「ぎゃぁああああああああああああああああ!?」
彩南町のとある住宅街の隅。
外見不気味な、内装はモダンな洋館のとある一室。
必要最低限な家具が配置された質素な、黒猫印のプレートが掛けられたとある室内。
「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
部屋の主ことトレインは、こんもりと盛り上がった布団の中にいた。
悶え苦しむように絶叫を迸らせながら。
生み出してしまった黒歴史という精神攻撃が時間差で襲い掛かって来たみたいに。
「何言ってんの! 何言っちゃってんの! 元上司で命の恩人な先輩になんてことを!? 死人に鞭打つような真似もしたし! 体張って守ってくれた人にアレはないだろ!? 先輩怒ってるよ! プッツンしちゃってるよ! 傷が癒えたら即殺だよ! 黒・猫・斬! ≪滅界≫で仕留められるよ! ≪クライスト≫の錆にされちゃうよ! 会いたくねー! つかどうしろと! 大体どの面さげて会えと!? 嘘ついてごめんなさいって言うの!? なら何で嘘付いたって流れになるじゃん! そしたら原因が先輩だって説明することになるじゃん! そしたら絶対先輩落ち込むじゃん! 怪我人の傷口に塩塗り込む所業じゃん! マジでどの面さげて会えばいいのぉ!?」
全ての始まりは、ティアーユを探して降り立った辺境の惑星。
目的の人物には無事再会し、めでたしめでたしで終わる筈だった宇宙旅行。
だが、再会出来たのは、なにもヤミとティアーユだけではなく。
元上司にしてトラウマの元凶、セフィリアにもまた、再会してしまい。
バレまいと初対面を装うなんて真似をして。
妙な連中の乱入でピンチに陥り。
正体を隠している故に全力を出せない自分を庇い。
「……ほんと、どの面さげて会えってんだよ」
セフィリアは、今も眠ったままだった。
帰りの宇宙船、その医務室のベッドの上で、顔には幾つもの傷跡。
それ以上に目に焼き付いて離れない、彼女が流した涙の軌跡。
「…………マジで俺ってば最低だな」
ざまあみろと思った。
散々人の平穏を脅かした罰が下ったのだと。
でも、胸の内を全て打ち明けて。
ティアーユや涼子の元にまで担いで運んで。
改めて見た、セフィリアに刻まれた痛ましい傷跡に、そんな考えは吹き飛んでしまって。
「…………」
吐くべき相手のいない、懺悔の言葉。
全部が全部、面と向かって話さなければいけないのに。
それが出来ない間柄であることは、過去の出来事が物語っている。
セフィリアにとって、自分は組織を抜けた裏切者。
例えセフィリアがトレインを襲撃したことに罪悪感を抱えていたとしても、それは変わらない。
いや、そんな葛藤があったからこそ、セフィリアは涙を流したのではないのか。
「……はぁ」
むくりと布団から顔を出し、重い溜息を一つ。
全ては、セフィリアが目覚めなければ分からない。
医療は涼子が、彼女の助手はお静が、医学面にも顔の利くティアーユもいる完璧な布陣。
さわり程度の知識しかない自分がいても邪魔になるだけ。
それが言い訳染みたように思えるのは、セフィリアに逢いたくないという気持ちがあるから。
彼女は自分にとってのトラウマ、天敵、害悪と言ってもいい。
でも、本当は分かっているんだ。
今のセフィリアは≪クライスト≫を持たず、≪滅界≫を放てるだけの体力もないことくらい。
それでも、頭では分かっていても、ハイそうですかと納得できるわけもなく。
「……腹減った」
グーと、腹は空腹を訴える。
地球に戻ってからというもの、こうして自室に引き篭もってばかり。
大食漢な自分が碌に食事もとっていない現状、改めて意識すれば余計に胃が悲鳴を上げる。
幸い無職なこの身、時間だけは余りあるほどあり、こうして何度も自問自答してみた。
それでも答えは出てこず、だったらと気分転換も必要だろう。
殺風景な自室から、トレインは久方ぶりに外へと抜け出す。
「「――あっ」」
そして、出会った。
金と赤、二色な変身姉妹に。
「…………」
盗み聞きしていたのか、扉に耳を当てるような格好で固まる二人と相対す。
金のは気まずげに視線を彷徨わせ、赤いのは下手くそな口笛を吹き出したではないか。
だが、トレインにはそんなことよりも気になることがあって。
「……何時からそこに?」
一抹の望みを、その問いに込め。
「その……」
「……素敵な独り言だったよ?」
しかし、現実は非情だった。
「実家に帰らせて頂きます」
トレインは駆け出した。
「トレイン!? ま、待って――」
「クロちゃ――――ん!!」
後ろから聞こえるヤミとメアの声は無視した。
黒歴史のような懺悔を聞かれる、まさに傷口に塩を塗り込むような行為。
なるほどと、トレインはほんの少しだけセフィリアの気持ちを理解するのだった。
◆ ◇ ◆ ◇
「このページに乗ってるの全部。それとライス特盛。ドリンクバー追加で」
「…………」
笑顔のまま固まる店員を無視し、スタスタとジューススタンドに。
最近のファミレスってスゲーなと、豊富なラインナップにトレイン感動。
取り敢えず全てのジュースを混ぜ、どこぞの川の水のように濁ったドリンクを作成する。
――前から聞こうと思っていたのだが、トレインのその資金源はどうなっているのだ?
