西住みほの恋物語   作:葦束良日

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西住みほの恋物語・劇場版5

 

 

「――せ、殲滅戦っ!? そんなっ……こっちは八輌、相手は三十輌なんですよ!?」

 

 大学選抜チームとの大洗女子学園廃校を懸けた一大決戦。

 その前日、会場入りしたみほたちの前に現れたのは、学園艦教育局の役人の男。その男が薄ら笑いを浮かべながら告げた言葉に、みほは愕然となって抗議の声を上げた。

 しかし、そんな抗議の声に目の前の男が耳を貸すはずもなかった。

 

「今後発足するプロリーグでは殲滅戦が基本ルールとなる予定なのでね。それに準じてもらう、それだけの話ですよ」

「だからって、こんな急に……!」

「嫌なら断ってくれても結構。ただしその場合は当然、試合を辞退したとみなして廃校となりますがね」

「…………ッ!」

 

 言って、役人の男は踵を返してみほたちの控え室から出ていった。

 みほたちはただ、悔しさに唇を噛みしめてそれを見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦車道の試合には主に二つの形式が存在する。

 一つはフラッグ戦。各チームが選んだ戦車一輌に旗を取り付けてフラッグ車とし、先に相手チームのフラッグ車を撃破した方が勝利するというもの。

 もう一つが殲滅戦。先に相手チームを全滅させた方が勝利するというものだ。

 そのうち、日本で主流となっているのはフラッグ戦であった。その理由には諸説あるが、ある識者曰く「フラッグ戦は殲滅戦よりも戦術性が問われるため、より繊細な戦闘が見られ、日本人の感性に合っているから」。

 無論、殲滅戦にも多くの知略が問われているのだが、強力な戦車を用意し、数を揃えればほぼ勝敗は決する一面があるのも事実だった。

 

 より戦術的な戦闘を見たいならフラッグ戦。より豪快なパワーゲームを見たいなら殲滅戦。

 心躍る大逆転劇が見たいならフラッグ戦。激しくぶつかり合う激戦が見たいなら殲滅戦。

 

 このように戦車道ではそれぞれの長所を持つ試合形式を二つ用意することで、試合を画一的なものにせず、戦車道それ自体の魅力の向上につなげているのだった。

 

 みほたちは、当然のようにフラッグ戦が今回の試合ではとられると考えていた。

 何故なら、戦車道とはスポーツだからだ。公平であり、公正であり、平等であらなければならないし、なるべくそうであるように努力しなければならない。それがスポーツというものだった。

 大洗女子学園の戦車の保有数は八輌。大学選抜チームの保有数は三十輌。この車輌数に異議を唱えることをみほ達はしない。それもまた学校ごとの力であるとわかっているからだ。

 しかし、そのままぶつかり合えば圧倒的な数の差によって大洗の敗北は見えている。であるから、少なくとも試合という形を取るからには試合形式はフラッグ戦しかないのだ。

 でなければ、大洗女子学園に逆転の目はほぼなくなる。それはとても試合とは呼べない、一方的な展開になってしまう。

 

 しかし。あの役人は、殲滅戦だと言った。

 

 それはつまり、これは試合ではないと言ったことと同義であった。ただ大洗女子学園を叩き潰すためだけの見せしめであると言ったことと同義であった。

 八対三十。これまで幾つもの奇策を閃いてきたみほであっても、優に四倍近い戦力差をどうにかする方法など思いつかなかった。

 これがフラッグ戦であれば、可能性はあった。四倍の戦力差であろうとも、相手のフラッグ車一輌を撃破すれば勝利できるのだ。無論、残り二十九輌が立ち塞がる以上、大洗が勝つ可能性は低い。それでも、まだ可能性を見出すことはできていた。

 だがしかし、殲滅戦では……。

 

(……それでも、やるしかない)

 

 みほは、決して諦めてはいなかった。

 絶望的な状況ではあったが、だからといって戦う機会すら放棄するわけにはいかなかった。

 杏がこの試合を勝ち取るまでに、一体どれだけの苦労があったことだろう。みほには想像もできない、様々な手を使ってここまでこぎつけたに違いないのだ。

 その思いを無駄にするわけにはいかない。そして、あの全国大会での事をなかったことにするわけにはいかない。今、自分がいたいと願っている場所をなくすわけにはいかない。

 その気持ちが、みほの心を折らせなかった。

 

 だからみほは今、地図やコンパス、双眼鏡、メモ帳など、様々な必要な道具を持って会場の下見に来ていた。

 明日、自分たちの戦車が駆ける場所を念入りに調べるためだ。無茶で無謀、勝てる可能性など微塵もないとわかっている。

 けれど、諦めきれないのだ。何か手があるはずだと今でも考えるのだ。それがたとえ奇跡に奇跡を重ねたような、ある筈がないと誰もが言う確率の先にあるものだとしても。

 それでも、諦めるわけにはいかない。自分たちが願うたった一つの願いのために。

 大洗学園に帰るんだ、という絶対に譲れない願い。

 みほはその気持ちを胸の内で強く持って、再び周囲の観察に戻っていく。

 

「……西住ちゃん」

「え?」

 

 その時、背中から掛けられる声があった。

 生徒会長である杏のものだ。

 振り返れば、そこには確かに杏がいた。その表情は真剣そのものであったが、どこか影が落ちており、いささか精彩に欠いていた。

 

