怠惰を求めて勤勉に   作:生物産業

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第一七話 レイジーとコロナ

「ディリジェントさん、お昼を一緒にどうですか?」

「移動するのが面倒、人間だもの」

「そうですか、では」

 

 少女、アインハルトは何事もなかったかのように教室を後にした。その後ろにはユミナの姿もあり、二人とも弁当を持っているので、どこかに食べに行くのだとわかる。

 美少女の誘いを断ったレイジーはごそごそと動き出して、自分の鞄の中をあさる。

 親に頼んで作ってもらっているちょっと人より多めの弁当箱を取り出した。

 嬉しそうに「いただきます」と言うと、箸を手に取り弁当の中身に手を伸ばす。もぐもぐと定番のから揚げを食べてレイジーはとても満足そうな顔をする。

 

 クラスメイト達はひそひそと会話を始める。最近ではよくある光景だ。

 

「やっぱりストラトスさんってデブ専なんじゃ」

「いや、俺は信じないぞっ! 彼女はただ優しいだけなんだ」

「その優しさを台無しにしているデブがいるんだが」

「よし、粛清しよう」

 

 思春期男子たちはあーだこうだと話し合っていた。そんな男子たちを女子たちは冷たい視線で見る。まだ子供と言って差し支えない年齢ではあるが、彼らは立派に男と女をしていた。

 

 教室が騒がしい中、レイジーはあることに気づく。そうだ、コーラがない。

 鞄の中に常備しているものだが、先ほどの授業の前に飲み干してしまっていたことを忘れていた。

 これはいけないと、レイジーは弁当箱を抱えて教室を出る。美少女との昼食は断るのに、コーラのためには動けるのだ。

 レイジー・ディリジェントとはそういう男だった。

 

 院内にある自販機までレイジーがたどり着くと、見知った顔が近くにやってきた。

 

「レイジーさん」

「うん」

 

 弾んだ話がこれから……なんてことはなく、レイジーはコーラを買うと「じゃあね」とだけ言って、その場を立ち去ろうとした。

 

「ま、待ってください。ちょっとお話良いですか?」

「弁当を食べながらで良いなら。でも珍しいね、コロナが話しかけてくるなんて」

 

 レイジーに近づいてきた人物はコロナだった。

 

「もぐもぐ」

「話というか相談なんですけど」

「ごくん。僕は人生相談できるほど素晴らしい人間じゃないよ?」

「あ、そんな重い話じゃないです」

 

 ベンチでばくばくと弁当を頬張る少年の横で、少し思いつめたような顔をする少女。「好きですっ! 付き合ってくださいっ!」などと桃色な展開があれば学園らしいが、この二人にそんな未来はない。

 

「あのですね、私にレイジーさんの練習の手伝いをさせて欲しいなと思いまして?」

「え、あ!」

 

 コロナの言葉に驚いたレイジーはフォークでつかんでいたエビフライを落としてしまう。さすがに地面に落ちたものまで食べる気にはなれず、がっくりと肩を落とす。

 ゴミとならないようにティッシュでエビフライを包むと、弁当箱の蓋の上に置いた。公共の場を汚すような真似はしない男なのだ。

 それから、コロナの方に視線を移す。

 

「なんで?」

「合宿の帰りの時にレイジーさんが言っていたじゃないですか。サポートならコロナだって」

「うん。実際、そっちからそう言ってくれるのは非常に助かる。コロナも大会で忙しいそうだから、頼まないようにしてた」

「あ、それは全然大丈夫です。むしろレイジーさんの特訓に興味がありますし、何か得られるものもあると思うんです」

「言っておくけど、僕の練習に付き合ってもらうだけだよ? 別段、コロナの練習に付き合う気はないから。それでも良いの?」

 

 結構最悪な条件だなと自分でも思いつつ、そして思ったからこそレイジーは尋ねた。

 だが、コロナは大きく首を縦に振った。彼女としても今の現状になにかしらのアクセントを付けたいようだ。

 

「そう、それなら良かった。とりあえず、よろしく頼むよ。実はコロナの能力は羨ましいと思ってた。男の子の憧れだよね」

「そ、そうですか?」

 

 少し照れくさそうにコロナははにかむ。

 

