怠惰を求めて勤勉に   作:生物産業

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第七話 真のレイジー

「レイジー、お風呂行こうか」

「うん」

 

 エリオが誘い、レイジーが了承する。これから禁断の世界へ……ということはなく、先に入っていた女性陣が出たため、数少ない男性陣に順番が回って来たのだ。

 露天風呂は男女で別れているわけではないため、先に女性陣が入り後にエリオとレイジーが入ることになったのだ。

 

 脱衣所で服を脱ぎ、風呂に入る準備を整える。エリオは腰にタオルを巻いた状態だ。

 一方のレイジーはがばっと服を脱ぎ捨てた後、

 

「お風呂♪ お風呂♪」

 

 と言いながら普段着ている物を脱ぎ捨てた。

 服ではない。ぶよぶよとした何か。レイジー的に言えば癒しである。

 身体からスライムのように剥がれるそれは一種のホラーである。「先に行ってるね」と声を掛けようとしたエリオは、あまりの光景に声を失ってしまうほどだった。

 

「背中を流してね」

 

 レイジーはそれだけ言うと、露天風呂に向かって行った。

 脱衣所に残ったのは呆然と立ち尽くすエリオとスライム化した魔力脂肪が霧のように消える光景だった。

 

 

 

 

 

 

「えーっとレイジーさん?」

「なんで急に敬語?」

「レイジーだよね?」

「僕以外にレイジーがこの場にいなければそうだね」

 

 エリオはレイジーの背中を半ばテンパりながらも洗っていた。

 初めて見た時はただの肉の塊だった。

 だが目の前にいるレイジーはメタボ型ではなくきっちりと引き締まった体である。

 背は自分の方が高いが、男らしい身体つきと言われれば完敗だとエリオは本気で思っていた。

 

「僕の知っているレイジーはもっとポッチャリしたというかボッチャリしていたんだけど」

「さすがに魔力つけたまま風呂に入ってもしょうがないじゃん。身体洗えないんだし」

「いや、うん、まあそうなんだけど」

 

(別人なんだよね。特に顔)

 

 体型が変化するならまだ良い。だが、顔が完全に別物になるとなるとそうも言ってられない。普段分厚い脂肪に隠されたレイジーの顔のパーツなど目ぐらいしか残っていない。

 それにしたってヴィヴィオ達のような虹彩異色というような特徴的なものではないのだから、印象に残らない。

 

 つまり、お前は誰なんだとエリオは言いたかったのである。

 

「身体が軽い、素晴らしい。今なら5分くらいの散歩はしても良いかなって思える。これは快挙だよ」

「僕的には君の今の姿が快挙なんだけどね」

「やはり愛嬌あるポッチャリ体型の方が良いの? エリオってデブ専? キャロが可哀想だよ。縦に伸びないからって横に伸ばそうとするなんて。まさかのキャロ育成計画……エリオ、怖ろしい子」

「ごめん、殴っていいかな」

 

 温厚なエリオでも怒ることはある。

 

「僕はゆっくり風呂につかるね。エリオは身体を洗ってから入ってよ。お湯が汚れるから」

「君は僕の背中を流してはくれないんだね」

「当たり前。背中は流してもらうもので流すものじゃない」

 

 エリオの右手に紫電が走る。彼は雷の魔力変換資質を持っており、魔力を電撃に変えることができる。

 湯船につかり、「ふぅー」と声を上げるレイジー。無言で湯船の縁に立つエリオは、紫電を帯びた右手をそのままお湯の中に入れた。

 

「あ、ああ、あ、あ、あああ」

 

 電気風呂の完成だ。少しイラついていたので、ビックリさせるくらいの電流を流したのだが、予想外なことにレイジーは「いぃ~きぃ~か~え~るぅ~」と声を震わせていた。

 普段から魔力を身に着けているため、魔力に対する親和性が高い。いくら魔力変換といっても結局は魔力で出来たものであるため、レイジーにはあまり通用しなかった。

 バカらしくなったエリオは身体を洗いに戻り、洗い終えると温泉に入った。

 

「ふひぃー」

「確かに、良い気持ちだね」

「エリオが禁断の道に……ちょっと離れてくれる?」

「気持ち悪い事言わないでよ。僕は普通だから」

「キャロ育成計画を始めているくせに」

 

