怠惰を求めて勤勉に   作:生物産業

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第二十話 素敵な贈り物だと思う

 30分もなかった。ただそれだけの時間があればレイジーが夢の世界の住人になるのは十分だった。

 皆が和気藹々と話している中、暇だからと言って瞼を閉じた。

 

「レイジーさん、着きましたよ」

 

 ゆさゆさとヴィヴィオがレイジーを揺らして起こす。目をごしごしと擦ってレイジーが目を覚ます。

 

「あれ、なんか人が増えてる。ノーヴェさんとミカヤさんもいるし」

 

 車から出ると、学院で一緒にやって来たメンバーの他に、ノーヴェなどの知り合い、そして全く知らない人達が居た。きっと彼女たちがヴィクトーリアの会って欲しい人間なのだろう。

 だからと言って自ら進んで友好関係を築くなんてことをするわけがないが。

 

「さて着替えてやることをやってしまおう」

 

 見知らぬ人が居る。会って欲しい子がいるとも聞いている。訓練が目的でここに来ているとはいえ、少なくとも自己紹介は済ませるのが人として当たり前の行動だろう。

 

 だが、レイジーはしない。

 

 アインハルトとの訓練、そして終わった後のたこ焼き。それが今日こなさなければならないミッションだ。それ以外はどうでもよくて、関わる気もない。

 だから、アインハルトに着替えを済ませるように促した。

 

「ポンコツお嬢様、コイツか? なんか全然そんな風には見えねぇんだけど」

「そう思うならご自由に。別に貴女は呼んでいないのだし、むしろ帰ってもらって全然かまわないのだけど」

「なんだと! お前なんかこんな奴に負けたくせにっ!」

「へぇー、それは私のことも中傷しているのかな? 私もレイジー君には惨敗してしまったのだけど」

「ミ、ミカ姉……」

「それにレイジー君に失礼だ、ハリー。レイジー君は立派な格闘家(ファイター)なのだから」

 

 ミカヤに諭され、ハリーと呼ばれた少女は深々と頭を下げた。

 

「すまねえ。オレはハリー・トライベッカだ。今日は面白そうだからジークにくっ付いてきた。よろしくな。まあ、そのジークは屋敷に付いて早々姿を消したんだがな」

「ども」

 

 ぺこりと頭を下げる。ハリーの話を何も聞いておらず、何事もなかったかのように、レイジーはアインハルトに練習の準備をするように言った。

 

「コイツってもしかして失礼な奴か?」

「それを貴女が言うんじゃありませんわ、不良娘」

「全くだ」

 

 そう言ったのはヴィクトーリアとミカヤだった。

 

「ただ、レイジー君が気を悪くしてハリーを無視したわけじゃないよ。彼はいつもああなんだ」

「そうですね。貴女の言葉などさして気にしていないでしょう」

「よく分からない奴ってことか?」

「いや、彼は分かりすぎるくらい真っすぐで純粋な子さ」

「自分の欲望に忠実とも言えますわね」

 

 ヴィクトーリアとミカヤの話を聞いてハリーはますますよく分からなくなった。

 レイジーに興味がないなんてことはないのだ。話を聞けば、ミカヤを瞬殺し、一応ライバルともいえるヴィクトーリアをも難なく倒したということだ。

 見た目の印象だけで言えば、何の冗談だと笑いそうになるが、ミカヤとヴィクトーリアがそれぞれ小さくはない敬意をレイジーに払っているところを見ると冗談を言っているということはなさそうだ。

 

(うし! ごちゃごちゃ考えるのはオレの趣味じゃねえし、ここはいっちょ)

 

 腕まくりをしてハリーはレイジーに近づいていく。

 

「おう、レイジーって言ったか? ちょっとオレと勝負しなねぇか?」

「しないです。ストラトス、早くして。時間は有意義に使わないと。たこ焼きさんが僕を待っているんだから」

「ディリジェントさん、ハリー選手が落ち込んでいるように見えるのですけど」

「お、落ち込んでねぇよっ。格闘家だったら挑戦されたら受けるのが普通だろ。即答で断られるとは思わなかったから、驚いたというかショックを受けただけだっ!」

「というか誰? とりあえず邪魔なんで、どっかに行っててください。僕はストラトスと練習をしなければいけないので」

 

