怠惰を求めて勤勉に   作:生物産業

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第一六話 たこ焼き屋さんになりませんか?

 選考会で予選を突破したという報告をレイジーは受けた。だからと言って、何かが変わるわけではないが、とりあえず報告を受けたのだ。

 彼らの特訓に協力するわけでもなく、レイジーは湾岸沿いを歩いていた。

 今回紹介された模擬戦相手はどこぞの貴族様らしく、ノーヴェの紹介ではなくミカヤの紹介だった。

 相手もインターミドルに参加している選手で、実力も都市本戦に出れるほどである。

 かねてよりレイジーが探していた防御力が高い選手ということもあって、レイジーには珍しく気合を入れている。

 

「ヴィクターはかなりのお嬢様だからね。ちょっと戸惑うこともあるかもしれないけど、頑張ってくれ」

 

 レイジーの隣を歩くのはミカヤ。相手に紹介する以上、全く面識がない者同士では話もしづらいと考えてついてきているのだ。

 レイジーの動き出しの速さの秘密を知りたいというのもあるだろうが。

 

 それから普段はどんな生活を送っているのかと、ミカヤがレイジーに話を振りながら足を進めた。

 予想とは違い、レイジーの怠惰な日常生活が語られただけで、全く武術の秘訣などなかった。

 そう簡単には本当のことを教えてもらえないなと、ありもしない妄想をミカヤが抱いたところで、大きな屋敷が見えた。

 

「ずるい」

 

 嫉妬。

 レイジーには珍しく、その感情を前面に出していた。

 

 将来、怠惰な生活を送ることを目標としているレイジーにとって何でもやってくれる執事やメイドのいる生活はまさに夢の世界と言っていい。

 そんな非現実をはっきりと見せられてしまうと、素直に感情を出してしまってもおかしくはない。

 

 レイジーが嫉妬心をむき出しにしている隣で、ミカヤは屋敷内の人間に連絡を取っていた。

 ミカヤが通信を切ると、すぐに身なりのいい青年が礼儀正しくやってくる。

 執事服を着ていることから、この家の執事であることは理解できるが、その所作があまりにも自然で、「きっと365日執事服を着てるんだろうな」とレイジーが考えてしまうほど執事姿が似合っていた。

 

「お待ちしていました。ミカヤ様、レイジー様」

「お、おお~」

 

 レイジーはこんな丁寧な扱いをされたことがないので、かなり感動していた。

 いつか自分もこんな執事さんを……と考えたところで、お金がかかりそうだからとすぐに諦めてしまった。

 

「ヴィクターはどうしてます?」

「お嬢様なら庭で身体を動かしておられます」

「なら、私たちもそっちに向かった方が良いですね」

「ご案内します」

 

 執事に案内される形で、屋敷の外側を回っていく。自分の家の倍じゃきかない大きさに、レイジーの嫉妬心は3倍増した。

 

 そんな中見えてきたのは身体の動きを確かめるように、ストレッチをする金髪の女性。

 お嬢様は金髪でないといけないのかとレイジーが考えてしまうほど文句の言いようのないブロンドヘアーだった。

 

 ちょうど前屈をしているときに、レイジーたちが見えたのか、いったん動きを止めて身なりをただす。

 そして執事同様に優雅に一礼して、名乗りを上げた。

 

「私はヴィクトーリア・ダールグリュンです。ミカヤさんはお久しぶりですね。貴女から連絡をもらうとは思いませんでした」

「私の知る中で防御力が高いって言ったらヴィクターだからね。ハリーはどちらかというと気合で粘るタイプだし」

「あんな不良娘と一緒にしないでください!」

「お嬢様はハリー様と去年、泥仕合をなさったと記憶しております」

「お黙りなさい、エドガー」

 

 似ていますよと執事が微笑んで見せるが、ヴィクターはお気に召さないようでご機嫌ななめだ。

 

「あの不良娘と当たるようなことがあれば、きっちりと負かすことにして――……えーっとミカヤさん、貴女を疑うような真似はしたくないのですけど、もしかして私の練習の邪魔をしに来たのかしら?」

「心外だな~。私はヴィクターのためになると思って彼を連れてきたのに」

「そ、そうなのでしょうけど……」

 

 ヴィクターはミカヤの背後でいかにも眠そうな男、レイジーをみる。

 明らかに格闘技をやる人間の体つきではなく、覇気もない。ヴィクターの練習妨害のためにミカヤが工作したのではないかと疑ってしまうのも無理はない。

 

「レイジー・ディリジェントです。今日はよろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭をさげたが腹がつっかえてしまい、跳ね返るように下げた頭が勢いよく戻ってきた。

 そのままバランスを崩して倒れる。

 かつて、自己紹介で自爆した人間はいただろうか?