 お前は普通じゃないぞと暗にレイジーは言っていた。

 

「君の中の僕はどうなってるんだよ」

「デブ専」

「うん、まず誤解を解くところから始めようか」

「もう熱いから出る」

「よし、決闘をしよう」

「ゲームでなら良いよ」

 

 そう言ってレイジーはお湯から上がり、脱衣所の方に向かって行った。

 まだ身体が温まりきっていないエリオはレイジーの背中を忌々しく見つめた。

 

 ■

 

 食事を終え、各自が自由に過ごしている。レイジーは既に与えられた部屋で携帯ゲームに勤しんでいた。

 レイジーとフェイト、なのは、メガーヌを除く除く面々はリビングに集まって明日の予定について話そうとしていた。

 だが、エリオの「レイジーって実は凄いんです」の発言に話は大きく変わることになる。

 

「何、エリオ? まさかキャロを捨ててレイジーという開けてはいけない扉を開ける気?」

「え!?」

「ルー、変なことを言わないでくれるかな」

 

 キャロが動揺し、お子様たちは色めき立ち、エリオはげんなりした。

 

「なら何?」

「レイジーと風呂に入った時に見たんですけど、ルー、ニヤつかない。別に変な意味じゃなくて、レイジーの身体をみたんだ。魔力を纏ってない状態の」

「え!?」

 

 今度はエリオを除くほぼ全員が驚いた。

 

「……あれは詐欺だと思うんだ」

 

 男の裸体を思い出しながらという危険な状態のエリオであったが、彼がそう言うのも無理はない。

 ヴィヴィオやアインハルトが大人モードと呼ばれる変身魔法を駆使しても面影は十分残っている。確かに彼女たちをそのまま大人にしたような容姿だ。

 それなのにレイジーはどうだろうか? 変身魔法ではないとは言え、メタボリックレイジーとスリムレイジーではすべてが異なっている。

 ミッドで流行っている人気漫画『ドラゴン○ール』で例えれば、ゴテン○ス失敗からゴテ○クス成功くらいの変化だ。クリ○ンから天○飯だったら許せたかもしれない。

 

「あのー、私もレイジーさんの後姿だけですけど、本当の姿を見たことあるんですよ」

「ああ、そう言えばお前はアイツをストーキングしてたんだっけな」

 

 ノーヴェが茶化し、ヴィヴィオが「違いますっ!」と強く否定する。

 コロナに落ち着いてと言われ、ヴィヴィオは冷静さを取り戻した。

 

「私はエリオみたいに顔を見たわけじゃないけど、確かにレイジーさんは別人に見えました」

「二人にそこまで言われると、ちょっと気になるわね」

 

 ティアナの言葉に未だレイジーの本来の姿を知らない面々は小さく頷いた。

 

「でも、お風呂を覗くわけにもいかないし、どうやって見れば」

「エリオに写真でも撮ってもらえば」

「いや、さすがにそれは拙いです」

 

 リオの言葉にスバルが答えたが、エリオがすぐさま断った。

 

「あ! もしかしたら明日、チャンスがあるかもしれません」

 

 ヴィヴィオに皆が耳を寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、のそりとベッドから起き上がった男はまるで何かに操られるように自室のドアを開ける。

 ペンション周りの動植物が静まりかえっており、動いている者は男だけだった。

 リビングを抜け、玄関を出ると眠たげな眼のまま、トボトボと歩き出した。

 

「行った?」

 

 ペンションからドタドタと人が出て来た。

 男の背中が見えなくなったのを合図に、現れたのだ。

 

「レイジーさんって実はもの凄く真面目なんじゃないかな」

 

 コロナの言葉に皆が微妙に首を傾ける。「真面目ってなんだっけ?」とそれぞれが思っていた。普段のレイジーと今早朝トレーニングに向かったレイジーとではギャップがありすぎるのだ。

 

「シスターシャッハの話が正しければ、レイジーさんは毎日のトレーニングを欠かしてないはずなんです。私がスト――観察してた時だって必ずやってました」

「それより皆さん、早く追いましょう。見失ってしまいますよ」

 