「あ、ストラトスとヴィヴィオたちには言わないでね。なんか面倒なことになりそうだから」

「なんだか、秘密を共有するってドキドキしますね」

「そう?」

 

 全くそんな事はないと言わんばかりにレイジーは無表情で返す。

 

「むー」

 

 可愛らしく頬を膨らませるコロナ。

 

「コロナは可愛いんだから、ちゃんとした男の子を見つけた方が良いよ?」

「あ、あの真顔で言われると照れるんですけど、全く感情がこもってないと誤解も何もないですね」

 

 レイジーとのときめきの展開など存在しなかった。

 

「それじゃあ、今日の放課後で良いかな?」

「あ、はい」

「じゃあ、校門前で待ち合わせて、僕が普段使っている練習場に行こう」

「分かりました。ヴィヴィオやアインハルトさんには内緒にですね?」

 

 コロナは子供らしくニッコリと笑った。どこかリオを思わせるちょっとイタズラっ子な笑顔でもあった。

 

 授業を終えて二人はミッド山を目指す。レイジーが毎日お世話になっている山だ。

 山道をトボトボと登ると少し開けた場所にである。あちらこちらに削れた岩々が散乱しているのがコロナには見えた。

 

「コロナにお願いしたいのは散らばった石くずを使ってゴーレムを作ってもらいたい」

 

 コロナは小さく頷くと、魔力の核となる結晶を地面の中に投げ入れる。

 結晶に反応するように、ゴトゴトと石くずたちが集まりだした。

 コロナの真骨頂はこれだ。

 魔力によって無機物を動かし、自在に操る。今回のように核となるクリスタルを使えば、巨大な岩の巨人すら作り出すことができる能力。

 レイジーが憧れたのはそこだ。

 大巨人がキックやパンチを繰り出す姿は小さな子供の誰もが憧れるものだ。

 コロナには小さい頃に描いた少年たちの夢を実現する力がある。レイジーは一点に関しては彼女を高く評価していた。

 

「おおおお!!」

 

 珍しくレイジーが興奮する。石くずたちが集まって巨人になる様はロボットの変形合体に通じるものがある。

 コロナの美的センスがなせる技なのか、デザインも巨人兵『ゴライアス』にふさわしいものになった。

 

「この後どうすればいいですか?」

「ぼ、僕が全力で壊すから、コロナは頑張って再生して」

 

 興奮さめやらぬレイジーは攻撃態勢に入った。と言ってもただだらんとしているだけだが。

 コロナも間近でレイジーの動きが見れるということで、愛機に映像を取るようにお願いする。

 レイジーの魔力速度の秘密の何かしらが分かれば、コロナとしてはこの練習の付き合う意味を大きく持つことになる。

 

 すぱん! ゴライアスの右肩がブリキのおもちゃが壊れるように吹き飛んだ。

 コロナは驚きつつも右肩を生成しなおす。そして、コロナが右肩を直している間に、今度は巨人の右手首から先が消え失せた。

 

(は、速いよ~)

 

 コロナが泣き言を言い終わると同時に、今度は首が吹き飛び、そして上半身もバラバラに砕け散った。子供の憧れの巨人が見るも無残に変形してしまった。

 

「うん、コロナ遅い」

「ご、ごめんなさいっ!」

「まあ、巨人を倒すといういい思い出も出来たし、真面目にやるよ」

「え?」

 

 今までは真面目ではなかったのかとコロナが首をかしげる。

 

「今のコロナの生成速度じゃ、復活するまで待ってるしかないからね。実際の試合だとそんな時間はない。というか実用性を考えるならわざわざ形にこだわる必要なんてないんだ」

 

 レイジーは言う。岩の塊のまま操作してくれと。レイジーに投げつけるように、岩をぶつけて欲しいと。

 

「目標をセンターに入れてスイッチ」

 

 レイジーの言葉に訳が分からないコロナだったが、言われた通り魔力の通った岩を人の顔程度の大きさに分けて準備を整える。

 傍から見たらかなり危険な的当てゲームが開始される。

 

(雪合戦……みたいな感じかな?)

