怠惰を求めて勤勉に   作:生物産業

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第十話 やべ、なにこれ……カッコイイ……かも?

 団体戦を終えた後、最後の一本ということでチーム戦を行った。当然、レイジーは参加していない。

 それも終わり、ホテルにあるリビングで皆がだらっとくつろいでいた。

 子ども組は一日に三度も試合をしたためか、全身筋肉痛で動けず、ルーテシアの召喚獣、ガリューによってマッサージを受けている。

 この場で唯一元気なレイジーはキッチンにいるメガーヌの元へアイスを集りに行っていた。

 レイジーが居なくなったことで、皆が話を始める。

 

「レイジー、凄かったわ」

「うん、今と全然違う」

 

 レイジーの本当の姿をみたルーテシアとスバルの言葉だった。団体戦の最中は乙女の尊厳を守るのに必死でルーテシア達は気づいていなかったが、均整のとれたレイジーの肉体が露わになった時、彼本来の姿を知らなかったフェイトやなのはは、ぶぅーっと飲んでいたドリンクを勢いよく吐き出してしまったものだ。

 彼女達らしからぬ失態である。

 

「それにしてもレイジーの技の方が――ああ、ごめん、アインハルト」

 

 ティアナがレイジーの技を口にすると目に見えてアインハルトが落ち込んだ。「私は豚さんです」という言葉が背中から浮き出るように、アインハルトは負のオーラを纏っている。

 慌ててティアナが慰めに行くが効果は薄かった。

 

 あまりにもアインハルトが不憫だったため、レイジーに関する話を終了し別の話題をルーテシアが振った。

 

「アインハルト、今日の模擬戦が良かったら、こういうのに出てみない?」

 

 DSAA公式魔法戦競技会の映像が出された。白熱するバトルが映像内で繰り広げられている。

 アインハルトはその映像を夢中になってみている。答えを聞かなくても分かった。

 

「こんなものがあったなんて……出たいです。出られるのであれば」

 

 その答えにヴィヴィオ達年少組が嬉しそうにする。

 

「年齢は大丈夫ですし、コーチ登録の方はノーヴェが任せろって言ってくれてます」

 

 アインハルトは、照れながらも少し強気に出るノーヴェを見る。「べ、別にコーチ面するわけじゃねぇからっ!」と真っ赤になっていて、ノーヴェらしいと思った。

 

「レイジーは興味ある?」

 

 アイスを食べながら戻って来たレイジーがルーテシアの言葉に反応する。

 映し出された映像を見て、「ああ、懐かしい」と呟いた。

 

「レイジーさん、もしかして出たことあるんですか!?」

「去年出た」

 

 その言葉に絶句したのは質問したヴィヴィオだけではなかった。

 全員だ。その場に居た全員が合わせたかのように動きを止めた。

 ティアナも、スバルも、ノーヴェも、皆レイジーを見て止まった。

 

「いやん?」

 

 とおどけて見せたが、皆からの反応は返って来なかった。

 それが不満だったのか、どすんと開いていたソファーに腰を下ろし、アイスにかぶりつく。

 その時になってようやく起動し始めた面々はすぐさまレイジーに話しかけた。

 

「レイジーが大会に? 嘘でしょ?」

「ないない、ありえないって」

 

 ティアナとノーヴェの会話は話しかけるというより、独り言に近かったが、レイジーには聞こえており、二人の言葉を否定して、

 

「出た。一応、男子の部の都市本戦出場」

「す、凄いですっ!」

「ホント、ホント!」

「先輩、やれば出来る子じゃないですかっ!」

 

 ヴィヴィオとコロナ、そしてリオはレイジーの言葉を疑うことなく素直に褒め称えていた。

 半信半疑どころか、9対1の割合で疑っているティアナとノーヴェとはえらい違いだった。

 

「ディリジェントさんはどうしてこの大会に?」

 

 アインハルトが誰もが知りたかったことを尋ねた。

 レイジー・ディリジェントと言えば怠け者の代名詞的な存在だ。

 そんな彼が、賞金のかからない、言うなれば記録が残るだけの大会に出るとは思えない。

 一体、どんな利があったのか? アインハルトは皆を代表してそれを尋ねた。

 

「賞金が出る大会には、こういった公式戦競技の成績が参加資格に求められたりするの。都市本戦まで出場すれば、参加資格は満たすから、本戦では戦ってないんだけどね」

 

