機動戦士ガンダムSEED 技術試験隊の受難<一時凍結>   作:アゼル

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これにてSEED編は終了。次話から空白期に入ります。今までの文章の改定などは空白期と並行作業になると思います。

空白期から情勢とか変えていくつもりなので楽しんで読んでいただければ幸いです。


第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦 終局

コツン、と何かが頭に当たった。いや、頭にではなく頭にかぶったヘルメットに何かが当たったのだ。

 

 

ヘルメットに物がぶつかった際の振動が伝わり、強制的に眠りから起こさせる。

 

 

マクレガーはぎこちなく、ゆっくりと眼を開く。瞳に映る光景は何も映さないかのように黒く塗り潰された正面スクリーン。衝撃で歪んだのだろう。目の前のコクピットハッチがひしゃげ、僅かに外が見える。

 

 

かろうじて、歪みつつも画面が残ったスクリーンを見て直前のことを思い出す。PS装甲を纏った黄色のゲイツとの激闘。エネルギー切れを起こしたと思われた機体に欲をかき、コクピットを潰そうとして手痛い反撃を喰らった。

 

 

そこで思い出す。ダガーの左腕から射出したアンカーは敵機を捕らえていた。もしもゲイツのバックパックの直撃後も繋がったままなら危険だ。残ったスクリーンで確認する。見た限り敵機は存在しない。

 

 

何とか生き残ったシステムを用いて機体状況を確認する。ひどい状況だ。右腕は右肩に装備していたランチャーパックのミサイルが背後の巨大な岩塊に衝突した際に爆発したのか、付根から喪失している。

 

 

さらにエールパックは衝突の衝撃でスラスター全てを喪失。メインカメラも機能しておらず、おそらくは敵機のバックパックと岩塊に挟まれた際の衝撃で損傷しているのだろう。画面に映る機体状況に関してだけで判断すれば左半身のみ、ましな状況である。

念のためコクピットハッチを無理矢理開き機体の状態を確認する。もしもゲイツがぶつけてきた装備がまだ残っており、何かあればまた予想外の出来事が起こりかねない。

 

 

歪んだハッチから僅かに覗ける外の状況は近くで戦闘が行われていないことだけは確認できる。今いる場所がどこかわからないが、見える範囲では戦闘は確認できない。護身用のピストルを持ち、外部へ出るとダガーの悲惨な状況がわかった。

 

 

メインカメラにめり込むように止まっている灰色になったゲイツのバックパック。付根から先をなくした右腕。どこかで損壊したらしく膝より先がない右脚。損傷した各所からはパチパチと火花が飛び散っている。

少なくとも戦闘は無理だろう。元よりゲイツとの戦闘でかなりの装備を失っているとはいえひどい有り様だ。ヘルメット内ではぁ、と嘆息しつつ再びコクピット内へ。再度機体状況を確認すると不幸中の幸いと言えることが確認された。

 

 

エールパックのスラスターは全損しているが、機体にもとから備わっているスラスターは無事のようであった。左腕の装備もゲイツに射出したアンカーを除き無事。今から友軍の艦に戻る際に襲撃されても何とか身を守る術は残されているようだ。

 

 

いつまでもここにいるわけにはいかない。その思いと共にエールパックを機体から強制パージし、念のためジャンク屋(ハイエナ)やザフトに奪われないように残った左腕で外したエールパックに搭載されたビームサーベルを抜く。そしてそのまま突き刺す。さらにメインカメラにめり込む形で止まったゲイツの置き土産を左腕に持ち移動を始める。

 

 

機体を遠くに見える敵巨大兵器へ向け、移動を開始する。まだ安全とは言えないが、辛くも生き残ったことに安堵しつつ機体を着艦できる艦ができる限る早く見つかることを祈った。

 

 

 

残存スラスターは僅か。推進剤も底を尽きかけているが初速を生み出すために吹かし、戦況を確認するためにもその場を急ぎ後にするのであった。

 

 

 

