怠惰を求めて勤勉に   作:生物産業

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第一話 レイジー・ディリジェント

「ぐふっ!」

 

 鋭い拳。

小柄な少女から放たれたとは思えないものだった。

 迷いなく放たれたその一撃は分厚い肉の塊を大きく揺らす。

 ぽよんという擬音が付くくらいには地面を何度も跳ね上がり、ボテと嫌な音を立てて止まった。

 吹き飛ばされた少年は吹き飛ばした相手が真横に見えた。

 頬には砂が付いており、不快感が嫌でも残る。

 地面に寝転んだまま起き上がらない少年を心配し、少女が慌てて駆け寄ってきた。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 わざわざ膝を折って目線を合わせようとしてくれた少女の問いかけに、少年は身じろぎ一つさえしなかった。

 視線だけを少女に向けている。

 うっと表情には出さなかったものの怯んだ少女は、もう一度尋ねてみる。

 

「あの……身体、起こせますか?」

 

 少年からの返答は相変わらずなかった。

 変わらない表情の裏で必死に現状を打破しようと、少女は頭を回転させていた。

 少年を吹き飛ばしたのは別に嫌いだったからとか、弛んだ腹を見てイラついていたとか、そう言うものではない。

 授業の一環として、模擬戦を行い、正々堂々と吹き飛ばしたのだ。決して少女に非があるわけではない。

 むしろ、防御も回避も取ろうとしなかった少年の方に問題があり、見ていた担当教師もハァーと呆れていた。

 そんな教師に助けを求めたい少女だったが、いかんせん距離が開いている。

 あまり大声を出すことを得意としないので、視線を向けて訴えるしかなかったのだが、どうにも教師の方は少年の不甲斐なさに呆れるばかりで、手で顔を覆い天を仰いでしまっているため、視線には気づいてくれなかった。

 仕方ないと、少女が少年に向かって手を差し出した。

 

「立てますか?」

 

 差し出された手に少年は視線を向ける。そして逡巡してから少女の双眸をみた。

 虹彩異色の瞳が見つめられていた。少年の瞳に自分がはっきりと映っているのが分かり、少女は少したじろいでしまった。

 心の中であわあわしていると、少年が重そうに身体を動かした。

 

「……面倒」

 

 それだけ言ってそのまま歩いて校舎の方に向かって行ってしまった。

 ぽかんと目を見開いて少女は立ち尽くす。

 少年が校舎の影に消えてしまって初めて、彼女は気づいた。

 

「まだ、授業中なんですが……」

 

 少女が振り返ると、呆れ顔のまま担任教師が少年の後を追おうとしているところだった。

 クラスメイト達はいつものことだと、軽く笑っていた。

 

「レイジー・ディリジェント」

 

 少女は少年の名前を呟いた。

 

 ■

 

 模擬戦の授業以来、アインハルト・ストラトスの視線はなんとなく教室の隅に向くようになっていた。

 授業前の休み時間は基本的に寝ている男。クラスメイトが話しかければ受け答えをするが、あまり人としゃべっている姿はない。

 では授業中も寝ているかと言えばそうではなかった。しっかりとノートを取り授業内容を理解しようと務めていた。

 

(不真面目なわけではないようですが)

 

 アインハルトはひっかかりを覚えた。

 ふとした時に見せる行動は怠け者そのものであるが、世間的に言われる怠惰な人間とは少し違うようにも見える。

 学院には休まず登校しているし、テストの成績も悪くはない、良くもないが。

 教師受けが良いわけではないが、目の敵にされている訳でもない。

 結局レイジーという人物に関してアインハルトは確かな答えを持つことはできなかった。

 

 だからという訳ではないのだが、アインハルトは観察行動を行うことを決めた。世間的にはストーキングとも言う。

 

(……初めてです。異性に興味を持ったのは)

 

 それが恋愛感情ではないのははっきりしていたが、彼女の心はどこか楽しみを得ていた。

 彼の体型はしゅっとした細身の男子――ではなくポッチャリとした肥満体型。

 

(痩せていれば、顔立ちは整っていると……いえ、わかりませんね)

 

