西住みほの恋物語   作:葦束良日

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西住みほの恋物語・おまけ

 

 

 温かな陽ざしがカーテン越しに降り注ぐ朝。

 ベッドの上で俊作は絶賛就寝中であった。

 

 時おりもぞもぞと布団の中で動いては体の位置を変え、しかしそれでもまだ目は覚まさない。

 時刻は七時。そろそろ起きて準備をしなければならない時間だった。そのためもちろん昨晩に目覚まし時計はきっちりセットしてあるのだが、そのけたたましいベルの音は今日も鳴ることなく、小さな手に上からボタンを押されて沈黙した。

 そのことにも気づかない俊作に近寄る一つの影。そして唐突に、俊作の身を包んでいた布団がガバッとめくり上げられた。

 

「……ぅ……」

 

 呻くような声が彼の口から漏れる。

 奪われた布団の温かさを名残惜しんでいるような響きを含むそれに、そんな彼を見つめている布団を剥ぎ取った犯人である少女がくすりと笑みを浮かべた。

 

「おはよう、俊作さん! 朝だよ!」

 

 陽の光による眩しさに目を細めつつ俊作が見るその先には、大洗女子学園の制服の上からエプロンをつけた恋人の満面の笑み。

 俊作はすっかり慣れてしまった彼女がいる朝に苦笑しつつ、少し掠れた声で返した。

 

「おはよう、みほちゃん」

 

 

 

 

 

 

 俊作がここ大洗の学園艦に勤務することとなったのは、ひとえに彼の上司による気遣いのおかげであった。

 

 大洗女子学園が大学選抜チームに勝利したことで、既に廃艦の作業に取り掛かっていた大洗の学園艦は急遽現場復帰と相成った。

 しかし、船体はともかく内部では幾つか既に解体業者の手が入った箇所があり、航行には問題ないものの決して万全とはいえない状態にあったのがあの試合直後の状況であった。

 とはいえ、廃校がなくなった以上は即時返還して復帰させなければ新学期を迎えることが出来ない。航行には問題ないから、ドックでの整備は必要ない。しかし新学期を迎えたばかりの学生に任せるには酷だし負担が大きい作業だった。

 

 そのため、急遽学園艦の整備士に召集がかかったのだ。

 

 俊作の上司もその話を受けた一人である。そして、誰か出すことはできないか、という話になった際に俊作を推したのである。

 俊作自身に自覚がなかったとはいえ、彼が起こした行動が様々な事態に波及していったのは多くの人間の知るところだった。今のところ一般的には知られていないが、戦車道や学園艦の関係者にはすっかり名前を知られるようになっている。

 もちろん、上司であるその男も知っていた。そして大洗女子学園が部下にとってとても大切なところなのだと察した彼は、その話を聞いて真っ先に俊作の名を挙げてくれたのだった。

 

 その話が俊作本人に届いたのが、北海道で上司からかかってきた電話だった。もちろん俊作は二つ返事で了承し、上司には深く頭を下げて感謝したのだった。

 

 そうして、俊作は大洗女子学園の学園艦に勤務することとなった。仕事内容は、航行しながらの解体作業の手が入った箇所の修繕。並びに、この際だからと出来る範囲でメンテナンスも行うようにと言われている。

 そのため、大洗での滞在期間はなかなか長くなりそうだというのが現在の見解。少なくとも一か月以上はこのままの予定だった。

 ここから更に他の予定が追加されれば更に伸びる。よほどそんなことはないのだが、この短い間に幾度もすったもんだがあった大洗だけに、ないとは言い切れない。

 

 もっとも、彼としてはそうなってくれた方が嬉しかったりするのだが。

 なにせ、そうすればもっと長い間、彼女と一緒にいられるのだから。

 

「……な、なに?」

 

 そんな気持ちから、小さなテーブルの向かいに座っているみほを見つめていると、その視線に気づいたみほが不思議そうに首をかしげる。

 みほが作ってくれた朝食を間に挟み、視線が合う二人。ふっと相好を崩した俊作は、きょとんとした顔をしているみほに、何でもないと手を小さく振る。

 

「ただ、みほちゃんは可愛いなぁと思ってね」

「ぇうっ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて驚いたみほの頬が見る見る赤くなる。

 やはり可愛い。そう改めて思って、俊作の笑みが深くなった。

 そして、「ありがとう……」と消え入りそうな声で呟いた後、みほはちらちらと俯きながらも俊作を盗み見る。

 

「……そ、その……しゅ、俊作さんも、か、カッコいい、よ?」

 

