「ガンバ」
そう言って自室に戻った少年、その名はレイジー。
やはりというか当然のことだが、朝食の席で告げられた模擬戦開催に不参加を表明した。
理由は簡潔にして明瞭だった。
「面倒臭い」
なのはとフェイトと言った大人組は苦笑し、他の面々は何とか説得を試みようとしたが、会話にすらならずレイジーは面倒の一点ばり。引きこもりと化した。
そんなレイジーに未だ説得を続けようとする美少女、アインハルト。
ベッドに寝そべり携帯ゲーム機に熱中するレイジーに真摯な気持ちを伝えようとする。
「ディリジェントさん」
「嫌だ、嫌です。いやーん。どれがお好み?」
「私は貴方と本気で戦ってみたいのです」
「僕は貴女と本気で戦いたくないのです」
アインハルトの説得は全く以って無意味だった。
目に見えて落ち込むアインハルト。それを気遣ったのかは分からないが、レイジーは彼女に向けてこう言った。
「集団戦では僕は無力」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味。僕は個人戦競技者であって、チーム戦の心得もなければ戦い方もない」
「それは私も同じです」
アインハルトとてヴィヴィオ達と出会う前まで一人で鍛錬を行い、一人で戦ってきたのだ。チーム戦の経験など有るわけがない。
「違うんだよ。君と僕とでは全く違う。僕は君のように器用には戦えない」
アインハルトが真っ直ぐ見つめる。
「格闘技を始めてから今まで、僕は蹴ることだけをやって来た」
「鍛錬を続けて来たと? それなら私だって……」
「違う、そうじゃない。努力がどうとかじゃない。僕はずっと蹴りだけをやって来たってこと」
「……」
アインハルトは考えた。
レイジーの鍛錬は確かに奇妙だった。攻撃、防御、回避、それらをどの割合でやるかは個人の自由である。攻撃が得意な人間は当然その練習に時間を割くし、逆に防御が苦手という理由でそこに重点を置くかもしれない。
だが、レイジーは違う。
攻撃は蹴りのみ。格闘技を行うなら拳だって使う。手足を使うのだから自然と型が出来ていき、それを反復して身体に馴染ませる。自分の覇王流がそうであるように、大抵は決まった型をより自然に出せるように練習していくのだ。
型がある以上、攻撃だけではなく防御や回避の動作も同時に鍛錬しなければならない。本来はそうなのだ。
例えば右拳を繰り出す時、相手にかわされるもしくは受け止められることもあるのだから、次の行動を想定しなければならない。連続攻撃か、それとも防御か、そう言ったことを考えられたことによって型はできあがっていく。
だが、レイジーにそれはない。
すべてが攻撃。それも蹴りのみの練習。格闘技を行うものならこの異様さが容易に分かってしまう。
「僕は自分にできないことを研究した。そして気づいた。どんなに速く動けても、どんなに精密な魔力操作であっても、それを実行できる頭がない」
「矛盾していませんか? 貴方のスタイルは速さと圧倒的な魔力操作によるものだと思うのですが」
「それは違う。僕が近接戦闘をしない理由が分かる?」
「……面倒だからですか?」
レイジーという人間を考えればそう答えるのも仕方がない。
「確かにそれもある。でもそうじゃない。高速戦闘を行う上で必要なのは当然スピードだけど、それ以外にも情報処理能力が必要なんだよ。速く動けば動くほど、考える時間は少なくなる。目まぐるしく変わる状況の変化に頭が付いて行かなければただ速いだけで終わる」
「そうですね。扱い切れない速さは、自分を弱くするだけですから」
「射撃型もそう。どんなに魔力を制御出来たって、何十もの誘導弾を操作するにはそれを使えるだけの頭が必要。僕にはそれがない」
速さや魔力制御を極めて行ったとしてもそれを使えるだけの頭脳を持っていなければ何の意味もなさないということ。
超高性能なコンピューターを持っていても、扱い方をしらなければただの鉄くずになるだけだ。
