(もう一つの変身を残している……一体どんな?)
アインハルトは頭の中で変身したレイジーの姿を考えていた。
(ぽっちゃりさんから、がっちりさん、残すところはガリガリさんでしょうか?)
いや違うなと首を振る。流石に弱くなるような変身はしないはずだと、痩せてげっそりしたレイジーのイメージを頭の中から消し去った。
戦う前から勝負が決まっているような気がするからだ。
「あんまり深く考えないほうが良いぞ。アイツのことだからしょうもない変身かもしれねぇし」
ノーヴェがアインハルトの肩に手を置きながら、そう言った。
「確かにそうかもしれませんが……」
「どうしても期待しちゃいますよね」
「先輩はやる時はやる人ですからっ!」
ヴィヴィオとリオがアインハルトの言葉に続いた。会話に参加しなかったコロナもワクワクといった様子で試合が始まるのを見ている。
「始まりますね」
ヴィヴィオの声と同時に、審判を務めているミカヤの手が上がる。
だが、レイジーが待ったをかけた。
「チャンプ、僕がこの勝負に勝ったらお願いがあるんだけど、良い?」
「ん? ええよ」
ジークリンデは何も考えることなく、そう答えた。レイジーの口角がわずかばかり吊り上がる。
「それでは良いか? 始め!」
ミカヤの合図と同時にレイジーが仕掛ける。どんな対戦相手であれ、先手は必ず取る。レイジーの高速の一撃がジークリンデの腹部に入る。
「やっぱりか」
腹部に入る。少なくともレイジーにはその感覚はあった。だが、ジークリンデは立っている。
見えないレイジーの速攻、それが初めて躱されたのだ。
アインハルトたちの反応はまさに驚愕。防御でも反撃でもなく、単純な回避。
ジークリンデは右足を後ろに引き、半身の態勢を取るだけでレイジーの攻撃をかわして見せた。
不可視の一撃をまるで見えているかのように、いや事実見えているのだろう。余裕があると言えないが、それでも完全な回避であった。
「その反応の速さは反則だと思う」
「レイジーに言われたくない。そっちの攻撃も十分反則やね。ウチがエレミアじゃなかったら躱せなかったかもしれんな」
「それってオート? 明らかに人間の反応速度を超えてると思うけど」
「見えない攻撃を撃てるんやから、ありえない回避ができてもおかしくない。まあこれは身体に染み付いた癖みたいなもんやね」
ジークリンデは特殊な人間だ。別に人体に改造が施されているというわけではない。
アインハルト・ストラトスは初代覇王クラウスの記憶を受け継ぐ記憶継承者。対してジークリンデ・エレミアは初代だけではなく、数多くの『エレミア』の戦闘経験を受け継いでいる。
ジークリンデの意思に関係なく、危険と身体が反応すれば発動する『エレミアの神髄』。
レイジーが初めて見たとき、その反応のあまりの早さに攻撃が通じないと痛感させられたほどだ。
「でも、このままやとこう着状態やね。ウチが何かしようとすればレイジーは反撃して来るやろ?」
「それは当然。この状態の僕の攻撃速度はそっちを上回っている。近づけさせないし、攻撃もさせない」
「ウチも攻撃はできんけど、回避に専念すればレイジーの攻撃も当たらん。どないしようか?」
「そっちが全力で来ればいいと思うよ」
レイジーが珍しく提言した。ジークリンデはくすっと小さく笑う。
「危険や」
「大丈夫。問題なし」
本来レイジーの戦闘スタイルは先手必殺。相手が何かをやる前に勝ちに行く。
そんなレイジーがジークリンデに何かをする機会を与えようとしている。これが練習試合であるというのが一番の理由だが、レイジーは確かめたかった。自分の現在地を。
だから、ジークリンデに求めた。全力で来てくれと。
「そか」
笑みを浮かべていたジークリンデは何かを決意したかのように表情を変える。ちらりと視線をアインハルトの方に向け、
