それでは、どうぞ。
「一誠さま、朝食ができましたよ」
ルフェイは部屋に入り、一誠を起こそうとする。ここ最近、ずっとこんな感じだ。もはや日課と言ってもいい。
「あれ? いない」
ベッドは蛻の殻だった。どこに行ったんだろう? と疑問に思うルフェイ。
「おはよう」
「ひゃっ!?」
いきなり後ろから一誠に声をかけられ、驚く。ルフェイは慌てて後ろを向くと、そこには意地悪そうな笑みを浮かべている一誠がいた。
「び、びっくりさせないでください!」
少しばかり脹れっ面になりながら、抗議するルフェイ。それを見て、意地悪そうに笑う一誠。
「……くっくく。悪い」
ルフェイの頭をぽんぽんと二、三回軽く叩くと、そのまま階段を下りて、上機嫌にリビングへ向かう一誠。
「もう!」
声音はまだ怒っています! と言った感じだが、ルフェイは苦笑している。少なくとも、こんなくだらないやり取りをする位には二人は信頼を築いている。
「御馳走さま。今日も美味かったぞ」
「はい!」
ルフェイは食器を片づけながら、一誠に笑みを浮かべる。ルフェイが一誠の家に住みついて、二週間近くが経っている。この二週間で、ルフェイもだいぶ慣れた。
「……今日は何すっかぁ」
一誠はルフェイが淹れてくれた紅茶を飲みながら、そう心地る。
「ルフェイは何か、やりたい事や行きたいところはあるか?」
「私ですか?」
一誠に問われ、悩むルフェイ。しばらくすると決まったのか、口を開く。
「書籍店に行きたいですね。日本の歴史や童話に興味があります」
一誠はルフェイのその言葉を聞いて、腰を上げる。
「んじゃ、行くか。この間行ったデパートに、けっこう大きい店が在るからな」
「はい」
一誠とルフェイは互いに手を握り絞めながら、デパートへと向かう。
「これなんかもお勧めだな」
一誠が一冊の本を手に取って、それをルフェイに進める。
「へ~。一誠さまって、結構読書家なんですね」
意外です。といった感じで、ルフェイが一誠にそう言う。当の一誠は苦笑しながら答える。
「昔はそれこそ、毎日のように退屈していたからな。暇つぶしでゲームや読書をしていたら、いつの間にか習慣付いただけだ」
昔の一誠は、本当に退屈な日々を送っていた。少しでも退屈を紛らわせようと、世間一般で言う娯楽には結構手を出している。
「そうだったんですか」
ルフェイは一誠の手を軽く、ぎゅっと握る。まるで、そこに居ることを確かめるように……。
「このぼくらのシリーズもおもしれぇぞ」
一誠は握られた手を握り返しながらも、新たに本を手に取りルフェイに進める。
「後は、こっちの八雲シリーズだな。霊に関して独自の考察が書かれてて、中々におもしろい」
「そうなんですか。でも、これって一般の方が書いている本ですよね?」
ルフェイが疑問に思ったことを訊く。
「案外、こういった素人の考察が的を得ていたりするんだ。俺が使う魔法の参考になったものだってある」
実際に架空の存在としか思っていない素人の理論とかいろいろ無視した考察と言うのは、時に非常に良い着眼点を突いていることがある。
「だからジャンル問わずにいろんな本を読むと、良いアイデアが出たりする」
なるほど。と妙に感心しているルフェイを見て、苦笑する一誠。
「大体こんなもんか。ルフェイも魔力が使えれば、漫画なんかも薦めるんだけどな」
魔力はイメージが大切なので、案外漫画なんかの技が参考になったりもする。
「まぁ、大抵は燃費が悪かったり見た目だけ派手で威力が無かったりするんだけどな」
たまに、割と笑えないほど有効なのがあったりするのが怖いところでもあるが……。
「へぇ~。参考になります」
一誠が薦める本を片っ端から、籠に入れるルフェイ。それを見て、一誠は口を開く。
「こんぐらいか? 他に何か見たい物とかあるか?」
「あ、えっと。もう一つ見たいのがありまして……」
そう言って、ルフェイは一誠の手を握ったまま移動する。そして、あるジャンルの本が置いてある所に辿り着く。
「料理本?」
そこには多種多様の料理本が置かれていた。ルフェイはその中でも和食に関する物を幾つか手に取ると、一誠に笑顔で言う。
「一誠さまは和食の方がお好きとのことなので、参考になる物が欲しかったんです!」
