美柑と黒猫と金色の闇   作:もちもちもっちもち

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いい加減物語を進めようと思った作者でした、マル。
最近主人公が平和なので、起爆剤(トラウマ)をぶち込もうと思うんだ。


サンニンムスメ

 一閃。

 

 赤と金の剣群を斬り抜け、返す刃で絡まった髪を振り落とす。

 ハラハラと宙を舞う極上の絹糸にも似た御髪は、抵抗もなく切断された。

 柄から刃まで、全てが黒く塗り潰されたナイフの感触を確かめた後、静かに呟く。

 

 

「次」

 

「了解した」

 

 

 闇が蠢く。

 トレインの一言に、彼の内に宿るネメシスが≪変身(トランス)≫を行使。

 黒のナイフが霧散し、次の瞬間には黒いグローブへと変化した。

 左手に嵌められたグローブの感触を確かめ、無造作に振り払う。

 直後、空間に無数の黒い閃きが走り、二色の髪が粉微塵に斬り裂かれる。

 

 

「ヤミお姉ちゃん、短い髪も素敵だね」

 

「お姉ちゃんと呼ばないでください」

 

 

 質量保存の法則に捕らわれず、≪変身(トランス)≫によって短く切られた髪の毛は元通りに。

 ヤミは背中から両翼を、メアは長大なバスターライフルを生み出し、そのまま一斉掃射。

 しかし、トレインが腕を振るうことで、二人の攻撃は届くことなく阻まれてしまう。

 

 

「むむっ」

 

 

 目を凝らして漸く視認可能な極小のワイヤーこそ、不可視に思えた防御壁の正体。

 だが、二人の波状攻撃を前に、次々に千切れてしまう。

 

 

「……やっぱオリハルコン製のもんと同じってわけにはいかねぇよな」

 

「トレインの≪ハーディス≫のような出鱈目金属と一緒にするな」

 

「ははっ、違いない。つーわけでネメシス、次頼むわ」

 

「全く、兵器泣かせなご主人様だよ」

 

 

 嘆息を零しながらも、ネメシスの吐息に滲むのは主人に必要とされているという至上の喜色。

 グローブとワイヤーが掻き消え、次いで姿を現したのは黒い羽衣。

 殺到する羽根の弾丸を、エネルギー弾を受け流していく。

 闘牛士さながらの華麗な布技、全ての攻撃を捌き切ったトレインは、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「カモーン、変身(トランス)姉妹」

 

 

 挑発するように羽衣をヒラヒラと靡かせる姿に、二匹の暴れ牛(ヤミとメア)はピクリと反応。

 

 

「……メア」

 

「アイアイサー」

 

 

 一瞬のアイコンタクトの後、メアは弾幕を張り続け、ヤミは両腕に≪ナノスライサー≫を生成。

 背中の両翼を羽ばたかせ、上空からトレインを強襲する。

 

 

「そいやっ」

 

 

 払い、掬い上げられた粉塵だが、後衛を務めるメアの弾幕には一瞬の目眩ましにしかならず。

 前衛のヤミが振り上げた必殺の≪ナノスライサー≫だが、

 

 

「ヤミさん」

 

「っ!?」

 

 

 観戦している筈の友人の声に、剣筋が鈍る。

 粉塵が晴れ、トレインの場所に替わって立つ美柑の姿に、その隙は致命的なものとなった。

 友人の顔に刻まれる、人を喰った笑みを見た瞬間、ヤミは全てを悟るも時既に遅し。

 振るった羽衣が≪ナノスライサー≫の横から払い、即座にヤミの全身を包むように拘束。

 必死に抵抗するも緩まない束縛に、ヤミは悔しさと羞恥の眼差しで標的を仰ぎ見た。

 

 

「油断大敵だぜ、姫っち」

 

「声帯模写に変装術とは、つくづくトレインは器用なのだな」

 

「連中の魔の手から逃れるために死ぬ気で覚えた」

 

「おお、連中というのがなんなのかは分からぬが、トレインは努力家なのだな」

 

「しかし、連中には何故か通じなかった」

 

「……その、無駄な努力は嫌いではないぞ?」

 

 

