怠惰を求めて勤勉に   作:生物産業

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第一一話 助言と教会

 アインハルト・ストラトスは悩んでいた。

 

(どうしましょう……?)

 

 帰りの次元航行船、一つ席を空けた先でぐっすりと眠る少年を見ながらアインハルトは考えていた。

 

 ――覇王流を改良しなくちゃ

 

 少年の言葉に少女は激しく動揺していた。

 

(クラウスが作り上げた覇王流はオリヴィエ亡き後は間違いなく最強だった)

 

 だが、どうだろうか? 覇王流を修めていない、言ってしまえばそれまでだが、仮に覇王流を極めたとしてこの時代で最強の称号を手に入れることができるのだろうか。

 いや、レイジー・ディリジェントに勝つことができるのだろうか。アインハルトの頭の中はその事でいっぱいだった。

 

(私はクラウスに縋っていた。最強である彼に辿りつけば、自分も最強になれるのだとそう思っていた)

 

 でもそれをレイジーは否定した。アインハルトとクラウスは同じ人物ではない。だから、同じことをやっても強くはなれない。

 覇王流は絶対だ。それはアインハルトの中でも変わらないが、クラウスの覇王流が本当に自分の覇王流となるかは分からない。

 クラウスの無念を晴らすという生きる意味。だが、それはクラウスの強さを真似ろという意味ではない。

 

(私はまだまだです。ですから、変わらないといけません)

 

 よしとアインハルトは決意を新たにする。この船がミッドに着いたらお願いしてみようと、二つ離れた席で眠るボッチャリ少年をみた。

 

(私の覇王流。私だけの覇王流。きっと身に付けて見せます)

 

 アインハルトはゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイジーさん、あのーインターミドルまで私の訓練に付き合ってくれませんか?」

 

 まさか、アインハルトはそう思った。

 自分と同じことを考えていた者がいたなんて、そして先を越されてしまうことになるなんてと、アインハルトは目の前で起こっている光景に驚きを隠せなかった。

 

「拒否、拒絶、無理、やだ。お好みの答えをどうぞ」

「どれも同じじゃないですか」

 

 左右で瞳の色が違う少女はがっくりと肩を落とした。

 

「やっぱり面倒だからですか?」

 

 うるんだ目でレイジーを見るヴィヴィオ。それが普通の感覚を持つ一般男子なら効果はあるのだが、相手はやはりレイジー。思ったまま答える。

 

「そうだね」

「で、でも、レイジーさんも別の大会にでるんですよね? だったら練習相手が居た方が良いと思うんです」

「君が僕の練習相手になるとは思えない。シャッハちゃんに頼めば嬉々として付き合ってくれるからそこは問題なし」

 

 ヴィヴィオの最後の提案もにべもなく断られてしまった。

 

「じゃあ、せめて魔力操作のコツだけでも教えてくれませんか?」

 

 ヴィヴィオの放った言葉だったが、アインハルトもリオもコロナも聞き耳を立てていた。

 

「気合と根性」

 

 ノーヴェがレイジーの肉を掴んで超高速で揺らした。

 真面目に話せということらしい。

 

「普通であることを捨てることだよ」

「普通を捨てる?」

「そ。リンカーコアという異物を持っている以上、普通の感覚で生活しててもダメ。呼吸する時に、今呼吸しているな、なんて考えないでしょ? でも、魔力を使う時はどうしても意識しちゃう」

「つまり、日常的に魔力を使えって事ですか?」

 

 レイジーは一度首を縦に振り、そして横に振った。正解でありはずれであるということだ。

 

「いきなり魔力を使っての生活ができたら、僕は泣いて引きこもってコーラを飲んでダラダラする。魔力を無意識に使うって言うのはそう簡単じゃないんだ」

 

 簡単そうに聞こえるのは発言者がレイジーだからである。

 レイジーの言葉で自分たちでは無理なのかと思う少女たちに、レイジーは決め事をすればいいと提案した。

 

「決め事ですか?」

「そう。ノーヴェさん、腕を組んでもらえますか?」

 

 首を傾げながら、ノーヴェは腕を組んだ。彼女の豊満なバストがやけに強調されることになった。それを見たアインハルトが少しだけ表情を変え、自分の胸と見比べていた。ない、決定的にない。

 

「例えば、練習中にノーヴェさんが今のポーズをしたら、それがどんな時であっても魔力を全身に流すようにする。最初は意識しないとダメだけど、徐々に無意識に反応できるようになるよ。要は反射と同じ」