一誠はその言葉を聞いて、面をくらう。ほんの数秒してから、一誠は思わず笑う。
「……クッハハ」
それは何かをバカにしているとかではなく、本当に可笑しなことを聞いて、思わず笑ってしまったという感じだ。
「な、何で笑うんですか?」
もう! といった感じで少しばかり拗ねるルフェイ。一誠はそんなルフェイの頭を軽く撫でながら、
「楽しみにしてるよ」
慈愛を籠めた微笑みを浮かべながらそう言った。そんな一誠の表情をみて、ルフェイも笑顔を浮かべる。
「はい! 絶対に美味しい料理をお作りしますね!」
二人とも何処か幸福を感じながら、本の料金を払い、帰路につく。
「……あん?」
一誠とルフェイが帰路について十数分。目の前に兵藤家が見えてきたのだが……。
「誰でしょうね?」
兵藤家の前に、数人規模の集団がいたのだ。その集団は一誠達に気づいたのだろう、近づいてくる。
「お久しぶりです、兵藤殿!」
そう言って、狐耳をはやした女性が一誠へとあいさつをする。
「だれだ、オマエ? っつか、邪魔だ。屯なら他所いけ」
一誠は女性を適当にあしらって、家に入ろうとする。
「お、お待ちください!」
そんな一誠を慌てて呼びとめようとする女性。
「本当に覚えていらっしゃいませんか? 京都に住まう妖怪を束ねる御大将、八坂さまの部下でございます」
その言葉を聞いて少しばかり逡巡したあと、ああと思い出す一誠。
「あの狐んとこのやつらか。今回は見逃してやるから、とっとと失せろ」
そう言って、ルフェイの手を引いて、家に入ろうとする一誠。しかし、
「あの、一誠さま。このお方たちは一誠さまにお話しがあるのでは?」
ルフェイがそう言うと、周りの妖怪たちが安心したような表情をする。彼等はルフェイの事を知らないだろうが、少なくとも兵藤一誠のお気に入りだということは理解できたからだ。
「そうらしいな。けど、そんなこと俺には関係ない」
一誠がそう言うと、ルフェイが少しばかり困り顔をしながら言い返す。
「せめて、お話だけでも聞いてあげるべきだと思います」
「いや、だからだな。……はぁ、分かったよ」
ルフェイに言い負かされて、一誠は狐耳の女性へと視線を向ける。
「んで、なんの用だ?」
一誠にそう問われて、女性は慌てて答える。
「はい、実はですね―――」
<木場視点>
僕たちは今、修学旅行で京都に来ていた。
結局一誠さんと争ったことに、各勢力から苦情の様な物は来なかった。何故かは知らないが、冥府の神ハーデスと須弥山を治める帝釈天殿が僕たちやアザゼル先生たちを庇ったのだとか。
僕は途中でアーシアさん達と合流して渡月橋を渡っていたところ、いきなりぬるりとした生温かい感触が全身を包んだ。すぐにその感触は無くなったが、気がつけば周りには人が居なくなっていた。正確には、
近くでアーシアさんが驚愕していた。
「―――この霧は」
次に出てきた言葉は、僕の推測を裏付けるものだった。
「……この感じ、間違いありません。私がディオドラさんに捕まったとき、神殿の奥で私はこの霧に包まれてあの装置に囚われていたんです」
やっぱり。だとするとこれは―――。
「―――『
僕はアーシアさん達に歩み寄りながらそう言う。
「神滅具のひとつだったはずだよ。アザゼル先生やディオドラ・アスタロトがそれについて話していた。おそらく、これが……」
僕はその場で屈み、足元の霧を手で掬うように集める。『
「……ギリ……ッ!」
僕は一誠さんの事を思い出して、思わず歯軋りをしてしまう。……あれから、僕たちは一誠さんと会っていない。いや、家に、一誠さんの自宅に帰ろうとはした。だが、それはサーゼクスさまやアザゼル先生に止められた。もし万が一の事が有っても守ってやることはできないと……、
僕は思わず血が出るほどに、手を握りしめていた。
正直に言って、僕は自分自身が情けない。いつもこうなのだ。いつも誰かに守られてばかり。そして、自分が誰かを守れたことなんて一度もない。聖剣計画の時もそうだ。僕は同士に逃がしてもらったからこそ、生きながらえた。その後の生活や生きるすべだって、部長や師匠に与えてもらった物だ。ライザー・フェニックスとのレーティングゲームやコカビエルの襲来。そしてディオドラ・アスタロトの事件。その全てだって結局は一誠さんが片付けた。ソーナ会長とのレーティングゲームだって僕は匙君に負けた。結局僕は一度も……、
