怠惰を求めて勤勉に   作:生物産業

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第六話 重くて速い奴が最強

「日陰……素晴らしい」

 

 ヴィヴィオ達お子様メンバーは川の中できゃっきゃと遊んでいた。

 アインハルトもノーヴェに背を押される形で彼女たちの遊びに参加している。

 競泳、ボール遊び、素潜りと次々にメニューをこなしていくチビ達。

 体力に自信のあったアインハルトだったが、途中から付いていけなくなり、今は川岸で休んでいる。

 当然ながら、レイジーは最初から参加しておらず日陰でぐでっとなってサボっていた。

 

「水中だと使う筋肉が違うからな。慣れてないとすぐにバテちまうんだ」

「ヴィヴィオさんたちは普段からああいう運動を?」

「まあ、週に2、3回はジムのプールで遊んでいるな」

 

 自分の経験にない訓練方法を聞いてアインハルトが関心を向けていた。

 そんな彼女を見て、ノーヴェはもう一つの遊びを見せることにした。

 

「おーい! ヴィヴィオ、コロナ、リオ、ちょっと水切りをやって見せてくれねぇか」

「はーい」

 

 元気よく答えた三人は川の中で構えをとる。

 コロナ、リオ、ついでヴィヴィオが拳を繰り出すと、彼女たちの前方にあった水が二つに割れた。

 綺麗なフォームで繰り出される拳は容易く水を両断する。威力はそれぞれで、3人の中ではヴィヴィオが一番であった。

 

「アインハルトも格闘技やってるんでしょ? やってみれば?」

 

 ルーテシアの提案、それに何より純粋にやってみたいと思っていたアインハルトは掛けていた上着を脱ぐと、川の中に入って行った。

 ヴィヴィオ達のように構えを取る。

 

(水の抵抗が有って、普段のようには拳は振るえない。極力脱力した状態から、一気に力を込めて――)

 

 スバンっと撃ち抜かれた拳は前方にある大量の水を吹き飛ばした。

 ヴィヴィオ達のように綺麗には割れず大きな津波のように水柱が出来上がった。

 アインハルトがおかしいと首を傾げていると、ノーヴェが彼女の元までやって来た。

 

「お前のは初速が速すぎるんだ」

 

 そう言って一つひとつ身体の動きをレクチャーしながら、ノーヴェは足を振るった。

 川が自分の意志で動いたかのように、真っ二つに割れた。

 

「どうよ?」

「さすがです。ちなみにディリジェントさんがこれを行うとどうなるのでしょうか?」

「本人にやってもらえば分かるだろ」

 

 ノーヴェが木陰で爆睡しているレイジーの元まで行き、「おら!」とレイジーの巨体を川の中に放り込んだ。巨大な肉の塊が隕石のように落下したため、川底まで見えるほど大量の水をまきあげる。

 

「天然シャワーだっ!」

 

 子供たちはそれを楽しみ、わーと騒いでいる。

 そしてレイジーの方は、いきなり水の中に叩き込まれたため、テンパって溺れていた。

 幸いにも足が着くところであったために、なんとか平静を取り戻し、この状況を作ったであろうノーヴェをキッと睨みつけた。

 

「危ない」

「ちゃんと足が着く所に投げただろ」

「投げるのが危ない」

「まあ、それは悪かった。お前のだらしない寝顔をみたらムカッとしたんだ」

「全然、謝ってる感じがしないんだけど」

 

 ノーヴェに文句を言いながら、川から出ようとしたレイジーだったが、ここであることに気づいた。

 

「水着が……ない」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

 

 その場にいた女性人達が言葉を失った。

 元々レイジーは上に何も来ておらず、だらしない肉体を惜しげもなくさらしている。

 下にはちゃんと海パンを履いていたのだが、水中に叩きつけられた衝撃でどこかに流されてしまったようだ。

 不幸中の幸いであるが、レイジーと女性陣たちとは距離が離れており、レイジーのレイジー君を見るというハプニングは起こらなかった。

 

