武神フクロにしたった~僕らの川神逃走記~   作:ふらんすぱん

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更新しました。九千文字で投稿、次話は文字数が少なくなりそうです。
話の流れで切っているのでどうしても偏ってしまいます。
七千文字づつ二話で区切れれば一番いいんですけど


オリジナル作品をハーメルンと小説家になろうで投稿しています。

作者のページからリンクに飛べるので暇つぶしにどうぞ。

もし読んで、面白いと思ったのなら応援してくださると嬉しいです。


オリジナル、二次創作、暇を見て少しずつ書いています。


逃走の小坊主さんと三枚のお札 1

 □

 奮闘むなしく、職員が全て叩き伏せられた会場。

 それを席で観戦していた紅葉は、鞄から出した弁当箱を膝に乗せて開いた。

 時間的には表彰式が執り行われている時間帯なのだが、遅れてしまっている。

 式を運営する者たちが、まだのびているのだから仕方がない。

 この空き時間を利用して、紅葉は小腹を満たすことにする。

 竹で編み込まれた箱の中には、母が作ってくれたおにぎりが詰まっている。

 

「っ、ええっと、それは何なのかな?」

 

 一緒に観戦していた、直江大和が弁当を指差す。

 不思議に思い、箱の隅から隅までを見やるが、特に不審なものはない。

 ――もしや催促されたのだろうか。

 

「えっ? おにぎりって、べつに欲しい訳じゃなくて――重っ!」

 

 大和は、校内で紅葉が唯一親しい女子、川神一子の知己である。気前よく、すべてを海苔で覆われた真っ黒なハンドボール大の塊が並ぶ弁当箱から、一つ取って手渡す。

 

「これは大きすぎないか? いや、文句をつけるわけじゃないんだけど」

 

 遠慮がちに、疑問を投げかけてくる大和。

 たしかに、コンビニ等に置かれている、『標準』より小さいサイズのおにぎりを見慣れているとそう思ってしまうのも無理もない。

 おそらく、商売上、利益を得るために米の量を少なくしてコストを削っているのだろう。

 そういった商品で腹を満たすには、数が必要で、お金が幾らあっても足りはしない。

 だから節約のため、母に用意してもらったのだ。

 

「いや、このサイズを各家庭標準にされても困るんだけど――」

 

「ああ、あたしもそう思っていたのよ。なるほど、だからコンビニのおにぎりとかってあんなに小さいのね!」

 

 反論があったのかもしれないが、すぐ隣で同意している一子に、諦めたように口を噤む。 

 一つ賢くなったと喜ぶ一子は、物欲しそうに、弁当箱に視線をくれた。

 大和にあげて、より親しい一子に渡さない理由はない。

 箱ごと好きなのをどうぞと差し出す。

 後輩から恵んでもらうのを始めは固辞したが、腹の音に負けて恥ずかしそうに手を伸ばす。

 

「遠慮なんてしないでどうぞ、一子先輩。ええっと、中の具は長年変わらないうちの定番で、右から、おかか、梅干し、ツナマヨに、すり胡麻入りの鮭ほぐし、それと――」

 

「じゃあ、あたしはツナマヨを貰うわね、ありがとう」

 

「――でしたら私はおかかのおにぎりを、準と雪は何にします?」

 

「俺は梅干しで、こらっ、ユキ。食べる前にハンカチで手を拭きなさい」

 

「うっさいよー、ハゲ。ボクは残った細切りの沢庵がはいったやつ、もーらい!」

 

 四方から弁当箱に伸びる手。

 竹製の箱が一瞬で軽くなった。

 紅葉としては腑に落ちないものがある。

 だが、抗議の視線を向けるも、制服の三人組、浅黒い肌の整った顔立ちの眼鏡の男――葵冬馬と、スキンヘッドの男――井上準は笑顔で紅葉に礼を言い、残った白髪の少女――榊原小雪は、頼んでもいないのに、味の感想をつぶさに教えてくれる。

 紅葉の勢いがそがれる。

 

「ニョホホー、しかたがない。庶民の作ったものなど口にするのは躊躇われるが、残ったやつは、此方が貰ってやろうではないか! ――ええい、なぜ、そこでよけるのじゃ!」

 

 遅れて伸びた最後の白い手は、紅葉が弁当箱を引いたために空を切る。

 この中で唯一、川神学園の制服を着用していない、薄紅色の着物の少女がこちらを睨んできた。

 所在なげな手を、再び紅葉の弁当箱に伸ばしてくる。

 それもひらりと躱し、紅葉は己が勘違いをしているのではと尋ねる。

 