 それは、可愛いと言われたことに対するお礼のつもりなのだろうか? だとしたら、なんとも真面目で素直な事だった。

 思わず噴き出してしまった俊作に、みほは眉を逆八の字にして「な、なんで笑うの!?」とおかんむりだった。彼女としては結構頑張った台詞だったからだった。

 

 ぷんすか怒る彼女に「ごめんごめん」と謝って、俊作はすっとその手をみほに向けて伸ばした。

 その指がみほの頬に触れ、僅かに撫でる。その瞬間、みほの体がぴくんと強張った。

 

 そして何かを期待するようにみほの目がゆっくりと閉じられようとしていく。

 対する俊作は、その顔に苦笑を浮かべて指先を微かに動かして。

 

 そしてそのまま指を離した。

 

 あれ、と目を開けたみほ。そんな彼女に向けて、俊作は引っ込めた指先を顔の前で掲げた。

 

「ご飯粒、ついてたよ」

 

 人差し指と親指に挟まれた、小さな白い粒。それをしっかりと両目で認識した瞬間。

 つまり、すっかりキスをするのかと待ち構えていたみほが自分の勘違いに気付いた瞬間。

 

 今度こそみほは顔中を真っ赤にして、声にならない悲鳴と共に俯いた。

 

 

 

 

 

「い、いってきまーす」

「うん。いってらっしゃい」

 

 結局顔の赤みが引き切らぬまま、みほは微かな動揺と共に俊作の部屋から外に出る。

 それを玄関口で見送る俊作は、そんな彼女の姿を微笑ましそうに見ていた。

 それがまるで子供と大人の差を如実に表しているようで、みほの赤みがかった顔に不満の色が浮かぶ。彼女としては早く彼と見合う年齢になりたいと思っているのだから、尚更だった。

 そんなみほの内心を正確に察した俊作は、察しつつもこればかりは仕方ないと肩をすくめる。

 しかし、口を尖らせているみほに、ふと悪戯心が芽生えて、こちらに背を向けて歩き出し始めたみほに後ろから声をかけた。

 

「ああ、ちょっと待ってみほちゃん」

「はい?」

 

 振り返ったみほが、たったっと小走りで俊作のところまで戻ってくる。

 そして「どうしたの?」と不思議そうに見上げてくる。

 その顔に狙いを定めて、俊作はさっと身を屈めて自身の顔を近づけた。

 触れ合う唇と唇。一瞬の感触であったが確かに触れた感触に、俊作は満足げに笑って姿勢を戻した。

 呆然としたままのみほに、声をかける。

 

「さっき、期待に応えられなかったからね。いってらっしゃい、みほちゃん」

「――……ぃ、いってきます……」

 

 茫洋とした表情でふらふらと歩き出す。千鳥足で俊作の部屋があるアパートの二階から一階に下りる階段の前まで辿り着いたみほは、そろっと俊作に振り返った。

 そこで再び目が合って俊作が手を振ると、みほは手を振り返しつつも火がついたようにその顔が赤色を取り戻し、耐え切れないとばかりに階段を駆け下りていった。

 

 それを見送った俊作の口元には思わず笑みが浮かぶ。しかし、意地が悪いことをしたという自覚はあったため、自省しながら部屋の中へと戻っていった。

 みほがこうして朝に生活のお世話に来てくれるようになったのは、俊作が大洗で働き出してすぐの事だ。

 食事や洗濯など、俊作は何も言っていないが、自ら進んでやってくれている。もちろん俊作も手伝っているが、特に朝はなかなか起きられずにみほに任せてしまうことが多かった。

 通い妻、という単語がふと脳裏によぎり、俊作は「いやいや」と首を振った。

 

「まだ早いよな、うん。相手は高校生、高校生」

 

 ぶつぶつと自分に言い聞かせながら、俊作は職場に向かうべく着替えを取り出した。

 

 彼女は勉強と戦車に乗るために学校へ行き、自分は艦の整備という仕事をするために職場に行く。

 彼女が勝ち取ったこの大洗女子学園という場所で。

 

 それが今の二人が送る、他愛のない、けれどどこか満ち足りた生活であった。

 

 

 

 

 

 




おまけ話。
前回の上司からの電話についてなどの補足が入っております。

あとは俊作がしばらく大洗で生活することになりましたので、それにかこつけてみほが積極的にお世話しに来ています。
今までずっと離れていたので、その反動もありますが。

女の子が照れたりする姿って可愛いですよね。
だから西住殿も可愛い(迫真)
だから西住殿も可愛い(再確認)

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