殺し屋≪暴虐のアゼンダ≫に賞金稼ぎ、ガチ・ムーチョ、そして復讐者である三人組。
彼等彼女等は、言葉を発することを忘れる。
何かが変わった訳ではない。
標的は子供二人、そして邪魔者が一人。
うち一人は何処かへ消え、もう一人は傷付き、そんな彼女の前に少年が立ちはだかる。
少年になにか特別な変化が訪れた訳ではない。
唯一、その小さな体には不釣り合いな大仰な装飾銃を持っているだけなのに。
「ガハハハハハハっ!!」
そう、たったそれだけのことなのだ。
何を恐れることがあると、ガチ・ムーチョは勇ましく吠える。
鋼のように鍛え抜かれたその体、例え銃弾だろうが致命傷になどなりはしない。
「秘密結社≪クロノス≫? ≪
相棒である金砕棒を振り回し、悠々とトレインへと歩み寄る。
相対する彼等の身長、体付き、全てが大人と子供以上の隔たりがあった。
「テメーみたいなガキ、このマスール銀河最強の賞金稼ぎ、ガチ・ムーチョ様の敵じゃねーぜ!」
だが、ガチ・ムーチョは知らない、知る由もない。
≪クロノス≫の恐ろしさも、≪
此処とは別の世界、全十二人で構成され、各々が世界最強硬度の超合金で造られた武器を持ち、それらを限界まで極めた超常の戦闘集団。
目の前の少年は、特例として≪
「≪マルス≫」
言葉と共に、トレインの手に具現化する、黒いナイフ。
同時に装飾銃を懐に仕舞い、舐められているのだとガチ・ムーチョの怒りを買う。
「そんなチャチなナイフで俺様の武器と張り合おうってのか! 舐めてんじゃねーぞ!」
振り下ろされる金砕棒に、誰もが幻視するだろう光景は凄惨なものだった。
だが、アゼンダ達は、不思議とそのような結末にならないだろうと直感した。
――瞬間、トレインの手が黒いナイフと共にブレる。
No.≪IV≫、クランツ=マドゥーク。有する武器はナイフ。
内に眠るネメシスの≪
有り得ない事態にガチ・ムーチョは言葉を失い、その大仰な身体を硬直。
その時には既に、トレインは懐へと潜り込んでいた。
「≪ディオスクロイ≫」
No.≪V≫、ナイザー=ブラッカイマー。有する武器は一対のトンファー。
黒いナイフが消え、代わりに具現化された二振りのトンファーを握り締め、振り抜かれる。
豪雨、そうとしか形容できないラッシュ。
数百に迫る打撃がガチ・ムーチョに体に沈み、その巨体が吹き飛ぶ。
「こいつ、ただのガキじゃない!」
堪らず声を上げ、三人組のサイボーグ男が翳した掌が発光。
殺到する光弾を避ければ、後ろにいるセフィリアに当たってしまうだろう。
「≪エクセリオン≫」
だからこそ、トレインは避けなかった。
N0.≪VII≫、ジェノス=ハザード。有する武器は鋼線付きグローブ。
瞬時に張り巡らされたワイヤーに阻まれ、光弾が二人に届くことはない。
「これならどうだい!」
すかさず、アゼンダが動く。
念動波がトレインの体を縛り、動けない隙を突き、再び光弾を掃射。
即席ながら見事な連携プレイに、トレインは為す術もなく。
その瞳に恐怖を宿すことなく、次の一手を静かに呟く。
「≪ア・バオア・クー≫」
着弾、しかしその全てが弾かれた。
No.≪XII≫、メイソン=オルドロッソ。有する武器は内に無数の武器を秘めた強固な鎧。
「≪グングニル≫」
防御から攻撃へ。
No.≪II≫、ベルゼー=ロシュフォール。有する武器は大鎗。
速度と手数に重きを置く≪アークス流術≫と対を成す、≪エルヴァルト槍術≫。
重厚な一撃が空いた距離を蹂躙し、生み出された衝撃波がサイボーグ男に直撃。
最後の遠距離攻撃手段を失い、着流し男が抜刀しながらトレインへ迫る。
「いざ!」
「≪ヘイムダル≫」
応戦すべく、瞬時にトレインは次の一手を具現化。
No.≪VIII≫、バルドリアス=S=ファンギーニ。有する武器は鎖付きの鉄球。
鎖を握り締め、頭上で旋回させた鉄球を投擲するも、速度がないため簡単に躱されてしまうが、
「なんとっ」
突如軌道を変えた鉄球が着流し男を襲い、その体に鎖が巻き付き自由を奪う。
≪ヘイムダル≫の各所に設けられた噴出孔からのブーストによる軌道修正。
