◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
ハーメルンの笛吹き。それはあまり知られているかと言われれば首を傾げてしまう程度にマイナーな伝承で、内容はともかく名前位なら誰でも聞いた事があるだろう。
笛吹きハーメルンの笛の音を聞いて130人の子供達が親元を離れ、夢遊病の様に一晩の間に消えて行ったその伝承。
だが今回は少し違う。今回現れたハーメルンの笛吹きは全く別の物だ。ペスト、ヴェーザー川、ラッテンフェンガー、シュトロム、この四つの内、黒死病の繁栄によって元々の伝承に後付けされた所謂付属品が三つ。
まず原因となった黒死病であるペスト。そしてラッテンフェンガーはネズミを操る道化師だが、これが登場し始めたのは黒死病の最盛期の内からだ。つまり偽物。更に嵐を意味するシュトロムも本物と見せかけ偽物、130万の人間が死んだ理由として、碑文にある丘とはヴェーザー川から続く丘の事を示し、天災による被害もヴェーザー川を示している。
故に、本物のハーメルンの伝承に出てくるのはヴェーザー川。つまり、現在十六夜が戦っているヴェーザーこそが本物のハーメルンの笛吹きである。これが逆廻十六夜の結論だった。
「なるほど、やっぱりお前はこっちに移籍したらどうだ? お前は魔王側の方が映えるだろうぜ」
「悪いがお断りだ。魔王側も面白そうではあるが、生憎今は別の目標が有るんでね」
目標。珱嗄がペルセウスを落とした時に、十六夜は少しだけ不満気味だったのだが、ペルセウスの旗が落ちていく光景を見た時、黒ウサギと決めたのだ。今も上空に広がる満天の大空に、自分達の旗を掲げる、と。
それが今の目標。十六夜は決めた事は貫き通す男だ。
「そうかい……じゃ、とっととくたばれクソ餓鬼!!」
ヴェーザーと十六夜は、再度ぶつかった。
◇ ◇ ◇
時間は少し戻って、珱嗄がペストで遊んでいる中、戦況は変わらない物の戦場には変化が起きていた。
ハーメルンの魔書
伝承にあるハーメルンの街をそのまま召喚してみせたのだ。盥に打たれながら街を召喚する様は、中々滑稽ではあった物の、これによって元々設置されて場所が分かっていたステンドガラスの位置が分からなくなり、ペストの力も向上したようだった。時間稼ぎにはかなりの良策であった。
「なるほど、だからなんだ」
「あだっ! もうっいい加減止めなさい!」
だがそれでも珱嗄の盥攻撃は止まなかった。珱嗄が三回ギフトを発動して生まれた三つの盥で頭を打たれた回数、現在23回。芸人にしてもやられ過ぎである。既にペストの行動は盥を避ける事に集中しており、相手を倒そうとは思ってもいない。
ここまで何度か盥をどうにかしようと色々と試したのだが、全て駄目だったのだ。
まず黒い霧状の何かでサンドラの火球や黒ウサギの電撃を防いだように盾にしてみた物の、盥はすり抜ける様にして頭を打った。
次に手を振って盥を叩き落そうとしたのだが、盥は異常に重く、腕毎頭を打った。あんなに重かったのに、頭を打たれた際にはかなり軽く感じる。これにはペストも困惑するばかり。
次にギフトの様に必ず頭を打ってくるわけでは無く、珱嗄が落としてくるのなら避けられるだろうと一度避けてみたのだが、それに不満を抱いた珱嗄は全力投球してきた。目視出来ない速度の盥が頭を打った。
次に盥自体を破壊してしまおうと考え、盥に攻撃をしてみた。が、盥はそんな物効かないといった風に攻撃を無効化し、呆気に取られたペストの頭を打った。
こんな風に何度も何度も盥をどうにかしようとするペストだが、何度やっても最終的に頭を打ってくる盥。そして既にたんこぶまで出来た頭を押さえて涙目を隠せずに逃げる様に飛び回るしかないペスト。珱嗄はそんな少女へ更なる追撃を加えるべく追いまわす。
完全に不審者に追われる少女の図である。
そして、肝心の仲間である黒ウサギとサンドラはその光景に動けずにいた。敵であるペストに一種の同情を抱き、攻撃できない。サンドラとしてはサラマンドラの仲間を殺されており、憎しみの対象故にかなり複雑な心境だった。
