その華から飛ぶ新しい種は赤い大地に根を張り咲き誇るだろう。
『悪魔』達と契約し人を殺す『天使』を討った彼らは、人を愛する新たな華に後押しされて美しく華開く。
たとえ嵐が彼らを吹き飛ばそうとも、種が芽吹くように、力強く、人間として。
火星の華
「オーライオーライ!」
とある河川敷にて、高校生達が草野球をしている光景があった。
夏休み中なのか、真夏の炎天下で動き回る彼らが走る度に汗が煌く。
「回れ回れ回れ!」
「急いで、ホームに!」
「そっち、行ったよ!」
近くのベンチで大声を上げる頭髪が特徴的な色黒男子と、優しい雰囲気のメタボな少年、活発で発育の良い少女。その視線の先には3塁を回りホームへと走る少年が居た。
ホームベースには、筋骨隆々なキャッチャーがマスクを外して向かい受ける。
「兄貴!」
「んの!
「んぬぅぅ!」
「行け!
昭弘と呼ばれたキャッチャーが、外野から投げられたボールを受け取りミカと呼ばれた少年を探して腰を落とす。
ミカよりも一回り大きい体が生み出す鉄壁の防御。だがミカも姿勢を低くして小柄な体を活かして、彼の脇を抜ける。
昭弘はそれに反応出来たものの、小柄なミカの速さに手が追いつかずホームへのタッチを許してしまった。
「なっ!?」
「よし」
「っしゃー! 三日月さん!」
「だー! 昭弘! ちったぁその筋肉を活かせよ!」
「無茶言うな! 三日月の動きが早すぎるんだよ!」
---平然とした顔で立ち上がる三日月、その三日月を犠牲フライで生還させたハッシュ、キャッチャーに外野から怒鳴るシノ、そのシノに言い返す昭弘。
そしてベンチで指示を出していたオルガ、その隣で同様に叫んでいたビスケット、主に昭弘とそのチームを応援していたラフタ。
この世界に生まれた彼らは、思春期真っ只中を生きていた。
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遊び疲れ、ほぼ全員で息を切らし大の字になって地面の上に寝すべる元鉄華団の面々。その中でオルガ・イツカは思いを馳せる。
彼の、いや、彼だけではない。彼らは全員、かつて『宇宙ネズミ』と呼ばれた世界の記憶を持っていた。
「あー…」
かつて汚い大人達に奴隷のように扱われ、その環境から脱し『鉄華団』を立ち上げた彼は自らの居場所に1度は辿り着くことが出来た。
しかし世界の警察組織である『ギャラルホルン』との内部抗争に参加し、『鉄華団』の皆により良い未来を見せようと戦い道半ばで凶弾に倒れた。
だが今生きている世界では、孤児であるものの非常に恵まれた環境で戦いも無い平和があった。
「どうしたの、オルガ?」
「いや、平和だなって思ってよ」
「またその話? まぁでも、そうだね」
寝そべるオルガの隣に座っているビスケットが、同意する。かつてオルガの目の前で息絶えた彼は、オルガとは違い兄と共にこの世界で生きている。2人の姉妹はこの世界では生まれていなかった。
「僕らは戦うことで未来を掴もうとした。でも今は、戦わなくても、誰かの命を奪わなくても未来がある」
「そうだな。こうしてまた集まって、馬鹿やって、学校にまで通えてる」
「そうだね」
彼らの脊髄に阿頼耶識システムは無い。MSはあっても、18メートルの巨体ではなく大きくて3メートルという文字通り
加えて彼らが今住んでいる日本は、かつての世界と比べて天国とも言える平和と治安の良さを誇っている。
ビスケットの言葉の通り、命を掛けて戦う必要が無かった。
「なぁビスケット。お前はあの時俺に言ったよな。俺は自分から危険な道ばかり進むってよ」
「…うん」
「俺は、そうでもしねぇと辿り着けない。何としてでも、皆で辿り着きてぇって思っていた。俺らの本当の居場所はそこにしかねぇってな」
オルガの独白に誰も口を挟まなかった。誰もがその2人の会話を静かに聞いていた。
「…お前が死ななかったら、どうなってたんだろうな。マクギリスと手を組まなきゃ、名瀬の兄貴が生きていたら、どうなってたんだろうな」
「オルガ」
「分かってるよミカ。俺は謝らねぇ。謝ったりすれば、お前だけじゃねぇ。ここに居る、俺に最後まで付いてきてくれた全員に失礼だ」
三日月がオルガを呼ぶと、オルガは苦笑して答える。その2人を見たビスケットは言う。
「ねぇオルガ。僕はオルガに付いて行ったことに後悔してないよ」
「だがビスケット、お前は鉄華団を降りるって言った」