「おまえら、無事か?」
空からの声。ハッとして顔を上げれば、黒い翼を羽ばたかせてアザゼル先生が飛んで来ていた。
僕たちの隣に降り立つと、翼をしまいながら言う。
「俺たち以外の存在はこの周辺からキレイさっぱり消えちまっている。……この様子だと、渡月橋周辺とまったく同じ風景をトレースして作り出した別空間に強制転移させられたと思って、間違いないだろう」
僕はひとつ、疑問に思ったことがあるのでアザゼル先生に訊く。
「ここを形作っているのは、悪魔の作るゲームフィールドの空間と同じものですか?」
僕がそう訊くと、先生は辺りを警戒しながら答える。
「ああ、三大勢力の技術は流れているだろうからな。これはゲームフィールドの作り方を応用したんだろう。―――で、霧の力でこのフィールドに転移させたというわけだ。『絶霧』の霧は包み込んだものを他の場所に転移させる事ができるからな。……殆どアクションなしで俺とリアスの眷属を強制転移させるとは……。これだから、神滅具は怖いんだ」
先生の言葉を聞いて、隣にいた小さな女の子―――九重ちゃんが震える声で口を開く。
「……亡くなった母上の護衛が死ぬ間際に口にしておった。気がついた時には霧に包まれていた、と」
その言葉に反応するかのように渡月橋のほうから、複数の気配が現れる。薄い霧の中から人影がいくつも近づいてき、僕たちの前に姿を現す。
「初めまして、アザゼル総督」
そう、あいさつをしたのは学生服を着た黒髪の青年だった。学生服の上から漢服を羽織っている。
その青年が手に持っている槍から不気味なオーラを感じる。すくなくとも、ただの槍じゃないだろう。
黒髪の人、若い。見た目だけなら僕とひとつかふたつぐらいしか違わないだろう。
その青年の周囲には、似たような学生服を着たのが複数人いる。だれもかれも若い男女ばかりだ。全員、僕たちと、そう歳は変わらないだろう。
「お前が英雄派を仕切っている男か?」
先生の問に、槍を持っている青年が答える。
「曹操と名乗っている。一応三国志で有名な曹操の子孫だよ」
曹操―――。曹操孟徳:三国時代に魏を作った三国の王の一人。詳しいことは省くが、三国時代の勝者と言っても過言ではない、まごうことなき大英雄。
アザゼル先生は相手から視線を外さずに、僕達に向けて言った。
「全員、あの男の持つ槍には絶対に気をつけろ。最強の神滅具『
『―――ッ!?』
アザゼル先生の言葉に僕たちは酷く狼狽する。正直男の正体よりも、あの聖槍に驚きを向ける。
「あれが天界のセラフの方々が恐れている聖槍……っ!」
イリナさんが口元を震わせながらそう言い、ゼノヴィアも低い声で声を発する。
「イエスを貫いた槍。イエスの血で濡れた槍。―――神をも貫ける絶対の槍っ!」
ロンギヌス。イエスを殺した際に使用された槍が、イエスの血に触れた物として聖遺物となったものである。ロンギヌスという名前の由来は諸説あるが、これはイエスの腹を刺した人物がロンギヌスという名前だからだという。これが一番ポピュラーかもしれない。この聖ロンギヌス。彼自身は盲目で、イエスの脇腹を槍で刺した際にイエスの血が目に入り視力を取り戻した。そのことから彼は改心、洗礼を受けたとも言われる。
神の子たるイエスを貫いた彼の槍は、あらゆる神仏を屠る絶対の槍でもある。
「あれが聖槍……」
隣を見れば、アーシアさんが虚ろな瞳で槍を見つめていた。まるで、槍に意識を、魂を吸い込まれていくような―――。
バッ。
アザゼル先生が素早く翼で槍の姿を見えなくする。
「アーシア。信仰のある者はあの槍を強く見つめるな、心を持っていかれるぞ。聖十字架、聖杯、聖骸布、聖釘と並ぶ
九重ちゃんが憤怒の形相で曹操に叫ぶ。
「貴様! ひとつ訊くぞ!!」
「これは小さな姫君。なんでしょう? この私ごときでよろしければ、何なりとお答えしましょう」
曹操の声音は平然としている。が、明らかに何かしらを知っている口調だ。
「母上を攫ったのはお主たちか!?」
「ええ、我々ですよ」