 だが、このまま状態が続くことは決して良い状況ではないため、レイジーの水着を探さないといけない。

 水中にもぐった拍子にレイジーのぱおーんが視界にはいるとも限らないため、少女たちは細心の注意を払う必要があった。

 

 ヴィヴィオやコロナと言った純真無垢な少女達は顔を真っ赤にし、リオやルーテシアと言った小悪魔的な性格の持ち主はニヤニヤと笑っていた。

 アインハルトは呆れていたが、ほんのりと頬を赤く染めている。ノーヴェも「私の所為だしな」とレイジーの海パンの捜索に協力することにした。

 

 川の流れから言って下流の方に流されて行ったのは当然。レイジー以外の面々はそちらの方に向かって泳ぎだす。

 

「実はうーそ」

 

 彼女たちが下流の方に集まった時、レイジーはそう言った。そして全力で蹴りを繰り出した。

 

「うぉい!」

「きゃー!」

「おー」

 

 アインハルトの拳とは比較にならないほどの水柱。

 レイジーの前方10M内にあるすべての水を蹴り上げたのではないかと錯覚させるほど、上空には水柱が上がっている。

 レイジーは性格や見た目のこともあって他者にバカにされることも慣れているため、あまり怒ったりもしない。

 だからと言って全く怒らないわけではない。

 

「もう少しで、10段アイスを食べ切れるところだったのにっ!」

 

 怒っている理由はどうしようもなくしょうもない事であるが、折角の夢を台無しにされたレイジーは元凶でもあるノーヴェに仕返しをすることに決めたのだ。

 関係のないチビッ子たちがレイジーの起こした津波に巻き込まれたことは悲劇でしかないのだが。

 

「すごーい。波のプールだ」

「波は波でも津波だけどな」

 

 リオは大量の水にまきこまれるのが面白かったのか、わーいとはしゃいでいる。

 コロナは水酔いしたらしく目を回していた。

 ノーヴェが無事な様子を見て、レイジーは舌打ちする。

 これは戦争だと自分に言い聞かせ、またしてもノーヴェ目掛けて大量の水を蹴り飛ばした。

 

「チビ共、反撃するぞっ! 戦争だ」

「おー!」

 

 レイジーVS女子の壮絶な戦いが始まった。

 

 

 

 結果は無関係に大量の水をぶつけられたルーテシアがバインドを駆使してレイジーの動きをとめ、そのまま水没させた。

 

「魔法とか反則だ」

 

 戦争にルールなどない。

 

 ■

 

 午前を終了すると揃って昼食。バーベキュー形式となり、レイジーはこの中で唯一同性であるエリオの前を陣取った。

 男がいなくて寂しいとか、エリオがイケメンすぎてホが付く方に目覚めたとか、そう言うことではなく、エリオが一番大量に肉を焼いていたためである。

 

「おかわり」

「はい」

 

 豚に餌付けをするように、エリオはせっせと肉やらや野菜やらを焼いて行った。

 

「レイジーが居てくれて助かったよ。もし君がいなかったら僕一人だけ男ってことになるからさ。いつもザフィーラとかがいるから良かったんだけど」

「お肉」

「はいはい」

 

 エリオの話を全く聞かずに肉だけ要求する。そんなレイジーに苦笑するエリオだったが、普段、自分よりも年上の人間を相手にしているため、年下であるレイジーをなんとなく構ってしまう。

 弟が居たらこんな感じかなとちょっと楽しくなっていた。

 

「レイジーは午後の訓練には参加するんだよね?」

「ううん、しない」

「あれ、なのはさんがメニューを考えていたはずだけど」

「勘違いだよ。午後はベッドでぐっすりの予定だから」

「食べてからすぐに寝ると身体に悪いよ。それにレイジーはもう少し鍛えた方が良い」

 

 だらしないレイジーの出っ腹をエリオは暗に指摘した。レイジーの見た目が実際とは違うということを知らされていないなかったので、エリオはあくまで善意の気持ちでアドバイスしたのだ。

 

「これが僕の限界」

「いや、もっと頑張ろうよ」

「努力はしたんだ」

「そうは見えないんだけど……」

 

