怠惰を求めて勤勉に   作:生物産業

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第一四話 とある日常

「今日でいいですか?」

 

 その言葉が告げられた時、教室は一気に騒がしくなった。今、クラスの視線はぽっちゃりと呼ぶには膨れすぎの少年と美少女と言って差し支えない初等科少女に向けられている。

 

「ドラゴン……じゅるり」

 

 普段のだらしない顔をさらにだらしなくするレイジー。クラスメイトは聞き耳を立てているのだが、レイジーの言葉だけでは意味がよく理解できない。憶測から出た言葉がクラスを駆け巡る。

 事実は単純で、合宿の時の約束を少女の母親が守ろうとしているだけ。少女はそれを伝えに来たのだ。

 

「あ、なのはママの他にもフェイトママもいますけど、大丈夫ですか?」

「無問題」

 

 だが、誤解は広がる。

 親公認!? などと誰かが叫んだ。それはヴィヴィオにもレイジーにも聞こえたが、レイジーは面倒くさがって説明をする気がない。ヴィヴィオは上級生のクラスだからなのか、聞こえてくる話の内容を理解しつつも否定できるほどの勇気がなかった。だから無視をする。

 

 そして状況は悪化していく。

 

「あの子、弱みでも握られてるんじゃないかしら?」

「えーでも、ディリジェント君ってやる気がないだけで、基本的には無害だよ」

「いや、待て。確か、あの野郎はストラトスさんとも話をしていたはずだ。俺たちなんて話しかけても、二言くらいで会話が終わるのに。もしかして、何かしらの魔法でも……」

「あ、そうだ! あの子、前にここに押しかけてきた子じゃない?」

 

 あーだ、こーだと会話が続く。

 彼らは子供とはいえ、多感なお年頃だ。恋愛沙汰には多分に興味があるし、何か怪しげな行為があるのではないかとありもしない妄想を膨らませることだってある。

 それをいちいち否定すれば、さらに賑やかになってしまう。

 教室の端で、クラスメイトの会話を聞いていたアインハルトもまたシカトを決め込んだ。ユミナは「いいの?」と彼女に視線を送っているが、「構いません」と視線で返していた。

 

「じゃあ放課後、校門の前で待ち合わせをしましょう」

「うん」

 

 それだけ言ってヴィヴィオは去っていった。

 

 少女が去ったことで、さらに喧騒が増した。いろんな意見が飛び交ったが、どれも納得のいくものではなかった。しかし、とある言葉が会議の場に投げ込まれる。

 

「レイジー君って実は格好いいんじゃない?」

 

 まさかの言葉に、皆が呆気にとられたがもしかしたらと、一人一人が意見を言い始めた。仕掛け人のユミナは何事もなかったかのように、アインハルトの席まで戻ってきている。

 いつの間にいなくなったのかと、アインハルトも驚いていた。

 小さく舌を出して、「ちょっと面白くしてみたよ」と言う少女に、さすがのアインハルトも無表情ではいられず、苦笑を浮かべていた。

 

(皆さん、頭がおかしいです)

 

 アインハルトは盛大にため息を吐いた。本来なら議論になるはずもないことにクラスメイト達が言い争っているのを見て彼女は本気で心配になっていた。

 一方、肝心のレイジーはすでに夢の世界に旅立っており、健やかな寝顔で寝息を立てていた。

 

 

 

 放課後になって校門前に向かう。その足取りはいつもより相当軽い。当然だ、待ちに待ったお肉様を食べられるのだから、レイジーの気分が高揚しても仕方がない。

 

「行きましょうか」

 

 校門に着くと、ヴィヴィオが既にやって来ており、レイジーを待っていた。

 うん、とだけ返事をしてレイジーは歩き出す。ヴィヴィオはレイジーの後に小走りで続いた。

 

「ママたちはまだ仕事なんで、ちょっと時間を潰しませんか?」

「ちなみにトレーニング的なことはしないよ」

「ぶーわかってますよ~」

 

