怠惰を求めて勤勉に   作:生物産業

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第二十一話 なんとなくクライマックスな感じ

「おいコラ!」

 

 お腹を揺すられて、レイジーは目を覚ました。

 

「う、うー? ごはん?」

「なに寝ぼけてんだ?」

 

 レイジーの目の前に居たのはハリーだった。

 

「他の奴らは?」

「さあ? 話があるとか言って移動したよ」

「じゃあ、なんでお前はここに居んだよ」

「寝てたから。見れば分かるでしょ?」

 

 やっぱりこの人はおバカさんなんだと、ハリーの評価がもともと低かったのにさらに下がる。

 

「まあ、良いか。おし、じゃあ早速やるぞ」

「何を?」

「はぁ!? なに言ってんだよ! 模擬戦だ、模擬戦っ!」

「何で?」

「お、お前、自分の言ったことを覚えてねぇのかっ! お前がオレに勝てるとか言ってきたんじゃねぇかっ!」

「うん。ちょっとしか見てないけど、貴女に負ける要素が見当たらない」

「くそ~年下のくせに生意気な~! だ、だけど、そんなのやって見なきゃわかんねぇだろがっ!」

「まあ、そうだね。勝負事に絶対はないし」

「だろ? だったらやろうぜっ!」

「ヤダよ。面倒」

 

 ハリーを無視してレイジーはまたしても眠りに入ろうとする。本当に失礼な男だ。

 ただ、ハリーはそれを許さない。

 こめかみに青筋を残していた彼女は肩を震わせていた。怒っているからだ。だが喚き散らすようなことはしない。ぴかんと光のついた電球のように何かをひらめく。ニヤリと口元を小さくゆがめてこう言った。

 

「なんだ、口だけか? 口だけならなんとでも言えるからな」

「うん、まあそれでいいよ」

 

 ハリーはレイジーの男としてのプライドを刺激しようとした。

 男は見栄を張って生きていく。世のすべての男性に当てはまるわけではないが、そういう男が多いのは事実。挑発される、しかも女性だ。プライドの高い男なら間違いなく乗る。

 

 だが残念。そもそもレイジーにそんなものは存在しない。

 

「お、お前、男だろっ! 悔しくないのかよ」

「全然。というか一般的に男よりも女の人の方が魔導師として強いじゃん? 男女の身体的差なんて魔法の前では微々たるものだし」

 

 魔法が発達した世界では、男女の強さは逆転する。管理局で働いている魔導師を調査すればわかることだが、優秀な魔導師ほど女性の方が多い。

 格闘技戦が男女別に行われるのは身体的なハンデがあるからというわけではなく単純にモラルの問題。タッチして訴えられてしまいましたでは笑い話にもならないから。

 

「お前情けないな」

「僕の人生に勇ましさが必要ないだけ」

「ぐぬぬぬ」

 

 レイジーに言い返されてハリーは口を真一文字に結ぶ。ハリーの知能ではレイジーに言い負かされてしまうのだ。そもそも言い負かされる内容ではないのだが、それがハリーには分からない。

 

「お前、そんな風に生きてて楽しいか?」

「なんか最近よく人生論を語られる気がする。説教は嫌い」

「別に説教をしてるわけじゃねぇよ。オレだって人様に誇れるような人間じゃない。ただ単純な興味だ」

「楽しいか楽しくないかで言ったら楽しい。ダラダラしたり美味しいご飯を食べるのは僕にとって至福」

「友達と一緒にいるのは楽しくないのか?」

「睡眠と食事に比べれば楽しくない」

 

 はっきりと言い切った。

 

「別に人が嫌いなわけじゃない。ただご飯とか食べてる時の方が嬉しいだけ。僕はよく食事に釣られて頼みごとを受けるけど、頼みごとを受ける苦痛よりもご飯食べて得られる幸せの方が上なの。だから釣られると分かってても引っかかる、人間だもの」

「だものじゃねぇよ、ったく」

 

 がしがしと頭を掻きながら、ハリーはポケットにある財布を取りだす。ミッド紙幣が数枚見えた。そして数瞬の葛藤の後、よしと頷いた。

 

「オレと模擬戦してくれたら、帰りに奢ってやる。もちろん、勝ったらだがな」

「よし、やろう。1キロステーキ……じゅるり」

「だぁー! 遠慮しろよっ! オレは学生なんだから、そんなに金はねぇぞっ!」

「大丈夫。安い所を知っているから。お肉にサラダ&ライス、さらにスープもついてなんと1000ミッド。通常なら2000ミッドするところだよ」

「……それくらいなら大丈夫か」

 

 二人は準備を始める。レイジーは立っただけだが、ハリーはバリアジャケットを展開する。

 