 エリオが呆れていると、フェイトがおにぎりを持ってやって来た。

 

「エリオ、焼くの代わろうか?」

「大丈夫です、フェイトさん」

 

 エリオの言葉にちょっとだけ残念そうにするフェイト。エリオの分に持ってきたものだったが、忙しそうにしているので、近くにいたレイジーにそれを見せた。

 

「レイジー、おにぎり食べる?」

「頂きます」

 

 フェイトが差し出したおにぎりにかぶりつくレイジー。「自分で食べてくれるかな」とフェイトは苦笑いを浮かべた。

 

「エリオとレイジーは何の話を?」

「今日の午後訓練の話です。レイジーも参加すると思ってたんですけど、違うらしいんで」

「4日間、部屋に引きこもる予定」

「ダメだよ。ちゃんと運動しないと」

「大丈夫、日課はこなすから。というかそれ以外で体を動かしたくない」

 

 フェイトもエリオ同様、レイジーの魔力脂肪のことは知らないため、レイジーに動くように促した。

 

「レイジー君、午後の訓練の予定なんだけど」

 

 三人で話しているところになのはがやってきた。フェイトもエリオもなのはを見て、良かったと胸を撫で下ろす。

 

「昼食後、ぐっすり寝て、夕食に目を覚まして、ご飯を食べたらお風呂に入って、その後は携帯ゲームしてから10時には寝ます」

「レイジーがその体型になった理由がわかった気がするよ」

 

 エリオが完全に呆れていた。

 フェイトも口には出さなかったが、表情はエリオと同じだった。

 なのはのみがにゃははと笑ってから首を横に振る。

 

「ダーメ。シスターシャッハからお願いされているんだから。少しはこのお腹をへこまそうか?」

「無理です」

「私に任せて。この4日間で5キロ減は達成してみせるよ」

 

 使命感に燃えるなのはに、レイジーはうげぇーと声を上げた。

 

 

 昼食を終えた面々は午後の活動のために移動を開始する。レイジーは強制的になのはに連れて行かれてしまった。

 

「まずは軽くランニングから。いきなりきつい運動しちゃうと身体を壊しちゃうからね」

「ランニング……なんて過酷な特訓なんだ」

「一番軽いメニューなんだけど」

 

 レイジーは両手両膝を突いて絶望に染まった。レイジーの背後は無駄に暗い……ように見えるのは彼の絶望感を表しているからかもしれない。

 

「さ、頑張ろうか」

「……はい」

 

 トボトボと走り出すレイジー。秒速1Mの超速で動き出す。

 なのははこめかみに青筋を立てる。人差し指に魔力を込めるとその指先をレイジーの方に向けた。

 

「歩いてると、撃っちゃうからね」

「全力で走ってる」

「ううん、それは歩いているって言うの」

「歩きも走りも足を動かすという点では変わらない。つまり歩きは走り」

 

 ばんっとなのはが軽めの魔法弾をレイジーの足元に打ち込んだ。

 

「ちょっと真面目な話をしよっか?」

「頑張ります」

 

 シャッハと同じにおいを感じたレイジーはゆっくりとだが走り出した。

 なのはは他の大人組の訓練を見ながらもレイジーの行動を観察している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっほ、へっほ、へっほ」

 

 お肉様を上下に揺らすレイジーを見て、どうやってあの身体を絞ろうかと考えるなのは。

 どれくらい走れるのかを見るために、根を上げるまで待っているのだが、意外とレイジーは走り続けていた。

 

(あと、5分でちょうど一時間。呼吸も乱してる感じがない)

 

 レイジーの様子を見ながら違和感を覚えた。

 短い会話ながら、彼がとても怠け者であるのは分かっている。それはシャッハからも聞いている。

 だが、目の前を走り続けるレイジーの動きは想像した彼と別だった。

 おかしい。何がおかしいのかとなのはは、サーチャーをレイジーの方に飛ばして、彼の身体を検査し始める。

 そして気づいた。

 

「……何これ」

 

