「いやー、終わった終わった。なぁんか肩の荷が下りたって感じだよねー」
組んだ両手を天高く突き上げて体を伸ばす大洗女子学園生徒会長の角谷杏は、晴れ晴れとした表情で言うと、小さな肩を軽くとんとんと叩いた。
「会長、学園に帰るまでが全国大会ですよぉ」
「あー、そうだったそうだった。あっはっは」
「会長、遠足じゃないんですから……」
副会長の小山柚子が突っ込めば、杏は快活に笑い、広報の河嶋桃は二人の様子に若干呆れたように突っ込みを入れる。
杏が決め、柚子が動き、桃が助け、杏が締める。そのようにして阿吽の呼吸でこれまでやって来た生徒会メンバーである三人は、常のそんな関係を感じさせるやり取りをかわしていた。
戦車の中においても、杏の指示で柚子が走らせ、桃の装填によって杏が撃つ。まさしくいつも通りにすれば(桃が締めの砲撃を行わなければ)非常に頼りになるのが彼女たちだった。
戦車道全国大会の決勝。母校である大洗女子学園の廃校が懸かったその戦いにおいて、苦難に晒されながらも見事に優勝を果たしたメンバーである大洗女子戦車道の彼女たちは、真っ赤な夕日に照らされた会場の中を選手の待機室に向けて歩いていた。
先を行く三人の生徒会メンバーの後ろからは、ぞくぞくと他のメンバーたちが歩いてくる。
「なんにせよ、勝ってよかったよね!」
「これでわたし達って学校を救った救世主!?」
「帰ったらモテモテかもー」
「やったー!」
続く一年生チームは、山郷あゆみが喜びの声を上げ、大野あやが目を輝かせ、宇津木優季が想像を膨らませれば、阪口桂利奈が快哉を叫ぶ。
それらの騒ぎを纏め役である澤梓が窘め、丸山紗希がその横をぼうっとした表情でひょこひょこと歩く。
大洗のチームの中で最も人数が多く、またそれぞれが騒ぐことが好きなメンバーが多いだけあって、梓はリーダーとしてなんとも苦労が絶えない。
今にも羽目を外してお祭り騒ぎになりそうな仲間たちに、やんわりと注意を促す姿は一目で彼女が戦車の中では車長なのだとわかる。
そんな一年生たちの後ろでは、他のチームもまたそれぞれが互いに顔を合わせて笑みを浮かべながら楽しそうに会話をしている。
皆で掴み取ったこの優勝という結果に、高ぶる気持ちが抑えられないのだろう。誰もが勢い込んで喜びを露わにしている様は、まさに彼女たちは一つのチームであることを表しているかのようだった。
そしてそんな皆のことを、大洗女子戦車道チームの中心にして旗頭である――西住みほ、武部沙織、五十鈴華、秋山優花里、冷泉麻子の五人で構成される「あんこうチーム」は一番後ろから見守っていた。
「あはは……みんなテンション高いねぇ」
「……まぁ、気持ちはわかる」
沙織と麻子が苦笑い気味にそう言うが、その顔は前を歩く彼女らと同じように緩んでいた。
「なんといっても優勝ですからね! 全くの無名かつ戦車道の未経験者が多くを占めた我々が優勝する! これは戦車道の歴史に残る快挙ですよ!」
大洗に戦車道チームがあったのは過去の話。今や完全なる無名校である大洗が、たった八台、それも機種も特徴も性能もてんでバラバラの戦車を使い、隊長を除いて全員が戦車道未経験の初心者という中で、突然出場して優勝を獲得したのだ。
優花里が興奮するのも致し方ない話で、これはまさしく戦車道の歴史に残る類稀な偉業だった。事実、彼女たちは知らないが、後に今大会は「大洗の奇跡」と称されて長く大会史に刻まれることになる。
優花里の声を受けて、隣を歩く華は艶やかに微笑む。そして自身がみほから受け取った優勝旗をぎゅっと握った。
「本当に、とても価値のある勝利でしたわ」
「うん」