そしてすぐジークリンデの瞳から穏やかさが消えた。雰囲気も様変わりする。
スポーツ格闘技では味わえない濃厚な殺気。ただの庭の練習場がはるか昔のベルカの戦場となった。
「こわーい」
レイジーの軽口にジークリンデは反応を示さない。装着されたガントレットが禍々しく漆黒に染まっていく。
おちゃらけて見えたレイジーもその危険度は理解しているのか、視線だけはジークリンデから外さなかった。
試しにと牽制の意味で攻撃を仕掛ける。先ほどと同様、まっすぐにレイジーの攻撃がジークリンデに向かっていく。
一方のジークリンデは先ほどとは違う。右腕を無防備に突き出した。
衝突。魔力負荷を解除したレイジーの攻撃は一発一発が速射砲撃を上回る。下手な攻撃など無意味なのだが、ジークリンデが突き出した右腕はレイジーの蹴撃を粉々に破壊した。
霧散する攻撃。流石のレイジーもパンチ一発で砲撃を破壊されるとは思わなかったのか、目を見開いた。
それが油断となる。
だらりと構えを解いたジークリンデが文字通り消えた。観客もそのスピードには驚きの声を上げる。
「ちっ」
観客の誰も反応できなかった攻撃にレイジーは反応していた。上方を見やる。
レイジーは元来ヴィヴィオのような生まれ持った天賦の才、つまりは先天的な動体視力など備わっていない。だが普段から自分の攻撃を行う上で速さには嫌というほど慣れている。人は慣れる生き物だ。自分の攻撃が見えないなどそんなおかしな話はない。だからこその反応だった。
(頭上が一番僕の攻撃がしづらい場所。なんか目が人形みたいになったから、何も考えていないのかと思ったけど、冷静だな)
一瞬で上方に攻撃を飛ばすが、ジークリンデが器用に身体を回転させて攻撃をかわす。人としての反射神経を軽く超え、
レイジーを間合いに捉えた。
――ガイスト・ナーゲル
猛獣の爪。ジークリンデの漆黒のオーラが形を変え、レイジーの肉体をえぐる。
まずいと判断したレイジーは足裏の魔力を弾いて後方に素早く退避。近接戦闘などできない彼はただ全力で後方に逃げた。その数瞬後、地面の一部が爆散するように消滅した。
「おいおい、今のはやべぇだろ」
ハリーの言葉が伝播する。子供組は顔を青ざめて、レイジーを心配しながら見ていた。
それもそのはずである。ぎりぎりでの回避、だがレイジーの服はバッサリと肩口から避けていた。うっすらとだが血も流れている。エレミアの神髄がクラッシュエミュレートを超えてレイジーにダメージを与えたのだ。
「いたい」
線のように裂けた傷が痛々しく見える。
嫌な汗を額に掻き、膝から力が抜ける。がくっと落ちた身体を何とかこらえて、レイジーはジークリンデを見据えていた。
レイジーの状態にアインハルトは歯をぐっと噛みしめる。
(ディリジェントさんが、初めてまともに攻撃を食らった……)
今までレイジーの対戦を何度か見ているが、ふざけている時を除けば、レイジーが誰かの攻撃をまともに食らったことはない。アインハルトでさえ、覇王流を食らわして、自分がポッチャリ型に変えられるというトラウマしか残らない攻撃しかできていない。
そんなレイジーが回避行動をとり、かつダメージを負うなどとは信じたくとも信じられなかった。
自分が認めた相手が、自分より強者だと痛感させられた相手が、膝を地に突け苦しそうにしている。
その光景がアインハルトには堪らなく嫌だった。
(ディリジェントさん……)
アインハルトが不安そうにする中、審判のミカヤから待ったが入る。
「レイジー君、これ以上やると危険だ。今日はここまでにしよう」
見ていたヴィクトーリアはエドガーに治療をするように指示をする。ダメージが生身に伝わってしまった以上、誰もがここまでだと思った。