 レイジーの正体というより、レイジーの訓練そのものに興味を持っているアインハルト。

 逸る気持ちを抑えられないのか、非常にそわそわしていた。

 人の秘密特訓を覗くというのは本来なら許されないことだが、その事についてヴィヴィオがレイジーに確認を取った時に、気にした様子を見せなかったということから罪悪感が薄れてしまい、今の状態になっている。

 いずれ何かでお返ししたいと自分への免罪符を発行し、レイジーの後を追う。

 

「結構な距離を移動するわね」

 

 ティアナがサーチャーでレイジーの位置を確認する。なのはとの対戦でも見せた異様な動きを使っているのか、ありえない速度でペンションから離れていることがわかった。

 

「スバル、ノーヴェ、お願い」

「はーい」

「おう」

 

 スバルとノーヴェがウイングロードとエアライナーを発動して、上空からレイジーの追跡を開始する。

 

「あのレイジーさんの急に消えるような動きって魔法なんですか?」

 

 ヴィヴィオがティアナに尋ねると、ティアナはうーんと首を捻ってから横に振った。

 

「ごめん、よく分からないわ。アイツのトレーニングを見れば分かるかもしれない」

 

 レイジーの動きが止まったことで、ヴィヴィオ達も地上に降りた。

 気づかれないようにレイジーの元に近づいていくと、バシンという何かを叩く音が聞こえてきた。

 先頭を行くティアナが後方を手で制す。ピタっと足並みを揃え、茂みの中に皆が身を隠した。その動きは軍隊のそれであった。

 

「アイス、アイス、アイス、アイス」

 

 アイスしか言えない呪いを掛けられたように、レイジーは一心不乱にアイスと唱え続ける。そして彼の死んだような表情とは対照的に、足下は恐ろしい速度で動いていた。

 20Mほど離れた岩がレイジーの一撃ごとに表面を崩していく。

 幾度も攻撃をぶつけたことで、岩が砕け散ったが、レイジーは別の岩を見つけるとまた同じ行動を取り続けた。

 

「牛、豚、鶏、ドラゴン」

 

 食べ物を口にしないと理性が崩壊してしまうのか、レイジーはまた狂ったように攻撃を続ける。罪もない岩が非難をするかのように、砕け散りながら悲鳴をあげるのだが、レイジーにその嘆きは届かず、石屑が大量に生産されて行った。

 

 

 レイジーのトレーニングを見ていた者たちは言葉を失う。

 面倒、疲れたと情けない事ばかり言っているレイジーが延々とトレーニングを続けている。

 その様子は鬼気迫ると言っても過言ではなく、分厚い脂肪で覆われた表情ですら必死さが伝わってくる。

 

 より速く。もっと速く。いや疾く。限界を、壁を乗り越えろとレイジーは動き続ける。

 悲願を達成するために。

 人に理解されるようなものではない。だが、彼の覚悟は本物だ。少なくともレイジーの鍛錬を見た者たち全員がそれを理解した。

 

 止まる事ないの蹴撃にぐっとアインハルトは口を真一文字に結んだ。自分は何をやっているのだと叱咤する。

 遠い。力ではなく目標への思いが、自分とレイジーでは格段の差があるのだと思い知らされた。

 

 昨日フェイトは言っていた。

 レイジーは意志が強いのだと。

 その言葉の重みをこの場にいる全員が理解する。

 普段の言動からは考えられないが、レイジーが努力型の人間であることは誰もが納得した。

 特別な才能ではなく、何かを成し遂げるための強い意志を彼はもっている。

 

 必死に努力する姿を見てか、レイジーを見守っていた少女たちの中で、一人ぐっと拳を握る人間がいる。アインハルトだ。

 

「焦るなよ。前だけ見て走っても必ず転ぶ。アイツはアイツでお前はお前なんだ。お前はお前のまま今できることを精一杯やっていけばいい」

 

 表情を固くしていたアインハルトにノーヴェが静かに告げた。

 微笑んだノーヴェを一度見た後、アインハルトは再び視線をレイジーの方に移した。

 ノーヴェの言いたいことは分かる。分かるが、どうしても押し寄せてくる焦燥感というのは感じてしまう。

 