 ヴィヴィオもレイジーと言う人物が分かってきたようで、ただおしゃべりをしたかっただけのようだ。

 歩くのがつかれたと情けないことを言うレイジーのせいで、二人は公園のベンチに座ることにした。

 

「レイジーさんは、なんでそんなやる気がない感じなんですか? 練習は真面目にやってるのに」

「逆に僕が聞きたい。ヴィヴィオはなんでそんなに無駄に元気なの?」

「無駄って……」

 

 から笑いするヴィヴィオ。

 

「うーん、私は小さい頃とか泣き虫だったんですけど」

「今も十分に小さい子供」

「そ、そうなんですけど! もっと小さい時です。その時、いろいろと問題がありまして、あ、そういえば私が聖王オリヴィエのクローンだってことはレイジーさん知ってますよね?」

「ううん、全然知らない。へぇーそうなんだ」

 

 ヴィヴィオも話した記憶はなかったのだが、自分の顔を知っている人間が周りに多く、アインハルトとのこともあって、すでに知られていると思っていた。

 だが、レイジーは全く知らないという。まずいのではないかとヴィヴィオは思った。

 

「……あのー、レイジーさん」

「大丈夫、大して気にならない」

 

 それはそれでとも思わなくないが、レイジーがレイジーらしくてヴィヴィオはほっとした。

 

「で、ですね、ちょっと生まれのこととかあって、問題とかも起こったんですけど、それを解決してくれたのが、なのはママや皆なんです。なのはママとは喧嘩っぽいこともしちゃいましたけど、生まれは関係ないよって。親子になろうって言ってくれたんです。だから、自分の生い立ちとか気にしながら生きていくのもあれかなと思いまして、元気でやっている次第です」

「……重いよ。しかも僕より人生経験豊富そう」

 

 一人の少女の人生談にちょっとげんなりするレイジーだった。

 

「ご、ごめんなさい。そ、それで、レイジーさんはどうして今のような生活を? シスターシャッハは何度も更生させようとしたって言っていましたけど」

 

 現実はまさしく今のレイジーだ。レイジー育成計画は失敗に終わっていた。

 

「うーん、なんだろ? 生まれたからには何かを成し遂げなきゃいけないみたいな哲学的な思想は僕にはないんだよね。ただ、ぼーっと何もしないでいるのが好きで、ゴロゴロベッドで寝そべっているのが好きってだけなんだよね。別にヴィヴィオみたいな元気な子を否定しているわけじゃないよ。ただ、人の趣味、嗜好はそれぞれなんじゃないかと思う」

「まあ、そうですよね。レイジーさんが楽しいならそれでいいと思います。人に迷惑をかけているわけでもないですしね。ただ、私的にはもう少し活動的になっていただいて、一緒に遊べたりした方が楽しいです」

「考えておくよ……50年くらい」

「……もしかして、私って嫌われてます?」

 

 ヴィヴィオが不安そうに、それこそ泣きそうな目でレイジーを見ていた。

 

「ちょっと面倒だなって思ってる。僕なんかが言えることじゃないけど、別に嫌いじゃないよ」

 

 レイジーは自分の社会的立場と言うものを理解している。見た目や性格が万人受けしないのも分かっている。そんな彼が美少女とも呼べるヴィヴィオに対して言う発言ではないのだが、正直に思っていることを言った。

 ヴィヴィオはほっとした半面、少し落ち込んでもいる。

 そんなヴィヴィオを見て、一応は気を使ったのかぽんぽんと頭を軽く撫でた。撫でる前にかなり躊躇していたが。

 ヴィヴィオも撫でられて、満足したようで笑顔を取り戻した。

 

「さて、まだ時間もあるし……寝ようか」

「いやいや、その選択はおかしいですよ。ここは公園です。寝るところじゃないです」

「僕はどんなところでも寝れる」

「常識的な話ですっ!」

「むむ、じゃあ、ぼーっとしよう。うん、それが良い」

「どうせなら、少し遊びませんか?」

 