 

 梅干をみれば唾液が出てくるように、ある一定の行動は無意識にできるものである。

 レイジーはその動物的な習性を活かせと言っているのだ。

 

「自然と魔力を流すという感覚をそれで身に付けたら、対象を広げていく。最終的には寝てても普通に魔力を使えるのが理想。ちなみに僕はその状態になるまでに2年かかった。僕は最初から魔力を使って生活するようにしてたけど、その所為で学院はかなり休んでたかな。近くて設備が良いから選んだ学院なのに、通えすらしなかった時はさすがに笑った」

「全然笑い話にならないんですけど……」

 

 魔力を流した生活、ちょっとくらいなら出来るかもと安易に考えていたヴィヴィオ達は現実を理解した。

 思い出せば、フェイトですら無理と言っていたのだ。レイジーがあまりにも普通にやっているから、なら自分たちもと思ってしまったのだが、現実はそんなに甘くはなかった。

 

「だから、今は条件付きで無意識を作りなよ。いきなり休み出すと不登校を疑われるから」

「そ、そうします」

 

 想像してた以上に辛そうだと、ヴィヴィオは暗い表情になったが、少しすると元気を取り戻した。

 彼女の前向きな姿勢はこういう時にはプラスに働く。

 

「ディリジェントさん」

「やめて、よして、触らないで、アンタなんて大嫌いだわ」

「いつから私達はそんな別れ際のカップルのような関係になったのでしょうか? しかも本来ならそれは私のセリフでは?」

「なんとなくこの言葉が出て来た。つまり、嫌だ」

「つまりの使い方が全く理解でませんが、ディリジェントさんの言いたいことは分かりました。ですが、そこを曲げてお願いします。私の、私達の特訓に付き合ってくれませんか?」

 

 美少女が頭を下げる。

 頭を深く下げる。

 整ったその顔立ちで真摯に頼み込む。

 普通の男なら二つ返事で了承しそうな光景だ。

 

「やーだ」

 

 だが、レイジーは普通の男というカテゴリーに入っていない。

 

「私達では練習相手にならないということですか?」

「うん。正直、時間の無駄」

 

 全くためらいなく言い切る。

 レイジーに必要な相手は圧倒的な防御力を持つ魔導師か、シャッハのような特殊能力持ちである。

 アインハルトやヴィヴィオ達はそのどちらのカテゴリーにも入っていない。

 だからこそ、レイジーは彼女たちを求めることはない。

 

「君達4人の中で練習パートナーが務まりそうなのはヴィヴィ男くらい。ヴィヴィオはたぶん目が良い。それに学習能力も僕なんかに比べれば全然高い。補佐という意味でなら間違いなくコロナだけど、相互に高めあうパートナーとしてならヴィヴィオかな」

「じゃあ、なんでダメなんですか?」

 

 少しだけヴィヴィオが不満そうにする。

 

「レスポンスが遅いから。目で分かってても身体が反応するところまではいかない。魔力操作がもう少し上手ければ、わざわざ身体を動かさなくても魔力シールドの部分展開で攻撃を防げると思うけど、今のヴィヴィ男にはそれができない。つまり役立たず」

 

 ずーんとヴィヴィオが落ち込み、リオとコロナが慰める。

 レイジーのあまりの発言に気づかなかったようだが、レイジーは彼女にはっきりとアドバイスをしていた。ノーヴェが「もう少し傷つけないように言え」と睨むが、レイジーはどこ吹く風だった。

 

「ということで僕は帰ります。4日間お世話になりました」

 

 ぺこりと頭を下げ、レイジーは空港から帰宅しようとして

 

 ……戻って来た。

 

「家まで送ってください」

 

 実にシンプルな理由だった。

 さきほどまでの会話など彼の中では抹消されているのだろう。かなり図々しかった。

 

「自由すぎるだろ」

 

 ノーヴェはレイジーに心底呆れた。

 

 ■

 

「シャッハちゃん、練習付き合ってくださいな」

「……貴方は誰ですか? 私の知るレイジーはそんな前向きな会話をするような子ではありません」

「ボケるのが面倒」

「私の知っているレイジーでした」

 

 シャッハがホッと胸を撫で下ろした。

 レイジーがやって来たのは聖王教会。本日、学院に出勤することになっていなかったシャッハを探して、ここまでやって来たのだ。

 合宿での出来事など話す内容などいくらでもあるのだが、自分の用件だけ告げるのはやはりレイジーだった。

 