「だから諦めた。高速での近接戦闘も、誘導弾を駆使する射撃タイプも僕では無理なんだ。難しいのと不可能では意味がまるで違う。自分に合ってるかどうかというレベルじゃないんだ。努力してどうこうなるものじゃない」
出来ない事をどれだけやったところで出来るようにはならない。
出来なさそうな事なら出来るかもしれないが、出来ない事はできないのだ。
「僕は自分に出来ないことはやらない。出来ることと勝つために必要なことをやっているだけ」
「それが蹴りだけの練習に繋がるのですね」
「そう。相手がどうするとか、自分がどうするとかを考えずただ相手に蹴りをぶつけるだけ。それだけじゃダメだと言われたこともあるけど、どうにもならなかったら諦めるしかない。僕はそう思って練習してる」
ダメだと分かっているならそこを改善する。普通はそうだ。
だが、アインハルトは思う。
(ディリジェントさんは、どうにもならない状況を許す気はないのでしょうね。一芸を本当の意味で極めようとしている)
極めるとは誰にも負けないことを。その点において負けを許してはいけないということ。
何かで補うものではなく、それ一つで頂に立てるものである。
アインハルトの覇王流がそうであるように、レイジーの蹴り技もまたそれを目指している。
少なくともアインハルトにはそんな風に感じられた。
「いついかなる状況においても最強なんて人は歴史上存在しない。でも、この分野なら負けないという人は少なからず存在する」
「だからディリジェントさんは個人戦競技者という言い方をしたのですね。格闘家ではなく」
アインハルトもレイジーの言葉の意味を理解した。
「公式の大会や試合で個人戦であれば、例外なく審判が居て、リングが有って、ルールがある。なにより、始まりの合図をお互いが対峙した状況で聞くことになる。だからこその僕のスタイル」
集団戦であるなら陣地があるため、その中での配置はチームの自由だ。
だからこそ、スタート開始時点で相手の姿を必ず見れるという状況ではない。
背後からの奇襲なんてことも起こってくる。
だが、個人戦に背後から襲われる、相手を見失うなどという状況はない。少なくともスタート時点では。
「開始と同時に蹴撃の連打。試合であるなら開始距離がすべてディリジェントさんの攻撃範囲内だから、相手は防ぐ以外の手が打てない」
「そう。フィールドが広すぎると攻撃が届く前に避けられる。あの仕切られた檻のような空間でこそ僕の力は最大限発揮されるし、発揮しなければいけない」
「他のどんな状況よりも、個人戦でのみ最大効果を生む力」
「スポーツ格闘技で僕は負けないよ。必要な力はちゃんと身に付けてる。バリアもバインド対策もね」
レイジーは決して人生のすべてを鍛錬に費やしてきたなどと言えるような努力をしている訳ではない。
だが、やるべき事を、やらなければいけない事をやってきた。
それが人よりも時間という意味で少ないものであっても密度が違う。同じ行為をただひたすらに繰り返してきたのだ。
(余程の覚悟があるのでしょう。同じ練習では自分が成長しているかどうかで悩むことがある。それでも今まで続けて来たのですから、ディリジェントさんには確固たる意志というのがあるのですね)
アインハルトが一度目を閉じて、そして開く。虹彩異色の瞳がレイジーを貫く。
「ディリジェントさん。貴方はなんのためにそれほどまでの努力を?」
強き王を目指すアインハルト。きっと自分以上に強い想いを持っているだろうディリジェントにアインハルトは真っ直ぐ尋ねた。
「ダラダラとした生活を送るため。20歳になるまでには一生ダラダラできるだけの賞金をゲットするつもり。それからは日がな一日ベッドでゴロゴロ。夢のような生活」
これ以上ない笑顔。纏った魔力脂肪さえ張り艶がでるほどニッコリと笑う。
レイジー・ディリジェント、渾身の笑顔である。
「…………」
「夢を成し遂げようとする意志が大切。夢の内容じゃないよ」
「分かってます。ただ、ちょっと、えーっと、素直に驚いたというか」
