バイトが始まり、少々時間に余裕がなくなってきました。
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――1997年9月 日本 京都
夏の終わり、ひぐらしの鳴く季節。京都市内にある斯衛軍衛士養成学校の教室は少女達のざわめきに支配されていた。20人以上いる生徒の中の1人である篁唯依もまた親友である甲斐志摩子や山城上総、能登和泉、石見安芸との会話を楽しんでいた。ファッションやスイーツなど、年頃の少女らしい会話で盛り上がっていると教室の扉が音を立てて開かれ、黒いアイパッチを着けた男性の教官が入室してくると教室内は一斉に静寂に包まれる。教官が教壇に立ち、唯依達をざっと見渡すとゆっくりと口を開いた。
「本日の訓練を始める前に貴様らに新たな仲間を紹介する」
よく通る声で発せられた一言に教室内が再びざわめく。
「静かにしろっ!……よし、早乙女、入れ」
「は…!」
教官が一喝して黙らせ、入口に向かって声をかける。すると少女の声が聞こえ、扉を開けて入ってくる。
藍色のストレートヘアーを赤い髪留めの紐で一房に結んだ綺麗な顔立ちをした少女だった。同性でさえも虜にしそうな美貌を持つ少女は教官の隣に立つと背筋を伸ばし、敬礼をする。
「…早乙女美与です。よろしくお願いします」
「早乙女は帝国陸軍の訓練校からの推薦でここに来た。武家出身ではないが、戦術機の操縦に関しては貴様らの上を行っている。よく見てしっかりと学べ!」
教官の言葉に全員が驚いて美与を見る。陸軍から斯衛軍に抜擢されることはあるが、訓練生の時代から抜擢された前例はない。基本的に技量に大きな差がないからだ。しかし、そんな中選ばれた美与は本当に強いのだろう。唯依達は純粋に関心するが、他の生徒達は半信半疑で見下したような視線を美与に向けている。武家という高い地位であり高度な戦術機機動を持つ事から斯衛軍は帝国内でもエリート視されている。確かに武家出身ではない者がその腕前を買われて入隊することもあるが、武家でないということから地位は低い。養成学校といえどもその気は強いようだ。
そんな生徒達を一瞥し、教官が指示を出す。
「早乙女の紹介はこれまでだ!これより戦術機訓練を行う!全員、衛士強化装備に着替えて戦術機ハンガーに集合!急げ!」
教官に言われて生徒達が早足で教室を出ていく。遅れたら罰としてグラウンドを10周走らされるのだ。皆急いで着替えに行く。唯依達も更衣室に向かおうとすると、教官に呼び止められた。
「篁、貴様、早乙女の案内をしてやれ」
「あ、はい。了解しました、教官」
一瞬間を置いて唯依は答えた。
確かに、今日来たばかりの美与は更衣室もハンガーも分からない。今も教官の後ろで唯依を見ている。そして一歩前に踏み出し、唯依に手を差し出して握手を求める。唯依もそれを握り返した。
「改めて、早乙女美与です」
「篁唯依と言います。これからよろしく」
「ええ。では教官、失礼します」
教官に敬礼をし、唯依と美与は廊下に出る。廊下では上総達が待っており、互いに自己紹介をしてから更衣室へと向かった。趣味や好きな人など、年頃の少女らしい質問を美与にしたり、既に1人だけ彼氏のいる和泉を安芸がからかうのを楽しみながら唯依達は半透明の保護被膜が特徴的な訓練生用の衛士強化装備に着替え、ハンガーに集合する。教官は既に到着しており、竹刀を持って立っていた。
「それでは本日の訓練を始める!全員搭乗!
それと早乙女!貴様は篁の第2中隊に入れ!機体は12番機だ!」
「「「了解!」」」
全員が一斉に駆け出し、訓練用に与えられた77式戦術歩行戦闘機『撃震』に乗り込んでいく。実機訓練開始から既に2ヵ月以上経過しているため、起動シークエンスは皆問題無くスムーズに終える。重厚な装甲を持つ機体が唸り声を上げて目を覚ます。整備兵が退避完了したのを確認し、機体を主脚歩行で前進させる。唯依を部隊長とした第2中隊がグラウンドに整列し、その反対側に第1中隊が向かい合って並ぶ。
まずは戦術機の基本操作のおさらいから。主脚歩行は既に確認済みのため、戦術機の腰に装着された2つの跳躍ユニットの確認からだ。ユニット本体の可動に不具合がないかを調べ、次に姿勢制御翼の確認。それが終われば跳躍ユニットを軽く吹かしてみて異常がないかを調べる。その次に肩関節から主腕全体を動かし、副腕、兵装担架と確認していく。そしてそれらが終わると74式戦術機長刀の模擬刀で素振りをする。
そこまではいつも通り。普段ならここから山間部まで飛んで陣形の演習に移るのだが、今回は違っていた。
「さて、現状貴様らの中で1番腕の立つのは篁だったな。
篁と早乙女!一騎打ちだ!」
教官の言葉に全員が息を飲む。
