怠惰を求めて勤勉に   作:生物産業

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第三話 乙女の観察

「へぇーそんなことがあったんだ」

 

 ヴィヴィオは夕食に母、なのはと今日起こった出来事について話していた。

 アインハルトと戦って簡単に負けたこと。そして自分がまだまだ弱いのだと気づかされたこと。

 そして、そんな強いアインハルトに勝った先輩がいるということ。

 

「レイジー・ディリジェントさんって言う人なんだ」

「レイジー? んーなんかどこかで聞いたことがあるようなないような……」

 

 なのはは人差し指をあごに当てながら、自分の記憶を辿ろうとする。

 だが思い出せない。

 

「ママはレイジーさんと知り合いなの?」

「ううん。でも、その名前を聞いたことはあるんだよね」

「お仕事関係?」

「んー違うと思う。誰かと話してた時に……あ、思い出したっ!」

 

 良かったーとニッコリと笑うなのは。「私、まだまだ若いもん」と愛娘にはっきりと伝えていた。

 

「シスターシャッハだよ。シスターシャッハがその子の名前を良く言っていたと思うよ。私の所で見てくれないかって頼まれたこともあるし」

「へぇー。レイジーさん、シスターシャッハと知り合いなのかな?」

「確か、親戚とか言っていたような……。ヴィヴィオは聖王教会によく行くんだよね? なら本人に聞いてみれば良いんじゃないかな?」

「うん、そうする。それに私ももっと頑張らないと思ってたから。シスターシャッハに稽古でも付けてもらおうかな」

「あはは、シスターシャッハは厳しいよ?」

「大丈夫。なのはママの子だもん。不屈の闘志で頑張るよ」

「あ、なんか生意気~♪」

「きゃー♪」

 

 その日の高町家の食卓はいつもより、ちょっと賑やかだった。

 

 

 翌日、授業を終えたヴィヴィオは聖王教会を目指した。

 レイジー本人に話を聞くのが一番早かったのだが、連絡先もどこのクラスなのかも分からなかったため、なのはの助言通りにシャッハの元を訪れることを決めたのだ。

 教会に着くと、中庭でティータイムの準備をしている人物が見えた。

 ヴィヴィオはニッコリと笑って駆け寄る。

 

「オットー、御機嫌よう」

「ああ、これは陛下。今日もイクスお嬢様のお見舞いですか?」

 

 教会で働く執事の男性、実際には女性なのだが、短髪で執事服を着ていることもあって良く間違えられる。オットーと呼ばれた女性はヴィヴィオの顔を見ると、少し微笑んで見せた。

 

「うん。でも、シスターシャッハにも用があるの」

「シスターシャッハですか? もしや、来週の模擬戦に備えて特訓ですか?」

 

 ノーヴェのおかげでアインハルトとの再戦が決まったわけだが、オットーはヴィヴィオがその練習に来ているのだと考えた。

 シャッハは教会きっての武闘派シスターである。管理局で査察官を務める人物によれば、「暴力シスター。あ、シャッハ、なんでそんなに腕を回して、うわあああ!」と語るほどの人物。当然、その話を聞いていたシャッハによって査察官は強制的に訓練場に引っ張られるわけだが、暴力は別としても周囲の人間が戦闘狂だと思うくらいにはシャッハは武闘派として認識されていた。

 

「それもあるんだけど、ちょっと聞きたいことがあって。ごめんね、オットー。私、シスターシャッハの所に行ってくるから」

「はい。帰りに寄っていただければ、温かい紅茶とクッキーをお出ししますよ」

「ありがとう!」

 

 ヴィヴィオはオットーに手を振ると、そのまま教会の中に入って行った。

 何度も来ているはずなのに、綺麗に並べられた調度品の数々にわぁーと感嘆の声をもらしてしまう。

 自分がどこぞの城のお姫様になったようなそんな錯覚を受けながらしばらく歩くと、目的の人物の後姿が視界に入った。

 

「シスターシャッハ!」

 

 ヴィヴィオの声に反応したシャッハはくるりと向きを変える。

 走ってくる少女に凛とした表情を崩し優しく微笑みかける。

 

「御機嫌よう、ヴィヴィオ」

「御機嫌よう、シスターシャッハ」

 

 二人してふふっと小さく笑った。

 

「今日もイクスの元へ?」

「それもあるんですけど、シスターシャッハに聞きたいことがあって来ました」

「私に?」

 