「前も今も、ごめんね。いつも西住ちゃんには負担をかけて……」

「いえ、そんな……」

 

 いつもの杏の調子ではない。そのことはみほにもすぐにわかった。

 

「今なら、辞退も出来るよ。西住ちゃんが無理だと思うなら――」

 

 杏らしくない弱い言葉。けれど、その言葉が出てしまうほどに、杏もわかっているのだ。

 明日の試合は、恐らく一方的な展開になるだろうということが。

 みほも当然わかっている。今の自分の行動が、ただの悪足掻きでしかないことも。無駄になる可能性の方が高いことも。

 そうわかっていて。みほはそれでも、微笑んで首を横に振った。

 

「会長さん。わたし、この学園に来てよかったです」

「え?」

「みんなに会って、もう一度戦車に乗って。みんなと一緒に練習して、戦って。……わたしにとって、もう大洗女子学園は母校なんです。とても大切な居場所なんです」

 

 瞼を閉じれば蘇る、転校してからずっと駆け抜けた日々。戦車道を通じて多くの人と出会い、触れ合ってきた思い出。

 それらを思い返して、みほは杏の目を真っ直ぐ見つめた。

 

「だから、諦めません。――絶対に」

 

 その力強い眼差しを受けて、杏はなんとも胸が詰まる思いを味わっていた。

 はじめ、みほを戦車道に引き込んだのはほとんど脅迫同然であり、強引すぎるものだった。あの時、杏はとにかく学校の廃校を阻止することが最優先として、みほの事情を知りつつもわざと目を瞑っていたのだ。

 そのことに良心の呵責はあった。けれど、それを表に出すことはなかった。無理やり引き込んだ当人が、さも苦渋の決断だったとアピールするような、無責任かつ恥知らずな真似を杏は出来なかったのだ。

 だから、あの時の申し訳ない気持ち――みほにとって辛い選択を強いてしまったという後悔の気持ちを、杏はずっと仕舞い込んでいたのだ。

 だというのに今、みほは大洗女子学園のことを母校と言った。自分の居場所だと言ったのだ。

 あの時、自分の言葉に辛い顔をして俯いていたみほ。そのみほが杏にとって何よりも大切な学園を、杏と同じように守りたい場所だと思ってくれている。

 そのことが杏には嬉しくてたまらなかった。

 

「そっか……」

 

 杏は強張っていた体から力を抜き、微笑みを浮かべた。

 言いたいことはいっぱいあった。お礼も言いたいし、最初の時のことを謝りたいし、挙げればきりがないほどに溢れてくる。

 けれど、それら全てに今は蓋をして、杏はみほに改めて向き直った。

 言いたいことはいっぱいある。しかし、今はそれを言う時ではない。

 

「明日は頑張ろう、西住ちゃん」

「はいっ!」

 

 全ては、明日が終わってから。

 大洗女子学園に帰ってから、思い切り言葉を交わせばいい。

 杏はそう考え、みほと同じく決意のこもった瞳で明日への気持ちを高ぶらせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大洗女子学園対大学選抜チームの決戦当日。

 両チームは大きく距離を開け、既に試合が行われる広大な草原にて向かい合っていた。

 その両者の間、中央には審判が立っており、その前には大学選抜チームの隊長である幼い少女が佇んでいた。みほもまた試合前の挨拶のために向かうが、その視線は地面を向いており、前を見ていない。

 その額には、まだ試合が始まっていないにもかかわらず、じわりと汗が浮かんでいた。

 

「まず高台に陣取って、攻撃しつつ逃げれば……それからは、でも……ううん、それだけじゃ……」

 

 小声で、昨晩考えた作戦をひたすら確認するように呟く。何度も何度も、頭の中でシミュレーションを繰り返しては、浮かぶ汗が増える。

 

 ――結局、みほは大学選抜チーム相手に勝つビジョンを持つことが出来なかった。

 

 どうやっても、何度やっても、こうすればあるいは、という可能性ですら浮かばないのだ。

 彼我の戦車数の差は圧倒的。それだけでも致命的であるというのに、相手側の隊長は自らの姉同様に天才と呼ばれ、加えて戦車道の申し子とも称されるほどの逸材。

 色素の薄い長い髪を左側頭部でまとめた表情に乏しい少女――島田愛里寿。目の前にいるその少女の姿を、みほは知っていた。

 西住流と双璧を為す戦車道の流派、島田流。その家元の娘であり、幼いながらに聡明で、既に飛び級して大学に在籍しており、彼女自身が指揮を執った選抜チームは社会人チーム相手に勝利を収めるほど。

 普段の彼女自身は、みほと同じくボコのファンであり、それだけで言えば親しみを持てる相手でもある。大洗町にあるボコミュージアムで出会った少女が、大学選抜チームの隊長であると気付いた時、みほは本当に驚いたものだった。

 あの時の少女が、今はとてつもなく大きな壁となって目の前にいる。その運命の奇妙さには眩暈すら覚えるほどであった。

 みほは眉根を寄せながら、ゆっくりと彼女の前へと歩いていく。少しでも作戦を練る時間が欲しい、そんな気持ちを表すかのようなスピードだった。

 

 しかし、やがてその時間稼ぎすら終わりが来る。審判が見守る中、愛里寿の前に辿り着く。

 涼しげな愛里寿とは正反対に苦しげな顔を浮かべているみほ。どれだけ確認し、どれだけ考えようとも、やはり八輌対三十輌ではやれることに限度がある。

 それは、どうしようもない現実であった。

 

(諦めたくはないけど、今度ばかりは……――ううん、でも……それでも……!)

