西住みほの恋物語   作:葦束良日

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※劇場版のネタバレが含まれます。未視聴の方はご注意ください。


西住みほの恋物語・劇場版1

 

 

 今日は最高の一日になる。そう誰もが思っていた一日だった。

 

 

 

 

 

 

「……本当に、みほさんとの試合は気が抜けないわ。まるでビックリ箱のよう」

 

 聖グロリアーナ女学院の戦車道チーム。その総隊長であるダージリンは、自身の乗機であるチャーチルの中で、紅茶を片手にしみじみと言う。

 みほの戦術はこれまでにない奇策が多く、予想がつかない。だからこそ気を抜く暇など全くない。いつ、どこから、その策が牙を剥いてくるかわからないからだ。

 周囲を木に囲まれたゴルフコース。そのバンカーの中に追い詰められた状況の中、吐息と共にこぼしたその呟きに。

 

「でも、それが楽しいんですよね?」

 

 装填手としてダージリンの前に座っていたオレンジペコが振り返って反応する。

 それに対して、ダージリンはふわりと微笑んだ。

 

「さぁ。どうかしら?」

 

 目は口ほどにものを言う、という言葉がある。それに当てはめれば、微笑むダージリンの目は、まさにオレンジペコの指摘通りの色を見せていた。

 大洗・知波単の連合チームからの砲撃が傍を掠める。着弾の振動に揺られながら、ダージリンはこれから取るべき戦略を脳裏に描き、ゆっくりと紅茶を啜った。

 

「あとはカチューシャがいつ抜けてくるか、ね。その後は……大洗の町はとても入り組んでいるから、大変そうだわ」

「ダージリン様は、みほさんがまた市街戦に持ち込むと?」

 

 オレンジペコの問いかけに、ダージリンは微笑んだ。

 

「ペコ。みほさんの一番恐ろしい所は、思いもよらない策を思いつく閃きよ。そして同時に、それを信じて疑わずに遂行する実行力。普通であれば、避けるだろう方策だというのに」

 

 カップをくいっと傾けて口の中を潤す。

 

「街中は建物や物が多く、道は狭い。みほさんにとっては最高の戦場ね。なにせ、周りが作戦に利用できるものばかりなのだから」

「なるほど……」

「だからこそ、私も頭を休める暇がないのだけれど」

 

 ダージリンが嘆息混じりにこぼすと、同じく車内に座っていたチャーチルの砲手――アッサムが振り返った。

 

「……ダージリン様のお考えでは、この後は?」

「さぁ? 勝負は水もの。“勝利の女神は気まぐれだから”。けれど――」

 

 手に持ったカップをソーサーに置く。今も行われている砲撃に晒されながら、バンカーを越えた向こうにいる好敵手の姿を思い描きながらダージリンは笑う。

 

「視野を広げて、“少し高い所”から見ればわかることもある。私が言えるのは、それぐらいかしら」

 

 何も気負うことはないとばかりに常の泰然とした態度で言ったダージリンの姿に、オレンジペコとアッサムは改めてその頼もしさを感じていた。

 戦場を俯瞰して捉える、という言葉にすれば簡単な事。しかし、それは本来人間には難しく、類稀な空間把握能力が要求される。

 一流のスポーツ選手であっても限られた存在しか持ち得ないそのセンス。そして、それを如何なく発揮できる指揮能力。それでいて驕ることなく分け隔てなく人に接する人柄。

 

 聖グロリアーナ女学院の誇る総隊長、ダージリン。

 

 絶え間なく降る砲弾の中にあっても、この人がいれば何とかなる。そう思わせてくれる姿に、車内の二人は力強い表情で前へと向き直り、覗き窓から周囲への警戒を始めるのだった。

 

 

 

 

 

「うー……! なんなのよ、あいつら! チマチマチマチマ撃ってきて! このカチューシャの進路を妨害するなんて、粛清ものよ!」

『落ち着いてください、カチューシャ』

 