 シャッハが小さく首を傾げる。

 

「シスターシャッハはレイジー・ディリジェントさんのことをご存知ですか?」

 

 ヴィヴィオがそう言うと、今まで穏やかな笑みを浮かべていたシャッハに変化が生じた。

 

「あの子が何かをしましたか?」

 

 時折起こるシャッハの説教モード。比較的この対象になる人物は少ないのだが、レイジーがその数少ない人物の中の筆頭であることはシャッハの笑っていない目が物語っている。ヴィヴィオもアハハと言いながら、半歩後ろに下がった。

 

「レイジーさんは何もしてないですよ! ただ最近知り合ったので、ちょっとお話を――」

「そうですか。また何もせず自堕落な生活を……。これは久しぶりに私が……」

「待って! シスターシャッハ、待ってください!」

 

 ヴィヴィオに抱き着かれ、荒ぶる魂が少しばかり静まる。ぎゅっと必死にしがみつく少女を見て冷静さを取り戻したようだ。

 

「ふぅーどうもあの子とロッサの事になるといけませんね」

 

 完全に怒りを収めたシャッハは話をするならと、空き部屋にヴィヴィオを招いた。

 

「それで、ヴィヴィオはレイジーと私の関係を――ああ、なのはさんから聞いたのですね?」

「はい。なのはママは親戚だって言ってましたけど」

「レイジーのお母様と私の母が姉妹なのです。ですから私とレイジーは従姉弟の関係になります」

「へぇー意外です」

「同じ血を引く者としてはあの子にはもう少し活力ある生活を送ってもらいたんですが」

「もしかしてレイジーさんって昔からああなんですか?」

「ええ、親族としては恥ずかしいのですが」

 

 ヴィヴィオもレイジーという人間をよく知るわけではないが、知る限りの情報で判断する限り怠け者というイメージが付いてくる。

 アインハルトを容易く倒したので、それだけではないというのは分かるが、ボーっとした表情や普段の言動を見るとそのイメージを拭うのは難しかった。

 

「疲れる、面倒、ダラダラしたい、人間だもの、大抵これらの言葉を言っていますね」

「それは全部聞きました。まだ2回くらいしか会った事ないんですけど」

 

 シャッハが額に手を当てながら呆れた。

 もう少し後輩に良いところを見せられないのかと嘆いてみたが、自分の知る従弟がそんな殊勝な心がけを持っているはずがないと諦めてしまった。

 

「でも、レイジーさん強いですよね?」

 

 ヴィヴィオが一番知りたかったこと。今現在もっとも気になる存在、アインハルト・ストラトスを破った男だ。彼の強さに秘密があるのなら、それを少しでも知りたいと思った。

 

「ヴィヴィオは、何をしているのが楽しいですか?」

 

 予想と違う答えにヴィヴィオは困惑したが、うーんと考えた後、一つひとつ思い出しながら答えた。

 

「なのはママやフェイトママと一緒にいる時とか、友達と話している時とか、教会でこうやって皆で一緒にいる時とか、とにかくいっぱい楽しいです♪」

「レイジーにもそうあって欲しいのですが……」

「レイジーさんは違うんですか?」

 

 シャッハが眉をひそめながら、ヴィヴィオにこう答えた。

 

「あの子は小さい時からダラダラすることが大好きだったんです。それ以外では食べることですかね。ゴロゴロして、好きなものを食べて寝る、そんな生活をこよなく愛する子でした」

 

 なんとなく想像できてしまうヴィヴィオが苦笑する。

 

「さすがに将来が心配になったレイジーのご両親が私に面倒を見てくれないかとお願いしに来たことがあったんです。教会でも不真面目の申し子と呼ばれたヴェロッサの教育係を務めていたことが耳に入ったのでしょう」

 

 ロッサを完全に更生させることができませんでしたがとポツリと嘆くも、シャッハは話を続ける。

 

「私がレイジーと初めて会ったのはあの子が7歳の時です。今のヴィヴィオより小さい頃ですね。7歳にして既に元気という言葉から縁遠い雰囲気を纏っていました」

「あはは……」

 

 乾いた笑いしかヴィヴィオにはできなかった。

 