目標の優劣が勝負を決めるわけではない。世界一を目指そうが、過去の思いを成し遂げようが、大切な人を守りたいと思おうが、自堕落した生活を目指そうが……。
それに込めた想いがどれだけ強いか、それが勝敗を決める。
アインハルトもそれは分かっている。
ただ、分かっていても納得できない事はあるものだ。
表情には出さないように努めたが、やはり出てしまうものだ。
「いいさ。分かってもらおうとは思わない。僕だってそう。君が何をしたいのかなんて知らないけど、聞いたところで分からないと思う」
初代覇王、クラウスの成し遂げられなかった思いを、必死に成し遂げようとしているアインハルト。
生活空間は自室、起きても寝てもベッドの上を成し遂げようとするレイジー。
どちらの夢がより尊いか? 100人に聞けば、99人はアインハルトと答えるだろう。
だが、100人の一人、自分だけは自分の夢を尊いと言い切れる。レイジーはそう思っている。
誰がどう思うかではなく、自分がどう思うか。
「つまり、僕はコーラを飲んでゴロゴロする。分かった?」
「つまりの使い方は分かりませんが、ディリジェントさんの思いは分かりました。お手数をおかけしました」
完全に納得したわけではないが、集団戦の中でレイジーと戦うのは不可能、何より無意味だと判断したアインハルト。
レイジーが集団戦というものを全く意味のないものだと考えているのは分かったし、彼が個人戦でしか戦えないのも理解した。
彼と戦うなら個人戦でしかない。
アインハルトはぺこりと頭を下げると、そのまま部屋を出て行った。
そんなアインハルトに目もくれず、レイジーはゲームを再開する。
この二人が互いを理解することなどこれから先ない可能性の方が高い。
■
「おー」
画面に表示される映像を見ながら、レイジーは感嘆の声を上げた。
「レイジーは参加しなくて良いのか?」
昨晩、教会からやって来たセインがレイジーと同様に椅子に腰を下ろす。
まだ、レイジーという人間をよく理解できていない彼女の発言にレイジーは首を力一杯横に振る。首周りの邪魔なお肉の所為でピッタリ30度で止まってしまったが。
「こういうのは見てるのが楽しいんです。アクション映画そのものじゃないですか。コーラにポップコーンがあれば最高です」
「あらあら、コーラしかなくてごめんなさいね」
メガーヌが空になったレイジーのグラスにコーラを注いだ。セインは「コイツ、怠け者だ」と本能的に理解した。
「まずは前衛同士の戦いね」
ディスプレイに映し出されたノーヴェとスバル、アインハルトとヴィヴィオの激突だ。
スバルとノーヴェは戦闘スタイルが似ている。鏡に映るように拳や足を互いが繰り出しぶつけ合う。
火花が飛び散り、激しさが増していく。
それでも姉妹の勝負、それが楽しいのか二人とも笑っていた。
一方でヴィヴィオとアインハルトの戦いは静かだ。距離を離して構えを取ってにらみ合う。
互いに戦略を練り合っている状態だ。
「レイジーはどうみる?」
セインが問いかける。
「目からビーム」
「いや、それ人間じゃない」
「魔法なんだからどっから出て来たっておかしくない」
わくわくと声に出しながらレイジーが熱い視線を送ったが、ヴィヴィオが人間らしく手から速射で砲撃を放った。
「…………」
「そこまで落ち込むなよ」
二人の戦いに興味を見いだせなくなったレイジーは他の戦いに視線を向ける。
リオの攻撃をかわしながらコロナが体勢を整える。そして、巨大な魔法陣を発動させた。
「おお!!」
沈んでいた気持ちが復活する。コロナが使った魔法「
「出るぞ、出るぞぉー! 必殺のロケットパンチぃっ!」
今度こそという思いでレイジーはコロナを応援する。
リオは小柄な体を活かしてゴライアスをかく乱する。かく乱しつつ距離を詰め、必殺の一撃を放とうとしていた。
背後を取った。高速で接近し、ゴライアスの背中に炎を纏った右拳を繰り出そうとする。
だが、ゴキっと嫌な音を立ててゴライアスの胴体が高速で回転した。
うげっとリオが驚愕する。まさかの回転パンチになすすべなく吹き飛ばされ、壁に勢いよく叩きつけられることになった。