曹操はあっさりと認めた。やはり、こいつ等が京都を束ねる八坂さんを攫ったのか。
「母上をどうするつもりじゃ!?」
「貴女の母君には、我々の実験に少々お付き合いしていただくのですよ」
「実験じゃと? お主ら、何を考えておる!?」
「スポンサーの要望を叶えるため、というのが建前ですね」
九重ちゃんは目にうっすらと涙を溜め、歯を剥き出しにしながら激怒していた。それもそうだろう。母親を攫われたあげく、わけのわからない実験をさせられるというのだから。
「スポンサー……。オーフィスの事か? それで突然こちらに顔を見せたのはどういうことだ?」
先生が問い詰める。
「隠れる必要もなくなったのでね。実験の前にあいさつがてら少し手合わせをしておこうと思いましてね。俺もアザゼル総督にはお会いしたかったのですよ」
アザゼル先生は手に光の槍を掴みながら言う。
「わかりやすくてけっこう。九尾の御大将を返してもらおうか? こちとら、妖怪との協力提携を成功させたいんでね」
先生が構えるのと同時に、僕たちも構える。……そういえば、ロスヴァイセさんがいない。
「アザゼル先生。ロスヴァイセさんはどうしたんですか?」
僕の問に先生は嘆息した。
「あいつもこちらに転移しているが、店で酔いつぶれて寝ている。一応俺が強固な結界を張っておいたから、そうそう酷いことにはならんと思うが……」
ロスヴァイセさんは元北欧のヴァルキリーで、オーディンさまのお付きでもあった。しかし、前回の騒動のあとオーディンさまに日本に置いて行かれ、途方に暮れているところをアザゼル先生が保護。その後先生の紹介で、部長が『戦車』の駒を使い、悪魔へと転生させたのだ。
……ちなみにロスヴァイセさんは今現在、先生から没収した酒を飲んで酔っ払い、ダウンしている。
―――と、曹操の横に小さな男の子が出てき、曹操がその男の子に話しかける。
「レオナルド、悪魔用のアンチモンスターを頼む」
レオナルドと呼ばれた少年は、無表情にコクリと小さく頷く。―――途端、少年―――レオナルドの足元に不気味な影が広がっていく。影はどんどん広がっていき、渡月橋全域を包むほどになった。さらにその影が盛り上がり、形を形成していく。
腕が、足が、頭が形成されていき、目が生まれ口が裂ける。それは数十……いや、百は超えている。
それを見て、先生がぽつりと呟いた。
「―――『
その言葉を聞いて、曹操は笑んだ。
「ご名答。そう、この子が持つ神器は『神滅具』のひとつ。俺が持つ『黄昏の聖槍』とは別の意味で危険視されている、最悪の神器だ」
その言葉を聞いて、僕達に戦慄が走る。『
アザゼル先生が相手を見据えながら、僕達に説明をしてくれる。
「あの男児が持っている神器はおまえのと同じ創造系の神滅具だ。神滅具は現時点で確認されているもので十三―――。グリゴリにも神滅具所有者がいるが……。その神滅具の中でもあの神器の性質―――能力が『赤龍帝の籠手』や『白龍皇の光翼』よりも凶悪なんだ」
「『赤龍帝の籠手』や『白龍皇の光翼』よりもですか!?」
アザゼル先生の言葉を聞いて、僕達は驚愕した。あれだけ出鱈目な力を見せた二つの『
そんな僕たちの内心を悟ったのだろう。首を横に振るう。
「直接的な威力なら兵藤やヴァーリの神器の方が遥かに上だ。ただ、能力がな……。あれは木場の『魔剣創造』、その魔獣版だ。いかなる魔獣をも創りだすことができる。たとえば、怪獣映画に出てくるような全長何百メートル、口から火を吐く怪物。そんな怪物を数十、下手したら数百の規模で創りだせる。『絶霧』と並ぶ『
「どちらも世界的にヤバイ神器って事ですね。流石は『
先生も僕の言葉に苦笑する。
「今のところ、どちらもそこまでの事件には至った事例は無い。何度か危ない時代はあったけどな。……しかし、『黄昏の聖槍』、『絶霧』、『魔獣創造』。神滅具の上位クラスを三つも保有か。……それらの所有者は本来、生まれた瞬間に俺のところか、天界、悪魔サイドが監視体制に入るんだが……。二十年弱、俺達が気づかずにいたってのはどういうことなんだ? それとも誰かが故意に隠したのか……。過去の神滅具所有者に比べると、現所有者はほぼ全員、発見が難航しているからな……」
