武神フクロにしたった~僕らの川神逃走記~   作:ふらんすぱん

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 着飾った蛇に、困惑する虎 (表)

 決闘の日、第一グラウンドは大勢のギャラリーで賑わっていた。

 

 生徒の中には、教師たちの目を盗んで、賭けを行う者、観戦用の弁当を売りさばく者、果てはビールなどの酒類の類まで売りだす者もいる始末だ。

 

 この学園に入学して一年、こういったお祭り体質には慣れるにはまだまだ時間が掛かりそうだと直江大和は独り言ちる。 

 

 

 グラウンドの中心を挟んで、校舎側にキャップこと風間翔一が率いる大和の仲間である風間ファミリーが、その反対正門側に小学生の頃の因縁がある、蛇神を囲む鬼面の連中が陣取っている。

 

 鬼面という名は、当時の小学生にとっては恐怖の象徴であった。

 抵抗するものは居らず、どこに潜んでいるかわからない彼らに陰口の一つも叩く者はいない。

 

 その名のとおりの鬼どもの悪逆な行い。

 誰かわからない神出鬼没の存在に、子供たちは大人に頼ることもできず、つらい日々をすごしていた。

 

 そんな暗雲立ち込める時代。

 

 奴ら鬼面との戦いは、風間ファミリーにとって川神界隈に名を売り出す足がかりになったのだった。

 

 きっかけは、鬼面の上納金というカツアゲが、大和達の学校にも及んだことだった。

 

 これは後から知った事だが、風間ファミリーの頼れる武神こと、川神百代が居たおかげで彼女の活動範囲内の小学校に奴らの手が伸びるのが大幅に遅れたらしい。

 

 そのためこの日まで、風間ファミリーは鬼面とぶつかることなく過ごしていた。

 

  ●

 

「気に入らねえな、よし! 俺たちで奴らをぶっ潰すぞ。みんな、いいな! 大和、策を考えてくれ」

 

 その日、同じクラスの女子から相談を受けた風間翔一はひどく興奮し、今にも飛び出していきそうだった。

 

 冷静さを欠きながらも、彼がファミリーの皆に話を持ってきたのは、大和や師岡卓也の日頃の教育のおかげだったのかもしれない。

 教育の成果を目にし、目を合わせ頷きあう。

 

 自分の提案に反応しない大和に焦れたのか、翔一は顔を覗き込んでくる。

 大和はそれを手で制し、鬼面の情報を集める時間をくれと仲間の皆に提案した。

 

 翔一や当時既に脳筋が開花し始めた島津岳人は、すぐに突撃するべきだと意気込んだが、敵の人数はおろか根城や頭の正体すら知らないで、どこに行くんだと問うと頬を掻きながら、その場に座り込んだ。

 

 翔一たちの頭が冷え、その場は解散。

 なるべく早く、大和や卓也が情報を集め、鬼面を潰す方策を立てることで納得させる。

 相談を受けた女子の話からかなりの規模、統制がとれた組織であることがうかがえ、長期の情報収集が必要になると推測された。

 

 だが大和のそんな懸念もなんのその、水面下でばれないよう慎重に情報を探っていたのにもかかわらず、一週間やそこらで必要な情報が集まってしまう。

 当時の大和は、何も疑問に思わず自身の優秀さに鼻を高くしていた。

 今、考えるとあれほどの組織を作り上げていたにしてはかなりお粗末な隠蔽技術に思える。

 

 それはそれとして、大和が、鬼面の被害をこうむっている各小学校のボスたちとの連合を呼びかけ、奴らのアジトに襲撃をかける計画が実行されたのはそのさらに一週間後のことであった。

 旗頭は当然提案者である風間ファミリーであり、その中心である翔一、荒事になることを考え仲間の女子はお留守番となった。

 

 ちなみに当時のファミリーの名より百代が有名だったため、それが気に入らない岳人の提案により彼女には内緒での出撃になった。

 

  

 ――まあ、待ち合わせ場所に着いたら、アイアンクローをかけられている岳人と笑顔の百代がいたのだが。

 

    ●

 彼女を落ち着かせ話を出来る状態にまで、弟分の大和がなだめる。

 

 落ち着いた百代から話を聞くと彼女自身に鬼面の中の一人と因縁があるとのこと。

 それ以外には手を出さないといっているので、大和は彼女の参加を了承する。

 岳人をいたぶっているのは、内緒にされたのが寂しいからだそうだ。

 寂しいから、仲間をサンドバッグ代わりにする姉貴分に背筋が寒くなるが、すでに半泣きなのにジャイアントスイングをかけられている幼馴染を見るに抗議しても意味はないのだろうとあきらめる。