「予想と違ったけど、良い!」
コロナの戦いぶりにレイジーが拍手を送った。巨人は男の浪漫なのだ。
「今の何だ!?」
セインもセインでテンションを上げていた。ヴィヴィオとアインハルトの戦い。
相手の行動を制限するために放ったヴィヴィオの射撃魔法をアインハルトが回避も防御もすることなく、相手に返したのだ。
「受け止めて投げ返した。やっていることは至ってシンプルよ」
「そ、そんなのできるの?」
「真正古代ベルカの術者なら理論上は可能よ」
だが、それに至るまでにどれだけの修練を積んできたのか。それを考えて、メガーヌが表情を曇らせた。
アインハルトの歳不相応な技術がどれだけの思いで身に付けられたのかと考えてしまう。
「あんなの普通にできる」
だが、そんなことを思わなかった者がいる。レイジーだ。
「シスターさん、ちょっと魔法を撃ってみて」
言われたセインが指先に魔力を集めて、レイジーに向かって魔力弾を放った。
全くためらわずに撃つあたり、セインの性格が知れる。
レイジーの自己主張しすぎるお腹に魔力弾が当たる。
ぽよんと可愛い音を立てた後、魔力弾は音速を超えてセインの元に跳ね返った。
耳元をかすめたセインが「危ないだろっ!」と叫ぶが、頼まれたとはいえ、躊躇なく魔力弾を放った人間のセリフではない。
「魔力を包んで返す。こんなの誰にだって出来る」
メガーヌが唖然とし、セインは騒ぎ立てる。
何事もなかったようにレイジーはコーラを飲み始める。
「レ、レイジー君? す、凄いのね……」
「魔力操作は基礎中の基礎。というか魔導師なんだから魔力の扱いができるのは当たり前」
普段からそれを実践しているレイジーの言葉には説得力があった。
「あ、コーラお願いします」
アインハルトがどれだけ苛烈な修練を積みかさねて来たのか、そう考えていたメガーヌだったが、レイジーの言葉を聞いて少しばかり反省する。
(年齢なんて関係ない。そう言われたみたい。そうよね、魔導師に子供だからなんて言えないものね。ごめんなさいね、アインハルトちゃん。それにレイジー君)
魔法を扱える者は早熟で、幼いころから仕事についている者もいる。悲観的に考えるのはアインハルトにも失礼だとメガーヌは心の中で謝罪した。そしてレイジーにも。
(正直、ただの太った子だと思ってたわ)
謝った理由はアインハルトとは違うものであったが……。
■
模擬戦は大戦争で決着がついた。
なのはとティアナの収束砲合戦により両チームともほぼ壊滅。ギリギリ残ったヴィヴィオとアインハルトも相打ちで終了。引き分けで勝負はついた。
「もぐもぐもぐもぐ」
「で、なんで模擬戦に出てねぇお前が一番がっついているんだよ」
「人間は食べる生き物」
口一杯にお肉を頬張るレイジーにノーヴェは呆れかえる。
「二戦目は出ろよ」
「無理」
「1on1じゃなきゃダメってことか?」
「そう。僕が生きていくうえでチーム戦なんて行う機会もないし、必要もないから。無駄無駄」
「なら、団体戦にしてみようか?」
なのはがやって来た。
レイジーは「同じ意味では?」と視線を送るがなのはがニッコリと笑って説明する。
「プロの大会だと、団体戦って言うのが有って、方式は1対1。先鋒、次鋒、中堅、副将、大将を決めて、その勝敗で決めるんだ」
「2チームに分けたとして、10人ですよ? 僕の参加する余地がない。いやー残念です」
「大丈夫。セインを入れれば14人いるから、7人制の方で試合ができるよ。ちょっと変則的にテニスみたいにしよっか。
謀ったなとレイジーは唇をかむ。
さすがだなとノーヴェはなのはを尊敬し、なのははチームを分けなきゃとフェイトの元に向かった。
「お望み通りの1on1だぜ」
「望んでない。まあいいや、適当に……」
「あ、負けた方が罰ゲームがあるからね」
一瞬で戻って来たなのはがレイジーの耳元でそう囁いた。エースオブエースは完全にレイジーの動かし方を理解したようだ。
「もうやだ……」
連続投稿です。次の話は少し時間がかかるかもしれません。