 

 たとえ、決して勝てないだろうと思う他ない試合であっても、諦めるわけにはいかない。

 勝たなくてはならないのだ。絶対に。

 そんな悲壮な決意を固め、どうにか顔を上げる。

 それを見て、審判が手を上に掲げた。

 

「それでは只今より、大学選抜チーム対大洗女子学園の試合を――」

『待ったぁあ――ッ!!』

 

 試合開始の合図を告げるその時、割って入って響き渡ったのはスピーカー越しの女性の声であった。

 そしてその声に、みほは聞き覚えがあった。幼い頃から、ずっと傍で聞いてきた声だった。

 

(い、今の声って……まさか……)

 

 そんなみほの推測に頷くようにして、草原の向こうから轟く戦車の走行音。

 誰もが目を向ければ、そこには試合会場に向かって突き進んでくる四輌の戦車。その先頭を走っているのは、黒森峰女学園の校章を装甲につけたティーガーⅠであった。

 誰もが呆気にとられながら、近づいてくるティーガーらの姿をただ見つめる。その視線の先で、みほの近くまで来たティーガーが停車すると、その中からみほの予想した通りの人物が現れる。

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

 そう、中から現れたのは、みほの姉、まほであった。副隊長である逸見エリカもいた。

 そして二人ともなぜか、大洗女子学園の制服を着ていた。

 みほをちらりと見たまほは、ボードに挟まれた書類を一枚取り出すと、それを全員に見えるように突きつけた。

 

 その書類に書かれている文字は、“短期転校届”。

 

「大洗女子学園、西住まほ」

「同じく、逸見エリカ」

「以下十八名、試合に参戦する」

 

 みほ、審判、また両チームのメンバー全員がぽかんと目を見開いてまほたちを見た。

 たった今告げられた言葉がそれぞれの耳から脳に届き、ようやく理解するに至った頃。まほはみほに顔を向けて小さく笑みを見せた。

 

「短期転校の手続きは済ませてきた。今の私は大洗の生徒だ」

「……お姉ちゃんっ……」

 

 みほは感極まったように声を震わせた。

 確実に負ける。廃校になってしまう。それがほぼ間違いのない未来であったと、勝利を信じるべき隊長であるみほですら思ってしまうほどの絶望的な状況の中。

 まさかこうして助けに来てくれるなんて、思ってもみなかった。

 

 黒森峰にいた頃のような、余裕のない関係であった二人はもういない。色々なしがらみに苦悩し、妹に差し出す手を伸ばし損ねた姉も。起こしてしまった結果に苦悩し、ひたすら自らの殻の中に閉じこもった妹も。

 そんな二人はもういない。あの全国大会の決戦を経て互いを認め合った今、ここにいるのはただの姉妹である二人だった。

 

 ――お姉ちゃんは、自分が困っていると助けてくれる。いつも、いつだって……。

 

 小さな頃から変わらない、姉の優しさ。諦めかけていた状況の中でそれに触れて、思わず瞳を潤ませるみほであった。

 そんなみほに笑みを見せていたまほは、やがて顔を僅かに逸らして丘の向こうへと視線を向ける。

 そして小さく呟いた。

 

「まぁ、我々だけではないがな」

「え?」

 

 つい疑問の声を上げ、しかしすぐにみほは気づく。

 まほが視線を向けた先から聞こえる音に。

 それは、もちろん彼女にとっても聞き慣れた戦車の走行音だった。

 

「まさか……!」

 

 そんな予感と共に見つめる先で、丘の向こうから何かが顔を出す。

 見えたのは、ダークグリーンに彩られた戦車たち。それは、かつて全国大会の一回戦でしのぎを削った高校の主力戦車、シャーマンであった。

 その中の一輌、長い砲身を持つシャーマン・ファイアフライからスピーカー越しに声が響く。

 

『今からチームメイトだから』

『覚悟なさい!』

「ナオミさん! アリサさん!」

 

 間違えるはずもない。サンダース大学付属高校の副隊長である二人の声に、みほは驚きと喜びが混ざり合った声で彼女たちの名前を叫んだ。

 

「サンダースが来たであります! まさか、サンダースも短期転校を!?」

 

 後方にて戦車やチームメイトと共に待機していた優花里の口から驚きが言葉となって飛び出す。そして彼女が想像した通り、サンダース校もまた黒森峰と同じく大洗に短期転校という形で協力しにやって来たのだった。

 そして、同じ手段でこの場に来たのはこの二校だけではない。

 

『もう! 一番乗り逃しちゃったじゃない!』

『お寝坊したのは誰ですか?』

「この声……!」

 

 今度はまた違う方向から、白い戦車の群れが走ってくる。

 白い体躯に、赤い校章。それは、準決勝で砲塔を交えた強豪校、プラウダ高校が誇るT-34を中心とした戦車たちであった。

 

『一番乗りしてカッコいい所を見せたかったんですよね?』

『ノンナ! いちいちうるさいわね!』

「カチューシャさん、ノンナさん……」

 