 羽衣が遮蔽物の役割を、その間に体表面を≪ダークマター≫が覆う。

 疑似的な高速変装術の種明かしにと、美柑の顔と声のまま、口調はトレインに。

 

 

「ヤミお姉ちゃん!」

 

「動くな」

 

「ぐぬぬ……人質を取るなんて卑怯だぞ!」

 

「卑怯だってよ、ネメシス」

 

「……耳が痛いな」

 

「メアさんよ、動くなって俺は言ったぜ。それでも動くっつーんなら……」

 

 

 拘束したヤミを抱き寄せ、顔を近付け見つめ合う。

 百合の花咲き乱れる急展開。

 ボッと顔を赤くさせるヤミに、美柑の顔のまま迫るトレインは最高の決め顔。

 

 

「えっちぃこと、しちゃうぞ?」

 

「な、ななっ……なぁ!?」

 

「なにその素敵な展開! ヤミお姉ちゃん、動いていい?」

 

「駄目に決まっているでしょう!」

 

「……駄目、なの?」

 

「うっ……!!」

 

「……女の敵」

 

 

 涙目に首こてんとあざとい仕草で責めるトレイン。

 友人の顔に想い人の声のダブルコンボにたじろぐヤミ。

 ワクワクと瞳を輝かせるメア。

 そんな彼女等を冷めた眼差しでネメシスは見詰める。

 

 

「ふんっ」

 

「でえ!?」

 

 

 あわやそのまま口付けするかに見えた百合色展開は、突然の乱入者によって終止符を打たれる。

 後頭部の打撃で地面と熱い口付けを交わし合い、激痛に疼く頭を押さえながら反転。

 勝者であるトレインに微笑むのは、満面の笑顔に青筋を走らせる勝利の女神こと美柑であった。

 

 

「人の顔でなにしてんのかな?」

 

「わ、私と同じ顔!? まさか、あなたは生き別れた私の双子の……!!」

 

「そんなわけないでしょうが!」

 

「ですよねー!?」

 

 

 怒髪天を衝く。

 背筋を刺す殺気に、飛び退くトレインは見た。

 全身を戦慄かせ、怒りと恥ずかしさに顔を紅に染め上げたヤミの姿を。

 前門の(美柑)、後門の(ヤミ)

 温泉地での顛末の再来を予感したトレインは変装道具一式を脱ぎ捨て、元の姿で戦略的撤退。 

 

 

「待ちなさいトレイン!」

 

「逃げるなトレイン君!」

 

「あはは~! 待て~クロちゃん~!」

 

 

 悪戯好きな黒猫と被害者こと美柑とヤミ、面白さ故に参戦したメア。

 ドタバタしていて少しだけエッチで、でも平和な鬼ごっこが始まった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 広大な砂漠と無数に点在する朽ちた遺跡群。

 その全てが仮想の物質で構成された電脳空間にいるのは、なにもトレイン達だけではなかった。

 

 

「なにやってんだあいつ等……」

 

「あら? もしかしてナナも加わりたいの、鬼ごっこ」

 

「そんなわけないだろ!」

 

「隠さなくたっていいじゃない。お子様なナナにはピッタリな遊びだと思ったのだけど」

 

「お子様っていうなー!」

 

 

 毎度お馴染みな姉妹喧嘩を勃発させるのは、双子であるナナとモモ。

 

 

「トレイン用の≪デダイヤル≫、かんっせーい!」

 

「トレイン、携帯持ってないって言ってたし、喜んでくれると思うよ。ありがとう、ララ」

 

「ううん。ミカンもだけど、ママもトレインにはお世話になったみたいだし。私も何か恩返しがしたいって思ってたから」

 

「まうまう!」

 

「ダーメ! セリーヌはまだ子供なんだから! ケータイは大人になってから!」

 

「まう~」

 

「ら、ララ様……っ、ご立派になられて……!」

 

 

 砂漠のオアシスに集い、リトにララ、セリーヌ、ペケもまたトレイン達を観戦していた。

 一種の溜まり場になりつつある結城家に訪れたトレイン一行。

 今回も例に漏れずゲームに漫画と楽しい一時を過ごしていると、唐突に提案したトレインの話に流され、そして現在のような模擬戦が勃発した次第だった。

 

 