 他人と努力を比べても仕方がない。すべては結果。あの人より頑張ったけど、負けてしまったでは意味がない。

 だが、自分より頑張っている者に焦りを感じない戦士などそれは戦士ではない。

 もっと強くという思いは格闘技をやるなら皆そうなのだ。

 ノーヴェですら、アインハルトに諭した一方で歯を食いしばっているのだから。

 

「頑張りましょう。今はそれだけです」

 

 ヴィヴィオが真っ直ぐな瞳でそう言った。聞いていた者がうんと強く頷いた。

 自分たちはまだまだなのだから、今はそれを認め、精進するだけなのだと。

 レイジーに負けないように、他のどんな者たちにも負けないように、今は頑張るしかない。そう心に誓った。

 

 

 

 レイジーがトレーニングを開始してちょうど一時間が経過した時、ふとレイジーが倒れだした。

 彼の周りの地面は汗で黒く変色しており、レイジーが倒れた時にはべちゃりと嫌な音を立てていた。

 

 気絶したように横になるレイジーはピクリとも動かない。何かあったんじゃないかと心配になったコロナが助けに行こうとするが、スバルとティアナがそれを止めた。

 

「レイジーの身体をよく見て」

 

 スバルの言葉に皆が素直に従う。

 

「……なんかもぞもぞ動いてる?」

 

 よく見てみるとレイジーの身体は動いていた。というより、レイジーの脂肪が動いていると言った方が良いかもしれない。

 

「アイツ、あんなこともできんだな」

「ノーヴェ、あんなことって?」

「あれは魔力を使ったマッサージだ。身体のツボなんかを刺激したりして回復を促すもんだ。本物の魔法整体師になろうとしたら、資格を取る必要があるんだ」

 

 ノーヴェの言葉に皆がへぇーと感心していた。

 

「ふぅー。汚れちゃった」

 

 レイジーが起き上がり、そしてもぞもぞ服を脱ぎだした。お腹周りのお肉が邪魔すぎて服を脱ぐにも苦労しているが、何とか脱ぎ終えるとそのだらしない姿態を晒した。

 うげぇっと声を上げるものが多数おり、女性陣の評価は決して高くなかった。

 

 だが、次の瞬間にそれも変わる。

 レイジーがふくよかな鎧を脱ぎ捨てたのだ。

 まるで幻術にでも掛けられていたかのように、ぶよぶよスライムが霞のように消えた。

 それにより女子たちの目が大きく見開かれる。

 

「……嘘でしょ?」

「へぇー」

「あわわ」

「はぅ」

「…………」

「指の間から見えてんぞ」

「すごい」

「エリオ、完全に負けてるじゃん」

「それを言われると……」

「え、エリオ君の方が背は大きいよ」

 

 痩せて見える筋肉などではなかった。胸板は厚く、腹筋は綺麗に割れている。とても12歳の身体つきではない。背が小さいのがマイナス点ではあるが、普段見ている豚のような体型とのギャップを考えれば、かなり評価は向上する。

 

 女性陣の反応が顕著だった。

 ティアナはありえないと首を横に何度も振る。スバルは職場で鍛えられた男というのを見ているためか、反応は薄かったが、素直に感心していた。

 ヴィヴィオとコロナは顔を真っ赤にして変な声を上げる。アインハルトは何も言わずに手で視界を覆ったが、ノーヴェに指摘されて、顔中を真っ赤にしていた。

 道場で育ったリオは、鋼のような筋骨に称賛をおくる。

 ルーテシアはエリオを茶化し、エリオは微妙な顔を作り、キャロがフォローに回った。

 

「あれは誰よ?」

「レイジー?」

「違うわ。別人よ」

「レイジーさん、学生証とかってどっちの姿で撮ってるでしょうか?」

「少なくとも普段の姿で撮ってたら、身分詐称で私が逮捕してやるわ」

 

 エリオをイケメンとするならば、レイジーは(おとこ)というべきであろう。雰囲気が格好良いのだ。

 男らしい顔だと言われれば、皆が素直に頷く。エリオは女装さえさせれば美少女にも変身できるため、美的に格好良いのだ。

 

「……川。あっちだっけ」

 

