怠惰を求めて勤勉に   作:生物産業

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第二話 怠け者の力

 アインハルトは学院を休んでいた。

 だからだろう。

 授業終わりを狙ったかのようにピピっとアラーム音が鳴った。

 表示される名前は、ノーヴェ・ナカジマだった。

 目の前で鳴り続ける通信端末を非常に嫌そうに見つめる。

 手を伸ばそうとしてはやめ、ハァーと深いタメ息。

 よしと気合を入れて、通信映像を開いた。

 

【……はい】

【初っ端からその顔は止めろ】

【……なんですか? 用件がないという用件を希望します】

【用事がなかったら通信なんてしないだろ。アインハルトに聞いた。授業は終わったんだろ? ならさ、ちょっと足を運んでみねぇか?】

【みないです。僕は帰ってベッドでゴロゴロして、お菓子食べて、コーラ飲んで、テレビを見て、ぐっすりと寝たい】

【お前、中等科一年の生活じゃないぞ、それ】

【堕落した生活が大好きなんです】

 

 ノーヴェはその言葉を聞いて呆れていた。

 だが、すぐに表情を戻す。

 

【その割には身体鍛えてるよな? 重心の取り方で分かった】

【精一杯だらけるためには、それ相応の対価が必要なんです】

【なんだよ、それ。まあ、いいや。とりあえず、お前も来いよ。たぶん、面白いものが見れるからさ】

【嫌です。面倒くさい】

【アイス奢ってやるぞ】

【コーラも】

【分かったよ。今から来る場所を……あ、いいや校門のところに向かってくれ。案内役がいるからさ】

【言っておきますけど、アイスとコーラを貰ったら帰ります】

【少しは付き合えよ】

【ご飯を奢ってくれたら考えます】

 

 そう言って通信を切る。

 ノーヴェは何か言いたそうだったが、これ以上は面倒だと強制的に話を終わらせた。

 帰り支度を整えると、ノーヴェに言われた通りに校門に向かう。

 だが、そこであることに気づく。

 一体、どんな人が案内役なのか分からないということだ。

 ノーヴェに聞こうかとも考えたが、カバンの中にしまった通信機を取りだすのも面倒くさいレイジーは、少し考えそして諦めた。

 

「しょうがないよ……人間だもの」

 

 縁がなかったのだとレイジーは帰宅することに決めた。後で来るであろう非難の通信をどうやって回避しようかと考えながら歩いていると、右手が誰かに捕まれた。

 そちらに視線を向けると、いつか会った少女達がこちらを見ているのに気付いた。

 

「あのー、ノーヴェから話を聞いてますか?」

「……うん」

 

 金髪の少女が少し不安そうに話しかけてきた。

 

「私達が案内役なんです」

「そう」

「先輩、今明らかに帰ろうとしてませんでした?」

「うん」

 

 少女達3人の中で一番元気そうな女の子がそう尋ねた。

 

「案内役の人が分からなかったし、聞き直すのも面倒だから、今日は良いかなって」

「約束を破るのは良くないですよ。あ、私はコロナと言います。コロナ・ティミルです」

 

 三人の中で一番大人しそうな女の子がはっきりと指摘した。

 

「私は高町ヴィヴィオです」

「リオ・ウェズリーです♪」

 

 ヴィヴィオはぺこりとリオは元気よく挨拶をする。

 それに対し、レイジーはというと、

 

「レイジー・ディリジェント」

 

 普段通り全く抑揚のない声で返した。

 

「それじゃあ、行こうか。案内をよろしく頼むよ」

「はい!」

 

 元気に答えたのはヴィヴィオだった。

 4人は待ち合わせ場所に向かって歩き出した。

 前方をコロナとリオが歩き、その後ろをレイジーとヴィヴィオが歩く。

 3人とは違って元気が欠片もないレイジーが女の子たちと歩いていることがかなり異質だった。

 

「あのー、レイジーさん」

「なに?」

 

 あまり人見知りしない性格なのだろう、ヴィヴィオがレイジーに話しかけていた。

 

「レイジーさんも武術をやっているんですか? ノーヴェがそう言ってました」

「全然やってない」

「ですよねー」

 

 リオがレイジーのどぼんと出たお腹を見ながら納得していた。

 身体を動かしている人間の体型には全く見えないレイジーが武術をやっているとは到底思えないのだ。

 だがヴィヴィオは、迷っている。

 自分の格闘技の先生でもあるノーヴェが、「アイツは何かしらの武術をやってるな。たぶん普通じゃねえ」とそう言ったのだ。

 師の眼力を疑うつもりがないので、レイジーが嘘をついているのだと思った。

 