 なのはの目が大きく見開かれる。

 訓練を終えて、休憩に入っていたフェイト達もなのはの様子がおかしいと駆け寄って来た。

 

「どうしたの、なのは?」

「フェイトちゃん、これ見て」

 

 なのはがディスプレイが見えるように拡大した。

 

 身長、160㎝

 体重、160キロ

 心拍数、1分あたり70回で安定。

 魔力量、AAAランク以上

 体脂肪率 7%

 

 魔力量もそうであるが、もっとも驚くべき部分が体脂肪率である。

 見た目は明らかに肥満。であるが、データで見るそれは理想的な身体なのだ。

 

「レイジーがあんな見た目なのは、魔力で造った脂肪を付けてるからなんですよ」

 

 事情を知っているティアナがレイジーの身体について説明した。

 それを聞いたなのはとフェイトは一瞬声が出なかった。

 レイジーの生活態度の所為というのが多分にあるのだが、完全に誤解していたということ。

 わりと失礼なことを言ってしまったと二人は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 後で謝ろうと二人は同時に頷いた。

 謝罪の事は一旦置いておいて、レイジーの身体について話し合う。

 

「常時で魔力を使っているにも関わらず、魔力変化がほとんど見られない。これって」

「魔力を手や足と同じように扱えるって事だよね」

 

 なのはの指摘にフェイトが答える。

 ありえない事だ。いや、不可能ではない。だが、実際にやろうとするとなると生活に色々と支障をきたす。

 今、自分がそれを行えば、間違いなく明日の練習には参加できないと断言できる、なのはの感想はそうだった。

 

「レイジー君、ちょっと良いかな」

 

 走り込んでいるレイジーはようやく終わったと、ふぅーと息をもらした。

 だが、様子がおかしい事に気づく。なのは、フェイトに加え、ティアナやスバル、エリオにキャロと自分を除くトレーニング組が勢ぞろいしている。

 集団リンチかとも考えたが、さすがに幼気な少年にそんな事はしないだろうと皆の元に近寄った。逃げる準備は整えているが。

 

「ちょっとレイジー君について聞きたいんだけど」

「好きな食べ物は骨付き肉です。将来は一日、10時間以上は漫画やゲームをして過ごせるようなダラダラライフを送りたいと思っています」

「もの凄くあれな決意表明だね……」

「人それぞれです」

 

 聞いていた面々は呆れていた。

 

「あのね、聞きたいことはそういうんじゃなくて」

「アンタの身体の事よ。そのダルダルに緩んだ脂肪を取りなさいってさ」

 

 言い辛そうにしていたなのはに代わり、ティアナが要点を話す。

 

「嫌です」

「何でよ」

「ここぞって場面で変身するのが週刊ジャトプのお決まりなんです」

「何よそれ?」

 

 漫画をあまり読まないティアナはレイジーの言っていることが分からなかったが、スバルは漫画を読むようで、うんうんと頷いていた。

 

「ちなみに高級ドラゴンのひれ肉を食べ放題にしてくれたら、見せます」

「バカ言ってじゃないわよ、一体いくらかかると思ってんのよ」

 

 ドラゴンの相場は高級牛の10倍である。

 

「うーん、それじゃあ、レイジー君、私と一本やろうか? それでレイジー君が勝ったら、さすがに食べ放題は無理だけど、ミッドにある専門店で奢ってあげるよ。もちろん、私が勝ったらレイジー君の本当の姿を見せてくれるかな?」

「……ハンデをちょうだい」

 

 高級ドラゴン肉、無料、美味しい、レイジーの頭の中でそんな文字列が津波のように押し寄せてきた。

 だが、冷静な部分も残っており、勝利の方程式を組み立てる。

 

「魔力をレイジー君に合わせるよ」

「手足と目を縛って欲しい」

「それはハンデを負いすぎでしょ!」

 

 ティアナがばしっとレイジーを叩いたが、ぽよんとお腹の肉が揺れるだけだった。

 

「じゃあ、スポーツ格闘技の公式ルールでお願いします。ただ場外負けは有りということにしてください。相手が気絶するまでとか面倒」

「うん、分かった。それで良いよ」

 

