武神フクロにしたった~僕らの川神逃走記~   作:ふらんすぱん

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 虎の前に蛇が一匹

 

 グラウンドでの赤面物の自己紹介を終え、少年は足早に教室へ。

 

 戸を開けると、予想していた嘲笑はなく、憐憫の混ざったものと、暖かい物があることに少しひるんでしまう。

 

 HRはすでに終わっており、お喋りをしているものや、一限目の用意をしているものがあちこち見られ、その日常の光景が紅葉の思考に平穏を取り戻してくれた。

 

 紅葉は気を取り直し、自分の席に着き、鞄から弁当を取出し、机に広げる。

 

 遅刻したので、早くしないと授業中も、食事の時間が続いてしまう。 

 其れはさすがに拙いと、ふたを開け、手を合わせたところ。

 

『今より第一グラウンドにて、決闘が行われます。見学希望者は……』

 

 どうやら、急いで食べる必要はなくなったようだ。

 

 空いた時間、人の波に逆らって缶の緑茶を買うため自動販売機を目指す。

 

 

  ●

 

 教室の窓から、決闘の様子が見えるので、唐揚げを摘まみながら、眺めていた。

 

 この川神学園にある特別な制度、決闘システム。

 決闘と言っても昔のサムライよろしく命のやりとりをするわけではない。

 

 学校公認で今から楽しくお喧嘩しませんか? という物騒極まりないものである。

 

 何かとゆとりな現代教育に真っ向から喧嘩を売っているシステムである。

 

 どうでもいいことを考えながら、眺めていると、今朝、話をした黄金色の髪にリボンの先輩がもう一人を伴い中央に出てきた。

 

 紅葉は感嘆する。

 まだ目立ち足りない、恥をかき足りないみたいだ。

 

 図太く肝の座った彼女から目を離し、何の気もなく、校門の方を見ると二台の黒のベンツが止まっているのが見えた。

 曇りガラスになっているので、誰が乗っているのかは確認できない。

 

 登校時間はとっくに過ぎているに、誰も降りてこないことから、生徒の物ではないのだろう、少し気になった。

 

 歓声が上がる。

 車から目を外し、そちらの方を見ると、どうやらクリスが勝利したらしい。

 

 馬での登校途中に、名を呼ぶ事を許可された身としては、変な縁のある先輩が勝ったのは、ほんの少しだけ嬉しかったりもする。

 空になった弁当のふたを閉じ、もう一度グラウンドに目をやる。

 

 そして決闘の見学者達が、教室に戻ろうとするときそれは起こった。

 

 先程のベンツから、三人の黒スーツの人間が降りてきて、真っ直ぐ第二グラウンドに向かっていった。

 

 それに校舎の方からも歩いてくる者が現れ、合流し、彼等の後ろに付き従う。

 

 紅葉はその先頭を歩く男の容姿に、見覚えがあったのだが、気にするべきはそこではない。

 驚くべきは、男の後ろに続く者共が、皆、昔流行った漫画のお面を付けていることだった。

 

 

『耳の穴カッポじって、よく聞けぃ!! ワシが今日よりこの学園最強となる鬼面のボスの蛇神さまだ!!』

 

 後ろに控えるお面達が用意したスピーカーから、鬼面幹部の中で一番頭が悪かった男の声が学園に響き渡る。

 

 紅葉は目頭を押さえ、眼前の光景を疑う。

 何度確認しようと、間違えようがなく、そこに居たのは古い昔なじみのはた迷惑な男の顔だった。

 

 

  ●

 

 グラウンドが喧騒に包まれる。

 どうやら、鬼面の恐怖は、少年がこの町を去った後も続いていたらしい。

 

 どよめく生徒たちの中から、先ほど決闘していた二人が飛び出した。

 

 なにやら、文句を言っているようだが、ここからは何を言っているのかわからない。

 

『お前等の戦いは、見せてもらったが、あの程度の腕で、ワシに戦いを挑むのは無謀だ、解れぃ!!』

 

 紅葉の記憶が確かならば、蛇神は言うほど強くなかったはずだ。

 クリス達は、おののく必要がないだろう。

 

 なにやら大物ぶっている元ボスに呆れてしまう。

 蛇神が鬼面のトップで居られたのは、やくざの息子というステータスともう一つ特殊な事情が有ったからなのだが、阿呆な脳みそにそのことはインプットされていないらしい。

 

 

 蛇神の眼前、人ごみが二つに割れる。

 

 それを自分に道を開けたのだと勘違いした馬鹿は、クリス達を押しのけ得意満面に歩いていく。

 

 後ろに続くお面達は、紅葉のいる教室まで聞こえる大きな声で生徒に向かい、挑発と罵倒を飛ばしていた。

 

 

 風間がどうだこうだとか言っているのだが、紅葉には聞き覚えのない名前だった。

 

 先頭を行く蛇神がようやく道の先、一人だけ道を譲っていないことに気づいたようだ。

 

 脇の黒スーツを着た仮面が、大きな声で威嚇しながら、その一人に近づいていき、大きな声を上げ、空を飛んで行った。

 

 そう、彼女のために開けられた道の先で、武神が楽しそうに笑っていた。

 

「お前は初めましてになるのかな? 其れとも久しぶりかな。なぁ、けちけちしないで教えてくれよう」

 

 

 スピーカーも無く、声を張り上げたわけでもないのに、その甘い声は紅葉の耳までなぜか届いた。

 