(足運びは……普通。感じられる魔力も普通。眠たそう。もしこれがただの演技だとしたら……。きっと今、何か凄い事を考えているんだろうな)

 

 思い込みとは怖いもので、だるんだるんに緩み切ったレイジーをヴィヴィオは高く評価していた。

 師への信頼の証とも言い換えてもいい。

 だが、現実は常に残酷なのだ。

 

(早くアイスが食べたい。チョコ味が良いな。それでコーラを飲んで家に帰る。シャワー浴びたら、部屋でゴロゴロして寝る)

 

 隣を歩く少女の予想をはるか先を行く。

 もしヴィヴィオが人の頭の中を読める能力を持っていたら、間違いなく拳を繰り出していただろう。私の純粋な思いを返せと。

 

 誤解を引きずったまま4人は待ち合わせ場所に到着した。待ち合わせ場所にはスバルやティアナがいた。ノーヴェはまだいないようだ。スバルたちの周りには他にも人がいて楽しそうに話している。

 それに気づいたヴィヴィオは笑顔で走っていった。

 

「スバルさん、ティアナさん、お久しぶりです」

「うん。ヴィヴィオ、また背伸びた?」

「そんな急には伸びないでしょ。でも、ホント久しぶりね、ヴィヴィオ」

 

 本当の姉のように優しくヴィヴィオの頭を撫でる二人。

 そうしていると、遅れてやって来たコロナとリオもヴィヴィオの仲介を経て自己紹介をした。

 

「あ、レイジーも来たんだ」

「はい」

「もー元気がないよ。笑って笑って」

「疲れるので嫌です」

「笑う体力すら惜しむってアンタどれだけ物ぐさなのよ」

「ミッドで一番になることが夢です」

「それはダメでしょ。あ、そう言えば私の自己紹介をしてなかったわね。私はティアナ・ランスター。スバルやノーヴェの友達よ」

「はい」

 

 ここで自分の自己紹介をしないところがレイジーである。既に知っているであろうノーヴェやスバルから聞いているんじゃないかと説明を省いたわけだ。

 レイジーの面倒くさそうな視線を理解したのか、ティアナは苦笑した。

 

 

「おう、遅れて悪いな。病院に行ってきたんだ」

 

 少しばかり皆でしゃべっていると、ノーヴェがやってきた。そして彼女の後ろには銀髪の少女がちょこんと立っていた。

 

「アインハルト・ストラトス、参上しました」

 

 優雅に一礼。レイジーと比べると天と地ほどの差が品格という面に表れる。

 

「でな、アインハルト、この子が例の」

 

 そう言ってノーヴェがヴィヴィオを紹介しようとする前に、アインハルトは足を進めていた。

 スバルに奢ってもらったアイスを食べている少年の元に彼女は真っ直ぐに歩いた。

 

「ディリジェントさん、本気でお手合わせしてもらってよろしいでしょうか?」

「よろしいわけがない。嫌」

「いや、アインハルト、今日はソイツじゃなくてこっちの子が」

「あ、あの、私、高町ヴィヴィオって言います」

 

 ヴィヴィオがばっと椅子から立ち上がると、アインハルトの元に駆け寄る。

 そしてノーヴェが話し始める。

 

「二人とも格闘経験者だからな。多くを語るより、拳を交えた方がお互いの事が分かるだろ。それとレイジー、お前も付いて来いよ」

「まだコーラを奢ってもらってないから当然です」

 

 即行で帰りそうなレイジーに釘をさすノーヴェだったが、何を言っているんだという顔でレイジーは返答した。

 

「あの、アインハルトさん、レイジーさんってやっぱりすごく強いんですか?」

「いえ、分かりません。私も気になっているところです。ヴィヴィオさんには申し訳ないですが、私としては彼と戦いたいと思っています」

 

 やはりという目でヴィヴィオがレイジーを見た。

 

「まあ、とりあえず移動しようぜ。話はそれからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 区民センター内にあるスポーツコート。着替えを終えたヴィヴィオとアインハルトは軽く準備運動を始めていた。

 その間、ノーヴェは奢ってあげたコーラをちびちびと飲むレイジーの横に並んだ。

 

「どっちが勝つと思う?」

「同級生」

「なんでだ?」

「……勘」

「お前、説明するのが面倒になっただろ」

「後輩の方が動きが変」

「へぇー」

 