聞いた話じゃ、偶々保護したヴァーリが、偶々神滅具を所有していたと言っていた。『赤龍帝の籠手』の所有者も成り行きで発見したようなものだ。
「……何か、現世に限って因果関係があるのか? 元々神滅具自体が神器システムのエラー、バグの類だとされているからな……此処に来て、それらの因果律が独自のうねりを見せ、俺達の予想の外側へと行ったのか? それは勘弁願いたいところだが……。ヴァーリや兵藤なんて特異な存在への二天龍の発現、英雄の子孫に狙ったかのように宿った上位神滅具……。」
先生が自問自答している。そんな先生に痺れを切らしたのか、曹操が口を開く。
「この子はただ一つの方面に優れていてね。相手の弱点をつく魔物―――アンチモンスターを生み出す力に特化しているんですよ。今出したモンスターは対悪魔用のアンチモンスターだ」
曹操がそう言った瞬間、モンスターの一匹が口を大きく開け、一条の光が発せられた。それは近くに存在した店のひとつを吹き飛ばし、強烈な爆発を巻き起こす。
「光の攻撃、こいつは―――っ!」
爆風のなか、先生が叫ぶ。
「貴様! 各陣営の主要機関に刺客を送ってきたのは俺達のアンチモンスターを創りだすデータをそろえるためか!?」
「大体半分正解かな。まぁ、それ以外にも目的はあったんだけどね。情報収集と共に禁手使いを増やしつつ、アンチモンスターの構築をおこなった。おかげで悪魔や天使みたいな、メジャーな存在のアンチモンスターを創れるようになったよ」
憎々しげに睨む先生だが、一転して笑みを作り出す。
「だが、神殺しの魔物だけは創り出せていないようだな?」
そんな先生の言葉に、曹操は反論しなかった。
「各神話の神が殺されれば、この世界に影響が出てもおかしくない。それをしないってことは、できないって事だ。―――まだ、神殺しの魔物は生み出せていない。これが分かっただけでも収穫はデカイ!」
そんな先生の言葉に、曹操を含む英雄派のメンバーは―――嘲笑していた。
そんな英雄派の反応を見て、先生が叫ぶ。
「なにが可笑しい!」
曹操は、表情を変えることのないまま答える。
「ハハハハッ! これは失礼をしました。アザゼル総督殿。違う、違うんですよ。確かに神殺しの魔物は生み出せない。だが、そもそも生み出す必要すらないんです」
その言葉を聞いて、僕たちは驚愕する。その言い様はまるで、神すらも簡単に屠れると言っているように思えたからだ。
「どういうことだ!?」
「確かに、有象無象の存在はアンチモンスターで十分でしょう。しかし、アザゼル総督。貴方みたいに聖書に記されるような堕天使、悪魔の王である魔王、天界を治める熾天使。そして各神話の神仏達。……これらは俺達が直接屠らねばならないのですよ。
―――少なくとも、
「それはいったい―――」
「―――無駄話は此処までだ。さ、戦闘だ。―――はじめよう」
それが開戦の合図となった。
アンチモンスターがこちらに大挙してこちらに向かってくる。僕とゼノヴィアが前線に立ってアンチモンスターを切り刻む!
「曹操! お前は俺がやらしてもらおうか!」
先生が人工神器の黄金の鎧を身に纏い、高速で曹操に向かっていく。
「これは光栄だ! 聖書に記されし、彼の堕天使総督が俺と戦ってくれるとは!」
曹操の槍と先生の槍がぶつかり合い、辺りに衝撃波をまき散らす。その衝撃で桂川が大きく波立ち、舞いあがった水しぶきがまるで雨のように降り注ぐ。二人は高速で槍を交えながら下流の方へ向かって岸を駆けていく。
「さて、僕もやろうかな」
一人の男性が一歩前に出た。腰に携えていた鞘から剣を抜き放つ。
「はじめまして、グレモリー眷属。僕は英雄シグルドの末裔、ジーク。ジークフリートとも呼ばれているけど、好きな方で呼んでくれて構わないよ」
笑みさえ浮かべるジークフリートの顔を見て、怪訝な表情をしていたゼノヴィアが何か得心した様に頷いた。
「ジークフリート……どこかで見た顔だと思ったが、やはりそうなのか?」
ゼノヴィアの言葉にイリナもうなずく。
「ええ、間違いないと思うわ。あの腰に在る魔剣から考えても、絶対にそう」
そんな二人の会話を無視する様に、ジークが僕に斬りかかってくる。―――っ!? 速いうえに、なんて重さだ!