「お前、バリアジャケットは?」

「そんなものはない」

「デバイスは?」

「ない」

「お前、よくそれでポンコツお嬢様を倒せたな」

「デバイスは補助であって、必須なものじゃない。昔はなかったんだし。それに僕の戦闘スタイルにデバイスは要らない」

「へぇーそれは楽しみだ。ちゃんと全力でやれよ」

「ごめん、一瞬だよ。楽しむ時間もない」

「へっ、言ってろ」

 

 レイジーは怠惰ではあるがゆえに、行動原理は単純だ。勝てたら奢りと言われているのだから、当然勝つ。そして万が一などは起こさせない。至福の時間を逃がすような生ぬるい発想はしていない。

 

 二人が距離を開けて、すぐにレイジーに異変が起こる。ぽかんとハリーは口を大きく開けた。

 目の前で起きたことが信じられない。霧のように消えていく魔力脂肪。現れたのは鋼をも思わせるがっしりとした肉体。魔力で服を形成しているとはいえ、その身体にハリーは一瞬ドキっとなった。

 

「さ、やろうか」

「お、お前誰だよ」

「じゃあ、小石を投げるから落ちたら試合開始ね」

 

 ハリーとのやり取りに面倒さを感じ取ったので、ささっと試合を始める。

 

 そして開始と同時に試合は終わった。

 

 †

 

「……とんでもねぇな」

「むふふ、お肉♪ お肉♪」

 

 気絶したハリーが目を覚ましてすぐ、レイジーにそう言った。すでにレイジーは癒し体型に戻っていたが、ハリーの目にはレイジーを馬鹿にするようなものはなかった。

 

「お嬢様に、ミカ姉さん、さらにはオレか。一応オレたちはインターミドルでもそれなりの成績を残してんだけどな」

 

 がっくりと肩を落としたハリー。少なからず、レイジー相手にやるという自信はあったのだろう。少し涙目だ。

 

「お土産にたこ焼き貰って。炭水化物にタンパク質……なんて素晴らしい」

 

 ハリーを完全に忘れ、既に妄想の世界に入るレイジー。「むふふ」と笑うレイジーにドン引きのハリーは、気味悪がったのか、視線を逸らしていた。

 

「お、話が終わったみたいだな」

 

 視線を逸らしていた先で、アインハルト達の姿を見つけた。表情は明るいものではなかった。

 

「お待たせいたしました」

「うん。さ、訓練の続きをやって、帰ろう。僕はお肉が食べたい」

「お肉の話は分かりませんが、訓練の話は了解しました。ですが、今日はもう結構です。こちらからお願いしたことですが、申し訳ありません」

「そっちが良いというなら、僕は構わないよ。契約は履行されたわけだし、よし帰ろう」

「……あのですね」

 

 レイジーが帰ろうとしたとき、アインハルトが彼の肩に手を掛けた。

 

「なに? 炭水化物とタンパク質が僕を待ってるんだけど」

「少しお話しませんか? 相談とも言います」

「…………」

「無言で断るのは止めてくれませんか?」

「僕が語れることなんてそんなにないよ? お肉の事とか、お肉の事なら任せてほしいけど、君がその手の相談をするとも思えない」

「確かにそういう相談ではないのですが」

 

 アインハルトがあわあわと困っていると、横から助け舟が入る。ノーヴェだ。

 

「デートしようって言ってんだ、男なら誘いに乗るもんだぞ」

「ノーヴェさん、違いますよ」

 

 慌てるそぶりすら見せない美少女に、まったく無反応な男。周りで見ていた人間たちも、「あ、これは違う」と

 

「というか、なぜに僕? 本当に何度も言うようだけど、僕は人様の相談に乗れるほど、上等な人間ではないよ」

 

 緩みきったレイジーの表情とは対照的に、アインハルトは真剣な表情でこう言った。

 

「私が貴方を尊敬しているからです」

「…………」

「なぜ私がそんな蔑まれるような目で見られているのでしょうか?」

「いや、きっと訓練ばっかりで頭がおかしくなったんだなって。頭のネジがはずれているのはリオだけで十分」

「ちょっとっ!! そこでなんで私が出てくるんですかっ!」

 

 リオがぎゃーと騒ぎ、ヴィヴィオたちに宥められる。レイジーの中ではリオは完全に危険人物のリストに入っている。そしてこの場でリスト入りしたアインハルトはひどく困ったようにノーヴェの方を見た。助けてくださいと。

 

「アインハルト、コイツは意外というかなんというか、自分が世間的にどう見られているかをちゃんと分かっている。だからこその答えだ。あたしらはコイツの練習の姿勢とか、試合での強さとか良い点を知ってはいるけど、見知らぬ他人だったらレイジーはただのダメ人間。そしてそう思われるのが当然だとコイツは思っているから、お前の言葉はコイツにはおかしく思えたんだと思う」

 

 敬意を払った相手に蔑まれる。そんな貴重な体験をしたアインハルトは腑に落ちなかったが、自分が接しているこの男は普通の人と違うのだと無理に納得した。

 