 ノーヴェは素直に感心していた。レイジーがヴィヴィオの違和感に気づいたことに。

 アインハルトもそうであるが、ヴィヴィオも戦う場合は変身をする。大人モードと呼ばれるもので、体型を一時的に成人女性まで引き上げるのだ。

 ヴィヴィオの準備運動を見ただけで、それを見抜いたレイジーの観察眼にノーヴェはやはりという印象を受けた。

 

「お前ならアインハルトに勝てるか?」

「無理」

「戦わないからというのは無しだぜ?」

「…………」

「お前、もう少しやる気出した方が良いと思うぞ」

「これが僕の全力」

「ダメだろ、それ」

 

 呆れてノーヴェは二人の元に向かった。

 

「二人とも準備は良いな?」

「はい」

「はい」

 

 ヴィヴィオもアインハルトも頷いた。

 

「スパーリング、4分1ラウンド。射撃もバインドもなしの格闘オンリーな」

 

 ノーヴェがそう言うと、二人から少し距離をとった。

 

「始めっ!」

 

 ノーヴェが開始の合図を告げると、二人は高速で接近した。

 

「はっ」

 

 先制はヴィヴィオ。右拳を真っ直ぐに繰り出す。

 だが、そんな愚直な攻撃はアインハルトには通用しない。軽くいなされて体勢を崩される。

 体勢が崩れたところに一撃、それで勝負が終了するはずだったが、器用に身体を回転させてヴィヴィオがアインハルトの一撃をかわす。

 周りからはお~と歓声が沸いた。

 

 たった一度のやり取りで相手の力量を理解する二人。ヴィヴィオはニッコリと笑い、アインハルトは困惑の表情を浮かべた。

 

「行きます」

 

 素早く動いて相手をかく乱しようとするヴィヴィオだったが、アインハルトが視線を外すようなことはなかった。

 トリッキーに動き、相手の間合いに入ろうとするヴィヴィオ。ヴィヴィオの意図を読み、わざと間合いの中にアインハルトは彼女を招き入れた

 連撃。間合いに入ったヴィヴィオはただ真っ直ぐに攻撃をし続けた。防がれるなら、その上からでも。そう言わんばかりに、何度も何度も拳を繰り出す。

 

(真っ直ぐな拳。それに技。きっと相当な努力をしてきたんだと思う)

 

 ヴィヴィオの攻撃を防ぎながらアインハルトはそんな事を考えていた。

 

(だけど違う。私の拳を向けていい子じゃない)

 

 落胆した瞳がヴィヴィオを捉えた。そして、それはヴィヴィオも気づいた。

 拙い。そう思ってヴィヴィオが後退しようと思った時には、すでに勝負はついていた。

 

「はっ!」

 

 腹部への掌底。威力はそれ程でもなく、ただヴィヴィオをリング外に弾き飛ばしただけのものだ。

 だが、その行為には勝敗を決定するのに十分なものがあった。

 

「勝負あり、アインハルトの勝ち」

 

 そう宣言されたが、アインハルトの気持ちは全く晴れなかった。

 だからだったのだろう、ヴィヴィオへの挨拶も済まさずにレイジーの方に視線を向けてしまっていた。

 

「あ、あの、私、弱すぎました?」

「いえ、趣味と遊びの範囲内なら十分すぎるほどでした」

 

 無情の言葉。少なくとも本気で格闘技をやっていたヴィヴィオにとってそれはあまりにもショックな言葉だった。

 ノーヴェがそれとなくフォローすることで遺恨が残るようなことはなかったが、場の空気は微妙に暗かった。

 

「おいレイジー。晩飯は好きなもん奢ってやるからアインハルトと戦ってみてくれないか」

 

 レイジーの性格をよく理解したノーヴェは食事というエサを付けながらお願い事をした。

 

「なんでも?」

「あんま高い物は勘弁な」

「……ノーヴェさんに頼まれたら嫌とは言えない」

 

 面倒さと食欲を天秤にかけて後者が勢いよく下がった。

 

「ヴィヴィオ、お前の再戦はまた今度だ。そのためにアイツに少し働いてもらう」

「ノーヴェ……」

「大丈夫だ。だから、しっかりと見学しておけ。特にレイジーの方をだ」

 

 ヴィヴィオの頭を優しく撫でながらノーヴェはそう言った。言いたいことはあったがヴィヴィオも興味はあった。だからこそ、素直に頷いて皆の元に歩いて行った。

 

「戦いの場を用意してくれたことを感謝します」

「いんや、私もアイツの戦うところは見たかったところだ」

 

 アインハルトとノーヴェが話していると、レイジーが制服のままやってくる。

 

「お前、着替えは?」

「着替えるのが面倒」

「ディリジェントさん、それは私をバカにしているのですか?」

 