「……美柑って、学校ではあんな風なのかな」

 

「どうしたの、リト?」

 

「いや、美柑ってあんまり学校でのこと話してくれなくてさ。友達を家に呼んだりもしないから、前から気になってたんだ。だから、正直スゲー嬉しいんだ」

 

「……美柑、楽しそうだもんね」

 

「ホント、トレインには頭が上がらないよ」

 

 

 両親は共働きで家を空けがちで、兄であるリトはお世辞にも家事が出来るとは言えない。

 だからだろうか。

 家事の全てを一手に引き受ける美柑は、早熟で大人びた言動が多い。

 周りが年上ばかりであってもそれは変わらず、しっかり者の美柑は皆に頼りにされている。

 でも、そんな美柑が少しずつ変わっているのに、リトは気付いていた。

 ムキになってトレインを追い掛け回す美柑は、どこにでもいる普通の小学生にしか見えない。

 やんちゃで悪戯好きな、そんな同年代の男の子との出会いに、リトは感謝の念を抱くのだった。

 

 

「……これで、良かったんだよな」

 

 

 そして、ほんの少しの寂寥感。

 ずっと一番近くに居た美柑が離れていくような。

 そんな気がして、胸に抱いた蟠りを揉み消すように、リトはしっかりと前を向いた。

 

 

「いいや。ちっとも良くないぞ」

 

「うわあ!? ね、ネメシスっ?」

 

 

 いつの間に横にいたのか。

 寝間着のような黒いドレスを靡かせるネメシスの姿に、リトは跳ね上がるように驚いた。

 

 

「……お前、実体化なんてして体はもういいのか?」

 

「リハビリだと言って何度もトレインから追い出された身としては、お前の優しい言葉が心に染みるよ。体の方は、心配せずとも短時間なら苦もなく実体化できる程度には回復したさ」

 

 

 胸を撫で下ろすリトとは対照的に、ネメシスは鼻を鳴らし憮然と腕を組む。

 

 

「借りがあったから一度だけ協力してみれば、まさかその一度で芽生えてしまうとは。まったく、トレインの奴め。私だけでは満足できんのか」

 

「……何の話?」

 

「気付いていないのか?」

 

「いや、だから何が?」

 

「……これだから男という生き物は」

 

 

 トレインと同じ金色の瞳を閉じて、ネメシスは大きな溜息を零す。

 

 

「ところで、話は変わるが」

 

「ん?」

 

「男という生き物は、どのように奉仕すれば喜ぶのだ?」

 

「はぁ!?」

 

「何を驚いている。所有物が主人に尽くすのは当然のことだろう。お前はどことなくトレインと同じ匂いがするからな、参考程度に聞こうと思ったのだ」

 

 

 リトはネメシスとメアがどういう経緯でトレインと知り合ったのかを聞かされていない。

 それは当事者以外の全員が例外なく当て嵌まり、だからこその驚きようでもある。

 日々のとらぶるでほんの少しは耐性を付けたとはいえ、同年代に比べればまだまだだ。

 赤面して言葉を失うリトに、ネメシスの嗜虐心が刺激されるのは当然の帰結と言える。

 

 

「光栄に思え、結城リト。お前を調教し、ありとあらゆる苦痛と快楽を与えてやろう。そうすれば、おのずと答えも見えてくるだろうさ」

 

「何言ってんのこの人!?」

 

「下僕にしてやろうと言っているのだ。お前は男としての悦びを、私は男への尽くし方を学べる。どうだ、悪くはない話だろう?」

 

 

 後退るリトに、ネメシスは距離を詰める。

 瞳は細まり、口元は弧を描き、じりじりと獲物を追い詰めるように。

 次の瞬間、三方から伸びる腕が、リトを掴んで引き寄せた。

 

 

「ちょっとネメシスさん! リトさんになんてことをしているんですか!」

 

「ち、調教にげげっ、下僕ぅ!? リトはケダモノだけどお前になんか絶対に渡さないからな!」

 

 

 ナナが、モモが、威嚇するように殺気立ち。

 リトを背中から抱き締めながら、ララは決然と言い放つ。

 

 

「駄目だよ、ネメシス。リトは誰かのものじゃない。リトがどうするのかは、リトが決めるの」

 