向かう道中思う。昨日の戦闘の最中、例の三隻の主戦力であろう強化パーツを装備したMSがザフトの機体に対し、武装やメインカメラなどを狙って攻撃していたという。その際、突然攻撃され放置されたMSパイロットたちも今の自身と同じような目にあったのだろうかと思う。

 

 

恐らくかなり焦っただろう。戦場の真っ只中で主武装やメインカメラを破壊されるのは非常につらい。間違いなく死に直結しうる出来事だ。

 

 

何せ損傷し慌てふためく姿を見た友軍機はよいカモだと思い、撃墜スコアを増やしたという。その時哀れなカモとなったものたちは死の瞬間、どのような思いを抱いたのであろうか。まさしく今の自分よりも緊迫した状態であったのは間違いないだろうが、一体自分も彼らが抱いた思いを抱くことになるのだろうか。

 

 

 

不安が押し寄せる中、マクレガーはそう思わざるをえなかった。

 

 

 

 

(ソードカラミティ、レイダーは右舷に着艦せよ。ストライクダガー隊は左舷へ)

 

 

中破したドミニオンのカタパルトに残存機が着艦していく。レイダーを除く後期GATシリーズが撃墜されたため、ソードカラミティも空いたスペースに着艦する。

 

 

 

ハッチを開け、外に出たコルテスはヘルメットを脱ぐ。格納庫は喧々囂々たる有様だ。主力をなしていた三機の新型機が一機を除き次々と墜とされただけでなく、その他の大半の機体が喪失したのだ。なにより艦そのものにかなりの被害が生じていることも要因の一つだろう。

 

コルテスのとって戦いとは命を懸けて敵を討つことこそが楽しみだが、あまりの惨状に一人の兵として負傷した他のパイロット等の応急措置を行う。

 

そうしている内に、格納庫にMS以外のものが入ってくる。脱出艇だ。その脱出艇は負傷兵でごった返す空間から離れた場所に止まると中から多数の兵を降ろす。

 

 

降りた兵の内、一人は数名の兵に警護されている。士官服だ。その士官服の者の顔をチラリと見ると、納得がいった。ウィリアム・サザーランド大佐だ。着艦前に集結した残存艦にドゥーリットルがいなかったことから戦死したものと思っていたが、生き延びていたらしい。

 

 

一応核攻撃隊の旗艦の艦長をこなしていたこともあってか艦橋へと向かうようだ。とはいえ、着艦前に臨時のオペレーターから聞いた話では艦橋に詰めていた人員も相当の被害が生じているという。出来る限り早く艦隊の指揮権を掌握せねば、戦闘は終わるだろう。核攻撃隊の別働隊としてキメラ隊とキメラ隊に合流した艦隊がいる以上、どうなるものかと思いつつ負傷兵の手当てを続けた。

 

 

 

一方ジェネシスに対し、内部と外部からの核攻撃を行っていたキメラ隊はジェネシスが核爆発により消滅していく様を見て歓喜の声をあげていた。

 

 

「敵巨大兵器消滅!爆破寸前に巨大兵器より生じた高エネルギー反応も集光装置の爆破により集光も失敗に終わった模様です!」

 

 

オペレーターから歓喜の声があがっている。今まで艦橋から見えていた敵巨大兵器ジェネシスは内部からの核爆発によりきれいさっぱり消滅した。無論、爆破により破片は四方八方に飛び散ったが十分な距離を得ていた混成艦隊への被害は軽微だ。

 

 

そしてジェネシスの消滅とほぼ時を同じくしてオープン回線で戦場にいる全勢力に対する通信が響き渡る。

 

 

『宙域のザフト全軍ならびに地球軍に告げます。こちらはプラント最高評議会です。現在地球、プラント間における停戦協議の調整を行いつつあります。それに伴い現宙域での戦闘行為の停止を申し入れます。繰り返します。宙域のザフト全軍ならびに地球軍に……。』

 

 

 