 昨日川遊びをした方向にレイジーが身体を向ける。そして屈伸することなくレイジーは跳躍して行った。

 弾丸のように飛び出して行ったレイジーをティアナたちは唖然として見送った。

 

「あの動きは」

 

 ティアナがぶつぶつと考えを始める。昨日のなのはとの戦いで見せた動き。そして、レイジーの魔力操作の技術、そして今の人としてありえない動きだ。

 それらをすべて統合して出た結論は一つ。

 

「アイツは魔力変換資質、ううん違うわ、魔力変形資質を持っているわね」

「魔力変形資質?」

 

 ヴィヴィオが聞きなれない言葉に首を傾げる。

 

「エリオみたいに魔力を電気に変えるのを魔力変換っていうじゃない?」

「はい」

「たぶん、アイツは魔力の形状を変化させることができるのよ」

「でも、それって私達にもできますよね?」

 

 リオがティアナの答えに疑問を挟む。

 

「そうね。ただアイツは形状と共にその強度も変えられるんだと思うわ。普段身体に着けてるような柔らかいものから、今みたいに弾力性の高い魔力に変えることもできる」

「弾力性?」

「あんな一直線に動くってことはそれくらいしか考えられないもの。たぶん足裏とかの魔力の弾力を限界まで強めて、弾け飛んでいるんだと思うわ」

 

 ティアナの説明にヴィヴィオやアインハルトが納得する。自分たちの知るレイジーの動きはほとんどが直線的で高速移動魔法ソニックムーブのような屈折も可能にしたものではない。

 奇妙な体勢で移動することもあったことから、弾力性を利用したものだったのかと納得したのだ。

 

「レイジーさんの異常な蹴りの速さも弾力性を使ってるって事ですか?」

「多分そうじゃないかしら? モーションを取らずにありえない速度で攻撃できるなんて反則に近いけど」

「でも、それだと先輩の魔力に変化が起きないのっておかしくないですか?」

 

 リオの質問に答えたのはルーテシアだった。

 

「レイジーは普段から魔力を流してるのよ。だからそれが平常なの。その状態から足下に魔力を集めても魔力の変化はない。場所を変えているだけだもの。ヴィヴィオが変身魔法を使っている時に魔力変化が起こらないのと同じ理屈よ」

「それって先輩の全力ってありえないほどの威力を秘めてるってことになるんじゃ」

「それはどうかしらね? 100ある魔力のうち、50を常時運用しているなら、いざって時の100の魔力は強大だけど、80を使っている状態ならそんなに変化しないわよ。まあ、足の筋力量は相当なものでしょうけどね。身体強化とプラスしているなら多少無茶な体の使い方をしても怪我はしないんじゃないかしら。魔力だけじゃなくて身体もちゃんと作っているのは感心ね」

 

 つまりレイジーが半分の魔力で生活を行っているのか、80%の魔力で生活を行っているかによって上限は変わってくるのだとティアナが言った。

 

「慣れるまでには相当な時間と労力が必要だろうけど、レイジーが魔法を使うことを決めた時からそういう生活をしていたのなら不可能じゃない。常時80%に身体が慣れているって事ね。ただ」

 

 ティアナはそれ以上言わなかった。

 皆が理解したからだ。

 もし普段が50%、いや、もっと少ない魔力しか使っていなかったら?

 走るのにいくら慣れていると言っても8割の力で走っていれば簡単に息も上がってしまう。だが力を抑えていれば、走れる距離はぐんっと伸びる。

 

「後はアイツの練習法が疑問だな」

 

 蹴りの練習しかしなかったレイジーのおかしさをノーヴェが指摘した。

 

「たぶん、それは今日の模擬戦で分かるわ」

 

 ティアナはその答えが分かっているようだった。

 含んだように言うだけでそれ以上は何も言わなかった。

 

「さ、戻りましょう。皆がいないとなのはさん達が心配しちゃうから」

 

 先を行くティアナにヴィヴィオたちが慌てて追いかけて行った。

 

「レイジーさんが模擬戦に参加してくれるかは分からないと思うんですけど」

 

 この中で唯一冷静にレイジーという存在を分析していたコロナの言葉は誰の耳にも届かなかった。

 


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