「大丈夫。というかこの程度なら僕の方が強い」
「……え?」
命の危険がある。誰もがそう思った状況で、レイジーは高らかに暢気にそんなことをのたまった。
次元世界最強の十代女子、ジークリンデ・エレミアに向かってその程度と言い放った。
一番近くで聞いていたミカヤですらレイジーの言葉を理解するのに少し時間がかかった。
「僕のお肉パラダイスは最終段階に移行する」
誰もが困惑する中、レイジーが魔力を開放する。そして、レイジーを包み込むように発光を始めた。
「最後の変身……」
試合開始前に言っていた言葉をアインハルトは思い出していた。
――僕は変身をあと一つだけ残している
(やっぱり私は貴方に期待してしまう。クラウスの記憶と身体を受け継いだ私とは違って、貴方はただの人。でも、私よりずっと強く、私の目指す先に一番近い人。ディリジェントさん、貴方には誰にも負けて欲しくないです。私が勝つまで)
「武装形態」
凛とした声が辺りに響く。レイジーから聞こえたにしてはかなりの違和感が残った。
「なんかおかしくなかったですか?」
ヴィヴィオの疑問に他の面々が頷いた。おかしい、なんか変と辺りから声が上がる。
だが、困惑もつかの間だった。眩いばかりの発光をしていたレイジーの姿が、徐々に皆の前に現れ始める。
すらりとした手足、きゅっとしまったウエスト。ぷりっとしたヒップ。邪魔にならない程度の膨らんだバスト。ぼさぼさだった髪は艶のあるショートヘアへ。
「な、なななな」
「予想外すぎるだろ」
「さすが先輩っ!」
「わ、私なんかよりずっと……」
「…………」
ヴィヴィオが動揺し、ノーヴェが呆れ、リオが喜び、コロナが嫉妬し、アインハルトが絶句した。
ヴィクトーリアとハリーも驚き、声を失っている。
それくらいレイジーが美人すぎた。そう美人すぎたのだ。
ポッチャリ型の下に隠された鋼の肉体。そしてさらに最終形態に達し、性別を超越する。表情に力がないが、見方を変えればクールビューティーに見える美少女。
レイジーの最後の変身がまさかの魔法少女だった。
「この形態はそう長く維持できないから――行くよ」
透き通る声が波面のように広がってすぐ、魔法少女が行方をくらませる。
「み、見えない」
動体視力に自信のあるヴィヴィオでも、レイジーの姿が見えない。天才ジークリンデ・エレミアでさえも。
辺りを見回すがレイジーの姿を捉えることはできなかった。
単純な速さではなく、流麗な動きにジークリンデの身体ですら反応しきれなかったのだ。
――
ジークリンデの頭上にレイジーは居た。ジークリンデが先ほどやったように最も防ぎにくい上方を制する。
溢れ出るレイジーの魔力。魔力球体がレイジーの身体の周りに現れる。数は108。ジークリンデの視界がレイジーの魔力光で覆われた。
拙い、そう判断した時にはジークリンデはレイジーの領域の中に入ってしまっていた。
「行くよ」
声は凛としているのどこか緊張感のない。そんな言葉と共に放たれるレイジーの攻撃。
彼の最大にして唯一の攻撃法、蹴りによってジークリンデに襲い掛かる。
周囲を浮遊している魔力球体をサッカーボールのように蹴り飛ばす。ゴールはジークリンデ。ボールの数は108個。完全に別のスポーツになった。
超高速の蹴撃による雷獣シュート。エレミアとしての本能が回避ではなく、防衛を選択させた。
肩幅に開いた足。じっくりと腰を落として、頭上からの攻撃に備えるジークリンデ。両腕に漆黒のオーラを纏い、来る攻撃をすべて消滅させる気である。
触れるものすべてを破壊する鉄腕。エレミアに砕けぬものなどない。
「なっ!?」
声が出たのはヴィクトーリアだった。
このメンバーの中で最もジークリンデに近い存在である彼女は、ジークリンデの強さを誰よりも分かっている。
