怠惰を求めて勤勉に   作:生物産業

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第九話 必殺技

 レイジーが嘆いてから10分後。なのはとフェイトによって団体戦のチーム分が発表された。

 模擬戦チームにレイジーとセインを追加するだけなので、特に問題は発生しなかった。

 レイジーは青に、セインは赤チームに入った。

 作戦タイムが設けられ、だれがどの場所で出るかが話し合われる。

 

「S1はやっぱりなのはさんかな」

「いやここは勝利を優先して、僕がS1を務める」

「レイジーさん、ただ試合をしたくないだけですよね?」

 

 ヴィヴィオの鋭いツッコミ。ダブルス2試合とシングルス2試合で3勝してくれれば最後に回ることはない。レイジーはそれを願っての発言だ。

 まあ、そんな自己中心的な提案が認められるわけもなく、作戦参謀のルーテシアが両腕で×を作って却下を出した。

 

「レイジーはシングルス確定として、問題はダブルスかな」

 

 砲撃魔導師であるなのはに、サポートが得意な召喚士のルーテシアはダブルス向きと言える。

 スバルとエリオは機動六課で苦楽を共にしてきた仲間であり、互いの戦闘方法を知り得ている。

 だからコンビを組むという意味では可能であるが、どちらも突撃型なため後方支援ができない。

 そうなるとダブルスとして機能するかは難しい。

 ヴィヴィオは射撃魔法や速射砲撃と言った中距離支援も可能にするオールラウンダー型の格闘タイプだが、魔力値は決して高い方ではなく火力に乏しい。

 悪く言ってしまえば器用貧乏なので、ダブルスで出場する場合は突破力のあるスバルかエリオと組むのが望ましい。

 ヴィヴィオ以外をよく知らないリオに他の面々と息を合わせろというのは酷である。必然的にシングルス。

 

 リオとレイジーでシングルスが二つ埋まるが、やはりダブルスをどうしようかと悩んでいると、ルーテシアが楽しそうに笑った。

 

「なのはさん、母娘で行ってみます? 私はスバルさんと組みますから」

「ヴィヴィオ、ママと一緒に戦ってみる?」

「なのはママと? うん♪ やってみる!」

 

 ヴィヴィオの目標はなのはを守れるくらいに強くなること。まだそんな力を身に付けた訳ではないが、今回はチャンスとも言える。後衛としてではなく前衛としてなのはを守るのだ。そのチャンスが巡って来たことにヴィヴィオは静かに闘志を燃やしていた。

 

「S1がエリオ。たぶん、向こうはフェイトさんだと思う」

「任せて。僕の所まで回って来たら、必ず勝ってみせるよ」

 

 上手くいけば親子対決。フェイトに育ててもらったと感じているエリオは、自分の成長ぶりを見せようと目が真剣だった。ヴィヴィオと同じようにすでに戦闘モードである。

 

「S2にレイジー君、S3にリオちゃんかな。向こうはたぶん、アインハルトちゃんかセインが来ると思う」

 

 なのはの読みでは赤組のダブルスはティアナ&ノーヴェ。キャロ&コロナと見ている。スバルと長年コンビを組んできたティアナであれば同タイプのノーヴェと組むことも可能。

 キャロの単独での戦力は高い物ではないので、シングルスに出ることは難しい。

 コロナもレイジーと当たってしまえば創成魔法を発動させる前に潰されてしまう。

 レイジーが必ずシングルスで出場することは赤組にも分かっているであろうから、コロナを単独で出すリスクは冒さないとなのはは予想した。ティアナならそう考えるだろうと。

 消去法で考えれば、残ったアインハルトかセインがシングルスに回ってくる。

 

「ちなみにセインはシスターシャッハと同じ、透過可能な移動スキルを持ってるよ」

「げっ」

 

 露骨に嫌そうな顔をするレイジー。

 セインのIS『ディープダイバー』は地面や壁の中を移動でき、隠密行動に優れる。

 相手の攻撃に対してほぼ無防備を晒すレイジーに取って相性の悪い相手と言える。

 

「でも負けるわけにはいかないんだよなー」

 

 なのはが言った罰ゲーム。負けた方は勝った方のお願いを一つ聞かなければならない。

 向こうには面倒そうな注文をしてきそうな者が若干名いる。ノーヴェ然り、アインハルト然りだ。

 