 

「本当に、妨害工作ではないのですね?」

「……も、もちろんだよ」

 

 ミカヤの中ではレイジーは自分を負かした実力者なのだが、いかんせん腹の弾力で後方に倒れこむ男を実力者として紹介していいのかと彼女の中で葛藤が生まれてしまった。

 自分が負けたという事実が残っていたため、返答はなんとかできたが、レイジーのダメ人間な部分を見て、ヴィクターが疑うのも無理はないなと思ってしまった。

 

「気を悪くしないで欲しいのだけど、貴方はここに訓練しに来たのですよね?」

「はい」

「その体型は格闘技を行う者としてありえませんわよ」

 

 ミカヤが模擬戦で負けたという情報を先に聞いていなければ、ヴィクターは間違いなく屋敷から追い出していたはずだ。

 レイジーの見た目は普通に考えれば、スポーツ格闘技をする人間には許容できない。

 

「意外とこの体は便利」

「デメリットしかないと思いますけど?」

「癒しの効果が絶大です」

「ま、まさか回復魔法とでも?」

 

 さすがにそれはないだろうと、ヴィクターもミカヤも目を見開いた。

 執事のエドガーだけは軽く微笑んでいる。

 

「マスコットの位置を狙えると思う」

「…………無理ですわ」

「…………不可能だね」

 

 女子二人の意見は真っ向からの否定だった。エドガーに視線を向けるレイジーだったが、微笑まれるばかりで答えは得られなかった。

 癒し効果は全く望めないらしい。

 

「よろしくお願いします」

「いきなりすぎますわっ!」

「僕はここに模擬戦をしに来た」

「……貴方、会話の流れをもう少し読んだ方が良いと思います」

「よろしくお願いします」

 

 面倒になって、レイジーは会話をすることをあきらめた。

 ヴィクターがこめかみを押さえる。

 

(やりにくいですわね。独特というか自分勝手というか。ただ、それでもミカヤさんに勝ったという事実がある)

 

 ミカヤはインターミドルでは強者として知れ渡っている。実際、その成績も素晴らしいものだ。

 最強の存在がいるため、都市戦優勝はできていないが、実力は間違いなく優勝候補なのだ。

 そんな彼女を負かした少年。

 見た目に疑問が残ることはあっても、やはり実力は気になってしまう。

 お嬢様と呼ばれるに相応しいヴィクターであるが、やはり武芸者として強い人間と戦いたいという思いは人一倍強いのだ。

 

 とにかく実力を確かめる。

 レイジーに言いたいことはたくさんあるが、まずはそれを果たしてからだと、ヴィクターは切り替えた。

 それを察したのか、レイジーはアップを始め、ミカヤとエドガーは邪魔にならないように、二人から距離をとった。

 

 ヴィクターは騎士甲冑を身に纏い、レイジーは準備が整ったと構えをとる。傍から見たらだらけているようにしか見えないが。

 審判役のエドガー右手を上げる。庭が訓練場並みの広さになっているため、辺りに迷惑をかける心配はない。

 魔法障壁も張られているようで、二人とも全開でやれる。

 

「それでは、始めっ!」

 

 二人の戦いが始まった。

 

 ■

 

 レイジーは普通に驚いた。

 いや感心したと言っていい。

 

「さすがはヴィクターだな」

 

 ミカヤの声が聞こえてきた。

 そしてレイジーもさすがという部分には激しく同意した。

 

