美柑と黒猫と金色の闇   作:もちもちもっちもち

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恭子にキョウコ成分が混じっている気がしてならない。
登場回数が少なくてイマイチキャラを掴むことの出来ない非力な作者を許してください。


キョーコ

「大丈夫? 火傷とかしてない? 辛いなら病院に行くの付き添うよ?」

 

 

 眼鏡越しに見える彼女の瞳に宿っているのは、心配の色だった。

 表通りに面した喫茶店に腰掛け、注文した牛乳を飲みながら、トレインは此処に来るまでに何度も交わした問答に疲れたように息を吐く。

 

 

「いや、ほんと大丈夫。怪我とかほら、全然だし」

 

「……ゴメンね。勘違いで攻撃とかしちゃって、トレイン君も怒ってるよね……」

 

 

 シュンと落ち込む彼女の姿は、トレインの知る彼女とは掛け離れたものだった。

 眼鏡を掛けているからか、自分の外見が小学生程度なのが理由か。

 トレインの知識にある、感情的でキレやすい、良くも悪くも天真爛漫な彼女はそこにはいない。

 どちらかというと、年上のお姉さん然とした落ち着きが雰囲気から滲み出ていて。

 

 

「……あの、キリサキさん?」

 

「言い難いならキョーコでいいよ? 私もそっちの方が言われ慣れてるから」

 

「んじゃ、キョーコ。謝罪とかいいから、代わりに俺の質問に答えて」

 

「別にいいけど……本当に火傷とかしてない?」

 

「しつこい。それともアレか、俺が素っ裸になれば納得すんのか」

 

「な、なんでそうなるの!?」

 

「此処に来るまでも散々確認しただろうが。人の体ペタペタ触ったりしまくっておいてまだ納得しねぇんだから、服脱いで見れるとこ全部見ないとお前、絶対に納得しないだろ」

 

「……はい」

 

 

 正直に白状する恭子に嘆息し、どうすれば彼女を納得させることが出来るのか。

 

 

「おい、キリサキ=キョウコとやら」

 

 

 にゅっと。

 何時ものように、何の断りもなく、トレインの胸からネメシスが生えてきた。

 ネメシス曰く、彼女はトレインの所有物らしいが、断りなく出て来るのは相変わらずである。

 

 

「あまりトレインを馬鹿にするな。あの程度の炎、火遊びにもならんのだからな」

 

「……なんでネメシスはキレてんの?」

 

「私でさえ、私でさえあんなにトレインの体に好き放題触ったことがないというのに……!!」

 

「今すぐにでも俺の体から出てけ、キチロリ」

 

「私を捨てるというのか!? こんなにもお前に尽くしているというのに!」

 

「お前ほんと黙れ。マジで黙れ。締め出すぞゴラ」

 

 

 声を潜め、遠巻きにこちらを見遣る通行人の方々。

 ネメシスの頭を引っ掴み、無理矢理に隣に座らせれば、ムスッと彼女はこちらを見上げる。

 どちらも見た目は子供だからセーフだが、トレインの中身的には完全に通報ものだ。

 

 

「……えっと」

 

 

 そして、置いてけぼりをくらった恭子はと言えば。

 

 

「その……間違ってたらゴメンね。ネメシスちゃん、でよかったかな?」

 

「なんだ、キリサキ=キョウコ」

 

「何故か嫌われちゃったみたいだけど……あなたって、宇宙人だったりする?」

 

 

 身を乗り出し、声を潜めて放つのは、可能性の一つだった答えへの糸口。

 これまでと同じように、どうやら自分の懸念は杞憂に終わりそうだった。

 

 

「トレインは違うが、私は宇宙人だよ。そういうお前こそ、先程の炎、もしやフレイム星人か?」

 

「……は?」

 

「うん。一応、地球人とのハーフ」

 

「……フレイム、星人? ハーフ?」

 

 

 当り前のように交わされる会話に含まれる、トレインにとっての重要事項。

 疑問が解決されたのか、恭子は乗り出した体を引っ込め、ネメシスも静かに目を閉じる。

 しかし、しかしである。

 

 

「キョーコさんや」

 

「どうしたの、トレイン君」

 