「ただ少しばかり話して分かったことが、意外とちゃんと考えている子なんだなということです」

「考えている?」

「そうです。まあ、考えていた内容は最低なんですが」

「一体どんな……」

「将来、ずっとダラダラした生活を送るにはどうすればいいのか、あの子は7歳にしてそんなことを考えていたんです」

「今とあんまり変わりませんね」

「そこはそうなんですよね。ただ、あの子は怠惰に生きるために勤勉になることを決めていたんですよ」

「怠惰に勤勉?」

 

 おかしいですよねとシャッハが苦笑した。

 

「あの子はグータラな子ですが決してバカじゃありません。あのままダラダラした生活を送ってもいずれはそれができなくなることを分かっていました。だから選んだんです。最大限ダラダラできる生活をするために最短の努力をすることを」

「何か……凄いですね」

「素直にダメ人間と言ってもいいですよ。怠惰に生きるためにはどう頑張ってもお金が必要です。でも、一生懸命働いて稼ぐという思考があの子の中には存在しない。だから、あの子は武術大会で出る懸賞金に目を付けたのです。世界大会で優勝するとなれば相当な金額を手に入れることができますから」

 

 プロの格闘家になれば、試合をするだけで収入が得られる。当然甘い世界ではなく、試合をする以上勝たなければいけないのだが、そのための努力は惜しまないのだとシャッハは語った。

 

「決して天才と呼ばれるような存在ではありません。できないこともたくさんあります。ですがあの子は自分にやれることとやれないことを理解しその長所だけを確実に伸ばしていける子です」

 

 シャッハ続ける。

 

「何をすれば相手に勝てるのか、そして負けるのかを分析し一つの結論に至ったんです」

「えと、えと……」

「相手が何かをする前に倒す。当たり前と言えば当たり前ですが、それが出来るほど世界の魔導師や騎士たちが弱くないのはヴィヴィオも分かりますね?」

「はい」

「でも、あの子はそれができるなら、それが一番楽ならとその道を進むことにしたんです。それからはずっと鍛錬です」

「凄いですね」

「ええ、そこだけはあの子の美徳です。最終的ゴールが情けないのですが、目標のために努力していることは良い事です」

 

 今まで歯がゆい表情をしていたシャッハがこの時ばかりは優しく微笑んでいた。

 

「あの子の戦闘スタイルまではお教えできませんが、これだけは言っておきます。あの子が研鑽を積んで3年。そうですね、ちょうど今のヴィヴィオと同じころです。私は10歳のあの子に瞬殺されました。開始の合図と同時にほぼ何もできずに敗北しましたね」

「……え?」

 

 シャッハは陸戦ランクAAAの凄腕の騎士だ。潜在的な能力は別としても、今のヴィヴィオではシャッハに勝てる気がしない。

 そうだというのに、自分と同い年の頃に目の前の豪傑を倒したという先輩がヴィヴィオには想像できなかった。

 

「初見であったこと、私があの子の戦闘スタイルをしらなかったこと、理由はいくつかありますが、当時は本当にあっという間でした。もちろん、今なら私が勝ちます、勝って見せます。あの子にとって私や、そうですね、セインなんかは非常に相性が悪いです」

 

 ヴィヴィオは首を傾げた。

 シャッハが言おうとしていることがよく分からなかったのだ。

 

「明日の朝5時に、ミッド山、座標は後で送っておきますから、行ってみてください。あの子が怠けてなければいるはずです」

「そんな朝早くからやってるんですか?」

「あの子は怠けるために必死に努力する子なんですよ。朝晩と、時間こそ膨大とは言いませんが、密度は濃いですよ」

 

 怠惰を目指して勤勉に行き着く。なかなかおかしなことだとヴィヴィオは思った。

 

 ■

 

 翌朝、早起きしたヴィヴィオはいつも朝練をしている場所から少し足を延ばして、シャッハに教えられた場所に向かった。

 霧が出ており、辺りは暗い。自分の愛機、クリスが目からライトを出して道を示してくれたが、状況が状況なためちょっと怖かった。

 普通の宝石型のデバイスと違い外装が可愛いウサギの人形であるため、つぶらな瞳が怪しく光る姿がかなりホラーだった。

 少しばかり歩いていると、バシ、バシっと何かの音が聞こえた。物音を立てないように、その音の方へ近づく。

 

 視界に入って来たのは巨大な岩山に向かって正対するレイジーの姿だった。

 

「…………」

 