 いつものように開始と同時に蹴り技を放つ。そしていつもと同じように相手に直撃させ、そしていつもと同じように連撃を加えた。

 ただいつもと違っていたのは、相手が吹き飛ばなかったこと。

 そして、全くダメージを受けていなかったという点だ。

 恐ろしい程の防御力の高さである。

 

「騎士甲冑の防御力が半端じゃない」

「私も驚きました。そして先ほどの貴方に失礼なことを言ってしまいました。この場で謝罪します」

 

 ヴィクターは頭を下げる。素晴らしい気品を備えて。

 そして抑えていた魔力をゆっくりと解放した。

 

「ですが、先ほどの攻撃が貴方の全力であるなら、私に負けはありません」

 

 ヴィクターは騎士甲冑を魔力で強化し、防御力を引き上げた。

 

(レイジー君は速さに重きを置いている。私のような軽装備のファイターになら十分だが、ヴィクターに通じるかどうか)

 

 ミカヤの予想では、レイジーが手詰まりになりなにかしらの別の一手を打ってくると思っていた。

 格闘家なら一つの技を封じられれば、別の技で対応するのは当たり前だ。

 臨機応変に対応してこそ、トップファイターなのだから。

 

 だが、レイジーは違う。

 

「ふー」

 

 ゆっくりと息を吐くと、気を引き締めた。

 レイジーに蹴り技以外の攻撃法などない。ゆえに、彼の考えはシンプルだ。

 蹴って、蹴って、蹴りまくる。

 通用しなければそれまで、そう考えて今までやってきた。

 ならば、それを貫き通すまで。

 

 先ほどの攻撃を巻き戻すように、レイジーは蹴りを放つ。ヴィクターはノーモーションの状態からいきなり衝撃がやって来たことで、やはり驚いてしまう。

 だが、焦りはなかった。

 自分の防御力を越えてくるはずがないという自信と事実。それが彼女に冷静な思考を与える。

 

「行きます!」

 

 槍斧を高く持ち上げると、それを回転させていく。

 

「うぅ……痺れる」

 

 バチ、バチと嫌な音がレイジーの耳に届いた。そして、大きなため息をつく。

 ヴィクターがやっていることはレイジーにとって最悪の相性ともいえる。

 振り回す槍の遠心力が生み出す攻撃力と防御力。接近することは頭上を除いて不可能であり、またレイジーは空戦機動能力など皆無なので、事実上攻撃手段がなくなった。

 

 お互いの魔力が尽きるまでの追い掛けっこという状態だが、それもヴィクターの放つ雷撃が阻止している。

 飛び散るようにヴィクターから小さな雷が迸る。そして、それは周囲を傷つけることなく、レイジーに向かっていく。

 大きなダメージではないが、何度も食らえば痺れて動きが悪くなり、ヴィクターの槍の餌食になるのは明らかだった。

 

(レイジー君の実力はこの程度なのか?)

 

 速さは確実に自分の上を行っている。それはミカヤも分かっている。

 レイジーとの勝負になれば、自分が負ける可能性が高いのは同タイプであるから理解できる。

 だが、あまりにも偏りすぎている。足を使えば、ヴィクターを翻弄することもできるはずだ。

 だが、それをしないレイジーにミカヤは首を傾げていた。

 

 そして同じことをヴィクターも考えていた。

 

(この子、偏りすぎではないのかしら? 速い攻撃以外何もできないのではなくて?)

 

 レイジーの攻撃でダメージをほとんど受けないヴィクターはこの試合が自分の勝利であるとほぼ確信していた。

 あとはフィールドの隅に追いやってとどめをさせばいいだけ。

 驚きはあったが、得られるものはあまりなかったと、少し落胆していた。

 

 そんな彼女の油断を狙うように。

 勝負は最後まで分からないと言うように。

 レイジーの攻撃がヴィクターを襲う。

 ヴィクターがハァーとため息を吐きそうになった瞬間だった。

 

「ぐっ!」

 

 腹部に大きな衝撃を感じた。

 いきなりのことにヴィクターは激しく動揺する。

 なぜ、そう考えている間に第二撃が襲い掛かってきた。

 腹部に受けた二撃目を利用してヴィクターは後方に下がる。

 

(単純に威力を上げただけ? なら、上限は一体……)

 