 そして、それだけではない。またもう一方から現れた戦車は、チャーチルとマチルダにクルセイダー。

 そう、聖グロリアーナ女学院の所有する戦車群であった。

 

「ダージリンさんたちも……!」

 

 みほが思わず口元を手で抑えながら現れたかつての強敵たちの姿に身を震わせている時。

 チャーチルの中では、ダージリンが大洗女子の制服に身を包んだまま紅茶を飲んでいた。

 

「ふぅ……。試合が始まったら元のジャケットを着ましょうか」

「じゃあなんでわざわざ大洗の制服をそろえたんですか?」

 

 結局自校のパンツァージャケットを着ると言い出したダージリンに、オレンジペコが突っ込みを入れる。

 全員分を用意して全員着ているのに、後から着替えるのでは意味がない。それゆえに口をついたその質問に、ダージリンは微笑んで答えた。

 

「みんな着てみたかったんだって」

 

 そんな返事に若干の呆れと苦笑を返したオレンジペコ。

 そんなやり取りを車内で交わしつつ、徐々に近づいてくる各校の戦車たちの姿を、みほは万感の思いを込めた目で見つめていた。

 

「グロリアーナや、プラウダの皆さんまで……」

 

 言葉に詰まる。まほだけではなく、彼女たちまでもが助けに来てくれたことに、みほは胸がいっぱいになって何も言うことが出来なかった。

 これで、全車合計で二十二輌。八輌しかなかったことを考えると、比べ物にならないほどに希望を感じさせてくれる数字だった。

 そして、まだ大洗女子学園にとっての希望は途絶えていなかった。

 

『大洗の諸君! ノリと勢いとパスタの国から、ドゥーチェ参戦だー! 恐れ入れぇ!』

 

 軽快な走行音と共に、今度は小柄な戦車CV33が戦場に姿を現す。快速戦車と呼ばれる小さな戦車は、大洗女子が二回戦で戦ったアンツィオ高校のものである。

 

「今度は間に合ってよかったっすねぇ」

「カバさんチームのタカちゃーん、きたわよぉ」

 

 隊長であるドゥーチェことアンチョビの隣にて、副隊長のペパロニとカルパッチョがそれぞれ口を開く。

 カルパッチョは大洗女子に在籍する親友、カバさんチームのカエサルに向けて。ペパロニは今度こそ間に合ってよかったと笑いながら。

 これは、かつてアンツィオ高校が大洗女子と黒森峰の決勝戦に大洗の応援として駆け付けた際、前日夜に現地に到着するも騒ぎ過ぎて、決勝戦を寝過ごしてしまった失敗を言ってのことであった。

 そしてそんなアンツィオ高校に追随するように、白い戦車が一輌、飛び出してくる。

 

『こんにちは、皆さん。継続高校から転校してきました』

 

 それは、フィンランド軍が開発した戦車であるBT-42であった。

 その車内では、継続高校戦車道チームの隊員であるアキが、背後でフィンランドの伝統楽器であるカンテレを演奏している隊長のミカを振り返っていた。

 

「なんだかんだ言って、助けてあげるんだね」

「違う。風と一緒に流れてきたのさ」

 

 当初、この戦いに意味があるとは思えない、などと発言して参加に消極的であるかのように見えたミカが、結局は参戦を表明したことにアキがそう言えば、ミカは煙に巻くような言い方で返事をする。

 この隊長の哲学的かつ思わせぶりな言い方は今に始まったことではない。アキは肩をすくめて、くすりと微笑むだけだった。

 そしてまた違う方向からは、戦車の大軍が押し寄せてきた。

 

『お待たせしました! 昨日の敵は今日の盟友! 勇敢なる鉄獅子二十二輌推参であります!』

 

 エキシビジョンマッチで大洗と連合を組んでいた知波単学園。その隊長である西が大きな声でみほに呼びかける。

 旧日本軍が使用し、知波単学園の名前にもある九七式中戦車チハを筆頭として、総勢二十二輌もの戦車が向かってきていた。

 これにはみほも呆気にとられて口をぽかんと開けるしかなかった。

 すかさず、グロリアーナから注意が飛ぶ。

 

『増員は私たちで二十二輌と言ったでしょう? 貴女のところは六輌』

『すみません! 心得違いをしておりました! 十六輌は待機!』

 

 どうやら西は、全校合わせて二十二輌という話を自校だけで二十二輌と勘違いをしていたようだ。

 すかさず十六輌の戦車に待機を命じている西の姿を見て、いかにも西さんらしいとみほの表情が緩んだ。

 

 これで、大洗女子学園の八輌を加えれば合計で三十輌。ついに大学選抜チームと同等の戦力となった。

 

 居並ぶ多種多様な戦車を見渡して、みほは涙をこらえることに必死になっていた。

 戦車道を通じて知り合った友人たちが、こうして学校の垣根さえ超えて助けに現れてくれたことに、感謝と喜びが渦巻いて言葉にならない。湧き上がる感情が涙となって零れ落ちないようにすることが、みほにとっての精一杯であった。

 自らの戦車道を貫いた先にあったのは、再びの廃校という現実だけではなかったのだ。こうして駆けつけてくれる仲間たち。たとえ学校は違えども、いざとなれば何を置いても助けてくれる絆こそが、みほの信じる戦車道が紡いだものであった。