 痩せていない現状ではその顔つきに何かを言うことはできなかった。

 ぽよんと弛んだお腹に、肉で膨れ上がった顔面がどうしても顔の造形値を大幅に下げている。

 イケメンにときめく乙女思考をアインハルトが持っている訳ではないのだが、だからと言って中等科1年にして30を超えたメタボリックを体現する人間を許せるわけでもない。

 接する機会があれば、痩せた方が良いとアドバイスを送ろうと彼女は思った。

 

 放課後になっても少女のストーキングは続く。運よく帰り道の方向が同じであったため、途中まであとを付けることにしたのだ。

 一定の距離を保ち、だらけきった背中を追う。重りでも引きずるような足取りを見ていると、自然と自分も重くなっているのではないかと錯覚してしまう。

 少しばかり歩くと、少年がキョロキョロと周りを確認する。咄嗟に身体を隠すことで気づかれることはなかった。

 壁からちょこっと顔を出して少年の様子を窺うと、

 

「え……?」

 

 次の瞬間、少年が高速で移動していた。

 というより跳ねていた。

 着地の度に揺れる贅肉。ぷるんぷるんと上下に激しく揺れる。そのありえない光景を目撃したアインハルトは口を大きく開けて見入ってしまった。

 ゴムボールが弾むようにぴょんぴょんと軽快に移動していく。

 授業で相手をした時も確かに弾むように動いていたが、あれは自分の攻撃を受けて吹き飛ばされたからだ。

 自ら弾むような動きができるとは到底思えない……主に身体のせいで。

 

「ディリジェントさん、やはりただ者ではなさそうですね」

 

 あっという間に消えた肉の塊を思い出しながら、少女は小さく笑った。

 

 ■

 

 レイジー・ディリジェント。

 中等科一年。

 性別、男。

 身長、160㎝程度。

 性格、真面目な不真面目。

 特徴、メタボリック。

 

 アインハルトは自室で観察対象のことをノートにまとめていた。

 本来の自分はこんなことをしている場合ではないと思いつつも、やはり興味の対象が近くにいて放置するというのは難しい。

 ならば、早めに解決してしまえと、ノートを取りだして分析を始めたのだ。

 

 結論、ほぼ何も分からない。

 

「今年からクラスメイトになっただけですし、初等科時代は鍛錬に明け暮れていたので、他人を気にする余裕はありませんでした。張りだされる成績上位者のランキングで彼を見たことはありません……未知です、全く分かりません」

 

 これほどまでに異性を考えたことが今までの人生で有っただろうかというほどアインハルトは悩んでいた。

 正直、きっかけは授業で組手をしただけなのだから気にする必要などないのだ。

 だが違和感がぬぐえない。

 それが彼女には気になってしょうがなかった。だから途中で放り出すことはできない。

 

「今日のあの動きは一体どういうことだったのでしょうか?」

 

 今日見た光景を思い返してみる。

 ぶよんぶよんと嫌な効果音が付きながら飛び跳ねる少年の光景が鮮明に蘇る。

 クスと笑いそうなものだが、動きの核心が分からない以上笑ってばかりもいられない。

 

 もし、あの動きで迫られたら回避できただろうか?

 もし、あれ以上に動けるとしたら付いていけるだろうか?

 もし、彼が本気で戦ったら……。

 

 そう考えてしまうと、どうしても答えを知りたくなった。ふと、机に置いてあったバイザーに目が向く。

 

「不本意ではありますが、いざとなったら……」

 

 ■

 

「ハァー疲れる……人間だもの」

 

 正眼に構え、右足を振りあげる。たったそれだけの動作だが、前方に置かれていた大きめの岩がピキリと音を立てた。

 数秒後、バラバラと崩れ、全壊した。

 

「帰ろう」

 

 散らばった石の塊をそのままにして、森を後にした。

 太陽が登りきる前の早朝の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 シャワーを浴びて制服に着替える。玄関から「行ってきます……」と小さく呟いて家を出る。

 学院に向けて歩く。それだけで気分はマイナスに向けてぐんぐんと進んでいった。

 

(部屋でゴロゴロしたい。アイス食べたい。ゲームしてテレビ見てマンガ読んでダラダラしたい)

 

 何度も何度もくだらない事を考えて、学院に向かう。隣を通り過ぎていく学院生たちの爽やかな雰囲気が少年には鬱陶しかった。

 

(今日は魔法学と作法の授業が面倒だな。ちゃんとしてないと説教が長いから)

 