 ガンガンと近くの機材を蹴る音まで律儀に拾う通信機越しに、ノンナは激昂しているカチューシャを諌めた。

 彼女らプラウダ高校は今、聖グロリアーナ女学院とチームを組んで、大洗・知波単連合チームと対戦している最中である。そして、ダージリンからの要請を受けて合流を目指したところで、いきなり丘の上からの集中砲火を受けて立ち往生しているのだった。

 足止めを食らう。自分の思惑とは反した状態に置かれていることに、カチューシャは癇癪を起こしているのだった。

 

『みほさんのことですから、我々が迂回して合流を目指すことを読んでいたのでしょう。地の利を活かした伏兵……地元ならでは、といったところでしょうか』

「ミホーシャの考えなんて、カチューシャにも読めているわよ! ただ、知波単もいるのにあそこまで役割に徹するなんて思わないじゃない!」

『挑発すれば突っ込んでくる、というのはカチューシャが言っていましたね。どうやら、大洗の方々が上手く抑え込んでいるようです』

 

 知波単学園といえば、何はともあれ突撃、というのが近年多くの学校にて認知されているイメージである。そのため、実に組みしやすい相手であるとも言われていた。

 カチューシャもそのことをよく知っていたからこそ、挑発すれば耐え切れずに突撃してくるだろうと高をくくっていたのだ。

 しかし、実際はそうなっていない。ノンナが言うように大洗が上手く抑えているのか、はたまた指示を覆すほど考え無しではなかったか。カチューシャはどちらにせよ予想外のことに、歯ぎしりをした。

 

『せっかく、ダージリンさんに大きな顔が出来るところだったのに、残念ですか?』

「う、うるさいわね! それより、何とかならないの!?」

『今は隙がありません。焦らず、時を待ちましょう』

『Катюша. Я тоже так думаю(カチューシャ。私もそれがいいと思います)』

「ぐぬぬ……クラーラ! 日本語をしゃべりなさいよ!」

『Что?(はい?)』

 

 ロシアからの留学生、T-34/85に乗るクラーラからも通信が返ってきたが、ロシア語がさっぱりわからないカチューシャには理解できない。

 そのため、クラーラがカチューシャらと行動を共にするようになってからというもの、このやり取りはプラウダの面々にとっては見慣れたものとなっていた。

 まったく、と車長席にてふんぞり返りながら、カチューシャは丘の上に陣取っている幾つかの戦車をギロリと睨みつけた。

 

「見てなさい! 絶対にミホーシャに、今度こそは土をつけてやるんだから!」

 

 全国大会準決勝での悔しい思いをカチューシャは忘れたことはない。みほのことは嫌いではないが、それとこれとは話が別だった。

 負けたからには、勝ってやり返す。そう、カチューシャは負けず嫌いなのだ。

 ノンナが言う動く時。その時を決して見逃さないよう、カチューシャは集中して戦況を眺めた。

 

 

 

 

 

 かくして、大洗女子学園の全国高校戦車道大会優勝を記念したエキシビジョンマッチは、白熱した様相を呈していく。

 そんな中、大洗・知波単連合を率いるみほは自身の愛機であるⅣ号戦車から顔を出して周囲を警戒しつつ指示を飛ばしていた。咽喉マイクに手を当て、チームメンバーたちに次の行動を示していく。

 そうして自分たちも移動していく中、僅かに空いた時間に、足元の優花里から声が掛けられた。

 

「こちらはもうほぼウチだけになってしまいましたね。知波単の方々も頑張ってくれましたが……」

 

 みほは、優花里の残念そうな声音に頷きながらも、その顔には少し苦笑が浮かんでいた。

 

「そうだね。なにかと突撃したがるのには、ちょっと驚いたけど……」

「勇敢な方々ですよね。今回は裏目に出てしまいましたけど……」

 