 

 これならば、勝てるかもしれない。

 

 絶望的であった状況に、強烈に差し込んだ光。その輝きは、みほの心に十分な活力を与えてくれていた。

 

『試合直前の増員はルール違反じゃないのか!?』

 

 ふと、審判の耳につけられたマイクからそんな声が響く。それは、みほ達も知るあの役人の声であった。

 それに、審判は小さく口元に笑みを乗せて愛里寿を見た。

 

「異議を唱えられるのは相手チームだけです」

 

 彼女もまた、このあまりにも惨い、試合と呼ぶことすら烏滸がましい状況に憤りを抱いていた。審判としては公平にあらねばらないが、それはあくまで試合に対してだ。

 試合とも呼べない公平性に欠いていた状況には、一人の戦車道を愛する者として彼女も一言あったのである。

 であるから、役人の焦った声は痛快でもあった。それゆえの笑みと共に愛里寿を見れば、愛里寿は変わらない表情のままで、審判に対して頷いた。

 

「我々は構いません。受けて立ちます」

 

 そう愛里寿が答えた瞬間、大洗女子学園の戦力は八輌から三十輌へと正式に変わることとなった。

 これで希望が見えた。そうみほたちの心に火が灯った時。

 空から聞こえてきた音に誰かが気がついた。

 徐々に近づいてくる空気を切り裂くような音。空を見上げて目に映ったものに、その誰かが声を上げた。

 

「あ、あれ!」

 

 指を指して空を示したその声に、地上にいる誰もが顔を上げて上空に視線を飛ばした。

 そこには、大きな航空機が悠然と空を舞っているのが見て取れる。その航空機の側面に書かれているのは、サンダース校の名前であった。

 そしてその機体は、みほたちにも見覚えのあるものであった。

 

「あれは、わたしたちの戦車を運んでくれた……」

 

 大洗の学園艦から退艦する際に、彼女たちの戦車を運んでくれたサンダース校の巨大輸送機。それと寸分たがわぬものが再び彼女たちの視界で空を飛んでいた。

 

『ハーイ、みほ! お届け物よ!』

 

 シャーマンから降りてきたアリサが小脇に抱えたスピーカー。そこから聞こえてきた声は、みほもよく知るサンダース校の隊長である少女の声であった。

 

「ケイさん!」

 

 そういえば、シャーマンが現れた時、ケイの声だけ聞こえてこなかった。それはどうやら、彼女だけ別行動をしていたかららしかった。

 その理由が、輸送機の操縦。それはお届け物の為らしいが、みほには心当たりがなかった。

 

「お届け物って……?」

 

 疑問がそのまま口をつく。

 それを拾ったケイは、通信機越しでもわかる明るい声で答える。

 

『ふふ。大洗女子学園のことを気にしているのは、私達だけじゃないってことよ』

「え?」

『ハーイ、それじゃ皆どうぞー♪』

 

 ケイがそう誰かに促した後。

 続いて聞こえてきた言葉は、みほにとって驚きのものであり、また予想外の相手であった。

 

『ヴァイキング水産高校です! 大洗女子学園の皆さん、負けないでください!』

『コアラの森学園です! 負けるな、大洗女子! 頑張って!』

『ボンプル高校です! 応援しています! 絶対に勝ってください!』

『マジノ女学院ですわ。皆さんの健闘と勝利を祈っております』

 

 聞こえてきたのは、多様な女子生徒たちの大洗女子を励まし応援する声だった。

 しかし、その応援をしてくれている相手が大洗女子学園と全く接点がない高校ばかりで、みほたちは目を白黒させる他なかった。

 そんなみほたちを余所に、更に、BC自由学園、ヨーグルト学園、ワッフル学院、青師団高校、西呉王子グローナ学園、ギルバート高校、と激励の言葉はどんどん続いていく。

 その数はまさに現在活動中の戦車道チームを有する高校のほとんどに昇り、また聞こえてくる声がスピーカー越しではあれど肉声であることから、それぞれの高校の人間があの航空機の中に実際に乗っていることは明白だった。

 つまり、全国の高校からそれぞれがわざわざ大洗女子学園の試合を応援するためだけに駆け付けてくれているのだ。

 

「こ、これって……」

 

 みほは、驚愕と同時に不思議に思った。

 黒森峰や聖グロをはじめとする各高校は、どこかしらで大洗と接点があった。継続に関しては直接接することはなかったが、それでも優勝時には祝電をもらうなど学校同士での付き合いはあった高校である。

 しかし、今回こうして激励に来てくれた各高校は全く交流がない所も含まれている。そのことがみほには不思議だったのだ。

 もしかしてと思って杏のほうに目を向けるも、杏はみほに対して手をぶんぶんと顔の前で振り、自分も知らなかったことをアピールしている。

 杏でもないとすると、本当にわからなかった。確かに大洗の廃校はネットニュースにも取り上げられたほどであったが、それだけで彼女たちがわざわざ足を運ぶ理由になるものだろうか?