 シュ、シュっとシャドウを開始する彼女は、殴り合いと言う野蛮な遊びがあると思っているようだ。レイジーはそれを見て、「この子の将来の方が心配」とちょっと憐みの視線を向けた。

 

「じゃあ、ヴィヴィオは一人で遊んで」

「二人で……じゃんけんしましょう。二人で遊ぶって言ってもレイジーさんは断るでしょうから、じゃんけんして勝った方の意見を採用と言うことで」

「ええー……まあ、良いか。じゃーん、けーん」

「ま、待って!」

 

 慌てたヴィヴィオが、咄嗟に出したのはチョキだった。レイジーが出したのはパー。負けたのはレイジーの方だった。

 

「人は慌てると咄嗟に力を込めるから、絶対にグーを出すと思ったのに」

 

 相手から余裕を奪い、勝利する作戦だったがヴィヴィオの咄嗟の判断が良かったことで、レイジーは敗北した。

 

「あはは、なんかピースって癖になりません?」

 

 レイジーなんかと違って写真を撮ることが多いヴィヴィオは、グーよりもチョキを出しやすかった。もしかしたら、彼女はいついかなる時でも綺麗に写真に写るように特訓しているのではと、レイジーはしょうもないことを考え出した。

 

「じゃあ、私が勝ったんで一緒に遊びましょう。何します?」

 

 一緒に遊ぼうと提案するも、二人で、しかも公園でやることとなると、実際ほとんどない。コロナやリオがいれば、遊びの幅も広がるのだが、二人とも用事があるのでこの場にはいない。

 さて、どうしようかとヴィヴィオが考えていると、レイジーが一つの提案をしてきた。

 

「かくれんぼをしよう」

「意外ですね」

 

 活力とは無縁の男が体力を必要とする遊びを提案する。この時点で、ヴィヴィオは嫌な予感がした。

 

「二人でかくれんぼはかなりの技術を要求する」

「そ、そうでしょうか?」

 

 ヴィヴィオは一抹の不安を抱えていた。二人でかくれんぼをする場合、片方、まあレイジーなわけだが、確実に動かないことが明白だ。

 もしレイジーが鬼になった場合、自分を探さずにそのまま寝入ってしまうという可能性も十分にある。いや、絶対にやるきだとヴィヴィオは確信に近いものがあった。

 

「僕は動くのが嫌だから、ヴィヴィオが鬼になってね」

 

 これはどういうことだ? ヴィヴィオの頭に疑念がよぎる。おかしい、非常におかしい。

 レイジーが自ら、逃げる役に徹するなど、余程の心境の変化がなければならない。

 面倒なことはやらないと公言している彼が、面倒な逃げ役を選ぶ。つまり、どこかに隠れて寝続ける気なのだとヴィヴィオは悟った。

 

「レイジーさんを寝かせはしません!」

 

 聞く人が聞けば、少女の言っていいセリフではないのだが、二人とも全く気にすることはなかった。

 レイジーの意図を読み切ったと思っているヴィヴィオは全力で捜索する気が満々であった。

 

「一応、結界を張ってくれる? 範囲が広すぎると探すのが大変になるから」

「何か企んでませんか? レイジーさんからすれば、範囲が広い方が良いと思うんですけど」

 

 じっととした目でヴィヴィオが見た。

 

「もし僕が見つかった場合は交代することになるわけだから。僕は範囲が狭い方がいい」

 

 怪しい、かなり怪しいとヴィヴィオは思ったが、レイジーの性格ならそう言うだろうということも事実なので、ヴィヴィオは素直に結界を張った。

 

「じゃあ、10数えてね」

 