「……≪神氣湯≫や≪星の使徒≫って単語に心当たりは?」

 

「んー……特にないかな。それがどうかしたの?」

 

「いや……」

 

 

 ≪星の使徒≫に所属する前という線を予測したが、先程のネメシスの会話がそれを否定する。

 知識にある彼女の能力、≪HEAT()≫は≪神氣湯≫を服薬して目覚めた≪(タオ)≫によるもの。

 しかし、目の前の彼女は宇宙人であり、異能は宇宙人特有のものだという。

 ≪怪獣娘≫の異名を持つハイテンションは影すら見えず、似ているには容姿だけ。

 以上のことから導き出される答えは、一つだけだった。

 

 

「またかよ」

 

 

 ザスティンやセフィに続く三度目の勘違い――他人の空似。

 なまじ声や容姿、能力に至るまで同じだっただけに、判明した今でも信じられない気分だ。

 逆行して平和を謳歌しているのに、忘れた頃にやって来る過去の因縁。

 その度に厄介事に巻き込まれ、余計な苦労を背負わされてしまう。

 ザスティンの時は模擬戦を、セフィの時には実際に命まで狙われた。

 だからこそ、過去の経験故に、恭子と会ってから今まで、身構えていた自分がいる。

 彼女のことは知識でしか知らず、実際には会話は勿論、会ったことがないにも関わらずだ。

 

 

「……創作物の知識、ね」

 

 

 自分にとっての武器であり、余計な気苦労を背負い込むことになる、諸刃の剣。

 逆行する前は、正直なかったらトレインは此処にはいなかっただろう。

 相手の武器や技などの予備知識は、戦いに置いて非常に重要な位置を占める。

 ≪滅界≫などを筆頭に、今のトレインを構成する技術の大半はそこから得ているのだから。

 しかし、逆行してからは、逆に振り回されてばかりだ。

 最初に出会ったティアーユ、生まれたイヴことヤミ、そして目の前の恭子にしても。

 知識に頼っていたからこそ、恭子のことを知識の彼女と同じ性格だと決めつけた。

 だけど、実際に話してみると、落ち着いていて一緒に居てほっとしさえするくらいで。

 でもそれは、こうして恭子と面と向かって言葉を交わしたからこそ分かったことだから。

 

 

「そうだよな……話してみないと、色々と分かんないことってあるよな」

 

 

 同じことが、その逆もまた、セフィリアにも言えるのかもしれない。

 自分の命を狙う、≪滅界≫というトラウマを刻み込んだ最強の女剣士。

 だけど、それだけがセフィリアの全てではない筈だ。

 知識として知っているセフィリアは、自分にも他人にも厳しい人だった。

 それ以上に、仲間のために涙を流せる、そんな優しい人でもあったから。

 ≪クロノス≫という呪縛を背負いながらも、それでも非常に徹しきれない、そんな人だから。

 

 

「悪ぃ、キョーコ。俺、もう行くわ」

 

「トレイン君……?」

 

 

 自分と恭子、二人分の飲食代を置き、席を立つ。

 突然の行動にポカンとする彼女は、座っているのに目線はさほど変わらない。

 既に知識の中の彼女とは別人だと分かってはいるが、それでも零れる苦笑。

 逆行してのスモール化と原因は異なるが、今の自分と恭子の組み合わせに既視感があった。

 

 

「サンキューな。キョーコと話したら、色々と悩んでたことがスッキリしたぜ」

 

「えっと、どういたしまして?」

 

「おっ、そうだもう一つ」

 

 

 戸惑う恭子に近付き、懐から取り出した≪ハーディス≫を眼前に翳す。

 さながら、騎士の誓いのように。

 

 

「校長に浴びせた炎。正当防衛なのかもしんないけどよ、やり過ぎは良くねぇ。だから、代わりに誓うぜ。もし誰かに何かされそうになっても、返り討ちにせずに我慢できるって言うんならよ」

 

 

 恭子を真っすぐに見詰め、誓いの言葉を呟く。

 

 

「俺がお前を守ってやる。――全力で!」

 

 

 知識の中に存在する、彼女の憧れを脳裏に思い浮かべながら。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 霧崎恭子はアイドルである。

