IS~疾走する思春期の転生者~   作:大2病ガノタ

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102話。
場面は新華の病室で固定です。
次回設定を挟んで8巻に行く予定です。


訪問

 

 

 

 

新華が眠っている間、何人もの人物が訪れたが新華が反応を示す事は1度も無かった。

 

 

 

 

 

 

---青木家の場合

 

 

 

 

 

青木両親、実は護衛の叢雲 劾withブルーフレーム2ndと共にIS学園へと赴いていた。正門受付に行き千冬を呼び出してもらう。

 

 

 

 

 

「…お待たせいたしました」

「千冬君、新華は…」

「まだ…」

「…そう、か」

 

 

 

 

 

千冬は山田先生を連れ正門まで直ぐに来た。その際、山田先生は青木家の後ろで立っていた劾を見て怪訝な顔をしていた。

青木父は千冬が来た時、真っ先に息子の状態を聞いた。しかし千冬の返答で察する。今まで新華は大怪我を負う事が多かった故、少しは冷静に物事を見る事が出来たのだ。

 

 

 

 

 

「で、兄貴は今、どこに居るんですか」

「君は?」

「俺は、青木 新華の弟ですよ。あの娘と同じでね」

「…まさか」

「今はそんな事どうでもいいでしょう。で、どこなんですか」

「…案内します。付いてきてください。後ろのは…」

 

 

 

 

 

千冬は劾を見て目を細める。サングラスをした体格の良い男性。それも千冬が見たことの無い人物だった。

その劾が口を開く。

 

 

 

 

 

「俺は青木一家の護衛としてここにいる。だから青木一家が帰るまで、適当にどこかで時間を潰そうと考えているが…」

「あ、劾さん。その時は連絡を入れますんでよろしくお願いします。それまで「ま、待ってください!」…?」

「山田先生?」

「あ、す、すみません。でも劾って、やっぱり叢雲二尉ですか!?」

 

 

 

 

 

 

山田先生が慌てたように劾に質問を投げ掛ける。忘れられがちだが山田先生は元自衛官だ。元代表候補生と言われても自衛隊に所属していたことがある故、顔見知りが居てもおかしくは無い。

 

 

 

 

 

「…やはり山田三尉か。元気にやっているようだな」

「は、はい! 御陰様で!」

「山田先生、知り合いか?」

「はい。私が自衛隊に居た時にお世話になった人です。でも、まさかこうして会う事になるなんて…」

「…俺の話は後でいいだろう。それよりも、早く院長の元へ」

「あ、はい。それでは劾さん、また後で」

 

 

 

 

 

そう言って青木一家と千冬は新華が眠る病室へと向かった。残った山田先生と劾は

 

 

 

 

 

「…じゃあ、俺もしばらく時間を潰すか。では、またな山田三尉…いや、今は山田『先生』か」

「あ、ま、待ってください叢雲二尉! ちょっと、お話しませんか? 二尉がどうして青木君のご家族の護衛をしているのかなど聞きたい事がありますし」

「…俺はもう自衛官ではない。だから階級で呼ばないでもらえると助かるのだが」

「あ、す、すいません…」

「…そう妙に縮こまる所は変わっていないな。まぁ、時間はあるから問題は無いが」

「そ、そうですか! では、空いてる部屋があると思いますので案内します」

「ああ」

 

 

 

 

 

劾と山田先生は会話をしながら校舎へと歩いていく。身長差があるが…逆にそれが似合う。

 

 

 

 

 

「え!? 天田さん夫婦も一緒に!?」

「ああ。…知らなかったのか?」

「お2人が自衛隊から居なくなったのは私がここに来る前でしたし、連絡も取れなかったじゃないですか。あの時は天田さんが励ましに来る以外で会うのは稀でしたし」

「確かに、そうだったな…」

 

 

 

 

 

そして青木一家と千冬は新華の眠る病室に着き、多くのコードに繋がれた新華を見て息を呑む。青木母などに至っては口を抑えて震えていた。

 