 そう言われたヴィヴィオは目を塞ぎ、数を数える。

 レイジーはニヤリと全く動かない表情筋を動かして、準備に取り掛かった。

 時間は、10秒しかない。だが、自分には10秒あれば十分だと魔力をひねり出す。

 

 ヴィヴィオは目を開ける。

 そして、目を開けた瞬間、目の前の光景に唖然とすることになる。鳩が豆鉄砲を食らったようなお顔だ。

 

「えー……」

 

 ヴィヴィオの目の前には球体が5つ。

 それだけであれば良かったが、その5つの球体が超高速でぶつかり合っている。

 壊れることなく、互いが互いを弾き飛ばしている。

 まさかの隠れ方に、ヴィヴィオは驚きを隠せなかった。

 

「うぅ~どれにレイジーさんがいるか全然見えない」

 

 人影らしき者が、どの球体からも見えない。ただ、結界が張られている以上、この球体の中にレイジーはいるはずなのだ。ヴィヴィオは集中して、球体の動きを見る。

 

(一つだけを追いかけてもダメ。全体を一枚の絵のように見て、5つ全部を俯瞰するように見る!)

 

 周辺視野。ヴィヴィオは今それをやっている。ヴィヴィオは目が良い。これは、レイジーもノーヴェも認めている。そのヴィヴィオですら動き回る5つの球体を一つ一つは捉えきれていない。

 なら、一つではなくすべてを見る。視野を広く……。

 

 

 そして、1時間が過ぎた。

 

「うぅ~、どれにもレイジーさんがいるようには見えない」

 

 ヴィヴィオは全く見つけられていなかった。どれだけ集中してもレイジーの人影すら見えてこない。

 もしかして球体に特殊な魔法でも掛けている、そう思ったとき、

 

「ん~、ふぅーよく寝た」

 

 ヴィヴィオの後方。結界のちょうど角の位置から声が聞こえてきた。

 何の変哲もない芝生がそこにあるだけ……ではなかった。まるで地面がはがれるように、その芝生は捲られた。

 まるで掛け布団をとるようにして、レイジーが現れた。

 

「え」

 

 思わず、声を漏らした。

 

「あ、良い時間だ」

 

 ゆっくりと伸びをしながら起き上がったレイジーはぶつかり合う球体を何事もなかったかのように消して、パンパンと自分の衣服に着いた芝を払う。

 

「さ、行こうか?」

 

 ヴィヴィオは頬を膨らせた。ぷーとおかんむり状態だ。

 自分が必死になってレイジーを探していたのに、当の本人は魔力脂肪の応用で芝生型の魔力で身体を包んで、隅っこでぐっすりと寝ていたのだ。

 球体の中に人影が見つかるわけがない。実際にいないのだから。

 

「僕はかくれんぼって言ったよ?」

「そ、そうですけどっ! 普通、あのボールみたいの中に入っていると思いません?」

「思い込みは視野を狭める。うん、今いいこと言った」

 

 反論できないヴィヴィオはレイジーを可愛らしく睨みつける。

 

「そんなに睨んだって、お肉はあげないよ?」

「違いますっ!!」

 

 その後、レイジーにいいようにあしらわれたヴィヴィオが終始不満そうな顔をしていることに、なのはやフェイトは首を傾げるばかりだった。

 レイジーは、ドラゴン肉を満面の笑みで頬張り、ヴィヴィオなど全く眼中に入れることはなかった。

 

 ■

 

「お金♪ お金♪ お金♪」

「お前、それだけ言ってるとただのおっさんにしか見えねぇぞ」

「むふふ♪」

「気持ち悪いわッ」

 

 バシッと叩いたはずなのに、ぽよんとした音で返ってくる。相変わらずの絶対防御にノーヴェはハァーと呆れた。

 

 二人は管理局陸士部隊にやってきている。

 ことの発端はノーヴェからの提案だった。

 

「ちょっとバイトしてみねぇか?」

 

 そんな通信が入った時、レイジーは全く考えることなく「嫌」と返答したのだが、ノーヴェが待て待てと事情を説明すると、レイジーは話に乗って来たのだ。

 

 ノーヴェがレイジーに依頼したのは、カートリッジシステムで用いるカートリッジへの魔力提供。

 献血ならぬ献魔力という訳だ。

 ただでなら動かないレイジーだが、カートリッジ本数×20ミッドという給料にごくりと唾を飲みこんだ。

 

(気合を入れて、500本くらいやれば、それだけで1万ミッド。買いたかったゲームソフトが2本買える。やたっ!)