胸の内から聞こえるその声に安堵を覚えるのは、彼女に無理をさせた自覚があったから。
ストローをぶっ刺し、席へと戻ったトレインは頬杖をつきながら応えた。
「賞金稼ぎの真似事してたら自然とな。貰えるもんは貰う主義だし、生活する以外には使い道とかなかったから貯まる一方だったんだよ」
――……ちなみに、何か呼び名のようなものは?
「あー……目立つ行動控えてたから、掃除屋って自称してたな。どったのよ、ネメシス。」
――はは……はっ……面倒だからと賞金稼ぎのネットワークを頼らなかったのが仇となったか。
「……ネメちゃん?」
ドンヨリオーラにブツブツと独り言。
最近になって漸く目を覚ましたが、途端にこれでは不安にもなる。
これはネメシスに気付けが必要だと、取り出したのは真っ黒な靄の入った透明な小瓶。
禍々しいオーラを放つ、グルマン星の特産品、その名はダークマター。
本来ならば大部分が香辛料が占め、ダークマターは微量しか含まれてはいないのだが、これは逆に主成分の大半がダークマターで造られた特注品。
ネメシスの回復にはこれが一番だと、前にメアより渡されたものだ。
「お、お待たせしました……」
「待ってました!」
次々と運び出された料理は、すぐに机を占領してしまった。
香ばしい匂いが空っぽの胃袋を刺激し、早く食べろと急かしてくる。
しかし、生憎と前準備が必要なのだ。
小瓶を開け、靄が立ち込めるヘドロ状のダークマターが料理へと注がれていく。
新しい料理を運んで来る店員の物申したい視線には取り合わず、合掌の後に箸を取った。
「いっただっきまーす!」
まずは照り焼きチキンから。
箸で摘み、口に運ぼうと距離を縮める度に増す芳醇な香り。
口に含み、まずはタレが、噛めば香ばしい皮が、そこから溢れ出る肉汁が。
ぶわっ、パリっ、じゅわっと、ジューシーな濃厚なエキスが口一杯に広がっていく。
――ふぁ!?
ダークマター独特の苦み、それを彩る僅かな甘み。
甘味大好きな変身姉妹には大不評だが、トレインには堪らないアクセントとなる。
濃い口な甘辛いタレに加わる、ダークマターの独特の苦み。
何時までも噛み締めていたいと、味わうように噛み締めていく。
――んっ……ぁ……だ、め……!!
ライスだ、ライスが欲しくて堪らない。
肉の余韻が冷めぬうちに、艶めく白米を掻き込めば、残ったソースと絡み合って。
彩南町に、日本に来て良かったと心から思う。
ライスだけでは味気なく、ハンバーグだけだと諄くなる。
それがどうだ、二つが合わされば、なにものにも劣らない、至高の一品に化けるではないか。
――や、だっ……くる……きちゃ、う……い、やぁ……!!
ハンバーグにパスタ、オムライス、ドリア、ピザ、デザートだって忘れていない。
机一杯に広がる、ダークマターの掛かった料理を片っ端から口に運んでいく。
空腹が最高のスパイスとは言うが、箸が、スプーンが、フォークが止まらない。
あまりの美味さに無限に食える自信すら湧いてくるほどだ。
――ダメ……ダメっ、だめだめ……らめぇ……っ!?