 頭の中に浮かんだ時間割表を思い出しただけでうげっと顔を変化させた。

 白と黒に色分けされており、サボっていい授業とそうでない授業に分類されている。

 今日は黒が二つかと大きなタメ息を吐く。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 背後から声が掛けられる。

 向き直るのが面倒だったので、首だけぐぎぎぎと動かした。ボキッと嫌な音が鳴った。

 

「…………」

「顔色が悪いですけど」

「中等科の先輩ですよね?」

「ここからなら学院の医務室より病院に行った方が近いですよ」

 

 3人の小さな女の子たちが心配そうな表情をしていた。

 見知っている訳ではない。完全に他人であるが、少女達は純粋に体調が悪そうにふらついている人間を見て心配になって声をかけて来たのだ。

 

(大丈夫だと言う、心配される、押し通す、付いてくる、変な目で見られる、面倒、却下。気分が悪いと言う、一人で病院に向かう、学院に報告される、担任が来る、説明する、面倒。適当に誤魔化す……最善)

 

 わずかゼロコンマ1秒でそんなくだらない事を考えた。

 

「低血圧なんだ。いつもの事だから心配ないよ」

「そうなんですか?」

 

 軽めのツインテールの女の子がくりっとした瞳を向けながらそう言った。左右で瞳の色が異なる虹彩異色。最近、そんな目をした人を見たような気がすると少年は記憶を辿ろうとしたが、面倒なのでやめてしまった。

 

「そう。だから先に行ってくれると嬉しい」

「わかりました。それじゃあ」

 

 そう言って少女達は去って行った。

 心優しい少女達の背中を見ながら、少年はポツリとつぶやく。

 

「コーラ飲みたい」

 

 ■

 

 午前の授業を何とか乗り切り、昼以降は医務室でぐっすりと睡眠。起きた時には、日が暮れ校舎も静まり返っていた。

 

「……このままここで寝てしまうのも」

 

 自分を放って帰った教師がいるのだから、もう学院に泊まってしまおうかとも考えたが、事情説明を家族にするのが面倒になったため、のそのそとベッドから起き上がった。

 あまりにも不用心な鍵のかかっていない医務室を出てそのまま昇降口に向かう。

 そしてそのまま学院を後にした。学院の危機管理の無さに少しばかり驚いたが、それを教員に指摘するのも面倒になったので気にしない事に決めた。

 

 暗がりの湾岸沿い。不審者がでてきたら面倒そうだなと思いながら歩いていると、前方から激しい打撃音が聞こえた。「路上で格闘とか……」と呆れつつ、巻き込まれないように少し遠回りして歩く。

 

「ジェットエッジ!」

 

 遠目から見る二人の戦い。薄暗くて分かりづらいが、赤毛で短髪の女性とこんな暗がりでも光って見える碧銀の長髪の女性が戦おうとしている。

 距離を開けて構えをとって、互いが互いを睨みつけている。

 どちらも無手であり、遠距離での攻撃手段を持っているようには見えなかったが、構えをとったということは、攻撃手段があるのだと判断した。

 

(ゲームなら手からビーム)

 

 ちょっと、ドキドキしながら二人の様子を見ていたのだが、淡い期待は儚く散ったのだった。

 

「ちっ!」

「ハッ!」

 

 長髪の女性がたった一歩の踏み込みで相手の間合いに入る。相当な脚力であるが、見ていた少年はがっくりと肩を落とした。

 攻撃を受けることになった女性は上手くいなして態勢を整える。

 もっと熱いビームの撃ち合いを期待した少年は、視線を前方に切り替えて、その場を立ち去ろうとしたが、

 

「この、バカったれがッ!」

 

 そんな声が聞こえて来て、視線を横に戻してしまった。

 

「ベルカの戦乱も、聖王戦争も、もうとっくに終わってんだッ!」

 

 短髪の女性が自分の思いのたけを叫ぶ。

 だが、相手の女性はそれを聞き入れない。聞き入れるわけにはいかなかった。

 自分の目的を果たすため、どの時代の王たちよりも自分が強いと証明するため、彼女は止まらない。

 魔法による道、エアーライナーを展開した短髪の女性が突撃の態勢を取った。

 来る、そう予感した長髪の女性が構えをとったがそれが仇となる。魔法による拘束、バインドによって利き手である右腕、そして行動の要である両足を封じられてしまった。

 