 

 毎日規則的に、それこそ仕事として行ってくれと言われれば、拒否する彼なのだが、こうした臨時バイトなら首を縦に振る。

 ようは現金なやつなのだ。

 

 管理局までやってくると、ノーヴェの案内で技術課に通される。

 そこで簡単な説明を受けた後、レイジーは作業に取り掛かった。

 

「この機械の音がなったら満タンになったって証拠だから、そしたら別のカートリッジと取り替えてね。飲み物を持ってくるけど、何が良いかな?」

「コーラで」

 

 そう言って局員が、部屋を後にした。

 

「珍しく頑張っちゃうぞ」

「珍しくとか自分で言うな」

「僕は魔力切れを起こすかもしれない」

「止めろ。気絶したお前を誰が運ぶと思ってんだよ」

「ふぁいと」

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 そうは言いながら、ノーヴェもレイジーと同じように作業を開始する。

 隣にいる人間は魔力の扱いに秀でている。日常的に魔力を使っているのだから当然だ。

 だが、実際問題それがどの程度なのかはノーヴェは分からなかった。

 だから、バイトという名目で呼び出し、それを確認するつもりでいる。

 

(普通に検証させてくれって言っても、絶対に断るからな。それにこのやり方なら魔力濃度も分かるし、なにより本数で差が分かる。私も全力でやるけど、一体どれくらいの差がつくか……)

 

 思考を一旦止め、作業に集中する。握ったカートリッジに魔力を込め、音が鳴ったら止めて、別のカートリッジと取り替える。それを延々と繰り返す単純作業。頭で考える必要はない。

 

 だが、どうしても隣の男の作業が気になってしまう。ちらりと横目でみると、その作業スピードに愕然とした。

 

「魔力を込めて交換、魔力を込めて交換、魔力を込めて交換」

 

 ぴ、ぴと一定のリズムで機械音がなる。

 

(おいおい、マジか?)

 

 右手でカートリッジを握り、魔力を注ぎ込むと器用に左手に放る。そして空いた右手は次のカートリッジに伸びていた。

 その流れるような動きは、ノーヴェとは比較にならなかった。

 

 ノーヴェが一本作る間に、レイジーは5本、いや6本作り終えている。

 速さにして6倍。

 それだけのスピードで魔力を込めているのだから、相当疲れているかと思えば、全くそんなことはない。

 いつもと同じようにやる気のない顔のままだった。

 

(練習の時もそうだが、こういう単純作業が好きなのかもな)

 

 レイジーの鍛錬法と照らし合わせてノーヴェはそう考えた。単純な事にはまるタイプ。

 実際に、レイジーは単純作業を得意としている。

 ゲームでもやり込みプレイを延々とやっていられる集中力を持っている。

 新しい何かを成し遂げて満足するタイプではなく、同じことをより速く正確にすることに満足するタイプなのだ。

 レーシングゲームなどはコンマ数秒のタイムが常に更新されている。

 常人には理解しえない感覚をレイジーは備えていた。

 

 それから用意されたカートリッジが無くなるまで、作業は続いた。

 ノーヴェが289本。レイジーは1924本だ。途中、ノーヴェが手を止めたことも大きいが、レイジーが全くスピードを落とすことなく作業したのがこの差になった。

 