華が持つ優勝旗を見ながら、みほもまた心底嬉しそうに微笑んだ。
見渡せば、勝利の喜びに沸く沢山の笑顔が見える。そんな彼女たちの姿を見つめて、ふとみほの脳裏にこれまでの出来事が蘇ってきた。
黒森峰での出来事のせいで戦車道そのものに忌避感を抱いていた自分。戦車道のコースそのものがない大洗女子学園に転校したものの、何の因果か自分の代で戦車道が復活し、最終的に決めたのは自分だとしても流されるように戦車道を再び始めた。
しかし大洗の戦車道は一からのスタートだった。そもそも戦車がなく戦車を探すところから始め、操縦やルールさえもみんな知らない。ようやくまともに動かしたと思ったらいきなり模擬戦、それほど間を置かずに全国大会に参加ときた。
初心者だらけ、戦車の数も向こうが上。質も量も大きく劣りながら、それでもみほの采配とチームの協力、一人一人の機転と奮闘で勝ち進んだ。
そしてそんな中、なぜ会長がこうまでして戦車道を推し、性急に大会出場まで敢行したのかをみほたちは知る。
それは、大洗女子学園が廃校の危機に晒されており、それを回避するには政府が推し進めている戦車道、その大会で優勝して実績を作ることしかないということだった。
そういう約束を交わしているという事実を知ったみほたちの取った行動はただ一つ。決して諦めず、お互いを信じ、最後の最後まで全力で戦って勝つ。そのために心を一つにする。ただそれだけだった。
その結果が、この目の前にある笑顔である。
仲間全員、互いが互いを思いやり、決して見捨てず、一丸となったからこそ得られたもの。かつて黒森峰でみほがついぞ得ることが出来なかったものだった。
仲間と共に、仲間を大切にして戦う。そして勝つ。それがみほの戦車道。
それを見つけることが出来たこと。気づかせてくれた得難い仲間が出来たこと。見つけた道を憧れである姉に見せて認められたこと。そして皆で帰る場所を守れたこと。
その全てが嬉しくてたまらなかった。
待機室に戻ったらすぐに電話を掛けよう。そしてあの人にも伝えたい。今の自分の、このどうしようもなく溢れてくるこの気持ちを。
そんなことを考えながら、ふと顔を上げて歩く皆の先を見て。
みほは思わず立ち止まった。
「みほさん?」
そのことに気付いた華が名前を呼ぶ。
しかし、それに応える前にみほの視線の先――大洗の戦車道チームが進んでいた先に立つ一人の男性が、片手を上げて口を開いた。
「――みほちゃん」
笑顔で柔和な声が紡いだのは、彼女たちの隊長の名前だった。
彼の前に立ち止まったメンバーたちが訝しげに顔を見合わせる。
「……誰?」
「さぁ。隊長の知り合い?」
ぼそぼそと言い合う一年生たち。他のメンバーも「待ち伏せぜよ」「奇襲か!」「いや、そんなんじゃないだろ」「じゃあわたしたちのファン?」「それなら隊長のファンってことじゃない?」と小声で囁き合った。
そしてそんな声の中で、みほはなんてタイミングだろうと驚いていた。すぐにでもその声を聴き、思う存分自分のことを聞いてもらいたいと思っていた相手が目の前にいるのだ。
ずっと電話とメールでしかお互いのことを知れず、黒森峰から降りる時に別れたっきりになっていたその人が、目の前にいるのだ。
長い苦難の先に掴んだ優勝と廃校撤回という、ただでさえ胸がいっぱいになる出来事の後。その後に、長く逢えなかったその人が目の前にいる喜び。
それを考えた瞬間、みほの足は全く無意識に地面を強く蹴っていた。
みほが見る視線の先では、生徒会長である杏が干し芋を片手に持ってぷらぷらとさせながら、その男性に問いを投げているところだった。
「それで、おたくは誰? 西住ちゃんのお友達?」
「あ、えーっと僕は――」