「うちの組織では、派閥は違えど『聖王剣のアーサー』、『魔帝剣のジークフリート』として並び称されている。聖魔剣の木場祐斗程度では相手にもならない」
あのアーサーと同格ということか。確かに僕じゃ相手にならないかもしれない。……でも、流石に今のはムカついたよ。
僕は冷笑を浮かべながら、ジークへと話しかける。
「そう言うキミも大したことないね、ジークフリート。人間、それも英雄の子孫が御大層に本物の魔剣を所持しているのにこの程度。……少なくとも、僕が知っている人間より遥かに弱い。口先だけというのは悲しいね」
僕はそのまま手に持っていた聖魔剣をジーク目掛けて投げる。ジークはそれを難なく弾き、そのまま突っ込む僕を迎撃しようとして、魔剣が僕の体をすり抜ける。驚愕して隙を作ったジークへ僕は聖魔剣を振りかぶる。しかし、相手は元教会トップクラスの剣士。すぐに気づき、後退する。が……、
「―――っ!?」
完璧には避けきれなかったようで、頬から軽く血が流れる。……掠った程度か。
「凄いな。どういうトリックだい? 確かに僕が斬ろうとしたキミは本体だった」
本当に驚いたといった感じで僕に話しかけてくるジーク。
「簡単に種明かしをすると思うかい? ……と言いたいところだけど、この程度の小手先の技くらいならいいさ。案外、最近のスポーツというのもバカにできなくてね。古武術は勿論、アメフトやラグビーなんかの歩法を研究したのさ」
僕の説明を聞いて、なるほどと納得するジーク。どうやら今の説明だけで理解したようだ。
「なるほど。僕の目の前に来たとたん、歩法を変えることで緩急をつけたのか。無茶をするね。一歩間違えればキミは真っ二つになっていたよ?」
「英雄の末裔程度であるキミが相手だからこそ、できたことさ」
僕の皮肉たっぷりの言葉を聞いて、ジークは苦笑する。
「確かにキミの事を見誤っていたようだ。謝罪代わりと言ってはなんだが、僕も本気を出そうじゃないか」
そう言って、ジークはもう一本剣を抜く。
「魔帝剣グラム。僕がさっきまで使っていた魔剣最強の剣だ。そして、今抜いたのはバルムンク。北欧に伝わる伝説の魔剣の一振りだよ。さらに―――」
そこで、ジーク本人に異変が起きる。彼の背中から銀色の鱗で包まれた様な腕が出現する。それはまるでドラゴンの腕の様だった。その腕はさらに腰から剣を抜き放つ。
「この腕は『龍の手』さ。ありふれた神器のひとつだけれど、僕のはちょいと特別でね。ドラゴンの腕みたいなものが背中から生えてくるんだ。……亜種だよ。そして、これはノートゥング。これも伝説の魔剣さ」
僕はそれを見て、厳しい表情を作る。
「……同じ神器使い。けれど、キミは剣の特性どころか、その神器の能力すらまだ出していない」
「ついでに言うなら、禁手にもなっていなけれどね。キミには本気を出す価値はあるけど、全力を出さなければ為らないほどじゃない」
そんな事をジークが言っている間に、アザゼル先生が僕たちの近くに降りてくる。見れば、下流方面が荒れ地、焦土とかしていた。
先生の鎧は所々壊れていて、翼もボロボロだ。
曹操の方も制服や羽織っている漢服が破れている個所がある。……アザゼル先生相手にあれだけなのか。これが英雄派……。これが最強の神滅具、『
「……心配するな。お互い本気じゃない。ちょっとした小競り合いだよ」
曹操は首をコキコキ鳴らしながら言う。
「いい眷属悪魔の集団だ。これが若手でも有名なリアス・グレモリー眷属か。もう少し、楽に戦えると思ったんだがな……。以外にやってくれる。―――俺たちは旧魔王派のように油断はしないつもりだ。将来、キミたちは脅威となるだろう。今のうちに摘むか、もしくは解析用のデータを集めておきたいものだな」
―――っ! こいつらは今までの奴らと違って、僕達を見下したりしていない。強者故の驕りといったものを感じさせない格上は厄介だ。
先生は曹操に改めて問う。
「ひとつ、訊きたい。貴様ら英雄派が動く理由はなんだ?」