「あの、もしかして、おにぎりが欲しいんですか?」

 

「はん! 高貴な此方がそのようなものを欲しがることがあるはずもなかろう! ――だ、か、ら! なぜこちらによこさぬ!」

 

 くれというならやらぬでもないが、いらぬというものをくれてやるつもりはない。

 

 ――炎天下の攻防は、食事の遅い葵冬馬が握り飯を食べ終わるまで続いた。

 

「ぜぇ、ぜぇ、なぜ、そこまで、頑なに此方を拒絶するのじゃ! お前と此方は初対面じゃろうに!」

 

 

 息も絶え絶え、少女は顔を青くし、恨みがましい目で、紅葉を非難する。

 初対面の人間だから拒絶しているのだがと、至極まっとうな意見は口には出さない。

 一人でヒートアップしていく少女を憐れに思ったからだ。

 それに、白髪の少女がその滑稽なさまを指さし、笑っていたのも拍車をかける。

 鞄から出した水筒、そのコップに茶を入れて渡す。

 

「なんじゃ、此方に飲んで欲しいのか? しかし、庶民の入れた茶など、此方の舌を満足させること、が――う、嘘じゃ! 喉が渇いて死にそうなんじゃ! 早くよこせ! って、うわっ、冷たいのじゃ! 何をする!」

 

 引っ込めかけたコップを引っ手繰るように奪い、自らぶち撒ける。

 

 ――そろそろ蹴りをくれても、誰も非難しないのではないか。

 

 子供のように癇癪を起こす少女に、一子はどうして良いかわからず呆然とし、大和は疲れているのか傍観を決め込む。

 

 ――人間付き合いの基本は我慢らしい。

 学園生活のこれからを思い、昨夜読んだ本に書いてあった。

 しかたなく、もう一度コップに茶を入れて渡すも。

 

「なんじゃ、此方の姿を見て気づかぬか! まずは茶を拭くものをよこすのじゃ! 気の利かぬ奴じゃのう」

 

 これでも紅葉の人生の中で、かなり気を遣っている方なのだが、相手には理解してもらえない。

 一子の手前でなければ、即座に肝臓につま先をめり込ませている。

 

「ハンカチも持っておらぬのか! これだから山猿以下の庶民はいやなんじゃ。ええい、この際、拭けるものならなんでも良い。――なに、チラシがあるって、此方の着物をそこいらの紙切れで拭けというのか?」

 

 口を開けば、不平不満しか出てこない少女――不死川心に、きっとこの人、友達いないんだろうな、と紅葉は、己を棚においた感想を浮かべた。

 そう考えると、これくらいの暴言を許せそうになるから不思議だ。

 

 

「ふん、何を笑っておる。此方とてハンカチぐらい持っておるんじゃぞ!今日はたまたま、付きの者に持たせているのじゃ! じゃが今は連れておらん。――今日だけはこれで勘弁してやる! 次は此方のために上等な絹を用意しておけ!」

 

 勝手に紅葉の鞄に手を突っ込み、取り出した紙で着物を拭いた心は、そのまま捨て台詞を残し、席を立つ。

 拭いた紙切れをその辺に捨てず、袖の中に仕舞っていた。

 その行動に育ちの良さは感じられる。

 

 席に座ったままの、冬馬、準、小雪の三人組はやはり友達ではないのだろう。

 誰も後を追わず、談笑をしている。

 

「あはは~、パンダの仇ー、とりゃ、とりゃ!」

 

 なぜか小雪は楽しそうに紅葉の足を軽く蹴っていた。 

 

 ――それらの様子を一度だけ振り返り、一人、寂しそうに心は去っていった。

 

 ●

 

 不死川心が消えて、残った最後の一つのおにぎりを、紅葉はもそもそと頬張っている。

 味に不満はないが、量に関しては納得がいかない様子。

 自然、むすっとした顔で、手についた米粒を舐めて取る。

 

「――えっと、ごめんなさい。あっ、それだけじゃ足りないよね。売店でなにか買ってくる?」

 

 一番早く、美味しくおにぎりを平らげてしまった一子は紅葉に提案する。

 差し出されたものを頂戴しただけなので、一子にはなんの非もないのだが、顔色が曇っていた。

 それを見て取ったのだろう。

 いつの間にか二人の後ろの席に座っていた、紅葉の相棒である一年生――岳蘭が目を丸くしていた。

 そして、紅葉の頭を軽く小突いた。

 