 

 コロナは射撃魔法の要領で、複数の石弾をレイジーに向かって放つ。

 

 ぱん、ぱん、ぱん。コロナが放った石の弾丸は一つずつ潰されていく。

 正面からだけではダメだと、コロナは上空に向かっていくつかの弾丸を飛ばそうとしたが、それもレイジーに潰されてしまった。

 

(先輩は回避ができない、というかしない。だから、射撃魔法は出だしから潰す気なんだ)

 

 弾幕を展開、そして発射。概ね、射撃魔導師はこの行動をとる。

 威嚇の意味合いもある。最初に大量の魔法弾が見えれば、相手からすれば非常に嫌なものになる。

 

 だがそれはレイジーには通用しない。

 

 魔法を展開する、この段階でレイジーは潰しにかかる。相手より早く攻撃ができるというその力を最大限に利用している。

 よしんば、レイジーの攻撃をかわし、魔法弾を展開することができても今度は展開している本人が狙われてしまう。

 つまり、レイジーに射撃戦を挑む場合、ノーモーションからの魔法射撃に加えて圧倒的弾速で制圧。この難関を突破しなければならない。

 防御を固めてから、射撃の形を取るのが理想形ではあるがそもそも防御シールドを展開させてもらえるかも怪しい。

 管理局で上位者として知られるなのはでギリギリなのだから、レイジー相手に先にシールドを展開できるものなどそう多くはない。

 

 当然コロナにそれはできない。

 だから、考える。この練習と言う場を自分に最大限生かすために。

 

 コロナは動いた。狙いは単純に足元だ。

 ゴーレム生成に使った結晶はまだその効力を残している。石の塊でけん制しつつ、コロナはレイジーの足元の地面を隆起させた。

 

 ぐらりとレイジーの体が崩れる。

 今がチャンスだと、コロナは弾丸を殺到させる。とどめと言わんばかりに岩を使ってレイジーの四肢を抑える。

 よしっ、練習だということを忘れてコロナはガッツポーズまでした。

 

「お、おもい……」

 

 レイジーは潰れたカエルのように小さなうめき声をあげていた。

 それを聞いたコロナは慌てて魔法を解除する。

 

 ごめんなさいと謝りつつも、コロナは緩みそうになる顔を抑えることができなかった。

 コロナの表情をつまらなそうにレイジーが見る。少し睨んでいると言っても良い。

 

「なんでいきなり戦闘モード?」

「えーっと……つい」

 

 舌を少しだけだしてこてんと首を傾げるその動作は可愛いものであったが、岩を使っての圧殺攻撃に加えて、地面を隆起させるといったからめ手まで使用する容赦のなさ。とても初等科生の発想ではない。

 

「これは僕の練習」

「あはは、すみません」

 

 レイジーにじっと見られて、さすがにコロナも反省する。

 そして分かったことがあった。

 

(レイジーさん相手でも条件があれば、勝つことはできるんだ)

 

 今回は練習。実際の大会になれば、コロナが攻撃態勢を整える前にレイジーはコロナを吹き飛ばすことができる。まず、負けることはない。

 だが今回のように、コロナを攻撃しないなどと言った制限を掛けるとレイジーは途端に弱くなる。

 応用力のある戦闘スタイルではない。

 地面を魔力によって動かされただけで、簡単にバランスを崩してしまう。初めからそういう攻撃があると分かっていれば、レイジーの鍛えられた体幹で持ちこたえることはできるだろうが、やはり不意を打たれるとダメなのだ。

 

(大会で勝つためだけの戦い)

 

 コロナは思う。凄いなという反面、もったいないなと。

 しかし、レイジーにはあれもこれもと考えながら戦うことはできない。

 ほぼ反射の域で相手の攻撃を跳ね返しているのも、相手の攻撃を考えて回避などできないからだ。

 出だしで猛攻を仕掛けるのも同じ。順序立てて相手に攻撃していくことなどできない。

 魔導師は優れた頭脳を持つ者が多いが、多いというだけですべてがそうであるわけではない。

 レイジーのように頭の回転が決して早くない者は、戦い方に制限がかかる。

 そういう意味では、コロナやヴィヴィオは恵まれているともいえる。レイジーにはなかった才能を持っているのだから。

 

(頑張ろう。自分にできる戦い方で)

 

「コロナ、今度はちゃんとやってよ?」

「あ、はい」

「……また良からぬことを考えてる」

 