 

 対し、俯いたネメシスは静かに肩を震わせる。

 

 

「くくく……冗談だよデビルークの姫君。お前達の恋路を邪魔するつもりはないさ。ただ、あまりにも結城リトがからかい甲斐がありそうだったのでな。少し揶揄っただけだ」

 

 

 尚も警戒心を解かない三姉妹には取り合わず、顔を上げたネメシスが向く方角。

 怒る美柑、恥かしがるヤミ、楽しそうにはしゃぐメア。

 そして、彼女達の視線の先には、一人の少年が駆けていた。

 

 

「惚れた男を盗られたくない。お前達の気持ちは、私とて理解しているよ」

 

 

 顔を背けても隠せない。

 褐色の肌を赤く染め上げ、潤んだ金色の瞳が映すのは、たった一人の存在だけだった。

 

 

「……知らなかったよ。自分がこんなに欲張りだったとはな」

 

 

 生きてくれていただけで良かった。

 触れただけで、言葉を交わしただけで、気持ちを伝えただけで満足だった。

 傍にいられれば、それだけで幸せだった。

 

 

「……これ以上の幸せなんてないのにな」

 

 

 誰よりも傍にいたヤミ。

 素直に気持ちを伝えることのできるメア。

 心の距離を縮めた美柑。

 

 身も心も一つとなっても、蠢き続ける負の感情。

 嫉妬に狂いそうになってしまう、そんな自分をネメシスは心底嫌悪してしまう。

 

 

「……人ではない、生き物であるかも怪しい私がこれ以上を望むのは、罰が当たるというものか」

 

 

 掴まれた腕を振り解き、リトはネメシスの隣に立つ。

 

 

「トレインは、きっと気にしないと思う」

 

 

 横目で見遣るネメシスには取り合わず、リトは前を向き続ける。

 

 

「生まれとか、身分とか、トレインは気にしないよ。オレ達が必死になって悩むことでも、トレインには些細な問題でしかないんだ。だから、ネメシスのことも、トレインは笑って受け入れてくれるさ」

 

 

 そう言って、リトは笑った。

 不敵な笑みでもない。純粋無垢な笑顔でもない。

 優しい彼の心を映し出したような、そんなあたたかな笑顔を浮かべる。

 

 

「トレインが届けるのは幸福なんだ。だから、トレインはネメシスを幸せにしてくれるよ」

 

 

 僅かに瞠目した双眸を細め、リトを見詰めるネメシスの瞳に宿った光は穏やかだった。

 トレインのように力を持たず、パッとしない見た目に、綺麗事しか吐かないお人好し。

 今まで不思議で仕方のなかった疑問が、すとんと綺麗に嵌ったような。

 ララ達がリトへ好意を抱く理由が、少しだけ分かった気がしたから。

 

 

「……馬鹿者。分かり切ったことを聞くんじゃない」

 

 

 口元を綻ばせ、リトと同じ方向を向く。

 長年共にしてきた家族が、その姉が、彼女の友達が。

 そして、自分の全てを捧げてもいいと思えるご主人様が、一緒になって笑っていた。

 

 

「惚れた男と、大好きな者達といられるのだ。私は宇宙一の幸せ者だよ」

 

 

 そんな彼等の輪の中に、駆け出したネメシスは飛び込んでいく。

 その顔に浮かんでいるのは、どこにでもいる人間の女の子の表情だった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

「手伝うぞ」

 

「…………え」

 

「なん……ですって……!?」

 

 

 美柑とモモが立つ台所に、トレインはごく自然に立ち入った。

 炊飯器のスイッチを押したまま、食材を取り出し終えた冷蔵庫のドアに手をかけ固まる二人を余所に、まな板の上に置かれた玉葱に、トレインは手を伸ばす。

 皮を剥ぎ、玉葱に切れ込みを入れ、慣れた手付きで粗微塵に。

 リズミカルに包丁を上下させる手に淀みはなく、基本の猫の手もバッチリ。

 怪我もなく、全ての玉葱を切り終えたトレインは、ようやく周りの異変に気付いた。

 

 

「……なんだよ」

 

「と、トレイン君……」

 

「……あなた、料理が出来るのですか?」

 