ジェネシスの消滅による巨大な光が戦闘を行っていた両軍の動きを一時的にとめたうえでの通信だ。ちょうど良いタイミングのために、聞き入れられる可能性は高いだろう。何より、地球軍は核ミサイルの大多数を喪失した。今も残っているのはキメラ隊第一陣ならびに第二陣が保有する程度だ。だが第一陣はジェネシスを破壊するという目的のためにかなり無理をしたために艦隊の維持そのものに注視せねばならないほどに疲弊している。

 

 

 

他の艦隊も破壊すべき対象が無事消滅したことや、疲弊により戦闘は難しいだろう。一方のザフトは最終防衛線の要である要塞、ヤキン・ドゥーエを喪失した。最終兵器のジェネシスに至っては跡形もなく消滅させられた。各戦線から攻め込まれたがゆえに疲弊も激しい。到底戦闘を続けられるほどの余裕はない。

 

 

だが、やはりと言えばいいのだろうか。戦闘は続けられなくとも移動などが可能な艦艇やMSは少なからずいるのだ。宙域に響くプラント最高評議会の言葉に従い、戦闘を止めて損傷した機体を収容する者たちがいる中である方面に向けて離脱を開始する艦艇が一部出始めている。

 

 

 

「准将閣下、敵艦が…」

「ふむ、ほぼすべてが一つの方角に向けて離脱を開始しているな。恐らくここ以外に拠点があるのだろう。だが、この艦隊の状態では戦えん。もはや艦隊の意地で精一杯だ。離脱艦は戦闘が可能な他の部隊に任せることにしよう」

 

 

損傷したいくらかのMSを収容し、ナスカ級やローラシア級が守るべきプラントを背に離脱を開始している。恐らくは停戦に反対の意思があるものたちなのだろう。まず間違いなくタカ派のザラ派の将兵だろう。ここで追撃し捕縛するのも手だが疲弊しきった部隊で襲いでもすれば死に物狂いの反撃が来るだろう。

 

 

何より自分たちは本来は試験評価のための部隊だ。無駄にできる人員などここにはいない。

 

 

 

追撃するのであれば他の戦線にいる部隊か、合流を果たしていない第二陣の艦隊がすべきだろう。とはいえ、第二陣の遅さからして他の戦線に合流している可能性は高い。今まで戦闘をしていた宙域を見ると、右翼艦隊とテロリストに猛威を振るっていた新型の不明機も付近に残存していたナスカ級やジンとともに離脱していく。

 

とげとげしいバックパックはガンバレルの発展形と思われる子機を幾分か喪失し、機体の左腕側は核ミサイルの余波を食らったか焦げている。例の三隻からなる艦隊が保有する羽根つきの核動力機との対決に水ではなく核を打ち込んでいるうちに核爆発の余波を食らったのだろうか。撃ち落とすなら今だろうが好きに動ける状況でもないことは非常に痛いうえに、鹵獲して情報が抜き取れないことは悔しい限りだ。

 

 

 

「出撃機の様子はどうだ?」

「順調に帰還中です。中には損傷機を回収している機体もいます」

「回収している機体がいるのならば、他の陣営のも回収しておけ。我々が知らない試作機やら新型機がいるやもしれん。なにより中身は返却すれば相手も文句は言わんだろうしな。それに…」

 

 

 

続く言葉は言わなかった。表面上人道的対処をしているのだ。本心を言う必要はない。

 

 

もしかしたらMSに重要人物がいるなどという馬鹿げた考えなど当たるわけがないのだ。重要人物ならMSではなく、比較的安全な艦の中にいて然るべきなのだから。

 

 

「ともかく回収を急がせろ。警戒を密に。戦闘が止んだと気づけばジャンク屋(ハイエナ)が来るぞ」

 

 

 

そう、問題は戦闘が終わったと知ればやってくるジャンク屋だ。以前ならミストラルのような作業用MAか性能が良いものでも精々ジン程度のMSだった。だが今ではストライクダガーやアストレイなどを使用している者もいる。戦闘後にジャンクとなってどこかに流れて行ってしまったMSなど、ジャンク屋の手にかかれば簡単に修復することが可能だ。それに対し武器類、特にビームライフルのような代物は銃身が曲がっているなどしていれば使えはしない。一撃で敵を葬れるビームライフルといった兵器は厳重に管理されているから、あまり使ってくる者はいないだろう。

