レイジーがウォームアップをする様子を、ヴィヴィオ達は観客席で見ていた。
自分たちが出場するインターミドルのような広い会場ではなく、広場と言った方が正しい場所だ。
彼女たちがいる観客席も実際には席があるわけではなく、仕切られた場所の外というだけで立ち見の客が多かった。
賞金が出ると言っても、地元開催であるためあまり認知度は高くない。
インターミドルに比べれば雲泥の差であろう。
「レイジーさんはどうしてこの大会に出たのかな?」
「そんなの決まってるだろ」
ヴィヴィオの疑問にノーヴェが答える。
「賞金が出るからだ。それ以外の理由があるわけがない」
「もしかして、先輩は賞金のランクとか関係なくすべての大会に出る気なんじゃ……」
リオの言葉にノーヴェが当たり前だと頷く。
一生働かなくても良いお金を稼ぐことを目標にしているレイジーだ。
獲れるものはすべて獲る気でいてもおかしくない。
「でもそんなに頻繁に出てたら、もっと大きな大会に出る時大変じゃないですか?」
「コロナの指摘はもっともだが、それは覚悟しているだろ。一番最短で金を稼ぐ気なんだ。普通の奴なら大きな大会で勝利した方が効率的なんて考えるんだろうけど、アイツはバカだから大きな大会でも小さな大会でも勝った方が良いに決まってるとか思ってんだろ」
本来、そんなに連戦を繰り返せば身体が悲鳴をあげるはずなのだが、レイジーはそれを考慮している様子はなかった。
獲れるものを獲れる時に獲る。単純にして明瞭な答えで彼はこの大会に参加している。
「ちなみに調べたんだけど、今月クラナガンで行われる賞金が出る大会は全部で3つ。すべて小さい大会で今日がその中でも一番小さいが、すべての大会で優勝すれば総額500万近くが手に入る」
「一か月で3大会……一体何戦する気なんですかね」
「そこら辺を考えていたら、アイツはこの場にいねぇよ」
ゆっくりと体を動かしながら、珍しくやる気を見せているレイジーを見て、一同は呆れとそしてそこはかとない尊敬を見せていた。
(レイジーさんって、もの凄い単純なんじゃ)
(さすが先輩。ある意味超一途です)
(うぅ、私じゃ絶対無理だよ~)
(むむ、ディリジェントさん、こうして自分を高めているのですね)
(アイツならマジで全部の大会を優勝しかねない。プロが出てくる大会は多いけど、初見でアイツの攻撃を受け切る奴がどれくらいいるんだ? ある意味、ヴィヴィオ達の今後の指標になりそうだから、ちょうど良かったけどよ)
参加者がアップを終えると、審判からの説明と対戦カードの発表が有った。
「あ?」
ノーヴェが対戦カードを見て、眉間にしわを寄せる。
「どうしたの、ノーヴェ?」
ノーヴェの様子が変わったのを見て、ヴィヴィオが尋ねる。
「一人、実力者がいるな。ただ――」
ノーヴェは言葉に詰まる。
「イービル・ノート。歳は17だったか。一昨年のインターミドル都市本戦男子準優勝者だ。だが、その記録は既に無効になっている」
「無効ですか?」
実力者と聞けばアインハルトが反応しないわけがない。
だが、無効とはどういうことだろうか?