曹操は目を細めながら答える。
「堕天使の総督殿。理由は二つあるが、以外に俺達の活動理由はシンプルだ。『人間』としてどこまでやれるのか、知りたい。そこに挑戦したいんだ。それに悪魔、堕天使、ドラゴン、その他諸々。―――超常の存在を倒すのはいつだって人間だ。―――いや、人間でなければならない」
「英雄になるつもりか? って、英雄の子孫だったな」
曹操は人差し指を青空に真っ直ぐ突き立てた。
「―――よわっちい人間のささやかな挑戦だ。
―――人間か。……ああ、曹操認めよう。人間はとても恐ろしい存在だ。時に魔王や神すらも屠る存在が出てくる。
「―――よわっちい人間か。……言ってくれるぜ。俺達超常の存在が、そのよわっちい人間相手にどれだけ神経削っていると思ってんだ……っ!」
先生は苦汁を飲んだ様な表情で、そう呟く。その呟きを聞いて、曹操は笑みを作りながら口を開く。
「そう、それがもう一つの理由。―――総督殿。貴方は先ほどの会話を覚えているか?」
「俺や魔王、各神話の神仏は直接屠らなきゃ意味がないってやつか?」
その言葉を聞いて、曹操は満足そうにうなずく。
「そう、俺達英雄派のもう一つの行動理由。それは―――最強への挑戦だ」
その言葉を聞いて僕たちは愕然とする。それはつまり―――、
「―――赤龍帝に、―――『兵藤一誠』に挑むつもりか?」
「ああ、その通りだよ。総督殿。彼は『人間』だ。『無限』や『夢幻』を降そうと、彼が『人間』であることに変わりはない。憧れるじゃないか。よわっちい『人間』が神や魔王はおろか、最強のドラゴンすらも寄せつけないほどに強いなんて。だからこそ、同じ人間として俺たちは彼に挑みたい。―――堕天使の総督殿。あなたや魔王、世界中に存在する神仏達。それらは彼に挑むための前座に過ぎない。いや、貴方がた超常の存在を自らの手で屠れないようでは、俺達には資格すらない! 少なくとも、その程度の事ができずに彼に挑む等と言うことは!!」
堕天使の総督や魔王、更には各神話の神仏を屠る。それをその程度と言いきる曹操からは、覇気の様なものが出ていた。
―――ああ、彼らも魅せられたのだ。兵藤一誠と言う名の『人間』に。僕達悪魔ですらそうだったのだ。何時か追いつきたい、いつか足手まといにならないくらいに強く。そう思っていた。まるで僕たちや曹操はイカロスだ。太陽に恋焦がれて、下を向きもせずに空へと舞い上がった……。だが、ロウで作られた翼を太陽は容赦なく焼き、溶かす。
―――曹操。いずれキミたちも地に落ちるんだろうね。僕たちと同じで……。
心中でそう思っている時だった―――。
パァァァァァァアアッ!
僕たちと英雄派の間に魔法陣がひとつ、輝きながら出現する。……知らない紋様だ。
「―――これは」
どうやら、先生は知っているようだった。誰だろうか? 少なくとも悪魔ではない。怪訝に思う僕たちの眼前に光と共に現れたのは―――魔法使いの格好をした、外国の女の子だった。中学生くらいだろうか? 小柄だ。
女の子はくるりとこちらに体を向けると、深々と頭を下げた。
ニッコリ笑顔で、僕達に微笑みをかけてくる。
「はじめまして。私はルフェイ。ルフェイ・ペンドラゴンです。ヴァーリチームに属する魔法使いでした。以後、お見知りおきを」
ヴァーリチーム、更にはペンドラゴン。まさか、彼女は―――、
先生が女の子、ルフェイさんに訊く。
「……ペンドラゴン? おまえさん、アーサーの何かか?」
「はい、アーサーは私の兄です。いつもお世話になっています」
先生があごに手をやりながら言う。
「ルフェイか。伝説の魔女、モーガン・ル・フェイに倣った名前か? 確かモーガンも英雄アーサー・ペンドラゴンと血縁関係にあったと言われていたが……」
ルフェイさんは笑顔を浮かべたまま、僕の方を見る。
「貴方が『聖魔剣』の木場祐斗さんですね? お噂はかねがね聞いています」
アーサーが話したのだろうか?