「俊作さんっ!」
そんな杏のことも目に入らず、みほは最後尾からチーム全員の間を割って走り抜け――その勢いのままに目の前の男性に抱きついた。
「えぇええぇえッ!?」
「……あ、あの引っ込み思案で奥手な西住ちゃんが男の人に抱きついた……!?」
当然、全員の目の前でのことであったので、大洗女子全員が目を限界まで見開いて叫び声を上げることとなった。あの杏が驚きの余り干し芋を地面に落としたほどだった。
杏が言うように、彼女らの中でみほはとてもそんな大胆なことをする性格ではなかったのだから、驚きはひとしおだった。
しかし、そんな驚きも今のみほには見えていないのか、抱きついて抱きとめられたまま下から見上げて俊作を見た。
「どうしてここに!? ここ、一応関係者だけのはずじゃ……」
「いや、僕も出口で待ってたんだけど、まほさんがね……」
「お姉ちゃん?」
「そう。彼女が出てきたところに出くわしてね。「行ってあげてください、あなたがいた方がみほが喜びます」だって」
「お姉ちゃんが……」
姉からの心遣いに、じーんと感動するみほ。しかし、はたとおかしい事に気がついた。
「あれ? でもわたし、俊作さんのこと、お姉ちゃんに話してない……」
「ああ、それはね。口止めされてたけど、黒森峰の頃からまほさんは知ってたよ」
「ええ!?」
「一回僕にも会いに来たしね。最初はだいぶ警戒されてたけど、最後には「今の私ではみほを守れません。チームを捨てることも出来ない情けない姉ですが……妹をよろしくお願いします」って頭を下げられた」
なんか、一緒に街の中を歩いてたのを誰かから聞いたみたい。俊作がそう言うのを、みほは呆気にとられたように聞いていた。
「……お姉ちゃん……」
みほは自分がいかに幸せであったのかを思い知らされたような気分だった。
見捨てられていたわけではない。姉はきちんと自分のことを見てくれていたのだ。見知らぬ男性と自分が一緒にいると聞いて、きっと心配してくれたのだろう。警戒していたというのだから、きっとそういうことだ。
西住流の後継者、黒森峰の総隊長、戦車道の天才。それら全ての評価に挟まれて、その上で母からの期待と妹を取り巻く環境……それらに葛藤して苦しんでいたのは実は姉のほうだったのかもしれない。しかし、そんな中でもきちんと姉は自分のことを見てくれていたのだ。
つい先ほど姉と交わした会話と、見守るように微笑んでくれた顔がよぎり、みほは目頭が熱くなるのを感じた。
やっぱり、お姉ちゃんは凄いや。そう心から思った。
嬉しくなって、そして涙が零れそうになって、みほはぎゅっと更に強く俊作にしがみついた。
それを仕方がないなと肩をすくめ、しかしながら嬉しそうに受け止めた俊作は、その押し付けられた頭の上に手を置いてぽんぽんと撫でる。
朱を筆に乗せて走らせたような夕焼けの中、二人はそうして互いの存在を確かめ合うように抱き合っていた――のだが。
「あのー、ちょーっといいですかねー?」
割って入る声。
俊作が視線を落とし、みほが俊作の胸から顔を離して後ろを振り向くと、そこにはこれでもかとばかりに顔をニヤつかせて干し芋でみほを指す杏の姿があった。
そして、そこでみほは周囲を見て気付く。チーム全員の目が、俊作に抱き合ったままの自分に向けられていることを。
「……。~~~っ!」
一瞬呆け、そして瞬時に皆の前で男の人に抱きついたという事実を客観的に自覚して、みほの顔はまるで瞬間湯沸かし器のごとく、立ち昇る湯気すら幻視するほどに真っ赤に染まる。
そしてぱっと俊作から離れると、両手で頬を抑えてそのまま背中を向ける形でしゃがみこんだ。
