◇4 問題児たちが異世界から来るそうですよ?にお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
笛の音が響く。その笛の音は、何処までも遠くに、何処までも深くに、振動として伝わっていく。生物の正気を狂わせ、狂気を生み出し、暴走させ、演奏者の思うままに操る人形へと変えていく。
その名も【ハーメルンの笛吹き】
グリムグレモワール・ハーメルンというコミュニティの一人である、露出狂ラッテンによる笛の演奏は、サラマンドラの配下の者達を人形へと変え、人々を襲わせた。それに対して、協力を要請されていたノーネームの飛鳥はラッテンの前に敗北、何処かへ連れ去られた。耀は一般民の避難を協力していたが、途中で原因不明の体調不良に苛まれ、唯一十六夜と珱嗄、レティシアの三名が事の対処に当たっていた。
また、サラマンドラの面々はもはや壊滅的であり、機能しているのは避難民を誘導しているマンドラと魔王と対峙しているサンドラ位だ。戦況は圧倒的に魔王側が優勢だった。
とはいえ、この状況下でも戦況を引っくり返す手段と戦況を一時的に停止する手段が、サラマンドラ側の陣営には有った。いや、というよりはノーネームの戦力にはその二つの戦力があると言うべきか。
まず、戦況を一時的に停止させる手段としては、審判権限を持っている黒ウサギが箱庭中枢へと状況の伝達をして今回のゲームルールに対して不明瞭な点に関する両陣営の会談を行なう事。
しかし明らかな言いがかりなので、この会談でルールに不備が無ければ魔王側は言いがかりを持ちあげてゲームを有利な状況で再開することが可能になる。少しリスクがある物の、これも一つの手段だ。
次に、戦況を一気に引っくり返す手段としては、強大な力を持っている珱嗄が魔王やその部下をまとめて叩きのめした後、ゆっくりとクリア条件を達成するやり方。
どちらにせよ、戦況に変化を齎す手段である事には変わりないが、今回彼らが取ったのは、前者だった。つまり、黒ウサギによる一時ゲーム中断である。
「ジャッジマスターの発動が受理されました。これにより、ギフトゲーム、ザ・パイドパイパーオブハーメルンは一時中断し審議決議を取り行います。プレイヤー側、ホスト側は即座に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行して下さい!」
◇ ◇ ◇
「でだ。俺としてはセンターに魔王ちゃん、右にレティシアちゃん、左に白夜叉ちゃんっつー配置が良いと思う訳よ。サンドラちゃんはとりあえず候補だから外したけど、入れるとしたらもう四人全員センターに出して全体を売りこんだ方が良いと思うんだ。だからとりあえず明日辺りから四人共一緒にダンスのレッスン、発声練習、各々のギフトを組み合わせたパフォーマンスの考案、歌の練習なんかをしていきたいと思うんだ。ああ、安心してくれ。お前らが歌う歌に関しては俺が作詞作曲して演奏もしてあげるから。問題は宣伝とライブの場所の確保だよね。そこらへんはノーネーム以外にもサラマンドラとハーメルンのコミュニティにコネが出来る訳だし、人員はそこそこあるから手伝って貰うとしよう。あとはそうだな、ユニットを組むならそれなりに信頼関係と連携が出来ていないと駄目だよね。そうだ、差し当たって今度皆で遊園地に行こう! 一緒に遊んだり飲み食いしたりすれば自然と絆も深まるもんだろ。全員かなり単純な幼女なんだしさ。ああでもその前にいろんな所に許可を取りに行かないといけないよね。ライブ会場を貸してくれるスポンサーとかにさ。うん、とりあえず遊園地に行く前に四人でそこらへんに挨拶しに行こう。いいかい? 最初が肝心だからね。とりあえず最初に偉い人に会ったら作り笑いでもちゃんと笑って可愛く見せるんだ。どうせ男なんて女子供には弱いんだからコロッと行くって。わっはっは」