「貴方の訓練に協力するのは構わないのですが、今日は少し忙しくて付き合えそうにありません」

「まあ、それならしょうが――」

「ですが」

 

 シャッハはレイジーの言葉を遮った。

 

「私の弟子にあたる見習い修道女がいます。その子に貴方の相手を頼むことにします。私が見てないと仕事をよくサボるので、暇している時間を貴方との特訓に当てさせます。あの子もインターミドルに出るかもしれないので、貴方だけのためということにもならないでしょう」

 

 シャッハ優しく微笑むと、「ちょっと探してきます」とその場から去った。

 一人教会に放置されたレイジーは、何もすることがないので、整備された庭で仮眠を取ることにした。

 

「お、なんだレイジーじゃんか」

 

 庭先に出ると、教会のシスター、セインが気軽に話しかけてきた。

 その後ろには顔立ちの似た二人がおり、執事服を纏う執事と修道服を纏うシスターが居た。

 

「お休みなさい」

 

 すべての会話をぶった切って、レイジーは整地された芝の上にぼてっと寝転がった。

 すでにレイジーという人間を理解しているセインは「相変わらずだな」と笑ったが、残りの二人はその行動に驚きを隠せない。

 最低でも自己紹介なりなんなりがあると予想していたからだ。

 

「レイジーが教会に来るなんて場違いにも程があるな」

「セイン姉様、失礼では?」

 

 ぶよぶよと寝ているレイジーの腹をいじくるセインをたしなめるシスター。

 レイジーが礼を失すっているとはいえ、さすがに姉の態度を問題だと判断したようだ。

 だが、セインは構わずレイジーのお肉をいじくり回す。

 

「うざい」

「うざ――うざいって言った!? わ、私は精神的には幼いんだぞっ! もっと言葉に気を付けろよっ! 泣いちゃうんだからな」

 

 騒ぎ立てるセインを本気で鬱陶しく思ったレイジーは寝返りを打って、完全にシカトする。

 セインに対する扱いはそれで良いのか、後ろで控えていた二人はレイジーの行動に何も言わなかった。

 

「セイン姉様、彼はあの時の……」

 

 執事服を着た少年――実際は少女――のオットーはレイジーの事を思い出していた。

 レイジーは完全に忘れているのだが、二人は面識がある。アインハルトとレイジーが区民センターで拳を交えた時だ。

 

「あの時のって言われても、私には分からないけど。でも、オットーの記憶にあるレイジーで間違いないよ。こんなぶよぶよな奴がそうそういる訳ないし」

 

 そんな会話をしていると、庭先の方で賑やかな声が聞こえた。

 賑やかというか怒鳴り声であるが、シャッハがオレンジ色の髪をした少女の首根っこを捕まえて登場したのだ。

 声の大きさから分かる通り、説教しながら歩いてきている。

 

「全く貴方はすぐそうやって仕事をサボろ――」

「あーはいはい。分かりました。分かりましたよ。そんな耳元で何度も――」

 

 そんな二人の会話にセインたちは「またやってる」と苦笑していた。

 荷物を運ぶようにシャッハが少女を連れてくると、レイジーの前までやってくる。「起きなさい」と声をかけたが、レイジーは全く反応せずスヤスヤと気持ちよさそうに夢の世界の住人になっていた。

 ハァーとタメ息を吐いたシャッハは、捕まえていた少女を一旦放して、レイジーの耳元に顔を近づける。

 そして、そっと一言。

 

「今起きたら、お肉が食べ放――」

「げっとあっぷ!」

 

 レイジーには珍しく素早い反応だった。肉食べ放題という言葉に身体が無意識に反応したようだ。

 だが、現実にはシャッハの呆れ果てた表情があるのみで、肉などどこにもない。

 しょぼんとなったレイジーはふて寝をしようとするのだが、それはシャッハによって止められた。

 

「どこまで怠ける気ですか。ここに来た目的を忘れないように」

「……おっと」

 

 そう言えばそうだったとレイジーは眠りそうになった身体を起こして、座りなおした。

 

「この子がさっき言っていた私の愛弟子に当たる子です。シャンテ、自己紹介をしなさい」

「……シスターシャッハ、本気なの? これが私より強いって?」

 

 シャンテと呼ばれた少女をはレイジーを指さしながらそう言った。

 そういう態度はいけませんとシャッハにたしなめられるが、レイジーの見た目から判断すれば少女がそう思うのも仕方がない。

 一応は師匠であるシャッハに自己紹介をと言われてはしない訳にはいかない。

 シャンテは不満そうに自分の名前を告げた。

 