 

『あなたたちは孤独じゃないのよ、大洗の皆! 私たちも、それに全国の高校も、みーんなあなたたちの味方なんだから! ね、皆!』

『おー!』

 

 ケイが炊きつけるように言えば、威勢のいい声が後に続く。

 何十人もの声が一つになったその掛け声は、それこそ万の軍にも等しい頼もしさをみほに感じさせてくれた。

 何故そこまで、どうして、と不思議に思う心はある。けれど、応援してくれるその気持ちは疑いようのない本当の気持ちなのだろう。たった八輌で立ち向かおうとしていた数分前に比べて、なんと心強い事か。

 かつての強敵、交流のある学校、そして全く交わりのない他校すらも自分たちの為に勝利を願ってくれている。

 そんなまるで奇跡のような一体感は、みほの中にあった不安も疑問も余すことなく吹き飛ばした。そして今胸の内にあるのは、絶対に勝つという意志と、彼女たちへの感謝の心であった。

 だから、みほたちは大きくサンダース校の輸送機に向かって手を振り、その激励に対してのお礼を空に向かって思い切り叫んだ。

 

「……っ、皆さーん! 本当に、ありがとうございまーす!」

 

 通信機越しに、『おー!』とか『頑張ってー!』と再び声が帰ってくる。そんな声に一層励まされるような気がして、みほたちは大きく手を振り続けた。

 

 

 

 そして輸送機が中の面々を降ろすために離れて行った後。審判の声によって、ついに試合開始が告げられた。

 これ以後は各チーム作戦を練る時間となる。もうこの場での用は済んだとばかりに背を向けて戻っていく愛里寿を見送ってから、みほはぎゅっと拳を胸の前で握りしめた。

 絶望的な戦力差はなくなった。あとは、どれだけ上手く戦闘を進めていけるかだった。

 

 そしてそれは、隊長である自分にかかっている。

 

 みほの肩に大きな責任がのしかかる。しかし、緊張はあれど気負いはなかった。

 戦車と共に駆けつけてくれた多くの人たち。そして戦車はなくとも、激励のためにこの地までやって来てくれた全国の高校の人たち。その力強い支えがどれだけ有り難いものか、今みほは実感していた。

 共に戦えなくとも、頑張れ、負けるなと背中を押してくれる。なぜ彼女たちがここまで大洗女子学園を応援してくれるのかはわからないが、その声は確かに力になっている。

 みほは決意を新たに作戦を立てるために用意された場所へ向かおうとして、再びアリサが持っている通信機からケイの声が届いた。

 

『あ、ちょっと待って、みほ。もう一人、これはお手紙になるけれど、紹介させてもらうわね』

 

 ケイに再び声を掛けられ、みほは歩き出そうとしてた足を止める。

 手紙、ということだが、一体誰からだろうか。首を傾げながらも、みほは紙が擦れる音をスピーカーを通して聞きながら、ケイの声を待った。

 

『みほへ。あなたが今、大変な窮地に立たされていると聞きました。悩みましたが、居ても立ってもいられずこうして筆を執りました。まだ私は自分の戦車道を見つけられていません。けれど、いつの日かあの日の約束を果たせるよう、諦めないで見つけていきます』

 

 ケイの声で紡がれる手紙の内容。

 それを聞き始めた時は首を傾げていたみほだったが、その表情は見る見るうちに驚きのものへと変わっていく。

 まさか、と小さくみほの口から声が漏れた。

 

『だからみほ、あなたも諦めないでください。そして、いつか約束を果たしましょう。最後に……負けるな、みほ! ドイツより親愛を込めて。エミ』

 

 最後の力強い応援と名前を聞いて、みほは手で口元を覆った。

 

「う、うそ……エミ、ちゃん……?」

 

 まったく想像もしていなかった相手からの手紙に、驚き一色に瞳の色が染まる。

 中須賀エミ。それはまだみほが小学生のころ、戦車を通じて友情を育んだ仲間の一人であった。ドイツ人と日本人のハーフの少女であり、他二人の友人と一緒に戦車道について学び、共に遊んだ仲だった。

 互いに衝突することもあったが、それがあったからこそ今のみほがいる。家族の帰国に合わせて彼女もまたドイツに帰ってしまったが、今でもエミはみほにとって大切な友達であった。

 去り際に交わした約束は、今もきちんと覚えている。けれど別れて以来連絡を取っていなかった彼女から、こうして自分のために激励が届くなんて。

 

 嬉しい。ありがとう。また会いたい。元気にしているってわかって良かった。

 溢れ出てくる感情はとめどない。それらがつい形となって目尻に浮かぶ涙として現れると、みほは指で目元を擦った。

 

 まだ、泣くわけにはいかない。泣くのは、全部終わってからだ。そう思ったからだった。

 本当に多くの人に、応援されて、励まされて、支えられて、自分たちは今この瞬間を迎えている。

 

 ――必ず勝つ。

 

 そう改めて胸の中に誓いを立てたところで、不意にみほの横に立つ人がいた。

 今は大洗女子の制服に身を包んでいる、聖グロリアーナ女学院の隊長であるダージリンであった。

 

「ダージリンさん……?」

 

 みほが名前を呼べば、ダージリンはたおやかに微笑んだ。

 

「黒森峰、プラウダ、サンダース、アンツィオ、知波単、継続……。あなたと実際に戦ったところ、またエキシビジョンマッチの話が行った高校は、快く協力をしてくれたわ。今回の助太刀にね」

 

 その言い方に、みほははっとした。

 今のを聞く限り、今回の各校の応援はダージリンが主導したものであると取ることが出来たからだ。

 