 表情に変化がなかったが、アインハルトの瞳に怒りの感情があった。

 

「勝敗は関係ない。戦えば良いだけ」

 

 レイジーの意図を理解したアインハルトは怒りを収め、真摯にお願いする。

 

「本気でお願いします」

「…………」

 

 無理って説得してという視線をノーヴェに向けた。

 

「そんな目で私を見るな。お前、その面倒くさがる性格直さないと将来大変だぞ」

「勝っても負けても変わらないなら頑張るだけ無駄」

「分かりました。なら、私が負けたら一週間、学食を奢らせていただきます。だから本気でお願いします」

「全力って尊い言葉だと思う」

「お前が言うと重みがあるな」

 

 上着を脱いでアップを始める。

 屈伸するだけでお肉がぼよんと揺れる。それを見ていた何名かは声を出して笑っている。

 だが、アインハルトに油断はない。

 彼女は知っているのだ。レイジーが想像以上に動けることを。

 ノーヴェもまた注意深く観察していた。レイジーの纏っている脂肪が魔力で出来たものだと知っている彼女はその枷を外した時にどんな動きをするのか興味があった。

 

「よし」

「構えは取らないのですか?」

「腕を上げるのが面倒」

 

 コート中央で二人が向かい合う。

 レイジーの発言にムッとしたアインハルトだが、舐めているなら全力で叩き潰せばいいと集中した。

 

「じゃあ、1ラウンドな。良いのを一発もらうか、場外に弾き出された方が負けな」

 

 そう言ってノーヴェが開始の合図を告げた。

 全く構えをとらずに、ただアインハルトを見つめるレイジー。顔に真剣さはなく普段の緩んだ顔だ。

 一方、アインハルトはレイジーの挙動を注意深く観察する。かすかな筋肉の動きにさえ、彼女は反応する気だ。

 

(放課後見たあの動き。あれがどういう原理かはわかりませんが、出だしに気を付けていれば反応できるはずです)

 

 射撃がない以上、接近するしかない。

 そしてレイジーの接近方法は見ている。

 膝だ。膝の動きに集中すれば反応できる。

 アインハルトはそう考えて、視線をやや下に向けようとしたその時、

 

「ぐっ!?」

 

(え、嘘?)

 

 自分の身体が後方に飛んでいるのは分かった。

 だが、なぜ吹き飛ばされたのかが分からない。

 飛ばされながら向けた視線の先にはなぜか、腹を押さえてうずくまっているレイジーがいた。

 訳が分からない。

 

「そこまで。場外により、レイジーの勝ち――なんだが」

 

 ほぼノーダメージに近いアインハルトと違ってなぜか脂汗を浮かべ苦しんでいるレイジーが勝者とはおかしな話だ。

 ノーヴェや見ていた観客も一体何が起こったのか分からなかったため、説明を彼に求めているのだが、肝心のレイジーが苦しみと戦っているため、話が進まなかった。

 

「あのー、大丈夫ですか?」

 

 いつぞやの光景がよみがえる。

 か細く真っ白な手が目の前に差し出されたあの時を、レイジーは思い出していた。

 

(あの時は、手を取った後のことを考えていたな。手を取る、重すぎて持ち上がらない、クラス爆笑……まで想像して自分で起き上がったっけ)

 

 またここでも同じような結果になるんじゃないかと、レイジーはのそのそと起き上がる。

 差し出した手が全く相手にされなかったアインハルトは少しばかり拗ねていた。

 

「で、お前は何をしたんだ?」

「説明は面倒……人間だもの」

「お前、それを言ってれば許されると思ったら大間違いだぞ」

 

 ぐいっとレイジーのたわわな太っ腹を掴んだノーヴェ。「吐け、キリキリと吐け」とお肉に向かって攻撃を仕掛ける。

 魔力で作り出したもので、痛覚があるわけじゃないので痛くはないのだが、引っ張られるのがうざくなって、しょうがなく口を開いた。

 

「普通に蹴っただけ」

「はぁ?」

「どうやら本当みたいよ」

 

 ティアナが歩み寄って来た。そして先程の戦闘シーンをディスプレイに表示してみせる。

 開始から少しの間は何も変化がなかったが、しばらくしてアインハルトが吹き飛ばされた映像が映った。そしてお腹を押さえながら倒れ込むレイジーの姿も映しだされていた。

 

「これをスロー再生すると」

 

 スロー再生された映像でレイジーの姿を捉える。アインハルトが吹き飛ぶ少し前に右足が異様にブレていた。

 さらに速度を落としていくと、レイジーが蹴りを放っているのが見えるようになった。

 

