◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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珱嗄×蛟劉

 蛟劉という男は、名前だけを名乗って何者なのかを教えはしなかったが、それでも珱嗄と黒ウサギを十六夜のいる地下書庫へと連れていく仕事を快く受け入れ、そしてそれを実行した。水路をすいすいと軽快に進む渡し船を操り、アンダーウッドの水樹の下に作られた書庫へと案内した。

 地下という密閉された日の届かない空間は、紙という素材で出来た本に対して本来適切ではない処置であるが、それでも尚そこを書庫としたのは理由がある。アンダーウッドの水樹の根が大気中の水分を吸収し、乾燥した空間―――ドライルーム―――を作り出すのだ。だからこそ、こんな場所に書庫を作ることが出来たという訳だ。

 

 その書庫に辿り着いた黒ウサギと珱嗄は、その空間と書庫の関係性を理解し、少しばかり感嘆の声を上げる。ただ乾燥した空気が扉を開けた瞬間に溢れ出たことで、若干咳き込んだ。本にとっては良い環境かもしれないが、生物にとってはあまり快適とは言い難いようだ。

 

「それじゃウサギちゃん、十六夜ちゃんによろしく」

「え、珱嗄さんは行かないんですか?」

「俺は十六夜ちゃんに会って話したい事もないし、正直このりゅいりゅい☆と話していた方が面白そうだ」

「蛟劉やって」

「そ、そうですか……それでは私は十六夜さんに会ってきますね」

「いってらっしゃい」

「ほなな」

 

 黒ウサギは珱嗄と蛟劉に軽く会釈して踵を返し、書庫へと入っていった。そしてその背中が見えなくなる前に、書庫の扉が閉まる。扉が閉まる音が響いた後には、水路に流れる水の音だけが響き渡る。扉の両端、壁に寄り掛かる様にして黒ウサギ達を待つことになった珱嗄と蛟劉は無言だった。ちょっとした雑談位はしたいと思っている二人ではあるものの、共通の話題もなく、どうしたものかと考えているのだった。

 

「……」

「……」

 

 珱嗄にしては、また風来人で気さくな雰囲気の蛟劉にしては、珍しく気まずい雰囲気である。互いに高い実力を持ち、そして気楽な性分だからだろうか。

 

「………なぁ」

 

 切り出したのは、珱嗄だった。短い呼び掛けに蛟劉が視線を寄越す。

 

「お前、収穫祭には出ないのか?」

「……そやなぁ……僕は風来人やから、自由気侭に箱庭を彷徨ってるだけ。今の所そんな気分では無いな」

「そうかい、まぁ俺も巨龍を一人で抑え込んでいたのを見られたのか、ここでもゲーム参加拒否をくらっちゃったし……仮にお前がゲームに参加したとしても無駄か……」

 

 珱嗄と蛟劉、理由は違えど二人はゲームに参加しない。お互い、そのことを知って苦笑した。気まずい空気はそんな会話でどうにか払拭出来たようだ。

 すると、蛟劉は胡散臭い笑みを浮かべながら、珱嗄に更なる話題を投げかける。

 

「とはいえ……君、物凄く強いやろ? それこそ、僕以上に」

「何の話だ?」

 

 珱嗄は分かりやすくとぼけてみせた。蛟劉はそんな珱嗄に、くつくつと喉を鳴らす様に笑う。

 

「とぼけんでええよ。大方、僕の実力には大体気がついてるんやろ? お互い、腹割って話そうやないか」

「まぁ、それもそうか。秘密にしておく理由も無いし」

「せやろ?」

「だが断る」

「なんでやねん」

 

 楽しそうに紡がれる流暢な関西弁が、珱嗄のボケにテンポ良く挟まれる。お互いにやりやすそうな様子の珱嗄と蛟劉は、その会話の節々で探り合いをする。

 

「お前が胡散臭いからだよ、りゅいりゅい☆」

「蛟劉や……まぁその通り、よう言われるわ―――なら、少しだけ僕の正体について教えたる」

「へぇ……」

 

 蛟劉が思わせぶりににやりと笑う。どうやら彼の正体はこの箱庭において中々高位の存在らしい。それだけの驚愕を用意しているような表情だった。

 

「僕の名前は蛟劉、その正体は」

「覆海大聖の蛟魔王?」

「なんで知っとんねん」

「勘」

「勘で人のサプライズ台無しにするか普通?」

 

 だがそのサプライズは珱嗄の鋭すぎる勘が阻止した。

 さらりと述べられた彼の正体、覆海大聖の蛟魔王―――つまりは海を覆いし者。七大妖王の第三席に名前を連ねる、先の話に出て来た牛魔王と並ぶ実力の持ち主である。記述はほとんどないが、西遊記にも出てくる伝説の妖怪の一人。強いと感じさせる訳だ、と珱嗄は内心納得していた。

 

「まぁそういう訳や、これで対価にならんか?」

「別にそんなネタバレしなくても教えたけどね」

「えー……僕だけ損してるやん」

「そういう性分なんだよ、俺は」

 

 珱嗄はクスリと笑い、それじゃあ次は此方の番、と一息置く。そして、今度は自分のことについて話し始めた。

 

「俺は神話とか歴史とかそういった文献に載る様な大層な人物じゃないよ。ただ単に異世界で世界最強になったらしく、暇していた時にこの箱庭に呼ばれただけだからねぇ」

「そうなんか?」

「ああ」

「ふーん……となると、前いた世界が特殊な環境やったんやな」

「ま、特殊っちゃ特殊だったな。個性的な奴らばっかいたし」

 

 思い出す様にそう言う珱嗄。蛟劉はそんな珱嗄とは裏腹に、珱嗄の前いた世界がどんなに過酷であるかを思い浮かべていた。なんとなく、二人の頭の中での空気の差が激しい。お互い会話しやすい相手ではあるものの、その会話のテンションには大きな違いがあった。

 

 とそこで、書庫の扉の向こうから大きな音がした。そう、例えるのなら大きなハリセンで人の頭を思いっきり叩いた様な、そんな音が。

 

 


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