「≪ウルスラグナ≫」
必死になって拘束を解こうとする着流し男に、影が差す。
No.≪XI≫、ベルーガ=J=ハード。有する武器はバズーカ。
その強大な砲身は弾切れになろうとも鈍器として使用でき、落下速度と≪ウルスラグナ≫自身の重量が加わり、振り下ろされる一撃が着流し男を叩き潰した。
「野郎! クソガキの分際でぇ!」
三人組の最後の一人、海賊風の男が取り出した歪な球体に、アゼンダの目の色が変わる。
「小型重力爆弾……ばっ、ガキだけじゃなくあたしらまでお陀仏だよ!?」
「うるせー! 殺らなきゃ殺られんのはオレ達だ! 後はどうにでもなる!」
「これだから男って生き物は……!!」
「おいガキ! これがオレ様の切り札、小型重力爆弾だ! 爆発したら最後、ここいら一帯を吹き飛ばすトンデモねー代物だぜ! 分かったら大人しく降参を――」
「≪セイレーン≫」
No.≪X≫、リン=シャオリー 。有する武器は羽衣。
具現化させた黒い羽衣を閃かせ、地面から粉塵を巻き上げる。
それはアゼンダ達をも呑み込み、視界が失われてしまった時だった。
「ガキが向かってるよ! 早く爆弾をあたしに寄越しな!」
「っ……アゼンダ!」
声の方向へ、海賊風男は小型重量爆弾を投げ渡し、
「≪アルテミス≫」
返答は、無数の矢。
No.≪III≫、エミリオ=ロウ。有する武器は弓矢。
粉塵が晴れ、そこにいるのは高速射出術により、大量の矢を射たトレイン。
その足元に転がる小型重量爆弾に、最後の一人であるアゼンダは歯軋りをする。
「あんた、あたしの声を……!?」
粉塵で海賊風男の視界を奪い、アゼンダの声を真似、トレインを彼女だと誤認させる。
切り札である小型重力爆弾を奪取され、残りはアゼンダ一人だけ。
「くそ、ガキがぁ!」
激情のままに、彼女の代名詞である、予備の鞭を繰り出す。
だが、目には目を、歯には歯を、
「≪オシリス≫」
そして、鞭には鞭を。
No.≪VI≫、アヌビス。有する武器は鞭。
≪暴虐のアゼンダ≫として、長い年月を経ることで漸く可能になった、変幻自在な鞭捌き。
しかし、トレインの鞭捌きはそれを上回っていた、比べることすらおこがましい。
撓る鞭の先端を正確に捉え、弾き、絡めとる。
堪らず片手を突き出し、念動波を行使するアゼンダよりも早く、トレインは動く。
「≪ジークフリード≫」
No.≪IX≫、デイビッド=ペッパー。有する武器は54枚1束のトランプ。
ばら撒かれ、その全てが意思を持つかのように標的であるアゼンダへと襲い掛かる。
念動波で止めようにも数が多過ぎ、避けきれないと防御の構えを取り。
直撃する瞬間、≪ジークフリード≫は霧散。
慌てて反撃に打って出ようとするが、トレインは既に彼女の間合いの内へ肉薄していた。
「≪クライスト≫」
高潔を絵に描いたように、その剣は美しかった。
気品に溢れ、気高く、纏う雰囲気は静謐。
これまで生成された武器の全てが≪
「≪アークス流剣術≫、終の第三十六手」
速度と手数に重きを置く、全三十六手存在する流派の最終奥義。
放てば必中、先の先を取り、あらゆる障害を突き崩す、刹那の閃光。
明王の前で痛みも苦しみもなく一瞬で塵と化す、その技の名前は。
「≪滅界≫」
◆ ◇ ◆ ◇
「――よし、逃げるか」
トレインは心に誓った。
必ずや、かの女剣士から逃げねばと決意した。
トレインには女心は分からぬ。
トレインは今まで、女性と付き合ったことはない。
青春時代は修業や仕事に忙殺され、逃亡時代は物理的にも精神的にも殺されかけて。
逆行してからご覧の通り、色事とは無縁のスモール状態だった。
けれども女性の恐ろしさには、人一倍触れているという自負があった。
セフィリアに命を狙われ、ヤミに命を狙われ、ネメシスに命を狙われ、メアに命を狙われ――。
「……ははっ、俺が何をしたと?」
そのうち女性恐怖症とか、新しいトラウマでも発症しないだろうか。
既に≪滅界恐怖症≫なるものに悩まされている身としては、全くもってシャレにならない。
早いところティアーユ達のところへ向かい、救助を頼もう。