アインハルトを含め、他の面々はノーヴェの次の言葉を待った。
「不正が発覚したらしい。試合前の魔力ドーピングに、対戦者に対する闇討ち。物理的なものから、飲食物に下剤を投入と言った陰湿なものまでな。実行犯はあいつじゃないらしいが、それでも自分の仲間を使って相手を不利にしたのは確かだ。それが大会後にバレて、インターミドルへの参加は不可能となった」
ノーヴェの言葉に聞いていた4人が憤慨する。
なんて卑怯な奴なんだと、皆が一様に思っていた。
だが、ノーヴェの説明は終わらない。
「それでもアイツが実力者なのは確かだ。魔力のドーピングが有ったとはいえ、格闘技そのものは自前の能力。そして勝つためには手段を選ばない勝利への執着心。まさか、小さな大会なら検査が甘いと見ての参加か? レイジーの奴やべぇぞ」
レイジーは個人戦競技者としては一流だ。実力を発揮すれば、優勝は確実だとノーヴェは断言する。
だが、それはルールが存在する中での話だ。
もし、対戦相手の中にルールを破るような者がいて、よしんば破らずともルール違反すれすれの行為をしてくる者がいた場合、レイジーの勝率が著しく減るとノーヴェは考える。
(アイツは一つを極めることに重点を置いた。だから、柔軟な対応はできない。もし、リング外のところで何かを仕掛けられたら、まずいかもしれねぇ)
「大丈夫です。ディリジェントさんならきっと」
「そうですね」
「うん、うん! 先輩って神経図太いし」
「リオ、それって大丈夫の理由にならないんじゃ……」
子ども組はレイジーの勝利を信じて疑わない。純粋であるが故に、人の悪意というのに鈍感なのだ。
彼女たちが出場するような大会ならそれも良いだろう。
だが、賞金がかかった試合というのは程度の差はあれど、皆真剣だ。
生活が掛かっているのだから当然と言える。
そして、そのためには真っ向から戦わないという選択肢を取る人間がいるのも確かなのだ。
ルール内であればそれを悪い事とも思わないが、ルールを犯しそれを上手く隠蔽するようなスキルの持ち主に当たれば純粋な者こそ簡単に敗れる。
そして、レイジーは純粋だ。ノーヴェはそれを危惧している。
「ま、何かコソコソ変な行動を取る奴がいたら、私らで注意しとけば良いさ」
「不埒な輩は成敗です」
「はい、頑張ります!」
聖覇王コンビはなぜかやる気をたぎらせる。純粋さで言えば、この二人も間違いなく最高クラスだ。
まあ、どこぞの覇王様も過去に似たようなことをしていたのだが、ノーヴェはあえてツッコまない。
(だけど、もしこれでレイジーが負けるとなると、アイツ精神的に大丈夫か? ああいう手合はホントに何を仕掛けて来るかわからねぇからな)
今だ負け知らずのレイジーの精神状態に何かしらの変化がある。負けた時を思うとそれが不安でならないノーヴェだった。
■
レイジーは苦も無く勝ち続けた。
大人が参加していると言っても、プロではない。条件さえそろえば、管理局でも上位に位置するなのはにすら勝利を収めるのだから、レイジーが苦戦する理由はなかった。
――ここまでは。
決勝にたどり着くと、毛色が違うように感じた。
盛り上がっていたはずの観客が、一様に静まり返る。
ヴィヴィオ達は頑張れと声を張り上げているが、他の面々は興味がなさそうであった。
無名の選手という意味ではレイジーは全く以ってその通りだろう。
さらに言えばレイジーの戦い方が問題であった。
ユミナが良い例であるが、レイジーの戦い方は一般人からすれば意味の分からないものだ。
開始と同時に相手が吹き飛び、その後はガードを固めている姿しか見えない。
レイジーの動作は速すぎるため、スロー再生をされてようやく何をしているのが見える程度。
一般人が楽しめるわけがない。
例えば、なのはのように砲撃を撃てばそれだけで凄さが伝わってくるし、レイジーと同じスピードに主眼を置くフェイトのように消えて見えるように移動すれば観客の心は十分掴める。
だが、レイジーは開始位置からほとんど動かず、構えも取らない。
ゆえに観客の反応はあまりにも微妙すぎた。
人は自分に理解できない現象には反応できない。貴方の後ろに幽霊がいますよと言われても、見えなければ気になどしないのだ。
これで対戦相手が地元でも知られる有名人なら、盛り上がったかもしれない。
しかし、相手はイービル・ノート。
インターミドルで不正の証拠を押さえられ、記録を抹消された男。
知る者であれば知っている嫌われ者だ。
どちらも応援する気になれない観客は、ただ静観して見ているだけ。あまり多くの観客がいないことが、静けさに拍車をかけた。