 

 

 

 

「新華…!」

「兄貴! どうして、こんな…」

 

 

 

 

 

青木母と実は新華に駆け寄って名前を呼ぶ。反応の無い新華の代わりにサヤカが言葉を話す。

 

 

 

 

 

「ご主人様、今は絶対安静なんです。だから眠らせておいてあげてください」

「…? もしかして、サヤカちゃん?」

「はい」

「えっ」

「い、いつの間に人間みたいに」

「先日に。…ご主人様は今眠っているだけです。まだ目覚めませんが死にはしません」

「だけど…」

「…サヤカちゃん。あなたは新華のISなのよね」

「はい」

「じゃあどうして新華がこんな目に遭うの!? どうしてこの子ばっかり傷ついてサヤカちゃんは無事なの!?」

 

 

 

 

 

青木母はサヤカに噛み付く。サヤカは何も言えなかった。

 

 

 

 

 

「操縦者を守るのがISでしょう!? なのに新華はこんなにボロボロになって…何で、どうして!? この子ばかり…!」

「………」

「母さん…」

「…落ち着きなさい」

「でも!」

「サヤカちゃんにも何か理由があったのだろう。でなければ彼女が新華を守らないなんて事、考えられるか?」

「それは………」

「…原因は分かってるんですし、早く兄貴に傷を直して起きてもらった方がいいよ。サヤカさん、これ」

 

 

 

 

 

実がゼロから注射器の入ったケースを取り出してサヤカに渡す。それが千冬からはISと同じように出したように見えた。

 

 

 

 

 

「! 今のは…」

「ソレスタルビーイングから持ってきたナノマシン、そっちで調整しながら兄貴の傷を治すのに役立ててください」

「…すいません。ありがとうございます」

「いえ、俺らソレスタルビーイング一同、兄貴にはまだまだ死んでもらっては困りますし。兄貴への恩も返しきれてませんからね」

「それは私もです。ご主人様が私の存在意義ですし、早く起きて欲しいですから」

 

 

 

 

 

サヤカは受け取りケースを同化する。そして中から注射器を出して新華に打つ。それを見た千冬は柄になく慌てた。

 

 

 

 

 

「なっ!?」

「ナノマシン制御開始……腹部を中心とした肉体の細胞を活性化、負傷部の修復…肉体への負担を考え時間を掛けての治癒を選択…。…これで傷の治りは早くなるでしょう」

「そうか…。以前のように元気になってくれるのか?」

「そればっかりはご主人様次第です。でもすぐに以前のような激しい動きは出来ませんから、そういった意味ではしばらく元気にはなりませんね」

「でも兄貴だから平気で無理する気がするなぁ…。そうなったら今度こそ死ぬんじゃ…」

「その時は専用機持ちの人達と私で全力で止めます。ご主人様は死ぬべき人ではありませんから」

 

 

 

 

 

サヤカの目が新華と同じように光りナノマシンを制御する。千冬は目の前で起きている異常な光景と、それを平然と受け入れている青木一家に戦慄した。

 

 

 

 

 

「(医療機器に囲まれた病人に、ナノマシンとはいえ追加の薬を素人が入れる、だと!? 新華のご両親も何も言わない…どういう事だ? まさか、ソレスタルビーイングという組織の影響なのか…?)」

 

 

 

 

 

両親は、今回まではいかないまでも大怪我をし消毒や薬を打った新華が自身にナノマシンを投入して傷を直している所を何度も見て慣れてしまったのである。本当なら何か言うのだが目の前で死に掛けて意識不明の新華を見てそれ程の余裕も無いというのもあった。

青木一家はサヤカと会話し、千冬が声を掛けるまで新華の傍を離れようとしなかった。

 

 

 

 

 

---シャルロット・デュノアの場合

 

 

 

 

 

授業が終わると、シャルロットは一目散に新華の病室へと向かった。

 

 

 