 都市本戦には出たが、途中で棄権した。レイジーは端的に自分の成績を説明した。

 それを聞いて、納得する面々。やはりどこまで行ってもレイジーなのだなとうんうん頷く。特にティアナとノーヴェ。

 

「今年は、インターミドルと同時期に、ミットチルダ個人魔法格闘大会が何個か開かれるからそっちに出ようと思う。賞金は凄いってほどじゃないけど、10代で強い人はインターミドルの方に出ていて、いないから。まあ、大人世代の人もいるから楽って訳じゃないけどね」

 

 一口サイズになったアイスを口に放り込む。満足そうな笑顔を浮かべて、そのままソファーに埋まるように深く座り直しくつろぎ始めた。

 

「あれ、でもレイジー、デバイス持ってなかったんじゃなかったか? インターミドルには規定を満たしたデバイスがないと出場できないはずだぞ」

「シャッハちゃんから借りた。バリアジャケット構築するだけだし、なんとかなった」

「お前、そんな適当で都市本戦出場って、冗談だろ?」

「ノーヴェ」

 

 ノーヴェが呆れるが、ティアナが首を振りながら、ノーヴェにモニターを見せた。

 

「レイジー・ディリジェント(11)都市本戦1回戦棄権」

 

 ティアナの出したモニターにはそう映し出されていた。それはネットで検索した去年のインターミドルの成績だった。

 

「マジか……」

 

 モニターに映しされた写真には目の前の少年と全く同じ顔があった。

 眠たげな瞳に、ふくよかな顔つきがそっくりである。

 これで別人ですと言われれば、ノーヴェは都市伝説を本気で信じようと思った。

 

「あのー、実は私もデバイスを持ってないです」

 

 申し訳なさそうに手を上げたアインハルト。彼女は真正古代ベルカ式の使い手なため、専用のデバイスが必要だ。だが、真正古代ベルカ式は扱う人間が少なく、オーダーメイドになるため普通に店では購入できない。

 王族血統であるとはいえ、今はただの一般人のアインハルトに手に入れられるような代物ではなかった。

 

「ふふふ、どうやら私の出番のようね」

 

 待っていましたと言わんばかりにルーテシアが不敵な笑みを浮かべる。

 彼女の人脈はかなり広いらしく、古代ベルカ式のデバイスを作成してくれそうな人物に心当たりがあるらしい。

 

「今は夜も遅いから、明日通信してみましょうか。アインハルトもその時、顔見せするから一緒に居てね」

「は、はい! お願いします」

 

 ぺこりと頭を下げる。彼女のインターミドル出場はどうやら大丈夫そうのようだ。

 アインハルトの事が終了すると、ヴィヴィオがレイジーに話しかける。

 今年、参加をする気の彼女は、やはり経験者の感想が知りたいようだった。

 

「んー? よくわかんない。時間切れまで蹴ってただけだし。都市本戦までだったらそれで十分だった」

「あははは。そうですか」

 

 あまり参考になるような事はないらしい。

 レイジーの戦い方は相手の実力は概ね関係ない。速攻からの連続攻撃でKOもしくは判定勝ちに持って行く戦い方のため、相手がどうだったという感想などないに等しいのだ。

 

「まあ、でも、後輩達3人とストラトスだと本戦までいけないと思うよ」

 

 何気なしに言った言葉であるが、それに鋭く反応する4人の少女達。

 その理由を4人全員が求めていた。

 

「全員微妙だから」

「お前、もう少し言葉を選べ」

「でも事実」

 

 レイジーの言葉にノーヴェは反論しなかった。彼女も分かっているのだ。4人が今のまま大会に出場しても都市本戦までは残れないだろうということが。

 

「ディリジェントさんから見て、私達は何が足りないと思いますか?」

 

 悔しさはあるだろうが、レイジーに勝てなかったアインハルトは平静に努めて彼のアドバイスを仰ぐ。ヴィヴィオたちもレイジーの言葉にしっかりと耳を傾けているようだ。

 

「知らない」

 

 だが、そんな面倒なことを語るレイジーではない。彼は面倒なことが嫌いなのだから。

 

「可愛い後輩とクラスメイトだろ? アドバイスくらいしてやれよ」

「ふぁいと」

「それはアドバイスとは言わねぇよ」

 