 なのはの了承にレイジーは小さくガッツポーズする。

 

 

 ルーテシアが用意した訓練スペースには1対1を行える場所もある。四角いリングが設置されていた。

 なのはとレイジーは訓練場で構えを取り、他の者たちは少し離れた場所で様子を見ていた。

 

「スバルとティアナはレイジーの戦い方を知っているんだっけ?」

「ええ。公平を喫してなのはさんには教えてないですけど、あの子は物凄い速度で蹴りを放つんですよ。注意してないと全く見えないですね」

「近接戦が得意って事?」

 

 フェイトの疑問にスバルが答える。

 

「違います。蹴りの風圧を相手にぶつけるんです。まあ、おそらくって言葉が付きますけどね」

「よく分かってないの?」

「私もティアも見たのは一度きりですから。ノーヴェなら何か知ってるかもしれないけど」

 

 スバルたちから情報を聞きながら、フェイトは二人の方に視線を向けた。

 

「開始の合図は、ディスプレイで表示するから」

「リング外に叩き落とせば、僕の勝ちですよね?」

「うん。でも簡単に落ちないよ」

 

 なのはは可愛く笑った。

 だが、なのはは気づいていない。レイジーが模擬戦をする気が全くないということに。

 

【カウント5】

 

 無均質な機械音が告げるカウント。

 なのは愛機レイジングハートをしっかりと握る。一方でレイジーは相変わらず構えをとらない。

 しいて言うならボーっと立っているのがレイジーの構えだ。

 

 4、3、2、1

 

【スタート】

 

 二人の激突が始まる。

 

 ■

 

 速攻のレイジー。相手がオーバーSランク魔導師であっても、彼は必ず先手を取る。

 一瞬にしてなのはに向かって三発の蹴撃を見舞った。

 

「速いね、フェイトちゃんと戦ってるみたい」

 

 レイジーが相手にしてきた今までの相手ならこれで終りだった。だが、なのはは違う。

 一瞬でシールドを展開し、レイジーの攻撃を容易く防いだ。

 

(映像で見た通り、防御が硬い)

 

 レイジーにはなのはの戦い方の記憶がある。過去に映像で見ているからだ。彼女のバインドや防御のレベルの高さは理解しているが、それでもレイジーは気にせず攻撃を続ける。攻撃こそ最大の防御なのだ。

 一方でレイジーの攻撃を全く受けないとは言え、シールドを張り続けるしかないなのはは攻撃に移ることができない。

 バインドで縛ろうとなのはが行動に移ろうとすると、レイジーの攻撃の圧力が増す。

 お互いが攻め手を欠き、こう着状態に入った。

 

 そびえ立つ巨大な城壁を蹴り続けているような感覚がレイジーを襲ってくる。

 微動だにしないなのはがとても忌々しく見える。

 だが、それも想定の範囲内。

 魔法競技戦にはさまざまなタイプの魔導師や騎士たちが存在するだろう。その中で優勝を攫い、賞金をゲットしようとしているのだから、当然対策は積んでいる。

 レイジーが扱える魔法など片手の指の数にも満たない。だが覚えた魔法はすべて相手に脅威を与える物である。

 

「え!?」

 

 なのはが大きく声を上げた。

 今までなんの苦も無く防いでいたレイジーの攻撃。そんな攻撃だったはずが、今まさに自分のシールドにひびを入れたのだ。

 そしてレイジーの攻撃は止まらない。叩きつけるように何度も何度もシールドに向かって攻撃がぶつけられる。その度になのはは苦悶の表情を浮かべた。

 

 時はやってくる。

 

 パリンと砕け散ったシールド。完全に無防備を晒したなのは。そこに襲いかかる蹴撃の弾幕。

 なのはは容易く吹き飛ばされた。

 だが、ここでは終わらない。リング外に落ちようとしたその時、なのはは飛翔する。

 当然だ、彼女は空戦魔導師。空で戦うのが本分なのだから。

 

「…………」

 

