美柑と黒猫と金色の闇   作:もちもちもっちもち

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シズ

「助けて、リョーコえもん」

 

「ふふっ、嫌よ」

 

 

 怪我人の切なる願いを笑顔で切り捨てる、闇医者こと御門涼子。

 裏路地から場所は移り、仮宿である洋館にトレインは帰宅していた。

 

 

「なんて薄情な女なんだ。トレイン、このような女に構うな」

 

「一応こんなでも俺をタダで住まわせてくれてる恩人なんだぞ。こんなだけど」

 

「不満なら出ていく? なら早速お金の話をしましょうか。今日までの滞在費プラス今までの治療代を含めて、ざっと数百万――」

 

「おいこらキチロリ。リョーコの悪口は俺が許さねぇぞ」

 

「……お主、プライドというものはないのか?」

 

 

 にょきっと、そんな音を立てながら、少年の体から少女が生えてくる。

 相当に奇天烈な光景だが、時間が経てば慣れたもの。

 ドクター・ミカドとして数多の宇宙人を治療した経験からか、涼子が動揺したのも最初だけ。

 いつもの掴み所のない笑みで、いつも以上に面白げな眼差しを浮かべいた。

 

 

「男の子なんだから我慢なさい」

 

「そんな唾付けとけみたいに言われても。俺、一応骨折してんですけど……」

 

「前回はヤミちゃんが責任を感じると思ったから、バレないよう特別な治療を施しただけよ。別に治療をしない訳じゃないけど、あくまでも一般的な処置だけ。前回の治療法は即効性のぶん体への負担が大きいの。だから、医者としては自然治癒をオススメするわ」

 

「いや、でもよリョーコ――」

 

「駄目なものは駄目」

 

「……どうしても?」

 

「絶対に駄目」

 

 

 暫し見つめ合っては見たが、涼子の意思が揺らぐ気配はなく。

 ヤミを筆頭に、骨折の理由をどう誤魔化すかと嘆息した時だった。

 

 

「おい、御門涼子」

 

 

 ぞわっと、トレインの体から闇が噴き出す。

 

 

「トレインの頼みが聞けないというのか?」

 

 

 トレインという依代を得ても、一度は消えかかったネメシスにさしたる力はない。

 それでも、妖しく輝く金の瞳は、射殺さんばかりの威圧を持って涼子を射抜く。

 

 

「……さっきも説明したように、特段理由もなしに患者に負担のかかる治療法をする訳にはいかないわ。医者として当然の判断よ」

 

「そのような理屈などどうでもいい。トレインが治せと言っているのだぞ。ならば、黙って治すのは当然のことだろう」

 

 

 だが、涼子とて引くつもりはなかった。

 バチバチと火花を散らし、重苦しい空気が治療室を支配する。

 

 

「ふぎゃ!?」

 

 

 ゴンっ――殴打する音が、張り詰めた空気を弛緩させた。

 力を失った現状、体を構成する≪ダークマター≫の分散を行えない今のネメシスに打撃は有効。

 頭を押さえ、涙交じりになった金の双眸を同色の瞳を持つ依代へと向けた。

 

 

「な、なにをするのだトレイン!?」

 

「うるせぇぞネメシス。さっきも言ったように、リョーコを酷く言う奴は俺が許さねぇ」

 

「だ、だが私はっ、お前のためを思って――」

 

「それはリョーコだって同じだろうが」

 

「うぐっ……」

 

 

 しゅんっと俯くネメシスの表情は、トレインからは見えない。

 

 

「……お前の怪我は、私達が原因なんだぞ……私だって、トレインの力になりたいのだ……」

 

 

 でも、どんな表情をしているかなど、容易に想像できたから。

 これ以上強く言えないのは、戦闘中とのギャップが激しすぎるせいなのか。

 あまりにも殊勝な態度、気まずげに反らされた先では、一台のベッドが。

 薄く掛けられたシーツからは、波打つ赤毛が覗いていた。

 

 

「メアさん、目を覚ましませんね」

 

 

 涼子の助手を務める村雨静ことお静が、沈痛な声音で告げる。

 先の戦いの後、事を大袈裟にすることを嫌ったトレインとセフィの判断で、美柑が迷子のセフィを見つけたという設定の元にララ達と合流を、トレインは気を失ったメアを連れ、自分を依代として憑依したネメシスと一緒に涼子の洋館に向かった。