だけど、幸せな時間は終わりを見せてしまう。
最後の一口、名残惜しい気持ちもあるが、残すなんて言語道断。
残ったライスとソースを絡め、仕上げの一口を口に運んだ。
――あぁ~~~~~~~~っ!!
合掌。
感謝の祈りを捧げ、残った一口を惜しむように嚥下。
「ごちそうさんです」
正直、ファミレスだからと舐めていた。
もちろん、専門店には劣るのだろうが、この安さと早さなら納得がいく。
元々柔らかな高級肉よりも歯応えのある安っぽい肉の方が好みなのも大きいのだろう。
べた付く口内をジュースで洗い流し、満足げに溜息を零し、満腹感の余韻に浸る。
「……美味かったぜ」
――いい……最高だっ。
ネメシスも同じだったのだろう。
ダークマターを補充した彼女もまた、艶っぽい溜息を長々と吐き出していた。
「久しぶりに熱々のもん食ったけど、やっぱ出来たてが一番だな」
――うむ。トレインを通じて熱いのが私の体内に注ぎ込まれてきたぞ。
「いっつも手作りだけど、たまにはこうして外食も悪くねぇな」
――ああ、こんな快感があるなど知らなかったよ。新境地を見た気さえする。癖になりそうだ。
にゅっと腹から顔を出し、膝に乗る様にネメシスが実体化。
長い黒髪から覗く耳は真っ赤で、息も絶え絶えだと言わんばかりに呼吸が荒い。
まさか実体化が可能になるほど回復するとは、本当にダークマター調味料様々である。
トロンとした目で、物欲しそうに見上げて来るネメシスに、トレインは笑顔で口を開く。
「――で、さっきのってなに?」
「……トレインは意地悪なのだな。そんなこと、私の口から言わせるなんて……」
「うん、メシ食っただけなのに何でそうなるんだろうね。後、何故に膝の上? そして、何故しな垂れ掛かって来る? 艶っぽい声出すなそんな目で俺を見るなマジでやめろネメシスお願い」
力づくで隣に座らせ、メニューを開き、呼び出しボタンをぽちっと。
発情した黒髪金目の褐色ロリ猫が恨めし気に口を尖らせているのを視界の端に映しながら。
「ほれ、ネメシスもなんか頼め」
「……私をもので釣ろうというのか」
「黙らっしゃい。おっ、このみたらし団子パフェとか美味そうじゃね?」
「むー……なら、それでいい」
「はいよ。すんませーん、みたらし団子パフェとミルク追加で。あ、この皿全部片付けてもらっていいっスか? それと、ごっそさん。美味かったっス」
短時間でこれだけの量を平らげたからだろう。
驚愕の表情を張り付け、店員が机の上をサッパリさせてから待つこと五分。
黄金を溶かしたような蜜がふんだんに塗りたくられた煌びやかなパフェが運ばれる。
鼻孔を擽る甘い香り、瞳を輝かすネメシスに苦笑し、一緒に運ばれたミルクを口に運ぶ。
「た、食べていいのか!?」
「どーぞ。なんならもっと頼んでもいいぞ」
「今日のトレインはやけに優しいのだな。ご主人様に優しくされる……うむ、悪くない」
ニッコリと、花が咲いたように微笑むネメシス。
気まずげに顔を背けてしまうのは、後ろめたい気持ちがあるからで。
「……この前は悪かった」
「トレイン?」
「……色々と無理させた。最初から俺が戦ってたら、あんなことにはならなかったから……」
一瞬の沈黙。
「トレイン」
背けた顔を戻した途端、口に差し込まれ、広がる甘味。
視線の先には、ネメシスがパフェスプーンをこちらに突き出していた。
「悔やむ必要などない。言っただろ、私はトレインのものだと。だから、謝る必要などない」
差し出したパフェスプーンを引き抜き、ネメシスはみたらし団子を乗せ。
その小さな口を一杯に広げ、パクっと。
幸せそうに金色の瞳を細め、そのままこちらへと笑い掛ける。
「でも、これだけは言わせて欲しい。私は嬉しかった。トレインがセフィリアを見捨てないでくれて。あの者は昔の私だ。大切なものを失い、自暴自棄になっていた、かつての私そのもの。初めて見た時から、他人のような気がしなかった。願わくば救われてほしいと、心から思うほどに」
「ネメシス……」
「だから、嬉しかったんだ。私を救ってくれたように、トレインがセフィリアを救ってくれて」
本当に嬉しそうに。
普段の女王然とした顔を、童女のように綻ばせながら。
「ありがとう、トレイン。さすがは私のご主人様だな」
「…………」
言いたいことを言い終えたのか。
山のように盛られたパフェを崩すのに、ネメシスは夢中になり。
グイッとミルクを煽り、空になったグラスにジュースを注ごうとスタンド目指して席を立つ。
「……顔あっつ」
火照った顔を冷やすために。
冷たいジュースが注がれたグラスを頬に当て、真っ赤な顔を冷やすのに専念するのだった。
◆ ◇ ◆ ◇
あれから暫く。
ファミレスを後にし、≪
――で、これからどうするのだ?