 レイジーの動きをじっくりと見る。魔力を集中させ、その出だしをヴィクターは捉えようとしていた。

 

 ぱっと見て変わったところは見受けられない。気だるそうな顔も、ぼてっとした身体も変化はない。

 何かの詠唱をしているわけでもないので、魔法という線はない。

 やはり、単純に蹴る速度を上げてきたとヴィクターは結論付けた。

 

(ならこちらも防御力を上げるまで。そのまま接近すれば、私の勝ちだわ)

 

 ヴィクターは再度勝利を確信した。

 

(きっとあの子なら、もっとスマートに勝つのでしょうね)

 

 ヴィクターはある人物を頭に浮かべる。

 目標である。

 歳は下であっても、尊敬に値する人間。

 レイジーの速さには驚いたが、それもそれだけだ。

 自分があの子にそうされたように、未来ある少年に一つ現実を教えるのが先輩の役目。

 そう言い聞かせて、ヴィクターは行動に出た。

 

 魔力変換資質で魔力を電気に変えて、肉体を活性化させる。電気で刺激した筋肉と魔力による身体強化によって、ヴィクターは速さと力を手に入れた。

 これで終わりだ。

 一撃で終わらそうと、ぐっと武器を握った次の瞬間、再度違和感に襲われる。

 

(なに?)

 

 本能とでも言えばいいのか、咄嗟にヴィクターは真横に飛び込んだ。

 振り返ったその場は、地面が大きくえぐれていた。

 

 一体何だこれはと、考えた次には、またしても嫌な感じがヴィクターを襲い、彼女に防御を固めさせた。

 だが、それでは甘かった。レイジーの攻撃に脅威を感じていなかったヴィクターの様子が明らかに変わった。

 

 横で見ているミカヤにもエドガーにもレイジーが何をしているのかは分からない。

 今まで通り、変わらず攻撃をしているだけのはずだが、ヴィクターの表情が今までとは違うということをはっきりと物語っている。

 

「ん?」

 

 ヴィクターの状況が変わる中、ミカヤは何かに疑問を持った。

 

「どうかなさいましたか? ミカヤ様」

「あ、いや。私の勘違いだと思うんだけど、レイジー君、なんか痩せたような気がするなって」

 

 隣で見ていたエドガーにミカヤが疑問に思ったことを告げてみる。

 注意しては見ていなかったようで、エドガーもレイジーの方に顔を見やった。

 そして、首を傾げる。

 

「確かに、一回り小さくなったような気が……」

 

 そうエドガーが思ったとき、防衛に徹していたヴィクターが咆哮する。

 

「はあああああ!!!」

 

 紫電が地面を伝いレイジーに襲い掛かる。その電撃はレイジーの蹴撃を少しばかり鈍らせた。

 その間に、ヴィクターはレイジーから距離をとった、とろうとした。

 だが、麻痺して動きを鈍らせていたはずのレイジーから強襲があった。

 

 がん、がん、がん。まるで金属を素手で殴っているようなそんな異様な音が鳴りだした。

 距離を取ろうとしたヴィクターに対して、レイジーは攻めの一手。それしか手段がないのだから当然だが、ここで目に見えてレイジーに変化が見える。

 

(ヴィクターが完全に防御態勢に入った……まさか、これがレイジー君か)

 

 以前、レイジーの攻撃速度に脱帽したと賞賛の言葉を送ったミカヤだったが、それがレイジーの力量を正しく測れていなかった自分の拙さなのだと今思い知らされた。

 必死に防御態勢をとるヴィクターは気づいていないが、横で見ているミカヤとエドガーにははっきりと見えていた。

 常に表情を崩さず、余裕をもった笑みを浮かべるエドガーですら目を大きく見開き、口元を小さく開けている。

 ミカヤはそこまでの醜態はさらさなかったが、エドガーと同様にかなり驚いているのは確かだ。

 

 引き締まったウエスト。服の上からでもわかる岩をも思わせる筋肉。だが、どこかしなやかさを残している、ただ固いだけの筋肉ではないように見える。

 数々のアスリートの体を見てきたミカヤですら、思わずときめいてしまうほど、レイジーの現した本来の体は美しかった。

 