「ハァ!? おまっ、初めて聞いたぞ!?」
「そりゃ、言ってなかったからな」
「俺は聞いたけど」
「そりゃ三日月はそうだろうけどよ」
ビスケットが鉄華団を降りると言ったのを知っているのは、言われたオルガ本人と、そのオルガから聞いた三日月だけだった。
それを知らないシノは体を起こして抗議の声を上げた。
「あはは…。確かにあの時はそう言ったけど、島を出たらちゃんと話したかったんだ。これからをどうしようかって」
「…だけど、お前は死んじまった」
「……うん。そうだね」
「………」
その会話を聞いていた三日月は、間に合わなかったアストンと慟哭するタカキを思い出した。あの時のタカキは正にビスケットを失ったオルガそのものであったから。
ただ違うのは、オルガとビスケット、そしてアストンもこの世界に居て、タカキはおそらくあの世界で妹と元気に生きているだろうということだった。
そして、ボールが1つ、空中で円弧を描きオルガ目掛けて落ちてきた。
「うおっ!?」
「なーに辛気臭ぇこと言ってんだよ! 前は前、今は今で楽しみゃいいじゃねぇか!」
「シノ…」
「よっと」
息が整ったのかシノが立ち上がる。背伸びをすると、オルガの前に立った。
「俺らは三日月と同じでオルガが決めたことを全力で目指す。そうすりゃその先で俺達は笑ってられる。俺らが出来ることといったら、オメーが決めたことを全力で成功させるだけだっての」
「だが…」
「ユージンもな、オメーに色んなもん背負わせてたの結構気にしてたんだぜ。だけど、だからってやってることに文句は言ってなかった」
「ユージンがそんなこと言ってたのか…」
「まぁ、そこんとこビスケットが居れば色々違ったんだろうなってのは俺も思うけど、な」
オルガに投げたボールを拾い手のひらで転がす。それを投げると、その先で昭弘がグローブでボールを捕る。
「団長。俺達は鉄華団という家族だ。家族を助けようと思うことは何一つ変なことは無い」
「昭弘…」
「…昌弘のことも、説得する機会をくれたこと感謝しているし、アストンやデルマのような新しい兄弟も出来た。あいつらを含めた鉄華団はお前が救ったんだ。お前が居なきゃ、始まらなかったんだ」
「そうだよオルガ」
「ミカ…」
昭弘に三日月が続く。三日月も立ち上がってオルガの目を見る。
「俺はあの日に、オルガの手を掴んだあの日に生まれたんだ。オルガが居なかったら、俺はずっとあそこから出られなかった。みんなとも会えなかったし、アトラとクーデリアに会うことも無かった」
「……」
「オルガが連れてきてくれたんだ。俺を、俺達をここに。この場所に。オルガ、前に言ってたよね。みんなで辿り着いて、馬鹿笑いしたいって」
「…ああ」
「ねえオルガ。俺達はもう辿り着いてたよ。本当の居場所に」
三日月はそう言ってオルガに手を差し出す。そして笑みを浮かべて想いを伝えた。
「ありがとう、オルガ」
「!」
「オルガのお陰で俺達は辿り着けた。オルガが立ち止まらなかったから俺達は前に進めた。オルガが頑張ったから俺達は人間になれた。オルガが居たから俺が居た」
「三日月さん…」
「だから、ありがとう。オルガ」
「……ミカ」
三日月のその笑顔に見とれたハッシュは思わず声を出し、オルガは震える声で三日月の手を取って立ち上がる。
「俺の方こそ、ありがとよ。俺はお前が居たから俺でいられた。お前らが居たからここまでやってこれた。みんなの誰か1人でも欠けてたらここまで来れなかった。連れて来れなかったと思う」
「うん」
「だから、ありがとうって言うのは俺の方だ、ミカ。俺に着いて来てくれて、戦ってくれて、ありがとうな」
「…うん」
その光景を見てビスケットも立ち上がる。そうして、みんなで笑いあった。
「お疲れ様、オルガ」
「ああ、ビスケットも、ありがとうな」
「おーし! んじゃ休憩もしたし、もう1試合でもすっか!」
「ちょっと男子! その前に水分補給しなさい! 夏なんだから脱水症状と熱中症で倒れるよ!」
「お、おう」
ラフタ呼びかけで一同は水分補給した後、夕方まで遊び続けた。
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ある程度日が傾くと、各々門限に間に合うようにと帰宅していく。
それはオルガと三日月も同様だった。
しかし、ある理由から他の面子とは違う帰り道になる。