 

 

「…お邪魔するよ。サヤカ、新華は起きた?」

「いえ、まだです。相変わらず眠ってます」

「そっか…」

 

 

 

 

 

シャルロットはサヤカの向かいに椅子を引いて座る。新華の顔を見て、次いで体と頭に巻かれた包帯を見て顔を顰める。

 

 

 

 

 

「…サヤカ。サヤカは新華をどう思ってるの?」

「私、ですか? ご主人様は私の所有者であり操縦者。たった1人の存在意義であり、唯一私の性能を完全に引き出す事の出来る特別な人です」

「特別、かぁ…。僕もさ、新華を特別だと思ってる。一夏も勿論特別なんだけどさ、新華は一夏に無い優しさと強さがあるから」

「…そうですね」

「あ、もしかして信じていない?」

「いいえ。以前シャルロットさんが織斑さんの事をご主人様よりも好いていた事は知っています。でも今は違うのでしょう?」

「…サヤカでも分かるのに、一夏は気付かないんだもんなぁ…」

 

 

 

 

 

シャルロットは苦笑いを浮かべた。新華と常に共に居て脳量子波を使えるサヤカには見え見えである。

…そうでなくても見え見えなのに気付かない一夏は何なのだろうか…

 

 

 

 

 

「…ねぇサヤカ。新華は僕の事、どう思ってる?」

「直接ご主人様に聞いた方が…と言いたい所ですが、言わないでしょうね」

「うん。だからサヤカに好きか嫌いかくらいは聞いておきたくてね」

「そうですね…。少なくとも嫌いではありませんよ。でなければフランスの時の様にわざわざ助けに行ったりしません。ご主人様は嫌いな時はハッキリと嫌いと、拒絶しますから」

「…そこまで? 学園祭からこっち、僕らを拒絶してたけど…」

「あんなの、ご主人様の本当の拒絶からしてみればかなり優しいですよ。本当に嫌いな場合、相手にしないどころか居ない物として扱いますから」

「居ないものって…」

「ですから、ご主人様はあなた方の事は嫌いじゃないですよ。むしろ、好きだから自分から離そうとしていたんです」

「す、好きだから? それって…」

 

 

 

 

 

サヤカの言葉にシャルロットは自身の予想を立てる。その予想が当たっているかサヤカの目を見ると、サヤカは頷いて肯定する。

 

 

 

 

 

「はい。今のご主人様みたいにボロボロになってほしくないから、ですよ。それ以外にも悲惨な目に遭ったり、ご主人様を恨む者の慰めものにされたりしてほしくないから」

「慰みものって…」

「ご主人様は考えられる全ての最悪の事態を考えて行動してます。その中には死ぬよりも辛い事だって含まれてるんです。想像したくもない事ですら考えて、そうさせないように動いています」

「死ぬよりも辛い事…。それが、僕達を守ってボロボロになる事の理由?」

「はい。もう、ご主人様は希望を失いたくないんですよ。もう失う事に疲れて、とうとう自分を殺す事にも疲れてしまった…」

「え?」

「だけど、それでも皆さんを守りたかった。それでいいじゃないですか。ご主人様は決してあなた達の事が嫌いな訳じゃない。大切に想っているからこそ、あなた方を守った。後は、ご主人様の気が済むまで休ませてあげましょうよ」

「………」

 

 

 

 

 

シャルロットは新華の顔をしっかり見つめる。自分の事を嫌っていないと安心するが、サヤカの言葉で新華の疲れを癒してあげたいと思った。

 

 

 

 

 

「…ねぇサヤカ。僕はやっぱり、新華に起きていてほしい。僕と一緒にいて、名前を呼んでほしいんだ」

「………」

「僕の勝手かもしれない。でも、疲れているなら新華を癒してあげたいんだ。それが、僕が新華にしてあげられる事だと思うから。この気持ちに偽りは無いんだって分かるから」

「………」

「助けてくれた恩とかもある。でも、やっぱり新華が好きだから。こんな痛々しい姿は見たくない。癒して、少しでも楽にしてあげたいんだ」

「………」

 