 彼女が技をかけるのに飽き、岳人が朝ごはんを戻し終わる時、連合の全員が集結した。

 

 各小学校の喧嘩自慢がそろった総勢五十名にもなるだろうか。

 

 翔一の号令で敵のアジトの廃工場に、一斉に走り出す。

 

 皆、雄たけびを上げることで、鬼面の恐怖を振り払っていたのだと思う。

 

 激戦が予想されたが思いのほか、鬼面の連携はとれておらず徐々に追い詰めていく。

 

 さすがに一般兵とは違い上位の数字を刻んだお面の幹部は強く、岳人や翔一と熱戦を繰り広げることになった。

 しかし、二人が勢いに乗っていたこと、その時点で組織の敗戦濃厚だったこともあり、これを撃破することに成功した。

 

 鬼面の頭である一番と二番が見当たらなかっったことが気がかりだったが、組織の幹部の殆どは倒れ逃げ出し、連合の勝利が確かなものであったため、誰もそのことには不満を言うものはなかった。

 こうして、『廃工場の戦い』は幕を下ろす。

 逃げた幹部連中を捕まえ、仮面を剥ぎ制裁するべきだとの意見もあったが、完全勝利したことで十分であり、そんな虐めみたいなことは嫌った旗頭の翔一の意見、これ以上やると魔女狩りになる可能性がありそんな疑心暗鬼な状態は避けるべきだという大和の発言もあって議論は決する。

 戦いのさなか百代が何人かシバキあげて、質問を繰り返していた事が気になり訊いてみたが、何も教えてくれなかった。

 

 

 こうして、勝利の立役者である風間ファミリーは、惜しみない賞賛を学校中、そして校外からも受けることになった。

 これが過去の戦いの顛末。

 

   ●

 

 

 

 

 

 

「大和、見つかったよ。昔の段ボールをひっくり返して、大変だったんだからね。はい、これ。懐かしいよねぇ」

 

 そういって、卓也は裏にらくがきの描かれた古いチラシを差し出してくる。

 らくがきには『一番、賞金一万円ナリ 情報もとむ』など、色鉛筆で描かれた鬼面の幹部連中のイラストがずらりと並んでいた。

 結局、恨みというものはそう簡単に消えることはないという証明がそこにはあった。

 

 鬼面の悪行に腹が収まらなかった者たちが集まり、奴らに賞金を懸けたのだ。

 このチラシが各小学校に配られてからの数ヵ月間の諍いを『仮面狩り事件』と呼ぶ。

 大和の学校ではそこまでのものはなかったが、酷いところではいじめにまで発展したらしい。

 大和は小学生時代の遺物を片手に、グラウンドの反対側にいる鬼面を見る。

 

「ワン子のやつ大丈夫かな?」

 

 グラウンドについてすぐ、鬼面から決闘方法の変更を言い渡されたのだ。

 三対三を百代と蛇神の一対一にするというのだ。

 これに納得のいかない川神一子が、今相手方に詰め寄っている。

 

 幼馴染の少女の赤みのある束ねた髪が、勢いよく揺れている。

 

 一子は前日から遠足に行く子供の様にはしゃいでいたので仕方のないことだ。

 相手の用意したなにかの策略かもしれないと疑念があるものの、それより気になることが多すぎる。

 

 隣で胡坐をかいて蛇神を見つめ、頬を掻いている姉に尋ねる。

 

「あれって、姉さんの言ってた?」

 

 先日とは『明らかに』違う蛇神を指す。

 

「いや、うーん。でもあんなトラウマものを覚えていないとか。しかし、子供の記憶だからなあ?」

 

 問われた百代は要領の得ない返事を返してくる。

 蛇神の恐ろしさを肌で感じた大和は、それ以上追及しない。

 しばしの沈黙。

 

 すると抗議に行っていた一子が、満足気な顔で帰ってきた。

 

 三対三に変更し直したのだろうか。

 

「大和! お煎餅もらったわ。食べてもいいわよね?」

 

 買収されたらしい。

 

「はあ、知らない人から物をもらうんじゃありません! って、キャップも、もらいに行くな! 後、あんたもカバンの中探さなくていいから」

 

 走っていく翔一とお菓子を用意しようとするお面の男に声を上げる。

 敵と仲間両方から緊張感がゴリゴリ削られる。

 煎餅を食べ始める一子とそれを羨ましそうに眺める翔一を無視し、卓也に話しかける。

 