「4万だよ、4万! 僕、今ちょっとした大金持ち」

「まあ、中等科生ならそうだろうな」

「欲しいゲームを買ったら後は貯金」

「倹約してるのか浪費してるのか分かりづらいな」

 

 一仕事終えたレイジーは満足そうにノーヴェの横を歩く。これから夕食を奢ってもらえるというのも彼の笑みを深めさせる要因になっているかもしれない。

 陸士部隊からほど近いファミレスに二人は入った。椅子に座ると、レイジーは嬉しそうにメニューを見る。

 

「予算は?」

「今日のバイト代」

「つまりは安くて量のあるものを食べろってことだね」

 

 納得すると、レイジーは大盛りと付いた品を注文する。量があるが、あまり値は張らないものであった。当然のようにドリンク飲み放題も頼んでいたが。

 ノーヴェも適当に注文すると、ふぅーと一息ついた。

 

「今日はサンキューな。技術部の人も喜んでたよ。また頼むことがあるかもってさ」

「その時の気分しだい」

「まあ、そうだろうよ」

 

 ノーヴェはコップの水を飲みながら、今日の事を思い返してた。

 

(まさか、魔力操作がなのはさんより上だったなんて驚いたな)

 

 ノーヴェは作業を終えた後、局で過去のデータを参照した。管理局に所属する魔導師には訓練という名でカートリッジの補充を行わせ、そのデータを局のデータバンクに登録する。

 前線から退いたとは言え、現在でも教導官としてバリバリ働いているなのはが最近登録したデータは924本。それもレイジーより多く時間がかかってその本数なのだ。

 魔力純度もレイジーの方が高いとなると、レイジーの実力は冗談で済ませられなくなるレベルである。

 

(上司からはスカウトしろって言われたんだけど、さすがに無理だよな。まあ、私は管理局の協力者って立場だし、無理にやる必要はないか)

 

 ドリンクバーからすでに3杯目を取って戻って来たレイジーを見ながら、どうしたものかと考えて、そしてすぐに諦めた。

 レイジーが何を目指して特訓しているかは知っているし、その意思が固い事も十分すぎるほど分かっている。

 自分の説得程度で真面目に局勤めなどありえないだろうと、ノーヴェはスカウトの話を切り出すことすら諦めた。

 言うだけ無駄だと分かっているからだ。

 

「幸せ」

「そうかい」

 

 ストローでちびちびドリンクを飲む姿はどう見ても子供だ。見た目がボッチャリしすぎて最近忘れがちだが、まだ12、13の子供なのだ。お子様だと思っているヴィヴィオ達と2歳程度しか離れていないのだと思うと、レイジーの子供らしさは普通なんだなと思えてしまう。

 

「アインハルトと同い年に見えないな」

「むしろ、アイツがおかしい。常在戦場を地で行くような子供がいるわけがない」

「まあ、そうだな。でも、おかしさで言ったら、中等科1年でそんな怠け思考をするお前も同じだからな?」

「価値観の相違」

「常識はずれって言うんだよ」

「なんでも良いや。いちいち反論するのも面倒」

 

 そう言ってレイジーはジュースを飲む。

 

(こんな奴でも、毎日の鍛錬を欠かさねぇんだから、世の中って不思議だよな)

 

「お前ってやっぱ真面目なのかもな」

「なんか言った?」

「あ? なんでもねぇよ。お前の将来が心配になったんだよ」

「大丈夫。世話をしてくれる人を探すから」

「居ねえだろ、そんな酔狂な奴」

「居る。世界にはきっとポッチャリを愛してくれる人が」

「お前、二十歳になって賞金獲得し終えたら、格闘技やめるんだろ? だったらその体型もなくなるんじゃないか?」

「あ」

「あ、じゃねぇよ。お前、考えてそうで実際何も考えてないよな」

「難しいことを考えるのは嫌いなんだ」

「人間だもの、てか?」

 

 口癖をノーヴェに取られ不満そうな顔する。対するノーヴェはやってやったぜと笑みを深めた。

 