 じーっとコロナを見るレイジー。誤解だ、えん罪だとコロナは叫びたかったが、レイジーは先ほどの敗北で少し機嫌を損ねてしまったようだ。

 子供だなと、コロナは苦笑した。

 

「コロナにも制限を掛けてやる」

 

 そういうと、レイジーはコロナの肩に手を乗せる。そして、自分の腕から少しだけ魔力を移した。

 

「あ、あれ?」

 

 レイジーから渡された魔力はコロナを補助するものではなかった。手負いの獣のように、彼女の体の中を暴れまわる。

 それが良い具合にコロナを混乱させる。ダメージを受けているわけではないが、思うように魔力操作をすることができなくなった。

 

「僕の必殺技の応用。魔力を阻害する僕の魔力をコロナは上手に防ぎながら、ゴーレム生成してね。ちょっとでも油断してたり、生成が遅かったら、コロナにも攻撃するから」

 

 あ、まずい。コロナはそう思った。

 

「あ、あのーもしかして、レイジーさん、怒ってます?」

「うん」

 

 レイジーははっきりとそう答えた。

 

「大丈夫、別に嫌がらせしているわけじゃない。コロナのためにもなる。コロナの魔力操作のスピードが僕を超えればいいだけの話」

「ちょっとそれは――」

「問答無用」

 

 レイジーは消えるように後方に飛び退いた。正確には足元の魔力を弾いて下がっただけだが。

 

「さ、特訓を始めよう」

「あはは……」

 

(う~やりすぎちゃったよ~。で、でも頑張れば私もレベルアップできる……はず!)

 

 この後、コロナは屍のような状態になるまで、追い詰められるのだった。

 コロナの努力もむなしく、はかなく散る。

 大人げないとコロナは思うが、レイジーは子供だからと何食わぬ顔で返す。

 ああ、そうだ。自分たちはまだまだ子供なんだと、コロナは改めて思い、そのまま目を閉じた。

 

 ■

 

「…………」

 

 コロナが気絶していた時間は、そう多くはなかった。日頃からの鍛錬の賜物か、気絶してからの立ち直りを体が覚えているようだ。

 文学少女と言っていい彼女だが、ヴィヴィオたちに付き合ってトレーニングをした結果、そんな体を手に入れてしまったのだ。

 

 どん、どん、どん

 

 ぼんやりする意識の中でも、はっきりと聞こえてくる轟音。その発生源に自然と目が行ってしまう。

 

(あ、いつものポッチャリ体型じゃない)

 

 コロナから見えるのは後ろ姿だけだが、均整のとれた体がはっきりと見えた。

 普段の彼を知っている彼女からすれば、そのあまりの異様さにどうしても困惑してしまう。

 

(絶対、今の方が良いと思うけど、レイジーさんは実利最優先って感じだし)

 

「あ、起きた?」

「は、はい」

 

 コロナは横になっていた体を起こす。そして、その時になってようやく自分の体に服が掛けられていることに気づいた。レイジーの上着だ。

 

(もしかして、私に上着を掛けるために、魔力付加を解除してくれたのかな)

 

 そう思うと、優しいなとコロナは小さく笑う。普段は雑魚と罵られることがあるが、気遣いはちゃんとできるのだと感心した。

 

「あ、上着が掛かってたんだ。ごめん。ちょっといつもより体を動かしたかったから。服が邪魔だったから投げ捨てたんだ」

「私の感動を返してくださいっ!」

「え、その返しは予想外。僕は理不尽に怒られるのが苦手なんだ、人間だもの」

 

 レイジーはなぜコロナが感動していたのか、そしてなぜ怒ったのかが分からなかった。コロナは、「どうも、ありがとうございました」とレイジーの上着を返す。返す際に、ぷいっと顔を背けるが、レイジーにはその理由が分からない。

 

(顔を背けたいときもある。人間だもの)

 

 コロナが落ち着くと、二人は腰を下ろした。レイジーはすでにポッチャリ型に戻っており、いつでも帰れる準備を整えている。

 

「レイジーさんのその状態って、やっぱり大会で優勝するためですよね?」

「うん」

「そ、その……辛くありません?」

「辛くなかったら訓練にならない。最近困っているのは、ベッドが耐えられそうにないこと。ベッドを魔力強化しながら寝るのは、僕には無理」

 