「3勝しないといけないからレイジーだけが勝っても無駄なんだけどね」

「はい、そこ! モチベーションを下げるようなことは言わない! これは僕のこれからの生活が懸かってるんだ。もし負けたら、全員メタボリック体型にするから」

 

 ピキリと固まるなのはとルーテシア。いやいやと顔を青くしながら首を横に振る。

 ふくよかな自分、今の三倍以上の体重で、上下に肉を揺らしながら生活する自分、そんな自分を想像して身体を震わせる。

 ありえない。それはありえない。

 今まで培ってきたものがすべて失われるかもしれないとなのはやルーテシアは本気になった。

 リオは「ちょっと面白そう」と興味を示しているが、当然負けるつもりはない。道場で育ってきたため、勝ち負けにはどん欲だ。

 スバルはあまり気にしていないようだった。

 青組の勝利への執念は一部を除き、異様に高まるのだった。

 

 ■

 

 審判を務めるメガーヌにメンバー表を両チームが渡した。

 

「それで、順番はどうする? ダブルスを2試合してからシングルスに行く? それともダブルス、シングルスと交互に行く?」

 

 キャプテンを務めるなのはとフェイトが少し話し合って、交互に試合を行うことに決定した。

 

「じゃあ、最初はS3の対決ね。あら、これはお互いの予想が外れたのかしらね?」

 

 青組、リオ・ウエズリー。赤組、フェイト・T・ハラオウン。

 

「確実に勝ちを拾いに来たみたいだね」

 

 ルーテシアがやられたという表情をする。先勝されれば後続のプレッシャーは高まってしまう。

 リオには申し訳ないが、さすがに分が悪い。管理局でも凄腕で通っているフェイトに、初等科4年生が勝てると思うほど、ルーテシアは甘い読みはしない。

 頑張って欲しいところだが、結果は見えていた。

 

 

 

 

「あーあ、負けちゃったー」

 

 リオが悔しそうな声を上げた。

 第一試合は周囲の予想通りフェイトの勝利で終わった。リオも健闘したが、同じ雷の魔力変換資質を持つがゆえに、経験値という意味で一日の長があるフェイトにほぼ雷撃を無効化されてしまう。

 高速戦闘を得意とするフェイトの土俵に上げられてしまったため、攻撃の度にスピードが上がるフェイトについていけず敗れた。

 大人としての威厳を保ったフェイトは地面に座ったままのリオを抱きかかえる。

 頑張ったねと健闘をたたえたが、やはり負けず嫌いなのかリオは目に涙を溜めていた。

 よしよしとリオの頭を撫でて慰めるフェイト。きっとこの子は強くなるなと、そう思った。

 

「まずは一敗ね」

「次負けると後がないんだけど」

 

 レイジーからルーテシアへのプレッシャー。ルーテシアも自分のイメージ崩壊が懸かっているため、負ける気はさらさらない。

 

「スバルさん、マジでお願い」

「なんか私と反応が違わない?」

「……名前、忘れちゃったんだ」

「……ルーテシアよ。ルー様と呼びなさい」

「ルー様、ふぁいと」

「いや、冗談よ。レイジーには男としてのプライドみたいなものはないの?」

「ない」

 

 きっぱりと断言した。

 

「ルーテシア、レイジーに男らしさを求めるのは可哀想だよ」

 

 スバルがフォローに回ったが、彼女の言葉は決してレイジーを擁護するものではない。

 

「まあ、良いわ。スバルさん、頑張りましょうね」

「サポートお願いね」

 

 二人がリングに向かう。

 赤組チームはコロナとキャロのチビッ子コンビだった。

 

 タッグマッチ第一戦はリオとフェイトのような一方的なものにはならなかった。

 ルーテシアとキャロが牽制し合い、スバルがコロナの創り出したゴライアスと激しい戦闘を始める。

 動きの遅さが欠点であるゴライアスはウイングロードを展開し、縦横無尽に動き回るスバルに苦労するが、キャロのトラップバインドがスバルに炸裂し、動きを封殺。破壊力だけならトップクラスであるゴライアスのロケットパンチがスバルに直撃しかけるが、そこはルーテシアがチェーンバインドでゴライアスのパンチを止めてスバルを救う。

 