 さきほど自己紹介されているはずなのに、すっかりと忘れているあたりかなり失礼な奴である。ハリーは少し瞳に涙が溜まっている。砲撃番長(バスターヘッド)という異名があるにもかかわらず、彼女はかなり泣き虫である。レイジーに冷たく扱われただけで涙腺が崩壊しかけていた。

 

「くっ! な、ならオレもその練習って奴に付き合ってやるぜっ!」

「どうぞご勝手に」

「よ、宜しいのでしょうか?」

「おう!」

「で、ではよろしくお願いします」

 

 ハリー参戦である。そしてレイジーの実力を知ることになる。

 

 †

 

「あの不良娘はもう少し考えて行動をできないのかしら?」

「まあ良いじゃないか、少し面白そうだし。私としては興味深いよ」

「そうですけど……それとジークはどこに行ったのかしら?」

「私が居るからかな?」

 

 ミカヤが苦笑する。昨年の大会でジークと呼ばれた少女とミカヤは対戦しており、その戦いでミカヤは拳を砕かれてしまった。

 本来、肉体的なダメージを負うはずのないインターミドルの大会でそんな重傷を与えてしまったことをジークは気にしていた。

 執事のエドガーが探している最中だから、そのうち見つかるはずなのだが、ジークが逃げている理由が分かる分、ミカヤは苦笑いしかできなかった。

 

「大丈夫ですわ。屋敷には来たのですから、会う気はあるのでしょう。今は心の整理をつけているだけです」

「そんな深く考えなくても良いんだけどね。魔法戦なんてやる以上は怪我は付き物だし、ジークが悪いわけはない。誰が悪かったのかを考えれば、それは私だ。私が弱かっただけなのだから」

 

 ミカヤの言葉からジークを恨んでいる様子がないと分かり、ヴィクトーリアは少しほっとした。

 ヴィクトーリアとジークは血筋のこともあって、古くからの付き合いだ。やはり幼馴染が良いように思われていないとなるとちょっと苦々しいものがあるのだろう。

 ミカヤが気にしていないと言っているので、この後を安心して見ていられる。

 

 それからしばらく二人でレイジーたちの練習を見ていたのだが、ミカヤが呆れた顔で何かを指さした。

 

「それにしても、あれは何だい?」

「……何でしょうね」

 

 二人の視線の先には、サンドバックとなったレイジーの姿があった。

 

「ふぁ~あ、眠い、人間だもの」

「その余裕を後悔させて見せますっ!」

 

 アインハルトの拳に力が入る。膝から上へ、力を伝達して重い一撃をレイジーの腹部に叩き込む。

 

 ぽよん

 

 嫌な感触とともにアインハルトがはじき出された。自分の攻撃をそのまま返されたように大きく後ろに後退した。

 

「おい、覇王様。アイツ、マジでなんなんだ?」

 

 吹き飛ばされた先で、息を荒げていたものが居た。ハリーだ。

 アインハルトに先んじて、ハリーはレイジーに攻撃を仕掛けていた。腕試しにと、得意の砲撃をレイジーに向かって叩き込んだ。ぞんざいに扱われたことに対しての仕返しのつもりもあったかもしれない。

 直撃と同時にガッツポーズを決めるが、それがいけなかった。無防備状態のところに、自分が放った攻撃と同程度の砲撃が飛んできて直撃してしまう。

 

 レイジーがやったことは単純で、普段纏っている魔力をさらに肥大化させ、相手の攻撃を魔力弾性を使って返しただけ。ハリーが油断していたこともあって、大ダメージを与える結果となった。

 

「ストラトスは、はっきり言えば攻撃力がしょぼい。君は自信を持っているようだけどね」

 

 レイジーがそう言ってアインハルトを怒らせて、攻撃をさせた。アインハルトも手加減するつもりは全くなく、全力で攻撃を叩き込んだ。その結果が先ほどである。

 本体であるレイジーの肉体には全く届かず、簡単に押し返されてしまった。

 

「まあ、確かに本来の覇王流の威力があれば、アイツの魔力弾性を越えて一撃を入れることが可能なはずだ」

 

 ノーヴェが横から助言を入れる。

 

「覇王流の本来の力……」

「魔力を速く使えば良いよ」

「魔力を速く?」

 