「――おい、紅葉! なんじゃ、この優しさの塊のような生き物は? どこで買った、わしも一体欲しいんじゃけど」

 

「人の先輩に、何失礼な発言をかましている。この人は『僕が』『親しくさせて』もらっている二年生の一子先輩だ。ちなみに非売品で、現在プレミアが付いている女子高生って奴だ。――すごいだろ」

 

 小突かれた頭を掻きながら、紅葉が返した。

 

「ああ、あなたは岳蘭くんよね? 良かったら、あなたの分も」

 

 褒められているのか、貶されているのか。

 判断がつかなかった一子は、とりあえず好意的に解釈し、お姉さんぶって、先輩風を吹かせる。

 それがまた、岳蘭を驚かせた。

 

「おい、紅葉、結構失礼なことを言ったつもりなんじゃが、この人、金切り声を上げて、刃物で切りつけてこないぞ――翼の折れた天使か何かか?」

 

「――だからすごいって言っているだろ。ちなみに、何気ない会話の途中で、人の全人格を否定したり、痛烈な皮肉を吐き出したりもしない」

 

 ――もしかして、からかわれているのだろうか。

 こちらを爪先から頭頂部まで観察した岳蘭が、手をぱちぱち叩く。

 どう反応していいかわからず、紅葉に助けを求めるが、彼は得意気な顔をして、一子の同意を求めてきた。

 ますます返答の言葉が思いつかない。

 

「あのね、アタシなんて、そんな特別優しいってわけじゃ。そ、そう普通、これくらい普通よ!――だいたい、そんな刃物や、毒を吐く女の子なんているわけが」

 

 二人は顔を見合わせ、コソコソと声を交わす。

 

『おい、そうなんか? わし、中学は男子中学で、女の知り合いがいなくて判断できないんじゃ。この人が一般的で、あのクソどもが異常なんじゃろうか?』

 

『いや、僕も女の友達っていなかったからなぁ、どうなんだろう? でも出会った割合で考えると、人間失格が過半数を超えてるんだよなあ』

 

 ――そもそも、クソや、失格と形容される女の子が正常であるはずがないのでは。

 

「すみません、一子先輩、落ち着いて聴いてください。民主主義に則った結果、先輩のほうがマイノリティになりました――先輩はどうやら人間ではないようです。頭の輪っかはどこに落としてきたんですか?」

 

 尊敬を通り越して、崇拝といった眼差しで見つめられると、座りが悪いどころではない。

 赤面する一子は後輩からの視線を避けるために体をずらした。

 

「二人共、よく考えてみて! あなた達の周りの女の子だって、気づいていないだけで優しいところはあるんじゃないかしら? そういったところをスルーする男の子は良くないってお姉さまも言ってたわ!」

 

 そこまで熱心に来られると、二人はもう一度腕を組み考える。

 

「ううん、わしの知っている昔なじみの女と言ったら、腹の底から腐っている卑怯極まりのないクソ女だけなんじゃが、あいつにも人間の一欠片程度の優しさがあるんじゃろうか――ふむ、それはないな。四方八方どこからみてもあいつは立派なクズじゃった!」

 

 面白い冗談を聞いたと、笑顔で否定する岳蘭。

 

『ビャックショ! うう、こんな真夏に風邪か? って、霧夜さん、顔が汁まみれで汚れてますよ、この雑巾で拭いたらどうですか? って、あたしの指はそっち方向には曲がらないんですが、イテッ! ちょっとまじで痛いっすよ!』

 

 近くの客席から誰かのクシャミが聞こえたがすぐに静かになる。

 

「そうだよ、一子先輩。僕の知っている女は、明らかに血管に、血が流れていないタイプの人間だし。たぶん人の優しさに感動するとか、そういった神経を母親の胎内に残してきたっぽいよ。仲の良い親友同士を無理やり殴りあわせたくせに、大して面白く無いと、飽きて放置して、家に三時のおやつを取りに行くようなやつですよ?」

 

 頷きながら結論を出す紅葉。

 

『くしゅん! んー、誰かが噂をしているんでしょうか?』

 

『って、委員長! シー、静かに! って、なんでさっきの人達とこんな近くの席で観戦しなくちゃいけないの? 他の席に行こうよ』

 