 

 

とはいえMSが普及しつつある現状で可能性が低いからと言って油断するわけにはいかない。ザフトのジンなどが使う重突撃銃はかなり広まっており、傭兵などがよく使っているくらいだ。試験評価隊であるキメラ隊にとってジャンク屋などは自分たちが試験する兵器を奪っていく可能性のある厄介な存在でもある。そのため戦闘は終わったが観測には念を入れて行動するのだった。

 

 

 

 

ブリッツのパイロット、エイト・ソキウスは護衛のダガー隊から離れ、損傷した友軍機などの回収に従事していた。一度は護衛機と共に母艦近くまで戻ったが敵兵器の消滅の確認が取れた後、旗艦からの命令で回収作業を行っていた。

 

 

さすがに連合軍、ザフト、テロリストの三つ巴の戦闘をしたこともありジャンクと化した機体は夥しい数だ。とはいえそれは主に、三つ巴の戦場から言えば性能が低いジンやストライクダガーだ。そのためキメラ隊は量産機の中でも性能が高いデュエルダガーやゲイツを主に回収している。

 

 

そんな中ふと、彼はジャンクと化した機体群の中にほぼ五体満足の機体がいることに気が付く。機体は灰色であり、PS装甲が落ちているのためにそのような色となっているようだ。背部に大型のスラスター、エールパックが装備されており、パックの赤と黒の部分が機体がPS装甲であったことをさらに際立たせる。

 

コクピットハッチのある機体前面にグゥルを薄くしたような補助武装がある。それが核爆発や破片を防いだのだろう。表面は融解し、所々がへこんでいる。一方でメインカメラや腕、脚といったその補助武装で守りきれなかった部分は融解していたりひしゃげたりとひどい状況だ。

 

 

へこんでいる補助武装をどかし機体状況を確認する。中のパイロットは気絶しているのか動かない。そこで周囲に展開する友軍を呼び、中にいるパイロットの安全を図るためにも慎重に母艦へと帰投していった。彼がその機体がヘリオポリスで地球連合軍内で最初に製造された機体の一機と同系統機であると知るのは、共にいたMSパイロットと共に母艦に入った後であった。

 

 

 

 

 

 

 

(お久しぶりね、アーガイル司令)

「お久しぶりです。マティス殿」

 

 

通信端末越しに二人の男女が会話を始める。場所は世界樹跡地基地の高級士官用のバー。カウンター横の高級ソファーに腰かけたアーガイル司令は端末越しにとある女性と会話していた。女性の名はマティス。地球連合軍特殊情報部隊を率いる女性だ。二人は第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦から連合軍艦艇が撤退し、各国が月基地の消滅によって、その他の残存基地に艦艇を送る忙しい最中、会話を始めた。今もアーガイル司令率いる世界樹跡地基地は今回の戦いで損傷した艦艇やMS、MAへの修理が行われ、忙しい限りだった。

 

 

(あの兵器、ジェネシスを破壊したのはそちらの部隊だったそうですわね。それに地球の危機まで救うだなんて感謝いたしますわ)

「それはこちらこそ言いたいものです。核ミサイルをここに搬入したのはあなたの口聞きがあってのこと。こちらこそ感謝を言わせていただきたいものです」

(謹んで感謝を受けますわ。それにしてもあなたの部隊の前線指揮官は良い判断をなさったわね。あなた達の設立にアズラエルと情報部が関わったということは知られているわ。共に沈むのを回避し、新進気鋭の船に乗り換えたことはなかなかに助かっているのわ)

 

 

 

キメラ隊の設立に関わったのは主に軍関係者だ。特にその関係者の中でもアズラエルは有名だ。アズラエルとしては大西洋連邦内において自身の邪魔になる者達を、扱いの悪い試験評価隊での活動という名目で抹殺したかったとの噂だ。