「あれは、どういうことなんだろうなぁ?」

 

「あれってどれ?」

 

 大和は友人の返事になんと返していいだろうか詰まってしまう。

 卓也の答えは予想の範囲内から逸脱するものではなかったのだが、それでも返事をためらうのは仕方のないことだろう。

 

 まず第一に、鬼面の人数が昨日とは明らかに少なくなっている。

 これが総力戦であるなら、伏兵かと疑いもするが、決闘は一対一。

 

 公の場であるので、これを破ることはないだろう。

 万が一破り、多対一となれば、川神学院の生徒全員が敵に回りかねない。

 

 もっとも、百代であれば喜んで受け入れそうだが。

 

 だがそれよりも、もっと不可解なこと。 

 

 第二に、奴らのボス、蛇神が白目をむいて椅子に縛り付けられていること。

 

 ここから相手の意図が読める奴がいたら連れてきてほしい。

 もし最適解を導き出せるものがいるのなら軍師の称号を、大和は喜んで譲ることだろう。

 それだけではない。

 

「ねえ大和、さっきから難しい顔してどうしたの?」

 

 煎餅を食べ終わった一子が尋ねてくる。

 

「お・ま・え・は、自分が戦う予定だった相手が別人になってることぐらい気づけよぉ!!」

 

 大和は理不尽な八つ当たりを決行し少女のポニテールを掴み頭ごと揺らす。

 目を白黒させる一子。

 

「お、俺様は気づいていたぜ! ワン子はしょうがねえなぁ」

 

 得意気に胸を張る岳人。

 

「はいはい、嘘つかないの。さっき岳人『やべえな、なかなかの鍛えられた筋肉だ、たった数日であそこまで鍛えてくるとは』とか何とか言ってまるで気づいてなかったよ」

 

「あ、モロ、てめぇ!」

 

 身長が明らかに高くなっているのに気づかないものがいるのか。

 信頼すべき仲間の頭が軽いという事実は大和の腹に重い何かを残してくれる。

 

「ア、アタシだって気づいてたわよ! あ、明らかに違うでしょ!」

 

 焦り言い訳をする一子に疑いの目を向ける。

 

「ま、まず、身長が低くなっているわ、それ、と――首回りも細くなっているわよ、ね?」

 

 大和の顔色を窺いながら、解答を述べていく一子。

 彼女の発言は間違っていないのだが。

 

「ほ、ほら、アタシを岳人といっしょにしないでほしいわ!」

 

 面目が保てたと、一子は胸を張る。

 確かに身長が低くなっているし、首も細くなっている。

 

 ただ、一番変わっているのは『性別』である。

 

 男が女に変われば首の一つや二つ細くなるに決まっている。

 

 

 一番の変化を指摘せず、得意気になっている一子をどうしてやろうかと考えていると、鬼面の人間が提案があるとこちらに話しかけてきた。

 

 

 図々しくも何を言ってくるかと思えば、大した提案ではなかった。

 

 ――奇妙といえば奇妙だったが。

 

 

 奴らの要求は勝ち負けに関係なくこれから先の武神の決闘要求を無条件ではねつけられる権利がほしいというものだった。

 

 決闘の勝敗がつくまえに、要求するものではない。

 

 まるで、これから戦う己の大将が負けるといっているようなものではないか。

 そう問うと、そんなことはない、蛇神が勝った後、弱い自分たちに、武神の負けた腹いせがくるのを恐れてのことだという。

 

百代はそのような弱い者いじめはしないと言うも、書かないなら決闘は中止だと、頑として譲らない。

 大和達の問答に焦れた百代が要求をのむから早くしろと急かしてくる。

 

 鬼面の連中はどこからか用意したのであろう紙に、さらさらと内容を書き、百代に署名と拇印を求めてくる。

 

 そのあまりの手際の良さに目を丸くする風間ファミリー一同。

 

 相手の考えが一ミリも読めず大和の頭が熱を持ち始めた。

 

 

「って、何帰ろうとしているんだ!!」

 

 

 百代がサインすると、一仕事終えたとばかりに、椅子に括り付けたボスを残して帰ろうとする彼らにに悲鳴に似た声をかける。

 本当に何を考えているんだろうか、考えが読めず、大和の動悸が激しくなる

 

「――もういい、要求は呑むから、いくつか質問に答えてくれ。まず、なんで蛇神が椅子に拘束されているんだ?」

 