 そして、今に至っている訳なのだが、手足の凍傷以外には外傷のないメアは、依然目覚める兆候を見せることはない。

 

 

「トレイン君、もう少し何とかならなかったんですか?」

 

「無茶言うなよ、シズ。足手纏いに、途中から片腕ってハンデ抱えた上で二人を相手にしたんだぞ。凍傷だけで済んだのは御の字だろうが」

 

「女の子として言わせてもらうなら、女性に銃を向けること自体どうかと思うんですけどね」

 

「俺、とある女剣士に出会った時から男女平等を掲げてるんだ」

 

「……もういいです」

 

 

 ジト目のお静は、直後に嘆息。

 乱れたシーツをかけ直し、メアの顔に浮かんだ汗を拭おうとタオルを取りに席を立った。

 

 

「……すまん」

 

「謝るくれぇなら、最初からあんな真似すんな」

 

「……本当に悪いと思ってる」

 

「うむ、なら許す」

 

「……は?」

 

 

 呆けたように見上げるネメシスの頭にポンッと手を置く。

 トゲトゲしい自分とは対照的な、女の子らしいサラサラと零れ流れる黒髪を手で弄ぶ。

 

 

「だけど約束しろ。もう二度と誰も殺さねぇって。それが守れるんなら、俺はネメシスを許すよ」

 

 

 人殺しの罪とは、償わせるべきなのか。

 不殺を貫いてきたトレインには、その答えを導き出すことはできない。

 ネメシスもメアも、殺し屋として生きてきたヤミも、多くの命を殺めたのは間違いないけれど。

 自衛のために、快楽のために、生きるために。殺しの理由はそれぞれあったとしても。

 答えを出すのはトレインではない。

 被害者の親族だったり、直接殺めた彼女達が決めることだと思うから。

 だから、トレインに出来ることは、もうこれ以上彼女達の手を汚させないことだけなのだ。

 

 

「あっ、言っとくけど、俺は許したけどセフィや美柑については別だからな。それは俺が決めることじゃねぇし」

 

「……分かっているよ。なんだかんだで有耶無耶になってしまったが、キチンと謝罪の機会を設けるつもりだ。もっとも、今の私はトレインを依代にどうにか生きながらえている身。謝罪はまたの機会にならざるをえんが」

 

「そういうことなら、今から行こうぜ」

 

 

 思い立ったが吉日。

 

 

「突撃! 結城家訪問だぜい!」

 

「その前に腕の治療だけはしていきましょうね?」

 

「あっ、はい」

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

「極楽極楽っ」

 

「…………」

 

 

 やってきました結城家――から何故か繋がっていた温泉地。

 トレインとネメシスは、ともに一糸纏わぬ生まれた姿のままに温泉を満喫していた。

 

 

「んで、何時まで拗ねてんだよネメシス」

 

「……ふんっ、私の裸を見ても欲情せぬ不能の言葉など聞く耳もたん」

 

「おいこら待て、誰が不能だ」

 

「褐色ロリに興奮せぬ男など皆不能なのだ。裸のおなごを見ても襲い掛からぬなど、男として欠陥もいいところ。据え膳食わぬは男の恥という言葉を知らんのか、ばかものが」

 

 

 ある程度は回復してきたのか、片腕を残し実体化したネメシスは、不貞腐れ顔のままにコテンとトレインの肩へ寄り掛かる。

 温泉地ということなのか、唐突に上半身を実体化させて謎ポーズをとって誘惑をしてきたネメシスだったが、そんなものなど眼中にないと温泉を堪能すれば、この通り拗ねてしまったのだ。

 

 

「はっはっは、お兄さんな俺はお前みたいなお子様体型なんざ見てもなんとも思わんのだよ。十年経ってから出直してこいやお子ちゃまネメシスちゃま」

 

「ほう、それはいいことを聞いた」

 

 

 ぽよん。

 そんな音と時を同じくして、柔らかな感触が腕に伝わる。

 何事かと見下ろせば、見渡す限りの大平原が雄大な双丘へと地殻変動を起こしていた。

 

 

「……ネメシスさん?」

 