「おう。簡単なもんしか作ったことねぇし、レパートリーも全然だけどな」

 

 

 平然と言ってのけるその姿に、美柑とモモは災厄を予兆したとか。

 料理などさせようものなら、調理器具で遊ぶなんてことが容易に想像できそうなトレインの意外過ぎる特技が与えた衝撃は、それだけ大きなものだった。

 

 

「そんな……ありえない……!?」

 

「おい」

 

「お、お姉様の発明品だわ! それ以外に有り得ない! 有り得る筈がないもの!」

 

「喧嘩なら買うぞコラ」

 

「どうしたんだよ。なにかあったのか?」

 

 

 異変に気付き顔を覗かせるナナも、トレインが持つ包丁と粗微塵にされた玉葱に目を見開く。

 

 

「と、トレイン!? お前、料理できんのか!?」

 

「え、ナナって料理も出来ねぇの?」

 

 

 素早い切り返しに、ナナは言葉を詰まらせる。

 

 

「ざ、ザスティンが危ないからって包丁握らせてくれなかったんだから仕方ないだろ!」

 

「モモは普通に料理できんじゃん」

 

「うっ」

 

「料理くらいできないといいお嫁さんにはなれませんから」

 

「……どうせあたしは不器用だよ」

 

 

 不貞腐れるナナの肩に、トレインは優しく手を添えた。

 

 

「どんまい」

 

「ケンカ売ってんのかー!」

 

 

 心底憐れむトレインの眼差しが、負けん気の強いナナの対抗心に火を灯した。

 

 

「美柑! あたしにもなんか手伝うことないか!」

 

「えっと……その、ナナさんにはセリーヌの相手をしてもらえると助かるな?」

 

「事実上の戦力外通告ですね」

 

「適材適所ってやつだな」

 

「お前らなんか大っ嫌いだー!!」

 

 

 眦から流れ落ちた涙で軌跡を残し、ナナは台所を飛び出す。

 

 

「なになに? ナナちゃんどうかしたの?」

 

「……大方の予想はつきますがね」

 

「ナナ姫もまだまだお子様だということだよ」

 

 

 入れ替わるように、ヤミとメア、ネメシスの三人娘が台所へ入ってきた。

 

 

「あっ、クロちゃん料理してるんだ。私も手伝おっか?」

 

「そう言って手伝ってもらった結果、惨状になった台所の光景を俺は忘れない」

 

「えへへ~。だって、斬るのって想像以上に素敵なんだもん」

 

「まったく、メアには困ったものだな」

 

「お前も同罪だろうが、ネメシス」

 

「……スイッチが入ってしまったら止まらんのだ」

 

「まったく、あなたたちときたら。周囲の迷惑を少しは考えたらどうなのですか」

 

「姫っちも人のこと言えねぇだろ」

 

「なっ!?」

 

 

 口ではなんだかんだと言っても、新しい同居人(ネメシスとメア)のことをヤミは受け入れているのだろう。

 トレインへの対応で既に片鱗を見せていた、世話焼きという一面を開花させたヤミは、トレインの言葉に心外だと柳眉を逆立てる。

 

 

「私は≪変身(トランス)≫で材料を刻むなんて横着もしなければ、妙なスイッチも持ち合わせてはいません」

 

「味噌汁にたい焼きぶち込んだ時点で同類なんだよ俺にとっては」

 

「か、隠し味です!」

 

「隠せてねぇだろ。たい焼きの頭、味噌汁から飛び出てたぞ」

 

 

 忘れもしない、あの光景。

 点々と餡子の浮かぶ味噌汁の中央に鎮座した、真っすぐにこちらを見上げるたい焼き。

 だが、真に間違っていたのは、それらが並んだ御門家の食卓での出来事だった。

 

 

「え~? ヤミお姉ちゃんのたい焼き入りのお味噌汁、とっても素敵な味だったよ」

 

「地球には鯛味噌なる食べ物があるそうじゃないか。組み合わせとしては何ら間違っていない筈だ。だからそう落ち込むでない、ヤミよ。お前の作ったたい焼き入り味噌汁、中々に美味であったぞ?」

 

「メア……ネメシス……っ」

 

 