 

なにせ、所属した者達はハルバートンの死により勢力を弱めた穏健派や元よりブルーコスモスと相容れない派閥などなど。あるいは大西洋連邦内のコーディネーター軍人や規則を守らないはぐれものといった者達だ。

 

部隊設立時、連邦内のブルーコスモス派やブルーコスモスに協力的な派閥には試験評価をしっかりした武装を。キメラ隊には試験評価という名目で検証を一度たりともしたことがない武装すら回っていた有様だ。

 

 

そのように扱いが悪い部隊であったが手を差し延べる者もいた。それは連合軍特殊情報部率いるマティスだ。マティスは酷い武装でも生き残るキメラ隊に目をつけ、実戦試験として量産機の中でも優秀な部類の機体を回して来ていた。故にキメラ隊を設立し、運営して来た者として有名なのはアズラエルと特殊情報部だ。

 

 

 

(今後はアズラエルの代わりにあたな達と行動を共にしたジブリール派が台頭するでしょう。以前からジブリール氏には接触はあったけれど以前よりも心証は良いものになったはずだわ。その代わりといっては何だけどあなたが手に入れたものにトッピングを加えさせてあげるわ)

「というと?」

(あなたが手に入れたものは持つものによっては宝にも毒にもなるものよ。今のあなたのお国の情勢からしたら宝かしら。乗っていた機体ごと手に入れたのだから一石二鳥というべきでしょうね)

 

 

機体ごとというキーワードから何を言っているのが悟ったアーガイルは情報入手の早さに舌を巻いた。

 

「よく入手したという情報をお持ちで。さすがというべきでしょうか。して、トッピングとは?」

 

 

未だに基地にいるキメラ隊関係者の中でもそれに関わったものしか知らない情報を容易く言ってくるマティスに戦慄を覚える。キメラ隊以外では地球にいるある人物しか知らない情報だ。

 

(トッピングというのはね、飾り付けよ。いわば調味料のことね。かつては調味料の一種である香辛料は毒消しに使われていたわ。あなた達がアフリカを調べれば、一方の当事者であるあなた達にとって香ばしい香をもたらすものが手に入るわ。もう一方の当事者達にとっては毒となるものだけどね。あなた達上層部本来の派閥のためになるでしょう。言っておくけれども、これは単にジェネシスの破壊とあなたのところから優秀なコーディネーターの少女をもらったお返しと思って欲しいわ。片腕がないとはいえ、MSへの適正は高いようよ。義腕を付けて治療を受けたら、あとは彼女の頑張り次第かしら)

 

各戦線にて活動するキメラ隊がある戦場で拾った少女。片腕を失い、瀕死のところを救ったが基地では満足な治療は出来ない。そのためにあらゆる情報を持つ特殊情報部に送った。たとえそれにより少女にどんなつらいことが待っていようとも死ぬよりはマシだと判断した故だ。何より働かぬ者に居場所はないのだから。

 

 

 

「そうですか。それでは彼女の治療と訓練をお願いします。それに加えてひとつよろしいでしょうか?」

(何かしら?)

「私のところに非常に優れたMSパイロットがいます。私が知る限り恐らく世界一のナチュラルのパイロットと言って差し支えないでしょう。しかし彼は今回の戦いで負傷しています。私どもの下で治療をしたいのですが、当基地では満足に治療は行えません。何より先天的な病を患っていたようです。そちらで治療を行えますでしょうか?」

(ふふ、いいわよ。優秀なMSパイロットを探していたところなの。助かるわ)

「了解しました。準備が完了次第そちらに送ります」

(ふふ、ありがとうね。ああ、それとキメラ隊が表の部隊になる話だけれども、もう準備は完了したわ。詳しくはあなたと一緒に今この会話を聞いてる人に聞くことね。それではまた会いましょう)

 

 

そうマティスは言い通信が切れる。ふぅ、とアーガイルの息が漏れる。

 

 