 そしてヴィヴィオが言葉をなくしたのは、レイジーがその場にいたからではない。

 彼の目の前にある大きく削られた岩山があったからだ。

 レイジーが触れている訳ではないのに、バシっと音が聞こえるとボロボロと削られて行くのだ。

 

 レイジーが何をしているのかは、ヴィヴィオには予想がついていた。

 アインハルトとレイジーの一戦。それをスロー再生で見た映像にその答えが映っていたのだ。

 

 魔力で目を強化してかすかに残像が見える程度。レイジーの圧倒的な蹴速にヴィヴィオは自分の目を疑った。

 

 同時に嫉妬もしていた。

 自分にできないことを他人がする。素直に凄いと感心はできるけれど、羨ましいなと思ってもしまう。

 

 ――趣味と遊びの範囲なら十分かと

 

 頭の中によぎったアインハルトの言葉。

 あの場は笑って誤魔化したが、悔しかったという気持ちがなかった訳ではない。

 少なくとも自分は一生懸命やって来た、それは胸を張っていえることだった。

 格闘技を教えてくれているノーヴェにだって尊敬と感謝をしている。

 ただそれでも、今の光景を見ると自分が甘かったのだと感じさせられた。

 

 疲れる、面倒と常に口にしているレイジーですら額に汗をかいて必死に鍛錬している。

 よく辺りを見渡せば崩された岩々が何十と見える。彼の努力の証だ。

 そしてこれが本気の覚悟なのだと痛感させられた。シャッハから聞いた十という年齢。今の自分と同じだ。比べられるわけではないが、少なくとも自分の先には行っている。

 当然、アインハルトもだ。

 

 ――私の本気は全然足りなかったのかな。

 

 そんな風に思えてしまう。

 ぐっと奥歯を噛みしめてヴィヴィオはレイジーの訓練を見つめた。

 

「……疲れた」

 

 どのくらいの間レイジーがそうしていたのか分からないが、顔からしたたり落ちるほど汗が流れ出ていた。

 ポツリとつぶやくと同時にレイジーが前のめりに倒れる。

 その様子を見ていたヴィヴィオは慌てたが、様子を見に行こうとしたその時、地面から離れていた足を止めた。

 急いで茂みに隠れる。

 

「気持ち悪い」

 

 びっしょりと汗でぬれたTシャツをばっと脱ぐレイジー。その時弛み切ったデッ腹がぶよんと大きく揺れた。

 さすがのヴィヴィオもうわぁーと顔をしかめた。

 だが、またしてもヴィヴィオは驚かされることになる。

 

「……川に行こう」

 

 そう言った彼の身体は完全に別物になっていた。全身を脂肪という名の肉布団で包んでいたはずなのだが、立ち上がった時にはそれが無くなりレイジー本来の体型を現出させていた。

 

(はわわわ)

 

 ヴィヴィオは顔を真っ赤にしていた。レイジーは上半身には何も纏っていない。下はぶかぶかだが紐で止められているようでずり落ちるようなことはなかったが、上半身は裸なのだ。片親である彼女にとって父という存在を知らないため、裸の男というのを初めて見たのだ。顔を赤らめるのも無理はない。

 これが緩みっぱなしのメタボ体型であるなら、そう言った反応も起こらなかった。

 事実、さきほどレイジーが服を脱いだ時は、恥ずかしいというより気持ち悪いと言った感じだった。

 

 だがどうだろう?

 目の前のレイジーはメタボではない。

 均整のとれた肉体を見せている。

 まだ自分とそう歳が変わらないため、背が青年男性のように大きくはない。

 あと数年もすれば自分と顔一個半くらいは離れそうなものだが、今はそれほど離れていない。

 

(エリオより小さいのに、身体はがっしりしてる。あれがレイジーさんの本当の姿)

 

 自分の知る男性の友人。歳はレイジーよりも二つ上だが、背はぐんぐん伸びておりパートナーを務める同年の少女の成長成分を吸って大きくなっているのではと冗談を言われるほど背がでかい。

 

 だが、身体から感じるプレッシャーはレイジーの方が大きかった。

 硬い、そう感じさせるほどにレイジーの背中は頑強そうに見えた。

 ゆっくりと歩いて行くレイジーの後を、こそこそと追って観察する。

 

(普段の状態が重りを背負っている状態なら、どれくらいの負荷がかかっていたのかな?)