完全に戦闘モードに入っていたジークリンデがレイジーの術中にはまったのだ。ヴィクトーリアにとってそれは、久方ぶりに見た光景だった。
レイジーの攻撃は削られた。だが、削られただけで消滅には至らない。飛散した魔力がゲル状となりジークリンデに纏わりつく。
次々に襲い掛かるレイジーの攻撃。ジークリンデは技の性質を理解したようで、攻撃の一発一発を完全に消し去るようにシフトする。
だが、それでは遅い。
全力全開の状態のジークリンデよりレイジーの攻撃の方が速い。一撃の破壊力なら圧倒的にジークリンデだが、繰り出す技の速さならレイジーだ。
「総合力なら圧倒的にレイジーが負けている。でも」
「勝てる戦い方を見つけてそれを貫き通してきたレイジーさんはとても強い」
ノーヴェの言葉にヴィヴィオが言葉を繋げる。アインハルトは張っていた表情を少し崩して、頬をうっすらと赤く染めながら、レイジーを見ていた。
(ああ、やっぱり貴方は貴方なのですね。私は貴方という強さにきっと惹かれているのでしょう。
迎撃しきれなくなったレイジーの攻撃にジークリンデは飲み込まれた。一発一発が身体に負荷になって襲い掛かる。
以前、アインハルトが食らった『いっしょにブートキャンプ』の発展形である。
108回の攻撃を用いてレイジーが目指す至福の世界、空気のように柔らかく、それでいて弾力も残っている、最高のベッド。ウォーターベッドにも負けない夢の世界。
やられる方は魔力ゲルの中に放り込まれるので、身動きが一斉取れず、呼吸すら困難になる。
レイジーのベッドという牢獄に捕らわれることになる。
「勝てる方法で勝つ奴が一番強い」
攻撃を終えたレイジーがベッドの上に上品に降り立つ。透明であるため、ジークリンデが苦しみもがいているのが分かるが、女性らしさをもってして嬉しそうにベッドの上に横になった。
「ふふ、これで僕の勝ち」
満面の笑みを浮かべたレイジーはそのままゆっくりと瞼を閉じる。
ジークリンデは意識を失って瞼を閉じた。
次元世界最強の十代女子を相手に完勝を収めたレイジーだったが、
「なんか終わり方が……」
誰の声だったが分からないが、皆一様に頷いていた。
†
「説明をお願いします」
既に美少女とは程遠い姿になったレイジーは庭のちくちくした芝生の感触を感じながら、のほほんと横になっていた。
ヴィヴィオがはいはーいと手を挙げながらレイジーに説明を求めた。
「女子強い」
実に簡潔に説明を終える。当然それで納得するような者はおらず、詳細を話せと抗議を始める。
「僕は過去の映像で知った。ムキムキわんこ耳男と腹出しケモノ耳お姉さんは互角だったということを。明らかに腕も足も身体もわんこ男の方が大きいのに、ほっそりしてるお姉さんはパワー負けしていなかった。つまり女子になれば強くなれると僕は学んだ」
レイジーが言うわんこ耳男と腹出しケモノ耳お姉さんに心当たりのある人物が苦笑する。ヴィヴィオに至っては片方は私の師匠ですと言いたげだった。
「で、変身してみたってのか?」
「そう。ほっそりしていながらもしなやかな筋肉が僕の蹴りの速度を大幅に上げた。これは僕の予想でしかないけど、男よりも女の人の方が魔力を身体の細部に取り込みやすいんじゃないのかなって思う。魔力濃度がずっと高いんだ。だから女性体を選んだ。変身魔法の凄いところは骨格すら変えるところにある。それが僕に神秘の力を与えてくれたんだと思ってる。ヴィヴィオたちみたいな大人になる変身や、動物なんかになる変身もあるから、男が女になる変身だってできるわけだ」
ああそう言えば、フェレットに変身できた人が居たなとヴィヴィオはとある無限書庫司書長を思い出していた。