 溢れる魔力。短髪の女性を纏っていた魔力が今までの倍以上となった。

 手足を縛られた方は必死にその拘束を解こうとするが、時間が短すぎた。

 魔力を放出して爆発したかのようにやってきた相手の攻撃に無防備なその身を晒してしまう。

 そのまま痛烈な一撃を食らった。

 だが、顔を悪くしたのは攻撃をした側の女性だった。

 

「終っていません。私にとってはまだ何も――」

 

 防御を捨て、バインドの解除とカウンターに備えていた長髪の女性は、攻撃してきた相手を今度は逆にバインドで縛りつけた。

 練り上げる力、それは断空。彼女の流派を支えるその力が、完全な状態で拳に宿った。

 振り上げられたその拳を、真っ直ぐにためらいなく敵に向かって振り下ろす。

 空を断つ、その言葉通りの剛撃が短髪の女性の身体に刻み込まれた。

 轟音、そして沈黙。短髪の女性には起き上がれるだけの力がなかった。

 

「弱さは罪です。弱い力では何も守れない」

 

 そう言って長髪の女性は去って行ってしまった。

 完全なる敗北。

 ルールなしの野試合とはいえ、完璧なまでに打ち負かされてしまった。「私もまだまだだな」と呟きながらも、素直に笑っていた。

 

「えっと、大丈夫ですか?」

 

 光り輝く星を眺めていると、視界に全く心配そうにしていない少年の顔が見えた。

 

「……見てたのか?」

「まあ。ストリートファイトは他人に迷惑が掛かるので――あ、良いです、やっぱり」

 

 指摘しようとした少年は話を途中で止めてしまった。「面倒」ともれた言葉が女性の耳には届いていた。

 

「お前、学生か?」

「はい」

「悪いんだが、私のデバイスで連絡を取って欲しいんだ」

「それくらいなら」

 

 どこかに連れていけと言われた場合、断りそうな雰囲気が少年にはあった。

 女性の指示を受けて通信を繋げると、倒れた女性と髪の色は違うがよく似ている女性が通信画面に出て来た。

 双子かと思っていると、倒れていた女性が画面の女性に話しかける。

 

「悪いスバル、頼まれてくれ。ちょっとしくじった」

「え、どうしたのノーヴェ!? もしかして喧嘩?」

「まあ、間違っちゃいねぇな。例の連続襲撃犯と戦ってやられちまった。でも、ちゃんと重いのをぶち込んだし、発信機も取りつけた。今なら後を追えるから、ソイツを捕まえて来てくれないか? できれば、管理局に連れて行かずに」

 

 スバルはノーヴェの表情からただ事ではないと判断した。近くにいた友人に話しを通すと、「ノーヴェは私が迎えに行くから」と通信を切った。

 

「悪いな。お前は帰っていいぞ」

「はい。一応あっちのベンチに運んだ方が良いですか?」

「すまねぇ」

 

 ひょいっとノーヴェを少年が持ち上げると、そのままベンチの方に向かって歩いて行く。

 

「…………」

 

 お姫様抱っこの状態に気分を害したのか、ノーヴェは眉をひそめていた。

 自分はこんなキャラじゃない、そんなことを言うのかと少年も彼女の表情を見て考えていたのだが、もしかしたら暴言を吐かれてしまうかもと、内心びくついていた。

 自分の容姿が優れていない自覚はあるし、体型も女子受けがいいとは言えない。

 丸い、キモい、臭いと罵られてしまうようなポッチャリ体型にお姫様抱っこはハードルが高すぎたのだと後悔した。

 

「お前、なんだこれは?」

 

 かろうじて動いたノーヴェの右手がふくよかで余計でもある少年のお腹に吸い込まれた。

 ぽよんというよりズボ。

 右手首までノーヴェの拳が飲みこまれて行った。

 

「お肉。脂肪。癒し」

「いや、最後のはおかしい――ってそうじゃなくて、これ、ただの脂肪じゃ、つうより脂肪じゃねぇだろ。これは魔力の塊だ」

「そうですけど、何か――いや、やっぱ良いです。じゃ、僕はこれで」

「ちょっと待て、今説明するのが面倒だから話を切っただろ」

「面倒なのは嫌い、人間だもの」

「だものじゃねぇよ」

 