 

 イメージするのは普段のレイジー。ぶよぶよな体型と今の彼を同一人物には見えない。

 つまりそれほどの負担を常に負っているということだ。今の筋肉の様子から考えても相当な負担だということは想像がつく。

 

(ノーヴェが言うにはあれは魔力の塊。なら魔力強化も行っているはず)

 

 脂肪として貼り付けている魔力を常時纏っているということは当然、魔力操作にも長けているということ。感じられる魔力は抑えられているため推測の域でしかないのだが、常時魔力を運用しているということから考えてもAランク以上の魔力量はあるのではないかとヴィヴィオは予想した。

 自分の周囲にAランク以上の魔力を持つ者たちが溢れているため、感覚がずれているのだが、学院で学んだ知識から考えれば、Aランクの魔導師は武装隊に所属すれば部隊長クラスなのだ。十分に貴重な存在である。

 

(Aランク以上の魔力に、見えない攻撃、それも動きづらい状態で。負荷をなくした状態ならもっと速く動けるはず。レイジーさんの本気……見てみたい!)

 

 自分を圧倒したアインハルトをルールを利用したとはいえ、簡単に倒したレイジー。それも枷をはめた状態でなのだから、全力がどれほどのものかは格闘少女なら気になるのも当然だ。

 

(聞こう。お話すれば何か分かるかも)

 

 そう思って尾行を解除し、川辺で顔を洗うレイジーの元に近づこうとしたのだが、次の瞬間レイジーはヴィヴィオの前から姿を消した。

 

「え……?」

 

 キョロキョロと辺りを見回すとようやくレイジーを発見する。水の中だ。レイジーは川に飛び込んでいた。

 そのまま下流の方に向かって泳いで行く。後を追おうにも陸地がない為、自分も川に入るしかない。

 着替えを持ってきていないので、ヴィヴィオはそのまま流れていくレイジーの後を見ているしかできなかった。

 

「学院でなら……あ、クラスも連絡先もしらないや」

 

 うーんと唸りながらヴィヴィオはどうやって接触しようかと考えるのだった。

 

 ■

 

 ストーキング二日目。

 結局学院でレイジーを見つけることができなかったヴィヴィオは、翌日も人間観察を行うために朝早くに山を登っていた。

 時間は5時。レイジーは当然のようにそこにいて昨日と同じように岩に向かって蹴りを放っていた……ヴィヴィオには見えないが。

 邪魔しないように、ヴィヴィオはレイジーが休憩する時間を狙う。

 その時が勝負なのだと集中する。

 

 

 

 

 

 

 

 一時間経った。

 だが、レイジーが訓練を止めるような様子はなかった。ただ岩が削られ、砕ける音が延々と続く。

 練習に工夫があるわけではない。ずっと同じなのだ。

 岩に向かって蹴りを繰り出す。それが一時間という時間の間、何回も、何十回も何百回も繰り出されるのだ。

 他にもやらなければいけないことはあるのではと、ヴィヴィオが疑問を抱くがレイジーは動作を止めない。

 そして、昨日のように力尽きるまで蹴りを放つと、また昨日のように川辺に向かい、同じように川に流されて消えて行った。

 

「また話せなかった」

 

 よしっと気合を入れてヴィヴィオは家に戻るために山を駆け下りて行った。

 

 

 ストーキング三日目。

 

 今日もヴィヴィオは山にやって来ていた。今度こそという思いで、ヴィヴィオは熱い視線をレイジーに向ける。

 

「……疲れた」

 

 前のめりに倒れるレイジー。ここまでは昨日と同様だ。だが、今度は違う。

 レイジーが川辺に行ってしまう前に話しかけようとした。

 しかし、彼女の作戦は脆くも破られてしまった。

 

「え……?」

 

 寝た態勢のままレイジーがはじけ飛んだ。

 肉体が爆発したとかそう言う訳ではない。

 一瞬何が起こったのか分からず、ヴィヴィオはポカンとしてしまった。

 ハッと気づいた時にはレイジーははるか頭上にいた。そして、そのまま落下しぼよんぼよんとバウンドしていく。

 明らかに人間の動きではなかった。

 急いで後を追いかけたが、想像以上に速くヴィヴィオが辿り着いた時にはすでにレイジーは着水し、川を流れて行った。

 

「……明日は、絶対お話するもん!」

 

 少女は本気になった。

 

 

 ストーキング四日目。

 

 またしても山を登った。話すだけならもっと早めにくるとか、訓練を邪魔してでも話しかければ済むことなのだが、なんか負けた気がしてヴィヴィオはその手段を取らずにいた。

 よしっといつもの場所にやってくるとやはりというか、レイジーはいつものように同じ動作を繰り返していた……ようやくかすかに見えるようになった程度だが。

 ここから一時間、ヴィヴィオは必死にレイジーの動きを見続けた。

 足の動きだけではなく、全体を捉える。どこを動かそうとすれば、あのような動きになるのかヴィヴィオは注意深く観察する。

 

(上半身はあんまり使ってない。でもあれだけのスピードを脚力だけで再現するなんてできるのかな?)