 ぽよんぽよん状態のレイジーがいつの間にか普段の――それでも十分ぽよんだが――姿に戻っており、アインハルトの横に腰を下ろした。大して疲れていないはずのなのに、まるでフルマラソンを完走したかのような疲労感を見せる。

 

「覇王流と原理が違うかもしれないけど、僕的な方法で良いなら」

「良いのですか? ディリジェントさんからすればそれは秘伝のようなものなのでは?」

「別に。というか普通は誰でもやっているはずなんだけどね」

 

 レイジーが手のひらに魔力を集め出した。アインハルトもノーヴェも、そして近くに居たハリーもその手を黙って見ている。

 

「そもそも威力の高い攻撃ってどうやっていると思う?」

「単純に込められた魔力量ではないでしょうか?」

「なら魔力量の大小が勝敗を決定するってことになる?」

「いいえ。いくら扱える魔力が多くてもそれを十全に扱えなければ宝の持ち腐れです」

「じゃあ、少ない魔力で威力の高い攻撃をすることは可能?」

「不可能です」

 

 例えば10ある魔力に対して3しかない魔力で、相殺することになるか? 答えは否である。

 それでは10ある魔力に対して3の魔力で攻撃を防ぐことは可能か。答えは是。そしてそれを可能にするのが技術。

 でもどんなに技術があっても、3の魔力が10の魔力の攻撃力を越えることは絶対にない。

 

「そう不可能だ。魔力が少ない人間、それこそEランクの魔導師とAランクの魔導師の打ち合いになれば、絶対に前者が負ける。では、Eランク魔導師が高ランクの魔導師に勝つことは不可能か?」

「可能でしょう。かなり困難だとは思いますが」

「じゃあ不可能ではないならどうするか。一つは圧倒的な技術力による制圧。そしてもう一つは速攻による奇襲」

「それで魔力速度ですか」

「そう。技術の道を進もうとも僕みたいなスタイルを目指そうとも魔力速度は必要になってくる。人間だって血の巡りが悪い時は、身体は動かない。酸素が足りないから。でも血が十分に全身に巡っていれば身体は動く。同じ血液量でも全身に回るスピードが違えば身体のキレも大きく変わる。魔力だって体内で循環させているんだから、理論上は同じ」

「そうですね。初等科の最初の授業でもそこから教わります。そして魔力速度を高めていけば瞬間的に放出する量も増えていくと」

「瞬間放出量はセンスなんて言葉があるけど、きっちりと練習してればできると思う。センスだ何だなんて言葉はやることやって、それでできなかった時に言う言葉だ。僕が言うんだから間違いない」

 

 レイジーの才能は決して豊かではない。それはアインハルトもそう思っている。

 強いことと才能があることは必ずしもイコールではない。魔法の習得や知能レベルといった点で、アインハルトはレイジーに負ける点など何一つない。

 

 だけど、勝てない。

 

 そしてその事実が何よりも重要で、レイジーの言葉にアインハルトが耳を傾けるには十分だった。

 

「見てて」

 

 レイジーが右の手のひらを上に向けるようにして出す。そこには先ほど出した魔力弾があった。

 そして空いていた左手も同様に前に差し出す。

 

「あ!」

 

 次の瞬間、右手にあったはずの魔力弾が、左の手のひらに移動していた。

 

「右手で出した魔力を左手に出す。やっていることはそれだけ」

「確かにすげぇーけど、それがなんか意味があんのか?」

 

 ハリーは単純な疑問をぶつける。魔力を速く扱うことが一体どうだというのだと。センスで砲撃を行っているハリーだからこその質問だ。

 そしてレイジーは確信した。この人は自分より馬鹿なのだと。

 

「砲撃魔法の欠点は?」

「砲撃を打つまでにかかる時間だろ」

「なら魔力を速く扱えれば、その時間も短縮すると思わない?」

「おお~なるほどな」

 

 納得がいったようで、手をぽんと叩いた。アインハルトは、そんな彼女をちょっと悲しそうな目で見る。

 

「魔力速度を上げていけば、当然瞬間的に放出する量も増える。感覚でやれる人もいるけど、これは訓練でどうとでもなる。魔力量の大小で勝敗は決定しない。でも威力が高い攻撃には魔力が相当量必要。だから魔力量がある僕たちのやることはシンプルなんだ」