「個人競技で僕が負けるはずがない」

 

 ぶよぶよだった1分前の彼ではない。完全なまでのアスリートとしての体が存在している。防御に徹し、状況を把握しきれていないヴィクターをミカヤは残念だなと思った。

 

「なっ!?」

 

 吹き飛ばされる。

 まさにそれだ。魔力を高め、防御の態勢をとってなお、吹き飛ばされてしまった。

 一撃の重さが、速さが、先ほどの比ではなくなった。一撃、一撃が全身に響く。騎士甲冑に亀裂が走り、ぽろぽろと鎧部分がそぎ落とされていく。

 骨が軋むような錯覚。ああ、これがこの子の実力なのかと理解したときには、ヴィクターの時間は終了していた。

 

(今までの攻撃はすべて手加減をしていたということですか。意外としたたかなのね)

 

 吹き飛ばされながら、ヴィクターはその考えに至った。

 レイジーの攻撃力が先ほどのままなら、少し本気になって防御をすれば全く脅威にはならない。

 だが、もしそれ以上の攻撃力があるというなら話は別だ。

 ちょっとやそっとの上昇ならなんとか対応できた。だが、倍、いや3倍にも感じる攻撃力にヴィクターの意識は徐々に失われていく。

 

 インターミドルでは上位選手と知られる彼女ではあるが、まだ若い。

 レイジーの攻撃を一度は完全に防いだと思った後で、完全に上を行かれたのだ。精神的にやられれば集中力も霧散してしまう。

 そして、レイジーはそこを見逃さない。

 ここで完全に潰すと言わんばかりに、グラついたヴィクターに怒涛の連続攻撃を見舞った。

 

 途切れ行く意識の中で、ヴィクターは最後に呟いた。

 

砲撃(バスター)の連撃なんて反則ですわ……」

 

 ■

 

「う……私は」

「目が覚めたかい?」

「……ミカヤさん?」

 

 目覚めたときにいつもいるのは、執事のエドガーであるはずだ。

 それがミカヤだというのだから、ヴィクターも驚いてしまったが、

 

「模擬戦のことを覚えているかい?」

 

 そう言われて自分がなぜベッドで横になっているのかを思い出した。

 

「私は負けてしまったのですね」

 

 レイジーを舐めてかかった結果がこれだ。自分の情けなさに怒りを感じて、ぎゅっと掛けられていた毛布をつかんだ。

 

「彼はどこに?」

「厨房だよ。いまエドガーさんの料理を食べているところさ」

「なら、そこに行きましょう。彼には聞きたいこともありますし」

 

 さっとベッドから出ると、ヴィクターはスタスタと歩いて行ってしまった。

 気になることが彼女には重要なのかもしれない。

 

「まあ、あの子がちゃんと話を聞いてくれるとは限らないんだけどね」

 

 ミカヤは苦笑しながら、お嬢様の後を追った。

 

 

「すごく、すっごく美味しいです」

「ありがとうございます」

「私の話を聞いているかしら?」

「今は炭水化物の方が大切」

 

 ヴィクターが厨房にやってきて、レイジーに詰め寄ったが、レイジーは彼女を全く眼中におさめていなかった。

 目をキラキラさせて見つめるのは、目の前に広がる絶品ともいえる料理の数々。しかもタダ。

 狂喜乱舞しそうなレイジーの耳にヴィクターの話が入ってこないのも当然と言える。

 純粋な子供のような目をするレイジーにさすがのヴィクターも怒る気にはなれなかったようで、レイジーの食事が終わるのを待つことにした。

 

 それからしばらくして、ようやくレイジーの食事が終わると、待ってましたと言わんばかりにヴィクターが話を切り出す。

 

「お聞きしたいことがあります」

「生まれて初めて食べたたこ焼きはすごく美味しかったです。執事さん、たこ焼き屋さんになりませんか?」

「人の話を聞きなさい」

 

 さすがというべきか、レイジーにはヴィクターの話など全く耳に入っておらず、エドガーに新たな職を求めていた。

 だが、エドガーもさすがは執事。うまくレイジーの話をかわし、ヴィクターの話を聞くようにと促した。

 しぶしぶという感じではあるが、ヴィクターの方に生気のこもっていない視線が向けられる。

 