 

 そこでヴィヴィオは考えた。

 というか思い出した。

 昨日有った、レイジーの奇妙な行動。べたっと横になった状態から何のアクションも起こさずに飛び跳ねるという珍現象。その後、ゴムボールのように弾みながら移動する異様な光景。

 結論、魔力による何かを行っている、ヴィヴィオはそう考えた。

 

(全っ然わからない)

 

 愛機クリスに頼んで魔力解析を行ってもらっているのだが、全くヒントらしいヒントは見つからなかった。

 魔力の変動も起こっておらず、魔力を使ったような跡がまるで見当たらない。

 

 そのまま観察したが、結局何も分からなかった。あまりにも観察に集中し思考に没頭してしまったため、いつの間にかレイジーは居なくなっており、慌てて下山するヴィヴィオであった。

 

 ストーキング五日目。

 

 アインハルトとの再戦を明日に控えるヴィヴィオだったが、レイジーの事がどうしても気になってしまい、今日も自分の練習そっちのけで山までやって来ていた。「放課後頑張るもん」と心の中で言い訳をする。

 もう慣れてしまったというべきか、茂みに隠れてレイジーの動きを観察した。

 このストーキングを始めて良かった点は、レイジーの動きがうっすらと見えるようになってきたことくらいだ。

 

「ねぇ、クリス。レイジーさんがやっているような魔力負荷ってできる?」

 

 浮遊する人形型デバイスが手でばってんを作り、申し訳なさそうな顔を浮かべた。

 

「そっか、ちょっと興味はあったんだけど」

 

 自分がポッチャリ体型になって帰宅したら、二人の母はきっと卒倒するだろうなとヴィヴィオは想像しながら小さく笑った。

 ヴィヴィオが考えた結果、レイジーのありえない動きを支える根幹にあのメタボリック技法が関わっているのだとヴィヴィオは確信していた。

 その事について、話を聞きたいヴィヴィオだったが、レイジーの鍛錬の邪魔をする訳も行かず、ただ黙って観察を続ける。

 こんなに熱心に誰かを観察したことが今までにあったかなと振り返るほどに、ヴィヴィオはレイジーに熱中していた。

 

「……まさか、これが恋?」

 

 いやいやと首を振る。

 自分の母親ですら幼馴染の無限書庫の司書長を務める人間と休日に買い物に出かけて、「デートじゃないよ~。ユーノ君と買い物に行ってきただけ」と能天気な事を言っているのだ。

 

 恋愛に関して、そんな反面教師を母に持つ身のヴィヴィオはそれなりに敏いと自負している。周りにそう言った話題に興味を持つ人間がいるからとも言えるが、恋をしたらしたで分かるはずなのだ。

 

 別にレイジーを見つめていてもドキドキはしない。むしろ、アインハルトと向かい合った時の方が心臓の鼓動は速くなる。

 メタボリック状態を解除したレイジーに見つめられでもしたら、話は変わるかも知れないが現状の彼は余計なお肉をプルンと揺らしながら必死に汗を流しているのだ。ときめく要素が見当たらない。

 

「レイジーさんの本当の顔ってどんなだろ?」

 

 がっちり締まった身体を見たことはあるが、背を向けていたということもあり痩せたレイジーというのがイメージできない。

 想像の中のレイジーにはライオンの鬣のようにお肉がまとわりついてしまうのだ。それを頭の中で削いで行こうとも、本来の顔に至ることができなかった。

 

「pipi!」

「何、クリス? って、あれ?」

 

 あまりにどうでも良い事に悩み過ぎたのか、レイジーはいつの間にか居なくなっていた。

 

「うぅ~また何も分からず終わっちゃったー!」

 

 そっと少女の肩に手を置く小さなウサギ。ぴゅーと冷たい風が少女の頬を撫でたのだった。


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