 ――次に飛ぶのはどいつだろうなぁ、少年は彼等の行く先を危惧する。

 

 ●

 

 

 

 幸運なことなのか、不幸なことなのか、あの場では、教師たちが止めに入ったことで、それ以上の犠牲は出なかった。

 

 クリスの決闘のため、授業時間が押していることもあり、お前らの因縁話は昼休みにしろと、学園長に言われ、しぶしぶ校舎に戻る川神百代。

 

 

 授業が終わり、仕切り直した昼休みのグラウンドに大きな人だかりができていた。

 

 無関係ではない紅葉は、人だかりの中心を目指す。

 

 なぜか紅葉が進むと、人並みが引いていく。

 

 最前列近くまで進めた上、隣とはだいぶ余裕ができていた。

 

『あ、あの、お隣失礼しまーす』

 

『まゆっち、そこは隣じゃなくて背後っていうんだぜ。あと、声がすごくちっさい』

 

 

 その理由に思い当たらず首をかしげるが、今はそれよりも重要なことがある。

 

 紅葉は前を見る。

 

 

 

 そこには、二つの集団があった。

 

 一つは蛇神が率いる肉男シリーズのお面軍団。

 

 もう一つは武神とどうやらその取り巻きらしい。

 

 

 面を付けた男たちと赤いバンダナを巻いている上級生が睨み合ってる。

 

 その中にはPCルームで出会った直江大和の姿もある。

 

 大和も何か因縁があるみたいで、バンダナの後ろから強い視線を放ち牽制していた。

 

 蛇神の馬鹿は集まったギャラリーの数に納得がいったのか、辺りを見回し、宣言する。

 

「お前が武神じゃってなあ。昔、ワシが居ないときに、こいつらが世話になったそうじゃの。そこの風間とか言う奴もじゃ。礼をさせてもらおうか」

 

  

 三対三の決闘、それが蛇神の提案だった。

 

 武神はそれを了承し、決闘は休日の明日、この学園で行われることとなる。

 

 その後、用は終わったというばかりにすぐ帰っていく蛇神に、百代が尋ねた。

 

「おい、お前のところに居た、あの怪物は今どうしてるんだ?」

 

 興奮を抑えきれないといった様子の百代。

 

 

 誰の事を言っているのかわかっていない蛇神に、昔彼女が、鬼面に殴り込みをかけたこと、あの勘違いの特徴を話す。

 

 紅葉の行動は迅速であった。

 

 

「ああ、お前はあの時の、くくく、阿呆だな。お前は勘違いをしている、ソイツはなあ――」

 

 

 咄嗟に近くにあった物を投げつける。

 周りには誰もいないので、それはきっと紅葉の私物だ。

 

 

「ああっ、それは、私の大事な」

 

 

 蛇神より先に、誰か少女の小さな悲鳴が聞こえた気がした。

 

 

 気にせず、くるりと方向転換して逃げる背に、予想以上に大きく鈍い音と元ボスの苦しみの叫び。

 

 

「ええっ、違うんです。投げたのは私じゃ、それにサッカーボールや砲丸なんて知らないです。いえ、確かにそれは私の大事な――でも」

 

 

 これは厄介なことになりそうだと少年はため息をついて、校舎に戻っていった。

 

 

   ●

 

 放課後、明日の事を考えていたらすぐに過ぎてしまった授業。

 ふと気づけば、クラスメートの視線が、少年にそそがれている。

 

「刀を投げつけたんですって。マジで怖いわ」

 

「えっ、切り掛かったって聞いたんだけど?」

 

「ああ、俺の聞いた話じゃ、首を落としたらしい」

 

「ええ、それ殺人じゃん。さすがにうそでしょ。……えっと、もしかしてホントなの?」

 

 

 

 距離のある紅葉にはひそひそ話なので、よくわからなかったが、投げるという単語が拾えた。

 

 

 ――昼の事が誰かに見られていたらしい。

 

 皆が蛇神に注目している状況。

 すぐに逃げれば大丈夫だと、高を括っていたのだが。 

 

 

「ああ、おほん。みんな昼休みに蛇神に物を投げたのは僕だ。百代先輩が侮辱されたのが許せなくてね。頭に血が上っていた軽率な行動をしてしまったと反省している。だが、奴らの復讐が怖いんで黙っていてもらえないだろうが、頼む」

 

 それならば、素直に自白、適当な理由をつけて言い訳すればいいと、紅葉は深く頭を下げる。

 

 

「ああ、松風! 自分から名乗り出てくださいました。これで誤解が解けます。やはり荒場さんは良い方です」

 

「おう、自分でやったこととはいえ、なかなか言い出せる状況じゃないぜ」

 

 

 顔を上げた少年の肩に暖かで優しい手のひらが乗せられる。

 

 クラスの中心人物である野球部のルーキーだ。

 

 

「ああ、わかった。お前がやったんだな。もう何も言わなくていい。みんな誰にも話すんじゃないぞ、いいな!……ごめんな」

 

 

 最期の方が聞き取れなかったのだが、紅葉の要求は通ったらしい。

 

 安堵のため息が出る。

 

 明日のこともあるし、紅葉はすばやく帰り支度を整えた。

 

 

 ――皆の横を抜けるとき、何故か彼らは涙目で、「身代わり」「やくざの手口だ」「あたしたちにもっと勇気があれば」と云った言葉が聞こえ、物騒な発言に首を傾げる紅葉だった。

 


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