「何ですか?」 

「ぐっ、その顔はおやめなさい」

「顔は生まれつきです。文句は親に言ってください」

「そうじゃありません。その興味が全くありませんという顔をお止めなさいと言っているのです」

「……エスパー?」

「その顔を見れば誰でもわかりますっ!」

 

 全くもってレイジーのペースなのだが、話が進まないので、遅れてやって来たミカヤが話の進行役を務める。

 

「レイジー君、ちょっとヴィクターの質問に答えてくれないかい?」

「できれば遠慮したいです。もう、お腹はいっぱいだし、帰ってゴロゴロしたい。人間だもの」

「貴方のその体型が本当の姿と言われても納得できるような言葉ですわね」

「おや、ヴィクターは気づいていたのかい?」

「当然ですわ、と言いたいところですけど、最後に意識を失う瞬間に見えたのです」

 

 模擬戦に必死でレイジーの本来の姿には気づいていないだろうと思っていたミカヤだったが、どうやら違うようだ。

 我関せずなレイジーにハアーとため息を吐いてから、ヴィクターは心を落ち着かせ、表情を変える。

 真っすぐな目で、レイジーに頭を下げた。

 

「まずは、謝罪を。貴方を舐めてしまって申し訳ありません。負けたこの身で情けない話ですが、謝罪だけは受け取ってくださいな」

「大丈夫、気にしてない。よくあること。むしろ、相手が油断をしてくれる方が僕としてはラッキー」

 

 全く動じることなくレイジーは答える。

 その返答にいささか複雑な気持ちを抱いたヴィクターだったが、ひとまず自分の愚かさにけじめをつけた。

 

「恥を忍びますが、聞きたいことがあります」

「い……ご飯、食べさせてもらったからいいよ」

 

 本当は嫌そうな顔をしていたが、エドガーが隣でたこ焼きを作り始めていた。

 お土産用に作成してくれているのだと分かると、レイジーは嫌だの言葉をぐっとこらえた。表情はまったく隠さなかったが。

 

「貴方のその体型……というかその状態は防御に特化させるためですか?」

「うん」

 

 レイジーの即答に、ヴィクターはやはりという表情を浮かべた。

 

「電撃を浴びても特に動じた様子はなく、おかしいと思っていたのですが、その状態は避雷針の役割も担えるのですね」

「うーん、というか魔力を受け流す感じです。いくら魔力変換されているとはいえ、魔力は魔力。防げない道理はない」

「まさか欠点だと思っていたその状態が実は理にかなった防御型だとは。その魔力を脱ぎ捨てた状態が、攻撃特化型なのですね」

「そう。これをはずすと、さすがに魔力の受け流しは無理。だから、全力で蹴るしかできない」

「それで砲撃の連発はたまったものではありませんけどね」

 

 ヴィクターは苦笑するが、その表情はかなり引きつっていた。

 

「でも、その状態だと大会によっては反則を取られるんじゃないかい? 普通は欠点にしか見えないけど」

「うん。そう思って昨日、知り合いにルールを聞いて、その後こういうことを扱っている審判団に確認の連絡を取った」

「連絡を取ったのはノーヴェちゃんかな?」

「おお~」

 

 ぱちぱちとレイジーは拍手を送る。

 

「地元の大会で反則負けを食らったんだけど、僕のこれは術式を編み込んでいるわけじゃないから変身魔法として定義されるんだって。インターミドルの時に確認したときに何も言われなかったから、大丈夫だと思ったんだけど、ダメだった。でも実際は審判の勘違いってことになって、僕の反則負けの記録は取り消し。優勝者もなしって扱いになったから、賞金も没収だって」

「随分とひどい裁定だね。再試合とかはなかったのかい?」

「大会って名はあるけど、世界公式大会に載るようなものじゃなかったらしいから、再試合はしないんだって。地元の有志によるものらしく、決勝に上がった僕たちの知名度もあるわけじゃないから盛り上がらないんだってさ。だから、なし」

「それは、随分とグダグダですわね」

 

 ヴィクターもレイジーの話を聞いてかなり呆れている。

 