「それで、他にはないのか? 胸の大きさはこれくらいか? 尻も大きいのが好みなのか? 髪の長さは? ロングか、それともショートか? ほれほれ、言ってくれねば分からぬではないか」

 

「お、おまっ」

 

「先程は不能といったが、見た目が少々マニアック過ぎただけだったか。安心したぞ、トレイン」

 

「いい加減に……!!」

 

 

 金と金、同じ瞳が交じり合う。

 ネメシスの頬が真っ赤に染まっているのは、はたして温泉に浸かっているせいなのか。

 濡れた掌をトレインの頬に這わせ、密着させた豊満な肢体をしな垂れ掛からせ。

 抑えがたい情念を宿す甘い吐息が、トレインの鼻孔をくすぐる。

 

 

「私はお前のものだと言っただろう。だから、私を好きなようにしてよいのだぞ」

 

 

 折れた腕に力を入れたのは、無意識のことだった。

 

 

「いっ!?」

 

 

 霞む思考が、痛みによって活を入れられる。

 悶絶するトレインは、今頃になって接近する気配を察知した。

 

 

「……トレイン君もリトと同類だったんだね」

 

 

 絶対零度の眼差しに、急激に体が冷え込む。

 

 

「ふふっ、若いっていいわねトレイン君」

 

 

 トラウマ(女剣士)の声に、ガタガタと体が震えた。

 

 

「むぅ、いいところだったのに……」

 

 

 唇を尖らせ、ネメシスは元の子供体型へ。

 寄り掛かった体を起こし、最初と同じようにトレインの隣に居座り、湯船に浸かった。

 ほっと息をついたトレインは、声の主へと視線を向ける。

 笑顔のセフィと仏頂面の美柑。

 タオルで体を隠しても、両名の体格は完全に正反対。

 まるでネメシスみたいだと、見比べたトレインがそんな感想を抱いた時、ぎろりと美柑が睨む。

 

 

「……なに見てるの?」

 

「いや、あの……」

 

「……トレイン君のえっち」

 

「ぐっはぁ!?」

 

 

 見られていたのか、先程の醜態。

 羞恥心に胸を押さえ、痛みとは別の意味で悶絶する。

 

 

「ご一緒してもよろしい?」

 

「……はい、よろこんで」

 

「それと、予備のタオルがあるの。必要?」

 

「……はい、とてもありがたいです」

 

 

 セフィからタオルを受け取り、岩場の陰で腰に巻く。

 風呂にタオルを浸けないのがマナーだが、混浴となっては話は別。

 嫌がるネメシスの体にも問答無用でタオルを巻き付け、岩場の陰から姿を出す。

 

 

「美柑さんと話したいことがあったからこうして別の温泉に来てみたけれど、まさかトレイン君とネメシスさんに会えるなんて」

 

「こちらもてっきり向こうの温泉に浸かっているのだと思っていたのだがな。それと、事後承諾になってしまったが、結城美柑。鍵も掛けぬとは不用心だと思い、勝手に邪魔をさせてもらったぞ。中に入ってみればワープ装置があったのでな、こうして温泉に浸かっているという訳だ」

 

「……それについては構いません。こちらにも非があるので」

 

「ふむ……なにを不貞腐れているのかは分からぬが」

 

 

 改まって姿勢を正し、ネメシスは頭を下げた。

 命を狙ったこと、人質として利用したこと、もう二度とあのような真似はしないということ。

 謝罪は死に際に聞いたし、この場での陳謝にネメシスの気持ちは十分に伝わったのだろう。

 ネメシスの行いを許してくれた二人に、トレインは内心でほっと息をつく。

 一般人の美柑とは違い、セフィは銀河統一を果たしたデビルークの王妃。 

 王妃暗殺なんて、ましてやそれが銀河転覆を目的としてのものなんて、公になればネメシス達がどのような末路を辿るのかなど言うに及ばず。

 

 

「トレイン君」

 

 

 思考の海に沈んでいた意識が浮上する。

 思ったよりも近くに寄ってきたセフィに、彼女が別人だと理解してもなお鳴り響く警鐘。

 咄嗟に顔を反らしたのは、無意識のことだった。

 

 

「私を守ってくれてありがとう。あの時は結局言えずじまいだったから」

 

「……いえ、お気になさらず」

 