ジャケットのあんこうマークがよく見える。そんなみほに、杏は意地悪い笑みを浮かべたまま、ここぞとばかりに近づいていく。
「いやーあたし知らなかったなー。西住ちゃんが衆人環視の中で男の人に抱きついちゃうぐらい積極的な子だったなんてー」
「い、言わないでくださいぃい……」
涙目で抗議するみほに、杏は満足げな笑みを浮かべる。満面の笑みだった。
「会長、西住をからかうのもその辺に。それで貴方は……まぁ、おおよそもう想像は出来ていますが」
桃が溜め息交じりにそう言うと、俊作は苦笑した。
「うん、そうだろうね。とりあえず自己紹介すると、名前は久東俊作。みほちゃんとは、黒森峰の頃からお付き合いさせてもらってるよ」
改めて俊作がそう宣言すると、途端に一同からおぉーっと歓声が上がった。
「先輩、彼氏いたんだー!」
「隊長の凄さの秘密はまさか彼氏?」
「ということは私たちも彼氏を作ればバレー部復活も夢じゃない?」
「そうか! なら根性で彼氏を作るぞ!」
「根性じゃ流石に無理じゃないですかぁ?」
と一部では間違った解釈と共に「すごい!」とたたえられ、
「彼氏かー。まぁでもあたしらは」
「クルマが彼氏みたいなもんだよね」
「……ボクたちの彼氏……?」
「……ネットの中ならワンチャンあるナリ?」
「校外だけれど、これは風紀委員の取り締まり対象かしら?」
と、これまた独特な感性で納得したり首を傾げたりしていた。
そんな彼女たちの様子を眺めて、俊作はうん、と一つ頷いた。
「個性的な子たちだね」
「それで纏めちゃうのもどうかと思いますけどー……」
何ともシンプルかつ強引に戦車道チームの感想を述べた俊作に、柚子が苦笑して突っ込みを入れた。
「はーい、はいはい! それよりわたしから聞きたいことがあります!」
そんな中、後方にいた沙織が手を挙げて自己主張しながら近づいてくる。その後ろには麻子と優花里、華の姿もあった。
俊作は彼女たちが誰なのか予想しつつ、確認のために問いかける。
「えっと、君は?」
「わたし、武部沙織っていいます。みぽりんの友達!」
元気よく返ってきた言葉に、俊作はやはりと納得して頷いた。
「ああ、みほちゃんから聞いてるよ。誰とでも打ち解けられる、優しい素敵な人だって」
「え? えへへ、みぽりんったら、やだもー」
俊作がみほから聞いていた彼女についての説明をそのまま伝えると、沙織は頬に手を当てて恥ずかしそうに腰を捻っていた。
後ろにいる麻子が、そんな幼馴染の姿にはぁと溜め息をこぼす。
「それで聞きたいことって?」
「え、あ、そうでした。ぜひみぽりんとの出会いや諸々を教えてください!」
「ちょ、ちょっと沙織さん!?」
改めて質問の内容を確かめれば、その内容を目をキラキラさせながら沙織が言う。
それを受けて驚いたのは俊作以上にみほだったようで、みほは蹲っていた状態からぱっと立ち上がると沙織に詰め寄った。
「いいじゃなーい。だってみぽりん、聞いても教えてくれなかったじゃん」
「そ、それはだって……は、恥ずかしいし……」
聞くに、みほは自分のことを彼女たちには伝えていたようだと俊作は判断する。
だがその詳細までは知らなかったようで、それを知りたいと思っているようだが……肝心のみほが、今のように赤くなって口を閉ざすものだから、知りたいのに教えてくれないというフラストレーションが溜まっていたのだろう。
だからこそ俊作に問いかけたのだろうが、またしてもみほが恥ずかしがって止めに入り、沙織は唇の先を尖らせた。
そして、そんなやり取りを優花里たちはいつものこととばかりに見つめていた。
「西住殿は照れ屋さんですからね」
「そこがみほさんの可愛いところですよ」