「スポンサーどうのこうのに許可を取る前に私達に許可を取るべきじゃないかマスター!」
「おいおい、俺の十四行にも及ぶプロデューサーとしての仕事内容の語りをそんな一言で斬り伏せるなよレティシアちゃん。傷つくぜ」
「その前に今この場において話し合うテーマが違うのでございます!」
さて、珱嗄による出オチ的な会談は開始されたが、勿論会談内容はアイドル結成の事では無い。ギフトゲームの話だ。今回のゲーム、白夜叉の考えではクリア方法が存在しない可能性があるとの事。この会談はその疑念を解消する為の物である。
「あーはいはい。とりあえず会談を進めてくれウサギちゃん」
「……んんっ! それでは審議決議及び交渉を開始したいと思います。まずホスト側に問います、此度のゲームですが…」
「不備はないわ」
「! よろしいのですか? 黒ウサギの耳は箱庭中枢に繋がっています。不備が有ればすぐに分かりますよ?」
「その上で言っているのよ。それより分かっているのかしら? 私達は言われの無い罪でゲームを中断させられているのよ?」
少女の言葉は、やはりというか当然の良い分。つまり、不備が無かった場合の自陣の有利なルールの付与を認めろという事。
そしてそれをなんの躊躇もなく言ってくるというのなら、当然不備はないという自信が有るのだろう。
「この意味は分かるわよね?」
「ルールに不備が無かった場合、自分達に有利なルールを付けくわえる、という事ですか」
「まぁルールの付与に関しては、後に話し合いましょう?」
少女の言葉に全員がとりあえず頷いた。そして黒ウサギがその耳を使って箱庭中枢へルールの確認と不備の有無を確認する。その間、誰も話す事はなかった。
「なぁレティシアちゃん。これってどういう感じの話し合いなわけ? お兄さん良く分からないんだけど」
訂正、珱嗄は空気を読まなかった。
「マスター。とりあえず会談が終わったら全部懇切丁寧に説明しますので今は黙っててください」
「敬語を使う程面倒臭いのか。よーく分かった、お前絶対アイドルにして売りこんでやる」
最早レティシアは珱嗄の相手役の様なポジションを確立したようだ。所有者と所有物の関係だが、この二人に関してはあまり意味はない様だ。
「……はい。箱庭中枢に確認を取りました。このゲームに不備はありません……」
「……!」
黒ウサギの通告により、サンドラ達の表情が歪む。反対に魔王の口元が吊りあがった。
「それじゃあルールは現状維持。問題はゲーム再開の日時。ジャッジマスター、ゲームの再開時期は最長で何処まで伸ばせるの?」
「最長で、ですか? 一ヵ月ほどかと……」
「それじゃあ一ヵ月後よ」
「待ってくだs「おk」―――え?」
ジンがその提案に対して拒否を示そうとした時、横からそんな声が聞こえた。
「今、何と言ったのかしら?」
「だからオーケーだって言ったんだよ。一ヵ月後、ルールはそのままで、ゲームを再開するんだろ?」
「……いいの?」
「だってそうすればその一ヵ月で色々とあいさつ回りとか出来るじゃん」
無論、横やりを挟んだのは珱嗄である。やはりというかあくまで珱嗄の目的はアイドルユニットらしい。その為ならギフトゲームがどのように動こうとどうでもいい様だ。
「待ってください! そんなの無理です!」
「……まぁそうよね。普通そういう反応をするべきよね」
「珱嗄、とりあえず黙ってろ」
「十六夜ちゃんもアイドルになる?」
「黙れ」
「へーい」
珱嗄はつまらなそうにべっと舌を出してそっぽを向いた。正直、このシリアスムードが珱嗄にはあまり好ましくなかったから茶々を入れていただけなのだが、やはり真面目に話し合いをしている側からすれば少し苛立ちもする様だ。
「こほん……まず、貴方の両隣りに居るのはラッテン、ヴェーザーだと聞きました。そして、貴方達と共に居た笛を体現したあの悪魔はシュトロム……だとしたら、貴方の名は……ペストじゃありませんか?」