 大和は痛む頭を押さえ尋ねるのだが、誰も顔を合わせてくれない。

 

 もうそこのお前でいいと、先程煎餅をくれた者に指をさす。

 

「えっと、その、戦いが始まるまで荒ぶる力を押さえておくためとか? そ、そう! あれだ。外すとパワーが溢れてくるやつ」

 

 最初は自信なさげに喋っていたが、周りの者の顔色を窺ったあと、急にハキハキ喋りだす。

 

「じゃあ、なんで、蛇神が白目むいてるんだ? というか病院行かなくていいのか?」

 

「さ、悟りを開いているといいなぁ? うん、精神を集中させているんだ、な、なぁ、みんな」

 

 再度、周りの反応を窺う彼を不審に思う大和。

 

「もういいだろう、大和。おい、お前らも早くそいつを起こせ。私は我慢の限界だ!」

 

 

 ――風間ファミリーのボス、川神百代がお怒りだった。

 

 それが鬼面にも感じ取れたのだろう、蛇神の頭をけりつける一同。

 

 ――ひどく乱暴な起こし方だった。

 

  ●

 

 目覚めた蛇神に事情説明がされる。

 まだ、ちゃんと目覚めてないのか受けごたえがうつろだったが、そのたびに仲間に殴られ蹴られ意識を戻して、失って、戻していく。

 敵でもそこまではしない。

 大和の背筋に冷たい汗が流れた。

 意識を戻すのに五分、その後ようやくこちらを睨みつける。

 

「ワシが勝ったら、この学校の全員に舎弟になってもらうからな。いいな!」

 

 少しうつろな瞳の蛇神はとんでもない要求を突き付けてきた。

 散々待たされて、イライラしていた武神の顔がその言葉に反応し獰猛な笑みに歪む。

 

「おもしろいことをいうなぁ。じゃあお前が負けたらなにをしてくれるんだ? んんっ」

 

 

 要求を返されるとは思っていなかったのか、蛇神が口ごもる。

 

 

 ――その時、蛇神の仲間の声がグラウンドを駆け抜けた。

 

 

「いいだろう、もしボスが負けたら、両の腕を折ろう!」

 

「耳をそぎ落としましょう!」

 

「いいわ、両目を潰しましょう」

 

「腹を切らせます!」

 

 異なる宣言に奴らは顔を見合せて。

 

「腹を切りましょう!」

 

 より重い方に落ち着く。

 

 顔を青くする蛇神。

 

 鏡がないので確認できないが大和の顔色も悪くなっていることだろう。

 

 『ボスが負けるはずがない』『だから要求はなんでも構わない』『大丈夫です――急いで死んでください』

 

 仲間に説得されて持ち直す蛇神。

 

 そして早く戦えと促す部下たちに、大和は戦慄を覚える。

 

 つまり 奴らは、蛇神の勝利を疑っていないのだ。

 

 武神との戦いになっても、自分たちには何一つ傷がつかないとそんな自信が見え隠れしている。

 挑発を聞き、百代が彼等をを面白そうに眺めていた。

 

 その姿には余裕があった。

 彼女は、相手方の策が読めない事をよしとする。

 戦うのは最強の武神、我らの頼れる姉貴分川神百代なのだと大和は己を落ち着ける。

 

 もうこれ以上、横やりは入らない。

 

 風間ファミリーは武神に声をかけ、グラウンド中央に送り出す。

 

 

 相手を見るとまたトラブルだろうか、蛇神が、励ましの握手を仲間に求めているがことごとく断られているようだ。

 本当は信頼関係があるのか、ないのか、わからない。

 

 泣き顔で中央にくる蛇神は、今度は百代にまで握手を求めている。

 訳が分からないがもしかしたら、寂しがり屋なのかもしれないなどと大和に気持ち悪い考えが浮かぶ。

 

 あわれに思ったのかそれに応じる優しい大和の姉貴分。

 

 ――早く離せ。

 

 いつまでも百代の白い手を握っている蛇神を大和は睨みつける。

 

  ●

 

 

 学長の注意にようやく手をはなす蛇神。

 

 どうやら決闘の準備が整ったみたいだ。

 

 

『それでは、これより決闘を開始する。たがいに名乗りを上げよ』

 

『川神流、川神百代、参る!』

 

『喧嘩殺法、鬼面がカシラ、蛇神、潰す!』

 

 高らかに名乗り上げ、子供の頃の因縁を清算する戦いが始まった。


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