「おいおい、マジか? コイツ、蹴圧をぶつけたのか? しかも私達にも見えない速度で」

「どうやらそうみたいね。お腹を押さえていたのも蹴り上げた足で、でっ腹の部分を巻き込んだみたい。無駄にあった贅肉に膝が当たってその衝撃が内部の身体に伝わったみたいね」

 

 相手を倒して自爆する。共倒れの必殺技だ。

 

「頑張った。だからちょっと失敗した」

「つうか、その脂肪を無くしてやればもっと楽にやれただろ」

「あ……」

「あ、じゃねぇよ。お前マジで一回その贅肉魔力を全部取れ」

「嫌です」

「あのーすみません。ちょっとよろしいでしょうか?」

 

 蚊帳の外に置かれていたアインハルトが小さく手を上げた。

 

「先ほどから言っているディリジェントさんの、その……」

 

 言い辛そうだった。

 心優しい彼女だ、ノーヴェのように脂肪だ、豚だと罵ることができなかったのだろう。

 

「この無駄肉はホンモノじゃねぇぞ。魔力だ」

「え?」

「おそらく筋力強化と魔力強化のためだろう」

「後は相手の油断を誘うため。いかに楽して勝つかを追求した結果がこれ。きっと将来ミッドで流行ります」

「流行んねえよ!」

 

 ミッド人が贅肉を揺らしながら闊歩する……異世界から来た者たちがみたら相当ショッキングな光景だろう。

 肉の密林が完成しているのだから。

 

「でも、ちょっと興味ある。アンタの素顔」

「顔は大して変わらない」

「でもこれが無くなるんでしょ?」

 

 びよーんとレイジーの下あごに付いているお肉を引っ張るティアナ。

 止めてくれとレイジーが彼女の手を叩いた。

 

「それじゃあ帰る」

「いや待て。正体を晒して行け」

「ここで僕にストリップでもさせる気ですか? 元に戻ったら服がぶかぶかすぎて、着られない」

「……バリアジャケットを展開すればいいだろ?」

「デバイスはもってません」

「じゃあ魔法でなんとか」

「変身魔法も使えません」

「こんな脂肪をつけているのにか?」

「これは魔力をちょちょいっと変えてるだけ。服みたいに細かい細工はできない」

「面倒だからとは言わないよな?」

「……もちろんです」

「その間はなんだ、その間は!」

「……とりあえず帰らせて――いやご飯奢ってください。ドラゴンのひれ肉1キロ、ライスとスープ付で」

「だぁー! ドラゴンの肉なんて高いもん要求すんなっ!」

「じゃあ普通の肉で良いです」

 

 それ以上は言うことがないと、レイジーは皆が集まっている方に歩いて行った。

 ティアナもそれに合わせて戻る。

 レイジーは質問攻めにあう訳だが、疲れたと言ってすべて無視した。

 

「あれでどの程度加減していたのでしょうか?」

「さぁな? 全力かもしんねぇし、半分も出してないかもしれねぇ。あの緩んだ顔から判断するのは難しいからな」

 

 アインハルトはぐっと拳を握りしめた。

 

(私はまだ弱い)

 

「まあ、全力っていうのは分かりづらいもんだからな。ヴィヴィオもそうだしな」

「彼女も手加減を?」

「いや、アイツはアイツの全力を出していたと思うぞ」

 

 表情の変化がないが、アインハルトが怒っているのが分かり即座にフォローをいれた。

 

「ただ、アイツは気持ちで戦う奴だからな。今日がアイツのMAXって訳じゃないんだ」

「つまり、ヴィヴィオさんともう一度戦えと?」

「んーまぁ、そうだな。頼めるか?」

「……了承しました。次は全力で来るように伝えておいてください。そして」

「分かってる。レイジーの方にも言っておくよ。たぶん断ると思うけど」

「ディリジェントさんは何か目指すものがあるのでしょうか?」

「まぁあるだろうな。でなきゃ、身体を鍛えている意味が分からない。あの性格ならひたすら怠けまくるだろ」

「確かにそうですね。学院でもよく分からない行動を時々とっています。不真面目な勤勉と言えばいいのでしょうか?」

「アイツから最も遠い言葉だろ、勤勉なんて」

「そうなのですけど、よく分かりません」

 

 二人の視線がレイジーに向かう。

 横になって寝ていた。

 どこまでも怠け者である。

 寝ているレイジーのお腹をリオが面白そうに掴んでは伸ばしていた。

 本当によく分からない男である。

 


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