 華が言うように、知波単の戦術は実に勇敢で、かつシンプルだった。砲撃で牽制し、隙があれば突撃して一気呵成に勝利を掴む。細かな策略を取っ払ったその戦いぶりは、ハマれば恐ろしく強敵なのだろうとみほに思わせるには十分だった。

 しかし、それは様々な事前準備によって状況が整ってからの話である。少なくとも、今回はまだその状況は形作られていなかった。

 最初に突撃をし始めてしまったのは、恐らくグロリアーナがバンカーの中に籠もって動かなかったからだろう。その中で、撃破出来たというのも大きい。結果として、知波単のメンバーの一部は「今が好機!」と勘違いしてしまったのだ。

 

 このあたりの原因は、知波単のメンバーとしっかり事前に意思疎通をしておらず、グロリアーナのやり方や大洗のやり方を熟知させることが出来なかった点にある。

 それをどうにかするのが隊長の役目であることは明白で、みほはこれを自分のミスであると考えていた。もう少し西さんと話をして互いのことを知っておくべきだったと、今更ながらに思う。

 味方の特性を最大限に生かすのが指揮官の役割だ。みほは知波単の人たちが撃破されてしまったことで、悔やみながらそのことを実感した。

 

 西さんには申し訳ないことをしてしまった。あとできちんと謝って話をしよう。そしてお互いの戦車道について理解を深められたらいいな。

 

 そうみほは思うが、しかしそれが出来るのはこの試合が終わってからである。

 であるから、今はこの一瞬一瞬に全力を傾ける。きっと自分達を見てくれている、これまでずっと応援してくれた沢山の人に、勝利と喜びを届けるために。

 

 ――見ていてね、俊作さん……。

 

 ぎゅっと胸元で一度両手を握りこんで、みほはそう胸の奥で決意を新たにする。

 こうして彼の前で自分が戦車道をする姿を見せることは、そうそうあることではない。だからこそ、みほは自分の今の精一杯を彼に見てほしかったのだ。

 

「みぽりん!」

 

 車内から沙織に呼びかけられ、送られてくる通信にしっかり耳を傾ける。その中で自分が今いる位置と相手の思惑、それら全てを頭の中に巡らせて、みほは車内に顔を突っ込んだ。

 

「麻子さん、次を左折! そのまま一度、通りに出ます!」

「了解」

 

 短いが力強く返ってきた答えに頷いて、みほは再びハッチから上半身を出して周囲を睥睨する。

 感じるのは、風と煙と、心地よい揺れ。聞こえるのは、砲撃と地を這う履帯の音。

 

 ――自分はきっと、今感じているこの空気からは離れられないんだろうな。

 

 そんなことを改めて思い小さく笑んで、みほは再び指示を出すべく咽喉マイクに手を添えた。

 

 

 

 

 

 

 エキシビジョンマッチは、聖グロリアーナ・プラウダ連合チームに軍配が上がり、大洗・知波単連合チームは敗れた。

 その試合を、試合開始から勝敗が決する時まで見続けていた俊作は、知らず詰めていた息を吐き出して、緊張していた体を弛緩させた。

 

「……負けちゃった、かぁ」

 

 俊作が見つめる大きなモニターには、一面に聖グロ・プラウダチームの勝利という文字が躍っている。見間違いなどではなく、みほが率いる大洗・知波単のチームは負けてしまったのだとモニターをみて改めて実感する。

 どこか呆然としたように呟いた俊作に、隣で同じく観戦していた同僚が複雑そうな顔で声をかけた。

 

「……残念だったな、なんか」

 

 それは、直前に俊作とみほの関係を知ったがゆえの気遣いだった。自らの恋人が所属するチームが負けたとなれば、きっとショックも受けるだろうし思うところがあるだろうと俊作を慮ったのだ。

 しかし、変わらず画面を見る俊作の顔には、そういった様子は一切なかった。そのことに、声をかけた同僚は驚く。

 

「うん、残念だった。――けど」

 

 その気持ちがあることは肯定した俊作だが、その表情は柔らかく微笑んでいた。

 