「圧倒的魔力で超攻撃力による制圧。魔力量をそのまま勝敗に直結させる」

「そう。そして大きな威力を出すための魔力をいかにして確保するか、僕はその答えに速さを求めた。でもね」

 

 レイジーはアインハルトの方を見る。眠たげであるのに、どうしてかアインハルトには彼の瞳が綺麗に見えた。

 

「覇王流は技術で持ってくることを選んだ。幸いにも僕は魔力量はそれなりにある。だから体内で高速運用することを目指した。でも、覇王流は必要な魔力分を外から持ってきて、自分の魔力に上乗せするようにしている。どちらが良いかは分からないけど、僕には体外から魔力を練り上げるなんて高等技術はないから、今のやり方しかできない」

 

 やれればやった。レイジーはそう言っているが、自分の才能がそれを許してくれなかったのだと続けて告げた。

 

「だからストラトスのやるべきことは一つ」

「いかに速く魔力を練り上げて、自分の魔力を上乗せするのか」

「内と外、それに加えて自分の魔力とは違う魔力を扱うのは本当は至難の業。砲撃魔導師が少ないのは、魔力量以前に、この技術が会得できないから」

 

 高ランクになれば砲撃魔導師が多い。それは魔力量が多いからであるというのは一つの要素に過ぎない。

 低ランク者であっても砲撃を撃つことは可能なのだが、それは自分の体外から魔力を集束するという技術を会得したものにしかできないのだ。

 そしてその難易度が純粋に高い。低ランク者では集束魔法で集めなければならない魔力が高ランク者に比べて多い。

 集束するのに相当な技術が必要で、さらには集束する量も多いのだから、低ランク者が砲撃魔導師を目指さないのは当然のことと言える。

 

「ストラトスはご先祖様に感謝した方が良い。記憶を受け継いでいるんだっけ? 力を練り上げるなんて普通の人では得難い才能だよ。それに伴う苦労は僕には想像できないけれど、素敵な贈り物だと思う。もちろん、君の努力の賜物とも言えるけれどね」

「…………」

 

 素敵な贈り物。そう思ったことは一度もなかった。

 初代覇王の記憶は、辛く、悲しく、苦しいものであった。後悔が無念さが、まるで自分が体験したかのように色濃く残っている。なぜ、どうして自分がと思ったことがなかったわけではない。

 

 でも、素敵な贈り物……そう言われると不思議な感じがした。レイジーからしてみれば、アインハルトの現状を気にしたわけではないただの言葉。もしかしたら不快にさせる言葉だったかもしれない。

 だけど、今のアインハルトが感じているものは嫌なものではなかった。

 

「君は面白い考え方をするんやね」

 

 背後から声が聞こえてきた。独特のイントネーション。アインハルトは思わず後ろを振り返る。

 

「おおージークじゃねぇか。逃げるのはやめたのか?」

「番長、うちは逃げてたんやないんよ。ただちょっと心の整理を……ミカさんとはちゃんと話し合えたし」

 

 ジークと呼ばれた少女の後ろには、ミカヤとヴィクトーリアが居た。

 

「ジークリンデ・エレミア」

 

 意外だった。アインハルトは横に視線を移す。ジークリンデの名前を呼んだレイジーを。

 

「あれ? うちのこと知ってるん?」

「うん。僕が初めて勝てないと思った相手」

「え?」

 

 レイジーから漏れた言葉がアインハルトには衝撃的だった。

 

「ディリジェントさんが勝てないと思った?」

「そう。一昨年だったかな? 映像を見た時、やばいなって思った人。初めてだった」

 

 普段から個人戦なら最強を公言しているレイジーが自ら敗北を認める相手。それが過去のことであっても、アインハルトは驚きを隠せない。

 

(私はそれほどまでに、ディリジェントさんを強いと思っていたのですね)

 

 アインハルトはどこか心がモヤモヤしていた。

 

「おいおい、それは何か? オレと戦えば勝てるってことか?」

 

 番長ことハリーがやけに挑戦的な笑みを浮かべていた。

 

「え? 僕が負ける要素があるの?」

「い、言ってくれるじゃねぇか」

 

 レイジーが本気で不思議そうにしているのを見て、ハリーの肩が大きく震える。

 