斯衛軍にとって最も重要視される技能の1つである戦術機による剣術を鍛えるために導入された訓練法。跳躍ユニットによる機動戦ではなく、主脚歩行による歩行戦を原則としたこの訓練は両者の純粋な剣技の勝負になる。しかし、今日の訓練プログラムに一騎打ちは含まれていなかった。プログラムを急に変更するなど、今までの教官ならしなかったからだ。唯依も驚いたが、訓練生時代から斯衛軍に目を付けられた美与の実力を知るいい機会だと思った。
「了解!」「了解」
唯依と美与が返事をし、グラウンドの中央に長刀を1振りずつ持って向かい合う。互いに正眼、剣道でいう中段の構え。長刀の切っ先同士が辛うじて触れ合うか触れ合わないかの距離。
「始めぇ!」
教官が叫び、一騎打ちが始まる。しかし、互いに沈黙を保ったまま動かない。戦術機という機械の甲冑を纏っている以上、間合いは互いに同じ。勝敗を分けるのはそれぞれの持つ技。それがどのようなものであるか掴めていない為唯依も美与も慎重になる。
摺足で少しずつ回り込むように移動するが、やはり人間の身体と勝手が違い動きがぎこちなく感じる。と、摺足をしていた美与の撃震の右足が地面を削って引っかかった。
「そこっ!」
好機と見た唯依が仕掛ける。長刀を大きく振り上げて大上段から振り下ろす。しかし、それは美与の誘いだった。地面に突っかかった撃震が重心を滑るように移動させ、機体を長刀の軌道上から右へ外し、同時に左腕の甲で唯依の長刀の腹を押す。軽い一撃だが、長刀を反らすには充分で、唯依の振り下ろした長刀は地面に叩きつけられた。
「くっ…!」
美与の機体は唯依から見て左側に避けている。唯依は事後硬直が切れるタイミングを見極めて即座に長刀から右手を放し、左腕だけで長刀を横薙ぎに薙ぐ。その一撃を一歩退くことで難なく避けた美与は長刀を振り切ったために唯依の機体のバランスが崩れた瞬間を狙って踏み込んでくる。右腕で短く保持した長刀を左肩越しに振り上げて迫る。握りしめず、手の中に余裕を持たせて保持された長刀がしなるように迫る。
回避運動。機体を捻ってぎりぎりで躱すが、長刀の切っ先が撃震に触れて甲高い金属を引っ掻いた音が鳴る。長刀が戻ってくる前に一太刀入れなければと焦る唯依だったが、美与の攻撃は終わっていなかった。眼前に迫る美与機の掌底。それが唯依機の胸部に叩き込まれ、背中から地面に倒れると、構え直した美与機が長刀の切っ先を唯依機の胸部に添える。少し押し込めば長刀は装甲に触れ、そのまま突き破って唯依を押し潰すだろう。
「そこまで!早乙女、一本!」
ワアァァァァっと、歓声が湧く。完敗だ、と唯依は酷く落ち着いた様子で現実を受け止めていた。誘いから始まって此方の動きを読んでいたかのような危なげない回避とその後の流れるような連撃。唯依が第1撃を回避することすら読んでいたのかと思う。
「私の勝ち、ですね。篁さん」
差し出される美与機の手を取って撃震を起き上がらせる。
「えぇ。それと、唯依でいいです」
「そう。なら私も、美与でいいわ。
それと機体は大丈夫?激しく倒しちゃったから……」
確かに、と唯依は機体ステータスに目を通すが異常は見当たらなかった。
「大丈夫、問題ないわ」
「そう…良かったわ。
どうもバルキリーと同じに使ってしまうわね……」
「え…?」
安心したような表情を見せた美与が最後に小さく何かを呟いた。よく聞き取れなかったが、何と比べたのだろう。そんな唯依の声が聞こえたのか、美与は何でもないとだけ答えてそれ以降は何も口にしなかった。
疑問が残った唯依だが、すぐに教官が山岳地へ移動するよう指示を出したため意識をそちらへと回した。
24機の撃震が山岳地へ向けて飛び立ったのを見届け、教官自身も車を走らせる。前方では気流など自然の力によってバランスを崩す撃震を懸命に立て直しながら山岳地へ進む撃震が居た。もともと適正の高い唯依や上総ですら機体がぶれるというのにも関わらず、転入生の美与だけは補助翼を僅かに動かすだけでバランスを保ち、機動にぶれがない。
「アイツは……本当に訓練生か…?」
一騎打ちの時の機動や今の飛行など、半端なベテランと同等の技術を有している。幾らなんでも訓練生とは思えなかった。
早乙女美与、15歳、日本人、女性。
朝鮮半島出身でBETAの侵攻により家族と生き別れ、派遣されていた日本軍により保護。
帰国後、行く宛もなく帝国陸軍衛士訓練学校に入学。座学実技ともに優秀で当時の教官が斯衛軍に推薦。さる御方に許可され、今に至る。
教官である男に言い渡された早乙女美与のプロフィールはそれだけだった。
いったい何者なのか、本当に経歴通りの少女なのか。根拠はないが、まず間違いなく経歴通りとは違うと断定出来た。
しかし、自分は軍人で教官。今の自分がすることは美与の正体を探ることではなく、美与や唯依達に戦う術と生き残る術を教えることだ。
そう割り切り、教官はアクセルを踏み込んで山岳地へと向かった。
以上第10話、閲覧ありがとうございました。
オリジナルキャラ、早乙女美代。
アルト君のお母さんの名前らしいです。容姿は息子と瓜二つとか。
そしてその正体は……!?
では、また次回。