原点にして頂点とか無理だから ~番外編置き場~   作:浮火兎

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IF 未来編③

「あかちゃんはどこからやってくるの?」

 

 幼少期特有の上擦った声で問いかけられたのは、親が人生において一度は味わう登竜門であった。

 思わず飲んでいたコーヒーを噴出しそうになったが、なんとか口を塞いでやり過ごすも、今度は鼻の方に入ってしまいツンとした痛みを耐えることに。

 ゲホッ、ゴホッ!! ぅあーあー……ふぅ、驚いた。

 なんとか落ち着いたところで、私は表情を一転してニヤニヤとさせながら目の前のやり取りに注目した。

 そう、これは私に向けられたものではない。期待に満ちた無垢な瞳は、慌てふためく黄色い体躯をじっと見つめていた。

 いかに有能な彼であっても、このような精神的爆弾投下には対応できないらしい。必死に「ピー……」やら「チャ、チャァー?」など知らぬ存ぜぬを貫こうとしているようだが、目の前に立ち塞がる最愛の娘からの十八番「なんで?」攻撃は尽きない。ついにお手上げ状態になった相棒が、涙目でこちらにヘルプを訴えかけてきた。

 仕方がない、ここは親として先輩なところを見せてあげよう。本音を言えば、ジャンボの教育に一切手は貸さないつもりだったが、相棒の娘は私の孫も同然。手招きすれば、何の疑いもなくこちらに近づいてくる小さな姿に私は目線を合わせた。

 

「ねえねえ、シンクはしってる?」

「当たり前だろう。ちなみに人間とポケモンどっちのことを言って……」

「ピギャアアアアアアア!!!!」

 

 真面目に答えようとした私の言葉を遮るように、大声を上げながら相棒が顔面に向かって突進。口を塞がれるどころか呼吸すら危うい上に、勢いつけて飛び掛ってきたおかげで重心を保てなくなった私は背後に倒れた。

 

「ぃ……ったあー!! 何すんだよ!?」

「ピガピ!! ピーッカチュ!!」

「お前の時だって私はちゃんと教えただろ!?」

「ピガアアア!!」

「誤魔化したら拗ねて怒ったのはどこのどいつか言ってみろよ!!」

「ビガヂュビガビガーー!!!!」

 

 私は今でも覚えているぞ! 知的探究心の強かったお前はどれだけはぐらかしてもしつこく聞いてくるもんだから、もうどうにでもなれと真実を徹底的に教えてやったことを!!

 お望みどおりきっちり図鑑や参考書まで用意して教育したというのに、後になって後悔したのをジャンボは根に持っているのだろう。同じ轍は踏ませまいと思うなら、あの時味わった私の苦労を思い知れってんだ。

 罵り合い、取っ組み合いの喧嘩にまで発展した私たち。それを止めたのは、耳に障る甲高い泣き声だった。

 

「もういい……パパとシンクがけんかするなら、もうしらなくていいーっ!!」

 

 わんわんと泣き叫ぶ声に、いつまでも喧嘩をしていられるほど醜い精神は持ち合わせていない。

 というよりも、相棒の変わり身の方が凄かった。相対していたはずの私など、まるで最初から居なかったかのように娘へと駆け寄り慰めている。おーおー、立派にお父さんしてるじゃない。

 目に入れても痛くないほど可愛がっている娘が、自分のせいで泣いたとくれば全力であやすのもわかる。が、相棒の場合は少々その度合いが高すぎる傾向にあると私は思う。

 あんまり潔癖症に育てても将来が困るだけなんだぞ。若いうちの苦労は買ってでもしろと昔の人も言うじゃないか。え、性教育とは別次元の話だろって? 細かいことは気にしない!

 おそらく相棒は「そういうことは自然と大人になればわかるもの」と言いたいのだろう。その意見に反対する訳ではない。言い訳させてもらうなら、私だって直接的な表現じゃなくてある程度ぼかすつもりはあったさ。

 なのに突然顔面封殺をかましてくるとか……子供の純粋な心を大切にしたい気持ちはわかるけど、それにしたってもっと手段てものがあるだろうに!

 というか、私の頭部怪我について謝罪の言葉はないのか!?

 

 

 

 話は変わるが、ポケモンの生殖機能については未だにはっきりとしたことは解明されていない。

 雌雄の判別、それに準ずる器官が確認されてはいるものの、どういった経緯でどのようにポケモンの卵が産まれるのかは全くもって不明。

 そもそも謎な点が多すぎるのだ。

 最初にポケモンの卵を発見した人物から今に至るまで、様々な人間の証言があったがそのほとんどが「雌雄一緒にいたポケモンがいつのまにか卵をかかえていた」である。

 ポケモンは種別によって個体差に大きな違いがあれど、皆同じ卵の状態で誕生する。その特殊な点についても調べれば調べるほど謎は深まり、仕舞いにはポケモンという存在の根幹にまで関わってくるほどの大問題にまで発展しているのだ。

 勿論、私もこの謎の解明に挑んでみたことがある。ジャンボにそれとなくお見合いをさせたり気になる子はいないのかとそそのかしたり、簡単に言えば交配をさせようと考えたのだ。本人の承諾なしにそんなことはさせないし、無理強いもしたくなかったので希望だけしてみたのだが、答えはノー。失敗に終わった。

 ならばせめてと、卵の状態から記憶がある相棒に一縷の望みをかけて、何かわかることだけでもいいから教えてくれと頼んだ結果も惨敗。唯一わかったことは求めているものとは違ったが、ポケモンは生みの親より育ての親を重視するというのが一点。

 子孫繁栄のため、生物に元々備わっている本能の内に生殖行動があるはずなのだが、それも相棒にはわからないらしい。これでは益々謎ばかりが深まるではないか!

 一番手っ取り早いのは、ジャンボにお嫁さんができること。そうすれば子作りの詳細も聞けて、可愛い子供も可愛がれて私は万々歳、のはずだった。

 

「それが、嫁さんよりも先に娘ができちゃうんだもんなー……」

 

 娘を寝かしつけるために添い寝をしていた相棒は、いつの間にか揃って寝息をたてていた。私はそれを見て、ふふと笑う。

 「順番的に言えば僕より先にシンクが結婚してからでしょ」とあれだけ否定的だったジャンボが、今や形無しに親バカとなっているんだもんなあ。

 最初にそれを聞いた時はまたも相棒の幸せを奪ってしまう悲しみを覚えたのだが、このような結果になったことで私は少し救われた気がした。私には前世のあれこれがあって恋愛や結婚とは無縁の一生を送ると決めているが、それに相棒まで付き合わせる気は更々なかった。それでも義理堅い彼は最後まで私に合わせるつもりなのか、隠れて気になっていた雌のピカチュウをけしかけても根性で追い払ってしまうほど。そこまで拒否されてはさすがに適わないと、随分前から諦めきっていたところに天からの祝福が与えられた。

 ひょんなことから娘ができたジャンボは、面倒見のよさも相まってとても良い父親ぶりを発揮している。

 現状だけを見れば、これが最善の結果ではないかと私は思う。

 ジャンボに娘ができたように、私にとってはジャンボが息子のようなものだ。親として、子の幸せを願わずにはいられない。

 何事もなくこの子達が育っていける未来のためにも、お母さんは今日も頑張っていきますよ!


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