「みほちゃんが笑っていてくれるなら、僕はそれでいいよ」

 

 画面の向こう。みほは笑顔でダージリンと握手を交わしていた。その隣では、カチューシャと知波単の隊長である西が。今度は握手の相手を交換し、再び。

 そうして四人はそれぞれ違った笑顔で、互いの健闘をたたえ合っていた。

 

 カチューシャが偉そうに胸を張り、ダージリンがそれに澄まし顔で突っ込みを入れ、カチューシャがムキになって声を荒げる。西は次こそはときりりと眉を上げて拳を握り、そんな彼女たちをみほが一歩引いて苦笑と共に見守っている。

 

 そこに敵だなんだという気持ちは一切なく、ただ純粋に戦車道に向き合って熱中する姿だけがあった。

 だからこそ、勝っても負けても彼女たちは笑っている。もちろん勝利の喜びと負けた悔しさはあるだろうが、それとはまた別のところで、彼女たちの心は通じ合っているのだろう。

 

 彼女たちだけの戦車道を通じて。

 

 だから、俊作としてはそれで良かった。黒森峰にいた頃とは違う、戦車に乗ることを楽しんでいるみほの姿は、それだけで俊作の喜びでもあった。

 

「……お疲れさま、みほちゃん」

 

 画面の向こうで、今度は仲間たちに囲まれて笑っている彼女に労いの言葉をかける。

 面と向かって声をかけることも後で出来るが、それでも、自己満足だとしても俊作は今その頑張りを認めて言葉を贈ってあげたかったのだ。

 今日の夜、みほたちは学園艦へと帰っていく。また暫く顔を合わせることは難しくなるだろうが、その時はまた電話やメールでお互いのことを伝え合っていけばいい。

 

 とりあえずは今夜、みほがその声と言葉で、どんな喜びの気持ちを聴かせてくれるのか。そのことを想像して、頬を緩ませる俊作であった。

 

 

 

 

 

 ――しかし、その俊作が予想した未来は訪れなかった。

 

 何故ならその夜。

 俊作の携帯にかかってきたみほの声は明らかに暗く、涙混じりだったからだ。

 

「……何があったの?」

 

 それは俊作に彼女の異常事態を知らせるには十分で、表情を真剣なものにしてみほに事情を聴く。

 そして、語られた内容はあまりにも彼女たちの努力とそれに伴った喜び、何よりこれから待つ未来を無碍にするもので、俊作の顔は途端に厳しいものになった。

 携帯電話を持つ手にも知らず力が籠もる。普段温厚といわれることが多い俊作にしては珍しい、それは本気の怒りだった。

 

 

 

 

 

 

 今日は最高の一日になる。そう誰もが思っていた一日だった。

 

 けれど、現実は異なる。

 

 廃校という現実を全国大会優勝という快挙で乗り越えた大洗女子学園。その面々に再び、大きな危機が迫っていた。

 

 

 

 

 

 




みぽりんはかわいい(かわいい)

今回は劇場版のお話となります。
前回の最後に劇場版のキャラクターの名前を出していましたし、エキシビジョンマッチ直前だったので、次のお話はやはり劇場版となりました。
前書きにも書きましたが、まだ見たことがない方はご注意くださいませ。

エキシビジョンマッチでは大洗・知波単連合と聖グロ・プラウダ連合が対決したわけですが、既にみほのことを知るダージリンとカチューシャがどんな感じだったのかを想像して書きました。
カチューシャは書いていて楽しかったです。

ダー様の”少し高い所”という表現は、彼女は大局的な視点を持っているという事(ガルパンFebri)から、サッカーなどでよく言う俯瞰的視点、いわゆる「鳥の目」で戦場を見ていると考えたからです。
あふたー2でも書きましたが、大洗と黒森峰と聖グロの三竦みの関係って面白いですよね。

続きでは出来れば愛里寿も書いてみたいですね。
また続きを投稿しましたら、その時はまたぜひよろしくお願いいたします。

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