 レイジーは落ち込む。「ベッドっていくらするかな」と、その内容はコロナではどうすることもできないものだが、訓練の弊害が出てきて困っているのだというのは分かった。

 ただ、コロナが言わんとしたことは、金銭的な辛さの話ではない。もちろん、肉体的な事でもない。

 

「皆に……」

「馬鹿にされて辛いかってこと?」

「……はい」

「うーん、特には。テレビであるような、物が隠されたり、校舎裏に呼び出されて殴られたりとかがあるわけじゃないし。デブとか、豚とか呼ばれるくらいだよ」

「それはもう苛めなのでは?」

「そう?」

 

 レイジーはどうでも良さそうに答えた。

 

「強いですね。私なら耐えられそうにないです」

「感性の違いじゃない? 僕は人とずっと一緒にいるより、美味しいものを食べたり、ゴロゴロしてた方が幸せなだけ。コロナは友達と一緒にいたりする方が楽しいってだけでしょ? 状況が違うんだから、それで強いとか弱いとかはないんじゃない? もし、僕が人の群れの中に放り出されて友達100人作れ、なんて言われたら、それこそ泣いてふて寝するよ?」

「泣かないでくださいよ」

「でも、友達を作るって強さならコロナの方が上なのは事実。お肉をいっぱい食べるって強さなら僕の圧勝。勝負をする場所が変われば勝敗は大きく変わるさ」

 

 すべての勝負で勝利できる奴など存在しない。レイジーはそう言っている。

 

「でも、もしもレイジーさんが友達をたくさん作らなきゃいけない勝負になって、それでヴィヴィオに勝たなきゃいけないってなったら、どうします?」

 

 人は勝てる勝負だけをするというわけにはいかない。むしろ、負けを覚悟するような勝負の方が多い。

 そして、コロナにとって格闘技とはそうなのだ。同学年のヴィヴィオやリオとの勝負では負けを覚悟しているのが常だ。

 

「普通に諦める。無理」

「え?」

「だってヴィヴィオだよ? 僕みたいのにも普通に話しかけてくれるし、ストラトスみたいな面倒そうな奴にも普通に声かけてくれる子だよ。勝てるわけないじゃん」

「えー……」

 

 コロナは期待していた。努力を惜しまないこの少年なら、きっと解決策を見つけるのではないかと。

 だが、返ってきた答えはあまりにも潔く、そして情けないものであった。コロナの中で、レイジーという少年の評価が急降下した。

 

「僕はね、何をやってもそれなりにできるなんてそんな万能な才能はないんだよ。スポーツだってできないし、勉強もできない。むしろ、コロナたちの方が凄いと思うよ。人としての能力なら間違いなく僕なんかより上だ」

 

 情けないことを言っているのに、レイジーにはそれに対しての悔しさはないように見える。

 

「でも、スポーツ格闘技なら君たちには負けない。その一点で言えば僕の方が上だ」

 

 見栄でもなんでもなく、当たり前のようにレイジーは言う。

 

「そして僕の人生の中でそれはすごく大切な事。他の何で負けても良いけど、格闘技でだけは負けられない。毎日をベッドの上でゴロゴロして、美味しいものを食べて幸せな人生にするためには、そこで負けちゃダメなの」

 

 レイジーは才能が豊かと言うわけではない。何をやっても人並み以下でしかない。それは本人も自覚している。

 でも、彼はダラダラして暮らしたいという思いは人一倍強い。

 もし、コロナが提示したような勝負がこの世界で主流となるようなことがあれば、レイジーは詰んでいた。勝ちを得るために明確な方法がなく、その勝負の判定も審判に委ねることが多い。

 芸術点のような個人の主観が影響する審査では、どんなに頑張っても報われないことがある。そんな勝負しかない世界では、勝つことはできない。

 

 その点、格闘技にその縛りはない。圧倒的に強ければ、審判の主観など入りようがなく、判定勝負にもならず、KO勝利を収めることができる。

 だからこそ、レイジーは格闘技を頑張るのだ。

 

「レイジーさんは凄いですよね。私なんて、あれもこれもって手を出しちゃうのに」

「あれもこれも手を出せるコロナの方が凄いんだけどね。戦い方だってもっと絞れば強そうなのに」

「……やっぱり、私ってストライクアーツの才能がありませんか?」

 