いきなりの事態に、曹操側もどう出ていいものか、当惑している。……だが、頭をポリポリ掻きながら、曹操が息を吐く。
「ヴァーリのところの者か。それで、なんの用だい? 俺たちはヴァーリに何かした記憶はないんだが?」
曹操の問にルフェイさんは屈託のない満面の笑みで返した。
「はい! 私は今、赤龍帝の兵藤一誠さまのところにお世話になっているんです。此処に来たのは、一誠さまからお使いを頼まれたからです。それではお伝えしますね! 『てめぇ等が京都で企んでいることや、攫われた八坂については至極どうでもいい。まったくもって、欠片程の興味も無い。だが、仮にも最強の『
ルフェイさんがそう言った瞬間、大地を揺り動かす程の振動がこの場を襲う。地面が盛り上がり、何か巨大なものが出現した。それは地を割り、土を巻き上げながら地中から姿を現す。
『ゴオオオオオオオォォォォォオオッ!』
それは雄叫びをあげる巨人らしき巨大な物体だった。―――いや、それよりも今彼女はなんて言った? 一誠さんの使い? どういうことだ? 何故彼女が?
「―――ゴグマゴグか! いや、それよりもお前さんさっき……」
「この子はゴグマゴグのゴッくんです♪ 以前にオーフィスさまが、動きそうな巨人を次元の狭間で感知したことがあるとおっしゃっておられまして。そのことを一誠さまにお話したら、態々次元の狭間から持ってきてくださいました」
更にルフェイさんの横に魔法陣が展開され、そこから一匹の狼が出てくる。
「オオォォォォォォォォォオオンッ!」
あれは!? 僕はいきなり出現した狼を見て、驚愕する。僕だけではなく、曹操たちや先生も驚いている。
「『
曹操の叫びに、ルフェイさんは笑顔で答える。
「はい! 以前、一誠さまのご厚意で主従の契約をさせていただきました。兵藤家の番犬、フェンリルちゃんです♪」
フェンリルはその場から動こうとせず、ゴグマゴグの一撃が渡月橋を粉砕する。ゴグマゴグの一撃は、大量のアンチモンスターを屠った。
「ハハハハ! 赤龍帝殿が俺達程度に、僅かとはいえ期待してくれるとはな! ならば、応えようじゃないか! その程度の事ができなくて、何が英雄の子孫か!!」
曹操は愉快そうに高笑いをしながら、槍をゴグマゴグに向ける。
「伸びろッ!」
曹操がそう叫んだ瞬間、槍の切っ先が伸び、ゴグマゴグの肩に突き刺さる。ゴグマゴグはその一撃で体勢を崩され、その場に倒れる。
曹操達、英雄派がいきなり霧に囲まれ始める。曹操は霧に包まれながら言う。
「少々、入り乱れすぎたか。―――が、祭りの始まりとしては上々だ。アザゼル総督!」
曹操は僕達に向かって、楽しそうに宣言する。
「我々は今夜、この京都という特異な力場と九尾の御大将を使い、二条城でひとつ大きな実験をする! ぜひとも制止するために我らの祭りに参加してくれ!」
霧はしだいに僕たちをも包んでいき、直ぐに視界全てが霧に包まれた。隣にいるはずの先生達すら見えないほどだ。
「おまえら、空間がもとに戻るぞ! 攻撃を解除しておけ!」
僕は先生の言葉を聞き、直ぐに聖魔剣を消す。
………………。
一拍あけ、霧が晴れたとき―――そこには観光客であふれている渡月橋があった。よかった、どうやら無事に元の空間に戻れたようだ。
「…………」
ルフェイさんがいない。ゴグマゴグやフェンリルも同様だ。どうやら、霧が晴れたのと同時に消えたらしい。
ガンッ!
先生が電柱を横殴りしていた。
「……ふざけたことを言いやがって……ッ! 京都で実験だと……? 舐めるなよ、若造が!」
アザゼル先生は本気でキレているのだろう。こんなに怖い先生を見たのは初めてかもしれない。
「……母上。母上は何もしていないのに……どうして……」
体を震わせる九重ちゃん。僕は頭を撫でてあげるくらいのことしかできなかった。……見れば、アーシアさん達が落ち込んでいた。僕だって同じ気持ちだ。ルフェイさんの言うことが本当なら、一誠さんと一緒に居るのは彼女だ。
部長、僕たちは二度と一誠さんとは―――。
一誠を人間のままで物語を進めるのは、当初からそう決めていました。そして、一誠が『人間』だからこそ、なりえるであろう原因なんかも書きたかったんです。……おかげでモンハンが全然できてないけどね!
次話がいつになるか分かりませんが、完結目指して頑張っていきます!