 住人の半数に絶賛された、ヤミ作のたい焼き入り味噌汁。

 以来、涼子とお静が彼女達を決して台所には入れないようにした判断は英断と言えた。

 

 

「なるほど。トレインの料理スキルはそのようにして磨かれたのですね」

 

 

 トレインが彩南町に来て、早いもので一月。

 その間涼子所有の洋館に住まわせてもらっているのだから、義理堅いトレインのことだ。

 タダで住まわせてもらっている礼にと料理を覚えたのだろうと、そう思ってのモモの発言だったが、

 

 

「……いえ、トレインが料理を覚えたのはずっと前です」

 

「ヤミさん……?」

 

 

 ヤミの声音に訪れた変化を察したのか、美柑の表情には戸惑いがあった。

 

 

「前の同居人の料理スキルが壊滅的だったんだよ。作る度に料理黒焦げにするし、姫っちは今よりずっとガキだったから料理なんて全然だし。んで、自然と俺にお鉢が回ってきたってわけ。それまで料理なんてやったことなかったんだけどな」

 

 

 続くトレインの言葉に滲む、懐かしい響き。

 事情を知るネメシスは閉口し、ヤミから聞かせられた過去を美柑は思い出し、言葉を失う。

 モモやメアも、重くなる空気を敏感に察知してか、黙り込んでしまった。

 ティアーユ・ルナティーク。

 トレインと同じく、彼女の存在はヤミにとっては余りにも大きすぎたから。

 

 

「姫っちの料理スキルって、あれから上達したのか?」

 

 

 だが、この男は空気を読むような真似はしない。

 この場の誰よりもヤミの過去を知っていてなお、語る内容は失ってしまったかつての日常。

 トレインがいて、ヤミがいて、ティアーユがいた、始まりの記憶。

 

 

「ティアの真似して指切って以来、危ないからって包丁握らせてもらえなかったもんな」

 

「……馬鹿にしないでください。あの頃の私とは違うということを教えてあげましょう」

 

「ほほう。前回は味噌汁にたい焼きぶっこんだだけで有耶無耶だったからな。だが、子は親に似るもんだぜ姫っちや。黒焦げだけは勘弁してくれよ」

 

「同じ遺伝子でも、育ちや環境が違うのです。ティアなんかと一緒にしないでください」

 

「確かに、今の姫っちとティアじゃあ色々と違うのかもな。この前リョーコの手伝いしてたら見つけた昔のティアの画像のことを思えば、それも納得か」

 

「画像って?」

 

 

 事前に持ち込んだデータを取り込み、完全にトレインのものとなった≪デダイヤル≫。

 そこに映る、学生服だろう衣服を纏った二人の少女の姿に、一同は揃って声を上げた。

 

 

「ティア……」

 

「わあ! この女の人、ヤミお姉ちゃんにそっくり!」

 

「この人が、ヤミさんの元になった……」

 

「隣に居るのは涼子か? あのけしからん胸はこの頃には既に健在だったというわけか」

 

「リョーコ曰く、この画像は今の姫っちくらいの時に撮ったもんなんだと」

 

「ヤミさんと、同じ歳……」

 

 

 そして、一同の視線は揃ってヤミの一部へ向けられる。

 

 

「同じ遺伝子でも、育ちや環境が異なれば別人。なるほど、その通りだな」

 

「この画像を見れば納得せざるを得ませんね」

 

「ヤミお姉ちゃんの胸、本当にちっちゃいね」

 

「め、メアさん!? 言っていいことと悪いことがあるよ!」

 

 

 両手で胸を隠し、プルプルと俯き震えるヤミの肩に、トレインは優しく手を添える。

 ≪デダイヤル≫から響く着信音には取り合わず、慈しみを込めて言い放つ。

 

 

「どんまい」

 

 

 その後暫く、トレインの姿を見た者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 差出人:リョーコ

 件名 :ティアーユの行方

 

 本文 :見つかったわ。

 

 

 

 

 




後日談

姫っち「…………(ぐびぐびぐび)」
メア「……ネメちゃん」
ネメシス「なにもいうな」
涼子「牛乳で胸が大きくなるって迷信なのよね」
お静「トレイン君の姿が見当たらないんですけど」

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