 キャロのバインドを解除したスバルは右手を失っているゴライアスに突撃。リボルバーナックルで上部を破壊すると、操作主のコロナに襲いかかる。

 キャロもサポートに回ったが、ルーテシアに妨害されてしまい防御が間に合わなかった。

 コロナはスバルのディバインバスターを食らってしまい、気絶した。

 青組の勝利である。

 

「勝ったよ」

 

 戻って来たスバルとレイジーが手を合わせる。ぱちんと小気味よい音がした。

 

「全力全壊の精神。大切だと思う」

 

 気絶し目を回すコロナ。腰より上が無くなったゴライアス。レイジーの称賛の言葉に、スバルは「あははは……」と乾いた笑いを浮かべた。

 

「私への祝福がないけど?」

「ルーよくやった」

「なんで急に上から目線?」

「ルーちゃん、よくやったよ♪」

「キモ」

「ヨクガンバリマシタ」

「普通に褒めなさいっ!」

 

 ばしっとルーテシアがレイジーを叩くがぽよんと肉の弾力に負けて逆にしりもちを突かされた。

 

「レイジー、その邪魔なお肉はちゃんと取りなさいよ」

「分かってるよ。負けられない戦いなんだ。僕だって全力全開だよ」

「なんか私の時と言葉のニュアンスが違わない?」

「気のせい」

 

 スバルは微妙な顔をしながら納得した。

 

「じゃあ、次の試合を始めるわよー!」

 

 メガーヌから声がかかる。

 

「青組、レイジー君、赤組、アインハルトちゃん」

 

 同学年対決。

 そして何より、アインハルトが待ち望んでいた試合だ。

 赤組陣地で闘志をたぎらせるアインハルトがレイジーには見えた。おそらく幻覚だろうが、彼女の背中にメラメラと炎が見える。

 

「むむ。ストラトスが相手なら、このままの方が良いかな」

「アインハルトを舐めてると痛い目を見るわよ」

「別に舐めてるわけじゃない。まあ、見てて。僕の必殺技が火を噴くから」

 

 ルーテシアにそう告げるとレイジーはリングに向かった。

 

「ディリジェントさん、手合せお願いいたします」

「穏やかな日常のために負けてもらうよ」

 

 二人の戦いが始まる。

 

 ■

 

 リングで向かい合うレイジーとアインハルト。アインハルトはすでに大人モードになっており、やる気満々だった。

 一方のレイジーは相変わらずと言って具合で、ジャージ姿のままバリアジャケットを展開するようなことはなかった。

 

「準備は良い?」

 

 メガーヌの言葉に二人が頷く。

 右手を上げ、メガーヌは勢いよくそれを振り下ろした。

 

「始め!」

 

 アインハルトは攻撃をもらう覚悟で、左に走り出した。先手はレイジー。それは現段階では防ぎようがない。

 防御を固めたところで、手詰まりは確実だ。試合終了まで蹴りを放っていられるであろうレイジーのバカみたいな体力に防御という選択肢はない。

 ならば、1、2発を受ける覚悟でアインハルトは回避に回った。

 

(あれ?)

 

 違和感に気づく。

 レイジーの速攻に備えていたが、攻撃はやってこなかった。

 なんの妨害もなく走り出してしまった事に、アインハルトは困惑した。

 

(舐められている?)

 

 その考えがよぎったが、それはないと否定する。

 試合前には勝つとレイジーは宣言している。勝つ気であるのは間違いない。

 では、なぜ攻撃を仕掛けてこないのか? アインハルトは全く動こうとしないレイジーにただただ不気味さを感じていた。

 

(このまま距離を開けていても、勝ちはありません。ここは迷ってる場合じゃない!)

 

 覇王流が最強であると証明する、その思いで今まで生きてきたアインハルト。相手が何を企んでいようと、ここで退いては覇王流は名乗れない。

 行く。そう覚悟を決めて、アインハルトは足先をレイジーの方に向けた。

 フェイトを彷彿させるような鋭い走り。レイジーの攻撃を受けないように左右へのフットワークで狙いを定めさせない。

 レイジーはアインハルトを捉えているものの攻撃をしようとしない。近づいてくる彼女に対して全く動作を起こさないのだ。

 

「はあああ!」

 

 その結果、レイジーはアインハルトの右拳を食らうことになる。

 レイジーのお腹に文字通り突き刺さった拳。アインハルトの肘から先が肉に包まれて行った。

 

「やっぱり、走りながら覇王流は上手く使えないみたいだね」

 