「私の知る中で、アインハルト・ストラトスとして知る中で貴方は最強だと思います。でも貴方はエレミ――チャンピオンには勝てないと言っていました。だからと言って貴方が何もしないとは思えない。私は知りたいんです。自分より強い相手にどう戦っていけば――」

 

 まるで泣いているかのようだ。アインハルトの瞳に涙こそないものの小さい子がどうしていいか分からず、ただ泣いている、そんなように周りからは見えた。

 自分の生い立ち。ジークとの対話。過去の記憶。そして目標とする存在。色んなものがアインハルトの中でごちゃごちゃになっている。

 本来ならレイジーに話すようなことではない。少なくとも二人の関係はそこまで深くない。アインハルトが話し出したのは、混乱し動揺しているからに他ならない。

 

 ――私は弱いから。

 

 過去と今が重なって、彼女は完全に立ち止まってしまっていた。

 

「うーん、とりあえず勘違いしているようだから言っておくけど、勝てないと思ったのは昔の話。今なら勝てるよ。あとなんか重そうな話は止めて欲しい。僕は友達がほとんどいないから悩み相談は苦手なんだ。本当に最近は困ってる」

 

 悩める少女に救いの手を伸ばす。美少女ならなおさらだ。特に男なら。だがどうだろうか? 最先端ポッチャリ男子を自称するこの男は相談することすら拒否してきた。

 泣きそうになっている少女に手ひどい一発だ。

 

「今なら勝てる?」

 

 ただアインハルトはレイジーの最初の言葉が気になった。勝てないと言っていたはずが、勝てるという。何を言っているんだと言いたくなる。

 

「なら勝負しよか?」

 

 アインハルトの後ろで話を聞いていたジークリンデが気軽にそう提案した。ジークリンデを除く人間はレイジーのが次に放つだろう言葉が予測できたが、実際はまさかの言葉が返ってきたのだった。

 

「いいよ」

「え?」

「え?」

 

 首を傾げたジークリンデ以外の面々。レイジーは面倒なことが嫌いだ。だからこそ、勝負しようと言われて無条件で了承するなどありえない。

 そんな皆の予想を裏切る答えがレイジーの口から出たのだから、二人が不思議がるのも無理はない。

 

「貴女に勝てれば、10代では文句なしに最強。つまり、僕のお腹は安泰。これはもう勝つしかない」

「ごめんな、意味が分からん」

 

 レイジーの夢など知らないジークリンデは素直に答えるが、レイジーは気にもせず準備を開始した。

 

「よーし、全力全開で行っちゃうぞ」

「え?」

 

 今度驚いたのはジークリンデだった。おそらくこの場で彼女だけが、レイジーの本当の姿を見たことがない。

 全力で行くと告げてからレイジーは重荷を解除する。本日二度目の完全体だ。

 

「レイジーなんか?」

「うん。あとこれ以上は面倒だから質問しないで」

 

 アインハルトと練習をした時、ハリーと対戦した時、レイジーは身体をほぐす程度で、まるで身体を温める様子はなかった。

 身体を温める必要もなく勝負が決まってしまうと分かっていたら、アップなど軽めにしかしなかったのだ。

 それは今はどうだろう。

 

「ふー」

 

 ゆっくりとだが、ランニングを開始して、辺りを走り出した。時折、足を蹴り上げる動作を入れるなど、かなり本格的に身体を動かしている。

 魔力脂肪がなくなったことで、レイジーの額からうっすらと汗が流れているのが見えた。

 

「オレの時なんか、汗すら掻いてねぇぞ。くそ~」

「ハリー選手はディリジェントさんと試合をしたのですか?」

「ああ、お前らが話してる時にな。瞬殺だぜ、ちくしょう。帰りは肉を奢らなきゃならねぇしよ」

 

 拳を握りしめて、悔しがるハリーを見て、アインハルトはやはりレイジーはそうだなと思った。

 インターミドルでもトップランカーに入るハリーには勝負の対価を要求している。彼の中では、ハリーは自ら戦いたいと思えるほどではないということだ。それは自分にも言えることだと心の中でため息を吐いた。

 だが、ジークリンデは違う。

 

「ウチも全力で行かんとあかんな」

 

 レイジーのアップを見て、ジークリンデがバリアジャケットを装着した。

 アインハルトには見覚えのある、漆黒の戦闘服。

 物々しく着けられた両腕のガントレット。エリミアの真髄を内包した腕。

 

「ハルにゃんはしっかり見ててな。私の戦いを、そしてレイジーの戦いを」

「はい」

 

 アインハルトの握る拳が少しだけ強まった。

 

「ストラトス、君に一つだけ言っておくよ。僕は変身をあと1つだけ残している」

「え?」

 

 戸惑うアインハルトをよそに、レイジーは戦いの場に足を進めた。


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