 

 

 

 

サヤカは俯き、シャルロットは新華の手を握る力を少し強くした。

 

 

 

 

 

「だからさ。新華が起きたら、まずこの気持ちを伝える事から始めようと思ってる。聞こうとしなくても、聞いてもらう。それで、新華の本当の気持ちを少しでも分かればいいって思う」

「…そうですね」

「うん。新華がまた無茶しようとしたら、今度こそ僕らが何とかしようと思う。一夏も気迫迫る勢いで特訓に明け暮れ始めたし、あの無人機が来ても撃墜出来るようにする。うん、今、そう決めた」

「…………」

「そうと決まったら、僕も特訓しなきゃね。頑張らないと! サヤカ、また来るね」

「はい」

 

 

 

 

 

シャルロットは椅子から立ち上がって病室を出る。気合が篭った背中は頼もしく見えた。

 

 

 

 

 

---更識 簪の場合

 

 

 

 

 

授業の内容が全く頭に入らないまま、簪は生徒会室に行き楯無に新華のお見舞いに行くよう言われた。

 

 

 

 

 

『新華君の事考えているってバレバレよ。新華君のお見舞いに行って気持ちを整理してきなさい。それまでは生徒会はお姉さんに任せなさいな』

「…ありがとう、お姉ちゃん…」

 

 

 

 

 

簪はずっと新華の事が気になり、姉の善意をありがたく受け新華の病室へと急いだ。そして部屋の中に入って新華の顔を見る。

 

 

 

 

 

「失礼、します…。新華君は…」

「ご主人様は、寝たままです。容態も安定して良い方向に向かっているので安心していいですよ」

「そう…。…起きない、の…?」

「未だその気配はありませんね。…座ったらどうですか? 椅子、ありますよ」

「あ、うん…」

 

 

 

 

 

サヤカに促され簪は椅子を出して座る。視線は新華を捉え続けていた。

 

 

 

 

 

「…簪さん。あなたは今も、ご主人様の事が怖いですか?」

「え…」

「以前ご主人様は皆さんの前で人を惨殺し、嗤いました。その事であなたは、ご主人様を怖がり心無しか皆さんより避けていたように感じます」

「それは…」

 

 

 

 

 

簪は否定出来なかった。新華が確かに恐かったし、人を殺していた後の嗤いは今でも忘れられない。

 

 

 

 

 

「ご主人様への気持ちが揺らいでいたのではありませんか? 人を平然と殺せてしまうご主人様に、幻滅したのでは?」

「幻、滅…?」

「違いますか? ご主人様は確かにあなた達に優しかった。恩を感じたり好きになったりもしたでしょう。ですがあなた達と会っている裏ではあのように人を殺していた。一生背負う罪を知って、恐くなったんじゃないですか?」

「………」

「その結果…あなたは何を得ましたか?」

「何、を…」

「ご主人様が目の前で傷ついていくのを見て、どう感じましたか? すこし離れてみたご主人様が、あなたにはどう見えましたか?」

「私が…新華君を…」

 

 

 

 

 

簪はサヤカの言葉で動揺する心を隠さずに、縋るように新華の顔を見る。目を閉じて呼吸し眠る新華は、今この場において助けになってはくれない。

 

 

 

 

 

「ご主人様や楯無さんがいつまでも助けてくれると思わないでください。あなたには、あなた自身の人生があるのですから。そこに必ず楯無さんやご主人様が居るとは限らないんです」

「う…」

「ご主人様だって人間。いつか、どんな形かは分かりませんが別れは来るんです。そして別れの形も千差万別。このIS学園から卒業してしまえば、あなたは日本の代表候補生として、ご主人様はソレスタルビーイング院長として離れる事になります。そうなればお互いに忙しい身、いつ会えるか、それどころかいつまた話が出来るかわかりません」