 レイジーの言葉にぞっと全身が震える。

 アインハルトの本能が下がれと全細胞に告げた。だが遅い。

 

「あげるよ」

 

 レイジーは笑う。アインハルトは苦悶の表情を浮かべる。

 めり込んだ右腕を引き戻そうとしても、何かに掴まれているようでできなかった。

 レイジーとの密着状態。左拳をレイジーの顔面に向かって振るおうとしたが、それは叶わない。

 全身が鉛のように重くなったのをアインハルトは感じた。

 

「え?」

 

 一瞬の事だった。

 目の前のレイジーは本来の姿に戻っていた。引き締まった身体が目の前に現れる。

 魔法で構築したのか、ちゃんと服は着ていた。

 

 半袖短パンと言ったラフなものであるが、それは今はどうでも良い。

 アインハルトは視線を自分の身体に移す。そして見なければ良かったと後悔した。

 ぶくぶくと膨れ上がった肉の塊が、腕だけでなく全身に纏わりついていた。ご丁寧に服まで作られている。

 これが勝負中だということも忘れて、鉛のように重くなった右手を頬に添える。

 

 ぽよん。

 

 嫌な音だ。非常に嫌な音だ。

 出るとこは出て、引っ込むところはない。

 ダイナマイトボディが完成していた。メダボリックアインハルトが現出したのだ。ごっつぁんですとでも言って、ちゃんこに舌鼓を打っていれば、どこぞの世界で大活躍できたかもしれない。

 

「くっ!」

 

 必死になって邪魔な肉の塊を取ろうとする。彼女とて立派な乙女だ。今の状況が許されるわけがない。

 だが、引きはがそうにも身体は言うことを聞かず、魔力を全開にして吹き飛ばそうにも魔力を上手く操作できない。

 

「変わり身の術。相手に僕の癒しをプレゼント。まあ、重いし僕の魔力で作ってあるものだから、一度身に付けるとずっと魔力阻害に遭うよ。つまり、君はただのサンドバックになったわけだ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたレイジー。余計な脂肪が付いてない分、彼本来の笑みがそこには有った。

 

「お望みの全力だよ」

 

 その言葉を最後にアインハルトの意識は飛んだ。

 レイジーの渾身の蹴撃がアインハルトの身体を吹き飛ばしたのだった。

 見ていた者達は口を揃えて言う。レイジーの最後の攻撃は

 

 ――集束系魔法(ブレイカー)だったと。

 

 ■

 

「ぶぃ」

 

 Vサインをして戻ってくるレイジー。身体が軽いのか、スキップするほどの軽快さを見せている。

 笑顔なレイジーに対して、女性陣は冷ややかな視線を送っていた。

 同性として、アインハルトにした行為が許せないようだった。

 エリオのみ、苦笑しつつもレイジーの帰還を受け入れていた。

 

「僕の必殺技、その2『いっしょにブートキャンプ』はどうだった?」

「もしかして、私達が負けたらあれになるの?」

「無理無理無理無理」

 

 ルーテシアの言葉にリオが拒絶反応を示した。試合が始まる前は興味を持っていた彼女だが、現実の残酷さを目の当たりにして受け入れることができなかったようだ。

 

「あはは、さすがに私もあれはちょっと」

「ママ、ヴィヴィオは健康的に生きてます」

「ヴィヴィオが……ヴィヴィオが……」

 

 スバルもレイジーの技はダメなようだ。表情にいつもの天真爛漫さがない。

 高町母娘は遠い目をして空を見上げている。

 青組チームの戦意がほぼ崩壊しつつあった。

 勝ちを拾ってきたにも関わらず、全く祝福されないレイジーはエリオの横に座り膝を抱える。

 エリオは「頑張ったね」とレイジーの大好きなコーラを渡して励ます。

 レイジーの機嫌が20上昇した。

 

 その後、負ければ最悪の状況になると改めて再確認した青組の面々は軽々と限界突破した。

 ダブルス二試合目は高町母娘VSティアナ&ノーヴェだったのだが、開始早々になのはとヴィヴィオがディバインバスターを狂ったように乱射。それが見事ティアナに直撃し、勝負は呆気なく終わった。三勝した青組チームの勝利となり、レイジーの穏やかな生活と女性陣の尊厳は守られることになった。

 

 げに恐ろしきはレイジーの必殺技である。


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