 レイジーのお肉をぎゅっと掴んで引っ張るノーヴェ。レイジーが止めてと抗議すると、今度はあごの肉をたぷたぷし出した。

 

「しょうがないなー」

 

 ノーヴェを無理矢理引きはがして、レイジーは4人がちゃんと見えるように座りなおした。彼女たちもレイジーをしっかり見つめる。

 

「端的に言うと、全員魔力の扱い方が下手。特にヴィヴィ男」

「なんか発音がおかしくありませんか?」

「おかしくない。4人の中で一番魔力操作が巧いのはコ……コロコロだけど」

「コロナです。名前くらい憶えてくださいよ~」

「あ、ごめん。で、コロナが一番とは言っても僕からしたら大差なんてない。遅すぎる」

「レイジーさんが速すぎるんですよっ!」

「そりゃー練習してるからね。で、そうやって練習している人間が大会に出てくるわけだけど、どう?」

 

 レイジーの言葉に4人は何も言えなかった。レイジーのようなタイプが他にいるとは思えないが、もし存在していたらヴィヴィオたちに勝つ手段はない。

 だが、はいそれまでと言うわけにはいかない。何かないかと、レイジーの次の言葉を待った。

 

「魔力操作は基礎の基礎。ヴィヴィ男のママんは速かったよ。初見でシールド張られたのは初めてだったし」

 

 攻撃を仕掛ける動作がレイジーの方に分があっても、攻撃が届くまでの時間がある。それでもコンマ何秒という世界の話だが、なのははそれにしっかりと対応していた。

 管理局のエースオブエースと呼ばれるだけのことはある。

 

「後は、そうだね、これだけは絶対に負けないというものが君らにはない。コロナは確かに4人の中では魔力操作が巧い方だけど、逆に言えばそれしか取り柄がない。その得意分野でさえ、他の3人と比べてちょっと勝ってる程度」

 

 レイジーは後輩を思うやるような人間ではない。コロナの心に言葉という巨大なナイフを突き刺す。幼気な少女が半泣き状態だ。

 そしてそんな彼女に追い打ちを掛ける。

 

「そして何より、僕はコロナが理解できない」

「え?」

 

 コロナは困ったように首を傾げる。

 

「どういう意味ですか?」

「そのままだよ。コロナはなんで格闘技をやってるの?」

「…………」

 

 コロナは沈黙した。

 

「お世辞にもコロナが格闘タイプに向いているとは思わない。コロナの本領は、ゴーレムでしょ? コロナ自身の格闘能力向上よりもゴーレム操作にもっと集中した方が良いと思う。それに、頭も良いんだからゴーレムを複数創成して指揮官としてフィールドに立った方が効果的だと思う。ゴライアスは夢があるけど、生成速度を考えたら非効率。ゴライアスを出すための時間を稼ぐための格闘術だとしても、コスパは悪い。それならゴライアスは出した瞬間に勝利を確定するようなものじゃないと意味がない。もう一度聞くけど、なんで格闘技をやってるの?」

 

 レイジーからすればごくごく当たり前の質問だった。苦手分野にあえて飛び込む人間を彼は理解できないのだ。勝ちたいというのなら最も効率の良いスタイルを貫くべきではないのかと、彼はそう問いかけている。

 コロナは俯く。そして、ちらりと視線を隣に座っていたヴィヴィオたちを見て、また俯いてしまった。

 

「まあ、これはあくまで僕の疑問だから、そこまで深く考えないでいいよ」

 

 コロナは小さく頷くだけだった。コロナへの話が終わると続いてリオの方に顔を向ける。

 

「ガオは」

「リオです!」

「ご、ごめんなさい。リオは、魔力変換資質を二つ持っているとは言え、ただそれだけ。そのどちらも決定打としては使えてない。珍しさ選手権なら上位に入れるよ。格闘レベルは決して高くないとだけ言っておくね」

 

 リオはうっと胸を押さえて床に倒れ込む。

 胸が「痛いよ~、痛いよ~」と泣いていた。

 

「ヴィヴィ男はもうあれ、全部が中途半端。火力はないし、防御も巧くないし、回避もダメ。うん、良いところなし」

 

 ヴィヴィオの涙腺は容易く決壊する。

 

「それにコロナと同じだけど、ヴィヴィオもタイプ的には前衛アタッカーじゃないと思うよ」

 