「ひょっとして、ダージリンさんが……?」

「あくまで、今挙げた六校に関してはね」

 

 ダージリンはみほの肩に手を置いた。

 

「けれど、他の学校のことは考えていなかったわ。だから、これだけの高校が動いたのは、それとは別。あなたの素敵な恋人の力なのよ」

 

 柔らかく、慈しむような声でダージリンが言う。

 その内容に、みほは目を見張った。恋人と言われれば、浮かぶのは当然たった一人。

 

「俊作さん、が……?」

「そうだよ、みほ」

 

 答えたのは、みほのもう片方の隣に立ったまほだった。

 思わず姉を見ると、そこには優しげな微笑みがあった。

 

「みほたちは今日の試合に集中していてまだ気づいていないかもしれないが、今日の朝、各学園艦の理事の連名でこの廃校問題に関して遺憾のコメントが発表された。戦車道が存在するほぼ全学園艦からだ」

 

 まほが言うことは事実で、この日の朝、テレビなどのマスコミを通じて報じられた各学園艦の理事による発表は、関係者に驚きをもって迎えられた。

 

 曰く、今回の決定は健全な学生の活動と意欲を著しく損なう行為。また戦車道の推進を図る政府の発表と矛盾しており、全く一貫性がなく、政府への信頼を揺るがすものである。

 曰く、廃校の撤回を約束しつつ勝手に反故にする。学園艦の廃艦は我々理事との綿密な協議によって決まるものであり、教育局が恣意的に操作して良いものではなく、運営を担う理事として遺憾の意を表明する。

 

 と、そう発表したのである。

 

 つまりは理事と協議して決定すれば廃艦してもいいと言っているわけだが、ここで注目するべきは教育局が学園艦の運営を恣意的に操作したということにある。

 

 当然だが、大洗女子学園の学園艦にも理事会がある。

 かつて大洗女子学園の理事は廃校やむなしという判断をしていた。それに抗議したのが杏であり、それならば君が直接話してみなさいと理事に言われて教育局に乗り込み、「全国大会で優勝したら廃校を撤回する」という約束を取り付けたのだ。

 それを杏から聞いた理事は、当然教育局に確認を取った。この時、件の役人は確かに「はい」と答えて、杏の言葉が事実であることを認めているのだ。

 であるから、理事会は戦車道チームの結果に全てを任せようという立場になった。そして優勝したのだが、にもかかわらず教育局は廃校を撤回しない。

 このことを、理事との協議で決まった事を蔑ろにして恣意的に艦の運営を操作している、と今回批判しているのである。

 その批判が、なんと各学園艦から連名で出されているため、今回大きなニュースとなって取り上げられたのだ。

 

「さすがにここまで一致してコメントが出るのを不思議に思って調べさせたんだがな。どうも発起人の名前は久東俊作というらしい。そう、彼だったんだよ、みほ」

 

 笑みを浮かべたまま、まほは「私もまだ今朝のことで充分に調べられたわけではないが……」と前置きをしてから、みほに語る。

 

 俊作は、これまでに訪れた数隻の学園艦にいる知り合いや同期の学園艦整備士、仲の良い上司やプライベートでの友人などを辿って、様々な学園艦にコンタクトを取り続けた。

 彼らは俊作の人となりを知っているので、真剣に頼まれれば嫌とは言わなかった。結果として、学園艦の運営側の人間、戦車道チームの人間、そういった人物に俊作は会うことに成功した。

 そこで俊作は訴えた。「今後の戦車道の未来のために政府の横暴を許すのは良くない」とか「生徒の教育にも悪い」などなど、他にも学園艦の運営と教育局の関係含め、事前に調べた様々な要因を語って、各学園に説得を続けていた。

 しかし、そんないかにも耳触りのいい主張は、彼らの心に届くことはなく、上滑りするだけで実を結ぶことはなかった。それぐらいの言葉など、誰もが聞き飽きていたのだ。

 今更同じようなことを言われたところで、協力しようという者が現れることは皆無だった。

 結果が出ない日々に、俊作の中に焦りとフラストレーションが溜まっていく。そんな中、ある学園艦で生徒からされた質問が、その流れを変えた。

 

「その学園で戦車道を専攻する生徒に、こう質問されたそうだ。“どうして、そこまで必死になっているんですか?”と」

 

 その質問に、半ばやけになっていた彼は、大洗女子学園の現状とそこに通う生徒や戦車道チームの葛藤や悩みを感情のままに語った。

 やけになっているがゆえに情感たっぷりに語られたそれは、同じく戦車道を愛する彼女たちの心に徐々に響いていった。

 

 そして最後に、俊作がここまで憤って行動し続けている根本的な理由を、思いきりぶちまけたのだ。

 

「“惚れた女が泣かされて、黙っていられるか!”……だそうだ、みほ」

「あら、お熱い」

「……ぁぅ……」

 

 まほとダージリン、双方からからかうような目で見られて、みほは真っ赤になって身を縮こませた。

 そんな妹の姿に更に笑みを深くして、まほは続けた。

 

「ふふ、それで学園というよりは戦車道の各チームを一気に味方に引き込めたらしくてな。彼女たちの協力もあって、学園の運営側もついに動いたんだ」

 