アズラエルと離れジブリールにくら替えしたことや、優秀なパイロットを渡すことにしたことは正解だったようだ。とは言え、秘密裏に起動していた端末に気が付いていたのは流石というべきか。

 

 

 

(やはり彼女は私のことを気が付いていたようだな、アーガイル君)

 

 

 

端末から声が漏れ出るかのように室内に響く。

 

 

 

(特殊情報部はやはり侮れない部隊のようだ。私や君といった少数の関係者くらいしか知らない情報を容易く手に入れるとは…)

「いえ、私が彼女たちを侮っていたというべきでしょう。議員がそう思うのも無理はないですが、それでもあれは異質です」

 

 

あれに対等に渡り歩くには相応の力か対価が必要だろう。力はいずれ取れるにしろ地盤を盤石にせねばならない時期だ。だが今は不安定要素を作るべきではない。むしろ、ジェネシスを巡る攻防戦の結果、得た情報で固めるべきだろう。

 

 

(それにしても、アフリカとは何だと思うかね?我々大西洋連邦にとってマスドライバー以外はあまり関係の少ない地のはずだと思うが)

「それは私もわかりません。ですが、我々大西洋連邦軍所属部隊が展開した地域を重点的にあたると良いかと。例えばアークエンジェルの軌跡を辿るなどはいかがでしょうか?」

 

 

アフリカでの大西洋連邦所属部隊の戦いで有名なのはアークエンジェルの戦闘だ。あえてマティスが広大なアフリカの具体的地名を指さないのであれば、その線で攻めるべきか。

 

それにこのような情報を渡してくる以上、その情報には特殊情報部にとって何らかの付与効果があるのだろう。

 

 

「ともかくその線でアフリカの情報を取って頂きたい。今はまだ私は地球に降りれませんので」

(よかろう。それにしても優秀なパイロットが特殊情報部に行くか。あの部隊は元々コーディネーター兵などが揃っているはずだが、噂は本当かもしれんな)

「噂、とは?」

(特殊情報部は独自にMS生産などを行えるファクトリーを持っているという噂だ。既に新型機がロールアウトし、稼動しているとの噂もある。それが真実であれば君達に頼らず、機体の鹵獲などを積極的にするかもしれん。何より君達は表に出されるのだから)

 

 

真実であるならば、というが真実味がある。優秀な人材を求めている点や情報部がブリッツを送ってきたという点を考えればありえそうなのだ。

 

 

 

特殊情報部、というよりもマティスは『サーカス』という養成機関を保有している。『サーカス』は世界中の富豪や軍に優秀な人材を派遣している機関だ。そんな機関が手中にあるのだから、優秀な人材などすぐに見つかるだろう。

 

 

にもかかわらず、こちらからの贈り物を素直に受け取ったということは必要な何かがあるのだろう。

 

 

それに何より情報収集にも役立つ二機のブリッツを渡してきたことも気になる。試験評価隊は他の部隊より損耗率が高い。いくらブリッツとて撃墜される可能性がある。元々一機はキメラ隊で運用していたが、残る二機まで渡してくるのには裏がありそうだ。仮にブリッツがあちらにとっては不要と存在と化したのならば、代替機が既にあるのだろう。それもミラージュコロイド装備機が。もしロールアウトが最近であるならば、核動力機の可能性もある。厄介このうえないが疑問も残る。

 

 

「仮に、そのファクトリーやロールアウトの話が真実だとしても、今は停戦中です。かりそめにすぎないとはいえ、大掛かりなことは出来ないはずです」

(確かに。だが、ユーラシアが月面のファクトリーを失い、アメノミハシラを取ろうとしている。なにより、戦時下にマルキオとクラインが貴重な核動力機を横流ししたという話があったが、表沙汰になることはなかった。結局、表沙汰にならねば良いのだよ)

 

ようするに、表沙汰にならない方法で獲得すれば良いということだ。停戦宣言直後のザフト艦艇の脱走。明らかに特定の方面への遁走。どこかに知られていない拠点がある可能性が高い。いや、あるのだろう。

 

 