 それはヴィヴィオも分かっているのか、「はい」と小さくこぼすだけだった。

 

「ストラトスも同じ。不完全。覇王流だっけ? ご先祖様が残してくれた技術を大切にするのは分からないわけじゃないけど、バカみたいに影を追っても無駄だよ。君とご先祖様は同じ人間じゃないんだから。ご先祖様の覇王流とやらを自分用に改良くらいしないと。まあ、改良以前の問題だけどね。今は技法の模倣すらできてないみたいだし。ストラトスが見せた覇王流があれで完璧だって言うなら、それまでだけど、そしたら覇王なんて御大層な名前を撤回することをおススメするよ」

 

 覚悟していたとは言え、アインハルトも目に涙を溜める。自分自身、初代覇王クラウスに追いついていない自覚はあるが、それでも論外と言われるとは思っていなかった。

 レイジー相手に何一つ良いところを見せられていないのだから、彼の評価も当然だと分かっているのだが、辛いものは辛い。

 無表情を目に見えて暗いものに変化させた。

 

「以上」

「以上じゃねぇよ。出場前から心を折ってどうすんだ」

「これくらいで諦めるくらいなら、お肉は食べられないんですよ」

「おめぇのことじゃねぇよ!」

 

 オラオラとレイジーのお腹の肉を引っ張るノーヴェ。

 

「れ、レイジーさん。それじゃあ、今から猛特訓すれば、私達にも可能性がありますか?」

「ない」

 

 ヴィヴィオが絞り出した言葉に、レイジーはバッサリ否定の言葉を述べた。

 

「努力しているのが君たちだけなはずがない。現時点で都市本戦に出場する選手と君たちでは大きな差がある。それをちょっと頑張ったくらいで埋められたら、僕は努力なんてしない」

 

 不断の努力を続けてきたレイジーの言葉は少女達には重すぎた。

 

「でも、君達は頑張るんでしょ? 他人に言われた程度で諦めるような目標ならそれまでだけどさ。少なくとも僕は諦めなかったよ。無理も無茶もデブも言われてきたけど、僕はこうしてここにいる」

 

 全く威厳のない姿のはずのレイジーが、ヴィヴィオ達にはとても格好よく見えた。リオに至っては本気で、「先輩やばっ」と興奮している。彼女の美的感覚が相当おかしくなってしまったようだ。

 

 さんざんな批評をされた後であるが、和やかな雰囲気ではあった。

 ただ、彼女たちはレイジーの言葉をしっかりとかみしめている。

 

 ――僕はここにいる

 

 その言葉がどれだけの意味を持つのか、彼女たちはそれを知っている。

 決して最強と言われるような能力じゃない。条件を、状況を選べば現時点のヴィヴィオ達でも倒すことができる相手。

 

 だが、個人戦格闘技者としてはこの中の誰よりも強い。彼はそれだけの事をやって来たのだから。

 そう思うと、ハハとヴィヴィオ達が笑いだす。

 そうだ、そうなんだ。結局やるしかない。無理だと言われたから諦めていては、これから先に望みなんてない。

 君たちなら出来るよと言われて安心したかった。少し前まではそんな言葉を望んでいた。

 だけどそれは容易く砕かれ、無理という言葉を押し付けられた。

 

(でも、今の方がずっといい)

 

 望んでいたのは安心などではない。

 勝ちたい、強くなりたいという気持ち。

 それなくして成長などありえないのだから。

 

(私達はまだまだなんだ。私の春光拳も、コロナの創成魔法も、アインハルトさんの覇王流もヴィヴィオのストライクアーツだって)

(頑張ろう。もっともっとうまくゴーレムを操れるように)

 

 レイジーがどういう意図でヴィヴィオ達に話したのかは分からないが、少なくとも彼女たちの闘志には火が点いた。

 やってやる、そんな気持ちが彼女達全員に宿った。

 

(ディリジェントさんのあの目。きっと心に秘めた熱い思いがあるのでしょう。面倒なことが嫌いだという割に、ちゃんと私達に話をしてくれるなんて……)

 

 アインハルトはレイジーに感謝の思いを抱く。だが、そんな彼女の思いをレイジーは容易くゴミ袋に放り込む。

 

(ハァー、話してたら喉が渇いた。コーラ飲みたい)

 

 少女達がレイジーの思いを知ったら、おそらくこの場で一時的な力の上昇があったことだろう。

 


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