「………」

「今ご主人様にその気はありませんが…多くの人から恨みを受けるのと同じ、いえそれ以上に多くの人から好かれています。もしご主人様の闇を受け入れられる人が出来れば、あなた達よりもその人ばかりを見るようになるでしょう。それこそ態度は同じでしょうけど、想いは伝わらなくなる」

「! そ、そんなの………」

「…そんなの、何ですか? 怖い相手から離れる事は安心を得られます。人を殺したご主人様から離れられて安心なのでは?」

「ち、違…」

 

 

 

 

 

サヤカから次々と放たれる言葉に簪は狼狽える。新華が人を殺した事でその心は揺らいだが、自分が死にそうになった時に助けられて想いを再確認した。

 

 

 

 

 

「た、確かに新華君はいけない事をした…。でも、私を助けてくれた…ヒーローみたいに」

「ヒーロー、ですか」

「うん…。私の打鉄弐式を作るのを手伝ってくれた所から始まって、沢山助けてくれた…。お姉ちゃんと仲直りしたり、こうして生きていられるのも、新華君が居たから…」

「………」

「この気持ちが、恩返しだと勘違いしているかもって、思った…。でも、それでもやっぱり、新華君はヒーローだった…。ちゃんと、守ろうとしてくれた…」

「………」

 

 

 

 

 

簪は確認するように思い出しながら考えを言葉にしていく。簪の中で新華が()を殺した事を簪は乗り越えつつあった。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんと色々話して…それで知った…。あの時新華君があの人をどうにかしていなかったら、いつか誰かを…って…」

「はい」

「それに、皆とも話した…。それで、代表候補生はもしかしたら、新華君のように人を…」

「…今まで、それすら知らなかったんですね。ただ、姉に追い付きたい一心でここまで来たのですから無理も無いかもしれませんが…」

「うん…。それで納得したって訳じゃないけど、区切りは付けられると思うから…。そうして新華君の事を考えると、やっぱり私は…」

「………」

 

 

 

 

 

自分の考えを纏めて、簪は自分の気持ちを言葉に出す。

 

 

 

 

 

「私は、新華君が好き。もう迷わない。この気持ちは、新華君への感謝よりも大きいから。誰にも負けない」

「…………」

「サヤカちゃんにも、否定させない。一緒に居たいと思えるから、あの時新華君が生きてくれれば死んでもいいって、思えたから」

「…そうですか。でも、あなた達のだれか1人でも何かあればご主人様は壊れてしまいますから、命は大切にしてください」

「うん…。生きて、新華君と共に居たい。だから、死なない、死なせない。私がお姉ちゃんや新華君にしてもらってきたように、守りたいから」

「…そうですか。なら、私から言う事はありません。どうか早く、ご主人様が安らげるような環境を整えてあげてください」

「うん…」

「それはそうと、ご主人様は常日頃から思っている事があります。あなたの影響でしょうか」

「え…?」

 

 

 

 

 

サヤカが言う新華の考え。自分の影響で考える事が簪は気になった。

 

 

 

 

 

「『俺はヒーローにはなれない。もしそういった存在に強引にでも当てはめるのなら、俺はダークヒーローだ。正義のヒーローは一夏達にお似合いだ』」

「それって…」

「あなたはよくご主人様と一緒にヒーロー物の番組を見ていましたよね? おそらくその影響かと」

「ダーク、ヒーロー…」

「はい。『ダークヒーローはヒーローの正反対を行く。ヒーローに倒される存在として、壁として立ち塞がる。ヒーローがそれを乗り越えたその時、大きく成長する。だから、一夏達の壁となって乗り越えさせる』と」

「…私には、新華君も、ヒーローに変わりない…。それに、今の新華君は…」

 

 

 

 

 

簪は新華の手を握る。

 

 

 

 

 

「辛い壁を乗り越えようと藻掻いて、皆を守った、ヒーローだよ…」

「…簪さん」

「…このままに、させて…」

 