『――だって、もう他の席は埋まっているみたいですし。立ち見は足が痛くなるから私は嫌ですよ、大和田さん――だからなんで私の頬を引っ張るんですか?』

 

『わたしは胃が痛いんだけどね!』

 

 炎天下では珍しい、二度目のクシャミの音は喧騒に消え、一子は気にもとめなかった。

 

 ――ちなみに懸命な説得もむなしく、一子の背中には翼がもがれた痕が残っていることになった。

 

 ●

 

『大変お待たせしました。これより表彰式を始めます。その後に、優勝者と武神川神百代によるエキシビションマッチが行われま――』

 

『それに加え、上位四組のチームには副賞として、豪華景品がいろいろ用意されている。こちらは早い者勝ちなので、急がないと欲しい物がなくなるかもしれないぞ』

 

「うーん、残念。あたしは準決勝に進めなかったから貰えないわ。――あっ! でも大和は貰えるわよ! 急がないと!」

 

 途中にノイズの混じったアナウンスを聴いて、一子は大和を急かした。

 決勝戦で起ったハプニングの後片付けがようやく終わり、クリス主従のおかげでズタボロになった職員たちが急いで整えた表彰式の舞台は、かなりやっつけ感があった。

 だが先ほどの激闘を見た者達に文句をいうものはおらず、観客は式の後の戦いを静かに待っていた。

 

「大和ー、だから急がないと、欲しい物がなくなっちゃうわよ!」

 

 舞台を眺めて、動かない大和に焦れたのか、一子は腕をとって立ち上がらせようとする。

 賞品をくれるのなら、断ることはない。

 なのに大和が席を離れない理由は二つ。

 

 ――一つは、表彰式が行われる舞台、そこに続く南北二つの入場口。

 

 その南口の脇に、先ほど暴れまわった少女が従者と一緒に武器を構えていること。

 そして北口の横の壁に張り付いて大和の姉貴分が様子をうかがっていること。

 

 ――もう一つは、先ほどのアナウンスが途中から、百代の声に代わっていたこと。

 

 ここからでもわかるほどに、にまにまと楽しそうな表情を貼り付けた、百代とクリス――そしてどこか、疲れた様子で付き合っているマルギッテ。

 

 ここまであからさまな疑似餌に食いつく魚はいないと思う。

  不戦敗で逃げ出した彼らの正体が、狡猾な鬼面の人間であったならば当然、そうでなくともなにかあると警戒して近づくはずがない。

 

 決して頭が悪いわけではないのだが、たまに信じられないほど馬鹿な行いを躊躇わない姉貴分を見て、大和は思った。

 いや、弟の欲目があるだけで、もしや百代は少しお馬――。

 

 それ以上の想像は、大和の精神の健康に悪いので、頭を振って掻き消す。

 獲物を逃して、不機嫌になるだろう彼女らを宥めることが、己の役目であることを思い出す。

 

「あれ? ねえ、大和。紅葉くん達はどこにいったのかしら? さっきまで隣りでお茶を飲んでいたはずなんだけど――」

 

 一子は辺りを見回し後輩を探していた。

 それを一瞥して興味をなくした大和は、日差しの強い二日間を戦い抜いた体と心が、わりかしどうでも良い理由で、さらに疲労するであろうこと。

  そう思うと軽い眩暈が起こる。

 だから、会場に勢い良く入ってくるお面の二人組が見えたのは、ただの錯覚に違いない。

 

 ●

 

 とても巧妙かつ、心理の隙を突いていた。

 

「ふっ、見事にしてやられたよ。たしかに、これは盲点だった」

 

 宝を餌に、獲物を引き寄せる。

 単純でいて、絶妙な策。

 紅葉は手の平を軽く合わせ、感心している――ふりをして、よくよく考えれば小学生でも避けて通りそうな策略にハマった己の失態をごまかそうとしていた。

 

「だから、モモ先輩。まず自分とマルさんが奴らと決勝戦をやり直して、予定通り勝者が先輩と戦えばいいのでは?」

 

「それだとせっかくの戦う機会が減ってしまうな。この際、お前たち四人対私、というのが一番望ましいんだが――だめか? そうか――だめかぁ」

 

 アシュラを無視し、舞台上、言い争うクリスと百代。

 取込中ならば、帰ってしまっても問題なかろうと、踵を返すも、入場口には赤髪軍服の女がトンファーを回転させ威嚇してくる。

 このままでは川神百代と無理矢理に戦わされることになりそうだ。

 

