◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
地獄の釜は開かれた。
殿下を始めとして、珱嗄が一度捕らえたリン、そしてマクスウェルの悪魔、サンドラの身体を乗っ取った混世魔王、アウラといった面々が、聖海龍王の角と、ジンや十六夜達が命に代えても取り戻したかった―――一枚の旗を使って。
赤い布地に金色の縁、陽の昇る丘と少女を象った、この箱庭にたった一枚しかない唯一の旗。過去、人類史上、最多の魔王を倒したコミュニティの旗。
その旗の輝きを持って、最悪最凶、悪の化身である、人類最終試練の『悪』の魔王、
アジ=ダカーハは復活した。
殿下達は逃げる。アジ=ダカーハを復活させて、逃げた。あの魔王は味方ではないのだ。全ての存在に対する絶対的な悪。当然、自分達にもその圧倒的力の矛先を向けてくる。
封印の間が崩壊していく。リンの距離という概念を操作する空間操作のギフトを使って、殿下達は逃げて行く。
―――だが、逃げようとする殿下達は、瞬間。その動きを止めた。
否、止められた。時間という概念ごと、その動きと思考と全ての動きを止められた。
「復活復活、これは随分とまぁ……素晴らしい物を復活させたもんだ」
そして、その横を擦れ違う様に通り抜ける人影。殿下達の横を通り過ぎ、崩壊寸前で停止している封印の間へと足を踏み入れる。
そこには、一人の女が立っていた。時間を止めた張本人、安心院なじみだ。彼女の手には封印を解く鍵であった、一枚の旗があった。
「やぁ珱嗄、目論見通りだね」
「ああ、これがウサギちゃん達の旗かぁ……随分とまぁ古いね」
「仕方ないよ、魔王の手にあったんだから、大して大事にされていなかったんだろう」
珱嗄の目的。それは、リンと殿下が探ろうとしていたことでもある。
その目的は、アジ=ダカーハの封印の解除と共にこの地に姿を現すであろう、ノーネームの旗を手に入れること。聖海龍王の角も、殿下達も、アジ=ダカーハも、その為の駒だった。
珱嗄はこの旗を手に入れるために、この封印を解こうとしたのだ。
「はい、これ」
「ん、確かに」
珱嗄は旗を受け取り、ゆらりと笑う。ノーネームの旗、ジン達が取り戻そうとしていた旗、そこにはノーネーム本来の名と、その旗印があった。
だが、珱嗄は今ノーネームではない。この旗を手に入れた所で、ノーネームに戻って来るわけではないのだ。更に言えば、この旗の所有権はまだ珱嗄にはない。旗はギフトゲームで奪われた物、ならば同じギフトゲームで奪い返さねばならない。
だが、
「反転っと」
所有権が誰かにある状態を反転すれば、旗の所有権が誰にもない状態になる。そして、それを珱嗄が手にしているということは、この旗の所有権は珱嗄に依属することになる。
正真正銘、ノーネームの旗は珱嗄のものとなった。
と、そこへ―――
「……貴様らか、この世界の時を止めているのは」
そんな声が掛かった。
「ん?」
「っ……!?」
珱嗄はふいっとその声の方を向き、なじみは驚いた様にその声の方を見た。
そこには、三つの頭を持った白い龍がいた。不倶戴天の悪の旗を身に纏い、その巨大な身体で珱嗄達を見下ろしている。
その身体はなじみのギフトで停止しているようだが、どうやらこの停止の強制力の中でも、意識だけはその力の拘束から逃れているらしい。
「なじみの時を止めるギフトの中で動けるんだ? 中々面白いじゃないか、一応原初の生物のギフトだぜ?」
「フン……例え原初の生物であろうと、そこに命がある以上悪は存在し、正義は存在する。この私の霊格とて負けてはいない」
アジ=ダカーハは悪を顕現した魔王。なじみが生物であり、自我がある時点で、悪と正義もそこに生まれたということ。
故に、6兆年の年月を生きようが、それと同等の因果がアジ=ダカーハにも絡んでくるのだ。おそらくはなじみの方が霊格が高いのだろうが、拮抗している以上、全てを停止させることは適わなかったらしい。
「それで? 復活した気分はどうよ? 悪の化身、アジ=ダカーハ」
「復活して早々にこのような拘束に遭うなど、良い気分ではないな」
「そりゃそうだ……まぁ俺としては目的を果たしたから拘束自体は解いても良いけど……解いたら襲ってくるだろ? お前」
「無論だ。私は不倶戴天の悪の化身、アジ=ダカーハ! 悪業を為すことを目的に生まれた魔王なのだから!」
アジ=ダカーハは、そう言って珱嗄を睨みつける。そして驚くべきことに、少しづつその巨大な身体を動かしているのだ。停止の恩恵に反抗し、その拘束から力づくで逃れようとしている。
なじみの時を止める恩恵を、その悪の御旗を持って砕こうとしていた。
「はぁ……仕方ないなぁ、それじゃなじみ……時を再開させてくれ」
「な……いいの?」
「いいよ、元々俺はこの旗を取り戻すのが目的だったんだし……目的達成のついでだ。それに、『悪』そのものであるコレをぶっ殺したらさー……何をしたって俺が正義ってことになるんだろ?」
なじみは、珱嗄の言葉に眼を見開いて驚愕した。
つまり、この怪物を殺すと言っているのだ。珱嗄は。
珱嗄は反転することで時間の停止した世界でも動くことが出来る。でも、アジ=ダカーハの霊格はなじみと同等……つまり珱嗄よりも上なのだ。神から恩恵を受けていることから、珱嗄には多少神格があるが、アジ=ダカーハも悪と善の二元論から世界の理を解くという、得意な宇宙観を持つ神群の一派、つまりは神格を持っている。
はっきり言えば―――珱嗄の反転のギフトは、効果を為さない可能性が高い。
「フン……貴様が私を倒すと? 随分と威勢が良いな―――面白い」
「ソレは俺の台詞だよ。俺の足の下に屍として這い蹲れ、魔王アジ=ダカーハ」
だが、珱嗄にとって形成が不利なことは特に問題ではない。久方ぶりに、まともに勝負が出来そうだと思ったからこそ、こうしてゆらりと笑っている。
人外と悪の化身の戦いが、此処に始まろうとしていた。
火蓋を切るのは、時間の再開。
勝った方が悪であり、勝った方が正義になる、善悪が複雑に絡み合った戦いが―――この煌炎の都で、時間の流れと共に始まる。