「……違いない」
「み、みんなぁ」
優花里、華、麻子と続く三人の言葉に、みほは眉を八の字にして情けない声を出した。
その姿は、とても先程まで強敵に正面から立ち向かったチームの隊長とは思えない。そのギャップが可笑しくて、沙織たちはついこらえきれずに笑い声をあげるのだった。
そんな彼女たちの姿を見て、俊作は喜びと安堵を感じて微笑んでいた。
黒森峰のころとは違う、本当にみほのことを好きでいてくれる友達を、みほはようやく得ることが出来たのだと実感したからだった。
常に下を向き、笑ったと思えば自嘲気味な笑み。影を纏っていたあの頃の西住みほはもういない。顔を上げて前を向き、隣に立つ仲間に心からの笑顔を見せて進む、きっとこちらが本当の姿なのだろうみほの姿がここにはあった。
みほを受け入れ、見守り、そして成長させてくれた大洗の学校と戦車道の仲間たちには感謝してもしきれない。からかわれながらも笑みを浮かべるみほの姿を見て、俊作はその思いを強くするのだった。
そんなみほの姿を見れただけでも、本当に来てよかった。そう喜びつつ俊作は腕時計に目を落として、みほに呼びかけた。
みほは俊作が腕時計を見ているのを見て察したのだろう、残念そうな表情が浮かぶ。
「もう、いっちゃうの?」
「いつまでも関係者じゃない人間が長居するわけにもいかないからね」
まほの好意で入らせてもらえているが、長く居てはまほに迷惑をかけることにもなるだろう。それは避けたいと俊作は思っていた。
その返事を受けて、しゅんと肩を落としたみほの頭をぐりぐりと撫でる。わ、わ、と声を上げるみほに微笑んでから、俊作は沙織のほうを見た。
「というわけで、武部さんの質問に答えるのは難しいかな。長くなるし、そこまで時間はないしね」
「そうですかぁ、それじゃしょうがないですね」
沙織は残念そうにそう言うが、最初から駄目で元々という感じではあったのだろう。そこまで堪えてはいないようだった。
「ごめんね。それじゃ、そろそろ僕は行くよ」
みほの頭から手を離し、俊作は一歩後ろに下がる。そしてぐるりと大洗のメンバーを見渡した。
「優勝おめでとう、大洗女子学園の戦車道チームの皆さん! それと、みほちゃんのことをこれからもよろしくお願いします」
俊作が言って頭を下げると、僅かにきょとんとした彼女たちは、すぐにそのお願いを受け入れて「はーい!」と全員の大きな声が返ってきた。
そのことに俊作は心から安心して、ここでならみほはきっと楽しくやっていけるだろうという確信を深めた。そして最後に、己の恋人であるみほに向き直った。
「改めて、おめでとうみほちゃん。また後で連絡を入れるから、その時にね」
「うん! 待ってるね!」
お互いに大きく手を振り、俊作は踵を返して出入り口のほうへと歩いていった。
その背中を名残惜しそうに見送るみほ。その姿はまさに恋する乙女そのものと言うべき儚さと可憐さに満ちていた。
が、そんな余韻を気にしてくれる者は今この場には一人もいなかった。
「西住ちゃーん?」
「はい?」
俊作の背中を追っていた視線を、くるりと反転させて背後を見る。そこには、何とも嫌らしい笑みを浮かべたチームメイトたちの生温かい視線が待っていた。
これはまずい。みほの口元がひくひくと引きつって苦しい笑みを浮かべる。
「あ、あの……」
「いやー、西住ちゃんが彼氏持ちとはねぇ。そりゃもう驚いたけど、まぁ納得でもあるかな。西住ちゃんは可愛いし、真面目だしねぇ」
「あ、ありがとうござい――」
「で、西住ちゃん。吐け」
「え?」
にっこり笑顔で言われたことに、みほは顔色を悪くしながら、疑問の声を上げた。