「アインハルトたちの中にタイプはいないのか?」

「お食事をお持ちしました」

「あ、適当に置いてください」

 

 ノーヴェが話し出した所で、二人の料理がやって来た。

 

「で、なんだっけ?」

「ああ、アインハルトとかの中に好みのタイプとかいないのかって話だよ」

「なに言ってんの?」

 

 こんなやり取りをしたなとノーヴェはかつてのアインハルトとの会話を思い出していた。

 

「僕に選択権なんてあるわけがない。選んでくれたらラッキーくらいなんだよ。誰が良いとか、向こうに失礼」

「お前、卑屈になりすぎだろ」

「ポッチャリは女の子の敵」

「まあ、間違ってはないな」

「というか、こういう話好きなの? あむ」

 

 料理を頬張って嬉しそうな顔を浮かべる。ちょっと可愛いかもとノーヴェは考えてしまった。

 よく見るとそんな事はなく、ぶんぶんと首を横に振る。

 

「ないわけじゃないってところだな。私も女だし」

「僕的好感度で言えば、ノーヴェさんは最上位にくるよ」

「バ、バカな事言ってんじゃねぇ!」

 

 ノーヴェが顔を赤くする。

 年下で基本ダメ人間であるが、彼女は好意を向けられることに慣れていないので、どうしても大きく反応してしまう。

 

「御飯を奢ってくれる人は皆良い人、あむ」

「そんなことだろうと思ったよ」

 

 別にレイジーに好かれたいという気持ちがあるわけではないが、ノーヴェは何だか自分がバカみたいで深くタメ息を吐いた。

 

「ちなみにその好感度ランキングはどんな感じだ?」

「んー、ノーヴェさん、いいんちょー、スバルさん、なのはさん、フェイトさん」

「それだけ聞いてるとお前が相当高嶺の花を狙っているように聞こえるな」

「皆、ご飯を食べさせてくれる人」

「言わんでも分かる。ちなみにワーストは?」

「ストラトス、ヴィヴィオ、リオ。割と面倒くさい」

「お前、本人たちの前で言うなよ、それ。あれ、でもシスターシャッハは?」

「シャッハちゃんは苦手だけど嫌いじゃないよ。付き合いも長いし」

「基準がよく分からねぇな」

「お腹を満たしてくれる人か、そうでないか」

「そう言われると、なんか私がお前に貢いでるみたいだ」

「どんまい」

「どんまいじゃねぇよっ!」

 

 げしげしとレイジーの足元に蹴りを入れるノーヴェ。

 

「いたーい」

「嘘つけ」

 

 レイジーは最後の一口を食べ終えると、ジュースに手を伸ばしごくごくと喉を潤した。

 

「どうもありがとうございました」

「礼儀があるんだか、無いんだか」

「最低限の礼儀は持ってるつもり。それじゃ、もう帰るね。明日の準備があるから」

「なんかの用事か?」

「うん、明日が試合。小さい大会だから4連勝すれば賞金10万ミッド。いぇーい」

「お前、そういう事はもっと先に言っておけ。ヴィヴィオ達が応援に来れないだろ」

「あ、そういうの要らない。普通にやって普通に勝つだけだから」

 

(普通に勝つだけ。コイツ、それがどれだけ難しいか分かってんのか? いや、分かっててこの発言か)

 

 個人競技で負けない。それはレイジーがよく口にする言葉だ。

 相手の技量に関係なく勝利を収める戦闘スタイル。

 弱いとか強いとか関係がないのだ。

 

「ま、優勝したらまた何か奢ってやるよ」

「そう言うと思ってた。さすがはノーヴェさん。アイスギガマックス盛りを所望します」

「少しは遠慮しろ」

「じゃあーね」

 

 明日はヴィヴィオ達を連れて行かなきゃなとノーヴェは彼女たちへの連絡を考えながら、レイジーの背中を目で追うのだった。


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