 子供向け特撮番組≪爆熱少女マジカルキョーコ≫の主役を務めるなど、その知名度は全国区。

 とはいえ、堂々と歩いていれば案外バレないものだが、認識を改める必要があるようだ。

 おさげに眼鏡という、完全オフな恰好でさえバレるのだから。

 しかし、今の恭子の考えを占めているのは、変装などではなかった。

 

 

「トレイン君、か」

 

 

 帰路に着く恭子の口から、そんな言葉が零れ落ちる。

 そんな彼女の心を占めているのは、黒髪金眼の小さな、だけど妙に大人っぽい雰囲気を纏う、真っ赤な鈴付きのチョーカーを首に巻いた、黒猫みたいな少年だった。

 

 

「ふふっ。トレイン君、チビクロみたいで可愛かったなぁ」

 

 

 必要以上に心配してしまったのは、たぶんだけどそれが原因なのだろう。

 自宅で飼っている黒猫とトレインを重ね、帰宅したらたくさん可愛がろうと、頬を綻ばせる。

 同時に、もっとトレインと一緒に居たかったなと、そう思ってしまって。

 急用があったようだが、それでなくとも引き留めるのは難しかったと思われた。

 

 

「あーんなに可愛いガールフレンドがいるんだから、デートの邪魔しちゃいけないよね」

 

 

 トレインと会話する自分に嫉妬し、蚊帳の外にされてむくれていたネメシス。

 肌の色こそ違うが、彼と同じ黒髪金眼。

 どういう経緯で知り合ったのかは不明だが、中々にお似合いなカップルではないか。

 しかし、ガールフレンドの前でのあの誓い、あれだけは頂けない。

 まるで御伽噺の中に出て来る騎士のような誓いを、ネメシスではなく自分にするなんて。

 後ろで凄い顔をしていたネメシスを思い出し、小さな苦笑が漏れ出てしまう。

 

 

「守ってやる……か」

 

 

 そして、不覚にもドキッとしてしまった自分にも。

 見た感じ小学生くらいだろう、もう少しトレインが成長していたら危なかったかもしれない。

 将来有望なトレインは、果たしてどんな風に成長するのだろうか。

 自分を守ると宣言した小さな騎士の成長が楽しみで仕方がない。

 女子高生になっても王子様だのお姫様だっこに憧れを抱く、乙女思考な霧崎恭子なのであった。

 

 

「むっひょ~~~~っ!!」

 

 

 その声を聞いた途端、全身を寒気が襲った。

 

 

「な、なんでぇ!?」

 

「キョーコちゅわ~~~~ん!!」

 

 

 土煙を巻き上げ、こちらに向かって爆走してくる特徴的なシルエット。

 スーツこそ着ているが、覗く肌は赤い。

 フレイム星人の火焔を浴びてなおピンピンしている生命力は、恐怖しか湧かなかった。

 

 

「もうっ、なんでいつもいつも……!!」

 

 

 さっと周囲に目を走らせ、人気の多さに舌打ち。

 すぐさま路地裏へと走り込み、掌の炎を生成する。

 

 

「本日も燃やして解決! マジカルフレイムだ!」

 

 

 悪い者を成敗する、さながらマジカルキョーコのように。

 性懲りもなく追い回してくる不審者(校長)に天罰を下さねば。

 温和な何時もの自分は鳴りを潜め、好戦的な思考はフレイム星人としての血がそうさせるのか。

 何も我慢する必要はない、全て焼き尽くしてしまえばいい。

 自分にはそれを可能とする力があるのだから。

 

 

「――――だめっ」

 

 

 でも、出来なかった。

 トレインとの約束を思い出してしまったから。

 やり過ぎは良くない、必要以上に相手を傷付けることを良しとしないという、彼との誓いを。

 

 

「トレイン君と約束したんだから!」

 

 

 掌の火球を握り消し、踵を返して前へ、左へ右へ、日の当たらない奥へ。

 障害を飛び越え、時には蹴散らし、追っ手を撒こうと必死に走って。

 その結果に辿り着いたのが、袋小路だった。

 

 

「そんな……!?」

 