涼子やお静もいるのだから、セフィリアの怪我なんてあっという間に治せるはず。
これまで何度もお世話になったのだ、彼女達の腕は信頼している。
「……そうと決めたんなら、急がないとな」
ネメシスに残ってもらえれば良かったのだが、生憎彼女は現在眠りについていた。
脱退したとはいえ、≪クロノス≫には一応ながら義理がある。
思い入れのある組織を馬鹿にされ、だからこそ≪クロノス≫の象徴である≪
そのためにはネメシスの≪
具現化は一瞬、細部に渡るイメージを行ったから、消耗は最低限で済んだ。
とはいえ、これ以上ネメシスに頼るのは、あまりにも酷というものだから。
「だから……だから、これはそう、仕方がないんだ……」
トラウマのある自分では、セフィリアの介助は出来ない。
だから、それが可能である者に応援を願う。
別になんら不自然ではない、当たり前のことではないか。
「…………」
歩んだ足が、止まる。
地面に縫い付けられたみたいに、そこから先には動いてはくれない。
そして、肩越しに後ろを振り返ろうとして――
「……やめろよ」
見ないように。
後ろを振り返らないように。
今の自分に出来ることをしようと。
ティアーユ達に助力を願おうと。
「…………ハート、ネット……」
耳を塞ぐ。
何も聞こえないように、見えないように。
目を閉じ、呼吸を止め、五月蠅い心臓の音だけに集中し――それでも耳から離れない。
「…………なんなんだよ」
振り返った時、目にしたのは地に伏したセフィリアだった。
服が破れ、皮膚が裂け、血が流れている。
しかし、一見酷い状況だが、セフィリアの傷は鞭によるものだ。
別段致命傷という訳でもなく、少々処置が遅れたって後遺症が残るほどでもない筈だ。
「……なんなんだよ、あんた」
見捨てるという訳ではない。
ただ、自分ではどうすることも出来ないから。
だから、一刻も早く助けを呼ぶだけなのに。
「……ふざけんなよ」
沸々と、沸き起こる感情は、怒り。
自分の正体を偽るため、セフィリアを騙し、その結果負った傷。
最初から自分が戦っていれば、こんなことにはならなかった。
セフィリアが傷付くことも、ネメシスに負担を掛けることもなく、全てが一件落着で済んだ。
なら、責任は全て自分にあるというのか。
でも、そうなる原因を作ったのは誰だ。
実力を隠すなんて面倒な真似をしなければならなくなった、そんな理由を作ったのは。
未だに色濃く、根を張る、トラウマを自分に刻み込んだのは、一体誰なんだ。
「ふ……ざっけんなぁあああああああああああああ!!」
全部が全部、セフィリア=アークスが原因じゃないか。
「何なんだよ! なんなんだよ! せっかく過去に流れ着いて! 平和を手に入れて! 脅威に怯えなくてすむような! そんな当たり前の日常を手に入れたっていうのに! またあんたが! あんたが俺の前に現れたから! 全部が全部、あんたのせいじゃないか!」
感情のタガが外された。
怒鳴り散らさなければ。
そうでもしなければ。
「散々俺を振り回しといてまたか! またあんたは俺を振り回すのか! 俺が何したっていうんだよ! ほっといてくれよ! 俺なんか忘れて世界平和でもなんでもやってればいいだろ! 俺の関係ないところでやればいいだろ! 邪魔なんかしないから! だから巻き込むなよ! 俺が! 俺がどんな気持ちでいたのか! あんたなんかに分かる訳ない! 分かってたまるかよ!」
いつの間に握っていたのか。
≪ハーディス≫の銃口がセフィリアに向けられる。
震える指が引き金に掛かる。
「死なないとでも思ったか! だから≪滅界≫を俺に放ったんだろ! そうだよな! ああそうさ! 俺は死ななかった! 他の奴なら死んでただろうさ! それでもだ! 俺はあんたの≪滅界≫から逃げ続きてきたさ! だけどな! 躱せるからって無事じゃないんだよ! 痛いんだよ! 心が痛くてどうにかなりそうだった! 怖かった! 次の瞬間には自分が死ぬんじゃないかって思うと気が気じゃなかった! 毎晩悪夢に魘された! まともに眠れた日なんて一日だってなかった! 何度も! 何度も何度も何度も何度も何度も! 気が狂いそうになるくらい≪滅界≫浴びせられて! 怖くて仕方がなかったんだよ! それなのに! 俺はあんたにやめろって言ったのに! 何考えてんだよあんた! 人の命弄んでそんなに楽しいのかよ! やっていいことと悪いことがあるって普通に分かれよ! 俺は技の実験台じゃねぇんだぞ!」