そういった連合に知られていない拠点から強奪すれば表沙汰にはならない。表沙汰にすれば、ザフトは隠し拠点の場所を知られてしまうのだから。

 

 

 

何より、連合に知られていない機体もまだいる可能性はある。第二次ヤキンドゥーエ攻防戦の終わり頃になって姿を現した機体すらいるのだ。特殊情報部が知る拠点やファクトリーなりにその類の機体がいてもおかしくない。

 

もし表沙汰になった拠点に大量破壊兵器があれば再戦も有り得るが、両勢力ともに疲弊した中で戦争の継続は望んではいない。再戦は回復後が望ましい。停戦協定が終結するまでに続く小規模な小競り合いの中で表沙汰にならない戦いがどうなるかだ。

 

 

そのことを一通り言ったことで満足したのだろう。通信相手は話題を変える。

 

 

 

(君たちには本当に感謝している。サザーランド大佐を生存させてくれたことは大いに助かる。下手にアズラエルだけを生き残らせてしまえば国内のブルーコスモスのシンパがアズラエルから離れて勝手に動き出すかもしれんからな。サザーランドが生きていればある程度アズラエルの勢力は固まるし、アズラエル達の動きも多少は読めるというものだ)

「それは我々の功績とは言い切れません。部隊内の少数をサザーランドの部隊に増援として前線指揮官が送ったと聞いてはいます。しかしそれでサザーランド大佐が生き残る要因になったとは…」

(そうかね?例の核動力搭載機に我々の技術をふんだんに使った強襲揚陸艦とGAT-Xナンバー数機が相手だ。いくらこちらが後期GATシリーズを三機程度運用していたところで差は埋められていたはずだ。何よりあちらは数が多い上にビーム兵器を標準装備した機体も運用していたとの報告が挙がっている。ストライクダガーしか運用できない練度の部隊にデュエルダガーといった高性能機を追加したことは十分成果として出ていると思うがね)

 

 

 

そう、アズラエルの部隊はストライクダガーといった量産機もいた。だがコーディネーター憎しで集まるブルーコスモスの急先鋒の彼らには技量と練度が足りなかった。そのために運用する量産機はストライクダガー止まり。デュエルダガーといった量産機の中でも高性能な機体はキメラ隊が増援として送られたことで初めて参加したという有り様だったらしい。

 

量産機という点でも高性能機を送り、敵を阻んだと見ることが可能といえるかもしれない。だが確証がない故に頷けもしなかった。

 

 

(そういえばアズラエルがザフトに父親を無残にも目の前で殺されながらも、懸命に戦う少女として担ぎ上げようとしていた外務次官の娘、…名は確かフレイ・アルスターといったかね。彼女は意識不明の重体だそうだがどうかね?)

「赤い核動力機の砲撃の余波が艦橋に届いていましたので、彼女に限らずほとんどが死亡するか重傷です。フレイ・アルスターはかろうじて生きてはいます。もう眼を開くこともなく一生眠り続ける可能性もありますが…」

(ふむ…、やはり神輿として担ぎ上げるには無理があったか。ハルバートンもフラガも共に神輿として担いだが結果は散々だ。もっとプロパガンダになるようなものを選定する必要がありそうだ。そういえばフレイ・アルスターの婚約者の名はアーガイルといったと思うが…)

「私の親族にアルスター家と関係のあるものはおりませぬよ。私も大西洋連邦軍の軍人ですから個人レベルでは多少ありますが、婚約となるほど密接な関係を結んだ者はいません!」

 

 

 

アーガイル司令はそう声を少し荒げつつ言い切った。実際には婚約まで結んだという事実はあった。彼の一族から比較的優秀な一家を中立宣言を出し、エイプリルフール・クライシスにおける被害が少なかったオーブに移住させた。そしてそのうえで以前から親交のあったジョージ・アルスターの婚約者にさせ、所属する派閥が没落しても自身は生き残るために工作していた。

 

 