 

 そして、唯一の退路に立ちはだかるのは。

 

 

「滾ってきた……滾ってきましたぞ……!!」

 

 

 不審者にして女の敵、校長の降臨である。

 

 

「キョーコちゅわーん!! わしにもう一度燃え滾るような熱いヤツをー!!」

 

「きゃーっ!?」

 

 

 スーツを脱ぎ捨て、飛び掛かって来るパンツ一丁の不審者。

 身を固くし、瞳を閉じ、約束なんて無視すれば良かったと思ったけれど。

 約束を守ったと、どこか誇らしげな気持ちでいることがおかしくて。

 

 

 世界が停止した。

 

 

 もちろん、そんなのはただの錯覚で。

 そう思ってしまうほどの何かが、路地裏を支配していて。

 皮膚が泡立ち、全身を襲う寒気に体を抱き締め、それでも震えは止まらない。

 時間にすれば一瞬にも満たない。

 それでも、心臓を直接握られているような、そんな感覚が何時までも残っていて。

 

 カツン、と音が鳴る。

 

 聞こえる音は徐々に近付き、それは真っすぐに自分へと向かっていた。

 俯けた顔を上げることが出来ず、かといって此処から逃げることも出来ず。

 近付く足音が止まり、視線の先に映るのは誰かの靴。

 

 

「立てるか?」

 

 

 今も体を戒める緊張感とは裏腹に、耳に届いたのは穏やかな声だった。

 ゆっくりと顔を上げるも、声の主の顔は逆光ゆえかハッキリとは伺えない。

 でも、見上げるような長身や声の低さから、相手が男の人だということが理解した。

 

 

「ちょいと失礼」

 

 

 そう言って伸ばされる手が腋と膝裏に差し込まれる。

 身を固めた直後、訪れる浮遊感に漏れかけた声を必死に押し殺す。

 咄嗟に伸ばした手が、自分を抱き上げる彼に回り、落ちないようにとしがみ付く。

 

 

「……悪い、怖がらせちまったみたいだな」

 

 

 相変わらず顔は良く見えなかったが、彼が笑ったのが分かって。

 途端、不思議と巣食っていた緊張感が解けるのを自覚して。

 自分を気遣ってくれたんだ、優しい人なんだと思って。

 

 

「さてと……」

 

 

 だけど、一息の間を置いた、次の瞬間。

 

 

「あのさぁ」

 

 

 まるで真逆、いっそ冷酷と言えるほどに、雰囲気が激変する。

 

 

「これは警告だ。次はねぇと思え。それでももし、同じことを繰り返すっつーんならよ」

 

 

 校長が動けないのは、身が竦むように叩き付けられる怒気のせいか。

 サングラスの奥にある感情は分からずとも、震える体がその正体を如実に表している。

 己の欲望のためになら如何なる困難にも立ち向かう、煩悩の権化が。

 

 

「テメェのお宝全部燃やすぞ」

 

「ごめんなさい」

 

 

 無駄に洗練された無駄のない無駄な動きで土下座を敢行。

 彼は一瞥するだけでそれ以上には何も言わず、軽やかに飛び上がり、左右を壁を蹴って上へ。

 降り注ぐ昼下がりの陽光に目を顰め、屋上へと降り立つ。

 

 

「これに懲りて、もうちょい校長らしくしてくれりゃいいんだがなぁ」

 

「……あ、あの」

 

「っと、悪ぃ。抱えっぱなしだったな」

 

 

 その言葉で、今の自分の体勢を今更のようにを自覚する。

 ドラマでもされたことのない、生まれて初めてのお姫様抱っこ。

 赤くなった顔を見られたくなくて、下ろされてもなお、相手の顔を見ることが出来なくて。

 

 

「にしても……」

 

 

 それでもと。

 勇気を出して、上目遣いで見上げた先には、今度こそハッキリとした姿を捉えることが出来た。

 

 

「あの――」

 

「スゲェじゃねぇか!」

 

「きゃっ」

 

 

 でも、彼が纏う雰囲気は、これまでのどれとも違っていて。

 

 

「俺との約束守ってくれたんだな! 良く頑張ったな! 偉いぞ、キョーコ!」

 