「――あの、僕たちは、決勝戦を辞退したはず、なんだ、け、ど」

 

 人に暴力を振るうことに、爛々と表情を輝かせる百代が怖い。

 両手の人差し指同士を突き合わせ、控えめな声で主張する。 

 

 そんな精一杯の強がりを無視し、二人は皮算用を続けていた。

 あの怪物と戦うくらいなら、隙を見て強行突破でもするか、と相棒と視線を交わした。

 

「ああ、お前ら、言っておくが、そこから一歩でも動いたら、試合開始だからな?」

 

 

 ――高校生にもなって自分ルールを行使する存在を初めて目の当たりにした。

 

「んんっ! 今、一歩動かなかった、か?」

 

「動いてないです!」

 

 難癖をつけてくる武神川神百代。

 

 ――自分で決めたくせに、それすらも守る気はないのだろうか。

 

「ちょっと待ってくれ、モモ先輩! 自分たちはどうすればいいんだ? もしかして、早い者勝ちだとか言うつもりじゃないだろうな?」

 

「――なにも、問題ないんじゃないか?」

 

 クリスの疑問に、武神が目をそらし答える。   

 

 

「あー、あー、モモ先輩、ずるいぞ! 先輩はそうやって力技で、いつも自分の我儘を認めさせるんだ! なら自分だって、我儘を言ってやる!」

 

「いや、いつもやりたい放題のクリに我儘とか言われても――だから床に転がって駄々をこねるのはやめろ! って今、動いたな!」

 

「――全く動いていないんじゃが」

 

 転げまわり、自分が戦うんだぁ、と最近では小学生も行わない駄々のこね方を見せるクリス。

 そして百代は、それを説得しながらも、一歩も動いていない紅葉達に、ちくちくと牽制を入れる。

 

 段々と収集がつかなくなってくる。

 

「だいたい、なんでそこまでわしらと戦いたがるんじゃ? わしらとあんたは、初対面のはずなんじゃが?」

 

 紅葉よりもいくらか落ち着いている岳蘭は、百代の執着を疑問に思っているようだ。

 

「ん、それは、あれだ。お前らは鬼面の関係者なんだろ? だったら一度負けたリベンジはしておかなきゃ、不味いだろう?」

 

 百代がこちらに軽く同意を求めてくる。

 紅葉は腕を組んで彼女の言い分が正しいのか考えてみた。

 

 ――正体がばれている。

 

 

「鬼面って、誰かと勘違いしていないですか? だって僕は魔界の王子様だし、人間界は今回が初めてです、よ?」

 

「――いや、そういう設定の話は良いから。ところでおまえ、私に敬語を使っているな? ということは川神学園の一年か二年なんだな? おい、今のはさすがに動いたよな?」

 

 ――なぜか、通っている学校も特定されていた。

 恐ろしい、頭部にある二つの穴には千里眼でも嵌めこまれているのか。

 洞察力に恐れを抱き紅葉は仰けぞってしまう。

 途中、頭が地面すれすれの状態。

 手放しブリッジで踏ん張り、それでも倒れずに動いていないと首を振る。

 バネ仕掛けの玩具のように元の体勢に戻ると、恐怖を共有しているであろう『制服姿』の相棒に目をやった。

 

 ――そういえば急いでいたので、仮面だけ着用して走ってきたんだっけ。

 

 川神百代、クリス、マルギッテ、そして岳蘭、四人の視線が紅葉に注がれている。

 気のせいだといいのだが、すごく阿呆を見る目で。

 顔から火が出そうだ。

 幸い三面六臂のアシュラ面のおかげで、合わせる顔にはことかかない。

 

 ――それでもいたたまれなくなった紅葉は、堪えきれずに面の前側の顔を手のひらで隠し、走っていった。

 

 紅葉の眼前、百代から飛んできた光線が、入退場口の手前の土を大きく抉った。

 

「絶対動いたよな? でも私は優しい女の子だ。許してやるから、ちょーっと、戻ってこい――でないと次は当てるぞ?」

 

 手招きする百代。

 紅葉は舌打ちして、くるり踵を返す。

 

 ――自分一人だけで逃げようとするな、裏切り者と、岳蘭に頭を小突かれた。

 

 

「百代、クリスお嬢様、いい加減に観客も待ちくたびれているようです。そろそろ始めなければ」

 