だが結果としてみれば大失敗だった。婚約者となった男はアークエンジェルともに軍を脱走し、肝心のジョージ・アルスターも文官らしく地球にいればいいものをわざわざ戦場に足を踏み入れ死んだ。親族のサイという男の行方はオーブ戦からわからないがその家族とは絶縁し、本国のアーガイル家とはもはや何の関係もない。その一家にこの後に待っているのは破滅だけだろう。

 

仮にアークエンジェルに乗っていたのだとしたら忌々しさのあまり陰ながら工作してやりたいほどだ。その思いが出てしまったのか、通信相手は少し引き気味に話を本題に変える。

 

 

(まぁ、この話はもういいだろう。これから君達には民間軍事会社『クルス』を始動させるため、何人か地球に降りてもらう。MS隊の窓口は生き残ったのだろう。彼とテストパイロット達やメカニック、エンジニアを降ろして欲しい。こちらが指定する機体付きでだ)

「ついに、動かれますか?」

(あぁ、アズラエルの影響力が下がったおかげで連邦内のブルーコスモスの勢力に陰りが見えている。これで我々は動くことができる。まずは『クルス』の運用資金の一部を私の傘下の派閥から出す予定だ。そして君たちには始動早々に動いてもらう必要がある。来年の三月に現大統領のアーヴィングの任期が切れる。よって君たちにはアーヴィングの任期が切れるまでにこちらが指定するミッションを遂行してもらうことになる)

「了解しました。それでは後ほどそちらに人員を送ります。機体の大半が宇宙に集っていますので地球での機体の都合などをよろしくお願いします、ジョセフ・コープランド議員」

 

 

 

そう言い、通信は終わった。後に残るのは司令のアーガイルのみ。彼はふぅと嘆息し呟いた。

 

 

「これが始まりか。全くままならないものだ…」

 

 

 

その嘆息と呟きは何に対するものだろうか。停戦という名の次の戦争への準備期間設定会談のことを思ってか

。それとも終わらない争いを憂いてか。自身の思惑が外れたが故か。それは彼自身もわからない。

 

 

 

 

ジェネシスによる月基地破壊は連合加盟国にかなりの影響を与えた。

 

 

ユーラシアは月面のファクトリーを失った。それを補うためにアメノミハシラの攻略作戦が傭兵をも参加させて行われようとしている。

 

 

大西洋連邦は主要なブルーコスモス派将校の大多数が月基地と共に消滅した。結果、大西洋連邦内に無数にいる派閥の内、ジェネシス破壊に貢献した派閥が台頭し始めている。それもブルーコスモスの抑え込まれていた派閥だ。たとえ、アズラエルやサザーランド大佐のような有力者が残っても全体がボロボロでは回復の手立ては難しいのだから。

 

 

キメラ隊は少数精鋭でザフト艦隊三つを撃破する力を示した。それも部隊内の最新兵器と主力艦艇の一部をアズラエル率いるブルーコスモス派に貸し出しながらでの成果。それはキメラ隊の所属派閥の望みを完遂するに足る力を示した、とも言えるのではなかろうか。

 

たとえ、連合構成国の主要国である大西洋連邦、東アジア、ユーラシア連邦の軍から出向している人員で運用され、真実連合軍部隊であろうとも。キメラ隊はほぼ使い捨ての部隊扱いといっていい状況から正規の部隊のいる表舞台に上がろうとしている。

 

 

それも思惑を持った各勢力に注目されながら。

 

ラテン語で十字架を意味する言葉を持つ集団が静かに動き出す。キメラ隊から派生する形で現れるこの集団がいかなる影響を与えるかはまだ誰にもわからない。




感想・批評お願いします。

次話は二話連続投稿となると思います。先にSEED編までの設定集(キャラや機体、原作との違いなど)を載せてその少し後に空白期の第一話を載せる予定です。


これにてSEED編終了。空白期から閑話などが入る予定です。今回の話に合った特殊情報部の核動力機ですがNダガーNです。あまり知られてないと思いますがジェネシスαがジャンク屋所有になる前にテスタメント強奪作戦に参加しているのでこの時点で保有している可能性はあると個人的に考えています。

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