「魔力の放出をする分、余計な出費は避けたい。そんな僕の思惑と一致したから変身してみました」
「そんな理由で女装をためらわないとか、お前の心の強さに驚きだよ。しかもそれで強くなってるんだからさらに驚きだ」
「あれって先輩のイメージですか?」
「うーんと、参考にしたのはフェイトさん。僕が知る中で最も速い人だから。髪は邪魔そうだから短くした」
「あ、そう言えばレイジーさんって古代ベルカ式の使い手だったんですか? 武装形態ってアインハルトさんと同じですよね」
「実は僕はこんなふざけた生活を送ってるけど、血筋はそれなりなんだよね」
「シスターシャッハと同じですよね。あれ、でもシスターシャッハは近代ベルカ式ですよね?」
「そこはあれ、シャッハちゃんがミーハーなだけ。昔のレトロな良さを分からず、流行りに乗ったんだよ」
「どうせ、自分の術式を弄るのが面倒だから、最初に習った形をそのまま使ってるだけだろ」
「ノーヴェさんはやはりエスパー」
ぱちぱちと拍手をし説明は終わったとレイジーはそれ以上は話をしなかった。あとは勝手にしてくれと投げ出してしまった。
それからしばらくして、気絶していたジークリンデが目を覚まし、レイジーの元にやってきた。負けたのは久しぶりだったのか、かなり悔しそうに眉をハの字にしていた。
「起きたんだ。それで寝起き早々悪いんだけど、試合前に約束したこと覚えてる?」
「うん」
「僕の願いはただ一つ、もう二度と試合をしたくない」
「へ?」
呆気にとられたジークリンデから短く音が漏れる。
「だってチャンプ強いじゃん。僕の夢を叶える上で、やらなくて済むなら強い人とかとはやりたくないんだよね。疲れるし」
今回はレイジーがジークリンデに勝った。だが、次も勝てるとは言わない。今までアインハルト達にはさんざん雑魚と罵ってきたのだから、ジークリンデに対する評価は過去最大級と言っていいだろう。
「僕が出る大会には出ないでくれるとありがたい」
「格闘家として言っちゃいけない言葉を平然と吐くな」
バシッとノーヴェがレイジーの頭に平手をかます。
「何言ってるの? 僕は一生だらだらできるだけのお金が欲しいだけであって、格闘家としてのプライドなんて無いに等しいんだよ。それに目的のために障害を排除するというのは僕の生き方に沿っていると思う」
「……そうだった、そうだったな。お前はそういう奴だった」
ハァーと呆れつつも、ノーヴェはわしゃわしゃとレイジーの頭をなでる。手のかかる弟に世話をやく姉の構図だった。
「ということで、よろ」
レイジーが右手を差し出す。
「んー……それはできんよ」
ジークリンデはレイジーの手をがっちりと握りながらも、彼の言葉を否定した。
「や、約束は……」
がーんと激しく落ち込むレイジーにジークリンデは表情を崩す。先ほどまで不満そうにしていたが、今ではすっかり笑顔だった。
「負けたままではエレミアの名前に傷が付いてまうよ。だからウチはレイジーとまた戦いたい」
「名前に傷なんて付けとけばいいって、とある教会の暴力シスターが今際の際で言ってたよ。命尽きる前、最後に言ったんだ――もっとやれと」
ばしんっ! 今度は先ほどとは違って遠慮などせず、ノーヴェはレイジーの頭に平手を叩き込んだ。
「勝手にシスターシャッハを亡き者にするな。それにあの人は絶対にそんなことは言わねぇよ」
「シャッハちゃんなんて言ってない、ノーヴェさんの勘違い」
「言ってるようなもんだろ。お前、嘘をつくにしてももう少しマシな嘘をつけ」
「……いや、だってチャンプがガンガン行こうぜ的な精神を出しているから、僕は命を大事にで対応したんだ」
「全然大事にしてねえだろっ!」
ゲームをやらないノーヴェには元ネタが通じなかったようだ。