 

 最初は訳が分からなくて、次は優しくて、今度は恐ろしくて、今はたくさん褒めてくれて。

 顔は見えても、捉えることの出来ない彼の内面を、歯痒いと思ってしまう。

 

 

「校長の姿見かけたからさ、もしかしてって思って後付けたんだけど正解だったぜ。キョーコはちゃんと我慢できてたし、今度は俺が守らねぇと思ってさ――」

 

「あ、あの! ごめんなさい……私、あなたのこと、その……覚えがなくて……」

 

「……へ?」

 

 

 戸惑う彼に、罪悪感が募る。

 でも、本当に覚えがない。

 職業柄、様々な人間が入り乱れる現場にいるからか、人の顔を覚えるのは得意な方だ。

 だから、断言できる。

 目の前の彼は、恭子が今日、初めて見た人間だと。

 

 

「いや、いやいやいや!? 忘れるとかねぇだろ普通!? お前あんだけ俺の名前呼んで――」

 

 

 丸い装飾が付いた青のジャケットを羽織り、右足には装飾銃の入ったホルスターが。

 身長は彼の方が頭一つは高く、こちらを見下ろす金の瞳とぶつかり合う。

 

 

「……ごめんなさい。本当に、知らないんです」

 

 

 一度見たら、絶対に忘れる筈のない容姿。 

 下した推論は、自分のことを一方的に知っているというものだった。

 アイドルという立場上、今回のようなことが起こっても不思議ではなかったから。

 だから、今の自分に出来るのは、誠心誠意謝罪をすることだけだった。

 

 

「…………あ、そっか」

 

 

 ポンッと、気の抜けたような音が耳朶を打つ。 

 

 

「出会った時はスモール状態だから、≪変身(トランス)≫した俺なんて分かんねぇのが普通か。脅すんならガキの姿よりこっちの方がって思ったけど、一回り成長した姿なんだし。そっかそっか」

 

 

 彼は一人納得するように頻りに頷くだけで。

 でも、何故だろう。

 こちらを見下ろす金の瞳に、妙な安心感を覚えるのは。

 実家で飼っているチビクロ、そしてもう一人のことを連想してしまうのは。

 大人なのに子供みたいな彼とは真逆、子供なのに大人みたいな少年の姿が、彼と重なる。

 

 

「んじゃ、今度こそさよならだ。姫っち達も心配してる頃だろうし、俺もう行くわ」

 

「あっ――」

 

 

 踵を返し、駆け出そうとする彼へ掛ける言葉が出てこない。

 この機会を逃せば、次に会えるのは何時になるか分からない。

 この一生会うことが出来ないなんて可能性だって、あってもおかしくはない。

 

 

「待って!」

 

 

 気付けば、引き留める言葉を投げ掛けていた。

 

 

「また、逢えますか」

 

「さあ?」

 

「ええっ!? じゃ、じゃあ名前だけでも!」

 

「教えない!」

 

「なんで!?」

 

「そっちの方が面白そうだから!」

 

 

 クルリと彼は振り返るも、止めることのない歩みは確実に二人の距離を離す。

 空いた距離を詰めようと、止めていた歩みを始めようとした時。

 

 

「俺がお前を守ってやる。――全力で!」

 

 

 視線の先で、騎士の誓いをした少年がいた。

 

 

「ヒントはやった。答え合わせは次会った時だ。キョーコがピンチならいつだって駆け付けるぜ」

 

 

 暗色の髪、金の瞳、鈴付きの真っ赤なチョーカー、左鎖骨に刻まれた≪XIII≫のローマ数字。

 宇宙人ではないから、子供だったから、目の前の彼は青年だから――。

 情報だけを鵜呑みにして、容易に至れた筈の答えを無意識のうちに除外していた。

 背格好は違えど彼の容姿は、少し前に会った少年と酷似している。

 先の少年が成長すれば、こんな大人になるのではないかと、そう思わせるほどに。

 

 

「それまでは俺のことをクロ様と呼ぶがいい!!」

 

 