黒ウサギはおろおろするばかりで珱嗄にやり過ぎだろと言って見た物の、珱嗄が一時盥落としを止めたら嬉々として襲い掛かってくるペスト。再開したら青褪めた顔で逃走を開始する様になった。止めたくても止められない状況とはこの事だ。
「もういや……痛いっ!」
「ん? 痛い?」
「さっきからそう言ってるじゃない」
「んー……止めて欲しい?」
「止めてくれるの?」
「まぁいいだろう」
珱嗄の言葉にぱぁっと表情を明るくさせるペスト。最早最初のクールキャラが形無しだ。
「んんっ……それじゃあ続けましょう? さっきまでの借りを返してあげる」
ペストは盥を盾の様にして構える珱嗄にそう言って笑みを浮かべ、黒い霧を放ってきた。
だが、それは盥にぶつかった瞬間に消滅した。驚愕するペスト。珱嗄はそんなペストの顔を見てゆらりと笑い、盥から顔を出して口を開いた。
「驚いた? どういう事か知りたい? 知りたいよね。じゃあ教えてやろう。俺が今回選んだギフトは盥を落とすギフト【
「最初は馬鹿にしているのかと思ったけど馬鹿に出来ないギフトね」
「で、このギフトで生み出される盥にはある程度性質を持たせる事が出来る」
「性質?」
「そう、例えば大きさ。この盥は最小で手の平サイズ、最大でこの街を潰せる位には大きく出来る。例えば能力。生み出す盥にはどういう盥かを指定出来るんだよ。例えば、触れれば能力を無効化出来る盥とか相手の頭以外すり抜ける盥、とかさ」
つまり、先程攻撃を無効化したのはギフトを無効化出来る盥。叩き落そうとしたペストの手をすり抜けたのは、相手の頭以外すり抜ける盥という訳だ。
案外、使って見ると馬鹿に出来ないギフトである。
「……そんなに凄いギフトなのに、盥を落とすだけの恩恵って言うのが……なんというか、残念ね」
「その残念な恩恵にお前は23回も頭を打たれた挙句涙目になってたんこぶ作った訳だけどな」
「うるさいっ」
「全く、困ったお子様だ」
珱嗄はそう言って首を振って肩をすくめた。完全にペストは珱嗄の手の上で転がされている。手玉に取られるとはこの事だろう。
「それにしても、まだ諦めないのかお前。そろそろ俺のアイドルになっちゃえよ」
「嫌よ。私にはまだやってない事があるもの」
「なんだよ」
「……そうね、時間稼ぎに教えてあげる。私はハーメルンの笛吹きではなく、14世紀に蔓延した疫病である黒死病で死んだ8000万の死者の群例であり、死の恩恵を黒い風に乗せて運ぶ神霊よ」
ペストは語る。自身の事を。
「そうなんだ」
珱嗄は聞く。アイドル面接試験の様な気分で。
「太陽が寒冷期に入って蔓延した黒死病で8000万もの人間が死んだ。私には権限がある、怠惰な太陽に復讐する権限が!」
「なるほど、合格」
「……なにがよ」
「アイドル試験」
「いつ始まったのよ!」
ペストは黒い風を憤慨しながら珱嗄に叩き付けてくるが、やはり盥で防がれた。
「つーか太陽に復讐か。それくらいアイドルになった後満足するまでやらせてやるっつの」
「は?」
「つまりあれだろ。白夜叉ちゃんって太陽の主権を持ってるらしいから、このゲームに勝った後で色々痛めつけてやろうとかそんな事を考えてんだろ? 大丈夫、お前の入るユニットには白夜叉ちゃんも入ってるから」
「馬鹿なの? いえ馬鹿! あの吸血鬼の苦労が理解出来たわ。貴方、とてもムカつくわね」
ペストはレティシアに少しだけ同情しつつ、珱嗄に突っ込みを入れた。このゲームの参加者の中でおそらく唯一人、奇行をしているのが珱嗄だ。一番遊んでいるといってもいい。
「まぁ俺の目的と他の目的は違ってるからね。そういう意味ではお前は俺とノーネーム達の二つの勢力を一斉に相手している様なもんだ」
「二対一ってこと……卑怯なのね」
「代わりに人質をくれてやってんだからお互い様だぜ」
「………」
珱嗄の言葉にペストは黙ってしまった。この雰囲気、最早雑談と同等ではないだろうか?
「それじゃあ始めようか。お前の望む、真面目で真面目なちゃんとしたバトルをさ」
珱嗄はそう言って、盥を落としたのだった。