「別に大会でなくたって戦えるやろ。今みたいに」
「それはチャンプは大会にでないってこと?」
「出れる大会は出るよ。やっぱりエレミアの技を磨いていくのがウチの目的やし。それにはやっぱり人と戦うのが一番やから。まあでも、約束してしまったし、レイジーが出る大会には極力出ないようにする」
「僕、ミッドで開かれる賞金のある大会には全部出る気でいるんだけど」
「……ウチは賞金の出る大会はまだ出ないから大丈夫や。それよりレイジー、あまり無茶すると身体壊してまうよ」
「身体のケアは万全。全身筋肉痛で動けなかった昔に嫌というほど身体については調べた。今では激戦の次の日でも絶好調で戦える」
魔力マッサージは極めているとレイジーは自信満々に告げる。
「チャンプと戦わないなら今のところは安泰。後は上の世代。皆僕が出るときだけ、体調不良とかにならないかな。そうすれば戦わなくて済む」
他人の不幸を願う最低の男に、ノーヴェはバシッと背中を叩く。
「レイジーは戦うのは好きやないの?」
「うん。疲れるのは嫌い。野蛮だし、戦闘が好きとか言っている人の気が知れない」
周りで聞いている者たちが一斉に微妙な顔をする。ヴィヴィオに至っては、視線を思いっきりそらしていた。
「痛い思いはしたくないし、疲れるようなこともしたくない。でも、ダラダラしたいから、そういうのは我慢しないといけない。世界は僕の敵だ。もっと甘やかしてほしい。僕が苦労せずにお金が稼げるようなそんな素晴らしい制度を要求する」
格闘技に思い入れのある少女たちの前で暴言に近いことを吐き、挙句の果てに世界批判。
ただあまりにもレイジーらしくて、誰も反論しなかった。
一人を除いて。
「でも、それだと私も困ります。私もディリジェントさんともっと戦いたいと思ってますから」
「嫌なり」
「先ほどのチャンプとの戦い、終わり方はちょっとあれな感じでしたけど、ディリジェントさんの凄さを改めて感じました。ですから、これからもよろしくお願いします」
「いやーん」
「まだまだ覇王流を収めていない未熟者ですが、レイジーさんの好敵手になれるように頑張ります」
「ノー」
「お前ら、相変わらず恐ろしくかみ合ってないよな」
この二人の関係は出会った時からほとんど変わっていない。
「貴方はいつだって貴方です」
「……? 当たり前」
何を言ってるんだとレイジーはアインハルトをおかしな目で見る。
「私は私。クラウスではありません。そんな単純なことに気づくのに随分と時間がかかりました」
「病院でも行けば?」
脈絡もなく意味不明な内容にレイジーは医者に行くことを勧める。
アインハルトは少し苦笑しながらも、小さく首を横に振る。
「別におかしくなったわけではありません。貴方を見ていたら悩んでいる自分がバカらしくなっただけです。私は貴方のその一途さがありませんから、羨ましいです」
「褒めてる? バカにしてる?」
「褒めています」
「ストラトスのその無表情な顔で言われても信じられないな。まあ良いや、とりあえず話は終わり、コーラを飲もう」
こんなやり取りも随分慣れたなとアインハルトは口元をほんの少しだけ緩める
「ディリジェントさん」
「話を聞いてくれない。僕、ストラトスのこと嫌いなんだ」
そういうことを言うなとノーヴェが軽くレイジーの頭を叩く。
言われたアインハルトの方は、一瞬きょとんとしながらも、彼女には珍しく表情に出るほどわかりやすく微笑みながら、
「そうですか? 私はディリジェントさんのこと好きですよ」
爆弾を投下する。お子様たちがキャーと騒ぎ立てるが、言われたポッチャリは平然と流した。
二人の関係は本当に出会った時と変わらない。
適当なねつ造があります。気にしないでくれるとありがたいです。次回でラストです。