 

 

 

 

新華の手を胸に抱え目を瞑り新華を想う簪。サヤカはその光景を優しく見ていた。

 

 

 

 

 

---更識 楯無の場合

 

 

 

 

 

楯無は暇さえあれば新華の見舞いに行っていた。1050室に戻った所で新華は居らず、かと言って他の部屋の1年生は生徒会長という肩書きに警戒して近付かない。要はつまらない(寂しい)のだ。

 

 

 

 

 

「また来たわ、サヤカちゃん、新華君」

「お仕事、お疲れ様です」

「それほどじゃ無いわよ」

 

 

 

 

 

いつもの飄々とした態度でサヤカの向かい側に座って、変わらず眠る新華の顔を見る。大量出血で青くなっていた顔は、大分良くなり元の色を取り戻しつつあった。

 

 

 

 

 

「まだ何の反応も無いの?」

「はい。ご主人様のご両親と実君が来ましたが、その時も身動ぎ1つしませんでした」

「…溜まっていた疲れを癒しているのか、それとも寝ていても他人を拒絶するのか…どっちなのかしら」

「………」

「全く、ここまで1人で抱え込んで…。本当、痛々しくて見ていられないじゃないの」

 

 

 

 

 

楯無が新華の頬を撫でる。今回守られた事は、新華への好意を更に募らせる結果になった。同時にボロボロになるまで傷付く新華を守りたいという感情と、ここまで新華を傷つけた亡国機業、篠ノ之 束博士に怒りを覚えた。

 

 

 

 

 

「…サヤカちゃん。確認するけど、あの無人機は亡国機業…いえ、篠ノ之 束博士の作ったもので間違い無いわね?」

「はい。ですが、これくらいそちらでも分かりきっている筈ですが?」

「それでも、確認よ。いつまでも敵の好き勝手にやらせる訳にはいかないし、新華君をこうまで痛めつけてくれたお礼は倍にして返さないとね」

「…そうですね」

 

 

 

 

 

サヤカも新華の手を握る。楯無は新華を悲しげな目で見つめる。

 

 

 

 

 

「…新華君。私ね、新華君の事、好きよ。どんなに傷付こうとも、どんなに拒絶されても、この気持ちに変わりないわ」

 

 

 

 

 

楯無は自分の気持ちを寝ている新華に伝える。寝ている新華からはもちろん聞こえないが、楯無にとってはそれでも言いたい事だった。

 

 

 

 

 

「眠っていて聞こえないと思うけど、これは予行演習。もしちゃんと起きて話が出来るようになったら…」

「…楯無さん」

「私の、楯無じゃない本当の名前を教えてあげる。だから、早く起きて私の想い、受け止めてちょうだい。こうして言うだけでも、ちょっと恥ずかしいんだからね」

 

 

 

 

 

自分と新華の額を合せる。角度によってはキスしているように見えた。

 

 

 

 

 

---篠ノ之 束の場合

 

 

 

 

 

サヤカが眠らずの看護をしていた真夜中、2人の訪問者が来た。その訪問者を見た瞬間、サヤカは立ち上がり影に殴りかかる。

しかしサヤカの拳は影の一歩手前で見えない壁により止められた。

 

 

 

 

 

「っ!」

「いきなり危ないなぁ~。待機状態から変化したISが創造主に逆らうなんて前代未聞だよ~」

「私はあなたに造られたのではない! 何をしにきた!」

「何って、しんくんのお見舞いだよ~。ほら、怪我したから心配じゃない?」

「どの口がそれを言うのか…! 元凶が!」

「束様!」

「んもう、落ち着いてよ~。別にしんくんに何をする訳でもないんだし、お見舞いっていうのは本当だよ?」

「巫山戯た事を…!」

 

 

 

 

 

サヤカは今まで新華すら見た事の無い形相で束に何度も殴りかかる。見えない壁はその度に火花を散らす。

 

 