 本来ならここで終了なのだ。レイジーの襲撃の射程はそれほどあるわけではない。せいぜい20Mほど。公式大会で採用されているリング場をカバーするくらいしかできないのだ。

 実戦であれば、なのはははるか頭上から雨のような弾幕をお見舞いすればお終いである。場外負けか魔力弾によるノックアウトか、過程は違えど結果はレイジーの敗北で決まる。

 

 しかし、これは実戦ではない。空戦魔導師は飛翔時間、そして飛ぶ高さは制限されている。そしてその制限はレイジーの攻撃範囲内なのだ。

 ルールがあるスポーツ格闘技ではどんなに優れていても意味はないのだ。そのルール内で最高の力を出した者が最強であり、勝者なのである。

 実戦なら負けなかった。レイジーはそう言われても素直に認める。実戦の勝敗など彼には意味がないのだから。

 

「運動エネルギーは速度の2乗に比例し、質量に比例する。つまり、重くて速いポッチャリ系が最強!」

 

 訳の分からない事を言い出したレイジーは頭上を飛ぶなのはに狙いを定める。

 身体は自然体のままだ。予備動作が特にない。なのはもそう思った、思ってしまった。何かするのであれば構えを取る。経験的に身体に染みついてしまった感覚を即座に切り捨てるのは難しい。

 

 故に、なのはは反応が遅れる。

 脱力状態のレイジーがいつの間にか眼前に迫って来ていた。いつ移動したのかは分からないが、自分の目の前に巨大な肉の塊が突っ込んできているのだ。

 風圧で真横に間延びしたお腹周り。原型を留めていないほどの顔。

 

 そんな物体が猛スピードで向かって来ると言う恐怖。娘がいるとは言え、なのはは今だ若い乙女なのだ。

 もっと破壊力のある攻撃を経験してはいる。だが、女としての生理的嫌悪感が彼女に逃げろという警笛を鳴らした。

 

「む、無理ーっ!」

 

 悲鳴を上げたなのはだったが時すでに遅し。

 豊満なダイナマイトボディが彼女の身体を包み込む。

 文字通り肉のベッドにダイブしたなのはは、この時点で気分を悪くする。

 

 だが、それも長くは続かない。

 限界までめり込んだ後は、解放だ。自分の意志と運動法則によってなのはは肉布団からぽよんという音と共に弾け飛ぶ。

 異様な効果音に反して、なのははありえない速度で打ちだされて行ったが。

 

「きゃー!!」

 

 なのはとぶつかったレイジーは跳ね返ってリング上へ落下した。

 肉クッションにより何度かバウンドしてからようやく地面に足を着ける。

 フィールド外に出されたなのははほぼ無傷であったが、ルール違反を犯したため反則負けとなった。

 

「お肉ゲット」

 

 Vサインを観戦していたティアナたちに向ける。彼女たちの表情は何とも言えないもので、呆れて半笑いしているティアナが特にそうだった。

 

「うぅ、負けちゃったー」

 

 教導官というプライドもあるためか、なのはが悔しそうな顔を浮かべた。

 ただ、レイジーに手を差し出した時は素直にレイジーを称えニッコリと笑う。

 教官としてと大人としての二人の彼女がそこにはいた。

 

「さすがに、跳んで来た時はビックリしたよ」

「僕の数少ない必殺技『ぽよんしよう』です」

「……怖かったよ」

 

 精神的な恐怖を味わったなのはの心からの言葉だ。

 

「ちなみにもっと強力な技があったりします」

「……もの凄くいやな予感」

「説明が面倒なので、省きます」

 

 ずるっとこけるなのは。「そこは説明してよー」とレイジーに言った。

 

「疲れました。アイスが食べたいです。コーラも飲みたいです。ベッドでゴロゴロしたいです」

「一気にダメな子になったね」

「一生懸命だらけるを信条にしてるんで」

「それはダメだと思うよ」

 

 疲れていたのは事実のようで、レイジーはその場に座り込み、ハァーと息を吐く。「もういいや」とそのまま倒れ込んで石畳のひんやりとした感触を堪能していた。

 

「どこで寛いでんのよ」

「もう、動きたくない、人間だもの」

「だものじゃないわよ、全く」

 