「でも、もう無茶はしては駄目よ? 助けてもらった身としてはあまり強くは言いたくないけれど、あなたが傷付くことで、同じように心を痛める人がいるということは忘れてはいけないわ」

 

「……はい、以後気を付けます」

 

 

 セフィはセフィリアとは別人。戦闘能力も皆無。≪滅界≫を連発することもない。

 滝のような冷や汗を流しつつも、ガンガンと警鐘は鳴りまくり、胃が悲鳴を上げる。

 戦闘時は気にする余裕などなかったが、ザスティンのようなパッと見似てる人レベルではなく、セフィの外見は髪と目の色以外はまんまセフィリア。

 顔を見ずとも、鼓膜を揺さぶる声は、トレインにかつての悪夢を連想させて、

 

 

 ――ちゅっ。

 

 

 完全な不意打ちだった。

 湿ったリップを音が、頬に熱い軌跡を残す。

 

 

「私はセフィです。セフィリアではないと言ったでしょ?」

 

 

 既視感が、トレインを襲う。

 初めて見る、セフィの微笑が。

 かつて浮かべたセフィリアの微笑と、完全に重なって。 

 

 

「夫には秘密よ。あの人、怒ると何をしでかすか分からないから。でも、命を賭けて私を守ってくれた小さな騎士に何もしないわけにはいかないから」

 

 

 触れた頬が、信じられないくらいの熱を持つ。

 あれほど鳴り響いていた警鐘が掻き消え、周囲の音が完全に時を止める。

 

 

「もしトレイン君が大人で、私が夫と出会っていなかったら、あなたを好きになっていたかもね」

 

 

 そう言って、セフィは悪戯が成功した子供のように微笑んだ。

 ララのように無邪気に、ナナのようにお転婆で、モモのように小悪魔染みていて。

 なるほど、彼女はセフィリアとは完全な別人だ。

 セフィは紛れもなく、ララ達三人の母親だと、思い知らされてしまった。

 

 

 

 

「なにを、しているのですか?」

 

 

 

 

 全身の産毛が総毛立つ。

 

 

「もう一度聞きます。さきほど、あなたは、なにを、していたのですか?」

 

 

 女剣士やヤンホモに襲われた時に匹敵する、例えるなら生命の危機。

 ギギギ、と壊れかけの発条人形のように振り返ってみれば、そこにいるのは金色の修羅。

 タオルが巻かれた肢体は幼く華奢で、剥き出しの肩や頬は湯のせいか、仄かに赤い。

 ――なんてことには当然のごとく目がいかず、血のように真っ赤な瞳が恐ろし過ぎて、湯船に浸かっていても体の震えが止まらない。

 

 

「答えないのなら、仕方がありません」

 

 

 次の瞬間、ヤミの髪や両手が刃物へ≪変身(トランス)≫。

 トレインの動体視力が異常ではなければ、その≪変身(トランス)≫速度は≪滅界≫に匹敵するほどだった。

 

 

「あなたの体に直接聞きます」

 

 

 これまでの経験が、トレインに逃走の選択させる。

 

 

「協力しよう、金色の闇。さすがに今のは納得がいかん」

 

 

 だが、体が鉛のように重くなり、闇色に染まった手足は思うように動かない。

 

 

「ヤミさん。こっちは私が抑えとくから、遠慮なくやっちゃっていいよ」

 

 

 その隙に、背中をガッチリとホールドされてしまって。

 

 

「…………」

 

 

 ヤミの、ネメシスの、美柑の視線が集中する。

 針の筵とは、今のトレインの状態を指す言葉に違いない。

 

 

「セフィ、ヘルプ」

 

「修羅場って知ってる?」

 

 

 救援要請は、世話のかかる息子を見守るみたいな眼差しのセフィによって却下されるのだった。

 

 

「なに、これ」

 

 

 背中に美柑、正面にネメシス。

 タオルのみを纏ったヤミが歩み寄ってくるのに。

 背中と正面から伝わってくる人肌の感触とぬくもりは、まさにお色気展開なのに。

 生まれてから初めて体感した男のロマン、ラッキースケベを味わっているというのに。

 

 

「……ホント、なにこれ」

 

 

 全然嬉しくないのは、どうしてなのだろうか。

 

 

 

 

 




後日談

セフィ「男の子、欲しくなっちゃった」
ギド「え」

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