 

 

 

「この絶対防御のエネルギーを使い切らせて、この束さんを殺す気?」

「た、束様! 下がってください!」

「いや、大丈夫だよくーちゃん。この程度じゃこの絶対防御は破れないし。絶対防御を破りたいならしんくんを起こしてちゃんとISとして武器を使わないと」

「くっ」

 

 

 

 

 

訪問してきたのは、驚く事に篠ノ之 束と助手兼家政婦兼義娘のような存在であるくーだった。

 

 

 

 

 

「ほらほら。しんくんの顔が見たいから退いた退いた。なんなら、君を持ち帰って弄り回してもいいんだよ?」

「何でも自分の思い通りに動くと思うな、篠ノ之 束! ご主人様やこのIS学園は、あなたの玩具じゃ無い! まるで実験場のように扱って!」

「でも、実際には束さんの思い通りにISは世界に認められた。今現状で思い通りになってないのは、君としんくん、ちーちゃんだけなんだから」

「それは傲慢だ! あなたの思い通りになっていない事はいくらでもある! 神にでもなったつもりか!」

「うるさいなぁ」

「く、クアンタさん! 落ち着いてください! 病室で、こんな音を出したら…」

「そうして誰かが来て、ちーちゃんを呼んでもらう。それが目的でしょ?」

「っ」

「無駄だよ。そんな事を予想出来ないわけじゃないからね。しんくんと一緒に居た時に隠密性が必要だった事はいくらでもあったからね、対策は出来てるよ」

「あなたは…!」

 

 

 

 

 

憎む目で束を睨む。くーはオロオロし、束は受け流すように新華へと近付く。しかしサヤカはそうはさせまいと立ち塞がる。

 

 

 

 

 

「行かせない。こうしてご主人様が大怪我をする元凶の『ゴーレムⅢ』を造ったあなたに、ご主人様を心配する資格は無い!」

「…それが立ち塞がる理由?」

「それだけじゃない。あなたは分かっているでしょう? もう以前のような共犯体制じゃない。あなたは、ご主人様と私にとって殺すべき敵。もう馴れ馴れしく話す事も必要ない!」

「ハッキリ言うねぇ…。じゃあくーちゃんは?」

「あくまで共に居るなら排除します。ご主人様ならそう答えますよ」

「っ!? 新華さんが、そんな…」

「それだけあなた達はやりすぎた。まさか、『銃人』を作って投入させるなんて…」

「ん? 『銃人』? ああ、あのISの出来損ないでデットコピーの事か。言っておくけど、アレは私が作った物じゃないよ。ね、くーちゃん」

「え、あ、はい。束様が作ったのは7機の『ゴーレムⅢ』だけ。それも、ああして再起動出来るようには作っていませんでした」

 

 

 

 

 

束とくーが衝撃的な事を言う。しかしサヤカは拳を強く握り締めるだけだった。

 

 

 

 

 

「束さんがしたのは『ゴーレムⅢ』を作っただけ。そこにアイツらが勝手に色々としてくれやがったんだよ。御陰でしんくんからは殺害宣言を受けるし、箒ちゃんの紅椿のデータは十分摂れたけど全部破壊されちゃうし」

「………言いたい事はそれだけ?」

「クアンタさん…」

「巫山戯ないで! 他人が勝手にやった事だから自分には責任が無いと言うつもりですか!? あなたは、どれだけ人を馬鹿にすれば気が済むの!? 例えそれが事実だとしても責任はあなたたちにある。『ゴーレム』という無人機シリーズを生み出した、ISを作って後始末をしなかったあなたに!」

「辛辣だね~」

「出ていって! そして、2度と来ないで! ご主人様は自分の罪を自覚している。自身の罪を自覚しない挙句、他人に擦り付けるような子供の頭をした人の顔なんて、見たくない!」

「………」

 

 

 

 

 

束は包帯が巻かれ眠る新華に視線を移す。新華の状態はIS学園に来る際、クラッキングをする事で分かっていた。

 