 そして、繋がりのある戦車道チーム同士を通じて他の学園艦にも動きは波及。徐々にその動きは大きくなっていき、もはや俊作の手を離れて広がりは大きくなっていった。

 

「各校のツテから、海外にもその動きは伝わった。繋がりのある国外の学校にも話が届き、その中であの時の子にも今回の事が伝わったそうだ」

 

 あの時の子、というのがエミのことである。ドイツで思うようにいかない現状に苛立っていた彼女も、親友の危機と聞いてはそんなイライラも鳴りを潜める。

 未だ約束は果たせていないため会うことは叶わないが、それでもせめて、ということで手紙をしたためたのだ。

 

 また、大洗女子学園という全国大会優勝校の廃校問題は、多くの戦車道チームにとっても重大な関心事だった。

 そんな中、教育局の約束破り、そして俊作の話も伝わって、一気に彼女らのムードは大洗女子頑張れとなり、各学園艦での動きとその熱に浮かされて、現地で声を届けるという行動にまで出ることになったのである。

 

 「今、学園艦の教育局や文科省には様々な問い合わせが来ているようだぞ」とまほは締めくくった。

 実際、今この時も試合観戦のために戦車道連盟の理事長の横に座っている役人の携帯電話には多くの電話が来ていた。

 テレビでニュースになって報道されたため、学園艦、戦車道関係者に留まらず、世間の一般の人々、マスコミ、海外の関係者などからの注目度が爆発的に上がってしまったのだ。

 いま、関係者はてんやわんやの大騒ぎといったところであり、その切っ掛けとなった青年は「ここまでする気はなかったんだけど……」と自分の手を離れて一気に拡散した騒動に、少し引き気味であったりした。

 

 そんなわけで、現在この大洗女子学園対大学選抜チームの試合は数多くの人間の注目の的であった。

 果たして大洗女子学園は勝利を収め、廃校を阻止できるのか。その結末は今現在、世間の大きな関心事となりつつあったのである。

 

 しかし、そこまでの騒ぎになっていることは知らない彼女たちは、今はただ目の前の試合に勝利することだけを考えていた。

 

「みほ。あの人はきっと、みほのことを思って行動に出たんだ。それは、お前が誰よりもわかっているだろう」

「……うん」

 

 みほは、しっかりと頷いた。

 俊作は男で、年上で、大人の人だ。どこまでもみほとは違うから、当然一緒に試合で戦うことも出来ない。

 それがきっと、俊作にとっては辛かったのだろう。だからこそ、彼はそれ以外でみほの力になれることを探してくれたのだ。

 その結果が、ああして応援に駆け付けてくれた全国の高校戦車道の仲間たちだ。顔も知らない人たちだが、同じ道を歩く仲間たち。彼が動かなければ、決して先ほどのような力強い応援がみほに届けられることもなかっただろう。

 実際に届けられたその応援は、みほの心に大きな気力をくれた。そしてそのために尽力してくれた俊作の気持ちは、みほの心に大きな勇気をくれた。

 自分には過ぎた人だと思う。けれど同時に、自分じゃなきゃ嫌だとも思う。

 そんな大切な人が自分の為にしてくれたこと。それを無駄にするつもりなど、みほには毛頭なかった。

 

 顔を上げて、前を見る。彼がみほを思ってしてくれたこと、その思いに応えることこそが、今の自分が彼に対して出来る一番の“ありがとう”なのだと信じて。

 

「……いい顔になった」

 

 まほがふとそう呟く。

 それから軽く背中に手を添えて、まほはみほのチームメイト――大洗女子学園のメンバーが待つ後方に目を向けた。

 

「いくぞ、みほ。絶対に勝とう」

「――うんっ!」

 

 まほの言葉に力強く頷き、みほは一歩を踏み出す。

 それに続いて、まほもダージリンも歩きだし、それはやがてこの場に集った全ての他校メンバーの足音となる。

 敵であった時には手強く、味方となった今では頼もしい彼女たちの存在を背中で感じながら、みほは視線の先で待つ大洗の皆に手を振った。

 みほの心の中は、既に皆の元から歩き出した十数分前とは大きく異なっている。

 

 ――絶対に勝って、帰ろう。わたしたちの学校に!

 

 様々な思いを込めた決意を胸に、みほはまた一歩大きく足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 




リトルアーミーのみほもかわいいぞ(宣伝)

そんなわけで劇場版5でした。
今回は俊作が何をしていたのかという内容も含む、劇場版でも名シーンと名高い各校が馳せ参じるシーンですね。
あのシーンとBGMは卑怯です。何度も見たのに、今でも見ると感動します。

ちなみに俊作がしていたことは、まぁそんなに凄い事でも大きなことでもありません。
可能な限りの人の繋がりを辿って、大洗の現状を訴えただけですね。
ただ、その結果としてああいう結果に結びついたわけです。

学園艦理事からの遺憾の意とかまでは想定していませんでした。
俊作としては、他の戦車道チームの子から応援のメッセージが届けば、みほの力になるんじゃないかと思っての行動でした。

そしてリトルアーミーのキャラクターであるエミもちょっと顔出し。
みほにとって、駆けつけてくれた各校に負けず劣らない嬉しい応援となりました。

最後に長くなってしまってすみませんでした。
劇場版もそろそろ終わりですが、そこまで付き合っていただければ幸いです。


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