「さーな。まだ考えはまとまらねぇし、姫っちやメアにも出来るなら顔合わせたくねぇし」
只でさえセフィリアのことで一杯一杯なのに、追い打ちをかけるような黒歴史の傷跡。
あの二人のことだ、心配してくれていたんだろう。
とはいえ、元々気分転換に町へと繰り出すつもりでいたのだ。
当初の予定とはズレているが、結果オーライだと割り切ることに。
取り出した≪デダイヤル≫で涼子宛にメールを作成。
夕食までには戻る旨を記し、そのまま送信した。
「うっひょ~~~!!」
直後、響き渡る間の抜けた声。
振り返った先にいるのは、全世界にいる女の敵だった。
「……真昼間から何やってんだ」
パンツ一丁の不審者が、そこにはいた。
常習犯にも関わらず、アレが校長という地位に着き続けて事実。
間違いなく彩南町最大の謎であることは間違いないだろう。
そして、今も性懲りもなく、一人の女性を追いかけ爆走中。
他人のフリをするのが一番なのだろうが、セフィリアの一件がある手前、無視も出来ない。
「仕方ねぇ……」
腹を括り、女性の後を追い裏路地へと消えた校長の後に続く。
陽が当たりにくく薄暗いが、ド派手なピンクのパンツは良く目立つ。
適当に気絶させるかと、懐から≪ハーディス≫を取り出した、まさにその時。
「――なっ!?」
一瞬にして、薄暗かった裏路地が昼間のような明るさに。
「ぎょわぁああああああ!?」
悲鳴を上げる校長の体が、あっと言う間に炎に包まれる。
火達磨と化すも、さすがは校長と言うべきか。
うわ言のように吐き出す言葉全てが桃色な煩悩に染まり切っていた。
だからだろうか、普通に重傷なのに全く心配する気になれない。
「校長よ、安らかに眠れ」
静かに合掌した直後だった。
「もー! しつっこい!」
目の前に広がる、強大な火炎。
しかし、それはトレインにとって脅威となり得ない。
数千度の熱にも耐えうる超合金で造られた≪ハーディス≫を一閃。
掻き消された炎の先には、唖然と佇む一人の女性の姿が。
歳は、女子高生と言ったところか。
肩に掛かる程度の黒髪を二つに縛り、見開かれた瞳を眼鏡が彩る。
というか、髪型も違う上に眼鏡装着しているが、滅茶苦茶見覚えがあるのは気のせいか。
その上、先程の炎、自然と答えは導き出される。
「キリサキ=キョウコ……!?」
表の顔は女子高生、裏の顔は革命組織≪星の使徒≫に所属。
超高熱の炎を生成する
だが、これまでのような他人の空似である線は限りなく薄いだろう。
声や容姿、能力に至るまで、目の前の彼女がキリサキ=キョウコであると告げているのだから。
「な、なんでこの子にも私の変装がバレてるのぉ!?」
三度、勘違いが加速する――。
キリサキ=キョウコ cv.千葉千恵巳
霧崎恭子 cv.千葉千恵巳
髪や瞳の色が違うセフィと違って、声や容姿、能力に至るまでそっくりという。
とりあえず≪ToLOVEる≫世界の恭子に「クロ様!」って言ってもらうことを目標に頑張ります。