しかし杏の笑顔は微塵も崩れなかった。そして一同に向かって振り返り、すーっと息を吸い込むと、その小さな体からは想像も出来ない大声を張り上げたのだった。
「お前たちー! 今日の祝勝会はガールズトークだぁ! 西住ちゃんの彼氏について根掘り葉掘り聞くぞー!」
「おぉー!」
杏の提案に、ノリのいい声が一斉に返ってくる。
ぽかんとしたまま聞いていたみほだったが、その内容を理解すると途端に慌てて杏に駆け寄る。
「ち、ちょっと、会長さん!?」
「まぁまぁ、みんなもっと西住ちゃんのことが知りたいんだよ。もっと仲良くなって、友情を深めたいのさ……」
ふっと気取って、もっともらしく言う杏だったが、それで騙されるほどみほも甘くはなかった。
なにせ。
「顔が笑ってます!」
「あり? まぁ、いいじゃん。減るもんじゃないし」
「へ、減りますよぉ!」
主に精神的な何かが。ただでさえ恥ずかしがり屋なみほにとって、これは苦行である。そう訴えるみほに、杏はその肩をポンポンと叩いて干し芋をかじる。
「ま、あたしらも度が過ぎることがないようには目を光らせるからさ。それに、西住ちゃんのことをもっと知りたいっていう気持ちは嘘じゃないよ。黒森峰でのこととか、西住流のこととか、あたしらは元々門外漢だったから詳しくないしね」
戦車道に携わっていれば西住の名を知らぬ者はいない。しかし彼女たちは今年から戦車道に触れた者達ばかりであるため、西住のことも黒森峰のことも知らず、みほの背景についてはノータッチな面々が多かった。
「西住流や黒森峰の西住みほが知りたいんじゃない。西住ちゃんのことだから西住流や黒森峰のことも知りたいんだ」
「会長さん……」
「ついでに西住ちゃんの恋愛についても聞ければ言うことなしだね!」
そう言って笑う杏に、みほは毒気を抜かれたように肩をすくめる。
強引なのに憎めない。考えなしのように見えて思慮深い。我が儘に見えて誰かのために動いている。それが角谷杏という人物だった。
杏があれだけ柚子や桃に慕われ、そして全校生徒の信任を受けて生徒会長をやっている理由が、なんとなくわかった気がするみほだった。
「はぁ……わかりました」
「悪いね。よーし、それじゃみんなー。帰るぞー!」
干し芋を掲げて言った杏に、全員が「おー!」と声を上げる。
みほもまた苦笑しつつ同じように声を上げた。そうして再び待機室へと向かう中、気付けば自分の横には沙織が並び、優花里がついて、華が寄り添い、麻子がいた。
自分には勿体ない、素晴らしい仲間たち。大洗に来たからこそ得ることが出来た友人と充実感に、みほは今日までの日々を思いながら満足げに浸る。
その時ふとみほは思い出した。そういえば、いま抱いている気持ちをあの人に伝えようと思っていたのに、つい忘れてしまっていたことを。
突然の再会だったから仕方がなかったとはいえ、やはり自分の口から伝えたかった。かつて黒森峰で苦しんでいた時に、自分を救ってくれた人だからこそ。
――わたし、いますごく幸せです。
その偽りのない気持ちを。
みぽりんかわいい(断言)
今回は第十二話、最終話の大会終了直後のお話となります。
戦車道チーム全員の紹介も兼ねようと思っていたんですが、人数が多すぎたのであえなく断念。誰が誰なのか台詞で判断して考えてもらえればと思います。
みほの彼氏の存在が知れ渡るお話であり、まほの格好いい姉っぷりを知るお話であり、会長の良さを伝えるお話であればいいなぁと思います。伝わっていたら嬉しいです。
何より伝わっていてほしいのはみほの可愛さですけどね。西住殿ほんとうにいい子だわぁ。
それでは、目を通していただきありがとうございました。