 コロナ自身、ヴィヴィオたちとの特訓でそれは感じていたことだ。

 

「うん」

 

 そして、レイジーがはっきりと言ってくることも彼女は分かっていた。

 ただ、やはり辛いのか、どこか表情は硬い。

 

「コロナは頭の回転が早い。これは生まれ持った十分な才能だ。僕にはなかったものだよ。だけど、身体の動かし方が上手いわけじゃない」

「やっぱり、ゴーレム操作をもっと極めるしかないってことですか?」

「うーん、それは分からない。もしこの先身体の使い方をコロナなりに理解すれば、劇的に状況が変わるかもしれない。そこはコロナの可能性だから、僕が言えるのはあくまで僕の視点から見たコロナってだけだよ。僕の意見が必ずしもコロナにとって正しいわけじゃない」

「それじゃあ、もしレイジーさんが私だったら、どんな風に鍛えていきますか?」

「えーそんなの分からないよ。だって僕はコロナじゃないんだもん。コロナの頭の中がどうなっているのか分からないし、判断しようがない」

 

 見えている景色が違えば、導く答えも違ってくる。レイジーが今見えている世界は、今の彼だからである。それがコロナと入れ替わることで全く同じ景色が見えるとは限らない。そして、分からない物に対してレイジーは答えなど出せない、そう言っているのだ。

 

「でも、今のコロナの能力が僕に備わった場合、確実にやることが一つだけある」

「巨大ゴーレムの生成ですか?」

 

 憧れると言っていたのだから、たぶんそうだろうとコロナはあたりを付けた。だが、レイジーは首を横に振る。

 

「身体能力の強化。ゴーレム操作に使っている魔力を自分に使う」

「そ、それは……」

 

 自分も考えていた。コロナは思わず口に出そうとしたが、レイジーが自分ならやると言った言葉を思い出し、押しとどまった。

 

「僕はそれなりに身体を鍛えてきたつもりだし、魔力操作にも自信がある。もし、内面だけでなく外面からも魔力操作をできるとしたらそれはとても都合が良い。でも、コロナは止めた方が良い」

 

 はっきりとレイジーはそう言った。考えていた作戦のうちの一つであるが、コロナとしても起死回生の一打になるのではと思っていただけに、それを否定されると、やはり疑問が残ってしまう。

 

「なぜですか?」

「まず一つ、体への負担がでかい。もともと格闘タイプじゃないコロナがそんな裏技みたいな能力を使えば、まず間違いなく体が悲鳴を上げる。次に、攻撃パターンの低下。無理やり身体を動かす以上、どうしたって普段とは違う動きをしなければならない。コロナの今の魔力操作技術では事前に攻撃パターンをセットして、あとは自動で動くくらいしかできないと思う。僕みたいに一芸に特化しているならまだしも、コロナにそれはない。近接戦闘を仕掛けるしかないけど、相手がそれなりの実力者なら、早いうちに対応される」

 

 対応される前に倒しきるにはコロナの体と魔力が持たないのだと、反論しようとしたコロナにレイジーが無情の言葉を告げた。

 

「コロナは前線で戦う戦士じゃない。後ろで軍を統率する司令官。それさえ間違えなければ、ストラトス程度になら勝てると思うよ」

「アインハルトさん程度って……。アインハルトさんは私たちの中では一番強い人なんですよ?」

「僕からすれば大差なんてない。開始5秒で終わるか、10秒で終わるかの差」

 

 あまりにも自信のありすぎる言葉だった。

 

「レイジーさんならそうかもしれないですけど」

「ストラトスの覇王流は似非も良い所。あれで最強になれるなら僕のドリームライフは確定するよ」

「なんかアインハルトさんに対して厳しすぎません?」

「そう? 別に思ったことを言っているだけだよ」

 

 何かおかしい? と首を傾げるレイジーにコロナは少し顔を引きつらせる。

 

「コロナとストラトスが戦うことになったら」

 

 二人が予選で同じブロックになっているのを知らないレイジーは、コロナが何かを言う前に対策を伝えた。

 

「ゴライアスを壊されればいいよ」

 

 へ? と変な声を上げてしまうコロナだった。


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