 ノーヴェがバシバシと叩こうとするのだが、残念ながら鉄壁の脂肪と言う鎧により衝撃が少年に伝わることはなかった。

 

 

「ノ~ヴェー!!」

 

 急いでやって来たのが分かる。息を切らせながらスバルが走って来た。

 それを見た少年は帰ろうとするのだが、それをノーヴェが許さなかった。

 むぎゅっとお肉を掴んで離さない。

 

「待て」

「離して」

「ダメだ」

「……はい」

 

 頭の中でどれだけの葛藤があったのかは分からなかったが、少年は出会ったばかりではあるが、ノーヴェという女性の本質を一発で見抜き、抗うことを諦めた。

 

「もうノーヴェ、人が急いで来たのに、年下の子を苛めてるなんてダメだよ」

「もっと言って」

「あれ? そう言えば君は? ノーヴェの知り合い?」

「通りすがりの学生」

「アタシが倒れてるのをここまで運んでくれたんだよ」

「そっか、ありがとうね。私はスバル・ナカジマ。この子のお姉さんです」

 

 ニッコリと笑うスバル。胸を張ったことでたわわに実った二つの果実がぷるんと音を立てて揺れた。

 

「レイジー・ディリジェント。暗いから帰ります」

 

 踵を返そうとした時、スバルのデバイスに反応が有った。

 画面が展開され、オレンジ色の髪をしたツリ目の女性が映った。

 

「あ、ティア、そっちはどう?」

「居たわよ。倒れてたわ」

 

 抱きかかえられている少女が画面に移り、レイジーが目を少しだけ開いた。

 

「アインハルト・ストラトス」

「え、もしかして知り合い?」

「クラスメイト。学院でも優等生で有名。ということは、さっきの人がストラトスだったのか」

 

 へぇーという割に、レイジーからは興味の欠片も感じられなかった。

 

「ティアナ、悪いんだけど、スバルの家までソイツを運んできてくれないか? なんか事情があるみたいだし」

「分かったわ。じゃあ、後でね」

 

 そう言って通信を切った。

 自分には関係のない話だとレイジーはぺこりと頭を下げてから帰ろうとしたのだが、いつの間にか体調が戻っていたノーヴェによってまたしても阻まれてしまった。

 今度は両手で、背中の肉を掴まれている。

 

「知り合いなんだよな?」

「クラスメイトってだけ。よくは知らない。あとお肉から手を離してください」

「ちょっと話を聞きたい」

「話せることは何もない」

「クラスメイトだろ? 心配じゃないのか」

「……別――いえ、僕は無力なんで」

「お前、相当面倒くさがりなんだな。顔からにじみ出てるぞ、面倒だって」

「分かっているなら帰して。帰って宿題をやらないと明日怒られちゃう」

「……意外と真面目なんだな」

「怒られて説教される疲労感と宿題をして感じる疲労感を天秤にかけて前者の方が辛いと思っている」

「真面目じゃねぇな――ま、しゃあねぇか。お前、通信端末は持っているか?」

「……持ってません」

「もう少し、顔に出さない努力をしろよ。あんだろ、さっさと出せ」

 

 レイジーの嘘は簡単に見抜かれてしまった。

 言い訳をするのも面倒になり、素直に通信機を出す。

 

「よし、これでOKだな。そのうち連絡するから、絶対に出るんだぞ」

「……気づいたら」

「出なかったら、嫌がらせのようにずっと呼び出し続けるからな」

 

 この人なら本気でやってくるだろうなとレイジーには確信的なものがあった。

 

「それと、運んでくれてサンキューな。気を付けて帰れよ」

 

 レイジーは再度頭を下げると、向きを変えてゆっくりと歩きだしていった。

 遠目にレイジーの後姿が見えるようになってようやく、今まで黙っていたスバルがニシシと笑みを浮かべるていることにノーヴェが気づく。

 

「ノーヴェ、ああいう子が好きなんだ。連絡先まで強引に教えちゃって。もう、大胆♪」

「ばっ、違げぇよっ!!」

「これは家族会議が必要だね。皆に連絡しておこうっと」

「バカスバルっ!!」

 

 顔を真っ赤にしたノーヴェと笑顔のスバルの鬼ごっこが始まった。

 そして二人の追いかけっこが意外と長引いてしまい、待ちぼうけを受けたティアナが二人に説教したのは別の話。

 

 

 


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