 去り際に、そんな言葉を残して。

 劇的な出会いとは裏腹に、別れは呆気ないものだった。

 屋上から飛び降りた彼を探そうと急ぎ縁へと走り真下に広がる通りを見下ろす。

 しかし、時間帯故か行き交う通行人が多く、彼の姿はどこにも見えなかった。

 

 

「……行っちゃった」

 

 

 嵐のように現れ、嵐のように去っていく。

 屋上に吹く風が髪を乱し、押さえようと頬に当てた手は熱かった。

 今もなお吹き荒ぶ風に負けないくらい、心臓がうるさかった。

 

 

「クロ様……」

 

 

 初めてだから、どうすればいいのか分からない。 

 年下なのか、年上なのか、あれが本当の姿なのか、それともまた別の姿があるのか。

 次にあった時、どんな彼と出会えるのかは分からないけれど。

 

 

「また、逢おうね……クロ様(トレイン君)

 

 

 トクン――。

 自分だけの騎士様に、また逢えるその時まで。

 胸の内で燃える、この情熱の炎が消えることはきっとないだろうから。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 トレインは悪寒を感じていた。

 

 

「…………」

 

 

 握るは≪デダイヤル≫、表示されているのは着信履歴。

 煩わしいからとマナーモードにしていたからか、電話に気付かなかったのだろう。

 涼子の洋館に戻り、誰とも出くわさないことを不思議に思いつつ、ふと≪デダイヤル≫の画面を開いてみれば、三桁などとうの昔に超えてしまった履歴の数。

 その全てがヤミとメアからなのだが、正直後ろめたさよりも恐怖が勝った。

 

 

「なにこいつ等、病んでんの? ヤンデレキャラなの? 変身(トランス)兵器ってそういう種族なの?」

 

 ――なにやら不当な評価を受けているようだが。

 

 

 内から響くのは、ヤンデレ筆頭だろうネメシス。

 ≪変身融合(トランス・フュージョン)≫の依代になって結構経つが、いい加減に巣立ちの時なのではないだろうか。

 

 

「さっきは≪変身(トランス)≫ありがとう。おかげで久方ぶりに相手を見下ろせたよ。話変わるけど俺から引っ越しする気とかない? メアんとことか個人的にオススメだよ?」

 

 ――あれれ~、さっきの≪変身(トランス)≫でまた体から力が~。

 

「おい、それ俺のお家芸」

 

 

 下らないやりとりで気を紛らわせるも、いざ確認しようとして躊躇してしまう。

 ≪デダイヤル≫を持つ手は、さながら中二病でも発症したかのように震えていた。

 

 

「鎮まれ、鎮まるんだ俺の右腕。ははっ、ビビってるていうのか、この俺が? あの二人に?」

 

 ――ところでトレイン、話は変わるのだがな。

 

「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ――!!」

 

「トレインの体に≪変身融合(トランス・フュージョン)≫した時にもしやと思い、ずっと疑問に思っていたのだが、先程の≪変身(トランス)≫で確信したことがある」

 

 

 実体化し、真剣身を帯びる金色の瞳を視界の端に捉えつつ。

 いざ、履歴の中身を開こうとボタンを押そうとして。

 

 

「お前の体だが、ヤミやメアの≪ナノマシン≫と酷似したものが――」

 

 

 突如響く、新たな着信音。

 漏れ出そうになる悲鳴を気合で押し殺し、しかし手からは≪デダイヤル≫が零れ落ち。

 落ちた拍子にボタンが接触したのか、重低音の後に宙に映し出されたのは立体映像。

 

 

「久しぶりね、トレイン君」

 

 

 金髪でも赤毛でもない。

 画面一杯に広がるのは、波打つピンクの髪。

 床に伏している筈の彼女の登場に身構え、別人であることに気付き緊張を解す。

 

 

「……なんだ、セフィか」

 

 

 相変わらずの心臓に悪い顔に、ウンザリするように返事をする。

 

 

「むっ、随分な言い草ね。意中の彼女を見つけて私のことなんてどうでもよくなったのかしら?」

 

「言い方に気を付けろ。それじゃあまるで、俺があのポンコツに気があるみたいじゃねぇか」

 

「嫌よ嫌よも好きのうちよ」

 

「どこで覚えたそんな言葉」

 