紫電が、≪ハーディス≫に纏わりつく。
銃口に収束する、必殺の光が今にも放たれようとしている。
特殊弾、≪
帯電性質を有する≪ハーディス≫と≪細胞放電現象≫を組み合わせた必殺、≪
この二つを同時に放つことで可能となる、最大の切り札があった。
「消えろ! 消えろ消えろ消えろ! 俺の前から! あんたなんか消えてなくなればいいんだ!」
――だけど。
「だから……だから……っ、返事しやがれ! セフィリア=アークス!!」
どれだけ待っても、セフィリアは応えてはくれなかった。
痛みに魘されているのか。
意識はとうの昔に失っており、荒い呼吸だけが機械的に繰り返されるだけで。
「ち……く、しょうがぁあああああああああああああ!!」
咆哮。
長い、天高くまで響き渡るような。
直後に、トレインは駆け出した。
「ふざけんな! ふざけんな! ちくしょう! ざけんな! ざけんじゃねぇ!」
≪ハーディス≫を懐に捻じ込み、倒れ伏すセフィリアを抱き起す。
途端、悲鳴を上げる拒絶反応。
それでも、そんなものは関係ないのだと。
力一杯にセフィリアを抱き締め、元来た道を全速力で進んでいく。
「分かってんだよ! 後悔してるって! 昔の自分を悔いてるんだって! こんなボロボロになってまで俺を守ろうとしてくれた! 死んでも守るって! そう思ってくれたあんたの決意が本物だって分かっちまったから!」
負担となる振動は最小限に、最短距離で、セフィリアを治療するために。
「だから! だからさぁ、先輩! 早く治ってくれよ!」
搔き抱くセフィリアから伝わる、確かなぬくもり。
彼女が生きていることに、心の底から安堵している自分がいる。
例え命を狙われた、トラウマを刻んだ相手だったとしても。
セフィリアには恩がある。
上司として、一人の人間として、≪クロノス≫時代に世話になった。
何度も食事に誘ってくれた、模擬戦を申し込んでくれた、こんな自分の為に尽くしてくれた。
「言いたいことが山ほどあんだよ! 一つや二つなんてレベルじゃねぇぞ! 一晩語り明かしたって足りねぇくらいあるんだからな! 終わるまで絶対寝かさねぇからな! 覚悟しやがれ!」
創作物の登場人物として知るセフィリアは、厳しい女性だった。
だけど、それ以上に優しい人だった。
死んだ部下のために涙を流す、優しい心根の持ち主だった。
「だから! だから頼むから! お願いだから!」
実際に目にしたセフィリアは、おっかない人だった。
出会い頭に斬りかかってきたり、後輩いびりをするようなハチャメチャな人だった。
だけど、見ず知らずの子供のために命を賭けることの出来る、優しい心根の持ち主だった。
「頼むから眼を開けてくれよ! セフィリア先輩!」
もっと、きちんと向き合えば良かった。
今更のように、そんなことを思ってしまって。
「ご……めん、な……さい……」
風に攫われてしまいそうなほど、それは小さな声だった。
走り続けるトレインの胸の中で、繰り返し、何度も。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
セフィリアは、泣いていた。
意識を失い、それでも、懺悔のように、謝罪の言葉を口にする。
子供のように、嫌わないでと、トレインの服を握り締めながら。
「……謝るくらいなら、最初からやるな」
やっぱり女の涙は嫌いだ。
ムスッと口を引き締め、ティアーユの隠れ家へとトレインは急ぐのだった。
緊急速報:主人公、トラウマを自力で克服する(一時的
突然の報告。
またまた懲りずに新作を投稿してしまったぜ。
原作:≪ヒカルの碁≫
タイトル:≪佐為と進藤ともう一人のヒカル≫
暇潰し程度の気持ちでご覧あれ。
報告はこれにて終了っす。