「帰ったら制服、洗わなきゃな」
「そうだね」
アルトランド兄弟やビスケットのようにヒューマンデブリに落とされた経緯のある人物は、この世界で本来の家族と暮らしている。アルトランド兄弟ならば運送業を営んでいる両親と。ビスケットならば既に働いている兄と。
しかし後者は、前の世界で生きているためかクッキーとクラッカは生まれてきていない。加えて双方の家族も彼ら同様に前の世界のことを覚えていたという。
「ねぇオルガ」
「あん?」
「オルガはこれからどうするの?」
三日月は自転車を押しながらオルガに問う。今までオルガと本当の居場所に来るために前へ進み続けていた。三日月自身の期待にオルガは答え切ったと思っている。
今は辿り着いたから立ち止まっている。そう感じていた。だがそれは悪いことではないし、かつての時のように奮い立たせるつもりも無かった。
「そうだな…。どうすっかな」
「決まってないの?」
「ああ。正直に言うと1つだけあるが」
「何? それは」
「……俺はな。鉄華団を、今俺達が世話になってるソレスタルビーイングみたいにしたかったんだ」
オルガは三日月が以前のように自分を追い立てるような期待の目を向けてはいないことを感じていた。それを寂しく思うと同時に安心も感じていた。
そして、ビスケットにも言っていない内心を相棒に吐露する。
「多分、火星の王になって目指すとすれば、あんな形になったと思う。俺らみたいなガキが笑っていられる孤児院を続けて、学校にも行かせてやれて、最低限安心出来る戦力も持ってさ」
「うん」
「町の方もクーデリアが居たし、こんくらい平和な世界になったらいいなってよ。そんな未来に行けたらなって、漠然とだけどよ。思ってたんだ」
「そうだね」
「だけど、今はそれを目指す必要な無い。とりあえず色んなこと学んでみようと思ったんだが、覚えてるかミカ。この地球から火星が見えた時のこと」
オルガが言っているのは火星大接近のことで、この世界では月面開発とコロニー建設が開始されたばかりで火星に人は誰も住んでいない状態だった。
「覚えてるよ」
「あの火星を見たときに思ったんだ。あの火星に行ってみてぇ。誰も居ない、何も無いあの火星に立ってみてぇってよ」
「火星、か」
「そういうミカはどうなんだ? もう体も動くしバルバトスも無いんだ。農家をやってもいんだぞ」
「俺はオルガに付いて行くよ。今までも、これからも。それはこれからも変わらない。農家は火星に行ってから出来るから」
「…そうか」
三日月の答えを聞いてオルガは笑う。三日月が付いてきてくれることの安心感と、既に火星へ行くことが前提になっていることに。
だが、三日月は言葉を続けた。
「あ、でも」
「ん?」
「アトラの手料理が食べられないのは、なんか寂しいな」
「………………ははっ」
その三日月の言葉にオルガは無性におかしくなり、道端で盛大に笑い出した。
それに続いて三日月も笑い出す。
「ははははははっ、あっははははははは!」
「ふふっ、ははは」
「くっくくくかっ、はっはっはっは!」
「はははっ!」
歩きながら腹を抱えて笑い続ける2人。
そうやって馬鹿笑い出来る今が凄く嬉しかった。
---後に2人は『ソレスタルビーイング』とNASAに宇宙灯台『アリアドネ』構想を掲示し、開発されたそれを足がかりにして最初の火星開拓者となる。
前世からの縁である元鉄華団メンバーや元ブルワーズ、CB孤児院の希望者を纏め火星の基礎を作り上げた彼らは、その功績を称えられこう呼ばれることとなる。
「はははははっ……まぁ、とにかくだ。目下の目標としては今まで学べなかったことを学ぶことだな。ミカも文字が書けるだけじゃなくて、勉強も出来るようにならねぇとな」
「ああ、オルガと行けるんだったら、何だってやってやるさ」
「じゃあ、帰ってメシ食ったら勉強会でもすっか。まずミカの成績向上が俺の役目だな」
---『火星の父』、と。そう呼ばれ歴史に名を残すことになる。
お久しぶりです。
オルフェンズ最終回のショックで書きました。蛇足と言われようと書かずには居られなかったんです。
某時をかけるMADに影響されてます。ただシノの5代目流星号はバットじゃなくてママチャリになってそうですがw
多分この世界に転生して一番幸せなのは昭弘。昌弘も生まれ変わって家に戻ってきたし、ラフタも居るし、アストン達も居るし。