「ツンデレ、だったかしら? 地球の言葉って面白いわね」

 

「お前に地球の文化紹介した奴呼んで来い。色々といいたいことがあるから」

 

「――お呼びでしょうか、トレイン殿!」

 

 

 セフィのアップで気付かなかった。

 後ろに控えていた、怪甲冑を着込む今のザスティンを例えるのなら、それは忠犬。

 その姿にかつての悪夢、同期にハブられ憐れに思い声をかけ懐かれたヤンホモが重なる。

 途端、脳裏を過るのはかつての悪夢。

 別人だと分かっていても、容易に拭い去れるものではなかった。

 

 

「私もトレイン殿にご報告したいことが! つい先日、ようやく完成へとこぎ着けたのです! 光子に擬似的な意思を持たせることで予測不可能、変幻自在な動きを可能にする生きた剣! その名も≪幻想虎徹(イマジンブレード)LV.2≫――」

 

「それ以上喋るな、風穴開けるぞ」

 

 

 今度会ったら謝ろうとか思っていたが、速攻で殺意に代わってしまった。

 相変わらず、こちらの古傷をピンポイントで抉って来る奴である。

 

 

「お楽しみのところ申し訳ないのだけれど」

 

「ははっ、さすがは馬鹿女。外見ばっか気にして頭ん中はスッカラカンだな」

 

「あの時の私は余裕がなかったのね。あなたを見ていると若い頃のギドを思い出してなんだか微笑ましい気持ちになるわ」

 

「年増め」

 

「ふふっ、本当に昔のギドにそっくり」

 

「……で、なんか用?」

 

「ティアーユ博士、見つかったのね。良かったわ」

 

 

 言葉に詰まる。

 セフィは微笑のまま、ザスティンはこちらを注視するだけで何も言わない。

 

 

「……無駄骨になっちまったけど、正直助かった。ティアの奴を探すのに協力してくれて」

 

「素直に謝るトレイン君ってとっても新鮮」

 

「…………」

 

「あなたには命を助けてもらった借りがある。私はその恩を返しただけ」

 

「……ほんと、マジで助かった」

 

 

 決定打はティアーユと涼子の学生時代の写真だった。

 だが、デビルーク王家が築き上げた人脈は伊達ではなく、紹介された情報屋は数知れず。

 顔写真と人海戦術、その二つがあったからこそ、辺境の惑星に隠れ住んでいたティアーユを見つけ出すことが出来たのだ。

 命の恩人という立場を利用してまで頼る、それほどの価値がセフィにはあった。

 

 

「だから、これで貸し借りはなし。次に会う時には対等な立場で、普通にお話しをしましょう」

 

 

 だが、トレインの胸の内など既にお見通しのようだ。

 流石はデビルークの王妃、そして三女の母親か。

 敵わないなと、脱力してしまうトレインだったが、

 

 

 

 

「ええ!? あ、アークスが二人!?」

 

 

 

 

 驚愕一色に染まった声が、洋館の廊下に反響する。

 

 

「……ティア、声がデケェ。あと、この人は先輩とは別人――」

 

 

 振り返り、驚き立ち尽くす、長い金髪を背中で一つに纏めたティアーユの背後。

 開け放たれた扉の両側にヤミとメアが、室内には涼子とお静が。

 

 

「――――え」

 

 

 そして、寝台から身を起こし、彼女はその碧眼で真っすぐにこちらを見ていた。

 容姿はセフィと瓜二つ、しかし波打つ髪色はピンクではなく黄金。

 なによりも、額に刻まれた≪I≫のローマ数字こそ、彼女がセフィではないという何よりの証。

 

 

「……私と」

 

「そっくり……」

 

 

 セフィリア=アークスとセフィ・ミカエラ・デビルーク。

 両者が相見えた、これが最初の瞬間だった。

 

 

 

 

 




次回予告

女剣士「……誰なの、その女?」
主人公「先輩落ち着いて話せば長くな――」
王妃様「彼とは(私から)キスを(頬に)した仲よ」
主人公「ちょ!?」
ギド様「とーれいーんくーん、あーそーぼー」

※うそです、たぶん。

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