 

 

 

 

「分かってるんですか!? あなたがご主人様をここまで傷つけた! こうしてご主人様が倒れた原因は、篠ノ之 束、あなたです! あなたの下らない考えのせいで、ご主人様は…!」

「…束さんも反省してるんだよ? 今回()やりすぎちゃったって」

「今回()!? 違うでしょう! あなたは毎回毎回、自分だけ安全な場所から他人を見下して遊んでいる! 本来恨まれるべきなのはご主人様ではなく、アナタです! なのにヘラヘラと…!」

「でもさ、束さんにとってちーちゃんにいっくん、箒ちゃんとしんくんだけは特別なんだよ? 特にしんくんは本来いっくんが居なければ見向きもしなかっただろうね」

「だから、どうだって言うんです!?」

「だからこそ、しんくんはある意味いっくんより特別なんだよ。でなければ束さんがこうして来る事も無かっただろうし、こんな気持ちを抱く事も無かった」

「何を…っ!?」

「束様…」

 

 

 

 

 

サヤカは束の顔を見て言葉を失った。束は傷だらけの新華を見て、表情を変えずに涙を流していた。

 

 

 

 

 

「ねぇ、この胸にぽっかり穴が空いた感じは何なんだろうね? 束さんにとってのしんくんは、共犯者でいい刺激だった。でもそれだけだったら、こんな気持ちにならないよね?」

「篠ノ之 束、あなたは…」

「…うん! 今日はこれくらいにしておくよ! ちーちゃんが来ちゃうかもしれないしね~! くーちゃん、行くよ!」

「え、あ、束様…」

「んじゃ。まったねー!」

「く、クアンタさん! また…」

「………」

 

 

 

 

 

束とくーは涙を流しながら扉の向こうの闇に消えた。サヤカは呆然としながらその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

「…ご主人様は織斑 千冬と並んでIS操縦のスペシャリスト。そして織斑 千冬にはない頭脳と暖かみを持っている。篠ノ之 束が恋をしていても可笑しくない、とでも…?」

 

 

 

 

 

呆然としたまま、新華の顔を見る。

 

 

 

 

 

「ご主人様…」

「………」スー、スー

 

 

 

 

 

元居た椅子に座り直し、新華の手を握る。今まで大きな音や声を出していたにも関わらず新華は寝たままだった。

 

 

 

 

 

「ご主人様…もし万が一、篠ノ之 束を許せるようになったら、ご主人様はどうするのですか? それでもと言って殺しますか? それとも…」

「………」スー、スー

「…すみません。休んでいる時に言う事ではありませんでしたね。ご主人様が休んでいる間は、私やこの学園に居る皆さんでご主人様を守ります。だから、ちゃんと最後には起きてくださいね…」

 

 

 

 

 

両手で新華の手を握り締め、祈る。新華が無事に元気になる事を。

 

 

 

 

 

結局新華が何かに反応する事は一切無かった。新華が眠り続けて1週間経った頃、ようやく新華は目覚める事になる。

あまりに疲れた為に、いくつかを失った状態で…

 

 

 

 

 




ヒロインの想いと、サヤカが切れる回でした。因みに山田×劾ではないです。だって山田先生には一夏フラグが立ってますし、劾さんは枯れてますし…。(ライブラリアン戦の時にロレッタが言っていた気が…)
絶対束には新華のフラグ立ってると思うんですよ。自分と対等に開発話が出来て、生活面で小言を言われながら頼りになり、ちゃんと助ける場面では助けてくれる。自覚は無いにしろ落ちるのではないでしょうか。
劾さんと山田先生、シローの階級は適当です。自衛隊の事とかあまり分からんからエヴァを参考に…。IS代表候補生だから山田先生の方が階級は高かったという感じです。

あ、書き忘れですが、前話に置けるジェリドの仲の人ネタは、とある新聞社員の山岡さんです。究極です。

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