「ば、番長、子供の言ってることなんやから冷静に、な?」

「ジークは黙ってろ! こんな体型している奴に舐められたとあっちゃ、砲撃番長の名折れだっ!」

「いや、それは関係ない思うんよ」

 

 ジークリンデのツッコミを無視して、ハリーはアップを始める。今から戦いを始める気が満々だった。

 

「あの人は誰かと戦う気なの?」

「君やと思う」

「え?」

「さっきの会話の流れから分からん?」

「分からん。戦えとも言われてないし、戦うとも言ってない。僕は人の心が読めるほど気が利く人間ではないんだけど」

「いや、番長はああなったら止められへんよ」

「まあ、僕はやる気がないから関係ないけど」

 

 至極当然のようにレイジーはその場で寝転がった。他人を怒らせるだけ怒らせて、知らないとはさすがレイジーである。そんなレイジーをジークリンデはきょとんした目で見た後、くすくすと笑った。

 

「なんか、面白いな君は」

「人を見て面白いとは失礼」

 

 波長が合うのか、レイジーはいつになく軽快なトークだ。レイジーが初対面の人間でこれほどまでに馴れ馴れしいのはとても珍し――くはなく、いつものことだった。ミカヤ達と一緒にやってきたヴィヴィオはインターミドルチャンピオンのジークリンデに気軽に話すレイジーに対して凄いと感心していた。

 そしてその横で驚いていたのはヴィクトーリアだった。ジークリンデは格闘戦をさせれば最強だが、こと人付き合いという点になれば最弱と言っても良い程、人見知りが激しい。年下であるとはいえ、レイジーと和気藹々と話す光景を見て、ヴィクトーリアはじーんと感動する。この成長を見守る親のような心境だ。

 

「で、番長の相手はどうするん?」

「パス。ストラトス、任せた」

「私としては構わないのですけど、ハリー選手が納得しないのでは? それに私は……」

 

 アインハルトの目がジークリンデに向く。その瞳は強く、そして鋭い。

 

「うちに話があるんやね」

 

 ジークリンデにはアインハルトの強い視線の意味が分かっていた。

 

「貴女はエレミアですか」

「うん、うちはエレミアや」

 

 何を当たり前のことをとレイジーは首を傾げるが、アインハルトとジークリンデのやり取りは少し違っている。アインハルトが聞いたのは、「貴女は過去を受け継いだのか」ということだ。そしてそれに対して「そうだ」と答えた。

 

「エレミア」

 

 アインハルトの全身が震える。今にも襲い掛かりそうだった。

 その時だった。

 

「喧嘩するなら離れてからやって。迷惑」

「……ディリジェントさん」

 

 アインハルトの身体から怒気が霧散した。抑揚のない声を聴いて、少しばかり冷静になれたようだ。レイジーは素直に思ったことを言っただけだが、アインハルトには彼の意図とは違って聞こえていた。

 

「喧嘩やないんよ。ちょっと昔の話や」

 

 ジークリンデが努めて明るくそう話した。

 アインハルトも冷静になったことで、それを否定することはなかった。

 

「アインハルト――んーハルにゃんでええかな?」

「ハ、ハルにゃん!?」

 

 そんな呼ばれ方はしたことがないとアインハルトが動揺したが、別に名前の呼び方など何でもいいと、呼ばれたら自分のことなのだと反応することをジークリンデに伝える。

 

「ちょっと話そうか」

「はい」

「レイジーも聞くか?」

「え、なんで?」

 

 本気で困惑したレイジーだった。乙女の話し合いになぜ自分がと割と普通のことを考えている。

 

(ま、まさか僕に女子力が……いやないな、うん、ない)

 

 自分のどこにそんなものがあるのかと、すぐさま否定した。

 

「君はハルにゃんの友達やないん?」

「友達なのかな?」

「どうなんでしょう?」

 

 レイジーもアインハルトも首を傾げる。お互いに友達というものが少ないため、何をもって友達なのかが分かっていなかった。

 

「二人して首を傾げて、おかしな子達やな。まあええか。じゃあ、ハルにゃん、向こうで話そうか」

「はい」

 

 二人は立ち上がり、レイジーは眠りに入った。

 そして、一人アップをしているハリーを誰も気に留めることはなかった。


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