「シャンテ」

「レイジー」

 

 全く友好的ではない自己紹介が終わった。お互いが名前だけという酷い有様だ。

 

「まあ、シャンテがレイジーの実力を疑うのも無理はありません。ですので、一戦してみるのが一番早いでしょう」

 

 バトルジャンキーと周囲から思われているシスターシャッハらしい解決策だった。

 

「え、いいの? たぶん瞬殺しちゃうよ?」

「コーラが欲しい」

「シャンテ、甘く見ていると痛めに遭いますよ。レイジー、貴方はもう少しやる気をみせなさい。コーラはありませんが、後で紅茶とクッキーを用意しましょう。もちろん、シャンテに勝てたらの話ですが」

「ふぁいとー」

 

 クッキーと聞いてやる気を出したレイジー。そんなレイジーの態度にシャンテの癇に障った。

 

(このデブは私を舐めてくれやがりますか……ぶっ飛ばす!)

 

 シャンテもやる気スイッチがオンになる。

 デバイスを取り出し、武器を取りだした。

 

「アンタ、武器は?」

「ない。強いて言えば、このお肉」

「それは武器じゃなくて弱点だから」

「僕のチャームポイントだよ」

 

 おそろしく会話がかみ合わない二人。シャッハも本日二度目のタメ息を盛大に吐くことになった。

 

 綺麗な庭を荒らされてはたまらないので、教会内にある訓練場に移動する。

 審判を務めるのはオットー。

 レイジーとシャンテは距離を開けて構えを取った。

 

「勝負は一本。相手に有効打を入れた方を勝ちとします」

 

 シャンテの表情には笑みがこぼれる。

 目の前の肉の塊に負けるはずなどないという完全な油断が有った。

 一方でレイジーも笑う。この後、出されるであろうクッキーの事を考えて既に頬が緩んでしまっていた。こちらも完全に油断している。

 お互いが完全に油断しきった状態での勝負。

 勝敗は……。

 

「始めっ!」

 

 ■

 

 シャンテは得意技で攻めるつもりだった。開始の合図の前から得意の幻術を駆使して、本体を隠し、分身体をレイジーの前に立たせた。

 シスターシャッハが、自分よりも強いと言った相手だ。いくらなんでも見た目通りということはない。

 始めの合図で、後方に回り込み、分身体を倒して油断している相手に一撃を食らわせる。

 シャンテは試合が始まる前は、そんな事を考えていた。

 だが。

 

「ん? 蹴った感じが違うな……そっちね」

 

 分身体を消されるまでは良い。その攻撃方法が分からなかったのは失態だったが、分身体が消されるのは予想していた。

 だが、予想は大きく外れる。

 ミラージュハイドを使って、姿を消したまま背後から強襲するはずだったのだが、まるで見えているかのように正対されてしまった。

 器用に右足を軸にしてくるりと回転し、自分の正面に立たれてしまう。

 

(デブの癖にっ!)

 

 思いのほか俊敏な動きをしたレイジーにシャンテは舌打ちをする。おそらく動物的な勘か何かで自分の場所を察知したのだと判断し、一旦距離を取る。

 姿を消したまま、レイジーの周りを移動し、攻撃に備えようとする。

 だが。

 

「ぐっ!」

「かすったかな? 声が聞こえた」

 

 レイジーの見えない攻撃が右下腹部をかすめて行った。だらんと締まりのない顔と身体を晒すだけのレイジーなのだが、シャンテは今、激しく動揺している。

 

(なんで、なんで、なんで!? あのデブは私の場所が分かるの!? それにアイツの攻撃が全然見えないんだけどっ!)

 

 心の中で叫ぶ。

 取り立てて構えを取らないレイジーが不気味でしょうがない。

 近づこうとする度に、レイジーはそれを察知し攻撃を仕掛けてくる。

 一体なぜ? シャンテは混乱と戦いながらも、状況を修正しにかかる。

 

(10Mだ。アイツの周り10Mに踏み込もうとすると反応される。何かの魔法? いや、今はそんなのどうだっていい。とにかく私がしなきゃいけないことは、アイツの反応スピードを超えて、攻撃を加えないといけない。私はそんなに速くないから)

 

 シャンテは分身体を3体まで増やした。

 スピードでかく乱できないなら、幻術を駆使するまで。レイジーの先ほどの発言から、幻術と本体を見分けてはいないと判断できる。

 ならば、分身体を突撃させ、そちらに気を向かせているうちに、一撃をぶつける。

 勝利の道筋を思い描いた。

 