 レイジーの元にやってきたティアナは地面に転がる彼を見てことさらに呆れた。

 スバルが、「よいしょ」と巨漢のレイジーを持ち上げる。体重は160キロあるとはいえ、魔力持ちの魔導師ならこれくらいは造作もない。

 幼く可愛いヴィヴィオ達が「えぃ」と牛一頭を持ち上げるなんて光景は普通に見せることが可能なのだ。

 

 

 

 遊びを終えたヴィヴィオ達がなのは達の元にやって来た。

 

「ママ、なんでレイジーさんがスバルさんに担がれてるの?」

「ちょっと疲れちゃったみたい」

「なのはと模擬戦をしたからね」

「ええ!?」

「あっさり負けちゃったー」

 

 眉をハの字に曲げながら、なのははそう言った。それを聞いてヴィヴィオは再度驚く。

 

「レイジーさんってなのはママより強いの?」

「うーん、状況によるって感じかな。少なくとも仕切られたフィールドで戦うとなると勝つのは難しそう。フェイトちゃんなら勝てるかな」

 

 そう言ったなのははフェイトの方を見る。

 フェイトは苦笑し、首を横に振った。

 

「たぶん無理かな。私はスピードタイプだけど、レイジーの方が出だしが速いから。防御を抜かれて終わっちゃうよ」

「ええ!? フェイトママより、レイジーさんは速く動けるの!?」

「最大速度は私の方が上だけど、先手は絶対にレイジーがとるかな」

「何でですか?」

 

 ヴィヴィオの後ろで話を聞いていたリオが首を傾げる。フェイトが答えようとしたのだが、それより先にアインハルトが口を開いた。

 

「ディリジェントさんの魔力操作が恐ろしく速く自然なんです。私達のような魔導師はどうしても魔力のスイッチのオンオフがあります。ただレイジーさんにはそれがないため、どうしたって私達より速く攻撃を仕掛けることができるんです」

「正解。レイジーが普段から魔力を纏っているのはその練習だと思うよ。今みたいに寝てても体の状態が変わらないのは無意識のレベルで魔力を扱える証拠。生半可な努力や覚悟じゃできない。ヴィヴィオ、あの子は凄く意志が強いよ」

 

 スバルとノーヴェに手足を持たれながらも、寝ているレイジー。そのまま焚火でも焚けば豚の丸焼きが出来そうだ。

 だが、フェイトはべた褒めする。それまでにレイジーに対する偏見があり、彼女に負い目があったとしても、相当な評価だ。

 やっぱりレイジーさんは凄い人なんだと、ヴィヴィオは改めて思った。

 

「レイジー君は他にも隠し玉があるみたいだし、明日の練習試合はちょっと楽しみ」

「練習試合ですか?」

 

 なのはの言葉にアインハルトが首を傾げた。

 

「あ、ごめんなさい、アインハルトさんにはまだ言ってませんでした。明日は私達子ども組も大人組に混ざって模擬戦をするんですよ」

 

 ヴィヴィオが慌てて説明する。

 

「人数少ないから1対1の勝負が増えると思うよ」

「1対1」

 

 アインハルトがよしという拳に力を込める。

 ようやくだ。ようやく戦える。

 今の自分とどれほどの差があるのか、これで分かるとアインハルトは瞳に強い意志を宿した。

 

「でも、先輩が素直に参加すると思いますか?」

「あ……」

 

 リオの指摘でその場に居た者たちが気づく。だらけるのが大好きで面倒な事が大嫌いなレイジーが模擬戦などというものに参加するわけがない事は、接した機会が少ないなのは達でさえ分かってしまう。

 食べ物で釣るのは難しいだろう。すでに予約済みであるし、それ以上のものを要求された場合、家計への大打撃は確実だ。

 

「誠意を持ってお願いすれば」

「アインハルトさん、たぶん先輩は誠意とか目に見えないものは全く気にしないと思いますよ」

 

 どうやってレイジーを参加させようか、なのはたちは頭を悩ませるのであった。

 


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