応援しているヴィヴィオ達も周りの雰囲気を感じ取ったのか、徐々に声が小さくなっていく。
異様だ。とても決勝戦の空気ではなかった。
「えーそれでは決勝戦を始めたいと思います」
地元の大会に駆り出された審判が、かなりやる気のなさそうに言葉を発する。
盛り上がりもなく、賞金も多い大会ではない。
決勝の舞台に立っている二人は、人気という意味でどちらもない。
地元の活気を促すのが目的なため、ここまで盛り上がらないと主催者側としても早く終わらせたいというのが、正直な感想だった。
「両者、構えを取って」
「すみませーん」
審判が開始を告げようとした時、レイジーの対戦相手から手があった。
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて。
「あのですね、審判様にご質問があるのですが」
「なんだね?」
慇懃無礼な態度に審判が明らかに嫌悪感を示す。だが、そこは審判。自分を律し、相手の質問に答える。
「彼、レイジー君でしたっけ? 彼の戦いって反則じゃないんですか?」
その言葉に会場がざわついた。
反則? いや、それはないでしょ。そもそも何もしてないしと周りで見ていた観客がそれぞれ似たようなことを口にする。
「開始の合図と同時に対戦相手が吹き飛ぶなんて普通じゃありえません。攻撃をぶつけるにしたって速すぎる。
わざわざ最後の部分を強調していうイービル。
「もしかして、開始前におかしなことをしてるんじゃないですか?」
「僕にやましいところはありません。言いがかりは止めてください」
レイジーは反論する。
なんなら検証してくださいと、自分は潔白であると主張した。
今までの試合のデータは大会側で記録されているため、映像で確かめればレイジーが不正などしていないことが分かる。
それは審判もチェックしているため、何も問題はないとイービルに返した。
「でも、やっぱりおかしいですよ。まあ、私も冤罪を過去にかけられたので、レイジー君の気持ちは察することができますが、やはりルール違反はルール違反でしょう」
「ノート選手、試合のデータはこちらでチェックしている。確かにスロー再生しない限り見えない程の動きだが、彼は何一つルールを犯していない。これ以上相手を侮辱するようならペナルティを与えるぞ」
審判が強い口調で言うと、ノートはすみませんと一言。ただの顔の笑みが変わることはなかった。
「大会ルール23。試合前に使用する魔法は、バリアジャケットの展開とそれに伴う変身魔法のみとする。これは合っていますか?」
「合っている」
「それだと、彼はおかしいですよね? 彼の身体を覆っている魔力の塊、まあ調べればわかりますけど、それって変身魔法ではないですよね」
イービルは審判にではなく、レイジーに尋ねた。
「はい。自分の魔力です」
「審判、彼の発言でわかりましたね? これは明らかに不正行為です。私も過去に魔力を纏って試合に臨んだのですが、それが魔力ブーストだと非難され、大会記録を抹消されてしまったのですよ。魔力ドーピングだと言われた時は、さすがの私も心が痛みました。変身魔法は良いのに、魔力を身体に纏うのはダメだと、インターミドルでは言われてしまったので」
事実は違うが、この場でそのような確認はできない。だから、イービルの発言の真偽はともかくとして、たしかに彼の指摘する面ではレイジーがルール違反を犯していることになる。
レイジーの場合、魔力を纏っていること自体、日常的で当たり前の事だが、それを言ってもここでは何の意味も持たない。
「まさか、ペナルティーなんて事はないですよね? 私はあの時の審判様のジャッジによって、インターミドルから記録を抹消され、敗者とされました。ここで、彼だけ減点というのは私としては納得いかないものです。審判は公平であるべきですよね?」
念を押すようにイービルは言う。
審判はやりきれないような顔をしていたが、左手を上げ、イービルの方へ下した。
「ディリジェント選手の反則行為により、勝者をノート選手とする! さらにディリジェント選手のこれまでの勝利はすべて無効とする」
決着はあまりにもあっけなくついた。
レイジーが勝つ気で臨んだ試合で、初めて敗北した瞬間だった。
■
「…………ふぅー」
レイジーが膝を抱えて落ち込む姿に、ヴィヴィオ達はなんと声をかけていいか分からなかった。
今回の件に関しては、向こうが最初から勝負をする気がなかったというのは分かる。
卑怯だ、ずるい、と思うことはできても、それはヴィヴィオ達が普段のレイジーの生活を知っているから言えるものであって、傍目にはレイジーが不正に魔力ドーピングをしているように映ってしまう。