 観戦していたシャッハは、それではダメだと思った。

 シャンテの意図を理解はしたが、それではレイジーには届かないと確信する。

 シャンテは気づかなければいけなかった。レイジーの攻撃方法が分かっていないということに。

 それが分からずに数体の分身程度でかく乱しようなどという無謀さ。

 

 レイジーとは血縁でもあるが、やはり愛弟子の方が可愛いというもの。アドバイスを送ってやりたいと思うシャッハだったが、練習試合とは言え勝負は勝負。

 出そうになる言葉を何とか、飲みこんで戦況を見守る。

 

(行ってやる!)

 

 そう思ったシャンテだったが、彼女がレイジーに攻撃をすることはなかった。

 一瞬だ。一瞬にして3体の分身が消え、そして自分の顔面に衝撃が走ったのを感じた。

 そして同時に後方に飛ばされ、そのまま地面を転がった。

 

「勝者、レイジー!」

 

 幻術で隠れていたはずのシャンテの身体が露わになる。地面を転がったためか、折角の修道服は土でいたる所が汚れてしまっていた。

 頬に食らった攻撃がまだ色濃く残っており、ひりひりとして痛々しさを見せている。

 だが、シャンテにはそんな事はどうでもよく、自分がなぜ無様に地面に転がされているのか、それが知りたかった。

 

「な、なんで……」

「大丈夫ですか、シャンテ」

 

 駆け寄って来たシャッハが優しく、シャンテの赤くなった頬に触れる。

 ディードを呼んで、回復魔法を掛けるようにとお願いした。

 治療を受けながらも、シャンテは自分の敗因について考える。

 なぜ自分は負けたのか。

 そもそも、相手は何をしたのか。

 考えてもシャンテは答えを見つけられなかった。

 

「顔に当たっちゃったんだ……ごめん」

 

 感情のないレイジーの謝罪だったが、ぺこりと頭を下げるその姿が、微妙に愛らしかった。

 

「勝負だからそれはいい。けど、アンタ何したの?」

「目標をセンターに入れてスイッチ」

「意味わからないんだけど……」

 

 面倒だからレイジーは説明する気がないようだ。

 

「シャンテ、後で映像を検証すればわかりますよ。それより、自分の現状を理解しましたか?」

 

 シャッハの言葉にシャンテはぷいっと顔を背ける。

 

「確かに貴女は強くなりましたが、最近調子に乗りすぎです。相手を見下しながら戦ってこうして足元をすくわれる。貴女の悪いところです」

「ぶーうるさいなー」

 

 不満を漏らすシャンテだったが、シャッハの言いたいことは理解した。いや理解させられた。

 相手は格闘技をやっているかも怪しい体型だ。

 まず負けはない。

 そう思って戦った結果が惨敗だ。

 これでシャッハの言いたいことが分からないようでは、ただのバカでしかない。

 

「相手に敬意を払うことは、相手のすべてを考えることです。油断は慢心を招き、そして敗北につながります。シャンテ、敬意を持ってください。貴女の戦うすべての人が、貴女の成長の糧になってくれるのですから」

「……わかったよ」

 

 顔は背けたままだが、シャンテは小さく頷いた。

 

「シャッハちゃんが……先生みたい。暴力以外に教え方があったんだ」

 

 心底驚いたとレイジーの口から思わず言葉が漏れた。

 

「レイジー、そう言えば貴方も油断をしていましたね? これからその性根を叩き直してあげましょう」

「シャッハちゃん、忙しいとか言ってなかったっけ? あ、もしかして、その見習いシスターさんの相手を僕にさせるためにわざと嘘をついたの? なんてあくどい」

「お黙りなさい。さ、試合を始めましょう」

 

 それからレイジーはシャッハと模擬戦を延々と行う羽目になった。

 レイジーの苦手とする物理透過の能力を持つシャッハはスタート時こそ、レイジーの攻撃を食らいはしたものの、その反動を利用して地面内にエスケープ。

 壁貫きなどの高等技術を身に付けていないレイジーはシャッハの下からの攻撃に逃げの一手を打つしかなかった。

 そして、もういいやと諦めてしまい、そのままシャッハに撲殺された……死んではいないが。

 無残に散った子豚が教会の訓練場に転がることになった。

 

「アイツ、マジで何なの?」

 

 シャンテは倒れたレイジーを見ながらそう呟くのだった。

 


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