「とりあえず、他の大会に参加できなくならなくて良かったよ」

 

 レイジーは満面の笑みを浮かべた。それがどうしようもなく子供ぽくてミカヤとヴィクターは顔を見合わせて笑った。

 そして話を終えたレイジーは帰りの支度を整える。

 

「防御力が高い人にどこまで通用するかの確認もできたし、今日は来てよかった……本当に来てよかった」

 

 レイジーの視線はエドガーの手元に注がれていた。

 すでにお土産用にたこ焼きが箱の中に入れられている。

 レイジーの言葉の意味を正しく理解したヴィクターは、自分が情けなくなり、がっくりと肩を落とした。

 

「貴方にはあの子といつか戦ってもらいたいですわね」

「うん?」

「いえ、何でもありません。今日は私もいい勉強になりました。感謝します」

「うん」

「貴方、もう少し会話を続ける努力をなさった方が宜しいわよ」

「面倒くさい、人間だもの」

 

 そんなレイジーにヴィクターは困り顔だが、手のかかる弟ができたようで嫌ではなかった。ぽんぽんと軽くレイジーの頭を撫でてから、再度別れの言葉を告げた。

 

 

 

 

 レイジーは今日、大きな収穫を得て屋敷を出ていった。大きな箱を大事に抱えるようにして……。

 

 

 

「ミカヤさん、今日はどうも」

「私は何もしてないさ。それにヴィクターにもいい経験になっただろうしね」

「執事さんと仲良くなれたのはとても大きい。食べっぷりが素晴らしいって褒められた」

「そこはヴィクターと仲良くなるべきなんじゃないかな?」

「執事さんの方が重要度が高い。急がばまっすぐ」

「そんな諺は存在しないんだけどね」

 

 帰り道、ミカヤとレイジーの二人は何気ない会話をしていた。

 ただ、ミカヤの方は聞きたいことがあったようで、レイジーと会話をしつつも、そのタイミングを計っているようだった。

 それにレイジーが気づいたわけではないが、ミカヤの話が途切れたため、少し首をひねる。ひねれるほど、首周りの肉は少なくないのだが。

 

「君はどうして格闘技をやっているんだい? こう言っては何だけど、君の性格と一致しない気がしてね」

「お金を稼ぐためです」

 

 レイジーはためらうことなくそう言った。魔法は尊いもの、そう考える者がこの世界には少なからず存在する。

 そういう人間の中には魔法によって金銭を獲得することを忌避する者もいるのだ。

 そのため、レイジーの発言は割と非難されることが多いものだが、ミカヤはどこか納得したように頷くだけだった。

 

「格闘技は楽しいかい?」

「もしかして、説教的なあれですか?」

 

 レイジーはとても嫌そうな顔をする。

 

「違うよ。私は別に、魔法を崇拝しているわけじゃない。レイジー君の考えも、立派だと思うよ。ただ、君は格闘技を楽しんでいるのかなって思っただけさ」

「全然、面白くないです」

「それなのによく続けられるね」

「本当はダラダラしたいし、ベッドの上でゴロゴロしてコーラ呑んで、お菓子を食べるような生活をしたい。でも、だらだらするにはお金がかかるんです。お金がかかるんですよ」

「心からそう言っているのが分かるよ」

 

 レイジーの心の嘆きに、ミカヤは少しばかり気圧される。

 

「でも、大会でいっぱい賞金を手に入れれば、20代からでも夢のような生活ができるんです。だから、僕は身を削る思いで格闘技をやっています。楽しいとか楽しくないとかそういうレベルの話じゃないんです。僕の今後のドリームライフがかかっているんです。全力で、必死で、もう言葉にできないくらい頑張ってます」

「切実なんだね」

 

 自分とは違う気迫であったが、ミカヤはレイジーの力の根源を見た気がした。

 

「ダラダラしたい。人間だもの」

 

 同意はできないなと、ミカヤは軽く肩をすくめた。

 




前回の敗戦に関してご指摘がとても多くあったので少し修正を加えました。ご感想ありがとうございます。あまり深く考えていませんでした。現時点で負ける方法はこれくらいかなって……。

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