だから、何も言えない。
「そっちかー、そう来ちゃったかー」
がっくりと落ち込むレイジーはタメ息を吐くばかりである。
ヴィヴィオ達は励まそうとするのだが、負けて落ち込んでいるレイジーを見たことがなかったので、どうしていいか分からない。
見かねたノーヴェが彼女たちの代わりにレイジーの下に歩み寄った。
「まあ、今回の事は、あれだ」
声をかけたものは良いものの、ノーヴェもなんて言ってやればいいのか分からないでいた。
「いやーうっかりって怖いね。インターミドルでは大丈夫だったから気にしてなかったけど、これって違反だったんだね」
落ち込んでいる割には、元気のある声にノーヴェは「あれ?」と違和感を覚える。
「お前、落ち込んでたんじゃ……」
「うん、かなりがっかり。10万がパーだよ。昨日の稼ぎがなければ暴飲暴食をしていたかも」
「いや、それはいつもしてるだろ!」
ノーヴェのツッコミがぽよんと音を立てて防がれる。
「でも、良かった。これがもっと大きな大会だったら最悪だよ。事前に審判に確認をとるのを忘れた僕の落ち度だね。うん、あの人の方が正しかった。言いがかりをつけないでくださいとか、恥ずかしいことを言っちゃったよ」
「…………」
あまりダメージを受けていない。脆い面もあるのではないと思っていたノーヴェだが、そうではなかったレイジーに素直に感心する。
「ルールの把握は基本中の基本。それを怠ったのが敗因。確かにディリジェントさんの落ち度です」
当たり前のことだとアインハルトは非難する。日頃の鬱憤を晴らそうとしているのでは決してない。
「ですが、私は悔しいです。ディリジェントさんを倒すのは私の予定でしたので」
「僕にはその予定はないかな」
「あの方の言い分は言いがかりに近かったものですが、それでもルールを上手く活用したということですね。私も勉強になりました」
「負けて傷心中の僕に酷い言葉だ」
「ディリジェントさんはいつも私達にきつい言葉をかけていると記憶してますよ」
アインハルトの後ろで子供組がうんうんと深く頷いている。
「負けても次があります。だから、頑張ってください」
「何、その負けたら僕が格闘技をやめてしまうみたいな言い方は。僕は、無駄に体力を使った事を悔しがってるの。別に負けたから悔しがってるわけじゃないやい」
「まあ、ディリジェントさんがルール違反を犯したのは事実ですから」
「何、喧嘩売ってるの? 今日は買っちゃうよ?」
「望むところです」
なぜか喧嘩をおっぱじめようとする二人。リオとヴィヴィオは「はいはーい!」と参戦しようとする。
コロナだけは、「落ち着いて~」と必死に場を収めようとしてた。
こいつら、やっぱりガキだなとノーヴェは呆れのあまりこれ以上ない程のタメ息を吐く。
でも、それと同時に良かったと安堵した。
「よし、お前ら喧嘩はとりあえず置いとけ。これからレイジーの敗戦祝いにでも行くぞっ!」
「ちょっと!」
「あ? いつもこいつらに雑魚だとか、時間の無駄だとかさんざん言ってるじゃねぇか。今日はお前が敗者として、色々言われろよ」
「面倒だから、帰る」
「そうか、焼き肉でも行こうと思ったんだけどよ」
「参加させていただきます」
首を垂れるように、レイジーは即座に発言を撤回した。
そして、その後、とある焼肉店で、少女達のダメ出しを聞き流しながら、黙々と肉を頬張る少年が居たという。
■
「いいんちょー、付き合って」
「はい?」
ユミナ・アンクレイブはあまりのことに困惑した。
クラスから奇声と歓声が聞こえる中のことである。
目の前の男の子は、親しいとも親しくないとも言える微妙な存在。
ちょっとしたきっかけがあって話すことはあるが、友人関係を築いているかと言えば正直首を傾げたくなる。
彼のおかげで気になっていたアインハルトと話せるようになったことは感謝しているのだが、まさかこんな発言をされるとはとユミナはかなり動揺していた。
見た目はあれであっても、本当の姿ではないと分かっている。去年たまたま見た彼本来の姿は、年頃の乙女がときめくには十分なものだった。
彼の性格と普段の外見のこともあって、恋愛感情が芽生えたなどということはないが、やはりこう言った言葉を掛けられると乙女として少しばかり考えてしまう。
(レイジー君の実際は結構……。普段の行動がマイナス点だとしても、これは――)
頭の中で必死に考えを巡らせる。
目の前の男が嫌いか? 答えはNOである。
目の前の男が好きか? その答えもNOである。