「ペストだと!?」
「はい。14世紀以降に大流行した人類史上最悪の疫病」
「正解よ。貴方名前は?」
「ノーネームの……ジン・ラッセルです」
「覚えておくわ。でも手遅れだったわね。私は既に参加者の一部に病原菌を感染させている」
少女、ペストの言葉はその場にいた全員を驚愕させた。ペスト病、または黒死病と呼ばれるこの病は、過去8000万人の死者を出した最悪の細菌だ。感染してから時間が経つに連れて肌が所々黒くなって、最終的には死に至る疫病。彼女はその霊群である。
「珱嗄」
「……」
「おい」
「……」
「悪かった……俺が悪かったから! もう喋っていいから!」
「その言葉を体感時間で3億年は待ったぞ!」
珱嗄は存外面倒な性格をしているようだ。さすがは最低な遊び人、会話の節々に苛立ちを感じさせる。そこに痺れも憧れもしないけれど、傍から見てる分には面白い気がする。
「くっそコイツめんどくせぇ……まぁいい。珱嗄、お前黒死病治せる?」
「出来ないこともないけど?」
「だ、そうだ。つーことは別に手遅れって訳でも無さそーだぜ?」
「……」
「いや、俺が治せるだけで治すとは言ってないぜ」
「マスター、そこは空気を読めよ!!」
話が進まない。
「……まぁそこの男は治すつもりは無さそうだし、結局貴方達の命は私の手の上ってことね」
「……ちっ」
「それじゃあこうしましょう? 貴方達ノーネームとサラマンドラが私達の傘下に入る。これで手内にしましょう?」
「そんなことっ……!」
「まぁそういうでしょうね。なら、代替案として……そこの男が私達の傘下に入る、というのはどうかしら?」
そういってペストがその手を覆い隠した袖で差したのは、頬杖をついている珱嗄。そしてこの発言は、十六夜達を大きく揺さぶった。
なにより、珱嗄を持っていかれる事はノーネームの戦力をおおよそ7割持っていかれる事と同義であり、今後ペストのコミュニティに勝利することが困難になるからだ。
なんせ、珱嗄は2000京のギフトと3兆年を生きた化け物。普段はふざけているが、本気を出した時の被害は甚大以上に膨大極まりないだろう。
「なるほど、この俺を隷属させようって事かい? えーっと、ペストちゃん」
「ええ、そういうことね。貴方はどうやらまだまだ底を見せていない様だし、勘だけどこの場にいる全員で掛かっても勝てない位強いでしょう?」
「まぁそうだな……片手を使わないといけない位には苦戦するかな」
「……そういうことよ」
珱嗄はペストの言葉にふざけた雰囲気を潜め、すっと瞳を細めてペストを見た。
「っ!?」
「へぇ……随分と偉くなったもんだなお嬢ちゃん。今ここで人格改変してやろうか」
珱嗄は珍しく真面目に殺気を放った。向けられたのはペスト、だがその場にいる全員が戦闘態勢に入る程に、それは濃かった。
非戦闘員であるジンは意識が途切れそうになりながらも汗を流しながら机に寄り掛かった。
「っ……ぁ……!」
「俺としてはお前が俺の物になってさっさとアイドルデビューして俺に印税を貢げば文句はないんだよ。結果としてアイドルデビュー出来なくてもユニット組ませて俺の前で150時間ぶっ通しでライブさせてやるから覚悟しとけよ。俺はやると言ったら、やる」
言ってる事は最低なのに、その場の雰囲気で冗談とも取れない珱嗄の言葉。威圧感と殺気がその言葉を何処かカッコ良さげに聞こえさせた。
「俺をお前の玩具にしたいなら、それ相応の面白い事をして見せろ。ノーネームとサラマンドラの両コミュニティを屈服させ、俺の前に差しだしてみろ。そうしたら、少しだけ考えてやるよ」
珱嗄はそう言って、冷や汗を流すペストを見下す。
それに対して、魔王であるペストは無理に笑みを作って精一杯の意地を持って言い返す。
「そう……ならここに宣言するわ……私は、必ず貴方を玩具にしてみせる……!」