目の前の皿に盛り付けられた肉厚のハンバーグを一口サイズに切って口に運ぶ。

 

 これは……美味だっ!

 

 料理を口に入れた途端、星命が思わず感嘆の言葉を心中で叫ぶ。噛まずとも口の中で広がる肉厚の旨み、その旨みを決して殺さずにむしろ引き立てるような香ばしい甘みを持つソース。並の料理人では決して出せない味が、そこにはあった。

 星命の目がカッ!と見開かれ、それと同時にとてつもない俊敏さで次々と自分の皿の料理を平らげていく。繰り出される手は素早く大胆に、しかし踊るように流麗に次々と料理を掴み、星命の口へと運ぶ。

 

「よほど……お腹が空いていたのかしら?」

「いやぁ、桃子の料理が美味いからだろう」

『……』

 

 頬に手を当てながら言う桃子の言葉に士郎が笑顔でノロケを返す。子供達は呆然としたまま、ただただ星命の食べっぷりを眺めている。

 

 無心に食べ続ける星命の目にあるものが目に入った。テーブルの上に置かれた三角の卓上カレンダーだ。そこに書かれた西暦を見たところで――

 

「む……ヴっ!」

 

 星命が怪しい声を上げた。顔がどんどん青ざめていく。どうやら料理を喉に詰まらせたようである。

 

「大変っ!星命くん、お水っ!」

 

 星命の左隣に座っているなのはが慌てて水の入ったコップを差し出し、星命はそれを受け取り一気に口へと流し込む。

 

「ぶはぁ……ありがとう。助かったよ」

「ちゃんと噛んで食べないとダメだよ?」

「面目ない……」

 

 新鮮な空気で呼吸をしながら星命はなのはに言うと、星命をなのはは子供を諭すように叱った。

 謝りながら、星命は視線を卓上カレンダーへと流す。

 

 ――そこには星命の没した年の西暦から80年近く未来の西暦がかかれていた。

 

「士郎さん、そこの日付表は今年の物ですか?」

 

 卓上カレンダーを指で指しながら星命は右隣に座っている士郎に問う。

 

「ん? ああ今年のものだよ。どうかしたかい?」

「い、いえ何でもありません」

 

 星命の問いに士郎は肯定し、聞き返す。しかし、星命はそれを手を振って誤魔化した。

 

 

――士郎さんが嘘をついている様には見えない。

   未来……言われてみれば確かに、見慣れない機械の類がちらほらと……

 

 星命が周りを見渡すと、大正の世では見られなかった文明の利器が部屋のいたるところに置いてあった。

 

「星命君は、どこに住んでいるの? 親御さんは?」

 

 桃子が星命に質問する。

 

 さすがに大正二十年の帝都からきました! なんて、言えないな……

 

 星命は思考を巡らせ、苦し紛れの言い訳を考える。

 

「実は、何も思い出せないんです。名前はわかるんですけどそれ以外のことは何も」

「本当かい?」

「はい」

 

 星命の言い訳に、士郎が心配そうな表情をしながら尋ね、星命は首を縦に振った。

 

「記憶喪失か……」

「それは困ったわね……」

 

 士郎は眉間に皺を寄せて腕を組み、桃子は頬に手を当てる。

 路上に倒れていた事も相まって、この場に居る全員に星命の言い訳は通じたようだ。

 

 

「明日になったら警察へ行って捜索願が出てないか確かめてみるよ」

「そうね、それが良いわね」

「すみません……」

 

 士郎が提案して桃子が賛同する。騙したことに対して若干の負い目を感じ、星命は謝罪を言った。

 

「気にするな、記憶が無い以上仕方が無いことなんだからな」

 

 星命の気も知らず、士郎は慰めの言葉を言いつつその爽やかな笑顔を星命へと向ける。

 

「取りあえず、今日はうちに泊まりなさい。君が寝てた部屋は好きに使っていいからね」

「はい、ありがとうございます」

 

 士郎の言葉に星命は礼を言う。その後、高町家の人々との談話を楽しみながら時間は過ぎていった。




 皆さん初めまして、もしくはお久しぶりです。『鯖威張る』と申します。
 投稿テストも兼ねての第一話投稿でしたが、やはり新天地に投稿となると少し緊張しますね。

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