そんな相手に告白に近い言葉を掛けられた。乙女としてはどう返答していいか分からない。
このぐらいの年代で付き合うのは早いとも遅いとも言える。少なくとも自分の周りの人間にそういう関係の人はいない。
なら自分が……とも考えたが、それはあまりにも打算的過ぎて相手に失礼だ。
まだそれほどレイジーのことを詳しく分からないユミナは、とりあえず好意的な返答をした。
「お、お友達から」
「いいんちょー、勘違いしてる。別にそっち系のことをお願いしてるわけじゃなくて、ちょっとここら辺の大会のルールを詳しく教えて欲しい。格闘マニアのいいんちょーなら知ってるはず」
「……とりあえず、一発ビンタさせて。私の勘違いだってのは分かるけど、今回はレイジー君が悪いと思うの」
「うん、どんとこい」
痛くないしとはレイジーは言わなかった。
頬にもみじマークを作ったレイジーはユミナに相談する。
状況を見守っていたクラスメイトたちはなーんだとつまらなそうにしていた。
「僕さ、昨日大会で負けちゃったんだけど、ルール上の問題だったんだ。で、自分で調べてみたんだけど、変身魔法の定義って何?」
「魔力を使って身体に変化をもたらすことじゃない?」
「でも、それだとこの状態も有りだと思うんだけど」
「私的には無しかな」
だるんだるんに緩み切ったレイジーの身体を見てユミナは即答した。
「ヴィジュアルは置いておいて欲しい」
「うーん、身体強化魔法も一応変身魔法に定義されているみたいだし、別に大丈夫だと思うんだけど」
「じゃあ、なんで僕は失格にされたんだろう?」
「たぶん、その審判さんがルールをよく把握してなかったんじゃないかな? アマの審判だとよくいるって話を聞くよ」
「なん……だって」
がくりと肩を落とす。
レイジーは昨日、家に帰ってから過去の大会で失格になった選手の案件を調べていた。
ただ、変身魔法に関する規定は特になく、不思議に思う。
格闘技マニアを自称するユミナなら知っているかと思い尋ねてみればこれだ。
(審判が適当だったなんて……。納得してたじゃん。ルールとしてあるって頷いてたじゃんっ! はっ! もしかして、審判がルールをよく理解していないのを分かってて、あの人はそれを利用したのか?)
そう考えると、相手のしたたかさに素直に頭を下げるしかない。
自分が知らないということは、相手に騙される可能性があるということだ。つまり、昨日はイービルという男にレイジーも審判も騙されたということになる。
「頭も武器ということだね」
「なんか格好よく言ってるみたいだけど、ちょっと見た目が……」
「いいんちょー、さっきから言葉に棘があるよ」
「刺してるから」
ニッコリと笑うユミナに、レイジーは何も言えなかった。
「それにしても昨日は大会に参加してたんだ。私も見に行けば良かったなー」
「ストラトスと後輩ズは来てたよ」
「……私だけ誘われてない」
「心の距離だと思う」
「え……もしかして私って嫌われてるの? アインハルトさんと話すようになってから、ヴィヴィオちゃんたちとも話したり、お弁当を一緒に食べたりもしたんだけど」
「単純に忘れられてただけじゃない?」
「ちょっと、ショック……」
まだ仲良くなっていないのかと、ユミナはダメージを受けていた。
ここにアインハルトがいれば話も変わってくるが、残念ながらインターミドルの選考会に参加しているため、今日は学院を欠席している。
インターミドル出場者は公欠扱いとなるため、無断欠席ではないのだが、学院としていかがなものかとレイジーは疑問に思った。
(まさか、売名行為……いいや、考えるのが面倒)
学院の裏を探ろうとして、2秒で諦める。それがレイジーという男だ。
「本戦は見学に行けるみたいだから、皆には勝って欲しいな」
「レイジー君は学院をサボりたいだけでしょ」
「うん」
「はっきりと言っちゃダメだよ」
ハァーと呆れるユミナは、簡易端末を取りだして、インターミドルの速報がないかを確認する。
まだヴィヴィオ達の試合は行われてないようで、少し不安そうな顔をしていた。
「勝てるかな?」
「さぁ?」
「もう!」
「じゃ、席に戻るね」
レイジーが立ち上がる。だが、その時、不幸な事故が起こる。
レイジーの言葉に少しだけ怒ったユミナが軽く彼を叩こうとしたら、逆に彼女が後ろに倒れてしまった。
お肉様の鉄壁の防御力を、乙女の力では破れなかったようだ。
倒れた時に見えた白い物は、乙女の恥じらいである。
かぁーっと顔を真っ赤にしたユミナは、ささっと翻ったスカートに手をやって、レイジーを睨んだ。
「どんとこい」
レイジーは今日、両頬にもみじマークを作って帰宅するのだった。