 見かねたマルギッテが、仲裁に入る。

 炎天下の中、辛抱強くまっている観客のことも考えねばならない。

 だが、百代も、クリスも折れる気はないとのこと。

 

「――こうなったらしかたない。あなた達が、自分で戦う相手を決めなさい! ちなみに、百代を選んだ場合は、後日傷が癒えた後に改めて、お嬢様と戦ってもらう、理解したな、復唱しろ!」

 

「おお、マルさん、名案だ! それなら、自分は文句はないぞ!」

 

 紅葉と岳蘭は、当然、復唱しない。

 百代も、同じ条件ならばと手を上げ賛成を示す。

 両者に合意がなされたのか、わがまま娘二人は満足そう。

 どれだけ声を張ったところで、紅葉の反対意見など、黙殺されていた。

 

 いよいよ、戦いが始まってしまうのか。

 焦る紅葉の横、終始、取り乱さなかった相棒。

 その姿に昔の記憶を思い起こす。

 そこまで肝が座っている男だったか。

 首を傾げる紅葉を気に留めず、岳蘭は一歩移動する。

 

 ――後ろではなく前へ。

 

 それが何を意味するのか。

 空気が変わる。

 百代は嬉しそうに舌なめずりをした。

 

「そうか、私を選ぶんだな? 残念ながら指名されなかったクリにマルさんは、下がっていろ!」

 

 百代の綺麗な黒髪の先が風もないのに、揺れる。

 紅葉は相棒の行動に呆気にとられていた。

 

 ――歩調は変えず、もう一歩前へ。

 

 百代は笑顔のまま構えない。

 それは余裕なのか。

 これならば、初撃如何で逃げる機会が訪れるかもしれない。

 紅葉は、百代と岳蘭、そしてクリスとマルギッテの位置関係を把握し、脚をためる。

 高まる圧。

 審判はいるのだが、開始の合図はない。

 

 ――岳蘭の一撃が号令代わりになるのだろう。

 

 百代へ手が届く距離に来て、岳蘭は、懐に手を入れた。

 

「そうか、おまえは本来、武器使いなんだな? いいだろう、卑怯とはいわん、何でも使え。そして全身全霊で、私に――」

 

 ――そして、懐から出したそれは、武神川神百代の四肢の動きを縛った。

 

「おい、アシュラ、わしは先に帰るぞ。おまえはどうする?」

 

 固まった武神をそのままに、岳蘭はこちらを通りすぎて入り口へ。

 紅葉には状況がつかめない。

 それは、クリスとマルギッテも同じこと。

 あれほど好戦的だった百代は、しゃがみ込んで、いじけたように地面に、のの字を書いている。

 

「何だよー、あー、テンション下がるー。空気読めよー。ここまで来たら決着をつける流れだと思うんだがなぁー。こんなか弱い女の子相手に後ろを見せるとかないわー。私が男だったら、迷わずいただくのになあー。うわーよく考えたら武神と戦える機会なんてとっても貴重だぞー。

 これを逃したら、絶対後悔するなー」

 

 ひどく大きい独り言で、ちらちらと岳蘭の様子をうかがっていた。

 岳蘭はそれを視界に入れない。

 構ってもらえないことに気づいた百代が、岳蘭の腕を掴む。

 

「いやいや、少し待て。もう一度考えてみろ? 今戦っておかなければ、十年後きっと後悔するぞ。ほら、飲み会とかで、『おれー、むかしー、武神と戦ったことあるんすよお』とか、過ぎ去りし日のみっともない武勇伝を語る感じのあれとかできなくなっても良いのか? ――っって、だから待ってくれよぉ!」

 

 徐々に拮抗が敗れ、少し泣きの入った百代が引きずられていく。

 女の涙くらいで動揺しない岳蘭は、無情にそれを振り払った。

 再度、懐から出した一枚の紙を見せると、お預けをくらった飼い犬のように百代はシュンとして項垂れる。

 

 

 ――それは大鬼を封じ込める和尚の札か。

 

 気になった紅葉、クリス、マルギッテは頭を突き合わせ、それを確認する。

 

 

 ――それは、蛇神との戦いの前、百代が一筆したためた、『不戦』の契約書であった。

 

 成る程と納得した三人。

 

「ん? これは自分とマルさんには関係ないのではないか?」

 

 去る岳蘭の背中、今度は金と赤のこなき爺がくっついた。

 

 




前後編の次が後編一くらいです

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